「お仕事をお願いできますか」 いきなり後ろから声をかけられ、ぎょっとして振り返ると導きの書を開いた男性がそこに立っていた。いつからそこにと問いかける暇も与えず、その男性は導きの書に視線を据えて淡々と続ける。「モフトピアで、新たに覚醒したロストナンバーが発見されました。お願いしたいのは、その方の捕獲──基、保護です」 わざとらしく言い直した男性は一度視線を上げ、何だか疲れたような溜め息をついてから説明を続ける。「場所は熊に似たアニモフのいる、半分が湖に占められている浮島です。ロストナンバーは一名、壱番世界の住人に似た人種で、特殊能力も武器も持たない未成年男性。壱番世界で言えば、平凡な男子高生と言ったところでしょうか。湖西に潜伏しているようです」 今度は言い直されない単語に引っかかり、潜伏と繰り返すと男性は特に熱意もなく揺れるように頷いた。「言葉が通じないせいで、アニモフに助けを求めることも出来ないようなのですが。お腹が減ったのでしょうね、最近になってアニモフたちから食料を奪い始めたようなのです」 困ったものですとあまり感情も込めずに続けた男性は、ページを捲って眉根を寄せた。「アニモフたちは、今のところその状況を楽しんでいるようです。困っている相手に食料を分けるのは彼らには当たり前の話ですし、元より分けるために魚も多めに取っているそうなので。そっと近寄って魚だけを盗っていくロストナンバーは、アニモフにすればいい遊び相手のようですね」 呑気な話ですがと苦笑した男性は、棘のない優しい笑みを一瞬だけ浮かべたがすぐに唇を引き結び、「ですがアニモフが楽しんでいるとはいえ、魚を盗むのは犯罪です。彼のせいで、島を訪れる全員が盗人だと思われるのも避けたいところです。そこで皆さんには、その魚盗人を捕獲して頂きたいのです」 ああ間違った保護だったと棒読みで訂正した男性は、面白くもなさそうな顔つきでそこにいる何人かを眺めた。「とはいえ、彼にも同情の余地はあります。我慢できるぎりぎりまで湖の水を飲んで飢えを凌いでいたようですし、魚を盗ると言っても二匹までと決めているようです。アニモフに危害も加えていませんし、何より当のアニモフたちが今日は誰の魚かと楽しんでいる節もあります」 それはそれでどうかと思うんですけどねぇと私見を挟んだ男性は、導きの書を閉じて脇に抱えながら肩を竦めた。「とりあえず取っ捕まえて、説教の一つもして頂ければ問題は解決します。言葉が通じないのが一番の原因ですから、揉め事に発展することもないでしょう」 刃傷沙汰はアニモフも怯えますから避けてくださいと言い添えた男性は、捕獲説教が一番の目的ですと指を立てた。そして次にと指をもう一本立て、こちらがメインですとぼそぼそと続ける。「何の謝罪もなく0世界に連行するだけでは申し訳ないので、そのロストナンバーと一緒にアニモフに謝罪して頂きたいのです」 いわゆる土下座も楽しそうですけどねぇとちらりと笑った男性は、こほんと咳払いして視線を逸らした。「アニモフたちは盗まれていたという意識も低いですので、言葉を並べるのではなく態度で示してください。例えばアニモフたちと一緒に遊ぶなり、一芸を披露するなり。アニモフが喜んでくれそうなことなら何でも構いません、あなた方にお任せします」 はしゃいだアニモフたちの体力は底知れないですが、くたばらないようにお気をつけて、と小さく忠告した男性はそのまま踵を返した。 誰が受けるか興味もなさそうに戻っていく背中を見送り、つまりと今の依頼を考え込む。「しみったれた盗人に説教したら、一緒に一芸披露してアニモフを楽しませて来いってこと?」「そんな纏めは、誰も望んでないと思う……」
まずは何はなくとも捕獲ですね! と、目指す浮島に向かいながら拳を作ったのはフェリシア。提案ですと挙手をしてから話し始めた彼女は、大きな荷物を持ち上げて言う。 「パーティーの準備をしてきました、とりあえずアニモフの皆も招いてパーティをしましょう!」 「それは楽しそうですわね。魚盗人さんも、釣られて出てきてくれるかもしれませんわ」 のんびりと同意したのは、黒い衣装にベールを纏った女性。三雲文乃ですと穏やかに名乗った彼女は、顔の大半が隠れているが微笑んだと分かる。 その隣を歩く、先ほど荷物を受け取りましょうかと提案してくれた男性は、どこか女性的に柔らかく物腰も穏やかに笑った。 「まるで天岩戸ね。私たちは踊らないといけないのかしら?」 アメノウズメねと楽しそうに頷いた彼は、脇坂一人といった。うずめ? と分からなさそうに首を捻っているのは、脇坂の足元をひょいひょいと跳ねるように歩いている二足歩行の狸さん。太助だ! と力一杯名乗った彼は、 「踊るのか? どーして踊るか分かんねぇけど、俺が踊ってやってもいーぞ!」 腹鼓も披露してやろっかと楽しそうに笑う太助に、思わずほわっと表情を緩めかけたフェリシアは慌てて頭を振った。 「踊るのも楽しそうですけど、やはりここは食欲に訴えかけてはどうでしょう?」 「そうですわね、日にお魚を二匹ではお腹も減っているでしょうし。彼はそのお魚を、生で食べていたのかしら?」 何気ない疑問、といった様子で三雲が首を傾げ、脇坂は何度か目を瞬かせた。 「考えなかったけど、毎日お刺身だと火の通った物が恋しそうね」 「わたくしもサンドイッチやお茶は用意してきましたから、フェリシアさまの料理と一緒に並べてくださいな。その横で、ハムを焼いてみては如何?」 「いいなー、ハムの焼ける匂いってめちゃ美味そうだ!」 ほわんと幸せそうに太助が同意した太助は、俺は食わないんだけどなと照れ臭そうに笑ったのを見てどうしても緩みそうになる口許を隠しながらフェリシアも頷いた。 「それでは、ハムを焼いて誘き出しましょう! 一応、捕獲用に網は持って来ました。後はパーティー用のクラッカーを」 「クラッカー?」 「ええ、アニモフさんたちに渡して隠れててもらおうかと。ゲーム感覚にしたほうが楽しいでしょうし、音でびっくりしたら動きは止まるでしょう? 私はもしもの時に備えて、木の上で待機していますね」 取り逃がしませんよと力を込めると、脇坂が勇ましいわねと目を瞠った。 「私も網は用意してきたけど、クラッカーの発想はなかったわ」 「そうだ。動きを止めたいなら、クラッカーと一緒に俺がモッフリアタックしてやる! 俺のお腹なら、魚を盗ってく奴も苦しくないだろうしな」 「まぁ、それでは網よりロープを投げましょうか?」 縄なら用意してきましたのよと三雲が太助を気遣うと、大丈夫だと太助はそのお腹を叩いて太鼓判を押す。 「俺ごと網で捕まえてくれて構わないぞ! 魚を盗ってく奴も一人じゃ怖いだろうし、網で捕まるくらい俺は平気だからな。そいつが転んで怪我しそうになっても、俺がお腹で受け止めてやる」 ばんぜんだなと胸を張る太助に、脇坂はなんて可愛らしいかっこいいと太助の頭を何度も撫でる。いいなぁ! と思わず便乗しそうになったが、何とか思い止まったフェリシアはこれで捕獲作戦はうまくいきそうですねと頷いた。 それでは、熊モフちゃんたちに挨拶しましょう! と手を振り上げたフェリシアは、ちょっぴり素が出た自分には気づかなかった。 魚盗人捕獲作戦、建前歓迎パーティをアニモフたちも喜んで受け入れた。ぱーちーぱーちーと大騒ぎして、似たような身長の太助の手を取って大はしゃぎしている。 (でも具体的に、パーティの意味は分かってないような……) 気がすると思わず苦笑した一人は、とりあえずアニモフと太助の競演をうっとりと眺める。可愛い子が可愛らしい仕草ではしゃぐ姿ほど、癒されるものはないだろう。 どうやらフェリシアも同じ心境で眺めているようだが、時折はっと我に返っては頭を振って準備に勤しんでいる。 強がりたいお年頃よねぇとうんうんと頷き、自分も止まっていた手に気づいて準備を進める。と、テーブルの端に鞄が置いたままになっているのに気づき、持ち主を捜す。 「三雲さん? そっちの鞄は、出さなくていいの?」 「ええ、それは着替えと絵の道具が入っておりますの。残念ながら食べられないんですのよ」 楽しそうに口許に手を添えて笑う三雲に、食卓に並べるわけにはいかないわねと笑って頷く。 「でも着替えって、ひょっとして湖で泳ぐの?」 「まぁ、その発想はありませんでしたわ。水着も用意したほうがよかったのかしら? 少年が着替えをどうしているか気になって、それは用意したんですけれど」 下着を余分に持って来るべきだったかしらと首を傾げる姿は、どうやら本気っぽい。変な話を振ったかしらと戸惑い、話題を変えようと試みる。 「絵の道具ってことは、三雲さんは絵を描くの?」 「ええ、披露できるほどの一芸はありませんが皆さんの姿をスケッチしようかと。因みにターミナルで古美術商を営んでおりますのよ、どこかにお出かけになって珍しい美術品を発見された際は是非うちに」 さり気なく宣伝する三雲に思わず声にして笑い、覚えておきますと胸に手を当てて一礼する。三雲も楽しそうに笑ってくれたところに、太助がころころと楽しそうにアニモフと転がってきた。 「おっと、これ以上転がっていくと湖に落ちちゃうわよ」 「あらあら。タオルは余分に持ってきましたけれど、気をつけてくださいな」 「おー、ありがとなー! そろそろ準備できたか?」 「ええ、三雲さんに提供して頂いた食事も並べましたし、後はアニモフさんたちにクラッカーを配りますね」 言いながら持っている袋から一つずつクラッカーをアニモフに配るフェリシアは、いいですかと小さい子供を指導するようにアニモフたちに声をかける。 「今日は誰のご飯を盗って行くかじゃなく、こっちから誘い出しましょう。そろそろ一緒に、ご飯も食べたいですよね?」 「いっしょー?」 「たべたらいーねー」 うんうんと大きく頷くアニモフに、フェリシアは口の端を緩めながらクラッカーを示した。 「この紐を引っ張ると、大きい音がします。一回しか使えないので、まだ引っ張ったら駄目ですよ。いつも魚を盗っていく人が現れたら、皆でこれを鳴らして迎えてあげてください」 真横にいる人に向けたら駄目ですよ等々、注意事項を並べるフェリシアにアニモフたちは目をきらきらさせながら頷いている。何て可愛らしい集団と眩暈を覚えそうになっていると、クラッカーを渡されたアニモフを見て太助がごめんなぁと尻尾を垂れさせて謝っている。 「どんな理由があっても、ご飯は盗ったら駄目だよな。後で一緒に謝るけど、先に謝っとく。ごめんな?」 「? きにすんなー」 「だいじょーぶ」 「わるいのないよー?」 なになにと目をぱちくりさせて聞き返すアニモフたちに、太助はいい奴らだなぁと感じ入っているらしい。 「よしっ、通じなくても、こらって言っとくな! でも謝ったらいいぞって言ってやってくれ!」 「? わかったー」 「いいぞー」 楽しいからいいぞーとクラッカーを持ったままはしゃぐアニモフの一人を撫でていたフェリシアは、可愛いことと笑っている三雲の声で我に返ったらしい。 「で、では、ハムを焼きましょう!」 「フェリシアさんは、本当に木に登るの? じゃあ、網は私が担当するわね」 「俺もモッフリアタック準備だー!」 「では、焼くのはわたくしの役目ですわね」 言って準備に入ると、アニモフたちはそれぞれの後ろをついて楽しそうに一緒に隠れる。魚盗人が姿を見せるまでの間、足元にはしゃぐアニモフのおかげで一人の顔は緩みっぱなしだった。 太助がクラッカーを構えたアニモフたちと一緒に木の陰に隠れていると、三雲が焼いたハムの焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。生憎と太助は草食なのでよく分からないのだが、これは空腹には効くわねと脇坂が別の場所で頷いているから美味しそうなのだろう。 (魚を盗ってく奴も、出てくるか?) できたら早めに出てきてほしいなと思いながらそーっと顔を覗かせると、ハムを焼いている場所の反対側で何かが動いた。 思わず全員で一層頭を低めて隠れると、少し遠い影は周りを窺いながら近寄ってくる。頻りにきょろきょろしているが、匂いとハムの焼ける音に負けたようにふらふらと近寄ってくるのはフェリシアより少しばかり背が高いかどうかといった細い少年だった。尋ねるまでもなく、アニモフたちがきたきたーと小声で楽しそうに頷き合っているところを見れば、あれが魚盗人だろう。 警戒しながらもハムに近寄ってきた少年は、くううううう、腹の虫を鳴かせている。腹減ってんだなとちょっとばかし可哀想にも思ったが、お腹一杯食べさせてやるのは悪いことは悪いと指摘して謝らせてからだ。 「と言うわけで、お腹もっふりあたーっく!」 とうっと掛け声をかけて飛び出した太助に続き、もういいのーと楽しそうに確認したアニモフたちがクラッカーを鳴らし始める。突然のことに恐慌している少年の顔面にぼふっとお腹を押し付けるようにしがみつき、一人ー! と叫ぶ。 「何それいっそ羨ましい攻撃なんだけどー!」 後で私も撫でさせてよねと騒ぎながら、脇坂が網を投げてくる。左は湖で危ないですわよと警告する三雲に頷くが、少年は何だよこれー! と大騒ぎして聞こえていないらしい。まあ落ちるくらいいっかと呑気に考えていると木から飛び降りてきたフェリシアが網の端を捕まえ、一斉に引いてくださーい! と声をかけて湖から引き離してくれる。どうにか湖には落ちずにどさりと倒れ込むと、まだわーわーと叫んでいる少年から離れてぽんと頭を叩いた。 「お前、怪我してないか? 大丈夫か?」 「な……、何だよこれ何が起きてんだよ、熊の次は狸かよーっ!!」 顔を上げて太助を見るなり、もうやだ何だよここと泣き出しそうにびーびーと喚いている少年に、アニモフたちは顔を見合わせておろおろしている。放っておけばアニモフまで一緒になって泣き出しそうだったが、そこにフェリシアがめそめそしない! と少年に指を突きつけた。 「こんな可愛らしいアニモフちゃんや太助さんに迷惑をかけて、恥ずかしいと思わないんですかっ」 「……っ、人間?」 言葉が通じるのか本物かとぱっと顔を輝かせた少年は、フェリシアの言葉も聞いていない気がする。太助はちょっと呆れて、少年の横顔に軽く肉球パンチを食らわせた。 「お前、色々あって大変なのは分かるけど人の話はちゃんと聞け!」 失礼だぞと説教すると、少年はびくりと身体を竦めて太助を見てからそろそろと向き直ってきた。 「今……、あんたの言葉は分かった気がする。喋れるのか、熊は駄目でも狸なら喋れたのか!?」 「お前、さっきから熊とか狸とか失礼だぞ。俺は太助、あいつらはアニモフだ。各自の名前は知らねぇけど、皆ちゃんと名前があるんだぞ」 なってないなと短い腕を組んで精一杯睨むと、少年は目をぱちくりとさせてから赤くなって俯いた。よかったわまともな子みたいでと脇坂が頷き、苦笑するように笑った三雲がよろしければと提案した。 「わたくしが通訳致しましょうか?」 きっと落ち着いて姿を見ていれば分かるはずですけれど、と微笑んで女性が熊のぬいぐるみたちを示した。 「なくのか」 「ないちゃうのか」 「どこかいたいー?」 不安げな心配げな声はどれも自分に向けられているようで、誰もが何だか泣きそうに彼を窺っているのが分かった。居た堪れなくなってますます俯いて拳を作ると、太助が下から覗き込んできた。 「とりあえず約束したから、言っとくな。こら!」 人の物は盗っちゃ駄目なんだぞと短い指を突きつけられ、ぐっと唇を噛む。 「言葉が通じない時は、肉体言語だ!」 「……肉体……」 ボディランゲージのことかしらと、後ろで小さな突っ込みを入れるのはどこか女性的な空気のスーツ姿の男性。太助はそれだそれと大きく頷き、身振り手振りで何かを伝え出す。何がしたいのかいまいち分からなかったが、何かしら伝えようという意思だけは見て取れる。 後ろでそれを見守っていた同い年くらいの少女は、何故かぎゅうと自分の頬を引っ張って引き締めるような仕草をしてから、そうですよとびしっと指してきた。 「言葉が通じなくても、こうして伝える努力はできたはずです。他にも例えば行き倒れてみるとか、芸をしてお捻りを貰うとか!」 あくまでも真顔で語られるところを見れば、本気の助言なのだろう。太助もその言葉を受けてうっと胸を抑えて苦しそうな動作をすると、ぱたりとその場に倒れた。途端にクラッカーらしき物を持っていた熊のぬいぐるみ──アニモフたちは、太助にだいじょぶかー! と駆け寄っている。 「こんな心優しい熊モフちゃんたちですよ、あなたにだって快く食料を分けてくれたはずです」 「どうして自分が今まで捕まらずにいたか、考えたことはなかったの? この子達が獰猛かどうか、しばらく観察したら分かったと思うけど」 違うかしら? と男性に仕方なさそうに笑いながら問われ、拳を握り締めたまま俯く。太助はごめんごめん大丈夫だーと笑いながらアニモフたちを宥めていて、だいじょぶかーとほっとしたように笑うアニモフたちの声が突き刺さる。 ああ、言葉が分からないだけでどうして気づかなかったのだろう。魚を盗りに行く中で、たまに目が合うことだってあった。それでも唸り声を上げられたこともなければ、後ろから石を投げられることも追われることもなかったのに。 ただ、怖くて不安で堪らなかった。自分がどうしてこんな場所に一人で放り出されたのか、これが運命だと言うなら呪いたい気分でどうにか一日を遣り過ごすので手一杯だった。 でもそれは、言い訳でしかない。彼らが言うような努力を何もしないで、ただ迷惑をかけただけだ。 消えたいような気分でひたすら俯いていると、仕方のない子ねぇと苦笑して頭を撫でられた。 「無邪気な子達だもの、きちんと謝ればあっさり許してくれるわ。まずは謝罪しないとね?」 「っ、ご、めんなさい、ごめんなさい……!」 俺どうしてもお腹が空いててと真っ赤なまま地に額をつけるように謝罪すると、アニモフたちがびっくりしたような気配がする。顔も上げられないままごめんなさいと繰り返すと、何故かおおと手を打ったアニモフたちが一斉にいいぞーと声を揃えた。はっとして顔を上げると、楽しそうに笑った太助がよかったなと声をかけてきた。 「皆、許してくれるみたいだぞ」 「いいぞー」 「わかったー」 きにすんなーと楽しそうに笑っているアニモフたちに何を言えばいいのか分からずに戸惑っていると、少し離れた場所で見守っていた女性が近寄ってきて傍らに膝を突いてそっと肩に手をかけてくれた。 「ちゃんと反省のできる方で、よかったですわ。仕方がなかったとはいえ、盗みは悪いことですもの」 「っ、ごめんなさい……、もうしません……」 「ええ、そうしてくださいな。アニモフも許してくれたことですし……、貴方も。ここまで一人で、よく頑張られましたわね」 優しく労われ、今まで堪えていた涙が思わず零れた。そのまま止まらなくなって知らず泣き崩れた背中を、女性がいつまでも優しく撫でてくれていた。 文乃は泣き出してしまった少年の背を宥めながら、おろおろしているアニモフたちに大丈夫ですわよと笑いかけた。 「張っていた気がふつりと切れたのでしょう、しばらくすれば落ち着かれるでしょうし先に食事を始めていてくださいな」 「それじゃあ、先に食べましょうか。食べ終わったら手品でも披露しようかしら」 「おおっ、一人、手品できるのか!」 「新年会ではうけたのよ」 素人手品だけれどねと笑いながら脇坂が促して、アニモフたちを連れて用意したテーブルに向かう。フェリシアはどうしようか戸惑った後、そろそろ焦げそうなハムをお皿に取り上げて火の始末をしてから少年に近寄ってきた。 「とりあえず、美味しい内に食べてください。向こうに色々と料理も揃ってますから、落ち着いたら来てくださいね。とはいえ、働かざる者食うべからず! ですので、今までのお詫びも込めてアニモフと力一杯遊んでください」 あなたの使命ですからねとハムの乗ったお皿を押し付けて言い渡したフェリシアは、後で来てくださいねと文乃にも声をかけて一礼すると脇坂たちの後を追った。皆さま可愛らしいことと口許に手を添えて笑い、どうにか泣き止んだらしい少年が戸惑ってハムを見下ろしているのを見つけた。 「突然たくさん食べるとお腹には悪いかもしれませんが、フェリシアさまが色々と用意してくださってますわ。ご一緒に如何です?」 「……頂きます。でも、俺、」 何も持ってなくてと俯く少年に、あらあらと微笑む。 「先ほど仰っておられたでしょう、皆さまと力一杯遊んで差し上げればよろしいのですわ」 「でも、そんなことで、」 「構いませんのよ。証拠に皆さま、何方ももう責めてはおられませんでしょう?」 笑って促すと、まだ何か言いかけた少年のお腹がまたくうと鳴った。真っ赤になってお腹を押さえる姿に笑いを堪えて、テーブルを示した。 「とにかく食べて、後はそれからと致しましょう」 ね、と笑いかけると少年は勢いよく頷き、大事そうにハムを持ったままテーブルに向かう。それを見てくすくすと笑いながら、文乃は持ってきたスケッチブックを取りに行った。 アニモフたちは少年の持っているお皿に、テーブルに並べられた料理をどしどし載せている。どんぐりもいるか? と太助が尋ね、脇坂は取り囲まれた少年を微笑ましく眺めてお茶を飲んでいる。 フェリシアは側のアニモフたちに写真を撮ってもいいですかと携帯電話を取り出していて、いいぞーと気安く笑ったアニモフたちはそれぞれ得意の決めポーズを決めている──どうやら撮らせてほしいと強請る人間は多いらしい──。 賑やかなお茶会といった様子を楽しんで描いていると、それではそろそろショータイムといきましょうかと言った脇坂の手からカラフルなボールがぽこぽことこぼれる。地面に跳ね返って高く低く跳ねるそれを器用にジャグリングし始める脇坂に、おーっと歓声と拍手が送られる。 貴方も手伝ってはどうですかとフェリシアに背を押された少年が脇坂の側に押し出され、戸惑う少年に脇坂は幾つかボールを投げ渡す。 「いやちょっとまっ、俺こんなんしたこと、」 ないってー! と悲鳴を上げる少年の手からボールが落ちるたびに、アニモフたちがきゃあきゃあと囃す。 脇坂は仕方ないわねぇと笑って落ちたボールを拾い集めるごとに消し、戸惑う少年の髪に手を差し入れるとそこから幾つかのボールを取り出した。 「おおっ、すげぇ!」 「鮮やかな手際ですね」 太助やフェリシアも一緒になって拍手を送ると脇坂は嬉しそうに口許を緩め、取り出したボールを手近にいるアニモフの手に渡す。けれどアニモフが触る前に赤いボールが消え、隣のアニモフに手を出させるとそこから青いボールがぽこぽことこぼれ出した。 思わず少年までが拍手しているのを見て楽しくなってきたのだろう、今度は俺の番なー! と太助が手を上げて飛び出した。 「化けるのは任せとけ! 何でもお題出していーぞ」 言いながら木の葉を頭の上に乗せ、ぽんと宙返りをした助けは十才くらいの人間の男の子の姿になる。目をきらきらさせたフェリシアが、真っ先にはいはいと挙手した。 「兎が見たいですっ」 「簡単、簡単!」 任せとけと請け負った太助がもう一度葉っぱを乗せて宙返りをすると、やけにリアルな兎が現れる。それじゃあ、象はいける? と脇坂が楽しそうに尋ねると、簡単すぎるぞと笑った兎が跳ねて今度はぬいぐるみ然とした象が出現する。 「可愛い可愛い可愛すぎるーっ」 きゃーっと悲鳴を上げて同じように喜んでいるのは、フェリシアと脇坂。アニモフたちも次々と姿を変えていく太助に喜んでいたが、地面に生えている葉っぱを千切って頭に乗せ始めた。そうして太助を真似てと宙返りを試みているが、当然変身できるはずもなく。むりだーと楽しそうに笑い転げている。 文乃は時折お茶を飲みながら和やかな風景をスケッチしていたが、太助の変身に感心していた少年が輪から外れかけているのを見て声をかける。 「宙返りでも挑戦なさいますか」 「いや、俺そこまで多芸じゃないし。ていうか、俺のほうが楽しんでて悪いなって」 「そのようなこと、お気になさらずとも。皆さまが楽しまれれば、それでよいではありませんの」 まだ弾け足りませんわよと悪戯っぽく告げると、少年の手を取って一礼した。 「ダンスは如何? フォークダンスなら、ご存知ではなくて?」 「フォークダンスならテープ持参しました!」 任せてくださいとフェリシアがそそくさとセットして、懐かしい曲が流れ始める。 「知らなくても適当で構いませんのよ、皆さまご一緒に」 少年の手を撮って踊りながら促すと、懐かしいわねと笑った脇坂も、アニモフちゃんと踊りますと宣言したフェリシアも、既にアニモフと手を取り合っている太助も景気よく踊り出す。 「やっぱり、皆で笑ってるのがいーな!」 お前も楽しんでるかーと踊りながら太助に問われ、文乃の足を踏まないように足元ばかり見ていた少年がそちらを見た。 「夜だったら枕投げもできましたよねっ」 「フェリシアさん、完全に修学旅行の乗りね……。懐かしくて楽しいわ」 踊るより写メを撮るほうが忙しくなったフェリシアと、アニモフを抱き上げて踊っている脇坂に笑いかけられ、少年はまた潤みそうになった目を瞬かせるととびきりの笑顔を作った。 「ちょー楽しい! ……ありがとう!」 大好きだーっと照れ隠しもかねて大声で叫んだ少年に、アニモフたちもだいすきだーっと楽しそうに繰り返した。 「あらあら……、今日は素敵な絵が描けそうですこと」 大好きと名前をつけた今日の絵は、一人になった少年を慰めてくれる大事な一枚になるだろう。
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