インヤンガイには魔女と呼ばれる人種がいる。 彼女、もしくは彼は膨大な霊力を肉体に所持し、通常の人間が学んで取得する術を生まれた瞬間から使えるという異能者だ。 力とは、心構えがない者が使えば災いにしかならない。 魔女の力は一般の術と違い、純粋な霊力の塊。それを呼吸するように無意識に使ってしまうのでコントロールは極めて困難で、周囲に災いをまき散らすことがしばしばあった。それを恐れた一般の者たちは迫害し、殺し――現在はその膨大の霊力を閉じ込めるという処置をとった。 この体質は基本的に女のみに発生することから――魔女と呼ばれるようになった。「つまり、ハフリは自分の力をどうコントロールしていいのかもわからず、振り回されてきたのか」 設楽一意は立ち並ぶ屋台の一つに立ち寄って、路上に並んだテーブルの一つを陣取って兎たちの集めた情報を整理した。 ハフリの力は霊力を視覚で捕えること。それも怒りならば赤、絶望は青といった具合に霊力の元である魂の今の状態を色として視ているのだ。 彼女のもう一つの力が未来視。こちらは一意も一度、味わったが、ハフリは触れたものに未来を見せる力があるのだ。 本来未来とは定められたものではない。むしろ、いくつもの枝に別れて小さな選択一つによって容易く変化していく波紋のようなもののため、ハフリは相手にいくつもの未来を見せてしまう。そのなかでハフリは本能的に視覚で捕えている相手の感情の揺らぎから深い心の奥、最も見たくない未来を無意識にも選択して見せてしまっているのだ。 ハフリは、いま街の端にある「封印の間」と呼ばれる小さな社の座敷牢に閉じ込められている。 座敷牢そのものに縛りの術がかけられているようだが、これは紐に札を貼ったものを壁などに巻きつけたもので、たいした力はないから一意でも破壊できる。 ただし外側から無理やり破壊すれば内側にいるハフリが傷つく可能性が高い――つまりは内側から破壊しなくてはいけない。 自分の血を使用して作った札。これをハフリに渡して、縛りの術に貼れば破壊出来る。「ハフリは」 出てきてくれるだろうか? 一意は一匹の兎を連れて社に訪れた。 何年も放置されたらしい古びた木造は、戸がしっかりと閉ざされているが壁の一部が破壊されていたのに屈みこんで兎を放った。 兎はするりっとなかにはいっていく。うまく術の隙間を通ってハフリまで辿りついてくれ。頼むから。「ハフリ」 一意は穴からなかをのぞく。「ハフリ、外に出よう」 沈黙。「……迎えに来たんだ、その兎につけている札で封印の術を破って、外に出てくれ。ハフリ」 沈黙。 一意は思い切って右手を伸ばした。「俺の、俺の手を、とってくれないか、ハフリ」 伸ばした手に冷やかな手が触れた。 ずううううううんんんんんんんんんんんん。 頭に強烈な痛み、吐き気が押し寄せてきた。 視界が歪み、世界が崩れていく。 愚かな人。 自分の呪いすらとけていないというのに! 冷やかなハフリの声が一意の脳に流れ込んでくる。 ハフリは今、怒りを一意に向けている。希望が自分に与えてきた絶望を知っているから。それを与えようとする一意を完膚なきまでに追い払おうとしている。 ハフリは自分の力をコントロールできないために両親を死に追いやってしまい、兄に疎まれた。 それ以外でも傍にいる者に無意識に絶望の未来を与えて傷つけて、嫌われて、一人になってしまった。 だから心を閉ざして社に閉じこもった。その安寧を奪おうとしている者に激しい抵抗を彼女は示していた。「う、うああああああ!」 頭が割れるように痛む。 左側の呪いが再び黒い蛇となって襲い掛る。 食わせろ、 食わせろ 食わせろ、お前を!「あ、ああああああああああああああああ!」 世界が沈む。 とぷン。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>設楽 一意(czny4583)=========
闇。 闇、闇、闇……光一つない、果てのない暗黒に設楽 一意はただただ落ちていく。重い浮遊感が全身を覆うのを感じれば、策もない抵抗は己の首を絞めるだけだ。 呪いに精神をのっとられたかと冷静に判断する。 ここでは精神力がものをいうのは以前のことでわかっている。 俺はまだ死ねない。 ハフリに俺の声を聞かせていない。 目を閉じて、一心不乱に望む。地につけ、足よ。 落ちていく感覚が止まり、足がついた。底まできたらしい。 底と表現して少しばかり苦笑いが漏れる。これもまた呪いによって生み出された無限地帯だが、一意の強い望みを具現化することは出来るようだ。 ここでは俺の考えもいける。ならば、勝機はある。無意識に右腕に触れて一意は息を吸い込む。 目の前になにかがあらわれた。 「お前は」 「待っていたぜ、一意」 にちゃ、とそれ―― 一意が笑った。 服装も、顔も、髪も、すべては自分とうり二つ。鏡を見ているような気分にすら陥って茫然としていたが、すぐに拳を握りしめて睨み返す。 「……自分自身が敵ってことかよ? 上等だ。てめぇ、俺の腕から出ていけ!」 にっと笑うもう一人は一意の射抜くような視線にも、怒気を孕んだ声にもびくともしない。かわりにやにやと不気味に笑っている。 一意は深呼吸して兎の式を考えた。 強く念じれば具現化できるはずだと右腕のぬくもりを感じながら考える。 真姫、力を貸してくれ 「見つけた、それだ」 「な! ……え」 ざくり、と右腕に突くような痛みが走った。 ぎょっと目を見開くと、もう一人の一意の左手には細い針のような刀が握られ、それが一意の右腕を突き刺していた。 いつの間に? 瞬きをするような刹那の出来事。 じわっと濃い血が服を汚し、痛みが広がっていく。 「ぐわっ!」 思わず身を捻って逃げようとすると、もう一人の一意が笑いながら刀を両手に握りしめて、力任せに振った。 ざしゅ。鈍い音をたてて何かが落ちる。 「がぁ! あ、ああああああああああああああ!」 激痛、困惑、恐怖――頭のなかに広がる火花を散らす熱、思考が真っ白になるほどの強烈な痛み、両足を地について一意は額に脂汗を浮かべて震え上がる。右腕が叩き落とされて溢れる大量の黒い血。 「あ、ああっ」 悲鳴が漏れて、頭のなかが嵐のようにかき乱される。 「おいおい、先の威勢はどうした! てめぇ! それがお前の強みか? 簡単になくなるもんだなぁ? こんなふうによ!」 真姫……真姫……! 彼女の加護を今、失ったのだとわかった。 刀を持った一意は片足をあげると倒れたそれの肩を蹴って仰向けにする。それはまるで陸にあげられた魚のように呼吸を繰り返す。視界が霞み、また再び熱が押し寄せてきた。 「う、あああああ!」 刀が自分の太ももを突き刺していた。わざとゆっくりと動かし、肉を断ち、骨を折る。苦痛を与えることを楽しむように。 「ぐぁあああああ!」 悲鳴につぐ悲鳴に嘲笑う一意の声が重なって響く。 「両足、なくなったな! もうお前はあるけない、すすめない、そんな足じゃあ、どこにもいけない! お前を救ってくれる人もいない!」 師……師……! 豪胆で、自分のことを支えてくれた師に会えないのだと思い知った。 どこにもいけない、この足では。 目に広がるのは自分のことを嫌悪した両親。本当は自分はあそこら動けなかったのではないのか? そうだ、殴られ、蹴られ、痛みのなかで、憎悪という闇のなかで自分はどんどん壊されていったのだ。 じわじわと闇が深まって己が沈んでいくのがわかる。先ほどまでしっかりと足をつけていたはずだというのに今や底なし沼となって自分を飲み込もうとしている。 「終わりだ、一意」 刀を持つ一意は笑いながら振り上げる。 ざく、ざく、鈍い音をたてて断ち切っていく。 ひとつ、ひとつ、自分が縋り、大切にしていた光を潰していくように。 すでに悲鳴をあげるだけの気力も残らないそれをめちゃくちゃに叩き斬り、黒い血に汚れて。 「これで、終わり」 くくく、あはははは! 刀を持つ一意は笑い狂う。 「さぁて、行くか」 一意は刀を手に歩き出す。数歩進んで、ぴたりと足を止めて振り返った。 「おい、てめぇ、なに立ち上がってんだよ。死にぞこない!」 一意の顔は一瞬の焦りから歪められ、睨みつける先には、それがいた。 唯一残った左腕を支え闇から這いずりだした、血まみれの、壊れかけの一意。 「っ、はぁ……うっ、ぐ」 声にならない唸り声をあげるそれを、己の血に汚れた一意は無感動に見つめた。 「なんでまだ立とうとすんだ、てめぇ、ぶち殺したはずだ! まだ殺されたいのか? なぐられてぇのか? ひきちがられてぇのか」 「ちがう!」 「はっ、なら、どうした。とっとと、死んじまえよ」 「おれは、おれはっ……真姫みたいになれるなんて思っちゃいねぇ! けど、けどな、てめぇに負けるわけにはいかねぇんだよ!」 血走った眼で睨みつけると優勢にあるはずの一意が一瞬怯えたように口ごもって後ろにさがった。すぐにその態度を恥じ入るように怒声をあげた。 「うるせぇ! 黙れ、死にそこないが! 今までなにもせず、見ずに逃げ出したのはどこのどいつだ!」 「……俺だ」 「認めるのか? 自分の弱さを? なら」 「だから、進むんだ」 泣くような声でそれは囁く。 「俺は俺の弱さを知った。真姫が俺を救ってくれたことを思い出した。……師に出会ったことを、思い出した……俺はいつも一人じゃなかった。俺はいつも助けられた、それを返したいって思ったんだ」 涙に濡れた懇願の声だった。 「お前が? お前如きが? できるわけないだろう!」 一意は嘲笑うのにそれは首を横に振って、叩き落とされた右腕のあった箇所を撫でる。 「そうだ、もらったものばかりにすがっていちゃ、なにもできない。ここにいるのは俺だ。俺の力で立たなくちゃいけない、何が出来るかなんてわかりゃしねぇよ! けどな、」 斬り落されたはずの己の右腕を伸ばして 「俺はやると決めたんだ、命を賭けても」 引きちぎられたはずの両足で立ち上がり 「ハフリを、あの子を一人にしたくない! それが俺のわがままだ! ハフリはずっと傷ついてきた。俺と同じだ。けどあいつは俺よりもずっと強くて、一人で耐え続けてきたんだ。俺はそんなあいつを見つけた! まだ出会ってたいした時間はたっちゃいねえよ、けど、あいつの強さも優しさもわかるんだ。だから」 魂が震え上がるほどの熱がこみあげてくる。全身が燃えるような、一つの炎と化したように――立ち上がった一意は叫ぶ。 「邪魔すんな! 俺!」 刀を持っていた一意の胸倉につかみかかると、怯えように後ろにさがった。 「俺は暗い未来なんざいらねぇ! 明るい未来をハフリと考えるんだ! 憎しみと恨み、そして殺意しかないてめぇは出てくるな!」 それは黒い地面に尻餅をつく、かぶさるようにして間近にある一意の燃えるような目を見つめて、にぃと笑う。 「ふん、わかったようだな。ここがどこか」 「……俺のなかだ。そしてお前は俺だ」 「そう、お前だ、一意」 くくっとそれは低い声でやらしく笑う。 「このチャンスにお前を殺して、俺がなりかわってやろうと思ったのによ」 「あいにくさまだな」 「残念。あと少しで、うまくいくと思ったのよ。まぁ、いいさ。お前がまただめになったらのっとってやるよ。呪って、殺して、いくしかない俺が」 一意は己を睨みつける。 「覚えていろよ? 呪いはただのきっかけにすぎない。お前が現実から目を背けていれば容易く心の弱さを利用されて、また食われるぜ。くくく」 最後まで不吉な笑い声をもらして、それは暗い大地に飲まれていったのに一意は、はぁはぁと息を乱して俯くと拳を握りしめて立ち上がった。ざりっと不吉な音に視線を向ければ一匹の黒い大蛇が獲物を狙う目をして一意は睨みつけ、吼えた。 「消えろ! お前なんかに俺は負けない! くれてやるもんもねぇ!」 蛇が大口を開けて叫ぶのに、一意は立ち上がり拳を握りしめる。そこに白い光が生まれて、小さな塊が飛び出した。 それは小さな兎だった。小さな光は分裂し、何匹も、何匹もの兎となって大蛇に飛びかかる。 ひとつは小さな光かもしれない。けれど自分は知っている。そのひとつひとつを重ねて、自分は救われたのだと。 「俺のなかから滅しろ! 呪いよ!」 誰かを呪い、殺し、不幸にする呪い如きに負けている暇なんて自分にはないのだ。 「消えろッ!」 白い兎に埋もれて身悶える蛇は怨念の一声をあげて、光に包まれて消えた。 光の粒が、まるで粉雪のように落ちるなか一意は見つけた。その先に立ち尽くしている少女を、いや、もう立派な成人した女性だ。 長い黒髪に、つぶらな瞳がうっそうと一意を見つめている。今にも泣きそうな困った顔をして 「……なんだよ、ぜんぜん似てねぇじゃないか」 一意は苦笑いして吐き捨てる。 はじめて会ったときは真姫に似ていると思ったが、こうして向き合うとハフリは全然違う女の子だ。 思えば真姫は大人しい女性で、脱走なんてしなかったし、ごはんをたかったりなんかもしなかった。 ああ、そうだ。 「ハフリ」 一意は右手を伸ばす。 「なぁ、ハフリ、もう一度遊びに行こうぜ。兎達と戯れて、腹減ったら飯を食ってさ。そう言うのしたくてこの間はこっそり抜けだしたんだろう?」 彼女は俯いているのに、一意は踏み出した。 「こないで、きたら」 それでも一意は進みだす。そして、ハフリの細い手をとる。 「今度はもっといろんなものを見ようぜ」 細く、白い手だ。冷たいと思うのに一意は包むように握りしめる。 「不幸にしたくない人を不幸にして、それを悔いてきたんだろう? そんな風に傷付くお前を俺は魔女だなんて呼ばない。だがな……その力はついて廻るんだ。だから俺とそいつを封じる術を考えないか? 暗い事ばかりを考えているとそれに飲み込まれる。じゃあ、とびっきりの明るい未来を考えようぜ」 ハフリはゆるゆると顔をあげた。涙をためこんだ瞳がじっと一意を見つめる。一意は笑みを深くした。 「けど、あなたを不幸にするわ」 「あのな、ハフリ。俺はお前と出会ってからいっぺんも不幸にされてねぇよ。むしろ、幸せに気がついたんだ」 「……え?」 「俺のとびっきりの我儘だ。お前も真姫も両方大事だってさ。俺は諦めが悪いんだよ」 ハフリは泣きじゃくり、喉を鳴らす。一意はハフリの頭を撫でて顔を覗き込むと、透明な涙にキスを落とした。震えるほどに柔らかな唇は涙の味がした。 「……助けて、一意」 答えるように一意はハフリをしっかりと抱きしめた。 「ああ。お前の手を包むよ、お前の闇に負けないように。祝福された右手と呪われた左手と。光も闇をあわせてさ。俺の全部を差し出して」 両腕できつく、光も闇も、それがすべてこの子を守るようにと祈って。 ぽたりと何かが落ちてきたのに一意は薄らと目を開けた。視界いっぱいにハフリの顔があった。 「ハフリ、お前、出て、きたのか?」 「一意、一意、ごめんなさい、ごめんなさい、一意」 泣きじゃくるハフリの頭を撫でて一意は起き上がると、閉ざされていた扉が破壊されていた。 「一意が倒れて、私、ひどいことをしたって、だから、壊して、出てきたの。兎があなたのこと守ってくれて、だから、私」 ハフリの元に遣わせた兎が自分を結界破壊の衝撃から守ってくれたらしい、胸のところには無残にちぎれた紙があった。 そのうち、なんかご褒美やらねぇとな。 痛む体を起こして一意はハフリを見た。 「やっぱり似てねぇな」 「え?」 「いや、なんでもねぇよ。とりあえず、飯を食べに行かないか? ハフリ。俺と一緒に」 一意は右手を差し出して、ハフリの左手をとった。
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