「よく来たな」 世界司書は集まった三人の顔を軽く一瞥しただけで、視線を導きの書に戻した。「今回君達にお願いするのは、新婦側の友人として壱番世界で行われる結婚式に参列してもらう事だ」「結婚式……? 素敵!」 “結婚”という言葉にサシャ・エルガシャは目を輝かせるが、たったそれだけの事で我々が呼び出されるのだろうかとシュマイト・ハーケズヤはいぶかしんだ。「花嫁はロストナンバー……ツーリストで、この結婚を機に壱番世界へ帰属する事になっている。……が、導きの書にはこの結婚式で最後の波乱が起きると出ているんだ」「波乱? それはどのようなものなのだ?」 やはりな、とシュマイトは世界司書の戸谷千里に目を向け、至極まっとうな疑問を投げかけた。「どのようなものなのかはわからないが、戦闘が発生するような危険なものではない事は確かだ」「で、俺達は最後の波乱というものを未然に防げばいいんだな?」 マルチェロ・キルシュ――通称ロキが世界司書へ確認をとる。「まあ、未然に防げるのならその方がいいのだが、おそらくは難しいだろう」 世界司書は溜息を漏らし、続けた。「君達にはこれから起こる“波乱”に対処し、無事に彼女が帰属できるよう見届けてもらいたい」「ねえ、本当にやるの?」「ええ」「もし、失敗したらどうするのよ?」「その時はその時よ」「どうしても?」 なおも食い下がる友人の問いに彼女は薄く笑い、言った。「あなたには迷惑を掛ける事になるけど、協力をお願いするわね」 どうあっても彼女はこの計画を実行するつもりのようだ。「わかったわ」 新婦の友人は苦笑し、この計画に加担する事を約束した。「この計画の事はあの人にも内緒にしておいてね」 正確にはあの人――新郎には絶対に悟られてはならないのだ。 ……ゴーン リンゴーン、リンゴーン 教会に結婚式開始の鐘の音が響き渡る。 参列者はそれほど多くはなかった。極々身内の者だけの結婚式のようだ。 オルガンの音が静かに奏でられ、新婦の登場を参列者が心待ちにしていた。 ところが、いくら待っても新婦の姿が現れず、次第にざわめきが会場を満たす事となる。 まさか、とシュマイト達が席を立とうとした時、新婦失踪の報が伝えられた。 驚いて動揺している新郎の後に続き、新婦の控え室に向かうと、そこには新婦の友人と思われる女性が佇むのみで、肝心の新婦の姿はどこにも見当たらなかった。「私が彼女を呼びにきた時にはもういなくて、このカードが机に置いてあったの」 女性が新郎に渡したカードにはたった一言、『私を探して』と記してあるのみだった。「彼女の行方に心当たりはないのか?」 新郎が女性に詰め寄ると、彼女は一輪の花を新郎に差し出した。「このカードと共に、この花が置いてあったの」 手渡されたのはクロッカスの花。「これは、彼女の好きな花……」「花言葉は“あなたを待っています”」 サシャがポツリと呟く。 カードと花言葉に込められているのは期待や希望。この失踪劇は新郎を拒絶するものではない事が窺える。 ならば――「探しましょう、花嫁を!」 ロキが力強く言う。その言葉に新郎は頷いた。「はい。見つけてみせる、きっと……!」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>シュマイト・ハーケズヤ(cute5512)サシャ・エルガシャ(chsz4170)マルチェロ・キルシュ(cvxy2123)=========
「ご参列の皆様、大変申し訳ございませんが、本日の挙式は延期となりました」 ざわつく教会内に牧師の朗々たる声が響き渡る。 「せっかくご足労いただいたのにすみません」 次いで新郎も参列者に向かって謝罪の言葉を発した。 申し訳なさそうに頭を垂れる新郎を前に、事情をよく知らされていない参列者は“花嫁に逃げられた花婿”へ同情の目を向け、素直に教会から退出した。 「気を落とさないでね」 「ありがとうございます」 退出する際、そんなやり取りが数度。知人の参列者に対しては後日また連絡をすると約束して送り出した。 目立った混乱もなく参列者を送り出せたのは、本当にごく親しい者と晴れの日を祝おうと通りすがった少人数しかいなかったお陰だろう。 参列者を見送った後、新郎――積木朗宏(つむぎ・あきひろ)は牧師に向き直った。 「貴方にもご迷惑をお掛けして、なんとお詫びしていいやら……」 老齢の牧師に向かって頭を下げると、牧師は気にしていないと言わんばかりに笑みを浮かべた。 「詫びなど必要ありません。これは彼女と貴方が添う為に与えられた神から試練なのでしょう。今の貴方がすべき事は、一刻も早く花嫁を見つけてあげることですよ」 新郎と牧師は昔からの知り合いだった。父親のいない彼を母親が働きに出ている間、預けていた先が牧師の運営している施設だったのだ。 老齢の牧師にとって朗宏は孫のようなものだ。その彼が困っている。迷惑などと思う筈がない。 他人行儀はおよしなさいと言われた朗宏は申し訳なさを胸の中に押し込め、笑顔を牧師に向けた。 「そうですね。花嫁を探している間、母のことをお願いできますか?」 「もちろんだとも。さあ、お行きなさい」 「はい」 牧師に背中を押されたものの、朗宏にはどこから探すべきかいまひとつ見当がつかない。 「よければ俺達にも手伝わせてくれないか?」 立ち止まって思案している朗宏の肩に手を置いたのはマルチェロ・キルシュ――通称ロキだ。 「そういえば、君達は何者なんだい?」 花嫁失踪の報を聞いた時にも現場にいた彼等だが、朗宏には見覚えがなかった。花嫁の友人、リナ・サデスを除いては。 「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はマルチェロ・キルシュ。ロキと呼んでくれ」 「ワタシはサシャ・エルガシャ。よろしくお願いします」 「わたしはシュマイト・ハーケズヤだ。よろしく頼む」 「僕は積木朗宏。それからこちらは――」 「リナ・サデス。花嫁の友人です」 よろしく、と挨拶し終わったが、それでも疑問は残る。 「それで、君達はえっと……」 花嫁――カラディーナ・レイストンとどういう関係なのだろうか? 「花嫁の知人、とでも言っておこうか。もっともそちらの女性と花嫁とは直接面識があったわけではないが」 「え?」 面識がないのに知人? 朗宏は訝しげにシュマイトを見る。 「同郷の士なのだよ。カラディーナが結婚するとあってお祝いに駆けつけた次第だが、いけなかったかな?」 「いえ、そんなことは……」 もともと、教会の結婚式には招待客しか参加してはいけないという決まりはない。誰でも参列していいのだ。 「……確かに彼女達は私達と同郷のようね。間違いないようだわ」 リナはシュマイト達の頭上に真理数が浮かんでいないことを確認していた。 「リナさんがそう言うのなら……」 疑問はいくつかあれども、カラディーナの友人である彼女がそう言うのだ、怪しい人物ではないのだろう。 「それにしても、花嫁さんどこ行っちゃったんだろ?」 サシャの言葉に朗宏は我にかえる。 そうだ、今は小さな疑問にこだわっている場合じゃない。 「闇雲に探し回っても埒があかないよな。なあ、あんた。カードと花以外は何もなかった? 控え室のおかしなところとか違和感とか、何か気付いた事は?」 「いえ、特に……。窓が開いていたからそこから外に出たのかな? とは思ったけど」 ロキがリナに話を振ってみたが、特に情報は持っていないようだ。 「うーん……朗宏さん、彼女の行きそうな思い出の場所とか心当たりはない?」 「いくつかありますが……」 「まあ、ウエディングドレス姿で動いていれば目立たん筈がない。聞き込みをしつつ、居場所の特定をすればいいだろう」 「そうね。……でも、どうして花嫁さんいなくなっちゃったんだろう? 今から結婚式って時に。ワタシ、そっちの方が気になるなぁ」 朗宏はサシャの言葉にドキッとする。 彼女とは喧嘩をしたわけじゃないし、昨日もわかれるまで特に変わった様子はなかった。 「彼女にとって僕はまだまだ頼りない存在だったんでしょうか? それで急に結婚するのが嫌になったとか……」 すっかり意気消沈してしまった彼の背中をロキは思いっきり叩いた。 「あんたな、そんな事でどうすんだよ。彼女の残したカードと花の意味、それを考えればありえないだろ?」 少し怒った口調でロキは言った。 「リナ、キミは彼女の行きそうな場所に心当たりはないのか?」 「いえ、私はこの世界の事はよく知らないの。彼女とは仲良かったけど、あまり同じ依頼を受けることはなくて……。役に立たなくてごめんなさい」 「いや、確認したかっただけなのだ。気にしないでくれ」 そうなると花嫁の居場所は花婿の探せる場所……彼が彼女にプロポーズをした場所ではないだろうかと思う。 「なあ、キミが彼女にプロポーズした場所はどこなんだ?」 「いや、それが……」 朗宏がなぜか照れて頬を掻いた。 「ハァ!? 初対面の時からプロポーズしていて、その後も何度かしていただって?」 「初めて彼女を眼にした時、夕暮れの太陽が彼女を照らしていてとても綺麗だったんだ。それで思わずプロポーズしてしまったんだよ。一目惚れだったんだ」 ロキとシュマイトがそれぞれ頭を抱える。 惚気か、惚気なのかっ! 「もっとも、その時はすぐに断られてしまったけどね。その時の僕はまだ十二歳だったし」 「そんなに若い時に出会っていたのか。随分と長い仲だな」 シュマイトが呆れて言う。 「とりあえず、最初にカラディーナさんに出会った場所に行ってみようよ」 「そうだな、ここでぐだぐだ言ってても始まらない。朗宏さん、案内を頼みます」 「わかった」 ともかくにも行動しなければどうしようもない。サシャの提案に乗って、朗宏を先頭に一行は花嫁の捜索を開始する。 最初に訪れたのは高台にある公園。ちょっとした広場に滑り台やブランコ、鉄棒などといった遊具が設置してあり、広場を囲むように色とりどりのクロッカスが植えられていた。 これほど花嫁捜索の場所に相応しい場所はないように思われたが、花嫁の姿はどこにも見当たらなかった。 一応、こちらに向かう道すがら、ウエディングドレスを着た女性を見なかったか聞いてみたのだが、目撃情報はまったく得られなかった。 「まいったな。目撃情報もないとなると、彼女は着替えて行方を晦ましたという事になるが……」 「花嫁自身が居れば御の字と思っていたけど、これは思った以上に大変かもしれないな」 せめて手掛かりくらいはあって欲しいと思ったのだが……。 シュマイトとロキが同時に溜息をつくなか、サシャだけは明るさを保っていた。 「ね、心当たりはまだまだあるんでしょう? どんどん行ってみようよ」 「そうですね」 実のところ、彼女のいる確率のもっとも高い場所がここだった。彼女と初めて会ったのも、最後のプロポーズをしたのもこの場所なのだ。 落胆していた朗宏だったが、サシャの笑顔につられて笑う。 朗宏はサシャのこのポジティブさがどこからきているのか聞いてみたくなった。 「だってまだ一箇所目でしょ。まだまだ候補地はあるんだもん、探さなくちゃ。花嫁さん待ってるよ?」 「そうですね」 ……そうだ。彼女は待っているのだ。自分を探してくれと、カードには確かにそう記されていたではないか。 朗宏は自分が大事なことを忘れていたのを思い出し、苦笑した。 次に向かったのはスクラップ工場跡。 「ここで彼女に会った時には僕は十六歳になっていました。彼女は腕に怪我をしていて、出血も結構酷かったので病院に行きましょうと言ったんです。でも、頑なに拒まれて……その時とても困ったのを覚えています」 廃工場となって数年たった今でも、ここは廃車などのスクラップが積み上げられたままだ。 昔と変わらない風景が当時の事を鮮明に思い起こさせる。 「カラディー……フゴッ」 声を張り上げて花嫁を探そうとしたサシャの口をロキが慌てて手で塞ぐ。 「待て、サシャ。俺達がするのは彼女の居場所を特定する事だけだ」 「そうだ、我々が探し当てても花嫁は喜ぶまい。あくまでも彼女を見つけるのは花婿。我々は彼の手助けをするだけに止めておかねば」 「そっか、そうだよね。ゴメン」 最初、制止されたサシャはキョトンとしていたが、シュマイトの言葉でロキの行動の意味を理解する。 朗宏があの時、彼女の居た場所に向かうが、残念ながら彼女はここにも居ないようだ。 「ここも違う……か」 朗宏は落胆し、視線を落とした。 「ん? これは……」 ロキが朗宏の足元に手を伸ばし、ソレを拾う。サシャがロキの手元を覗き込む。 「これはクロッカス……」 「こんな所に一輪だけあるとは不自然だな」 「カラディーナ!」 シュマイトが疑問を口にすると朗宏は声を張り上げ駆け出した。 何度も彼女の名を呼びながら、積み上げられた廃車の隙間、ガランとした事務所内、裁断された鉄クズ置き場、あらゆる場所を探してみたがやはり彼女の姿はない。 肩で息をしている朗宏にロキは言った。 「まるでこれはかくれんぼや鬼ごっこのようだな。彼女を捕まえるのはあんたの役目だからあんたが鬼だ。どうする? ここであきらめるか?」 「いや、まだだ。まだ彼女の居場所に心当たりはある。こうして、彼女の居た痕跡もあったんだ。きっとどこかに彼女はいる筈なんだ」 ロキと朗宏のやり取りを見てサシャは花嫁の心情に思いを馳せた。 花嫁さんは朗宏様の愛情を試そうとして姿を隠したのかな? それとも……お友達――リナ様と別れるのが嫌になって? 帰属すればワタシ達ロストナンバーは歳をとる。でも、友達はいつまでもそのまま……。 流れる時間が違えばすれ違いは必然で。 ――いつか、ワタシとシュマイトちゃんにもそんな日が来るの? ワタシは天涯孤独の身の上だし、ロキ様と出会うまでは壱番世界に再帰属することなんて考えてなかった。 でも、ロキ様が再帰属を望むなら、この世界で一緒に新しい未来を築いていきたいって思えた。 だけど、そうしたらシュマイトちゃんはどうなるの? 「サシャ?」 「ロキ様……」 自分を呼ぶ声にサシャはハッとする。 「次の場所に行くよ」 どうかしたのか? という問いにサシャは慌てて首を振る。 「なんでもないの。花嫁さんどうしてるのかなって思って……」 ――サシャ達の仲は順調に進んでいるようだ。 シュマイトは苦い気持ちを押し殺して彼女達を見ていた。 サシャ達の仲睦まじい様子を見ていると、わたしとの別れの時が刻々と迫っているようで、正直胸が苦しい。 いつか、二人がわたしの元を去っていくだろう事は想像に難くない。 だがそれは、わたしと距離を置く為でも、わたしを置き去りにしようと意図しているわけでもない事はわかっている。 わかってはいるのだが、わたしは今、わたしらしからぬ非論理的思考に支配されている。 こんな身勝手な思考は誰も幸せにはしないのに。 わたしはサシャが去ってしまうのが怖い、寂しい。 サシャ、わたしの元から去ってしまわないでくれ。 わたしを独りにしないでくれ! 「シュマイトちゃん、大丈夫?」 わたしはよっぽど酷い顔をしていたのだろうか。サシャが気遣わしげに顔を覗き込む。 「どうした? サシャ」 シュマイトは努めて平静を装った。 「あのね、シュマイトちゃんはどうして花嫁さんがいなくなったと思う?」 「トラベルギアを壊す為にじゃないかな? と思ったが……」 司書の口から出た“波乱”という言葉から最初に連想したことだったが、こうして言葉にしてみると違うような……。 花嫁の失踪劇自体が“波乱”と捕らえる方が自然だろう。 「いや、わたしの推理は外れているような気がする。忘れてくれ」 「ん……」 シュマイトの言葉にサシャはそう返すしかなかった。 移動中、ロキはサシャとシュマイトの様子をそれとなく伺っていた。 最近、シュマイトは少々冷静さに欠けているような気がする。 突然激昂したように言葉尻が上がったり、自分の問い掛けに対し皮肉めいた言葉が返ってきたりというのは、今までのシュマイトにはなかった事だ。 もしかしてサシャと喧嘩でもしているのかと思ったが、二人の様子を見ているとそうではなさそうだ。 「女の子の気持ちはよくわからないな」 「同感です」 ため息まじりに吐き出すと、朗宏が同意を示した。 「あ、ここです」 次に案内された場所は大きな池を取り囲むように遊歩道が作ってある公園だ。 池には小魚や野鳥が悠々と泳いでいて、穏やかな光景が広がっていた。 一度視線を巡らせ、花嫁の姿を探すがそれらしき人物は見当たらない。 それでも何か手掛かりはないかと池の周りをぐるりと一周する事にした。 「ああ、やっぱりここにもいないか」 諦めにも似た気持ちで朗宏が呟く。 「あ、あれ」 ロキが指し示した先、池のほとりに繋いであるボートにまたもやクロッカスが一輪置いてあった。 それを拾い上げ朗宏は話し出す。 「ここで出会った時、僕は二十歳になっていました」 指先でクロッカスの茎を転がし、朗宏は続ける。 「“奇遇だな”彼女はそう言って笑い、僕はまた彼女と会えた事が嬉しくて、少し池の周りを散策しながら彼女と話をしたんです。それで、彼女と会えるのは本当に稀な事なのだと知り、今、彼女と別れたら二度と会えないかもしれないと思って二度目のプロポーズをしたんです。……でも、彼女は寂しそうに首を振るだけで僕の申し出を受け入れてくれませんでした。ただ……」 「ただ?」 「もう一度会えたなら、その時は考えると言ってくれたんです」 その言葉にどれだけの意味が込められていたのか、はにかむように笑う朗宏にわかっていたのだろうか。 ――帰属。 戦闘に特化しているわけではないサシャに対してロキは、できる事なら普通の女の子としての生活を送ってもらいたいと思っている。 できれば壱番世界への再帰属をと思っているが、メイドだから、二百年の人間だからといって帰属先の選択を狭めてしまうのはもったいない。 サシャが望むのなら壱番世界以外への帰属もロキは視野に入れていた。 どこに帰属するのか、というのはロキにとってさして重要な事ではなかった。 彼の願いはサシャの傍で同じ時を刻んでいきたい、ただその一点のみであるからだ。 彼女が幸せに笑っていられるのならどこだってかまわない。 いつだってこの想いに揺るぎはない。 「さあ、泣いても笑ってもあと一箇所となりました。もう少し、お付き合い願えますか?」 薄く笑って乞う彼に「もし、そこに彼女が居なかったら?」という問いは口に出せなかった。 「ああ、付き合うよ」 そのかわりに、最初からそのつもりだとロキは答える。 小高い山に設えられた神社。カラディーナと出会った場所で訪れていなかったのはここが最後だ。彼女が待っていると言うのなら、必ずここにいる筈。 だが、いくら探し回っても彼女の姿を見つけることはできなかった。 「そんな……」 朗宏は力なく膝をつき、項垂れた。 何か読み違えていたのだろうか? それとも彼女は本当に失踪してしまったのか。 目の前に置かれたクロッカスが風に煽られて転がって行く。 重い沈黙が続く中、サシャは朗宏の最初のプロポーズのエピソードを思い出していた。 ――初めて彼女を眼にした時、夕暮れの太陽が彼女を照らしていてとても綺麗だったんだ。 「ねえ、もしかして場所と出会った時間、その両方が一致しないといけなかったんじゃないかな?」 サシャの言葉に一同はハッとする。 「そうか、そうだな。何故、気付かなかったのか……」 「まだ、終りじゃない。立つんだ朗宏さん」 ロキが朗宏を立たせ、彼の腕を掴んで走り出した。 時刻はもう夕暮れ、残された時間はあと僅か。 夕日が赤く燃えている。 一同は最初に訪れた公園の入り口に戻っていた。 間に合っただろうか? 心臓の鼓動が耳の奥で煩いほど響いている。 もし、ここにもいなかったら? 嫌な予感が頭をよぎって足を踏み出せない。 「しっかりしろ、朗宏さん!」 ロキが思いっきり朗宏の背中を叩いた。 「部外者である俺達が彼女を捕まえる事は無粋。あんたが彼女に『見つけたよ』って言ってあげなきゃ意味がない。こんな所で立ち止まってる場合じゃないだろ」 そうだ、せっかくここまできたんだ。 ここで彼女を捕まえられなければ、彼女は僕の前から本当に去ってしまうかもしれない。 朗宏は勇気を出して足を踏み出した。 一歩足を踏み出す度に心臓の鼓動が早くなる。 ――いた。 大きな夕日を背にして彼女は佇んでいた。あの日と同じ光景が目の前に広がる。 一つだけ違うのは彼女がウェディングドレスを着ていること。 「待ちくたびれたわよ」 彼女は悪びれもせず言って、笑った。 「……でも、見つけてくれてありがとう」 「カラディーナ!」 朗宏は彼女の元へ駆け寄って、思いっきり彼女の体を抱き締めた。 「酷い格好、ドロドロじゃない」 そう言いつつもカラディーナは朗宏の体に腕を回した。 「見つけた、僕の花嫁。もう、僕の傍からいなくならないでくれ……!」 「……うん、ごめんなさい。もう二度とこんな真似はしないわ」 その瞬間、公園の植木の茂みから、遊具の陰から結婚式の招待客らが飛び出してきて新郎と新婦を取り囲んだ。 シュマイト、ロキ、サシャ、朗宏だけが状況を飲み込めずぽかんとしている。 「えっ、えっ、どういうこと?」 「ごめんなさいね、黙ってて」 そう言ったのはリナだ。 「最初から仕組まれた事だったと?」 「ええ。でも、彼がここに辿り着けなければこの結婚は白紙に戻るところだったの」 「どうしてそんなこと……」 サシャの疑問はもっともだ。 「私は全てを捨ててこの人の元に嫁ぐのよ。帰る場所は彼の元しかなくなるの。この意味がわかる?」 「朗宏さんの事を試したのか?」 「これは二人の為の“試し”だったのよ。本当にここでやっていけるのか、というね」 花嫁は笑っている。 異世界での生活には常に不安が付き纏う。 だが、彼女は幸せなのだ。困難を共に乗り越える伴侶を見つけたのだから。 「えー、そろそろいいかな?」 ゴホンと一つ咳払いをして顔を出したのはなじみの牧師だ。 「これより、挙式を執り行う。皆さん、列を正して」 牧師の指示で二人を取り囲んでいた参列者が、教会内にいる時と同じ配列で並ぶ。皆、一様に笑顔だった。 「結婚式ならキミらだけで来させれば良かったものを、気の利かん司書だな」 挙式の様子を眺めながらシュマイトとサシャは話に花を咲かせる。 「ワタシはシュマイトちゃんと来れて良かったと思ってるよ。ワタシにとって、シュマイトちゃんもロキ様もどっちも大切な人だもの。どちらかとしか来れないなんてそんな寂しい事言わないで」 サシャはロキとシュマイトを握手させ、その上からそっと手を重ねた。 「ねえ、シュマイトちゃん。親友と恋人、どっちも好きじゃダメなのかな? ワタシは欲張りだから三人でシアワセになりたいの」 「サシャ……」 シュマイトの瞳から涙が溢れた。 サシャの言葉でシュマイトの心は少しだけ軽くなっていた。 「ロキ、今まで辛く当たって悪かった。わたしはサシャがキミだけのものになるのが嫌だったのだ。キミに暗く醜い感情を向けながらも胸が痛かった。キミの事が嫌いになった訳じゃなかったんだ」 「あー、シュマイトの機嫌が悪かったのって俺のせいだったのか」 「まだ、当たり散らす事があるかもしれん。すまない、先に謝っておく」 「ハハ、お手柔らかに頼むよ」 「この先、ワタシ達が別々の道を行く事になっても友情は変わらない」 サシャはそう言ってシュマイトにマーガレットの花束を渡した。 花束から二輪ほど花を抜いて一つはシュマイトの髪に、もう一つは自分の髪に挿す。 「ねえ、シュマイトちゃん。花はいつか枯れるけど種を残すんだよ。そしてまた咲き誇るの。それってすごくステキじゃない?」 「そうだな」 シュマイトの顔にやっと笑顔が戻った。 「あ、見て。花嫁さんの頭の上」 「凄い、初めて見たな」 「真理数が浮かんだ……。無事、帰属完了だな」 感極まったのか、リナが「おめでとう!」と言いながら花嫁に抱きついていた。 屋外ではあったが、式は滞りなく終り、参列者は新郎新婦に花弁を浴びせながら二人を見送っている。 「リナ、キミは花嫁を祝福できるのだね、うらやましいよ」 ちらりと横目でサシャとロキを見、シュマイトは言う。 「ええ、彼女の幸せは私の幸せでもあるもの」 「わたしはまだその境地に至れていない。キミは花嫁との……友人との別れは平気なのか? もう、今までのようには会えなくなるのだぞ」 「確かに今までのように会えなくなるかもしれないけど、永遠の別れというわけじゃないもの。私が彼女の居場所をきちんと把握していればいつだって会いに来る事は可能だわ。だから平気よ」 ああ、そうか。そうだな。 確かに相手の居場所を知っていれば会う事はできる。 わたしは彼女を失う事ばかりに目を向けて、何も見えなくなっていたのだな。 あとは時間が解決してくれるのだろう。きっと…… ねえ、シュマイトちゃん、知ってた? マーガレットの花言葉は真実の友情なんだよ。 サシャはそっと呟いた。
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