ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
もくもくと浮かぶ白い雲に、気持ちよさそうにぷかぷかと浮島たち。 その間に、鮮やかで美しい虹。 どこまでも続く可愛らしく心が和む風景。 それをつい見上げすぎてつい後ろに体がぐらついて、あわてて足を踏ん張った。 「ふぅ……帰りの列車、列車がくる時刻、まだ先」 ぴくりと帽子から少しだけ出ている耳が動き、髭が震える。 たどたどしい言葉遣いでキリル・ディクローズは今の自分の現状を口にした。 それも列車がくる時間がとても時間が中途半端なのが問題だ。どこかに行くには短すぎ、ここでじっとしているには長すぎる。 「時間、空いた、空いたな、どうしよう……えと、ええと」 長い尻尾をぷるっと振るってキリルは持て余してしまった時間をどうしようかなぁと首を軽くひねって白い雲を見つめていると名案を閃いた。 「確かかばんのなかに」 自分の背中に背負っている革の鞄を地面におろすと、ごそごそと中を探り始めた。そして、すぐさまに目当てのものを見つけ出した。 「あった、おりがみ、折り紙」 色とりどりの折り紙にキルリは笑顔になった。列車を待つ間、これで遊んでいればいいのだ。我ながら中々に素敵な思いつきだ。 そうとなると何か折ろうか、馬、猫、鼠、兎……いっぱい思いついてくる。 がざ。――音をたてて木々のなかからそいつは顔を出した。 キルリの丸まった背中をじぃと見つめる金色の大きな眸。 そいつはふるふると尻尾をふると、そそっと歩き出す。 そして無防備なキリルの背中――小さく左右に振る尻尾に目をつけた。 「にゃあ」 そいつは口を大きく開けると、キリルの尻尾に飛び付いた。 「みゅ?」 柔らかな衝撃を受けてキリルは零れ落ちそうなほどに目を大きく開いてそろそろとふりかえった。 自分の尻尾に黒い塊がついている。 良く見れば、その黒い塊には自分と同じく頭にとんがった耳と、長い尻尾がついていた。 「みゅ? これ、なに? なに?」 キリルの声に、その黒い塊はぴょいと尻尾から離れた。 「にゃあ!」 片手は腰に手を当て、もう片方の手はキリルに向かって伸ばしたのは――ネコ型の、それも黒い色のアニモフがキリルを見つめる。 「おまえは、だれだ、なゃう」 ぴょこぴょこと黒いネコ型のアニモフがじっと見上げてきたのにキリルは目をぱちぱちさせて、ふっと口元に笑みを浮かべた。 「やあ、こんにちは。こんにちは。ぼくの名前はキリル」 「……きりる。……こんにちは! にゃはね、にゃんだよ! きりる……なに、してる? なにかしていた。かくしても、だめだぞ。にゃしってるぞ」 黒いネコのアニモフがキリルの手元を覗き込んでくるのに、キリルは微笑んで折ったばかりの馬を差し出した。 「おりがみ、折り紙、知ってる? これ、馬」 「うまー? どうやったの、これ。作る? みせて、みせて、きりる」 「いいよ」 ネコ型のアニモフはキリルの前にとてとてと走って一番いい席を獲得した。 キリルは今まで作っていた品を脇に寄せると、新しい真っ白な紙を一枚取り出して折り始めた。 そしてあっという間に兎を完成させてしまった。 「おおおー、すごい。きりる! ほかには? ほかには?」 尻尾をぱたぱたと振って喜ぶアニモフの姿にキリルはにこにこと笑って今まで作った品を見せていった。 「いいな、にゃあも、つくってみたい」 「じゃあ、やってみる?」 「……できるかなぁ、にゃあも、できる? キリルみたいなの、できる?」 「ぼくが教える。折り方、教えるから、大丈夫」 黒いネコ型アニモフは少しだけ不安そうな顔をしたが、キリルの言葉に微笑んで頷くと期待に満ちた目で見上げてきた。 「なにつくるの? なに、なに? すごいのがいい。すごいの!」 「えとね、それじゃあ、紙飛行機、紙飛行機を作ろう」 「かみひこうき? なぁに、それ」 その問い掛けにキリルはどう答えようかと少しだけ考えた。 「ぼくが一番、一番好きなやつ、投げると、空に飛ぶんだ」 キリルは空、というときに視線を上へと向けた。優しい青色に浮島が見える。このなかを紙飛行機が飛んだら、きっと素敵だろう。 それにつられて黒いネコ型アニモフは顔をあげたあと、尻尾をぶんぶんと振った。 「飛ぶ。飛ぶ! すごい! つくる! おっきいのがいい」 「大きいの? 大きいの……いま、折り紙、折り紙、これだけ、けど、けどね、色はいっぱい、いっぱいあるよ」 「いっぱい?」 「うん。色は何、何色がいいかな? 虹にある色なら、揃ってる」 キリルが折り紙を差し出すとネコ型アニモフは少し悩むように小首を傾げたあと、髭をぴこぴこと動かして、赤色を選んだ。キリルは黄色を選んだ。 「出来たら、どっちの、どっちの飛行機がよく飛ぶかな。一回、一回だけ飛ばして見る」 キリルの提案にこくこくとネコ型アニモフは嬉しそうに頷いた。 「する! にゃあの、すごくよくとぶ、とぶ、よね?」 「上手く飛ぶかは、君次第、かな」 むーと眉間を寄せたあと、黒いネコ型アニモフは床に腹ばいになるとキリルを見上げた。折る準備が万端といいたげなのにキリルは頷いて、丁寧に折り方を教えていった。 キリルが慣れているのにたいして、黒いネコ型アニモフは慣れない手つきでそれを真似た。 「ここ、ここは、ちゃんと端をくっつける。くっつけるの」 「……うー、むつかしい」 「ぼく、ぼくが代わりにやってあげようか?」 黒いネコ型のアニモフはじぃとキリルを見つめたあと、首を横に振った。 「だめ、にゃがする。にゃがさいごまでする。これは、にゃあのだから!」 「うん。じゃあ、がんばろう。がんばろう。……どうして、色、赤、赤色を選んだの?」 「きりるとおなじいろ」 キリルは自分の帽子から出ている髪の毛を指で摘まんだ。 赤というよりは焦げた茶色だが、光を浴びれば赤とれもとれなくはない。 「きりるは、そのいろはどうして?」 「君の目と、おなじ、おなじだから」 金色の目をしたネコ型アニモフがくしゃりと笑った。 「きりると、にゃあ、おんなじ、おんなじことかんがえてる!」 「うん、おんなじ、同じだね。……ここを折って、できた、できたね。飛ばして、みるよ。見ていて、見ていてね。こうするの」 キリルは出来たばかりの紙飛行機を空へと放った。黄色の紙飛行機が気持ちよさそうに、青い空を飛んでゆく。 「にゃあも! にゃあー!」 黄色に遅れて赤色の紙飛行機が空へと飛んでゆく。――二つの紙飛行機は優しい風に乗って、どこまでも。 キリルは列車が来る時間だと悟ると名残惜しげに自分よりも少しだけ小さな黒いネコ型のアニモフを見下ろした。 「そろそろ時間、時間」 「じかん? かえるの?」 「うん。そろそろ帰る、帰らないと……一緒、一緒に遊んでくれて、ありがとう。ありがとう」 「ううん。にゃあも、たのしかったよ!」 「それで、えと、ええと……これ、あげる」 差し出したのは、折り紙で作った品を見せてほしいといったときにわざと隠していた黒い紙で作った猫だ。 「いいの?」 「楽しかったから、そのお礼、お礼に、あげる」 両手で猫と自分の作った紙飛行機を握りしめてネコ型アニモフは尻尾をふった。 「それでね、覚えていたら、また遊ぼ、遊ぼう」 「ありがとう。きりる。うん。おぼえてるから、またあそんでね」 両手に大切そうにプレゼントを受け取ってしきりに尻尾をふるネコ型のアニモフにキリルは手を振って駅へと歩いていった。
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