オープニング

 ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。
 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。
 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。
 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。

 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。
 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。

 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。
 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。

●ご案内
このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・見た夢はどんなものか
・夢の中での行動や反応
・目覚めたあとの感想
などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。

品目ソロシナリオ 管理番号480
クリエイター錦木(wznf9181)
クリエイターコメントヴォロスにてひと時、夢など見てみませんか。

夢の内容については、お任せいただいても大丈夫です。ただ大体でいいのであらましをお教えいただけると書くときに迷わなくてありがたいです。
ご要望があれば、長手道もがもを付添人としてお連れ頂くことも可能です。

どうぞ良い夢を。

参加者
ティルス(cvvx9556)ツーリスト 男 18歳 歴史学者の卵

ノベル

 一目見た瞬間、その建物を「美術館」だと認識したのは、直感だとしか言いようがない。
 きっと、つるりとした乳白色の石の質感や、あちこちに掘り込まれた溝やレリーフの印象が、いつか資料で見たそれを思い出させたせいだろう。だがそれは夢から覚めた後のティルスが記憶を頼りに導き出した結論なので、今、夢の中にいるティルスには関係の無い話だ。
 紫がかった霧がどこまでも足元を覆いつくす世界の中、孤高にたたずむ美術館へ一歩、また一歩と近づいていく。
 近くで見るとますます圧倒される大きさの美術館の入り口には、人っ子一人いない。足音を幾重にも反響させる巨大なホールの天井を見上げると、ディラックの空を走るロストレイルの壁画が描かれていた。
 よくよく見れば、天井に描かれているのはロストレイルの最後尾車両だ。そのままするすると視線を動かしていくと、ロストレイルの機関部にたどり着く。赤い車両の向かう先にあるのは、白い扉だ。扉には細い引っかき傷のような文様が掘り込まれている。
(……違う)
 模様ではない。
 言語だ。
 扉を埋め尽くさんばかりに、ありとあらゆる言語が少しずつ掘り込まれている。そのうちのいくつかはティルスにも理解できる種類の文字だった。壱番世界出身の友人が使っているものもあったし、驚くべきことにティルスの故国のものまである。
「ようこそ」
 確認するように呟くと、肉球の下で石が一瞬だけほのかな熱をはらんだような気がした。
 てしてしと爪を床をこすり合わせながら扉の向こうを覗き込む。まず目に入ったのは、正面の壁に飾られていた額縁だ。
 滑らかに研磨された木の額縁の中はしかし、からっぽだった。何も飾られていない。そんなものがずらりと、通路の両側の壁に並んでいる。よく見ると額縁以外のものも飾られていた。
 手のひらサイズのガラス製写真立てに、ティルスの身長と同じくらいある豪奢な金細工の額縁。小指の爪先より小さくて、ちょっと力を込めればすぐ砕けてしまいそうな貝殻のロケットから、奥の壁一面を埋め尽くす長さの絵巻物にいたるまで。そのどれもに写真や絵は飾られていない。
 なんとなく寂しさを感じながら、右に右にどこまでも続く通路を歩いていく。いつの間にかしかれていた赤い絨毯の毛並みが潰れる感触が、肉球ごしに伝わってくる。

 しばらく代わり映えのしない額縁だらけの空間を進んでいると、雰囲気の違う一角を見つけた。
 壁にかけられているのは、細やかなレース編みを何枚も重ねて作られた写真入れだ。その中に幾枚もの写真が収まっている。そこに写されていたのは……
「……かっわいいなぁ~!」
 思わず相好を崩してしまうほど愛らしい、アニモフたちの姿だった。タヌキ型のアニモフたちが、モフトピアの雲の上で跳ね回り、転げまわる写真だなんて、眼福にもほどがある。
 どの写真入れにも愛らしいアニモフの姿が縦横無尽に撮影されていて、ティルスのポケットは抜き取った写真でいっぱいだ。だが最後の一枚を確保しようと手にとって、その動きが止まってしまう。
「うっ……」
 これは、持っておくべきだろうか。どどーんと映し出されたブギー族のドアップに、ちょっとだけ考え込んでから。
 ティルスはそそくさとその場を後にした。
 その写真を持って帰ったかは、彼のみぞ知る。

 次に目に付いたのは、老いてしわの刻まれた樹木をぐにゃりと捻じ曲げたらこうなるのだろうかと思わせる、木そのものでできた額縁だった。それだけならこの美術館において珍しくもなんともないが、その額縁には一枚の油絵が収まっていたのだ。
 若芽の緑、黒と見まがう緑、翡翠鳥の羽の緑、差し込む淡い光――どう言っていいのかわからない、微妙な色彩の緑。それら全てが一枚の絵の中に映し出されていた。
「これは……ヴォロス?」
 そうと気づいたとたん、郷愁と歓喜がいっぺんに胸へ押し寄せる。ヴォロス――故郷に似た景色のこの土地は、かつて竜の支配下に置かれていた。その力の残滓を探しに行ったあの森は、ちょうどこんな風ではなかったか。
「おにぎり、美味しかったなあ」
 ふふっと笑みが漏れる。そう、皆で協力して竜刻を手に入れたのだ。未知の世界へ踏み込む時のわくわく、うずうずした感覚が湧き上がってきて、なんだか無性に冒険に行きたくなる。

 海より濃くて深い青。その額縁を形容するなら、そんな言葉が似合っていた。青いガラスを四角く切り取ったそれにおさめられているのは、大きな帆船だ。鮮烈なまでに白い雲と照りつける太陽を背負い、今まさに大海原に出発しようとする瞬間が、さらりとした色絵の具で描かれていた。
「蟹さん、強かったなあ」
 蟹の足の太さを思い出していると、段々おなかが減ってきた。だが通路はまだまだ先へ続いているようだ。
 そろそろ、いったいいつ終わりが来るのかと不安になってきた。どうやらこの美術館は渦を巻くようなつくりになっているらしく、通路の幅も最初に比べたら狭くはなってきたが。
 だがティルスには、最後に何が待っているのかわかる気がした。
 モフトピアにヴォロス、ブルーインブルー。そして入り口付近にずらりと並ぶ空白の額縁が、その答えを教えてくれた。

 予想通り段々と狭まる通路の奥に飾られていた絵に、額縁は与えられていなかった。子供が画用紙に描いたような、しわのよった絵がピンで壁に直接縫いとめられている。
「これは……」
 描かれているのは夕暮れの大草原だ。うっすら橙色に染まった世界の中に、ぽつりと黒いしみが――草原に埋没するように残ったそれは、朽ちかけた建造物だ。
 そっと爪を伸ばし、目を閉じる。あの日の手触りがそこにあった。
「これは……僕がはじめて見つけた人間さんの遺跡だ……」
 先生と一緒に研究を続けて、ようやく見つけた人の痕跡だった。中にあった機械や本は、どれもティルスには理解できない言語体系と技術でできていて、困惑すると同時に魂からの震えが湧き上がったのを今でも鮮明に思い出せる。
 調べているうち、見知らぬ土地にたたずんでいて――そしてここに、世界図書館にたどり着いた。
 自分の世界を失ったことに対して、哀切がない訳ではない。
 だが後悔はしていない。
 ティルスがロストナンバーになったことには、必ず意味があるはずだ。
「だから、」

 ――僕は僕の世界に戻って真実を見つけたいんだ。

 そう思ったとたん、目の前の景色がぼんやりと霞み出した。目覚めのときが来たのだろう。
 ティルスにはわかっている。ここは、己の歴史を写し取る美術館なのだ。歴史は永久とも言える時間続いていて、入り口にあった額縁に絵がかかるのは、一体何年、何十年後だろうか。
 それでも、次に訪れる時にはきっと、あの空白の額縁たちはとりどりの絵で飾られているのだろう。ここですごした時間の分、思い出はいくらでも増えていく。
 その時までさようなら、幻想美術館。

クリエイターコメントお待たせいたしました。

幻想美術館というフレーズは素晴らしいですね。いろんなイメージがぶわっと湧いてきました。
参加シナリオも一通り拝見させていただいたのですが、間違いありましたら申し訳ありません。
その際はご一報いただけるとありがたいです。

このたびはご依頼ありがとうございます!
公開日時2010-05-13(木) 19:40

 

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