晴れ渡った空のなかをマスカダイン・F・ 羽空は肩に相棒のピンクのぷるんとした姿のデフォルトフォームのはと丸を乗せて駆けていく。「待つのねー!」 ひらひらと、まるで蝶のようにセーラー服の娘が逃げる。★ ★ ★ ――シロガネが暴霊になった、退治してほしい。 それが美龍会から出された継続依頼だ。「お前たちはちゃんと依頼通りにうちのもんを取り返してくれたが、魂を忘れちゃ困るってもんだ。俺はシロガネを回収しろって言ったんだ」 通された広い畳張りの部屋で、慣れない正座をしたマスカダインは拳を握りしめた。 シロガネとは以前依頼で知り合った。あのときから、もう一度会いたいと思っていた。だが、その前にシロガネは死んで、暴霊となった。「シロガネさんは暴霊さんになっちゃったんですかー?」「……らしいな。俺の地区で、狐の面をつけた娘っこが駆けまわっているっていうじゃねぇか。顔は見れてないが銀色の髪をひらひらさせてよ、阿呆が引っかかりゃあ、食い殺されちまってる。もう三人目だ」「食い殺す?」「シロガネの肌にはいくつかの刺青がされてたんだよ。敵をかみ殺す銀狐と幻を見せる銀魚だ。そいつを使って悪さしてるのさ。それに、面をかぶっているっていうのがクセモンだ。狐の面は見ているやつの心に幻を与える」「それば、どんななのねー?」「さぁな。おりゃあ、まだいっぺんも遭遇してねぇよ。けど、シロガネの奴、このままじゃあ、ただの害だ。お前らにもういっぺんチャンスをくれてやる。魂をどういう方法でもいい、始末しろ」 マスカダインは拳を握りしめたまま一度俯いたあと顔をあげた。「だったら、お願いがあるのねー。森羅万象、墨壺を貸してほしいのねー」★ ★ ★ 墨壺を片手にマスカダインは街のなかシロガネを探して迷っていた。 ――くす、くすくすくす ひらひらと紺色のスカート、白いブラウス。それに狐の面をかけた銀髪を一つにまとめた女の子が駆けていく。「あれねー! え、なんであんな若い姿なの! シロガネさん、サバ読みすぎだよー!」 少女のあとをマスカダインは追いかける。 ――なぜ生きてるの? くすくすくす ――何も信じられないくせに ――誰かのために犠牲になる人になれなくて、何かのために狂えないくせに くすくすくすくす マスカダインは足を止める。前にいる少女は足を止め、振り返ると真正面からマスカダインと対峙する。 くすくすくすくす「これは……これが、狐の面? それとも銀魚の幻なのねー?」 マスカダインの問いに狐の面が外されて、そこに赤茶髪の「誰かに頼らなきゃならない弱い自分、けど、無くすことがもういやですべて自分で手放した。弱い自分」「!!」「いつもいつもボクは遅いのね」 激しい、吐き気を催す憎悪が胸を満たしていく。目を真っ赤に染めていく、あれは、あれは過去の――にくい、にくい、にくい! 瞬間、マスカダインの体は吹っ飛んだ。地面に叩き付けられ、内臓が破裂し、抉りだされる痛みが走った。 しかし、マスカダインは立ち上がる。肩にいるはと丸がぐったりと倒れこむ。 目を向けると狐の面の少女、その横には銀狐と銀魚が傍らに漂っている。 マスカダインは顔を歪ませる。 狐の面の少女は低く笑っている。けど、その声は冷たく、否定的で、憎悪と怒りに満ちていた。 信じることを、人であることを、そして神の加護すら捨てた運命を恨んではいない。けれど。「これが狐の面の力?」 狐の面は挑むようにマスカダインを見たあと、背を向けると駆けだした。 そのとき仮面の奥に隠された目が激しい憎悪に燃え、きらきらと透明な滴が零れ落ちているように見えた。「ま、待つのね! ボクは、ボクはシロガネさんに聞きたいことがあるのねー!」 もし、思いに力があるのならば、 この手が届くように ねぇ教えてほしいのね アナタはボクの、こんな賤劣で貧弱で愚俗なボクのなにを見てああいってくれたのね。 どこを保障してくれたの? ボクにはわかんないよ。 なにもわからない。だからマスカダインは駆けだしていく。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>マスカダイン・F・ 羽空 (cntd1431)=========
マスカダイン・F・ 羽空は狭く、暗く、悪臭漂う迷宮を駆けていく。小さな眼鏡のレンズ越しに見えるのは建物の影に覆われ、灰色に染められた世界とセーラー服姿の少女の背中。 「シロガネさん!」 悲鳴に近い声は、しかし全力疾走のために掠れて弱弱しい。彼女はそんなものでは止まらず、マスカダインをぐんぐん引き離していく。 また、手が届かない? マスカダインの内側に焦燥がこみあげる。肩にいるはと丸はぐったりとしたまま動く気配はない。もしはと丸がオウルフォームであれば追跡も可能だが、それだったら自分は先ほどの一撃で屠られていたと後悔や思考がぐちゃぐちゃと絡み合う。 だめなのね これ以上何かに頼っちゃ、走らなくっちゃ 苦しくて――呼吸が、圧迫されていく 痛くても――足の裏がじりじりと、腕が鉛のように重くなる。 「っ!」 顔面を殴るような強風に襲われた。目を開けていることすら困難で俯いたとき また笑い声がした ――くすくす ――世界が憎いでしょう? 軽やかな少女の笑い声は次には聞き覚えのある男のものに変化してマスカダインを嘲笑う。 ――ずっと自分を騙してきただろう? 道化師 マスカダインが顔をあげたとき、目の前に自分が――銀色の髪、銀色の瞳、ふざけた道化師の恰好をしたマスカダインが嗤う。 「楽しいことが好きなのねー? 今更どうしてこんなつらい思いをするのね? だって、ずっと騙してきたじゃないの?」 思わず足を止めたマスカダインは立ち尽くして己を見る。 やらしい、なにもかも嫌悪し、憎悪し、捨ててしまった男の顔。 見ていることに耐えきれなくてマスカダインは顔を逸らそうとしたが金縛りにあったように体が動いてくれない。 「っ!」 にくい、にくい、にくい。 心の内からあふれ出すのは、幼い子どもでも知っている、怒り。 「嫌いだ、みんな嫌いだ」 幼い声がした。 目の前にぼろぼろの服を着た少年が暗い目をしてマスカダインに笑いかける。 「みんな、みんな、嫌いだ。けど、居場所がほしい、ほしいよ、どうしたらいい? どうしたらいいだろう? わからないんだ……そっか、だったら騙そうよ。自分を。もっとまじめになったら、もっといろんなことに取り組めたら、もっとかしこくあれれば、そうしたらみんな僕のこと愛してくれるかな?」 自分がだめなんだ。だから愛されるようにいろんなものを手に入れよう。愛されるように 「けどさ、それって間違いだよ。だって、あいつらは本当の僕のこと受け入れてくれないんだもの」 少年の糾弾はとても純粋だった。激しい憎悪と一緒に瞳に溜めた涙、底に転がった違和感を吐露する。 ――にくい、にくい、にくい 「だから、みんな殺してしまえ」 少年の次に現れたのは灰色の軍服を着た青年だった 「みんな殺してしまえばいいんだ。この銃で、このナイフで……!」 憎悪をたぎらせた目で青年は吐き捨てる。 「あぁ、僕は……いつから、あいつらと同じものになっちゃったんだろう?」 青年は寂しげに笑う。 ――にくい、にくい、にくい 卑怯で卑劣な自分は、ここまで逃げおおせ、その真実を道化げ、騙し、誤魔化してネジ曲げて、なぜか生きている。 胃が縮み、込み上げてきた吐き気にマスカダインは崩れて頭を抱えた。 違うと否定した地点で、それは欺瞞だと否定の声があがる。 裏切り、奪い、壊してまで何を求めた? なににすがろうとした? 自分の不幸は自分のせいではない。生まれは誰にも決められず、どれだけ本人が努力したところで払拭されない。真実は常に容赦なくマスカダインをいたぶり、追い込んだ。だったらなにを憎めばいい? 神か、それとも周りの人か、自分を受け止めない世界か。 当然だと思ったあのとき、自分の苦痛を返そうとした。それすら無意味だと命が削られていくなかで理解して、絶望した。 死にたいと思いながら今もまだ生きている。 ――くすくすくす 少女の笑う声がする。 マスカダインにとって憎悪の源にあるのはつながりという名の罪悪感。 罪滅ぼしがしたかった。もう手遅れだとしても、そうしたら人としてのわずかにのこった良心が癒され、世界に受け入れてもらえるのだと 「所詮、自分のことばかりじゃないか」 冷たい声がしてマスカダインはびくりと肩を震わせ、顔をあげた。狐の面を被った少女が冷ややかにマスカダインを見下ろしていた。 「シロガネっ」 横殴りの衝撃に紙のように投げ飛ばされた。かたい壁に全身を叩きつけられたマスカダインに牙を剥きだしに噛みつこうとする狐が迫ってきた。 「っ!」 ぎりぎりのところで牙を受け止めて、マスカダインは叫ぶ。 「シロガネさん! アナタはシロガネさんなのね? アナタは、いい人だと僕は思うのね! だって、じゃなかったら自分を世界に害すると責めて殺したりしない。世界を守る為に命を捨てられるはずない」 狐が人のように器用に体を揺すって嗤い、マスカダインの膝に爪をたてた。痛みに腕の力が抜けると肩に牙がたてられた。 「っ! だって、そうでしょう? シロガネさん……シロガネさんは、ひどく憎んでいたけど、それを形にしなかったから!」 セーラー服の少女は唐突に笑い出した。 「ほぉらね、お前はやっぱり自分のことばかり! ふははははは! 今でも憎いさ、苦しさ、あの男を殺してやりたいさ! あはははは! あははは!」 からからと、シロガネは狂い笑う。 なにもかも否定して、なにもかもバカにして 過去の自分と同じだ。 なにもかも当然のように否定し、嘲笑うことでなんとか自分を保っていた。 けど、違うのかもしれない。 自分が、シロガネに思ったのは自分勝手な幻想で、自分が救われたと思うゆえの幻想なのかもしれない 血が溢れて眩暈がするなか思い出す。はじめてこうしてシロガネと向かい合ったとき、自分は彼女の面の下を僅かだが見た。 違う。 「っぅ!」 マスカダインは狐を押し離した隙をついて腰にあるポップ・パンドラで粘りっけのある水飴を放ち、狐の目を覆い隠した。 突然のことに狐が地面に倒れて暴れまわる横をすり抜けて前に進みでる。 本当は、本当はね、 シロガネの気持ちがわかる、と思ったら傲慢だろうか? そうだ、傲慢だ。彼女の絶望を自分はその場で見たわけじゃない。 けど、報告書を読んで、感じたのだ。 「シロガネさんは、本当に、本当にいい人ね。それ、僕はわかってるよ」 マスカダインの声に少女は笑うのをぴたりとやめて怒る狂う獣のように全身から怒気を放つ。 「だって、シロガネさん、あのとき、あそこにいた人たちを殺そうと思えば殺せたのね。けどそのかわりに自分を殺したのね。憎めばよかったのに、そうしなかった」 目の前にいた人たちを憎めたらラクなことはよく知っている。 本当は世界が好きだった。好きでいつづけたかった。覚醒したとき感じたのは見捨てられたのだという悲しさだった。それを誤魔化して認められなかった。 自分は世界を愛したかったのだというかえがたい真実を。 みんなと笑顔でいたかった 覚醒して、すべてを失った。 けど、まだ生きているのはどうして? 世界に仇名した過去を抱えて、それでも 泡沫の夢のように、毎夜、毎夜見ては消えていく幻のような希望を ――人を笑顔にする仕事だよ! あの陽気なトカゲ人に会わなければとっくの昔に自分は死んでいただろう。あのとき見せられた蝋燭のような小さな、けれどあたたかい希望が、まだ自分を生かしてくれている。 「今度こそ、ボクは、逃げたり、居場所を求めるためじゃなくて……守りたい、大切なもののために戦いたいんだ」 血まみれのマスカダインはようやくシロガネの前まできた。 シロガネが逃げようとしたのに、手を伸ばす。銀魚がいやがるように尻尾をふったのをよろめきながら避けて ようやくしっかりとシロガネの手を掴むとシロガネは僅かに怯んだ。 「シロガネさん」 冷たい手から流れ込んでくるのは心を満たす憎悪。脳裏に浮かぶ悲しみと苦しみの更地に立ち尽くす子供。 泣き続けている子供。 恨みがましい目をした子供。けど、それは本当は 苦しくて、辛くてたまらない? だから笑え。 笑うんだ。 ――フランシス! 悲しすぎて、苦しすぎて、厭わしくて一度は捨ててしまった名前。それをもう一度思い出す。壊すばかりの力を、今度こそ守るための力に変えたいから。 もう一度、 もう一度、 何度でも 傷ついても 苦しくても 悲しくても ――信じよう、フランシス 幼く、泣いている自分。マスカダインはその子をずっと抱きしめる方法を探していた。 ――だから笑おう、フランシス 目の前に守りたい人がいるから、こんなボクを認めてくれた人がいるから、その人が苦しんでいるから 泣いている自分が顔をあげる。涙をぬぐい。前を見て、頷いた。 悲しくても 苦しくても 絶望しても 信じたいから 愛したいから 笑おう、その人を笑顔にするために! マスカダインは震える手で、差し出したのはしわくちゃでよれて血のついた銀色の花。 「これが、今のボクにできる精いっぱいの手品なんだよね! アナタに受け取ってほしいんだよね!」 マスカダインは笑う。精いっぱい、心の底から。 「アナタの本当の思いを惑わし、邪魔する物から助けにきたよ」 だから 「笑ってほしいのね、シロガネさん、もう泣かないでほしいのね……ボクは道化師、アナタのためにここにきたのね! あなたが笑えるように!」 御面がするりっと落ちて、泣き続けているシロガネの顔が現れる。 震える手が躊躇うのにマスカダインは手を重ね、握りしめると花を託す。 憎んで、恨んで、苦しんで。けれどそれは信じたいから、希望がほしいから、本当は愛したいから、好きでいたいから、笑いたいから。 シロガネの涙が止まって、ようやくかすかに口元に笑みが浮かぶ。 「シロガネさん」 ――ホント、ひどい花だねぇ マスカダインはぎゅっと手に力を込める。震えが走り、息があがる。視界が霞んで歪んで、顔が自分でもみっともないくらいに歪んでいるのがわかる。 マスカダインは両手を握りしめて祈りをささげるように頭をさげた。 「だって、ボクは人を笑顔にする仕事なんだからっ……アナタを笑顔にするよ!」 シロガネはマスカダインが泣き止むのを待ってから古びたビルの屋上に導いた。 太陽は沈み、紺碧が広がる暁の時刻。街にともるあかり、優しい夕飯の香り、帰路につく人々……生きている気配をここは全身で感じられる。 「シロガネさんの生きていた街だね」 そうさ 「シロガネさん、ボク、いい男になれた、かな? シロガネさんを、森羅万象にいれて、その墨を受け取る資格あるかな?」 人を殺し、食らったシロガネはもうただの霊ではない、暴霊なのだ。 どういう方法にしても、シロガネを連れ帰れといわれた。 頬にシロガネの両手が伸びて包まれ、口づけが落とされた。とんと軽く押されてアスファルトの上に転がる。 その拍子にしっかりと腰に携えていた壺が落ち、蓋がとれたことにマスカダインは気が付いていなかった。 沈む太陽を背にシロガネのいたずらが成功した子供のように笑みを見ていた。 彼女が指差すのは太陽にかわって浮かぶ銀色の月。 名を呼んで、最後に 「……お、つき、さま? しろ」 そう、アタシの真名は桃花鳥<ツキ>! 仕方ないから、あんたにあげるわ! 名を呼ばれたシロガネの魂が壺のなかに吸い込まれて消えるのをマスカダインはじっと見ていた。 なにもかも一瞬のこと。 夢のような 幻のような だが肉体の痛みも、触れた唇のあたたかさも、彼女の笑みも夢でも幻でもない。 マスカダインはぼんやりとしていたが、ゆるゆると壺を手にすると両手で大切そうに抱きしめた。 その傍らには銀花が落ちていたのをそっと手にとる。 脳裏に映るのはシロガネの笑顔。 笑ってくれたから 「シロガネさんは笑ったのね! これで、ボクの仕事は終わりなのね!」 笑いたいのにどうしてか涙があとからあとから溢れて止まらなくて、喉を鳴らし、嗚咽を漏らして泣き続ける。 そんなマスカダインを慰めるように天から降り注ぐ淡い月光が包みこんだ。
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