窓の外はどこまでもつづく虚無の空間「ディラックの空」。 ロストレイルは今日も幾多の世界群の間を走行している。 世界司書が指ししめす予言にもとづき、今日はヴォロス、明日はブルーインブルー……。大勢のコンダクターが暮らす壱番世界には定期便も運行される。冒険旅行の依頼がなくとも、私費で旅するものもいるようだ。「本日は、ロストレイルにご乗車いただき、ありがとうございます」 車内販売のワゴンが通路を行く。 乗り合わせた乗客たちは、しばしの旅の時間を、思い思いの方法で過ごしているようだった。●ご案内このソロシナリオでは「ロストレイル車中の場面」が描写されます。便宜上、0世界のシナリオとなっていますが、舞台はディラックの空を走行中のロストレイル車内です。冒険旅行の行き帰りなど、走行中のロストレイル内のワンシーンをお楽しみ下さい。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・ロストレイル車内でどんなふうに過ごすかなどを書いて下さい。どこへ行く途中・行った帰りなのか、考えてみるのもいいかもしれません。!注意!このソロシナリオでは、ディラックの落とし子に遭遇するなど、ロストレイルの走行に支障をきたすような特殊な事件は起こりません。
――ロストレイル内。 「ねーこーさぁーん! 」 「あ、にゃんこが逃げちゃう! 」 ロストレイル内に、コンダクターらしき子供たちの声が響く。その先に見えたのは黒い毛並みの小柄な影。その正体はツーリストであるマフ・タークスだった。 彼は近くにあった個室に入り、鍵を閉める。ちらり、と窓を見ると3、4人の、セクタンを連れた子供たちが「猫さん遊ぼう? 」とか言いながら覗き込んでいる。 (ったく、ガキどもめ、どいつもこいつもオレのことを「ねこ」だの「にゃんこ」だの言いやがって……) 冒険の帰り、乗り合わせたコンダクターの子供たちに見つかった彼は、子供特有の好奇心によってもふもふされてすこぶる不機嫌だった。ある程度は我慢していたのだが、とうとう我慢しきれず、彼は思い切って行動に出た。 こうして逃げ込んだのは暴れて爪や牙などで子供たちを怪我させないためである。 しかし、子供たちはそんな事を考えているなんて知らず、きゃっきゃっ、とはしゃいで彼を追いかけてきたようだ。 (しっかし……) もう1度窓の外を見る。と、「にゃんこー」と言いながら子供たちがまだマフの事を見ていた。そんな子供たちをきっ、と鋭い目で睨みつける。 「だーかーらー、オレ様は猫じゃねェ! 山猫だと何度言わせれば解るんだ! 」 思わずそう言ってしまうものの、子供の1人がきょとん、とした顔で見つめている。その目は「大きいねこさんと遊びたい」とキラキラしていた。 そんな目におもわず床につっぷすマフ。心なしか耳と尻尾がへにょり、と垂れ下がる。子供たちの声をBGMに、彼は目を閉じて考えた。 (チクショウ、元いた世界じゃ考えられねェ事態だぜ……) 頭を抱えながら、歯を食いしばる。故郷の世界では星霊であり、その中でも『猛将』と謳われた程の戦士であった。星霊へと転生する前も、百戦錬磨の戦士として恐れられていた。それなのに……今は、人間の子供に群がられ、逃げている。 星霊の長によって覚醒させられ、そのついでに今の小柄な姿に変えられてしまった。その事を思い出し、さらに機嫌が悪くなる。 (大体、ガキてぇのは一人にしがみ付かれただけで暑苦しい上に身動きとりづらいってのによぉ……) すこし気になって窓の外をのぞく。と、4人の……10歳にも満たないであろう子供たちがセクタンたちと一緒に自分を覗いている。 「あー、にゃんこが見てるよー」 「ねーねー、遊ぼうよぉ」 今もなお、遊びたいのかうずうずした様子でマフを見ている。そのキラキラした目を見ていると妙に脱力してくる。 しかし、それでもマフの怒りは収まらなかった。 (あいつら手加減ってぇのを知らねぇかんなぁ……) 昼寝をしようとしたら無造作に頭をもふもふされ、あっという間に集まってきた。それに尻尾や咽喉にも遠慮無しに手を伸ばしてくる。本人たちに悪気は無いであろうが、マフのストレスは確実に溜まっていた。 (ここいらでちょいと、言い聞かせておかねぇと) マフは1つ頷き、騒ぐ子供たちへと顔を向けた。 「……見せモンじゃねェぞガキどもっ」 凄みを利かせ、毛を逆立たせ、シャー、と牙を見せて威嚇する。その地を這うような声と鋭い牙、視線に怖くなったのか、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。 その背中をちらり、と見、マフが安堵の息をつく。これで少しは落ち着けるだろうか。ふと、窓を見れば今の己の姿が映っている。小柄な黒豹はどこか疲れた様子でその場に座っていた。 (ふぅ、やれやれだぜ……) 椅子に寝転び、欠伸を1つ。マフはぼんやりと天井を見上げ、小さく溜め息をつく。ふと、脳裏を過ぎるのは自分の本当の姿。 (せめて元の姿に戻れりゃあなぁ) そうすれば楽なのに、と。本当は190cm程の威丈夫なのだが、今はこんなに愛らしい姿をしている。こんな姿に変えた星霊の長に更なる怒りを覚えつつも、それよりも眠気と疲れが勝った。 確かに、子供の相手というものは体力をえらく消耗する。そんな実感が疲れと共に体を気だるくしていた。 (しかたない。一眠りするかな) マフは小さく溜め息をつくと、瞳を閉ざす。そしてロストレイルの揺れを子守唄に、うとうとまどろむのだった。 ――ねこちゃん、寝てるねぇ。 ――ねこじゃなくて、くろひょうだってば。 不意に、そんな声が聞こえる。しかし、夢だろう。マフはそう思うことにした。しばらくの間、子供の声が聞こえるような気がしたが、また、まどろみのなかへと意識は落ちていく。その刹那、子供特有の軽い足音が幾つか遠ざかるのが、彼の耳に響いた。 ロストレイルが止まる。その震動で目覚めたマフは起き上がり、うーん、と伸びをする。頭を振り、欠伸を1つすると荷物を手に外へ出ようとした。 「ん? なんだ」 ドアを開ける前、僅かな隙間に一枚の紙を見つける。何だろう、と思いながら拾い上げると、そこには拙い字で「ごめんね」と書かれていた。 「……もしかして、あいつら、か? 」 恐る恐るドアを開けると、折り紙で作られた花が、足元に落ちた。ドアの前にも幾つもの綺麗な花が零れている。それに、口元が思わず緩んだ。 「……ったく、これだからニンゲンってヤツは……」 憎めねェんだよなぁ、とくすり。なんだか、胸の奥がくすぐったい。先ほど会った子供たちの顔を思い出し、マフの目が優しくなる。拾い上げた折り紙の花を懐に入れると、彼はゆっくりとロストレイルの外へと向かった。 ロストレイルから降りる直前、ターミナルを歩くあの子供たちの姿を見つけた。子供たちはマフの姿をみつけ、手を振ってくる。 「くろひょうさん、また遊んでねー」 「またね、くろひょうさん! 」 そんな無邪気な子供たちに、マフは苦笑するも、手を上げて答える。 「こんどは、手加減してくれよな? 」 遠ざかる子供たちの姿に、マフはどことなく優しい笑みを送っていた。 (終)
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