オープニング

 相沢優と虎部隆が、複数回にわたり、樹海探索におもむいたのには理由があった。
 ――探したいものが、あったのだ。
 三日月灰人の、遺品である。

「見つかったか?」
「そっちは?」
「……いや」
「もしかしたら、ターミナル近辺だと難しいのかもしれないなぁ」
「そうだな……。なんとか探せればと思ってたんだけど」

 膝をつき、地表面のシダ植物をかきわけていた隆は、いったん立ち上がって枯れ草を払いとし、草むらに腰を降ろした。優も、それにならう。
「……静かだな」
「ああ」
 今日は、ワームの気配はない。旅団員にも、遭遇しない。
 見上げれば、枝葉が折り重なった林冠だけが、うっそりと空を隠すばかり。
 
 どちらからともなく、言葉がこぼれた。
 それは、今まで誰にも語ったことのなかった、己のすなおな本心――

 光となった、あの牧師も。
 ブルーインブルーへ行った、あの少女も。
《彼ら》は、自身の選択により、旅の終着を見いだした。それがどんなに過酷で悲劇的なものであれ、それは《彼ら》が、血を吐くような慟哭のなかで、その手につかんだひとつの答だ。

 ――おそらくは。
 今、ほんとうに見つけたいものは、かたちある遺品ではないのかもしれない。
 ほんとうに解き明かしたいものは、大いなる謎などでさえ、ないのかもしれない。

 その答はつねに、この心のうちにある。
 ディラックの空の彼方を極めてさえも探索は不可能な、ひとつの異世界のなかに。



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
相沢優(ctcn6216)
虎部隆(cuxx6990)
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品目企画シナリオ 管理番号2303
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメント※看板画像はイメージということで、よろしくです。

優&隆「またおまえかー!?」
神無月「そうだ私だ!」
みたいな応酬を妄想しつつ。

しかしですね皆様(皆様?)お手数ですがちょっと検索してみてくださいな。
神無月、デート企画シナリオで、「PCさん同士」を書かせていただくのは、これが初めてだったりするんですよ。ウフ。

ん? これデートシナかって?
だって、事務局さんがそういってたもん! デートシナリオと考えていいっていってたもん!
だから私、すごい勢いで挙手したんだもん!
「わかりましたボーイズトークシナリオですね! やりますっっ!」って鼻息荒くな。

ということなので、おふたりには、テーマフリーで心置きなく語り合ってくださいませ。
お姉さん(←?)が、どんと受け止めますよ。

参加者
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
虎部 隆(cuxx6990)コンダクター 男 17歳 学生

ノベル

 広大な森林が波打つさまを、誰が最初に「樹海」と呼んだのだろう。
 青木ヶ原樹海は、1200年ほどの歴史があるが、それでもまだ、樹海としては「浅く若い」のだそうだ。
 優と隆が知っている壱番世界の樹海は、遊歩道が整備された、森林浴に最適な場所だ。「一度入ると二度と抜け出せない」という俗説もあるが、遊歩道を外れないよう留意してさえいれば、さほど危険な場所ではない。

 だが、この樹海は――
 どこか……、森に特有の生態系の存在を感じないといおうか、しんと静謐な空気に、世界の違いの哀しさが沁みるといおうか――とても、不思議な気持ちになってしまう。
 この哀しみは何だろう。
〈真理〉に目覚めてからずっと、自分たちは異世界に触れてきた。
 ターミナルに集うひとびとの、さまざまな価値観を知った。
 いくつもの異世界に、旅をした。
 ときには、その地に暮らすひとびととも、交流を持ってきた。
 
 ――緑。はてしない森。
 つらなる深緑。もえいずる若葉。
 ――青。はるかなる蒼天。
 交差する木々のあいだから見える空。かさなる世界のどうしようもない広さ。

(覚醒してから、三年と、少しか……)
 葉の隙間から降ってきた空のかけらが、優の瞳に蒼いひかりを落とす。
 目を細め、手をかざした。
 空の蒼さは、それをうつしとった海原を思わせる。圧倒的な群青。海鳴りのように、感情がざわめく。
 想いを馳せるたび、胸を刺す記憶をともなうあの海の世界で、『彼女』は今も、終わりのない冒険を続けている。
 そして――
 優の、尽きぬ潮騒に似た後悔も、ずっと後を引いているのだ。
「しっかし、綾っちはどうしてるんだろうな」
 隆の表情はやわらかく、その口調は軽快だった。
 ちょっと小旅行に出かけた友人のことでも、話すかのように。優のこころを汲み、その重荷をひょいと取り除くかのように。
「あれだ、今頃、三等兵くらいにはなってるかな?」
「いや、それはどうだろう?」
「ははは、綾っちのこと話したのも久しぶりだな」
「……うん。ごめん」
「なに謝ってんだよ。んー、元気でいい奴だったけど、ちょっとあぶなかっしい所もあったっけなぁ」
 深刻に考えることはないのだと、隆は言外に言う。森を吹き抜ける風のような声で。
「アリッサがパス預かってんだから、無事にやってるはずだよな。……そうだ、俺たちが海賊になれば会えるんじゃないか?」
「なんだそれ」
 優は思わず吹き出した。
「そうかもしれないけど、その状況、どう考えても平和的な再会じゃないぞ?」
「よしよし、笑ったな?」
 にやりとして、隆は軽く肘を優にぶつけた。
「それにしても、綾っちが優とつき合うとは思わなかったなー。俺を差し置いて」
「ええ? まさか隆」
「ああ、綾っちのことはまあ好きだったよ……!」
「まあ、って何だー!」
 優は蹴りを入れるふりをし、隆は笑いながら身構える。
「一足先に脱KIRINしやがって、こんにゃろって感じだったけどな……、でもま、置いてかれたんだよな?」
「うっ」
「フラれたんだよな? お帰り優!」
「そのイイ笑顔は何だー!」
 今度は、ふりではなく、思いっきり蹴りをかます。隆は大げさに顔をしかめた。
「だいたい、隆はもう、KIRINじゃないだろー?」
「あれ?」
 よろけて、どさりと、シダの茂みに尻もちをつく。
「そういや、俺も今、その高みにいたっけ。ははは」
 爽快な笑い声が、緑の森に響いた。

  ◆ ◆ ◆

「時々、思うんだ」
 空を見上げ、ひとりごとのように、優は言う。
「審問会の時に、綾をちゃんと守れていたら、って」
 隆は何も言わない。同意も否定もしない。ただ、黙って聞いている。
「もし、ロストレイル襲撃の時、灰人さんが旅団に囚われなかったら」
「If」は禁物とは、わかっている。
 けれど、それでも。
「フォンスさんの事を、もっと気に掛けていれば」

 ……未練たらしいな。
 次々にこぼれる、自責と自嘲のことば。

「どうしてもそう思ってしまうときがあるんだ。いくらそんなことを考えたって、現実は何も変わらないのに」

  ◆ ◆ ◆

「フォンスに関しては」
 隆も、空を見る。
「俺たちは、どうしようもできなかったんだよ」
「……うん」
「キャンディポットを助けられなかったのが、悔しいけど」
「………うん」
「灰人さんは、馬鹿だよ。守るべきものを失ったからって自棄になることはなかったんだ」
「でも……」
「キャンディポットを見つけたじゃないか。その後には、娘も見つかったし」
「絶望――したんだよ」
「二度も絶望を感じた辛さは、わかるけどな」

  ◆ ◆ ◆

 樹海の季節感は錯綜していた。
 若々しい新緑が枝を伸ばすすぐそばで、金いろの黄葉と鮮烈な紅葉が、色彩に変化を与えている。

 ――金。王者のいろ。黄金の鎖で玉座に縛られた、孤独な王。

「俺は、覚醒してからずっと、壱番世界を守る為なら、例え誰かを手に掛けても……、誰かに憎まれてもいいと思っていた」
 それくらいの覚悟がなければ、壱番世界は救えない。
 トラベルギアはそのための武器だ。それが優の想いだ。
 支給されたギアが「剣」であったことが、その想いを補完する役目をはたした。
 剣は、人を傷つけるためにある。
「護るための剣」ということばがあるけれど、それもまた、「誰かから傷つけられること」を前提にしている。
「ロバートみたいなこと、言ってんなぁ」
 隆はあっさり看破した。

 ――壱番世界を護るためなら、なんでもしよう。

 そのありようが、はからずも、ロバート・エルトダウンの生きざまに酷似していたことを、優は知ってしまった。
「うん、だから……」
 少し、迷っている。自分の考えは、これでいいのだろうかと。

 何をしても。
 どんな犠牲を払っても。
 誰かを手に掛けても。

 だが、それは、突き詰めれば、自分のいのちを賭すことに、なりはしないか。
「俺は、ロバートさんに幸福に生きてほしい。ひとりで孤独に生きてほしくなんてない」
 綾にも、灰人さんにも、幸せになってほしかった。
 それぞれが決めた道だとわかっていても、それでも。
 いっぱいの笑顔で、大切なひとたちと、生きてほしかった。

 ――綾。
 きみの望みがかなうことを、俺はずっと、願っている。
 強がりなきみは、そんな心配さえされたくないと、言うかもしれないけれど。

  ◆ ◆ ◆

「うーん」
 隆は眉間に縦じわを寄せ、何ごとかを考えていたが。
 突然に、はっと顔を上げる。
「ワーム針の仕組みはどうしても知りたいな!」
「それかよ!」
「チャイ=ブレに対抗できるかもしれないしな。ナラゴニアを探すとか?」
「それも一案かもな。あと、世界計の欠片も、あちこちに落ちてるみたいだし」
「なんにせよ、俺は何度絶望しても世界を諦めたりはしねえぞ!」
「頼もしいな、虎部隊長は」
「何度だって乗り越えてやる! フランも失わないぞ!」
「うん、応援してる」
「優はロバートと付き合っちゃえよ!」
「そこに落とすなよ!?」

  ◆ ◆ ◆

「じゃあ次の計画は、世界計と針の秘密探しだな! その前に、もっぺん粘ってみよっか」
 虎部隊長の言葉を皮切りに、優は、灰人の遺品探しを再開した。
 おそらくは、見つからないだろう。
 それでも――探したかった。

(壱番世界を守りたい。でも、皆にも幸せになってほしい。俺は俺が大切だと思うひとに、幸せになってほしい)
 そのために、どうすればいいのか、まだわからないけれど。
 もしかしたら、間違ってしまうこともあるかもしれないけれど。
 それでも諦めず、俺たちはこれからも、旅を続けるだろう。
 いつか自分自身の答を、得るために。

 綾は、アリッサにパスを返却しようとした。
 ……消えたかったのだ。
 本当は、誰にも、何も言わずに。

 俺は、何も聞かなかった。きみが言いたくないと、わかっていたから。
 だからきみは、一切を、語らなくていい。思い出さなくていい。
 引き止めようとした俺たちに、何の負い目も感じなくていい。

 俺も、きみに、負い目がある。
 ちゃんときみを守れなかったこと。
 一緒に、行けなかったこと。
 
 ただ、これだけは許してほしい。
 きみが、その広大な海の世界で運命の羅針盤を見いだすことができるよう、願い続けることだけは。
 今続けている旅が、いつか消えるときまでの、あてのない放浪であるとしたら。
 きみが消えてしまう前に、その旅が終わることを、願う。

 ずっとずっと、きみが願い続けてきたことがかなうよう――、
 ブルーインブルーへの帰属がなされることを、祈っている。

 目指すものは、違うけれど。
 旅の羅針盤を探しているのは、俺たちも同じだから。
 俺たちもずっと、迷い続けているのだから。

クリエイターコメント(ほう……。うっとり。ふたりともいい男だのう)
はっ、すみません、ついつい、樹海の草むらに迷彩服で潜伏しつつ、おふたりをストーキングしてニヨニヨしてました!
優くんはひたむきで真摯で、隆くんは頼もしくて聞き上手で、どちらも将来が楽しみですねぇウフフフフ。
優くーん、隆くんの「ロバートと付き合っちゃえよ」発言は、WRの捏造じゃないのよー。
きっぱりはっきり、プレイングの全採用なのよ〜〜。

おっと、余韻だいなしのコメントはこれくらいにして。
これからも、おふたりの旅路を物陰から見守らせてください。
よろしくお願いします!
公開日時2013-01-05(土) 12:40

 

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