クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-12019 オファー日2011-09-03(土) 21:39

オファーPC 飛天 鴉刃(cyfa4789)ツーリスト 女 23歳 龍人のアサシン
ゲストPC1 アルド・ヴェルクアベル(cynd7157) ツーリスト 男 15歳 幻術士

<ノベル>

 飛天鴉刃はアサシンであり、戦士だ。ゆえに体力も回復力も高く、受けた傷は早々に塞がりつつあった。
「四号車……蟹座号ですね。同乗者は?」
「三名。いずれも行方不明」
 医務室に横たわる鴉刃の元に、すぐに世界図書館の関係者がやって来た。生還した鴉刃は貴重な「手掛かり」なのだし、彼女自身もそれを受け入れた。戦いの中に身を置いていればよくあることだった。
「敵の特徴などは」
「百足兵衛。巨大な蟲を使役。交戦したのは蜘蛛、蛾、百足」
「敵への損害は」
「使役者の左下半肢欠損」
 言い捨てるように、事務的に答えていく。容体は安定している。
「大まかで結構です、連れ去られた人たちの行方は予想できますか? 車両が消えた方角は見ましたか」
「――知らぬ」
 鴉刃の声がにわかに険を帯びた。
「知っていたらこの私が真っ先に探しに行く。呑気に寝てなどいるものか」
 周囲が水を打ったように静まり返る。スタッフや患者の視線が鴉刃へと集中する。
「……もう良いであろう。知っていることは話した」
 鴉刃はのろのろと息を吐き出し、全てを拒むように視界を閉ざした。

 走行中のロストレイル12台が世界樹旅団の奇襲を受けた――。その一報は稲妻のようにターミナルを駆け巡った。
 乗り合わせたロストナンバーは応戦し、ターミナルに残っていた者は歯痒い思いで彼らの無事を祈った。幸い死者は出ず、大半が車両と共に無事帰還した。しかし重傷を負った者もいたし、行方不明者の安否も未だ知れない。
「……はあ」
 慌ただしいターミナルを横切りながらアルド・ヴェルクアベルは溜息をついた。活発な髭は心持ち俯き、愛らしい尻尾はくたりと下がっている。世界樹旅団の前線基地がモフトピアにあることが判明し、レディ・カリスによって電撃戦が提案されたのはつい先程のことだ。坂道を転がり落ちるように展開する情勢に目が回りそうになる。やるべきことは山積している……。
 それでも、アルドの心を占めるのは鴉刃のことばかりだ。
「ああ、鴉刃さん? もう大丈夫だと思うよ、体は。龍人の回復力はやっぱり違うね」
 医務室を訪ねると、ドクターの一人が気さくに教えてくれた。安堵しつつも、「体は」という一言にアルドの胸がざわつく。それを察したのかどうか、医師は「ただ」と言葉を継いだ。
「精神的にかなり消耗してるようだけど」
「そうなんだ……」
 やっぱり、と言いかけて続きを呑み込む。医者はわざと軽やかにアルドの肩を叩いた。
「無理もない。大半の人がああなるだろうさ」
 鴉刃の乗り合わせた蟹座号は車体ごと仲間が連れ去られたのだ。
 病室の番号を訊き、アルドは鴉刃の元へと向かった。その後で、手土産を何も持って来なかったことに気付いた。そんな余裕もなかったのかとまた溜息が出る。苦境に立たされているのは鴉刃の方であるのに。
 やがて病室に辿り着き、無機質に聳える分厚い扉の前で大きく深呼吸した。
「鴉刃、お見舞いに来たよ! ……あ」
 ドンッとドアを開けたものの、気勢はすぐにしぼんだ。部屋は六人の相部屋だったのだ。他の患者たちが目をぱちくりさせる中、アルドは気まずそうに頭を掻きながら奥の鴉刃の元へと向かった。そして、息を詰まらせた。
 全身をぐるぐると覆う白い包帯。黒い鱗とのコントラストが鮮やかすぎて、言葉が出ない。所々に覗く傷跡は昔の物だろうが、今のアルドにはそれすら生傷に見えていた。鴉刃は傷だらけだった。
「鴉刃、お見舞いに来たよ」
 そっと腕に触れてみる。冷たく硬い鱗の感触にぎくりとした。鴉刃は答えず、どろりとした眼球ばかりを向けてよこした。死んだ魚のように曇り、血走ったまなこだった。
「あ、あのさ! 急に押しかけてごめん。襲撃のことを聞いて、心配で。でも大部屋ってことは重体なわけじゃないんだね」
 殊更に明るく笑いかけるが、鴉刃は答えない。
「あっと、えっと、手ぶらで来ちゃったんだけど、何か食べたい物とかある? ほら、やっぱり体力付けとかないと」
 鴉刃は答えない。生気のない眼球が緩慢に天井へと向けられる。アルドは慌ててぶんぶんとかぶりを振った。
「あ、ううん、具合悪いなら無理しないで。お腹空いたら言ってよ、僕なんでも買ってくるから!」
 鴉刃は答えない。アルドばかりが身ぶり手ぶりを交えながら――まるで道化のように――まくし立て続けている。明るく、空回りする声ばかりが病室に乱反射している。
「とにかくさ、鴉刃が戻ってきてくれてほっとした。無事で良かったよ……」
「良かった、だと?」
 鴉刃の声に初めて生気がこもった。尖った、攻撃的な意志だった。
「どういう意味だ。同乗者は囚われ、車両は奪われたのだぞ。私ばかりがおめおめと帰って来たのがそんなに愉快か」
 投げナイフのような言葉が矢継ぎ早に繰り出される。次々とアルドに突き刺さる。痛みで息が止まりそうになる。
「ご、ごめん。そういう意味じゃなかった。ただ心配で――」
「心配は他の者に向ければ良いであろう。深手を負って動けぬ者や行方が知れぬ者もいる」
「鴉刃のことだって心配なんだってば! 友達じゃないか」
 自分で言って、かすかな違和感を覚えた。鴉刃は大切な友達だ。友達である筈だ。
 張り詰めた、重苦しい静寂が病室を満たす。
 ややあって、苦しげな鴉刃の吐息が沈黙を破った。
「もう帰ってはくれぬか。疲れている」
「……うん。分かった」
 アルドの耳が力なく垂れた。
「騒がしくしてごめん。また来てもいい?」
「勝手にしろ」
 鴉刃は素っ気なく言って目を閉じる。硬い瞼が眼球を覆う様をアルドは茫然と見つめていた。

 ただ天井を見上げながら時間が過ぎた。鴉刃の元にアルドが来たように、同部屋の患者たちにもぽつぽつと見舞客が訪れては去って行った。
(……情けない)
 珍しく感情的になっていた。アルドに八つ当たりをしてしまったことも分かっている。しかし他者を慮る余裕は今の鴉刃にはなかった。
 ただただもどかしかった。苛立っていた。百足兵衛の目的になぜ気付かなかったのか、この結果を防ぐ手立てはなかったのか。焼けるような後悔ばかりが全身を支配している。
 手をきつく握り締める。鋭い鉤爪が掌に突き刺さる。新鮮な痛みがほんの少し心を落ち着けてくれる。手を動かそうとして、点滴の管に繋がれていることに気付いた。反対側の腕に力を込めると、呻き声ばかりが漏れた。傷は塞がっても痛みは消えていない。
「……情けない」
 唾棄するように言い捨てた。更にきつく拳を握り締める。掌の肉に爪が突き立ち、どくどくとした血潮を感じた。紛れもない生の証に自嘲した。今すぐ動けないのなら意味がない。囚われた者たちがいるというのに、自分ばかりが呑気に横たわっている。
「鴉刃、来たよ!」
 ドンッと、唐突にドアが開いた。フルーツの籠を手にしたアルドだった。
「とりあえず持って来たけど、どうかな? 拠点の仲間が、具合が悪い時はこれに限るって言ってたから」
 アルドはぎごちなく笑っている。元気づけようとしてくれていることくらい、鴉刃にも分かっている。
「すり下ろすと食べやすいんだって。ちょっと待っててね」
 アルドはベッド脇に椅子を引き、籠からリンゴを取り出した。血と同じ色の皮に鴉刃の背筋が粟立つ。アルドは笑顔を保ちながら果物ナイフを操り始めた。
「皮をながーく繋げるのが上手なやり方なんだって、難しいね。あ、見た目が悪くても中身は美味しいから心配しないで」
 したり、したり。短い皮が次々と滴り落ちる。まるで血のしずくのようだ。皮の下の果肉は奇妙に白かった。鴉刃の脳裏に、ディラックの空で燐光を放つ白い蛾が浮かんだ。
「でも、鴉刃は水とかお酒がいいんだっけ? すり下ろすと水っぽくなるけど、どうかな」
 アルドはおろし金の上で果肉を往復させている。破砕された果肉が、燐粉のように皿の上に降り積もっていく。
「はい! できたよ」
 笑顔と共に、こんもりとしたすり下ろしりんごが差し出される。鴉刃は言葉を失った。ただただ、口元を歪めることしかできなかった。
 吐き気がする。今の鴉刃には労りも優しさも空疎だ。
「まだ無理?」
 くりくりとした銀の目が鴉刃の心を覗き込んでいる。
「……今日はいらぬ」
「そっか……。うん、まだ辛そうだもんね。今は怪我を治すのが優先! あんまり動いちゃダメだよ、傷開いたら治り遅れるし。こんなコトしてくれた世界樹旅団に仕返しもできないだろ?」
 それが決定的な引き金になった。世界樹旅団、そして仕返しという語に、鴉刃の憎悪がぎらついた。
「……ああ。その通りであるな」
「うん。だからよく休んで」
「安穏と寝ていろというのか」
 点滴へと手を伸ばす。危機感を覚えたのか、アルドの毛が逆立った。
「鴉刃!」
 悲鳴。同時に、点滴の管が高々と宙を舞う。特別仕様の針は引き抜かれ、鴉刃の腕から噴水のように血が噴き上がった。
「いつまでもこうしてはいられん」
「鴉刃、やめ」
「なぜ止める。彼奴らに復讐せねば。囚われた皆を助けねば」
 拳を握り締める。鋭い爪が掌を抉る。役立たずめと腹の内で罵った。この爪は仲間たちにも、百足兵衛にも届かなかった。
「お願い、やめて! 動いたら傷が――」
「放せ」
 伸ばされる手を振り払う。アルドの銀毛が血に染まり、興奮に震える。鴉刃は体を起こした。痛みが全身を貫く。だから何だ。自分の痛みなどどうでも良い。
「鴉刃の力が必要なことも、じっとしてられないのも分かるよ! でも今は動いちゃ駄目、みんなを助けるためにも! ねえってば!」
 正論だ。綺麗で白々しくて苛立つだけの正論だ。
「あの場にいなかったお前に何が分かる」
「………………っ!」
 アルドの体が電流にでも触れたかのようにびくりと震える。しかし彼は怯まない。彼もまた必死なのだ。
「で……でも! でも!」
 その時だ。
 ばたんとドアが開き、ドクターとナースが飛び込んできた。同室の患者が呼んだらしい。弱った鴉刃はあっという間に取り押さえられた。アルドも一緒になって鴉刃を止めた、半ば彼女を抱擁するようにして。
「放せ……放せ!」
 甲高い咆哮。あるいは、悲鳴。
「行かせろ。彼らを見殺しにしろと言うのか!」
「今は駄目! 今は傷を治して、じゃないと死んじゃうよ!」
「死ぬだと。この程度の傷――」
 視界の隅で注射針が光る。医者が鎮静剤を打とうとしている。鴉刃はひったくるように注射器を奪い取り、薬剤を押し出した。針を、自分の腕に、肩に、めちゃくちゃに突き立てる。アルドが悲鳴を上げる。だから何だ。気を紛らわせてくれるのは痛みだけだ。今すぐ行動を起こせぬのなら、自分の体などどうでも良かった。
「やめて、鴉刃、やめて!」
「お前には関係ないであろう」
「関係なくない! 鴉刃が傷ついたら僕やみんなも痛いんだよ! やめてってば!」
「邪魔をするな!」
 差し出された手を薙ぎ払う。拒絶する。その瞬間、肉の感触が爪の先を貫いた。
 アルドの肩に鉤爪が深々と突き刺さっていた。彼は、体ごと鴉刃の懐に飛び込んでいたのだ。
「……アル、ド」
 鴉刃の全身から熱と力が抜けていく。アルドは顔を上げ、弱々しく笑った。
「えへへ……落ち着いた?」
 したりしたりと、あたたかい血が滴る。リンゴの皮と同じ色の血が。
「痛い。痛い。すごく痛いよ」
 アルドは抱擁の手を緩めようとしなかった。それどころか力を込めていた。抱き潰す気なのかと思うほどに。冷たい鱗に体温を移そうとするかのように。
「鴉刃だって痛いだろう? ねえ……」
 銀の目を濡れた膜が覆っていく。鴉刃の視界が滲み、揺れた。
 仲間の血は、こんなにも痛い。
「ああ……痛いな……」
 硬い鱗に、柔らかな銀毛に、あたたかい涙が落ちた。

 鎮静剤の力を借りて眠った鴉刃は数時間後に目を覚ました。
「鴉刃」
 目を開いた彼女にアルドがそっと声をかける。鴉刃はのろのろと、しかし確かにアルドに視線を向けた。
「済まなかった。……感謝もしている」
「安心したよ。あれだけ暴れられるなら完治もすぐだね」
 肩に包帯を巻いたアルドはおどけたように笑い、鴉刃も穏やかに口元を緩めた。二人の間はそれで充分だった。
「歯痒いだろうけど、今は休むのも仕事だと思うよ。生きて帰ってこなきゃ意味がないんだから。そうだろ?」
「……ああ。必要とされるなら、万全の態勢で臨まねばならんな」
 鴉刃は深々と、静かに息を吐き出す。アルドもまた「良かった」と息をつきながら賑やかに喋り出した。
「でさ、皆を助けられたら、また一緒に冒険旅行行こうよ。お祭りで前みたくお土産巡りとか!」
「良いな。楽しそうだ」
「うん、次のプランも考えてあるんだよ。今度のお土産にはペアホルダー買うんだ……へへ」
 アルドの髭がはにかんだようにふにゃふにゃとしている。鴉刃は目を瞬かせながら首を傾げた。
「ペア? 片方誰に送るのだ?」
「え」
 アルドの耳がぴょこんと立ち上がった。
「何それ。本気で訊いてるの?」
「そのつもりだが」
「決まってるだろ。鴉刃と僕の分だよ」
「私に?」
 鴉刃は得心のいかぬ様子だ。アルドはスンッと鼻を鳴らして胸を張った。
「そうだよ。だって、友達だろ?」
 言った後で、胸の奥がことりと動く。違和感に似たそれが何なのか、今のアルドには分からないけれど。
「そういうものか」
「そういうものだよ。きっと」
「ふむ……」
 思案顔の鴉刃の声が緩慢に溶けていく。億劫そうに瞬きをする横顔を見てアルドは慌てた。
「ご、ごめん、一方的に喋って。疲れたよね」
「いや、薬が抜けきっていないのであろう。少し眠っても良いか」
「うん。また来るから」
 来てもいいかとはもはや尋ねなかった。鴉刃もまた、「ああ」と答えただけだった。
「待ってくれ」
 病室を出ようとしたアルドを鴉刃の声が追いかけてくる。
「次に来る時はリンゴを持ってきてくれぬか」
 アルドは目をぱちくりさせたが、すぐににっこり笑った。
「分かった。一緒に食べようね!」

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。
トレインウォーの結果が出る前にお返ししたくて、急ぎました。

本当に参っているということで、綺麗な言葉だけでは届かないだろう、鴉刃さんの心を揺するような方法は何だろうかと考えました。
仲間に手を上げたり罵ったりするのは(たとえ心配からであっても)アルドさんっぽくないし、目の前で仲間を攫われた鴉刃さんだからこそ仲間の痛みや血が「効く」んじゃないかと。

楽しんでいただければ幸いです。
リンゴを持たせたのはフルーツバットさんだと思います。
公開日時2011-09-05(月) 22:40

 

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