ヴォロスのとある地方に「神託の都メイム」と呼ばれる町がある。 乾燥した砂まじりの風が吹く平野に開けた石造りの都市は、複雑に入り組んだ迷路のような街路からなる。 メイムはそれなりに大きな町だが、奇妙に静かだ。 それもそのはず、メイムを訪れた旅人は、この町で眠って過ごすのである――。 メイムには、ヴォロス各地から人々が訪れる。かれらを迎え入れるのはメイムに数多ある「夢見の館」。石造りの建物の中、屋内にたくさん天幕が設置されているという不思議な場所だ。天幕の中にはやわらかな敷物が敷かれ、安眠作用のある香が焚かれている。 そして旅人は天幕の中で眠りにつく。……そのときに見た夢は、メイムの竜刻が見せた「本人の未来を暗示する夢」だという。メイムが「神託の都」と呼ばれるゆえんだ。 いかに竜刻の力といえど、うつつに見る夢が真実、未来を示すものかは誰にもわからないこと。 しかし、だからこそ、人はメイムに訪れるのかもしれない。それはヴォロスの住人だけでなく、異世界の旅人たちでさえ。●ご案内このソロシナリオは、参加PCさんが「神託の都メイム」で見た「夢の内容」が描写されます。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・見た夢はどんなものか・夢の中での行動や反応・目覚めたあとの感想などを書くとよいでしょう。夢の内容について、担当ライターにおまかせすることも可能です。
どおおん、どおおおん。 砲撃の音が絶え間なく響き、古ぼけた、しかし堅牢な建物がびりびりと震動している。 断崖絶壁の孤島に建つ刑務所である。 ここに収監されているのは、皆、一般的な刑務所では荷が重いと判断された囚人ばかりで、それゆえ全体的に物々しさが漂っている。 その刑務所が、激しく砲撃されている。 執拗とすら言える砲撃を加えているのは、大娼婦もしくは大淫婦バビロンと呼ばれる女性――紫と赤の衣を纏い、多くの宝石で身を飾り、手には姦淫の罪で穢れた金杯を持ち、神を汚す多くの名で覆われた七つの頭と十本の角を持つ赤い獣にまたがった――をモティーフにしたフィギュアヘッドを戴く戦艦。 あれは、煉獄博士の実験戦艦“バビロン”だ。 狂科学者と称された彼の頭脳と技術力に偽りはなく、戦艦の攻撃力は高くて、今も刑務所の職員たち、武装した刑務官たちが応戦しているが、混乱はまだ収まりそうにもなかった。 どおおおんんん、どおおおおおおおんんんん。 また、大きな爆撃音がして、刑務所が――否、島全体が揺れる。 「ハッ、派手なこった」 村山 静夫はひとりごち、刑務所の中を走り抜けた。 「待て、何者だ!」 擬人化したオジロワシのような姿の彼はひどく目立ち、次々に見咎められるものの、静夫は特にあわてるでもなく、腕の一振りで風を巻き起こし、刑務官や警備員たちをあっという間に無力化していった。 「トラベルギアがねぇと楽だな、やっぱり」 故郷へ戻り、ギアによる能力制限がなくなった今、静夫の戦闘力は、一般人では太刀打ち出来ないレベルに跳ね上がっている。修練を積んだ武官たちが相手でも、静夫が苦労することはなかった。 「……さて」 十数分の移動で彼が辿り着いたのは、堅固な鉄扉に覆われた独房の前だ。 看守から奪った鍵で扉を開き、躊躇いなく中へ踏み込む。 彼は、そのためにここへ来たのだ。 「お迎えに上がったぜ」 静夫が言うと、右足首を鉄の枷に戒められた囚人は、ゆっくりとこちらを振り向いた。 「……また、助手たちがあの娘を攫って手を貸すよう脅迫したか」 言って、すっと目を細める。 六十代前後といったところだろうか。 あまり手入れのされていない白髪の、痩せた、初老の男だ。 名を、煉獄博士と。 そう……彼、村山静夫を、今の姿に改造した、実験戦艦“バビロン”の開発者でもある狂科学者である。 「そのために、悪にもなると?」 感情の見えない問いに、静夫は、オジロワシ怪人の姿で器用に肩を竦めてみせた。 ――幾つもの、殺気立った足音が聞こえる。 足音は、まっすぐこちらに向かってきているようだ。刑務所を護る『正義の味方』たちが、侵入者の目的を知ったとなれば、そうなることは自明の理でもあったが。 「男が、自分で選んだことだ」 鉄の足枷を叩き割り、煉獄博士を自由の身にしながら、静夫は、彼に改造されて戻った日、自分を泣きながら出迎えたボスの娘を思い出していた。 (ごめんなさい、ごめんなさい、わたしの所為で、ごめんなさい) 心優しい、いたいけな、ごくごく普通の少女に、静夫が受けた仕打ちが、自分に起因することなのだという思いはひどく重たかっただろう。 泣いて謝る少女の姿が脳裏に浮かび、心が痛んだ。 それは、彼女の責任ではなかったから。 ――どちらにせよ、それでも、選んだのは自分だ。 彼女を助けることも、博士を連れ出すことも。 今までもこれからも、例え“人類の敵”になるのだとしても。 「勝手に、『言い訳』になられちゃ、困るぜ」 選択を悔いない。 彼は、彼の信ずるもののために戦う。 それだけのことだ。 「なるほど」 博士の眼差しは、揺らぎひとつなく、殺到する刑務官たちをじっと見ていた。 静夫は苦すぎる笑みを浮かべ、静かに――流れるように戦いの構えを取り、彼らを一息に、薙ぎ倒した。 そして、低い呻き声が冷たい廊下を這う中、煉獄博士を促して、走り出す。 罪の在り処を探しながらも。 * * * * * 目を開けると、見慣れない天蓋が飛び込んできて、静夫は一瞬、それがなんのことかよく判らなかった。 しかし、 「……そうか、夢か」 意識が覚醒してゆくにつれ、徐々に、自分が神託の都メイムで眠りに就いたことが思い出されてくる。 「夢、か……」 リアルな夢だった。 そんなずがねぇ、と首を傾げつつ、いつか本当になるんじゃないか、と思ってしまうような、質感とにおいを伴った夢だった。 同郷人が元の世界で会い、己を敵視するに至ったという、自分によく似た怪人と自分を混同したのか……それとも。 「まァ、いいやな」 ふ、と笑い、簡素なベッドから降りる。 何が待っていようと、関係ない。 故郷に、元の世界に戻ることを諦めはしない。 そのすべてを選んだのは、自分だ。 待ち受けるものが戦いであり、別離であろうとも、迷わない。 「ひとまず……礼を言っとくぜ。ありがとよ」 ゆえに、夢は、静夫の覚悟を固めた。 メイムが見せてくれた夢に謝意を表し、彼は天幕を後にする。 揺らぎのない、確かな足取りで。
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