ゼロ世界の片隅に、小さな看板を掲げたカレーとスープの「とろとろ」は存在する。 その店は司書であるグラウゼ・シオンがきりもりして、好きな「自分だけのカレー」を出してくれることで有名だ。 その日、キサ・アデルは店のキッチンにお邪魔していた。ちゃんと見守り役のロストナンバーとともに店主であるグラウゼがいる。 店のなかはグラウゼの料理の匂いが残っているのに鼻孔が刺激されて、おなかが鳴る。「じゅる……おいしそうな匂いがする」「ははは。まだ食べることは出来ないぞ。作ってないからな。今日のキサの教育指導担当するグラウゼ・シオンだ。よろしくな」 にっとグラウゼは人当りの良い笑みを浮かべる。 黒猫にゃんこ司書から「キサの教育を頼みます」と言われ、グラウゼはしばし考えた。 せっかくだから、自分の店を手伝ってもらうことにしたのだ。「接客経験はあるんだろう?」「うん。ハオさんのお店を手伝ったことあるの! ちゃんとお盆にお料理のせたよ!」 キサが答えるのに、よしよしとグラウゼは頷いた。「だったら、今日は料理の経験をしてみないか? カレーはオーソドックスだが具やスパイスでぜんぜん違うものになる。俺はお客さんの好みを聞くが、今日はそうだな。キサと今回の家庭教師たちと一緒に普通のカレーとスープにチャレンジしてみよう。味付けはそれぞれ好みがあるが、キサも食べられるとなると甘口で、具はどういうものがいいのか考えてくれ。店に野菜や魚介類は置いてある。むろん、持ち込みも歓迎だ。スープは各自一つ作るといい」「おりょうり」「包丁の扱いや火は扱いがとっても危険だが、気を付ければとっても便利だ。その点にも今回は注意してほしい。あとそうだな。俺からの提案だが、料理を作るのは技術もそうだが、もっと大切なものがある。君達は今回、キサとその大切なものがなんなのか教えてやってくれ」
吉備サクラは優しい香り漂う『とろとろ』の門をくぐった。 「グラウゼさん、明後日キサちゃんの訓練依頼を受けたので、バイトお休みさせていただいて良いですか?」 店主のグラウゼは片眉を持ち上げた。 「キサの依頼は今日で、会場はここだぞ」 「え、そうなんですか!」 サクラが驚いていると背後にあるドアが開いた。そこにはキサとからふるな衣服を身に着けたマスカダイン・F・ 羽空、反対にシンプルな茶色のコートの黒鶏のスカイ・ランナーが立っていた。 「吉備さん、もう来ていたんだ、はやい!」 「いえ、実は曜日を間違えちゃったみたいで。このお店が会場なんですか?」 「そうなのー? ふふ、おっちょこちょいなのねー」 「恥ずかしいです」 親しい間柄のマスカダインが笑いかけるのにサクラは誤魔化すように笑う。 「グラウゼさん、今日は一日お願いします!」 キサが元気よく声をかけるのにグラウゼはにこりと微笑んだ。 「厨房はこっちだ」 シンプルな厨房にはいると、まず洗面台で手を洗う。そのときサクラはおずおずと鞄からエプロンを差し出した。 「あの……みんなの分のエプロンとバンダナ、私が準備したいと考えていて作ったんです。使った物を持って帰って貰って、おうちで大事な誰かにお料理してくれるといいなって思って作りました」 「いいのー! ありがとうー! サクラちゃん!」 「マスダさんは銀のイメージで作りました」 大げさなほどに喜んでくれるマスカダインにサクラはふっくらとした頬を淡い花びら色に染めて小さく微笑む。差し出したのはマスカダインのイメージである銀色の表面ビニール加工エプロンだ。 「キサちゃんは、ピンク色がいいと思いました」 差し出したのはピンク色のシンプルなエプロンで胸のところにカレーライスのアップリケがついている。それを見てキサはすごいと感心の声をあげた。 「けど、こんな素敵なものを本当にもらってもいいんですか?」 「はい。どうぞ!」 「ありがとうございます。大切に使います……けど、ここで使って、汚したらごめんなさい」 「エプロンは汚すためにありますから大丈夫ですよ。スカイさんは」 「俺は一応、もって来てるんだ」 スカイが差し出したのは白い割烹着、三角巾と壱番世界の日本、しかも小学生などでみられる給食の恰好、いや、調理実習スタイルだが、それに入りきらない冷たい鋼の肢体がところどころ見えて彼が普通の人間でないことを物語っていて、ものすごく……似合わない! 「よかったらもらっていだたければ嬉しいです。それでなにかのときに使ってください」 モスグリーンに樹木柄のエプロンをサクラはそっとスカイに渡して満足そうに微笑む。 「よし、しっかりと手を洗ってくれ。ばい菌がはいったら困るからな」 「はーい!」 グラウゼの声にキサが大きく返事して、それに三人も声を合わせた。 「ゴハンってね、ただ食べるだけならそれだけで生きて行けるのね。こんな風に色々考えて工夫しておいしくするのは、ゴハンって言うボクらが必要な生きるための力を貰う時間をもっと楽しく素敵に過ごして欲しいから、こうやって相手のことを思って作るんだと思うんだ。料理って、だれかを幸せにしたいって気持ちの形なのだよ。だから作ってもらうとうれしいし……故郷の味が懐かしくなるのかもしれないね」 マスカダインは道具の準備中ににこにこと笑ってキサに話しかける。キサは目をぱちくりさせて話に聞き入った。 「俺もそう思う」 ぽつりとまな板を運んできたスカイが呟く。 「料理ってのは、ただ食べるためにするだけじゃないんだ。みんなで食卓を囲んで、幸せな時間を過ごすために作る。俺は、そう思うよ。少なくとも、俺が失った過去では……そうだった」 故郷がないと口にするスカイだが、本来はただの人間だった。企業という一部が力を持った世界。そこで死にかけて、この姿となってから戦いに戦いの連続でもう幸せであった日々は遠い。 スカイの瞳に宿る光をキサは遠慮深く見つめる。 「……今でも、その幸せな時間を得られるかな」 スカイは誰にでもなく、ぽつりと独り言のように呟くと慌てて誤魔化すように肩を竦めた。 「ほら、ものの準備は出来たぞ。次は材料か?」 「それなら一通りのものは用意しているぞ! スープは各自の自由だから、まずはカレーをどうするか相談してみたらどうだ?」 グラウゼの的確なアドバイスにサクラとマスカダイン、スカイは顔を見合わせた。料理初心者であるキサは三人の意見に従うつもりでじっとしている。 「俺は、レシピ通りの無難なカレーしか考えてないぞ……いや、カレーは作ったことはあるんだが……ただ、それが企業製のレトルトパックだからな。料理したとは言えない。だからまあ、今回はカレーの作り方を学ぶのも兼ねてる」 「ボクも普通でいいと思うよ!」 「私もです。はじめてなら、基本をまずマスターすることが大切ですし」 「そうなのね! よーし、じゃあ、レシピ通りだとしたらー」 「ジャガイモ、ニンジン、肉、玉ねぎ、か?」 スカイの言葉にマスカダインが厨房の端に置いてある材料をいそいそととりにかかる。 「……お野菜ばっかりだ」 「野菜は嫌いか?」 具が野菜メインなのにキサはやや気落ちしたようにしゅんとしているのにスカイは気が付いた。 「苦いだもん」 唇を尖らせるキサに材料を両手にもったマスカダインがまな板の上にそれらを優しく置いて、にこりと微笑んだ。 「食材の中には苦いの酸っぱいのや食べるの難しい味のもあるけど、みんな成長するのに大切なものをいっぱい持ってるんだ。たとえばこの青菜も……ちょっと苦いけどボクに健康でいて欲しいって思いで食べると、「おいしかった」よ」 「好き嫌いも、ちょっとずつだが減らしていけたらいいな。調理方法で野菜の味は全然違う……はずだ。カレーは比較的、食べやすいぞ」 「そう、なの?」 キサは半信半疑な顔だ。 「みんなで食べるごはんは好きだよ。ちゃんとお野菜食べると褒めてくれるもん」 「なら、今日は自分で作ったものが美味しいってわかるといいですね」 とサクラ。 「でもやっぱり相手に合うように、美味しくのみこんでもらえる形の方が笑顔に出来るよねぇ」 うーんとマスカダインは顎に手をあてる。 「食べて貰いたいけどまだ苦手ってものは食べやすく楽しめるようアレンジしたいな。すり潰してかわいいお団子に混ぜるとかは? そういうコトはグラウゼさんが詳しいよね? お兄さんもまだ……難しいのね。いっしょにお勉強しようね!」 「そうだな」 グラウゼはマスカダインの言葉に少しだけ考えたあと、にっと笑った。 「野菜っていうのはそのままが一番美味しい。マスカダインの考えは好き嫌いをなくすとしてはいい方法だろう。だが、本来赤ん坊のキサはまだ味を知り始めたばかりで、野菜が持つ本来のうまさを知っていくことが肝心だ。だから今はまだ普通のカレーを食べるところからチャレンジしていいはずだ」 「そうなのねー。まだまだ知り始めだからカレーでチャレンジね!」 にこりとマスカダインは笑って頷いた。 「またひとつ勉強になったのね! じゃあ、今回は普通のカレーなのね!」 調理が開始されるとサクラはこのなかで唯一の料理経験のある女性という立場からあれこれと気を遣った。 幸いなことにスカイは道具の扱いになれている様子であるし、マスカダインはとても器用だからキサを気にかけることにした。 「キサちゃん、野菜はピーラー使って、こうやって剥くと良いと思います。ジャガイモの芽はきちんと抉って下さいね? 新ジャガ時期だと毒があるから」 「はい。毒……怖いかも」 キサは眉間に皺を寄せて手のなかのジャガイモを見つめると、サクラが手渡してくれたピーラーでせっせっと皮を剥き始めた。 皮が剥けたあとサクラは包丁を慎重に取り出した。 「マスダさんも言いましたが、料理は大事な誰かに美味しく食べて貰いたいって思いで作ると思います。料理を作るのに怪我したら、その人が哀しくなっちゃいます。だから怪我しないように注意して作りましょう。包丁の刃先に絶対指を出さない、こう丸める形で野菜を押さえます」 「はい」 サクラは手本としてまず自分が切って見せる。玉ねぎなどは特に危険なのでこれはサクラが担当することにした。 そのあと比較的簡単な人参を慎重にキサが包丁で野菜を切っていくのをサクラは優しく見守った。 「うまいな」 スカイが切り終えたキサを見て褒めた。 「ありがとう! がんばったよ!」 集中力を使って疲れ果てたキサは小さなため息をつくと、野菜をお皿に移す。 「そーだね、キサちゃんにはこんなのどお?」 マスカダインは自分が花の形にきった野菜をキサに見せる。 「かわいいですね!」 サクラがぱっと笑う。 「ふふ。みてみて。サクラちゃんの花だね」 「え? あっ!」 花の形は良く見ると桜の形をしている。 サクラは自分の名前と同じ形に切られた野菜を見て嬉しそうにはにかむ。 「包丁はきれいに洗っておけよ」 「うん」 「いいか、道具には色々な使い方がある。たとえば爆薬なら、邪魔な障害物を吹き飛ばしたり、あるいは誤って、自分を爆破してしまったり。道具は使い方一つで、便利にも危険にもなるんだ」 「ば、ばくだん?」 「そうだ。爆弾だ」 スカイが真面目にいいきるのにキサははてに首を傾げた。子どもに爆弾のたとえはちょっと物騒すぎるよ。うん、けど仕方ない、だって、スカイさん、故郷ではテロリストなんだもん。 「わかったか?」 「う、うん」 「よし。次は野菜を煮るのか?」 キサの返事に満足してスカイはサクラに尋ねた。 「はい。野菜をゆでる時、灰汁を丁寧に取った方が美味しくなります。食べてくれた人が美味しいと言ってくれる姿を想像して頑張りましょう! ルウは自作しないで市販品使っていいと思います。細かく割りいれて、焦げつかないようゆっくりかき混ぜて。最後にまたカレー粉入れると香りが立って良いですよ。任せてください!」 「よし、カレーはサクラに任せて、俺たちはスープだな」 「ボクの世界で一番美味しいスープはおばあちゃんの教えてくれた可愛いお麩とシンプルな青菜の入った味噌汁!」 にこにことマスカダインは笑ってさっそく料理を開始しようとして手をとめた。 「あ、サクラちゃんは?」 「私ですか?」 「うん。スープあるの? サクラちゃんにカレーのことみてもらってるし」 マスカダインが心配するのにサクラはくすっと笑った。 「ありがとうございます。実は、この依頼を受けたあと、すぐにビシソワーズを用意して、コンソメジュレもあるから大丈夫です」 「そう? なら、よかったなのねー! サクラちゃんは本当にしっかりしていて、いいお嫁さんになれるのね!」 サクラにカレーを任せて申し訳ないと思っていたが彼女が用意万端であるのにマスカダインはほっとして自分のお味噌汁の用意をはじめた。 「俺も……そうだな。味噌汁を作ろう」 遠くを見て思案していたスカイの言葉にキサは目をぱちぱちさせる。 「ん? ……俺の味噌汁は普通のだからな、カレーに合わないかもな。でも、気分は味噌汁なんだ。それに、味噌汁もスープの一種だから問題はないだろう。鍋をとってくれるか?」 スカイに言われてキサはこくんと頷いて鍋を手に取る。 「やってみるか? せっかく、道具の使い方を覚えたんだ」 「う、うん!」 スカイの言葉にキサは手にある鍋をコロンにかける。その間に材料を漁っていたスカイは懐かしそうに目を細めた。 「赤味噌があるな、それに豆腐と、ワカメに油揚げも」 「それどうするの?」 「これで味噌汁を作るんだ」 スカイはカレーのときのぎこちなさを感じさせない、はきはきとした動きで味噌汁の準備を開始する。 キサはほぉーとその姿をじっと見つめた。 「切るのは出来たんだ、やってみるか」 「うん!」 難しい豆腐はスカイが切り、あとの具材はキサが切る。せっかく覚えた道具の使い方をもっとしっかりと体に馴染ませるためにもスカイはキサにあれこれと声をかけた。 「油揚げはキッチンペーパーで油をとる。そのあと鍋だ」 キサが作業をしている間に作っただし汁を入れた鍋は強火で煮立ち、油揚げ、豆腐、ワカメをいれたあとみそをかき入れる。 「おおー。ぐるぐる」 「面白いか?」 「うん。ねぎは?」 「最後だ」 あたたかく優しい匂いがカレーと一緒に広がっていく。 スカイの瞼の奥に、大切な思い出が――とんとんとんと包丁をリズムよく動かす母の背中。いつもこの匂いを母は漂わせて笑いかけてくれたのだと、もう無くしてしまった、手に入れることのできない優しい過去を思い出す。 今までこんなふうに思い出すことが戦いに明け暮れた自分にあっただろうか? 火薬庫などと呼ばれる自分にはいささか不似合な依頼だと思ったが、こうしてささやかでも過去の宝石をスカイはもう一度、作り出す事が出来る己を知った。 「カレーが出来ました! お皿の準備をしますね!」 「あ、キサも手伝う!」 サクラの声にキサも手伝いでお皿を取り出す。 出来上がったばかりのあつあつのカレー。それにきらきらと光る白いごはん。 スープはそれぞれ自分のつくった分を白い陶器の底の深いカップに注ぐ。 せっかくだと、グラウゼの優しさでお店のテーブル席で食べることになったのにエプロンを外して、自分の分のカレーとスープのはいった盆を載せて席につく。 「こうすると個性的ですね」 サクラがにっこりと笑う。 「マスカダインさんのスープ、おいしそうですね!」 「んふふ。食べてもいいのねー」 「ありがとうございます。じゃあ、かわりに私のもどうぞ! キサちゃんのスープは?」 「スカイさんのお手伝いしたから、それをもらったの」 キサはにこりと微笑む。 マスカダインがぱんと両手を合わせる。 「それじゃあ、手をあわせて」 「「「「いただきまーす」」」」 キサはまず両手でお味噌汁のはいったお皿を包んでゆっくりと飲み始める。唇からお皿を外したとき、キサは安堵のため息をついた。 「……おいしい」 スカイもそっと味噌汁を味わう。 あの味だ。 夏の終わりに消えた、故郷、母の味。 「どう? スカイさん」 「ああ。うまいな。カレーもさ、昔は……レトルトなんかじゃない、母さん手作りのカレーを楽しみにしていたんだって思い出した……みんなで作ったんだ、しっかりと食べてみろ」 「うん」 キサはスプーンを手に取ってにこにこと笑って食べ始める。 「カレー、とってもおいしい! 吉備さん、いろいろと教えてくれて、ありがとう」 「よかったです! マスダさん、どうですか?」 「とってもおいしいのね! カレーがおいしいのはサクラちゃんのおかげだよね」 手放しでマスカダインが褒めるのにサクラは早速自分もカレーを一口食べて、朗らかに柔らかな唇に笑みを浮かべる。 「じゃあ、スープも交換なのね!」 「はい! あの、よかったらキサちゃんたちも私たちと交換しましょう」 「いいんですか? ありがとうございます」 「いただくよ」 カレーは口のなかにいれると甘口ということもあり、とろりとした柔らかな口当たりの良さが食欲をかきたてる。 具材は花の形に切られて見ていると心を和ませる。口のなかにいれるとカレーの辛さに引き立てられた野菜本来の甘さが舌を楽しませてくれる。 スープはサクラとマスカダインの提案で余っている分をお皿についでみんなで飲むことになった。それぞれ個性の出たあたたかな味わいだ。 おなかが満たされたのに満足のため息をついたマスカダインはいいことを思いついたと笑顔で口を開いた。 「そだ! ママや、パパ、家族のこと考えてお料理を作って、お弁当にして届けてあげると良いよ!」 「お弁当ですか?」 キサがきょとんとする。 「キサちゃんの思いを形にして作ったならきっと、何かいいものが伝わるよ」 勢い込むマスカダインにキサは小首を傾げた。 「そうですね、けど、今日作ったのはもう全部食べちゃったから、いつか作れたら、嬉しい、かな」 「そうだね! あー、おなかいっぱい! けど、本当に、サクラちゃんがいてよかったのね。カレーはサクラちゃん任せだったから」 「そういってもらえてうれしいです。ここでアルバイトもさせていただいてますから」 「今度はボク、ここのお店にお客さんとしていくのね!」 「本当ですか? 待ってます!」 今後の楽しい約束を交わしてサクラとマスカダインは盛り上がる。 珍しく心から落ち着いているスカイは空っぽの皿を見て口元を微かに緩めた。 「さ、食べたあとも挨拶しないとな」 全員で手をあわせて 「「「「ごちそうさま!」」」」 「食べ終わったな? このあとは片づけだ。それも料理をする上で大切なことだ」 食べ終えて一息ついたタイミングを見計らってグラウゼが声をかけた。 料理は作ること、食べること、そして片付けも大切なことだ。この勉強ではカレーを作るという実践を通して、何かを作ることの大変さ、食材に対する感謝、作る人の気持ち、道具の使い方といったことを体と頭を動かすことで学んでもらう狙いがあった。 グラウゼが口にこそしなかった狙いをサクラ、マスカダイン、スカイもカレーとスープを食べたあとは理解している。 だからこそ、最後まできちんとやって、楽しかっただけではないものにしてなくはいけない。 「はい! そうですね! 後片付けもしないと!」 真っ先にサクラが反応する。 「はーい。マスダさんもがんばる! よーし、お皿をかたづけよー!」 「カレーは落ちづらいですからね、お鍋にお湯を先にいれておきますね」 ハキハキと動く二人にスカイも腰を椅子から浮かせるのに満腹でうとうととしていたキサは、はっと現実に戻ってきて立ち上がる。 「御片付け、する!」 「よし、やるか」 「……スカイさん」 「ん?」 「楽しそう」 キサが笑いかけるのにスカイは何か言おうとして結局はカレーと懐かしい味噌汁の味を惜しむように口を閉ざして、盆を手にとってサクラとマスカダインのいる厨房に急ぐ。そのあとをキサもとてとてと追いかける。
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