「緑の森の中、突如姿を現す自然の冷蔵庫を体感してみないか?」 世界司書アドルフ・ヴェルナーはいつものもったいぶった口調でそう切り出した。 何の事はない。自然の冷蔵庫とは鍾乳洞の事である。 ただし、ただのであればわざわざ彼がロストナンバーたちに声をかけることはないだろうから、当然何か曰く付きである事には違いなかった。 かくして、彼の時々入るどうでもいい実体験を削除して話を要約すると、こういう事だった。 暗い鍾乳洞を抜けた先に水晶の神殿がある。神殿と言ってはいるが人の立ち入らぬ未開の地、人工物ではなく天然のものだ。地上から漏れる光を乱反射させ光輝く美しくも荘厳な姿が神殿のような冒しがたい雰囲気を醸しだしているという事らしい。 そして水晶の神殿を守るように巣くっているのがクリスタルウルフである。 クリスタルを思わせる青白い毛並みの双頭狼で、俊敏にして獰猛、群れを成して行動する。 群れの数は30~50頭ぐらいで、その群れの頂点に君臨するのが1頭の雌のクリスタルウルフ〈水晶の女王〉であった。 火に弱い奴らも女王のためなら進んで身を投げ出す騎士となる。それだけに手ごわい。 また女王は他のクリスタルウルフより縦にも横にも倍近く大きくて、翼を持ち飛翔して氷のブレスを吐く事ができるのだ。 その力を女王に授けたのが女王の寝床の一部に使われている鱗状の竜刻なのである。「女王を倒してしまえば簡単じゃ」 アドルフはさも何でもないことのように言ってのけた。本当に簡単だと思っている口振りだ。何といっても自分が行くわけではない。「何、按ずる事はない。こんな時のために用意しておいたとっておきの秘密兵器がある」 彼は自信たっぷりに言うと、どこから出したのかそれをドンとテーブルの上に置いた。外見は装填済みの対戦車ロケット弾RPG-7に似ていた。「レーザービーム砲じゃ。これで女王をさっさと倒して竜刻を回収すればいい。使ったことはないが威力は絶大じゃぞ」 使ったことがないのに何故絶大だとわかるのか。見るからにまゆつばものであった。そもそもレーザーは水蒸気で簡単に拡散する。氷の粒で簡単に蹴散らされるのではないのか。 だがアドルフはあくまでも自信満々である。「後はどうやって女王に近づくかだけじゃな。洞窟にはクリスタルウルフ以外にもいろいろおるが、なーに大したことはない。健闘を祈っておるぞ」 お気楽に言って彼はロストナンバーたちをさっさと送りだしたのだった。 その後。 ご満悦で研究室に戻ったアドルフが、そこにポツンと転がっていたネジを拾って「さて? これはなんじゃったかな?」と首を傾げながら呟いたことなど、だからロストナンバーたちには知りようのないことであった。 * ミーンミンミンミンミンミン。 どこかで聞いたような声がしていた。だからといってそれがたとえば蝉であるとは限らない。 鬱蒼と生い茂る森の木々に遮られ太陽の光はうっすらとしか差し込まなかったが、そこは、じんわり汗の滲む真夏のような暑さだった。 早く自然のクーラーを体験したいと思い始めた頃、漸く目的の入口にたどり着く。 ミーンミンミンミンミンミン。 鳴き声は、どうやらその洞窟の中からしているようだった。
――砲撃は男のロマン。 か、どうかはわからないが坂上健はRPG7似のそれに頬摺りしながら言った。 「うはぁ、感激だぁ」 ちなみに反対側の頬には殴られたような痕がある。それでも満面の笑み。 傍にいたオルグ・ラルヴァローグが見せてはいけないもののようにさりげなく自分の体で、武器に頬摺りする男を義妹になるコレット・ネロの視界から隠した。コレットはただ不思議そうに首を傾げているだけだ。彼女の感覚からは『可愛い』とは程遠いそれが、彼にとっては可愛いものらしい。 そんな彼女の隣で、健に何とも念のこもった視線を送る者が2人――ツヴァイと葵大河である。こちらも健同様あちこちに擦り傷を作っていた。まだヴォロスにも着いていないのに、だ。 まるで一触即発みたいな彼らにフォッカーはやれやれと呟いた。 「大丈夫なのかにゃ……」 事の起こりはヴェルナーに送り出された直後にまで遡る。彼が渡した怪しげな発明品を誰が持つのか。 最初は、たまたまアドルフの傍にいて、アドルフから直接それを受け取ったツヴァイが意気揚々と、これ撃つのすっげー楽しみ! なんて目をキラキラさせながら。 「おまえら俺の勇姿を見ててくれよな!」 なんてコレットとオルグにガッツポーズでくだんのそれを肩に担いでいた。 そこに健が割って入ったのだ。 「ちょっと待て。レーザービーム砲は俺が持とう」 言うが早いかそれに手をかける。 「結構重いから俺が持つって」 ツヴァイも手放すまいとそれを掴んだ。 「いいや、俺が持つ! 銃器は壱番世界じゃ手に入りにくいんだからな!!」 健の本音が出た。撃つだけではなく欲しい。なにぶん壱番世界の警察はとても優秀なのだ。 とはいえ、こんな武器を手に入れたり使う機会がないのは何も健ばかりではない。 「いやいや俺が持つって」 ツヴァイがグイッと自分の方に引き寄せて主張した。 「いや、俺が撃つ」 勿論、断固譲る気のない健である。 「俺が撃つから安心しろ」 と、今にも始まりそうな取っ組み合いに大河がしょうがないなと仲裁に入った。 「なら年長者である俺が持とう」 そしてガンスミスとして魔改造してやるのだ。科学の知識に自信はないが、そこは何とかなるだろうってな大河である。 だが、それまで言い合ってた健とツヴァイがこの時ばかりは息もぴったりに怒鳴りつけた。 「「うるさい!!」」 まるで子供の喧嘩である。オルグは呆れたように、コレットは困ったようにそれを見守っていた。 「いい加減にするのにゃー!!」 業を煮やしたフォッカーが止めに入ったのだが。それはもしかしたら若干遅かったのかもしれない。既に3人とも手が出た後だったからだ。 「ここは男らしくジャンケンで決めるのにゃ!」 その後の壮絶なじゃんけんバトルについては推して知るべし。とにもかくにも勝者は健という事になった。 「何故、俺はパーなんだ……」 大河ががっくりと膝を付く。 「まぁ、まだ撃てないと決まったわけじゃないのにゃ」 フォッカーが元気づけるように大河の肩を叩いた。 そう、最初に健が撃って、もし外したら2発目はツヴァイが撃つ。それも外れたら大河にお鉢が回ってくるという具合なのだ。 「俺が外すわけないだろ」 2発目は別の奴が撃つというのには多少の不満もあったが、要は自分が外さなければいいという事で渋々了承した健である。 「1発でしとめてやる」 「ま、おまえがミスったら俺がドーンと決めてやるから安心しろ」 ツヴァイは胸を叩いて言った。初めて使用する銃器の場合、ブレ・反動・敵の動きなどの点から2番手の方に分があると踏んでいるのだ。 「ああ、その時は期待してるぜ」 とは、健ではなくオルグである。 「頑張ってくださいね」 コレットも笑みをこぼすとツヴァイは「おう!」とばかりに請け負った。とはいえ健が外さないことにはやはり彼に出番は回ってこない。 そしてそれは当然大河も同じで。 ――外せ。 かくて彼らは健に向けて、そんな念のこもった視線を送る事になったのだ。 だが勝者である健にはそんな視線、痛くも痒くもない。 「レーザービーム砲を手にする日がくるなんて思わなかったぜ」 などと戦利品を撫で回し、しみじみ悦に入って現在に至るわけなのだ。 もしこれがレーザービーム砲ではなく上空から敵を迎撃できる戦闘機だったら、自分は同じように乗りたがったのだろうか。さすがにそこまではしないと思いたい。ただフォッカーはそんなことをぼんやり思いながら呟いた。 「男ってバカな生き物なのにゃ」 たぶん自分も含めて。 * 密林にも似た森を抜ける。人の立ち入らない未開の地というだけあって道なき道。木の枝を折りながら道を作るようにして進む。うんざりするような急斜面の降り。木々の匂いを運ぶ風が湿度を含んだ空気を不快にまとわりつかせる。先程からやかましく聞こえてくる蝉の鳴き声が壱番世界にある日本の夏を彷彿とさせた。 「うひー、暑いな……」 空を仰いでオルグが言った。額の汗を拭う。 誰もが口には出さなかったが、早く自然の冷蔵庫とやらに駆け込みたいという気分だった。鍾乳洞はまだなのか。列車は手頃な場所に停車場を作る。そこからまっすぐ南と言われてまっすぐ南に突き進んできた一行。やがて。 「お、見えてきたぞ!」 大河が指を差すその先に鍾乳洞が大きな口を開けていた。 洞口にはいくつもの鍾乳石が垂下。まるで尖った歯。探しに行くのはかつてこの大地を支配していたという竜の遺産。ならばこの入口は竜の口といったところか。これから竜の体内へと入っていくのだ。そう考えただけで一同は妙にテンションがあがるのを感じた。 竜の口内を覗くと中は狭く薄暗い。気づけば汗に濡れた服が冷たく感じるほど周囲の気温は下がっていた。これが自然の冷蔵庫。 まだ外の光が届く入口でそれぞれに再度装備を確認。防寒着を着込んでヘルメットにそれぞれにヘッドランプなどを灯す。 フォッカーはトラベルギアのプロップを片手に、健はトラベルギアのトンファーをベルトに挟んでレーザービーム砲をしっかり抱えていた。彼らの足下をフォックスフォームのセクタン=ポッポの炎がほんのり照らしている。 大河はウェストポーチとは別に消火器サイズの液体窒素を背負い、ツヴァイは洞内で何が飛び出してきても立ち回れるようにトラベルギアのナイフを隙なく握り込んで、さりげなくコレットを自分の視界の片隅に置いている。 コレットはリュックを背負い普段はフォックスフォームだが今回はノーマルフォームで連れてきたセクタン=クルミを両手に抱いていた。洞窟内という狭い空間での戦闘を考慮して、狐火操りよりもセクタンの護りを優先させたのだ。 オルグが右手にトラベルギア=月輪という名の青い長剣を握り、左手のランタンに白炎を灯す。辺りはすっと明るくなった。 「で、なんで洞窟の中から蝉の鳴き声がするんだ?」 オルグが洞窟の奥の暗闇を窺いながら首を傾げる。洞窟にたどり着くまでもずっと聞こえていたが、洞窟の中に入ると中で反響して更に大きくなっていた。 「その答えは中に入ってみればわかるだろ」 ツヴァイが明るく答えて中へと促す。 確かにその通りだ。ここで憂えてみても始まらない。ヴェルナーは大したことはないと言っていた、とはいえ不安がないでもなくコレットは緊張した面もちでツヴァイの後に続いた。歌を歌えば怖い動物が寄ってこないと聞いていたので、思い切って歌ってみようかと思っていたが、そんな声がかき消されそうな蝉に似た声の大合唱。 と、2人を呼び止める声。 「待て。何が出てくるかわからないから俺が先頭を歩こう」 オルグがそう言って先頭に立つ。 「コレットは俺の後に」 促されてオルグの後にコレットが続くとツヴァイがその隣に並んだ。その後に健、フォッカーと続く。洞窟の入口で何やかやしていた大河が必然的にしんがりとなった。 「よし、行くぞ」 洞窟内、或いは竜の体内へと一同は足を進めた。石灰石で覆われた岩の壁に触れるとひんやりしている。人2人が並んで通れるほどの洞内を半1列で進んだ。 薄闇に蝉のような声が一際大きくなってその音が足下から聞こえてくるのに、オルグがふと足を止めランタンで前方の洞床を照らした。 「どうした?」 ツヴァイが声をかける。 「いや、これがこの大合唱の正体らしい」 そこには足下の石灰石を覆い尽くすほどの… 「カエルか?」 「写真なんかで見るペンギンの群みたい」 コレットが言った。勿論ペンギンとカエルではサイズが全く違う。 「どうやらアナガエルの産卵期にぶつかったらしいな」 大河が顔を出した。 「アナガエルっていうのにゃ?」 「たった今、俺が命名した」 フォッカーが、いや、一同が呆れたような視線を大河に向けたが、大河はシレッとしている。 「行こうぜ」 不毛なやり取りの予感に健が促した。 「邪魔して悪いな。ちょっと通らせてもらうぞ」 オルグがカエルたちに声をかけて一行は再び歩きだした。 蝉に似たカエルの大合唱は洞内を3つほど折れると意外にも小さくなった。 一同は更に奥へと進む。 カエルの声も完全に途絶え気づくと洞内には闇と静けさだけが横たわっていた。 頭上にはつららのような鍾乳石やストロー(鍾乳管)の罠。頭をぶつけないよう注意。足下には石灰岩を流れる清水。最初のうちは横の岩のくぼみなどを歩いていたが水量が増すにつれ水の中を歩く。 30分ほど洞内を進むと一段と道幅が狭くなり、更に天井高も低くなった。 「こりゃ、匍匐前進しかないな」 オルグが屈んで狭洞を覗き込む。 「この先行き止まりなんて事ないだろうな?」と、健。 「他に枝道もなかったから、たぶんこれが主洞だと思う」 大河が後ろを振り返りながら言った。 「先がもっと狭くなってたら厄介だな」と、ツヴァイが眉を顰める。 「それなら、おいらが見てくるのにゃ。これくらいなら四つん這いでも通れるのにゃ」 メンバーの中で一番小柄なフォッカーが言った。 「そうか。なら頼む。気をつけて行けよ。自分は進めても俺たちのサイズでは無理だと思ったら、そこで引き返してこい」 「了解なのにゃ」 元気に請け負ってフォッカーが狭洞に入っていく。程なくして戻ってきた。 「狭洞は距離にして2mもないのにゃ。奥に進むにつれて広くなるからここが通れれば大丈夫にゃ。ただ抜けたところの段差が2mくらいあるから頭からじゃなくて足から後ろ向きに入った方がいいかもしれないのにゃ」 「ああ、それなら、いいもん持ってるぜ」 大河がウェストポーチから折り畳み式のラダーを取り出す。 「梯子か。用意がいいな」 ツヴァイが感心したように言った。 「そりゃプロだからな」 大河がラダーを設置する。 「おいらが先に行って下から足下を照らすにゃ」 フォッカーがオルグのランタンを受け取って狭洞へ入った。 「俺はラダーを回収しなきゃならないから最後だな」 大河が言った。 次は誰が。と、狭洞を抜けたフォッカーからOKの声が届く。 「俺が行く」 そう言って健が準備を整えると狭洞の入口に片膝をついた。匍匐前進は日頃の鍛錬で慣れている健だ。足から進入し匍匐前進ならぬ匍匐後進すると、程なくして足を置く洞床の感覚がなくなった。狭洞を抜けたらしい。フォッカーの言った通り少し広くなっていたので天井の高さを確認しながら顔をあげ、一歩、照らされた宙へと足を伸ばした。ラダーを探してそこに足をかける。 「よっ…と」 ラダーには一歩引っかけただけで、荷物とレーザービーム砲を肩に背負うとそこから身軽に飛び降りた。 「洞床は濡れてるから滑ったら危ないのにゃ」 フォッカーが窘める。 「鍛え方が違うんだよ」 健は応えて狭洞を振り返った。彼の後から付いてきたポッポがぴょんと健の腕の中に降り立つ。 「抜けたぞ」 その声に狭洞の入口にいた大河が答えた。 「了解」 「俺が先に行くよ」 ツヴァイが屈んで振り返った。 「コレットは後からおいで。待ってるから」 「はい」 そしてツヴァイが抜け、コレットが続く。オルグがそれに手を貸してコレットが狭洞に入ると、狭洞の出口から足を出したコレットにツヴァイが声をかけた。 「落ちたらちゃんと受け止めてやる」 「はい」 コレットがラダーに足をかけゆっくりと降りる。コレットが無事洞床に立つとクルミがその腕の中に降り立った。 「大丈夫か?」 「はい。なんだか昔やったジャングルジムを思い出しました」 コレットが楽しそうに微笑むのを見てツヴァイはホッと胸をなで下ろす。 「抜けたぞ」 ツヴァイの声にオルグが狭洞へと進入した。最後に大河がラダーを回収しながら狭洞を抜け、一同は無事洞窟を進むことが出来た。 しかし狭洞を抜けたといっても、いきなり広くなったわけではない。立って歩ける広さになっただけだ。幅は人一人が通れる程。必然的に今度はフォッカーが先頭を歩く事になった。 洞窟を更に奥へ。 「しかし洞内ってのは思った以上に狭いな」 大柄なオルグが呟いた。天井高が低いため腰を屈めて歩いている。両手を伸ばしきるスペースもない。オルグは月輪から日輪に持ち変えそれを逆手に握っていた。 「女王が出てきたらあんた、伏せろよ」 フォッカーの後ろを歩いていた健がふと言った。女王が出た瞬間、肩のそれを撃つ気なのだろう。 「ここで撃つのにゃ? 後方噴射があるのににゃ?」 フォッカーが恐る恐る尋ねた。撃った瞬間、後ろもバーストなのだ。 「飾り……みたいなもんだろ?」 健がサラリと言った。RPG7の外観だからそういう部分もあるが、レーザービーム砲に後方噴射が必要とは思っていない健である。 「おい。飾りじゃなかったらどうするつもりだ」 唸ったのは当然、健の後ろを歩いているツヴァイだった。 「その時は……、その時だ」 どこまで本気で、どこまで冗談なのか。 「おい!」 「まぁ、でも。女王様ご登場はきっと広い空洞だろうな」 大河がお気楽な調子で後方から声をかけた。 「その根拠は?」 「巨体の女王様が滑空出来るくらいの広さはあると思うから」 「なるほど。そりゃそうだ」 そんな話をしながら更に奥へ。そして一行は再び足を止めた。 「今度は縦穴か」 「でもこれはすぐ抜けられそうなのにゃ」 フォッカーが縦穴を抜けてみせる。それに健が続いた。ツヴァイが先に上り、コレットを引っぱり上げる。オルグが抜けて、最後に大河が…通れなかった。 「あ、あれ?」 幅が狭かったので右手を上へ左手を下への体勢で大河が穴から上半身だけ出して固まっている。 「おい、何やってるんだ?」 屈むオルグに大河は頬をひきつらせて答えた。 「あ、いや、なんかポケットの中身がひっかかったみたい?」 「は?」 「うーん、抜けん……」 上にも下にも動けなくなっていた。 「ポケットの中を空にしておくのは、ケイビングじゃ初歩だろ?」 横穴ならともかく、重力に逆らって進む縦穴はそれだけで難所となるのだ。 「そうなんだよなぁ。おかしいなぁ。空になってると思ってたんだが」 もはや呆れて二の句も出ない。 「バカは置いて行け」 健が言った。 「えぇ!?」 大河が慌てる。 「プロなんだろ。自分でなんとかしろ」 健は冷たい。 「何とかって言ったって手がどうにもこうにも……」 ポケットに届かない。 するとコレットが大河の傍に屈み込んだ。 「私、手伝います。ポケットの中身を動かせばいいんですよね?」 コレットがにこっと笑って確認した。 「ああ、頼む」 大河が頷いたので、コレットは早速大河と穴の隙間に手を伸ばそうとした。だがその肩をツヴァイが掴む。 「俺がやろう」 「ツヴァイ」 コレットを後ろにさがらせツヴァイは片膝をつくと隙間に手を差し入れた。手探りでポケットを探しその中身をかき混ぜひっかかっている部分をずらしてやる。 「お、抜けられる。ありがとな」 ひっかかりがなくなって大河はもぞもぞと体を動かした。 「別に」 ツヴァイはぶっきらぼうに答えて立ち上がる。 「ありがとうございます」 コレットがツヴァイの隣に並んで笑顔で言った。 「コレットが礼を言う事じゃないだろ?」 「私を手伝ってくれました」 ツヴァイは困ったようにそっぽを向く。動機が不純な分、胸が痛い。 「ふぅ~、やれやれ」 穴を抜けて大河はポケットに手をやった。 「何が入ってたんだ?」 オルグが覗き込む。 「さぁ?」 大河はポケットの中身を並べてみた。 「なんだこれ、石か?」 「ああ、そうそう。すっげー手になじむ石があるなって拾ったんだった」 「これ、世界図書館って書いてありますよ?」 コレットがビニールテープを取って言った。 「備品をかっぱらってきたのか?」 「あー、あんまり記憶ないけど。入れちゃったのかも?」 「戻ったら返しておけよ」 「ははは」 笑って誤魔化しながら、大河がそれらをポケットに戻していく。 「行くぞ」 健がイライラしながら声をかけた。 「ああ、はいはい」 更に一行は洞窟を進む。 中腰で屈みながら歩いていると、大河がふと何かを見つけて立ち止まった。 「お、エビだ」 「エビ?」 思わず立ち止まったのはその前を歩いていたオルグである。それにコレットも興味顔で足を止めた。となったらツヴァイも足を止める他ない。 また道草かと健が息を吐きつつ足を止めた。 「ああ、ほら!」 手の平にくだんのエビをのせて大河が見せる。それから前方で目を光らせてる健の視線に気づいたのかそっとエビを洞床に戻した。 「今のは初めて見る種だったな」 なんて歩き出す。 「詳しいんですか?」 「まぁ、それなりに。知ってるか? 洞窟に棲む動物は大きく3種類に分けられるんだ。普通の動物が迷いこんだ外来性動物。コウモリみたいに洞窟を利用している好洞窟性動物。で、さっきのエビみたいな洞窟でなければ生活できない真洞窟性動物」 何気なく話す大河にオルグが興味を惹かれて尋ねた。 「だとするなら今回のクリスタルウルフは好洞窟性動物ってことになるのか?」 「そこなんだよな。好洞窟性動物ってのは生活の一部に洞窟を利用してるだけで、洞窟の外にも出る。だから洞窟の出入口付近に棲んでるものなんだ」 「でも今回のクリスタルウルフは鍾乳洞の奥なのにゃ」 フォッカーが口を挟んだ。 「ああ」 「それってクリスタルウルフは真洞窟性動物って事ですか?」 コレットの言にツヴァイが考えるように呟いた。 「だとするなら目が退化してる可能性もあるのか。どっちにしてもコウモリみたいにエコーロケーションとか使ってきたら厄介だな。洞窟の中は狭いし」 「エコーロケーション?」 「ああ、超音波を発してその反射で周囲の状況を知ることだよ」 ツヴァイが説明する。 「もしかして、既に敵は俺たちの進入に気づいてるかもしれないって事か?」 それまで我関せずという感じだった健が珍しく口を開いた。 「ないとは言えないな」 大河が肩を竦める。 「鍾乳洞を抜けた瞬間、囲まれてたりして」 ツヴァイが舌を出した。 「不吉な事言わないで欲しいのにゃ」 先頭を歩いているフォッカーが頬をひきつらせる。 「でも俺はもっと別の可能性も考えてるんだけどな」 大河が言った。勿論これは、生物が適応進化するものならば似たような環境では似たような生態系が築かれる、かも知れないという事を前提にした話である。 「別の?」 「ああ。洞窟内には光がないだろ? 光合成が出来ないから植物が存在しない。枯れ葉がないからそれを餌にする昆虫もいない。真洞窟性動物の唯一の餌といえば、周期洞窟性動物が持ち込むささやかなものだ」 「つまりクリスタルウルフの餌は何かって事か」と、オルグ。 「でも水晶の神殿には光が射し込んでるんだろ? なら植物が生えてるかもしれないぜ」と、ツヴァイ。 「それでも30頭を越えるクリスタルウルフの餌を毎日確保出来る量がいるんだぞ。確かに外敵がなくのんびり暮らしてるならともかく、俺たちを襲えるくらいの熱量がいるんだ」 「クリスタルウルフなだけに水晶を食ってるとか」 勿論、ありえない事ではないが、水晶は無尽蔵にあるものでもない。ならば可能性として最もしっくりくるのは。 「或いは地上に出て狩りをしている、か」 「どこから地上に出るんだ?」と、健。 沈黙が落ちる。 「まさか、ここ…じゃないよな?」 「挟み撃ちにでもされたら洒落にならんぞ」 オルグが前方と後方に視線を投げた。 だが大河は自信満々に答える。 「ああ、ここじゃない」 「どうして言い切れるのにゃ?」 「石灰石は柔らかい。だが洞口にも洞床にもそれらしい爪痕がなかった」 「まさか、ここ以外にも水晶の神殿に行くルートがあるとか言い出すんじゃないだろうな」と、健。 「ついでに言えば、もっと広い、と思ってる」 大河が肩を竦めた。だとするなら、こんな狭い洞窟を中腰や匍匐前進で歩き続ける何のためか。 「あの、クソジジィ。何、考えてやがる!」 ツヴァイが地団太でも踏むように洞床を蹴りつけた。だが。 「そりゃ勿論、簡単に女王に近づくための方法だろ」 大河の言葉にハッとしたように顔をあげた。ツヴァイだけではない、他の面々も目を見張る。 「俺が思うに、ここを抜けたらそこは女王様の御寝所なんじゃないかな」 そして、そんな彼の予想は概ね当たっていた。 最後の関門とも言うべき狭穴を抜けるとそこから先は水晶窟=水晶の神殿だった。微かに漏れる明かりは、オルグのランタンでかき消されていたので気づかぬままフォッカーは軽々と穴を抜けてしまい、そして固まった。 一体のクリスタルウルフの4つの目と目が合う。青白い柔らかそうな毛並みにしなやかな肢体の双頭狼。反射的にフォッカーは愛想笑いを浮かべていた。 「お…及びじゃないのにゃ」 無意識に後退る。出直してみんなと対策を練った方がいい。だが、それを後から這い出てきた健が止めた。 「おい、何そんな出口で立ち止まってんだよ」 そう言って這い出る。そして状況を瞬時に読み取り。健はすかさずレーザービーム砲を構えた。 目の前には、ざっと数えただけで5体のクリスタルウルフ。その奥にいる巨体がおそらくは女王。見渡せば水晶の神殿は高天井の広い空洞だった。 刹那、健が有無も言わせず引き金を引く。 丁度、ツヴァイが穴から這い出たところである。 …………シーン。 レーザービーム砲はうんともすんとも言わなかった。 「……失敗作…かにゃ?」 「試作兵器の信頼性の低さまで再現、か……」 何とも感じ言ったように呟いて健はレーザービーム砲を放り出した。いらなくなったわけではない。更に欲しくなっていた。ただ、これからの戦闘には邪魔だと判断しただけだ。それを。 「なんだ、使い方も知らないのか?」 何も起こらなかったレーザービーム砲を投げ出した健にツヴァイが呆れ笑いを投げた。 反射的に健がキッと睨みつけた先でツヴァイは意気揚々とくだんのそれを拾い上げている。 そして彼は後から出てきたコレットとオルグに笑みを向けた。 「見てろよ」 そう言ってレーザービーム砲を構える。 健はフンと鼻を鳴らしてベルトのトンファーを取った。 「おう、一発かましてやれ!」 「頑張ってください」 オルグとコレットがツヴァイを応援した。ツヴァイはウキウキと引き金を引く。だが、やっぱりレーザービーム砲は無言だった。 「……なっ、何だと!? こんなはずは……」 カチャカチャカチャ。ツヴァイは尚も引き金を引き続けたが、やがて開眼したように言った。 「ハッ!? そうか、きっとこれも竜刻の力だな! 何て恐ろしい……!!」 健が内心で『んなわけないだろ』と突っ込んだ。フォッカーが内心で『そうなのかにゃぁ?』と不審そうに首を傾げた。 「そうですね」 コレットは素直に受け取った。オルグは『あのジジィ、使えねぇガラクタ寄こしやがって』と思っただけだった。そうこうしている間に大河が穴を出る。 ところで、ツヴァイがレーザービーム砲をカチャカチャやっている間、勿論クリスタルウルフの面々には待ってやる義理などなかった。そして数も増えない道理などない。気づけば5本の指では足りない数のクリスタルウルフ。 当然、応戦しなくてはならない。 「女王への道を開けろ」 言うが早いか健は水晶の床を蹴っていた。クリスタルウルフの二つある頭部に、それぞれ一発づつ叩き込む。内一つが空を切った。舌打ち。レーザービーム砲が動かないのを竜刻のせいなんて言いだすからだ。迂闊な隙をクリスタルウルフの爪が走った。バックステップ。間に合わない。トンファーでクロスブロック。コンマ以下の攻防。 紙一重に、クリスタルウルフの爪の軌道が突然健の喉から外れた。 フォッカーのプロップが目の前を弧を描くように通り過ぎる。健は小さく息を吐いて着地。助かったと思う一方で不本意に顔を歪める。戦闘に集中と自分に言い聞かせた。 「トンファーが攻防一体の最高の武器だって、お前らの魂に刻んでやるっ!」 そのお前らには仲間も含まれていたかもしれない。援護は不要。 一方、ツヴァイも早々にレーザービーム砲を諦めナイフに持ち替えていた。そのまま女王に向かってナイフを投げる。水晶の天井を透かして降り注ぐ陽光にナイフの刃が銀光を放って飛んだ。とはいえ距離がある分軌道ははっきりしている。 女王がその場でくるりと一転、翼が突風を作り威力の半減したナイフは前足で簡単に叩き落とされた。 「……なっ!? まさかこれも竜刻の力か!!」 ツヴァイが落ちたナイフを拾いに走る。それを受けてオルグがコレットを伴って続いた。いつの間にやら長剣=月輪に持ち変えている。 「数が多い。あっちにくぼみがある。そこにおびき出そう」 オルグの声にツヴァイは了解と返して軽やかにクリスタルウルフの攻撃をかわしながらナイフを拾い、くぼみへ飛び込んだ。 コレットとオルグも飛び込む。それを追うクリスタルウルフたちにフォッカーがプロップを投げた。 ただ投げた軌跡では動く奴らを一体しか捉えられないだろう、だが水晶窟とはいえ全てが水晶で出来ているわけではない。そこに垂下した鍾乳石。狙ったのはそれ。先の尖った鍾乳石が落下しクリスタルウルフを串刺しにする。 それで先陣の足が止まれば狭いくぼみに後続の次の一手は遅れる。 オルグとツヴァイの反撃が始まった。ツヴァイのナイフにオルグの剣が走る。 同様にくぼみに飛び込んでいた大河も液体窒素を構えたが、コレットに気づいて液体窒素を彼女に差し出した。 「もし奴らが突っ込んできたら、消火器みたいに奴らに向けて噴射すればいいから」 「はい」 しかし彼は一体どうするつもりなのか。すると大河はポケットからくだんの石とビニールテープを取り出した。テープの先に石を取り付け、テープの輪を右手の人差し指にひっかける。そして石を投げた。彼の人差し指でリングが回る。手頃な長さになったところでリングの回転を止めると先端の石がヨーヨーのような弧を描いてクリスタルウルフの横っ面を叩いた。彼が手首だけを返すと石が彼の手元に戻ってくる。但しテープの粘着面がくっついてしまいぐちゃぐちゃだ。 「改良の余地ありだな」 呟きつつ大河はぐちゃぐちゃになったテープをまとめて丸めると再び投げた。今度はクリスタルウルフにではない。垂下した鍾乳石に絡めてタイミングを計って力一杯引く。落下した鍾乳石に一体のクリスタルウルフが脳震盪を起こした。 くぼみで戦うツヴァイとオルグにそれを援護するフォッカーと大河。反対側では健がポッポと共に奮闘している。 そんな光景を半ば見守るようにしながらコレットは、自分がここへ訪れた目的を思い出していた。 クリスタルウルフは女王さえいなくなれば襲ってこなくなるのではないか。ならば竜刻回収が目的である以上、女王以外を倒す必要はない。彼らの縄張りを荒らすのはむしろ自分たちの方なのだ。だから――。 コレットはキッと女王を睨み据えた。自分が囮となって他のクリスタルウルフを引きつければ女王の周囲は手薄、他の者達が一気に女王を倒しに行ける。万一のことがあってもセクタンの護りがある。 「大丈夫」 コレットは自分に向かって呟いた。 「どうした?」 コレットの呟きに気づいてツヴァイが振り返る。 「ツヴァイたちは女王をお願い」 「なっ!? ちょっと、待て! コレット!?」 女王に向けて突然駆けだしたコレットにツヴァイが慌てた。 「危ないのにゃ!」 フォッカーも目を丸くする。 「テメェら……俺の妹に手出しやがったら容赦しねぇぞぉ!」 オルグが吼えた。コレットを追いかけながら黒炎を放つ。大河も驚いたように彼女を援護する形で後を追った。 だが健だけはしたたかに状況を見つめていた。 コレットが駆けだした事で4人がそれに続きクリスタルウルフは女王を守ろうとそちらに集中。彼らと離れて戦闘を続けていた健は結果的に1人取り残されたのである。勿論コレットが飛び出した瞬間、そうなる可能性を考えて気配を殺し彼らから離れたりもしたが。 女王に向けて特攻を仕掛けることになった5人に女王が翼を広げた。飛翔。 健は身構える。だが女王の関心はあくまで5人。 氷のブレスをオルグの黒炎が迎え打つ。彼の戦闘をフォローするように完全に囲まれた形となった他の面々が周囲のクリスタルウルフに迎撃を開始。 健はただ息を殺して女王を地面に引きずりおろすタイミングを窺う。女王の滑空。重力加速度を伴った一撃。健はポッポの狐火を纏ったトンファーを振るった。狐火は火炎弾となって女王を急襲する。狙ったのは女王の目。間違いなくその瞳孔は5人を見据えていた。あの目は見えている。 突然飛び込む炎に驚いたのか、女王の失墜。墜ちた女王にオルグの黒炎を纏った月輪が走った。それを止めようと他のクリスタルウルフが身を挺す。女王を護るナイトたち。 だが。このまま女王が体勢を立て直す前に再び飛翔する前に決めなければ。一同の心が一つに。 健が地面を蹴る。ポッポが傍らを駆ける。ツヴァイがナイフを手に走り出す。フォッカーがプロップを投げる。大河も鍾乳石を放った。オルグの日輪が音もなく鞘走る。 「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」 誰のとも知れぬ雄叫び。 ――――!! 目を焼かれ暴れていた女王が動かなくなった。 クリスタルウルフたちの遠吠えが水晶の神殿に哀しく響きわたる。女王を失った彼らはまるで統率を失ったように散れ散れに姿を消した。やがて静けさだけがそこに留まる。 水晶の神殿に祭壇のようなスペースがあった。どうやらそこが女王のベッドだったらしい。それは一目でわかった。竜鱗。CDほどの大きさがある。 「これが、竜刻なのにゃ?」 「そうらしいな」 「初めて見るのにゃ。触っても大丈夫なのかにゃ」 不安げにフォッカーが手を伸ばした。 「大丈夫だろ?」 大河は気楽に言った。 取り上げるとそれはただ、光を受けて七色に輝いた。 * 帰りは当然、通ってきた洞窟を再び逆に進む、ことはしなかった。 クリスタルウルフたちが地上を行き来するのに使っていたと覚しき比較的広い通路があったからだ。ヴェルナーの意図に気付く。道はいくつも分岐。戦闘を繰り返しながら進んでいれば迷子になっていたかもしれない。その証拠に今も分岐を間違え行き止まりになったところである。と。 「うわっ!!」 突然悲鳴をあげて健がレーザービーム砲を放り出した。戦いの後、竜刻には目もくれずそれを他の者たちに任せて、これを拾っていた彼である。 大事な大事なコレクション。だが。 「あっちぃ~」 「どうした?」 「突然熱くなって触れなくなった」 健が息を吐く。 「そういえば、洞内もなんか暖かくなってるのにゃ」 フォッカーが辺りを見回しながら言った。最初は寒いくらいの洞内だったが今は何故だか、うっすら汗が滲むほどになっている。 「もしかして、レーザーが拡散してるんじゃないか?」 ツヴァイが言った。 健は突然と言ったが、実は引き金を引いた時から少しづつレーザー光は発射されていたのかもしれない。 「こうなったら燃料切れしてクールダウンするまで待つしかないのにゃ」 「でも、これなら岩盤浴が出来そうだなあ」 大河が壁に触れながら言った。 「岩盤浴?」 岩盤浴とは天然石を加熱し発生する遠赤外線やマイナスイオンで体を温める、お湯のいらない風呂のことである。 どうせこれからレーザービーム砲が燃料切れになって持てるようになるまで暇なのだ。 「いいですね! 岩盤浴ってデトックス効果があるんですよね?」 コレットが楽しそうに言った。とはいえ岩盤浴自体は初めてのコレットである。 「ああ」 「いいな、それ」 乗り気なコレットにツヴァイも賛同する。が。 「あ、でも、岩盤浴ってことはあれか? 脱ぐのか?」 「へ?」 勿論、初心者なのでどんな風にすればいいのかわからないコレットである。だが、最初にさも知ってますというような反応をしてしまった手前、今更知らないとも言い出せなくなっていた。 困惑しているコレットをどうとったのかツヴァイが慌てたように言葉を継ぐ。 「あ、だ…大丈夫だぜ。俺、見張ってるからさ。覗いたりしねーから、安心してくれよ?」 それに大河がきょとんとしたように口を挟んだ。 「別に脱がなくても大丈夫だろ。森林浴だって脱がないし」 「あ、そうなんだ? それなら一緒に出来るな」 「はい」 コレットが頷いて笑みを返す。そうか、服は着てても大丈夫なのか、と。取り敢えず大河の真似をしようなどとコレットが考えていると、ツヴァイが大河に尋ねた。 「どうやってやるんだ?」 「ああ、服1枚で石の上に寝ころぶだけだ」 大河が答える。 「うつ伏せ5分、仰向け10分の後、5分のクールダウンは…さっきの分岐の地底湖で涼めばいいんじゃないか? 水分はしっかり取れよ」 それを3~4回繰り返すという事だった。 「なるほど」 さっそく、ツヴァイとコレットは適当な石の上にうつ伏せに寝転がる事にした。 「あ、低温火傷しないようにバスタオルを敷くといいぜ」 と言う大河にバスタオルを並べる。コレットを挟む形でその隣にオルグもタオルを敷いて転がった。 ツヴァイが時間をはかる。程なくして汗が粒になって流れ出してきた。 「そういえば、汗はローション効果があるから洗い流す必要はないらしい。最後にタオルで軽く拭くぐらいでいいみたいだ」 思い出したように大河が付け加える。 「みたい、ってまさかお前も初めてなのか?」 すらすらと話していたので、ついうっかり鵜呑みにしてしまっていたが、アナガエルの前例もある。と、案の定、大河は笑って答えた。 「ああ、うん。何かで読んだだけ。だから、ちょっと楽しみなんだ」 ウキウキと、大河はバスタオル上で仰向けになった。 ところで真っ黒のフォッカーにはどうやらこれは合わなかったらしい。 「うにゃ~!! 熱いのにゃ! おいらはダメなのにゃ! 向こうで涼んでるのにゃ」 フォッカーは早々にその場を退散すると一つ前の分岐から地底湖の方へ向かった。 「竜刻は綺麗だったけどこんなオチがあるなんて聞いてなかったのにゃ」 皆が岩盤浴を楽しんでるのを恨めしげに愚痴る。 「あのレーザービーム砲、燃料切れになったら改造してやるのにゃ。ただのゴツイだけのレーザーライトにしてやるのにゃ。司書さんの驚く顔が楽しみなのにゃ」 しかし問題は健がそれを許してくれるか、であろうか。 一方その健はといえばレーザービーム砲の傍らで汗を流しながら、それが燃料切れになるのを待っていた。 「お気楽な連中だな。俺たちが騒乱を持ち込んだのに、悼む気持ちないのか? あんたらの感覚、わっかんねぇ…」 苛立ちに毒づく。その傍らに大河が水の入ったコップを置いた。 「別に悼んでないわけじゃないだろ。だが、こういう考え方も出来ないか? 竜刻の力によって歪められた生態系を正常に戻してやったと。俺たちはクリスタルウルフを竜刻から解放してやったんだ。なら、少しくらい自然の恩恵を被ったって罰は当たらないだろ?」 「詭弁だな。大体、自然の恩恵っつったって、こいつのせいだろ」 「確かに、そうだけどさ」 大河は肩を竦めて笑う。 「まぁ、俺は楽しむ時はとことん楽しむって決めてるだけだ。それに、おまえだって、それが燃料切れになるまでここで待ってるんだろ?」 「ちっ……」 舌打ちして健は諦めたように上着を脱いだ。岩盤浴を楽しむつもりはないが熱源のそばにいるのだ。さすがに暑すぎる。 「ここに置いていくわけにもいかないからな」 自分がたった今言ったのだ。悼む気持ちと。 ガンスミスと言う大河がその銃をここに持ち込まなかったのは自然に弾丸を残さないため、それくらいには自然に敬意を払っているのだろう。ならばこの場所にここには存在しえないものを残していくという選択肢が正解ではないことくらい健にもわかる。 「触れるようになったら速攻帰る」 不貞腐れたように呟いた。 「ああ」 大河は応えてツヴァイたちの方へ岩盤浴を楽しみに行く。 「くっそぉ、戻ったらあのクソジジィ一発ぶん殴ってやる」 そして殴ってでも修理させてやるのだ。健は拳を握って決意も新たにレーザービーム砲を睨み据えるのだった。
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