☆これまでのあらすじ☆ 博物屋はターミナルにある、店主の趣味丸出しの妖しいお店。 博物学と魔法の融合。 店内には店主により集められた様々な世界の生物の標本や魔法アイテムがひしめいており、時折姿を見せる幻影は客から聞いた珍しい生物の話を魔法で投影したものだとか。 そんな博物屋もナラゴニア襲来により被害を受けた。 二階標本室は窓ガラスが割れ、破片が飛び散り、 一階の店主の寝室は世界樹の幹が壁を突き破りベッドが大破。 普段魔法で一階の入り口に繋いである、店舗のある地下一階は特に被害は無いものの、相変わらずの散らかりよう。 まぁそれだけといえばそれだけ。 しかし某日、唯一のバイトであるカウベルと、たまたま巻き込まれたシーアールシーゼロの活躍により、寝室が防災シェルター化。ゼロ一押しの寝具と店主の魔法空調によって素晴らしい安眠空間と変化する。 あと店主とゼロのちょっとしたロマンと出来ごころにより、地下店舗からアーカイヴ遺跡への秘密の通路が空いちゃったりして、博物屋はターミナル随一のハイスペック店舗への道を歩み始めるのであった(まる)◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆「おっかしぃわねぇ。確かに博物屋ん中に、世界樹旅団の残党がいるはずなのよぉ」 クリスタルパレスの休憩所で、世界司書カウベルは自らデコった導きの書を振りながらそうごちた。「匂いもしたのよぉ、博物屋は独特の香りだし、最近ちょっと緑が香り気味だけど、なんかねぇー絶対いるわぁー」 彼氏の浮気相手の有無のごとく、嫌そうな顔でカウベルは言う。「でも、店長ったら何も言わないでしょお? もー何考えてるのかしら。っていうか、何も考えてないとか? いるのを知らないとは言わせないわよ! ちょっと向こうが姿を消せる能力者だからってぇ、もう何日同じ屋根の下にいると思ってるの!!」 ダンと、導きの書がテーブルに叩きつけられる。どうも書いてあったらしい。「こうなったら、旅団狩りかしら? 自ら投降しなかった以上、敵は殲滅。これ以外あるかしら?」 カウベルの目は据わっている。動かざる事、牛の如し。「店長が泣いて謝るなら亡命させてやってもいいけどぉ! カウベルに隠しごとなんて許しません!!!」――ゴンッ 5つ並んだビールジョッキを器用に避けてテーブルにつっぷしたカウベルを、たまたま通りかかったルティ・シディが見つけこちらに声をかけてくれる。「あ、ほっといていいわよー」◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆「勿論、危険は排除しなくてはなりません。 少なくとも、捕縛。場合によっては殺すのも止むを得ないでしょう。 今までもそうして来たはずです。 世界樹の力が無くなった今、いずれ消える運命と暴走を始める輩もいます。 我々が彼らを受け入れられるのは、図書館への所属を誓った場合のみです」 常より表情の乏しい世界司書リベル・セヴァンの顔からは、なんの感情も読みとることはできなかった。「カウベル・カワードは司書です。彼女が言う以上、確かめなくてはなりません」 リベルは静かに頷いた。「”掃除”をしてきてください」
その日、カウベルは珍しく博物屋の扉をノックした。 それは事もなげに内側から開かれ、顔を見せた店主はカウベルの抱いている者を見て相好を崩した。 「フラーダくんじゃないか。カウベルの胸に埋まって苦しくないのか?」 「うきゅぅ、ちょっと、苦しい」 「あ、えぇっ、ゴメンねぇ」 カウベルは慌てて力が籠っていた腕を緩めた。フラーダがベルトを足がかりに何とか体を調節する。 招き入れられた室内に怪しいところはない。寝室のドアは開け放たれているし、台所の流しに食器が多いとか、歯ブラシが二本あるとか……そういうこともなかった。 「テンシュ、さん」 フラーダが拙く声をかけた。 「窓、割った。ゴメン、ナサイ」 ぺこりとお辞儀すると、床に降ろして貰う。 「これ、おわび、たつこぉー」 ぴょこぴょこと跳ねたフラーダの背には風呂敷包みが背負われている。店主は屈んで首の結び目を外してやり、風呂敷をそっと開いた。 「あぁ、饅頭だ。達子さんさすが渋いな。お茶でもいれるか。フラーダくんは饅頭は好きかな?」 「フラーダ、好きー!」 口を大きく開けて尻尾をフサフサと振りながら店主を見上げる。四色の瞳は期待にきらきらと輝き、嬉しげにウロウロと歩くたびに床のほこりが減っていく。 「フラーダちゃん! 今日はお仕事なのよぉ!?」 先ほどまで自らが背負っていたお詫びの品の魅力に取りつかれている本日の主要戦力に、カウベルが慌てて声をかける。 本日、カウベルがフラーダを連れて博物屋を訪れることになった顛末はこうだ。 まずクリスタルパレスで飲んだくれるカウベルにフラーダがおつまみのおすそわけに釣られ同席する。そしてフラーダを探しにきた彼の保護者である姫宮達子がカウベルの長い愚痴に親切に付き合った上で世界司書のリベルに相談。 成り行きや獣竜の鼻の良さからフラーダに旅団員の捜索と対処が任命され、酔いが冷めたころ呼び出されたカウベルと達子とフラーダで、一通りの作戦会議をした上で出陣してきたのである。 カウベルは達子から「フラーダちゃんの心配」と「フラーダちゃんの身にもしものことがあったら」を、クリパレの復讐かの如くツラツラと聞かされた上で、「私の代わりだと思って」とフライパンを渡されて来た。ちなみにトラベルギアの貸し借りはできないので、ただのフライパンである。カウベルは腰にストラップの如くぶら下げているが、道中それをつっこむ者は誰もいなかった。 「お茶を飲んでる場合ではありませぇん! 店長、そこを動かないで!」 ビシっと言い放つカウベルに店主はしらっとした顔をしたままフラーダに目を落とした。 フラーダはフンフンと辺りを嗅ぎまわり、カウベルも真剣な顔で見守る。 店主の膝に手をかけて匂いを確かめ始めたところで、店主がニヤニヤと言った。 「フラーダくん、犬みたいだなぁ」 「フラーダ、ドラゴンー!」 歯を剥いて威嚇の顔。 「ははは、ごめんごめん」 「フラーダちゃん! 店長の言葉に惑わされたらダメよ!」 「きゅっ!」 フラーダはパタパタと四色の翼を羽ばたかせると、ふわりと体を浮かせた。 「おおっ、飛んだ! これは羽根の浮力と言うより魔力的なアレかな……?」 ふらふらと不安定に店主の周りをくるくると飛び回る姿を、未だ饅頭を持ったままの店主がまた嬉しげに見つめる。店主にとって「別の世界のふかもこドラゴン」は趣味ドストライクの研究対象だった。 「カウベルー」 フラーダが名前を呼ぶと、店主のフードに噛みつきひっぱった。 「!」 不意を突かれた店主が焦った顔を浮かべるも、その首元があらわになる。 ――そこにはクッキリと手形が首を絞める形に残っていて…… 「てんちょぉ!!」 カウベルが顔を真っ赤にして怒った。 「これはどういうことなんですかぁ! アタシ知ってるんですからねぇ、ここに旅団員が隠れてることを!! フラーダくん、GO!!」 「きゅ!!」 フラーダは店主の周りで覚えた匂いを元に真っすぐ、寝室の入り口へ飛んでいく。 そして、寝室の手前で何かに噛みつきぶら下がった。 「ちっ、面白がって見てる場合じゃなかったか」 先ほどまで不可視だった旅団員が姿を現し、フラーダの首根っこを掴みカウベルに向けて投げる。 「フラーダくん!」 カウベルはしっかりとフラーダを受け止め、キッと旅団員を睨む。左手でフラーダを抱き、右手にはフライパンを持った。 「フラーダくん! 攻撃よ!!」 「うきゅ!」 フラーダの瞳の色が目まぐるしく変化する。 赤の時は炎、青は氷、緑はカマイタチが巻き起こり、黄色になったら岩が飛ぶ。 「っ!!」 狭い室内で旅団員は寝室の扉の影に下がった。フラーダに向けて細いナイフを投擲する。 「この程度!」 カウベルがフラーダを自らの後ろに引きこみ、その勢いで投げられたフライパンが、ナイフが撃ち飛ばし、真っすぐ旅団員へ飛ぶ。 「おいっ! チートじゃねぇか!」 旅団員が慌ててしゃがみ避けつつ叫ぶと、再びフラーダの四色の魔法がその身を襲う。 「下がれっ」 店主が飛び出し、旅団員を扉の中に押し倒す。 ――バタン 寝室の扉が閉められた。 カウベルが駆け寄り、謎の超物質で出来た扉を背で押える。 「フラーダくん氷!」 フラーダの瞳が瞬時に青色に変わり、扉が氷漬けにされていく。 ミシミシパキパキと。 氷が広がる音だけがしばらく響く。 その空気まで凍ったような緊張感は、フラーダが目の色を戻しカウベルに抱きつくまで、続いた。 「……ふぅ、マントと手袋が皮で良かったわぁ」 ズルズルと凍った扉を背で滑り、カウベルはペタリと扉の前に座り込んだ。フラーダが心配そうに覗きこむ。 「大丈夫よ。これだけ固めれば、きっと出てこられないわ」 「きゅ!」 フラーダの瞳が黄色く変わると、カウベルの両サイドに大きな岩が生み出され床板に少しめり込みながら扉を抑える。 「ありがとう。完璧だわ」 カウベルがキュッとフラーダを抱きしめる。 ちょっとだけ震えているカウベルの顔を、フラーダがぺろぺろと舐めた。 ――店長。中に一緒に入っちゃったなあ…… 店主に寝室に押し込まれた旅団員は、足をもつれさせそのまま後ろに転がったが、世界樹のベッドがその体をやさしく受け止めてくれた。 ざわざわと樹の葉が心配そうに鳴る……と意識したところで、「心配そう」だと感じた自分に嫌気が差し旅団員は頭を振った。 自分を庇った店主は扉のハッチを握り閉めたまま肩を揺らし膝をついていたが、血の匂いはしない。 「で、どーすんだよ。こんなとこに閉じ込められちまって。出れんのか、お前の魔法で?」 乱暴に店主に声をかける。 「出られないな……」 「ちっ」 舌打ち。俺の死に場所は本当にココか? 「扉は内側からしか開かない。だから安全とも言える」 店主は言った。 「ただし、食料はこれだけだな」 旅団員は投げられた包みを見た。 「饅頭かよ」 ――あーあーテステス。カウベル、フラーダ。聞こえるか? 店主の声がフラーダとカウベルの耳に届いたのはそれからしばらくしてからだった。 「聞こえません!」 「うきゅ? フラーダ、聞こえる!!」 カウベルが頬を膨らますも、フラーダが素直に返事をした。 ――交渉を要求する。お前たちはコイツを殺しに来たのか? それならもう少し人数が居てもいいはずだ。「絶対殺せ」とは言われてないだろう? 「フラーダ、そうじ、きたー!」 「フラーダちゃん! 答えなくてもいいのよ、店長なんか裏切り者なんだから!!」 「きゅ? フラーダ、習った質問覚えてる。交渉、できる!」 「うーん、そうねぇ、全権はフラーダくんに任せなさいってリベル司書にも言われてるけどぉ……」 『貴方は頭に血が上り易いのですから、作戦の最終決定権はフラーダさんにお任せいたします』最初に言われた言葉だ。その上で、フラーダがどんな状況にも対応できるように、達子と一緒にフラーダに様々なことを教えてから来たのだ。『この子はちゃんとすべき事を出来る子よ!』達子の太鼓判とともに。 ――おいっフライパンも見つけたぞ! 焼きまんじゅうができるな! 死ね! ――ガンッ ――イッテェ、バカやめろ、魔法が途切れる! 店主の魔法が旅団員の声も運んでくる。店主は暴力を振るわれてはいるが、乱暴に言い返している。なーんだ。カウベルは思う。 「では、フラーダちゃんが交渉では無くて、尋問をします。フラーダちゃん、言ってやって!」 「何、こそこそ、してる、わけー!」 口調が若干、達子である。 ――堂々と出ていったら捕まるだろうが! 一応答える気があるようだ。 「図書館に、来る気、ないのー? 消失、する?」 この質問にはしばらく答えが無かった。 ――……考え中。 ――あっ、考えてたんだ。 店主から結構素の声。 「尋問を続けます!」 「テンシュ、さん、匿ってた、理由、教えなサイー」 またしばらく間。 ――正直わからん。その、消えるかも知れないってヤツが来て、ちょっと自暴自棄になってて、同情じゃないが……どうしてやればいいかわからなかったんだ。 ――なんだそれ。 「図書館に所属するならぁ、消えないですむのよ!」 ――そりゃわかってるさ。ただ、消えないってどうなんだ? 「どういうことよ!」 ――俺には帰りたい世界も無ぇ。 旅団員の言葉を店主が継いだ。 ――俺にもないな。カウベルも帰るべき世界の情報をチャイ=ブレに与えてしまったろ? フラーダくんはどうだ? 帰りたい世界があるか? 「きゅ?」 フラーダは首をひねった。 「世界、守るー?」 いっぱいに首をひねりながら疑問形で答える。 ――わんころは、守りたい世界があるのか。 「フラーダ、ドラゴンー! でも、フラーダ、わからない……?」 旅団員の質問にぷるぷると水を払うかのように、身を振るう。 カウベルが覗きこむと、不思議な四色の瞳がキラキラと輝いた。 「図書館、来ない、危険分子!」 ――おお、わんころに脅されてるぞ俺。強いもんなーわんこの魔法。俺は戦ったら死ぬんだろうな。まぁ消えるも死ぬも大差ないか? 「迷惑よぉ! 店長と心中とかしないでしょおねぇ!!」 ――いやこのままだと二人で飢え死にかもしれないけどな。 「食べ物、無いー? おなかすく、いやぁー」 またフラーダがイヤイヤするので、カウベルはとりあえず撫でてやる。 ――で、説得とか、しないの。何か良い事あるわけ? 図書館に行くとさ これは店主のセリフである。人ごとみたいに! カウベルがまたポコポコ怒った。 「フラーダ、達子、好きー! 達子いる、ごはん嬉しい、楽しい。達子、図書館居るー」 跳ねるように言われる素直な好意と食欲。 ――好きな相手と食欲かぁ。今一つ心が動かねぇなー。お前も巨乳の姉ちゃんも、何のオススメも無くて図書館に居る訳? ――俺は死ぬのは勿体ないかなってだけだよ。ディアスポったときに、ちょうどよく手を差し伸べて貰ったもんで。 カウベルがその言葉に盛大に口を尖らせた。 「店長のそういういつ死んでもいいかなーってとこ嫌いですぅ!」 「きらーい!」 ――フラーダくんにも怒られてしまった…… ちょっと傷ついたように店主が言った。 「でもアタシに聞かれたって困るわぁ、フラーダくんと同じでぇ生きてるのって楽しいしぃ」 「旅団、楽しい?」 フラーダが質問した。 ――あ、うーん、そうだな、性には合ってたかな。俺、暴力とか好きだしね。 「暴力、いやぁー」 ――別に分かってくれなんて言わねぇし。 「図書館は戦いはするけど、乱暴はしませぇん! 侵略とかしないんだからぁ!」 ――じゃあダメじゃね? 俺には合わないんじゃね?? ――はは、カウベルもフラーダくんも正直だから説得には向かないね。 「尋問ですぅ!!」 思い切り質問を切り返されていたことを棚に上げていう。 ――わんこ……じゃなくて、ドラゴンだっけか? お前饅頭好きか? 「すきー!」 ――じゃあ、ここを開けてくれないかなぁ。さすがに俺は饅頭食って死ぬのは嫌だわぁ 「うきゅー?」 フラーダがカウベルの顔を見上げて首を傾げた。 「ダメ! ダメですぅ!」 ――人質もいるのになぁ。それでも俺は暴力を振るわないでいるし、ここから出ても暴れたりしねぇよ。 「暴力、しないー?」 ――しねぇって。 「きゅー?」 『開けちゃダメなの?』の顔。 「何が目的ですかぁ! 目的を言いなさいぃ!!」 ――いや、お前たちじゃラチがあかないからよ。 ――誰かちゃんとわからせてくれよ。死なない理由をくれよ。まぁ死ねっつーならいつでも死ぬさ 「死ぬの、ダメー!」 そう言うフラーダの口元から、涎が出ているのがカウベルには見えた。不安を感じる。 ――俺も選べねえからな、誰か選べよ! 生か死を! 俺だって考えるのは飽きてきたからな! 最後の一言が多分本音で…… (つづく)
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