「へんなのいるねー」「いるねー」 ふわふわの白い綿飴の雲、チョコの池といろんな果実のなる木、スポンジの山、クリームとマシュマロの雪がふわりふわり……甘い香りに包まれたモフトピア。 そこにいるアニモフたちはいつもならば楽しく遊びまわっているのだが、今日だけは木の影に隠れてその不思議な人たちを見ていた。「んー、ケリィさんって、きぃがいうには五段にしてほしいやろ?」「えっと、それでふわふわの白いクリームに、あ、あの、チョコもいれておくべきだって」「にゃははは、これ、おいしー。うへへ、ニケ、よっちゃったぞー」「……しく、しくしくしくし」 と、着物姿で地面に胡坐をかいてきぃちゃんより渡された完成図を見て首を傾げる矢部。その横にはおどおどとした顔でなんとなくいじめたくなる郁矢。猿のように木に登ってむしゃむしゃと実っている果実を食べているニケ。さらにその端っこには黒いなんか人ぽい物体。 ――そう、彼らは世界に悪いことばかりする旅団である。 しかし、今回はちょっとだけ様子が違う。「ケリィさん、作ったことないからなぁ。わいら、ここにおるアニモフに手伝ってもらいたいけど、今までのことがあって警戒されとるしな。華奈子、そろそろ落ち込むのやめたらどうや」「うっさい! あーんもう、なんなの、これ」 黒い物体――というか、黒い全身防護服に身を包めた姿は宇宙服みたいな華奈子。「偉い人に借りた、お前さんの腐敗の力をとめる「ぜったいぼうぎょくん」やないか。お前さんがわがままいうてアニモフに会うってついてきたんやろう」「この姿だと、アニモフちゃんたちが怖がって近づかないじゃない。むきぃー」「華奈子さん、あの、あの、その姿も、か、かわいいですよ。いや、俺、その下心はなくて」「うるせぇ、郁矢!」 華奈子のアッパーが郁矢にヒットして、無残に沈めた。 と、いきなり華奈子の頭にどすっと何かが――マシュマロの玉があたった。「にゃははは! あたったあったー。この世界、おもしろいねー。ぜーんぶ食べもんなんだよー。ケリィさん作りもいいけど、投げっこしよーよ」「ニケのやつ、酔っとるわ」「っ、この服、重くて一度転ぶと立てないし!」 と、そんな様子をアニモフたちはじぃいいと見つめていた。「へんなの」「こわいひとたち?」「けど、楽しそう」「ケリィさんって、なに?」 そんな感想を抱いていた。 やいやいやい! そこの旅団! ――かっこよく決めて現れたのはあなたたちロストナンバー。 黒猫にゃんこから「なんか旅団がまたもふもふのところで悪いことしてるみたにゃの。ちょっとさくっとおしおきしてきてにゃ」なんて軽くチケットをわされてきてみたら、お前ら、この平和でもふもふで幸せなところで今度はなにするつもりだ! この世のどんな奴が許しても俺たち、もふもふを愛するロストナンバーがお前たちをゆるさな、あたぁ「にゃははははは! やーいやーい、マシュマロあたってらー」 木の上でニケが腹を抱えて笑っている。 う、うう。くそ、トラベルギアで……て、え、黒い、これは足に踏まれた!「あんたたち、ここでトラベルギアとか使うとかありえない? まぢでありえない。アニモフちゃんたちが怖がるでしょ? あん、武器とか使用しようとしたら私があんたたちみんな腐敗させるからね? え、いい?」「えい」 華奈子にびびっていたら矢部が近づいてきて、トラベルギアを金槌で、あ、あああ、破壊された!「大丈夫、ちゃんとあとで直るように壊しといたさかい。ここで武器はご法度、な? っても、ニケがマシュマロ玉とか投げてくるからきぃつけてな。ん、暇なら、ケリィさん作り手伝ってな。心配せいへんでもわいら誰も武器もってきてへんし、力も使わん。ええっと、この時期は喧嘩しちゃだめなんやろ、それで、いい子にせんといかんってなぁ、きぃに言われとるさかいに……従うつもりはないんやけどなぁ。ほら、運動会、たのしかったやろ? それでちょいとそれぽいイベント、してみよってなぁって」 えーと、えーと……え?「あの、とりあえず、みなさん、ケリィさんの作り方、わかります? 五段で、豪華なもの、つくらないといけなくて……あ」 世界の不幸はすべて俺が受け止める、みたいな郁矢の頭にマシュマロ玉が当たり、倒れた。「ニケ! なにすんだ、おい、てめぇらもまとめてクリームまみれになって、イッちまいな!」 もう、つっこむのめんどい。「あそんでる?」「うん。遊んでる。ろすとなんばーさんたち、あそんでるー。じゃあ、こわくない?」「ゆきがっせーん」「ろすとなんばーさんたちのみかたしてやろー」「おー」「けりぃさーん、よくわからないけど、つくるのおてつだーい」
「……」 甘い風にマフ・タークスの黒い毛がさらさらとなびく。マフは鋭い金色の目を眇めて、黒いそれ――フルアーマーの華奈子を凝視していた。 その背後では 「もお、矢・部・さ・ん? どうしてギアを全部壊しちゃうんですかぁ? ケーキの土台が作れなくなるでしょうぉ?」 「わふわふわふわ~けへー(翻訳・えー、そうなん? いやー、しらんかったん。いたいわー、撫子はん)」 と、笑顔だが額には青筋をたてている必殺・クレーマー客対応バージョンの川原撫子が矢部のほっぺたを伸ばしていた。もちろん、手加減はしている。 その横では 「持ってきたラム酒……役立っちゃう?」 日差しを遮るサングラスをつけたディーナ・ティモネンは片手に持った小瓶を見つめて首を傾げた。 「ねぇ、ダルタニアさん」 「そうですね。司書さんが言うような悪いことを……見えませんからね。おしおきは……様子見しましょうかね。ただわたくし、証が壊れると……」 「あ」 魔力の誤変換によって、いつもは知的なすらりとしたダルメシアンが人の姿をしたような姿が、ぽんっ! と可愛らしい音とをたてて、トラ並の大きな白狼化してしまったダルタニア。 それを今回は旅団との戦闘を予期して傍にいた白狼のオルは、器用に眉間に皺を寄せてふんっと鼻を鳴らして呆れた。 「ふわふわだ。触っても、いい?」 「どうぞ。しかし、困りましたね」 などと、仲間たちが若干のカオスに陥っているが、マフはつっこむこともなく、無言で華奈子を見つづけていたが、おもむろに周囲へと目を向けた。 そこにアニモフたちがわーいわーいと楽しげな声をあげてマシュマロの玉とクリームの玉を両手いっぱいに運んでいる。どうも郁矢とニケの投げっこに参加するつもりらしい。 それを一つ、手にもつ。 「なげるー?」 「マフもなげるのー?」 こくり。 静かに頷くと目標に向けて、大きくふりかぶって――かっ! 我に宿れ過去の英雄たちの玉投げの力! などとマフが祈ったかは不明だが――片足を持ち上げ、見事なフォーム。体を捻って怒りと憎悪とその他いろいろの感情をこめた玉をえぐりこむようにして、投げた。 どすっ! 「あぎゃ!」 華奈子が悲鳴をあげて前のめりに転がる。 アニモフたちが 「すごーい」 「はい。あげるー」 「いっぱい、つくったのー」 「マフ、いけー」 山のように玉を運んでくるのに、マフは無言で手を動かした。とにかく投げた。ひたすらに投げた。もうただただ投げまくった。 「きゃう! や、ぎゃあ!」 どす、どす、どすすす。 ――はぁ、はぁ、はぁ。 さすがに疲れて肩で息をするマフにアニモフたちはこれを新しい遊びと思ったらしい。 「まふー、これー」 「とくだーい」 みんなで作った大きな玉――人の顔くらいの大きさがあるものをマフは浮遊で持ち上げ、大きくふりかぶって 「華奈子さん! 危ないっ!」 ほぼ同時に郁矢が華奈子の前に出て 「おりゃあ!」 どすっ! 力の限り投げたマシュマロとクリームの玉は郁矢の顔面に直撃、ぶっ倒した。 ふー、ふー、ふー。 「ちっ」 マフは荒い息使いで舌打ちを一つ。そして、再びアニモフたちが寄こしてくる玉を手にとった。 「マフさん、落ち着いて」 「そうだよ。ちょ、はなちゃんは女の子で、子供なんだし」 撫子とディーナが慌てて止めるが、マフはとりあわない。無言でオレは今、怒ってるんだとピンッとたてた尻尾が示している。 「っ! ……あんたはあの猫! なにするのよ!」 「オレは山猫だ! あー、無性にぶつけたくなったんだ。……久しぶりだなァ、はなちゃんだったか? すっかり見違えたぜ、いろんな意味で、その姿」 「なによ、猫」 いらっ。 「――つかなぁ、テメェ! 最初からソレ着て来りゃよかったんじゃねェかよ! 植物もアニモフも腐らせやがって、あんときのオレ達の苦労は何だったんだよ……あぁ!」 以前マフは、華奈子と対峙した経験がある。そのとき草木をへらへらと笑って枯らす華奈子に怒りを覚えたが同時に彼女の孤独や腐敗される力についてマフなりに心配し、腐敗した地へのアフターケアと忙しかった。 その原因が、目の前にいると――しかもアホな姿で――怒りは爆発した。 「なァにが「ぜったいぼうぎょくん」だ。フザけやがってコンチクショウがァ! 本気で心配したオレがバカみてェだろうが!」 あっさりと、そんなバカみたいなもんで解決しやがってよ! ――と大人気なくクリーム玉を投げる。 「仕方ないでしょ、これは本当に緊急でしか借りれないのよ! それにこれは……ああ、もううるさい、うるさい! 心配ってなによ。あんた、私のこと嫌いなんでしょ! ああ、もういや! ……きゃあ!」 「マフさん、マフさん、そろそろ落ち着いてくださぁい。えーい」 これは口で言っても聞かないと判断した撫子はアニモフたちがうんしょうんしょと二体がかりでひきずっている大きなマシュマロ(おおよそ二十キロ)を両手に持つと、むぎゅうううううと握って圧縮し、小さな玉にすると可愛い声をあげて投げた。 「いやー、惚れ惚れするようなバカ力やねぇ」 「矢部さんったらぁ、私、まだ怒ってるんですよぉ。ギアについて」 「あ、あいたたた、ひ、ひっぱられるる」 むぎゅうと片手で矢部のほっぺたをひっぱることも忘れない。 ひゅるるーんと投げられたおおよそ二十キロの凶器の玉は――。 「華奈子さん、今度こそ俺が盾に、って、ごふっ!」 不幸を引き寄せる郁矢の顔面に狙ったかのように落ちた。勇敢なアホに合掌。 華奈子をマシュマロとクリームまみれにさせたマフは尻尾をたて、その前に仁王立ちした。 「あぁん!」 「なによ、猫! 意味わからないことで怒らないでくれない?」 ぷち。だからオレは山猫だって、何回言えば―― 「こ、い、つ、は」 「はいはい。落ち着いてや。華奈子も、とりあえずは反省せなな? この時期はいい子にせなあかんのやろ?」 「オレは山猫だ! とりあえずってなんだよ、とりあえずって! 心の底から反省しろ!」 後ろから止めにはいった矢部にマフが牙を剥く。 「ああ、もう、いや! 反省なんてしないもん! うるさい! 猫は嫌い」 「あ、ああん! テメェ!」 「まぁまぁ、この時期はええ子にするんやから、おおめにみたって。あれは、あれで華奈子に負担なんよ」 「なんだよ、それ」 華奈子がのろりと立ち上がって矢部の後ろに隠れるのにマフは大人気なく唸った――見た目は可愛らしい姿だが、実年齢は二十八歳である。 「んー、あの防護服な、華奈子自身をあのなかに隔離したようなもんやから、華奈子自身が力の影響を受けるんよ。ま、本人やけんたいしたことないけど。この服も一日で腐敗してまうし、感情が高ぶると華奈子の能力はな、強くなる。やからあんまり高ぶらすんはよくない」 「……なんだよ、それ。この馬鹿娘に媚びろってかァ!」 「そうは言うてへん。ただ憎まれ口をたたいとるけど、華奈子は華奈子なりに反省しとるんよ。あの子のかわりに自分が謝っとくから、な?」 マフとしてはもう少しいろいろと言いたいのはあるが、思いっきりマシュマロとクリームを投げてちょっぴりすっきりしたし、矢部も謝っている。さらに仲間たちがきらきらとした目で見つめてくるのにこれ以上駄々を捏ねる気はない。 「今回はお前らがなにをするのか様子見してやるよ」 「おおきに。ねこ……やない、山猫はん」 「ふん」 マフは鼻で息を吐き出し、華奈子を睨みつけた。 「それでぇ、矢部さんがいうケリィさんってケーキのことですよねぇ?」 撫子の問いに矢部は首を傾げた。 「ケーキ? はて、ケリィさんってきぃが言っとたからなぁ。とにかく、五段で、うちの連中がみんなで食べられる大きいやつがほしいんや。ほら、これがきぃの設計図な」 「どれどれぇ?」 「ケリィさん?」 「これは……」 「どう見てもケーキだろう、コレ」 撫子、ディーナ、ダルタニア、マフが矢部の差し出した設計図を覗き込むと、そこにはクレヨンで描かれた彩り豊かな、特大のケーキのイラスト。 「かわいい~、ケーキ!」 「うん。すごく、夢いっぱいなかんじがする」 「五段のケーキ……しかし、これはウェディングケーキではないのですか?」 「違うだろう。チョコもまじってたりするしよ。きぃって小さい子供だろう? 好きなもの詰め込んだわけか」 旅団の目的が今回は本当に可愛らしいものだったのに四人は一安心した。 「これ、作ったら、いいんだ?」 ディーナの問いに矢部は頷いた。 「今回の目的や。それにこの時期は悪いことはしたらあかんって、まぁきぃが言いだしてな。従うのもばからしいんやけど、イベントはルールを守るほうが楽しいんやろ? やからね、武器はもってきてないし、能力も使わんようにしとるんやけど」 ちらりと矢部は木の上でマシュマロを投げてけらけらと笑っているニケと、巨大クリーム玉と圧縮マシュマロ玉に潰れている郁矢を見た。 「あの二人はどうも目的を忘れてるし。華奈子は細かい作業できん。自分一人やととてもやないけど無理や。助けてもらうとありがたい」 「あの、ケーキ、食べたことないんですか?」 とディーナの問いに矢部は肩を竦めた。 「うーん、ないなぁ。うちの者は、みんな特定のやつとしか付き合わんのが多いせいか、どうもみんなでなにかするのはなくてなぁ」 「そっか」 じゃあ、本当に、これがはじめてなんだ。 きぃちゃんは運動会でちらりと見たけど、本当に小さな子供だった。その子が一生懸命描いた絵をみて欠食児童たちが(未だに勘違いは続いていた)協力して何かを楽しもうとしている姿にディーナは純粋に感動した。 「協力しようよ」 「そうですねぇ! 楽しそう!」 「ケーキですか……それなら、一応、壱番世界の料理本を暗記したわたしくも役立てるかと、こんな姿ですが」 笑顔の撫子と尻尾をふるダルタニア。 「ふん。で、アレ、どうするんだよ。邪魔されちゃかなわねぇぞ」 マフが指差したのは未だに別のことで遊んでいるニケと郁矢。 ディーナは首を傾げたあと、名案を思い付いたとばかりに遊びたいとうずうずしているアニモフたちを見た。 「モフちゃんたち、あの人たちと遊んであげて。もちろん、あの黒い子ともね? あの子は、お風邪で重い洋服、着てるけど、みんなと遊びたいのよ。あと、ブリオッシュ、あるかな? 硬いパンでもいいの。素敵なケーキを作りたいんだ」 アニモフたちはきょとんとした顔をしたあと、全員がぱぁと明るく笑った。 「わかったー」 「あそぶー」 「たまなげー」 「ぶりっー? あるよ、あるよー」 「とってくるー」 遊んでくれる人たちもいるし、大好きなロストナンバーたちのお手伝いもできるということでアニモフたちはふわふわと嬉しげに飛び跳ねる。 「これで、ニケさんと郁矢さんは大丈夫」 「見事やね。じゃ、ケリィさんを作ろうか。自分、なにか手伝えることあるやろか?」 「よぉし! 矢部さんはその能力を生かして、板を作ってくださぁい」 「板を?」 撫子の言葉に矢部が眉根を寄せる。 「はい。大きなケーキだと、直接生地を重ねると重みで傾いちゃうんですぅ。だから板を付けて、ケーキの中心にそれを支える芯をいれるんですぅ! 鍛冶師ならお得意ですよねぇ? みぃんなのためにも立派な支柱と土台、頑張って作ってくださぁい」 「ほぉ。そんなんか、知らんかった。いやー、腕力はゴリラ並でも心は乙女なんやねぇ。撫子ちゃん」 「矢部さぁん、喧嘩売ってまぅ?」 にこにこと笑顔で撫子は矢部の頬を思いっきりつまんで、ひっぱった。 「いたひぃらるる(いたいわー。撫子はん)」 「うふふふ、天罰ですよぉ」 撫子の知識はその場にいた三人も感心させた。 「へぇ、知らかったぜ。やっぱり女がいると助かるな」 「そうだね。私も知らなかった……女だけど」 「わたくしも、本の知識だけでしたからね。撫子さんがいてよかったです。では、生地について話し合いましょうか」 「生地……どういうのがいいんだろう」 ディーナが首を曲げる。 「うーん……プレーンとチョコを交互に差し込むとかでいいんじゃないのか?」 三人が頭を悩ましいるのに矢部への天罰を終えた撫子がちっちっちっと人差し指をふって腰に手をあてると得意げに微笑んだ。 「形もちゃんと作りましょうぉ! 三段目はハート型、一番上と五段目を星型に、矢部さんから小柄を借りてきました。でスポンジは一段目はノーマルに生クリーム、二段目はチョコでチョコクリーム、そのあとマフさんが言ってみたいにプレーンとノーマルを交互にしつつ、チョコクリーム、生クリーム、マロンクリームって段ごとに変えましょう。せっかくの五段ですよぉ!」 「へぇ~……いいじゃねェか。その小柄、俺にも貸せよ。よーし、飾りもいろいろと作らないとな。いいもん思いついた」 撫子の提案を聞いて頭のなかで五段ケーキを想像したマフは尻尾をぴこん、ぴこんとふった。金色の目は細められると、童話に出てくるチェシャ猫のようににやりと笑ってさっそく仕事にとりかかった。 「私にも貸してくれるかな。小柄……私は、みんなが五段がんばるみたいだし、ちょっと別のを作ってみる」 「別のですかぁ?」 「うん。せっかくだもの。みんな、それぞれいいことあっていいと思うから」 ディーナは口元を淡く緩めると、さっそく作業にとりかかった。 「よーし。ダルタニアさん」 「はい」 「生地を集めに行きましょう! 私とダルタニアさんで!」 「そうですね。ですが、わたくし、この手では……」 「大丈夫ですよぉ! 矢部さんに、これ、作ってもらいました!」 いつの間に……とつっこみは不可の方向で。 撫子がにこにこと差し出したのは、犬用のソリである。 それをダルタニアとソルに撫子は手早く装備させた。 「うん。すごっくかっこいいですよぉ。よーし、行きましょう。五段だといっぱい生地が必要ですものね!」 「わかりました。がんばりましょう」 一人と二匹は生地を集めに走り出した。 ★ ★ ★ 「えらくでかい生地をとってきたなぁ」 マフが呆れるほどに撫子とダルタニアのとってきた生地は大きかった。マフの身長くらいはある。 「えへ。がんばってみましたぁ。ほら、旅団さんたちみんなさんで食べるっていうし」 「さすがに少し疲れましたが、これでいいのですよね? 飾りは用意できましたか?」 「おう。アニモフたちが苺やクッキーとビスケットをとってきたぜ」 マフはお手伝いしたというアニモフたちにケーキの飾りを用意するように言った。するとアニモフたちは各々、果物、クッキーともってきて、飾りつけは今か、今かとわくわくして待っている。 「よーし、生地を置くのは任せてくださいねぇ」 「おい」 「さすがに危ないのでは」 マフとダルタニアが止めるよりもはやく撫子はよっこいしょーと両手で大きな生地を持ち上げて、セットする。 「すげぇ。女の腕力じゃないだろう、アレ」 「……ばか力ですね」 「二人ともなにかいいました?」 撫子の笑顔の問いに、触らぬ神に祟りなし――二人は思いっきり首を横にふった。 マフが浮遊の魔法を使い、生地の上からクリームをたらし、アニモフたちに好きに飾り付けさせていった。 「みんな、楽しそう! 私もいっぱい飾り付けちゃおっと」 「こんな姿ですが、わたくしも、出来る限りやりましょう。えいっ!」 撫子とダルタニアがケーキ作りなかに飛び出し――ちょうどアニモフたちと飾り付けに夢中であった郁矢に激突して、ケーキに人型の穴が開いた。 「……っ! てめぇらああああ! モフってイッっちまえええ!」 「きゃあー、こわいですぅ! そういうひとにはえーい、クリーム玉」 「玉を投げつけるんですね。わかりました。わたくしも、先ほど作った巨大マシュマロ玉を!」 そして、郁矢はクリームとマシュマロにまみれた。 「あいつら、なにしてんだよ……っと、ディーナ」 「うまくいってるみたいだね」 箱を大切そうに両手に抱えたディーナにマフは耳をぴこんと動かした。 「ごめんね。ケーキ作り、みんなに任せて」 「なにを用意したんだ?」 「旅団の人たちのケーキ。これ」 箱をあけてみると、丁寧に切って作られたクローバーの形に色美しい果実が乗ったケーキ、ダイヤ型のナポレオンパイにマシュマロを削って恋人たちがキスしている飾りのあるケーキ、チョコスポンジに生クリームとスポンジにチョコクリームの二つの生地でクローバー型にした上に砕いた栗の飾りのケーキ、スペード型にラム酒をきかせたサバランに生クリームと桃、蜜柑で飾り付けたケーキ。 どれも手間がかかって作り手であるディーナの愛情が窺えた。 「みんなのために来たなら、それなら、たまには……一人一人にいいことがあってもいい。でしょ?」 「……ま、楽しんでるからいいんじゃないのか? そういえば、はなちゃんは……あそこか」 ケーキの飾り作りをマフは手伝わせたが、そのあとスポンジにクリームを塗るあたりから姿が見えないと思った……華奈子は、ケーキ作りから数メートルほど離れたところに腰掛けていた。 「私、渡してくるね」 「俺もいくぜ」 あのガキ、なにするかわかんねェし。とは心のなかでだけ付け加えておく。いくら矢部が今日だけは何もしないと口にしても旅団連中は信用が出来ない。 華奈子はすぐにディーナたちに気が付いたらしく、ぷいっと顔を逸らした。 「はなちゃん、だよね? お手伝い、疲れちゃった? 偉い、ね? もっと遊んでもいいんだよ? よかったら、これ、みんなに一個づつ作ったの」 ディーナが華奈子の前に屈みこんで箱の蓋をあけてケーキを差し出す。それに華奈子は身を後ろへとひいた。 「いらない。……毒でもはいってるんじゃないの」 「おい、お前なァ! ディーナがわざわざ」 マフが牙を剥くのにディーナは振り返ると顔を横にふった。そして再び華奈子に向き直った。 「私ははなちゃんのこと好きだけど? 偉いと思うし、とってもがんばったね」 「うるさい」 低い華奈子の声が言葉を遮り、暗い目がディーナを睨みつけた。 「……お前、ソレ、やめろ」 「はなちゃん」 「私たちがなにしてきたかわかってる? 確かに今日はなにもしない、今日はね。けど、また会ったらやっぱり殺し合うのよ。なのに好き? 偽善ぶるのも大概にして」 「私、そんなつもりじゃないの。ただいい思い出を、ね」 ディーナが手をゆっくりと伸ばしすと、華奈子は即座に立ち上がって――ぱんっと、その手を払った。 「あ」 その拍子に差し出されたディーナのケーキが地面に落ちて、ぐしゃりと潰れる。 無残に。形が。クリームがぐちゃぐちゃになって。 「おい、お前!」 マフが怒鳴ったのに華奈子は何も言わず、その場から走って逃げ出した。 「あのガキ、いますぐに」 「待って」 「ああん、なんだよ」 「あれは、私が悪い」 ディーナの凛とした声にマフは眉根を寄せた。 「なにが悪いんだよ。ケーキを作ってやったし、褒めてやった。あいつ、それを踏みつけるようなこと」 「違う、違うの……あの子、きっと叩かれると思ったのよ。私が手を、不用意にあげたから」 落ちたケーキを拾いあげてディーナは悲しげに目を伏せた。 「知らないものをいきなり与えられたら誰だってびっくりするでしょ? それがいくら楽しいものでも、甘いものでも……驚いて、つい、身を守ろうとするでしょ?」 ディーナは教えたかった。 これは楽しいこと。甘いこと。素敵なことだと。 誰もあなたを傷つけたりはしないよ、と。 けど、怖がらせてしまった。 「ディーナ、けどな」 「これ、さすがに食べられないよね。……けっこういい出来だったんだけどな」 明るい空から雨粒が降る様な声でディーナが言うのにマフは俯いていると 「おふたりさん、ケリィさんの飾り、だいぶ終わって……どないしたん?」 やってきた矢部が怪訝な顔をした。 「どうしたもこうしたも、あのはなちゃんってやつが、逃げたんだよ」 マフが不機嫌に言い放つのに矢部はだいたいの事態を察したらしく、そうか、と呟いたあとディーナに近づいた。 「華奈子はわりとうちのでも厄介なタチやし、子供のままやからどうも礼儀知らずなところがある。すまんかったね、お嬢さん」 「ううん。いいの……厄介なタチ、なんですか?」 ディーナの問いに矢部は一瞬だけ困った顔をしたあと肩を竦めた。 「華奈子はな、母親を殺した父親にえらいひどい折檻されとったらしい。……華奈子の腐敗にしろ、魅了の能力にしろ、そういう精神的なもんから生み出されたもんやな」 「そうなんです、か」 「……けど、あいつはディーナに謝っちゃいねぇぜ」 マフはディーナの手にあるケーキの箱をとると、大股でずんずんと歩き出した。 「マフさん!」 背後でディーナが呼ぶが、マフは返事せずに華奈子がいる木の根元までやってきた。一メートルほどの距離までくると華奈子はマフに気がつき、樹の後ろに隠れた。 マフは足を止めた。 「おい、ばか娘!」 「……なによ、山猫。近づかないでくれる。いま、頭のところはずしてるから、腐敗させるわよ」 マフはふんっと鼻を鳴らした。 「何勝手にフルアーマーとってんだよ!」 「仕方ないでしょ。この服、重くて、疲れるし……息がしづらいのよ。で、なによ!」 「ディーナの、お前へのケーキだ。ちゃんと食えよ。土がついても、ちゃんと食べられるところだって残ってるんだからな!」 沈黙。 「届けに行くからな」 「来ないで」 弱い、囁くような声が返ってきた。 「あん?」 「届けるなら、あんた、浮遊の力があるでしょ。それで届ければいいじゃない。少しは頭を働かせたら? 山猫」 「俺は、マフ・タークスだ。覚えろ。くそがき!」 「私は華奈子よ。あんたこそ覚えなさいよ。マフ」 「ふん! ほら、受け取れっ!」 ふわりとマフの手から箱が浮いて華奈子の元に飛んでゆく。 受け取る姿が見えないのにマフは忌々しく地面を軽く蹴った。 「ディーナにちゃんと謝れよ。あいつはな」 「なんであんたみたいにあの人は私のことに憎まないの? そのほうがラクだわ。責めればいいのよ、お前らなんて嫌いだって。そのほうがいい……私、ひどいことをする。これからも、それしかないから」 華奈子の問いにマフは耳をぴこんと動かした。 「憎むって、俺が怒ったのは」 「マフさん、いた。あ、華奈子ちゃん……ケーキ、口に合うといいんだけど」 再びの沈黙は長かった。とても。深く。沈むように。それでもディーナは待った。ただひたすらに。祈るような気持ちで。 「……おいしかった」 ぽつりと返ってきた言葉にディーナは口元を緩めた。 「あとはこれでっと」 ふわふわと浮遊したマフがケーキの一番上に八個のいちごとアニモフの飾りとピンクの花を一輪添えて、地上に着地。 クリームいっぱい、果実いっぱいのケーキが完成したのに全員が顔をあわせて 「完成!」 と笑顔で叫んだ。 「イヤー、楽しかった。もふもふした生き物と遊んでぇ、食べてただけだけど。このケーキくれるの? ありがとう!」 「口に合うといいんだけど」 ディーナの作ったケーキにニケが機嫌よく笑うその傍らでは 「う、クリーム、むり。もうしばらく見れない……って、あー! なんで穴が!」 「あ、そこは生地を調達するために掘った穴が」 「オイオイ、大丈夫かよ」 穴に落ちた郁矢をダルタニアが心配して穴を覗き込むのにマフも呆れた顔をした。 「おちる? おちるー!」 「楽しそう!」 と、アニモフたちはそれも新しい遊びかと思ったのか、とぉ! わーい! ときらきらした笑顔で穴へと落ちていった。 「……埋めちゃえばいいのよ。郁矢なんて、どうせ郁矢だし」 「華奈子さん、ひどい。がくっ」 もふもふまみれになった穴の前で華奈子がため息をついた。 「さすがモフトピア、殺伐とはしませんでしたね」 しみじみとダルタニアは呟く。 「そういえば……」 空牙やパティが同じような旅団たちと会ったというが、もしや、これはきぃちゃんなる子がクリスマスを楽しみたいだけにこんなことをしたのだろうか? 「ま、それは、それでいいですかね」 周囲の笑顔を見て軽く尻尾をふるとダルタニアはアニモフたちが楽しげなのに、では、わたくしも一緒ににもふもふにしましょう、と郁矢をアニモフとともにもふもふに埋めておいた。 「いや、ケーキってうまいんやね。ディーナはんが作ってくれたん、おいしいわ。こんな大きいのできたし、みんなで食べられそうやわ」 「よかったでぇすね! ……矢部さん」 撫子は大きなケーキを見つめて微笑む。 「あのあと、いっぱい考えました。けど、私は人はそれでも許されていいと思うんですぅ……また、会えますよね?」 「そうか。それが答えか。けどな、人間、許されたら困るもんもおる。華奈子なんてその典型的なタイプや。自分もな。許されるくらいならいっそ殺されたいわ。弱いんやね。……本当に難儀や、心があるっていうんは、もっちぃと単純やといいけど……もし今度会ったら敵や。手加減も、容赦もいらん」 「はい。私、人を救いたいって思うんです。けど、それってすごぉく傲慢だと思います。だから許したいんです。今度会ったときも全力で許しまぁす」 「ハハ。そら、期待しとくわ」
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