オープニング

 小暗い悪意うずまくインヤンガイ。しかしそんな世界にも、活気ある人々の暮らしは存在する。生きている以上、人は食事をする。実は、インヤンガイは豊かな食文化の花咲く世界であることを、旅人たちは知っていただろうか――?
 インヤンガイのどの街区にも、貧富を問わず美食を求める人々が多くいる。そこには多種多様な食材と、料理人たちとが集まり、香ばしい油の匂いが街中を覆っているのだ。いつしか、インヤンガイを冒険旅行で訪れた旅人たちも、帰りの列車までの時間にインヤンガイで食事をしていくことが多くなっていた。

 今日もまた、ひとりの旅人がインヤンガイの美味を求めて街区を歩いている。
 厄介な事件を終えて、すっかり空腹だ。
 通りの両側には屋台が立ち並び、蒸し物の湯気と、焼き物の煙がもうもうと立ち上っている。
 インヤンガイの住人たちでごったがえしているのは安い食堂。建物の上階には、瀟洒な茶店。路地の奥にはいささかあやしげな珍味を扱う店。さらに上層、街区を見下ろす階層には贅を尽くした高級店が営業している。
 さて、何を食べようか。

●ご案内
このソロシナリオでは「インヤンガイで食事をする場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけて好味路で食事をすることにしました。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが食べたいもの
・食べてみた反応や感想
を必ず書いて下さい。

!注意!
インヤンガイではさまざまな危険がありますが、このシナリオでは特に危険な事件などは起こらないものとします。

品目ソロシナリオ 管理番号491
クリエイター錦木(wznf9181)
クリエイターコメントお食事は好きですか。私は好きです。

メニューはお任せいただいても構いません。大体の方向性を教えていただければ、それに添って腕を振るわせていただきます。
また、NPCの長手道もがもをお連れいただくことも可能です。プレイングにてお教え下さい。

皆様の食卓が豊かであることを願って。

参加者
仲津 トオル(czbx8013)コンダクター 男 25歳 詐欺師

ノベル

 昼食時の書き入れ時、大通りは腹をすかせた人々でごった返していた。もちろんボクだってその様子を構成している一人ではあるが、目的地は特に定めていない。
 明確な目的地を作れるほど、インヤンガイの日常に親しんでいないせいかもしれない。巡節祭に館長探し、今日は探偵のまねごと。ボクがここを訪れるのはいつだって非日常的な理由でだ。
 そこかしこの暖簾から漂ってくる匂いは、どれも腹の虫を挑発するだけの魅力に満ちているが、こうも選択肢が多いと迷うことしきりだ。観光客だと舐められて変なモン食わされるのもごめんだし、さてどうしたものか。
 本格的に暴動を起こし始めた腹の虫を押さえつつ、その場でぐるっと一回転。建物の影から曲がってきた体育会系の男と肩をぶつけ合ってしまう。
「あ、どうも」
「わりぃな」
 会釈しつつ、ボクの手はしっかりと財布の収まったポケットを押さえていた。
(詐欺師が二度もスリに遭うとか、そんな恥ずかしすぎる真似はごめんだって!)
 男の曲がってきた路地裏の暗がりに、あの巡節祭の日、突っかかってきた鬼の姿が思い出される。あの日の鬼も今頃、この街のどこかで母親の作った食事でも食べているのだろうか。柄にもない、感慨ともいえない小さな感情の波が胸を濡らしているうちに、土ぼこりに汚れた男はボクの横を過ぎ、手近な店へと入って行った。
 入り口に掲げられた油染みだらけの暖簾と剥落激しい壁を見ていると、なぜだか保健所という単語が浮かび上がってくるが。
(こーゆーのは地元の人に倣うのが安心だよね?)
 ちょっと頭を突っ込んだ途端、洪水のように騒音が押し寄せてくるのも実にボク好みだ。いや、これは嘘。さすがにちょっとうるさ過ぎるかもしれない。だが決して嫌いじゃない。
 調理場から漂う水蒸気とタバコの煙で紗幕がかかったようにかすむ店内、そのカウンターにさっき肩をぶつけ合った男を見つける。隣の席は空だ。
「こんにちは。この席って空いてる?」
「ん? ああ、別に構わねぇよ。一々んなこと気にするなんざ上品なニーチャンだなオイ、どっから来やがったんだ?」
「あっちのほうからちょっと野暮用でね」
「あ?」
「……あっちのほうから!」
 ボクは思いっきり声を張り上げた。店内が騒々しすぎるせいで、普通の声量では全く聞こえないのだ。男のほうは慣れているのか元から声が大きいのか、大して苦労している風でもないのがちょっと悔しい。
「何かお薦めの食べ物ある!?」
「んー、そうだな。うん、記憶に残ること間違いなしの凄ぇ料理があるぞ、この店は?」
 男はにやっと口の端だけで笑うと「おっちゃん、塩あんかけ団子定食麺固め薬味大盛り! あとこっちのニーチャンに『激・ドラゴンラーメン』で!」とボクの返事も聞かずにカウンターの奥へ怒鳴り込んでしまう。
「……何、激・ドラゴンラーメンって」
「食やぁわかる! ……大丈夫だってニーチャン、んな顔すんなよ。見た目はちぃっとばかしアレかもしれねぇが、絶品だぜ?」
 男はそう言って丸太のような二の腕でボクの背中をばっしばし叩くが、名前からして、ねえ?
 かくして数分後、叩きつけられるようにして出された器には、真っ赤な液体がこれでもかと注がれていた。
「どうよ?」
「……いや、どうよ? って言うか………………赤いんだけど」
「ぎゃははははっ!」
「畜生嵌められた!」
 あの妙な笑顔を浮かべられた時点でこの可能性に気づくべきだった!
 どんぶりを熱く濡らすのは、艶のある赤い汁。見え隠れする麺や具材にも、細かな赤い薬味がこれでもかと絡んでいる。添え物の炒め野菜から漂う刺激臭は嗅いでるだけで涙が出そうだ。
「……」
 恐る恐る、麺を一本だけ摘み上げてすする。はねる赤の飛沫に、知らず喉がごくりと鳴った。
 もちもちの麺は歯ごたえがあって素直に美味い。だがしばらく噛んでいると、麺の芯まで染み込んだスープがじわりと口中に溢れ出し、舌と言わず頬の内側と言わず焼き尽くそうと暴れ出したっ!
「…………辛ッ!」
「ぎゃーっはははははっ!」
「み、水! 水っ!」
 顔中の毛穴が一気に開いた気がした。吹き出す大量の汗は、冷や水の杯を当てても一向に治まらない。麺を飲み込んだ胃からもじわっとした熱が広がって、全身を遠火で炙られている気分だ。
「どうだい、火を噴く美味さだろ?」
「ふ、噴けるもんならキミの顔を叉焼にしてやる……!」
「減らず口の減らねぇニーチャンだなぁオイ! ……ま、本当に無理ってなったら言えよ? 俺のあんかけ定食と取り替えてやっから」
「いやだね、絶対完食してやる……!」
 そこから先は意地としか言いようがない。赤味の絡む麺を噛み、悶え。ぶるぶる震える指先でスープをすくって、床を転がり掃除したいほどの痛辛さに襲われて。それでも箸を止めようとは思えず、気がついたらどんぶりの底が見えていた。
 サウナから出てきたような心地だ。顔といわず背中といわず汗でぐしゃぐしゃに湿っていたが、不快感より食ってやったぞ! という達成感が強かった。
「あー……辛かった」
 ドラゴンと名づけるだけはあって、本当に火が出るほど辛い。今だって口中がぴりぴりするが、不味くはない。ストレートに言って美味かった。味わっているうちにひりつきが癖になる、後を引く味というやつだろうか。
「マジで食い切るなんてニーチャン、根性あるじゃん。どうだ? ちぃっと辛ぇが美味いだろ?」
「……ま、ね。……いつか誰か引っかけてやろっと」
「ぎゃはははっ! さっすがニーチャンだ、根性が悪いっ! おーいおっちゃん、このニーチャンドラゴンラーメン食い切ったぜ!」
「ほう」
 男の呼びかけに、厨房の奥からぬっと人影が現れる。この悪魔じみたラーメンの創造主にふさわしい、威風堂々としたオッサンだった。
「こいつぁオレのおごりだぜ! おいおっちゃん、ニーチャンに勝利の美酒を! そうだな、アレがいい。『竜殺し』くれ!」
「あー、なんかアリガトね」
「良いってことよ! こういうのはその場のノリが大事なんだ」
 男は人好きのする笑みを満面に浮かべ、オッサンはそれを見て口の端だけで笑うと、オレをちょっと見てから厨房の奥へ引っ込こんだ。
 その笑いかたに、記憶の底から何かが湧き上がる。
「……あのさ?」
「うん?」
「……竜殺しって何?」
 男はニコニコ笑いをさらに深めただけで何も言わない。その笑顔には見覚えがある。さっきのオッサンが浮かべて、そしてこの男も浮かべたことのある笑みだ。
 頭の中で誰かが警鐘を鳴らす。今すぐ椅子を蹴り飛ばしてこの店を出ろと。
 だがしかし、さっきのラーメンの後遺症か!? 熱く火照った身体はだるく、ボクの思う通りには動いてくれない!
「あいよ、熱いの大好きドラゴンでも目ぇ回して倒れる特性香草酒『竜殺し』お待ちどう」
 ボクはようやく思い出した。隣で笑いをこらえる男が、初めてあの嫌らしい笑みを浮かべていたときを。
「……騙された、力いっぱい騙された!」
「ぎゃーっははははははははははは!!」
 男は、ボクに激・ドラゴンラーメンを薦めたときと同じ顔で笑っていたのだ!

クリエイターコメント長らくお待たせいたしました。

インヤンガイでの冒険に数多く参加されているコンダクターさんということで、
ちょっとそのへんも絡めてみました。
捏造歓迎ということで、後半から段々ヒートアップしてしまい……
詐欺師さんなのに騙されっぱなしオチでなんだか申し訳ありません。
書いてる私はすごい楽しかったです。

ご依頼ありがとうございました!
公開日時2010-05-12(水) 18:00

 

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