オープニング

 公然の秘密、という言葉がある。表向きは秘密とされているが、実際には広く知れ渡っている事柄を指す。秘密とはこの世で最も脆いもののひとつ、それを打ち明け共有出来る友を持つ者は幸いである。胸に抱えた秘密の重さは人に話してしまえば軽くなるものだし、更には罪悪感を連帯所有することで深まる絆もあるだろう。

 ……さて。あなたはそんな、誰かに打ち明けたくてたまらない秘密を抱えてはいないだろうか?それなら、ターミナルの裏路地の更に奥、人目を避けるように存在する『告解室』に足を運んでみるといい。
 告解室、とは誰が呼び始めたかその部屋の通称だ。表に屋号の書かれた看板は無く、傍目には何の為の施設か分からない。
 ただ一言、開けるのを少し躊躇う重厚なオーク材のドアに、こんな言葉が掲げられているだけ。

『二人の秘密は神の秘密、三人の秘密は万人の秘密。それでも重荷を捨てたい方を歓迎します』

 覚悟を決めて中に入れば、壁にぽつんとつけられた格子窓、それからふかふかの1人掛けソファがあなたを待っている。壁の向こうで聞き耳を立てているのがどんな人物かは分からない。ただ黙って聴いてもらうのもいいだろう、くだらないと笑い飛ばしてもらってもいいだろう。

 この部屋で確かなことは一つ。ここで打ち明けられた秘密が部屋の外に漏れることはない、ということ。
 さあ、準備が出来たなら深呼吸をして。重荷を少し、ここに置いていくといい。

品目ソロシナリオ 管理番号2123
クリエイター瀬島(wbec6581)
クリエイターコメント乙女の秘密、それはもはや秘密ではない!
こんにちは瀬島です。

さて、秘密を打ち明けてみませんか。
独り言によし、愚痴によし、懺悔によし。
どシリアスからギャグまで幅広く対応いたします。

【告解室について】
OPの通り、一人掛けソファと小さな格子窓のついた狭い部屋です。
西洋の教会にある告解室をご想像ください。
採光窓はありますがすりガラスになっており、外から見えることはありません。

話を聴いてくれる人物は声以外の全てが謎に包まれています。
プレイングにてご指定いただければある程度人選を行います。
優しい女性がいい、同世代がいい、説教されたいなどお気軽にどうぞ。
お任せや描写なし、過去納品された中からご指定頂くなども歓迎です。
特に指定がなければプレイングの雰囲気に合わせて適宜描写します。

【ご注意】
格子窓の中を覗く、格子窓の中に入るなど、
話を聴いてくれる人物と声以外で接触するプレイングは不採用といたします。
中の人など居ない!(ピシャッ)

参加者
ティーロ・ベラドンナ(cfvp5305)ツーリスト 男 41歳 元宮廷魔導師

ノベル

「秘密かぁ、特に無いな」

 カレーパンを齧りながら、ティーロ・ベラドンナはこの部屋の存在意義をしれっと無視する発言をしてのけた。

「では何故此処へ?」

 今日告解を受けるのは妙齢の女性のようで、冷静そうな口調の中にティーロへの呆れを含ませながら当然の疑問を口にする。

「表の言葉が気になったんだよ、神の秘密がどうたらってな」
「要するに何をする場所なのか理解せず闖入してきたということか。それなら仕方あるまい、お前が此処へ来た以上、そしてこの部屋が受け入れた以上は何か話していけ」

 まるで壮年の男性のような話し口はティーロを小馬鹿にしているとも取れたが、当のティーロはまるで気にしていない様子でカレーパンの最後の一口を口に放り込み、手を軽くはたいて指先についたパン粉を床に落とす。

「じゃあ聞くがな、あんた独身?」
「何だ、唐突に。私が独り身でお前は何か不利益を被るのか?」
「いや全く。オレの知り合いによく似てるのさ、そのデカい態度とか喋り方とか。ってことは独身なのも一緒かねぇと」

 次の菓子パンをベーカリーの袋から取り出しながらティーロはけらけらと笑う。告解を受ける者はますます呆れの色を強めため息をついたが、話の糸口を掴んでみる価値があると思ったのだろう、つられるようにふっと笑い言葉を返した。

「成る程、私のような女性が異世界にもいるのかと思うと心強い。どうだ、私にその話を聞かせる気は無いか?」
「ああ、いいぜ。つまんねー仕事の話ばっかりだろうけどな」
「構わん」



__風の国サルーンには、勇敢で美しく、智に長けた或る女性がいた。滝のように流れる黄金の髪は太陽の祝福を受けたようにやわらかく眩しく、力強い意志を宿した大きな瞳が曇ることはなく、吟遊詩人がその美しさを讃えていうには、光の精霊が地上に太陽を作ろうとしたのだと。その名はマルツィア、サルーンの姫将軍と呼ばれる第九王女である。

 ……なんてな、そりゃあ黙ってりゃ美人なほうだろ、何たって王女サマだしな。ただありゃあダメだ、女としてダメだ。三十路越えても嫁に行かねえどころかやれ演習だ視察だとあちこち飛び回ってよ。色気のいの字も無え。シンパの連中には姫将軍だの呼ばれちゃいるが、オレに言わせりゃ女の皮かぶった鬼将軍だぜ。

 ま、そんな王女サマとさ、仕事をする機会ってのはそれなりにあったわけよ。オレ? ああオレ魔法使いだから。頭に『元』がつくけど宮廷魔導師なんだ。人生色々だから元がつく理由は端折るぜ。あ、このチョココロネうめーな。

 話を続けろって?ああ、悪い悪い。殿下……オレはあいつをそう呼んでたんだ、曲がりなりにもお姫様だし、何よりそう呼ぶとあいつ嫌がるからなぁ!『私はこの地位に在る間、王家の血に阿るつもりはない! 王女としての扱いをやめろと何度言えば分かる!?』なーんて、いつもは取り澄ましてやがる癖して、顔真っ赤にして怒るんだぜ、あっはっはー。オレだって叩き上げの身さ、名前や血筋より中身を見て認めて欲しいのなんざあいつより分かってんだっつうの。人にしてやれねーことは強制すんなって話だろ。

「成る程似たもの同士ということか、面白い」

 似たもの同士? あんたとあいつが? ……オレとあいつが?
 いやいや、いやいやいや。ありえねー。

 まぁ、いいか。続けるぜ。サルーン、オレたちの国は大きくはねえがそれなりにしっかりしたところだ。おかげで他所の国の揉め事には引っ張りだこさ、おおっぴらに首こそ突っ込まねえが、政略結婚前の身元調査だのスパイのあぶり出しだの、公には出来ねえ潜入捜査や隠密行動みたいなもので外貨を稼いでるようなとこがあってな。あいつはそういうのを取りまとめる部隊の隊長サン、オレは暇な時に手伝ってた。

 で、いつだったかね。隣の国がどうにも政情不安定で、レジスタンスがどうとかテロ予告がとかいう話が浮かんでは消えて……ついには国王暗殺の噂が流れ始めた。流石に事がデカいってんで、あいつとオレもその調査に向かったのさ。ちょうどその国は建国の周年を祝う年でな、表向きは祝いを述べに来た国賓ってことで、宮中舞踏会に招待されたっけ。
 つーかな、国賓ってのは大体夫婦で列席するもんだろ。それをあいつ独身だからって何でわざわざオレを随伴するかね。そりゃ、肩書きの釣り合うのはオレしかいなかったけどな。舞踏会に将来の結婚相手が居たらどーすんだ、オレなんかが隣に居たらビビって逃げちまわあ、そんな風に仕事ばっかりだからいつまでも独身なんだっつったら思いっきりスネ蹴りくらったのもいい思い出だぜ。

 ……ほんと、昨日の事みてーだわ。



__管弦楽器のノネットが奏でるワルツの調べ、平和そうに見える舞踏会の光景。一皮剥けば利害と陰謀と怨嗟が踊る。そんな中でも、彼女は


「(まあ、綺麗だったよな)」

 あれは確か、欠け始めた月の浮かぶ夜だった。目を惑わす夜の魔物が、満ちた月をかじって人々にイタズラを仕掛けるという伝承をティーロは思い出す。
 そう、あの夜のことは夜の魔物がティーロに仕掛けたイタズラだったのだ。

「どうした?」
「いや……。ひでえ女だったなって」



 まさか酒に弱いとは知らなかった。
 慣れた軍靴ではなく、頼りない華奢なヒールの靴に疲れてしまったのもあっただろう。
 大きく背中の開いたドレスに合わせた纏め髪が一筋こぼれ、うなじにかかる姿はどこかいつもと違う雰囲気を纏っていた。
 夜風が肌を撫で、マルツィアのイヤリングを揺らした。普段は耳が重くなるからと嫌っていたガーネットのそれは、月の光を浴びて本来のものとは少し違うやわらかげな輝きを放つ。

「ティーロ」
「あ? 何だよ」

 テラスの長椅子に凭れたマルツィアの声は、酒のせいかいつもより気安いような気がした。

「世話をかけるな」
「そういう台詞はもうちっと仕事らしい仕事ん時に言いやがれ」
「はは! そうかもしれぬ、酒に酔って仕事にならぬ今言う言葉ではないな」

 屈託無く笑う所作、こちらの言葉へ素直に頷く様子、まるでいつもの彼女ではない。酒と、夜の魔物はどうやらよほど強い魔法で惑わしているらしい。

「ま、オレ達が舞踏会に来たのはただの目立ち役だろ。今頃あんたの可愛い部下がきっちりやってくれてるさ」
「そうだな。あれらの仕事は確かだ、そうでなくば私一人で乗り込んでいる」

 部下を信じ重用すること、そしてこうして褒めてみせることはマルツィアの美徳のようだった。それが今宵は何故か自分にも向けられている気がして、言うつもりの無かった言葉がつい口からこぼれる。

「おい、それって……」

 そしてそれはマルツィアの次の挙動に遮られる。喋りすぎたとでも言いたげに立ち上がり、慣れないヒールのせいかよろめいて……仕事のうちとはいえ、支えようと身を乗り出したのがいけなかった。

「!?」

 膝からくず折れる身体。はずみでイヤリングが落下する。それより先にマルツィアが床に投げ出されるのを守らねば。それくらいしか考えず、咄嗟に手を出して……。

 ほんの一瞬ではあるが、触れ合ってしまった唇の感触に何のごまかしが利くだろうか。次の瞬間飛んできた膝蹴りのおかげで、今となってはただの笑い話にしかならないが。



「ほんと、ひでえ女だったんだよ」

 言葉の汚さとは裏腹に、ティーロの目は優しい。
 告解室はこんな風に、秘密を明かされない日も、ある。

クリエイターコメントお待たせいたしました、『告解室にて』お届けいたします!
ご参加ありがとうございました!!

プレイングを拝見し、これはいいツンデレの気配がするぞ……とわくわくしながら楽しく書かせていただきました。
諸々お任せOKとのことでしたので、マルツィアさんとのエピソードはちょっぴり盛らせていただきました。文字数との格闘が長引いてお届けが遅くなりまして申し訳ありません。

ラストにもありますように、ティーロさんはきっと色々なことを告解室では語らず、心の中でそっと思い返していたのかな、と思いあのような〆にしてみました。お楽しみいただければ幸いです。

あらためまして、オファーありがとうございました!
公開日時2012-08-24(金) 08:30

 

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