オープニング

▼地下に眠る遺跡にて
 ヴォロス世界のとある辺境。森を越え山を越えた先には、洞窟がある。その奥に眠る古代の遺跡には、竜刻によって作られた魔法の剣が数多く眠っているそうだ。
 その中でも、特に大きな力を秘めた一振りがある。その竜刻の剣にある秘めた力が解放されれば、このヴォロス世界に過負荷をもたらしてしまう可能性があると言う。また強大な力を持つが故に、異形化したモンスターを生み出すなど、ヴォロスの土地に悪影響を及ぼす危険性も示唆される。
 そのため、ロストナンバーたちはこの遺跡に向かい、竜刻の剣を回収する任務を受けた。

 †

 遺跡は地下深くにあった。暗くて狭い洞窟を抜けていくと、中はいつしか人の手で作られた石作りの通路になっていた。決して燃え尽きることのない魔法の炎が灯りとしてともる通路を、一行は進んでいく。やがて、10mはあろうかという巨大な扉が待ち受ける。導きの書によって提示されていた秘密の暗号を入力すると、重苦しい響きを立てて扉は開いていく。
 冒険者たちの目に入ってきたのは、橋だった。幅だけでも100mちょっとはありそうなほどに巨大な橋で、奥へ奥へと長く伸びていた。橋の下方には底の見えない漆黒の闇が佇んでおり、落ちれば二度と這い上がってこれないように思える。
 巨大かつ長い橋を進んでいくと、神殿のような場所にたどり着く。ひと一人の一生では到底支えきれない永き年月にわたって、地の奥に眠っていた遺跡は劣化もほとんどなく、美しい芸術品のような品性を持って冒険者たちを迎えた。
 神殿の中もまた広く、無駄に広がった部屋の中央には祭壇らしきものがあった。そこに刺さっている、一振りの剣。美しい装飾が施されている、幅広の剣だ。これが、強大な力を持つ竜刻の剣だと言うのか。

「あれ? 剣って一本だけなの? 数多く眠る、とか何とか言ってなかったっけ」
「とりあえず、まずは一本ずつ確実に確保したほうがいいんじゃない」
「いや、無闇に触ると遺跡が崩れ出すってのが冒険モノの王道だぞ」

 祭壇の前であーだこーだと相談する冒険者の面々。
 そんな中、冒険者の一人が皆の様子を生暖かく見守ろうと、壁に背を預けたのが始まりだった。壁にあった石のでっぱりを、背中で押してしまった。でっぱりは、がごごと重苦しい音を立てて壁の中に潜り込んでしまった。
 すると、遺跡全体が小刻みに揺れ始める。ぐらぐらと足場が不安定に揺れ始め、神殿の天井からはぱらぱらと砂埃が落ちてくる。
 次に、神殿に向かうまでに通ってきた巨大な橋に、変化が生じた。橋のいたる場所で、橋を形作る石の一部がスライドし、四角い穴がいくつも姿を現す。そこから勢いよく突き出てきたのは、剣。様々な形、大きさだ。それぞれで違った装飾が施されている。何本も、何本も。十数本などの話ではない。橋の入り口にいたるまでの、1kmはある長さの橋の、いたる場所で。針や棘を彷彿とさせるように、幾振りもの剣が生えていた。

「……」

 冒険者たちは皆、その光景に目を奪われ、立ち尽くしていた。一同、ぽかんとしていた。
 神殿の壁の向こうで、何か猛々しい咆哮があがり、神殿そのものが崩壊を始め――十数mはあろう鉄の巨人が姿を現し、皆に襲い掛かってくるまでは。

 †

 後ろから迫り、雷のような拳を繰り出してくる、巨大ゴーレムがいる。魔力を秘めた石で作られた巨人。上半身が肥大化した逆三角形のフォルムをしていて、バランスの悪そうな外見だ。パワーは強大だが、動きが鈍いのは唯一の救いだろうか。
 彼は橋の上を、引きずるように進んでいく。彼が通った後の橋はビスケットのように砕けて、闇の底に落下していく。

 底の見えぬ橋の下の暗がりから、柱をつたってひょこひょこと這い上がってくるちびゴーレムがいる。
 身長は1mほど。手足がやや短く、体は大きめな彼らは一見愛嬌があるかもしれないが、冒険者たちを侵入者とみなし、襲い掛かってくる。と言っても、攻撃は体当たりくらいだ。なぜなら彼らの真の目的は、侵入者に飛びついて動きを阻害し、親玉ゴーレムの手で自分たちごと侵入者を排除してもらうことだからだ。体重もやたら重く、数は多い。

 遺跡の一部でもある、巨大な橋。そこは今、無数の剣が生えている。それらの剣はすべて魔力を秘めており、何かしらの能力を持つ。意味不明な能力もある一方、攻撃的で危険な能力を持つものもあるだろう。剣の力を垣間見るには、剣を手に取り、打ち合わせたり念じたりしなければ、力は発揮されないらしい。
 その中で唯一、一本だけが真の力を持つ竜刻の剣だと言う。真の剣は、偽りの剣とは違い、一度の魔力解放で消滅することはない。
 ゴーレムたちの追撃をかいくぐりながら、たくさんの剣の中から本物を見つけ出す必要がある。
 剣が回収できなかった場合、それは大地の奥深くに眠ることになるのだろう。それも安全と言えば安全かもしれない。だが、いつしか現地人の手で発掘され、竜刻の暴走被害を生み出す危険性もある。あるいは放置された剣が大地そのものに魔力を与え、それが異常なモンスターを生み落とすきっかけになってしまうかもしれない。危険は多いが、竜刻の剣は回収すべき対象だ。

 橋は、巨大ゴーレムの攻撃と進行によって、少しずつ崩壊している。ちびゴーレムが冒険者たちを足止めしてくる。
 そんな中で、ただ一本の真の剣を見つけ、無事に持ち帰ることはできるのだろうか。
 ほの暗い地下の遺跡、闇の上に建造された橋の上。そこを舞台とした冒険の幕は、切って降ろされる――!

品目シナリオ 管理番号937
クリエイター夢望ここる(wuhs1584)
クリエイターコメント※当シナリオはヴォロス世界を舞台にしてはおりますが、現在進行中の『ヴォロス特命派遣隊』の方とはまったく別の、通常のシナリオですので、あしからずです。念のため。

【シナリオ傾向キーワード】
バトル、アクション、脱出劇、冒険活劇、ライト展開、場合によりややコメディ

【大まかなプレイング方針】
▼引き抜いた剣は、やっぱり偽物だった! どんな一発能力を持っている?
▼戦う? とにかく逃げる? 剣の回収と本物の確認に集中? 仲間の退却を助ける?
▼あなたに襲い掛かってくる危機は、ちびゴーレム? 親玉ゴーレム? あるいは橋の崩壊に巻き込まれるとか?

【補足】
・ちびゴーレムは、単体では弱いほうです。ただ数が多くいるようです。言葉は通じず、交渉は無意味です。
・親玉ゴーレムは、動きは鈍いものの硬くて強く、そう簡単に倒せはしないようです。同じく言葉は通じず、交渉は無意味です。

・竜刻の剣(偽)が持つ力を、自由に設定してください。どうやったら発動し、どんな効果を持つなど。ゴーレムたちを圧倒するよう強力な攻撃魔法から、突き立てた部分に花を咲かせるとか、一見なんの役に立つか分からないヘンテコ能力まで、何でも構いません。
・剣のネタは一本と限らず、思いつくかぎり何本でもどうぞ! 他のキャラクターが使ったりする場合もあるかもしれませんので、アタリ的ないい能力の剣、ハズレ的な微妙能力の剣など、分けて考えてみても面白いかもしれません。
・剣の力を一度発動すると、剣自体が光の粒子になって消滅してしまうようです。
・剣そのものは不思議な魔力の影響で、使い手がそれほど重さを感じないようになっています。普段から剣を使う屈強なキャラクターでも、剣なんて使ったことのない非戦闘チックなキャラクターでも、みんな同等に剣を振るうことができます。

【挨拶】
 皆さま、お久しぶりですっ。
 諸事情から、少しだけネームを改めました。夢望いくる――改めて、『夢望ここる』ですー。ぺこり。あんまり変わっていませんけれど(笑)
 しばらくシナリオのリリースは控えていましたが、今回は久しぶりのリリースとなります。皆さま、どうかよしなにお願いいたしますね。
 ……何気に、モフトピア以外の通常シナリオは初めてなので、ちょっぴり緊張していますががが。

 さて、今回はっ。
 不思議な力を持つ剣をふるったり、無数の敵と戦ったり、脱出劇をしたりする、体を動かすことがメインとなるかもなシナリオです。
 ややコメディっぽい気の抜けた要素もありますが、普通に戦闘していただくことも可能です。緩い余地もある、というくらいに考えてくだされば大丈夫かと思いますー。
 それでは皆様のご参加、どきどきしながらお待ちしておりますっ。

参加者
木乃咲 進(cmsm7059)ツーリスト 男 16歳 元学生
日和坂 綾(crvw8100)コンダクター 女 17歳 燃える炎の赤ジャージ大学生
陸 抗(cmbv1562)ツーリスト 男 17歳 逃亡者 或いは 贖罪に生きる者
ボルツォーニ・アウグスト(cmmn7693)ツーリスト 男 37歳 不死の君主
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生
レナ・フォルトゥス(cawr1092)ツーリスト 女 19歳 大魔導師

ノベル

▼地下遺跡にて
 大きな壁を突き破って、石組みの巨人――ゴーレムが姿を現した。それと同時に神殿全体が、低い咆哮をあげるような音を立てて軋む。建物のあちらこちらで崩落が始まる。ぼろぼろと壁面や天井が崩れていく。
 ゴーレムはそれにも構わず――というよりもむしろこの神殿を崩さんとばかりの勢いで、その大木のように太い腕を振り回し、暴れている。

「下がらんと危険だぞ」

 眉根をよせた、一見は不機嫌そうにも見える難しげな表情で、ボルツォーニ・アウグストは他の冒険者たちに注意を促した。彼自身は、己の体を霧状に変化させて、その場から消失する。

「わ、便利そうな能力! 俺もあれくらいできるといいんだけどな」
「悠長なこと言ってんじゃねぇ、陸! 早く逃げんぞ」

 ふわわと宙に浮く身長約17cmの小人、陸・抗(りく・こう)のマイペースなつぶやきに、見知った仲間内の木乃咲・進(このさき・すすむ)が言葉を挟む。
 その一方で少し気の弱いコレット・ネロは、遺跡の崩壊や唸り声を上げるゴーレムの出現という続けざまに降りかかってきた危険に、すぐ対応できないでいる。おどおどとした様子で、遺跡の出入り口と、ゆらりと動き出すゴーレムを見比べるだけだ。
 レナ・フォルトゥスは、そんなコレットの手をはしっと取ると、共に走り出す。

「何やってるの、コレット。ぼさっとしてると遺跡と一緒に御臨終よ! さっさと走るの!」
「あ、あ――は、はいっ」
「ほら足元気をつけて――って、綾! 何やってるの!」

 陸や進も遺跡から脱出する中で、ひとり。日和坂・綾(ひわさか・あや)だけは、皆と反対方向に身を滑らせていた。いまやゴーレムの足元にある祭壇に向かうと、そこに刺さっていた剣を引っこ抜こうと四苦八苦している。だがなかなか抜けず、そうしているうちにずるずると接近してきたゴーレムが、鉄槌のような拳を振り上げた。
 脱出の途中で陸は後方を振り仰ぎ、宙で急停止した。腕を構えて超能力を発動させる。肌のうえで、龍か何かを模った紋様が光と共に浮かび上がった。綾が抜こうとしてる剣に、超能力で干渉を試みる。
 陸の能力による補助を受けて、剣は引き抜くことができた。だがとっさの発動で細かい調整がうまくいかなかった。綾にとっては、思い切り力をこめていたら急に剣がすっぽ抜けたも同然で、剣を抱えたままごろごろと団子のように遺跡の床を転がっていく。彼女の立っていた祭壇に、ゴーレムの拳がごうと打ち下ろされたのは、そのすぐ後だった。

「あわわ、間一髪……! ぺしゃんこになるトコだったぁ。陸、ごめんね」
「いいっていいって。それよりも早く逃げよう」
「う、うん」

 引き抜いた剣を大事そうに抱えながら、綾は陸のあとに続いて、崩落する神殿から転がるように脱出していく。

 †

 ともあれ一行は、祭壇のあった神殿から抜け出した。
 だが、ゴーレムの追撃は止まない。神殿と洞窟とをつなぐ巨大な石の橋の上を、冒険者たちは駆け出す。針や棘のごとく無造作に生えて乱立する、無数の剣を視界の端に捉えながら。

「綾、何やってたんだ。剣の一本くらい放っておいてもよかっただろ」
「だって、取りこぼした中に真の剣が混じってたらイヤじゃん。それに私、魔力感知なんて出来ないし、空も飛べないし、効率よく剣を見つけたり使ったりできない。だったら、こうやって一本でも多く剣を取って、ハズレを潰しとくのって、私の仕事な気がしない?」

 進の言葉に、綾は迷いもない様子でけろりと答えた。自分がするべきことを自分なりに把握し、それを実行したという自信がにじみ出ていた。

「――なるほどな。じゃあしっかりやってみろよ!」

 だから進は、無茶をした彼女を責めるのではなく、応援するという形で返事とし、にかっと快活に笑った。

「ただ、無茶しすぎて下に落ちるなよ」
「う。ぜ、善処しまス」

 そんな指摘を受けると、綾はびくっと肩を震わせ、戸惑いがちに答えた。よほど自信がないのか、進から視線をそらしながらの返答だった。

 †

 そんな彼らの行く道に、無数の小型ゴーレムが立ちはだかっている。橋の下の暗がりから、柱を伝い次々と登ってくる。数え切れるような少なさではない。

「ちっ……! RPGのお約束みてえな登場しやがって」

 舌打ちこそするものの、進の表情はむしろ楽しげといったよう。寸胴のような形状の小型ゴーレムどもと対峙したまま、そばに生えていた剣の一本を手に取る。

「ま、妙な剣が数だけはあるからな。これ使って何とかするか」

 戦闘態勢の進に対して十数もの小型ゴーレムは、その鈍間な足取りとは裏腹に機敏な動作で跳躍すると、無防備に体ごと飛びついてくる。
 進は剣を抜き放ち、小型ゴーレムを切りつけた。すると間髪いれず、強烈な閃光とともに派手な爆発が生じて、橋の一角に砂埃を巻き上がらせる。周辺にいたゴーレムたちは橋から吹き飛んで、一掃されている。
 その余波に巻き込まれそうになった陸は、手をかざして己の周辺にバリアを展開。衝撃と埃をやり過ごしていた。煙の中からよろりと立ち上がるシルエットがある。進だ。
 陸は進に声をかけようとしたが、彼の変貌した姿を見てあいた口がふさがらなくなっていた。

「進、おまえ……」
「げふ、げふっ――ん、なんだ陸。アホみたいに口あけて、そんな信じられないって顔して」
「いや、うんとさ。うん……まぁいいんじゃないか。便利そうで」
「何がだよ」

 けほけほと咳き込みむ進の髪型が、ぷすぷすと黒い煙をあげるアフロになっているのは、まだ良かった。ただ、なぜか腕が四本に増えているのには、何だかコメントにも困った様子で、陸はぽりぽりと頬をかいた。

「ちょ……何だこりゃあ! こんな剣、作ったのは誰だ。いや、本当マジで誰だこんなモン作ったの!」

 進のそんな悲鳴が、すぐ後にあがった。

 †

 もとは壱番世界で暮らしていたコレット。その世界では、武器というものに実際に触れられる機会は少ない。ロストナンバーになってからそれなりの時間を過ごしてきたけど、やはりこうして間近にある異文明の物品を見ると、ここが違う世界で自分はロストナンバーなんだということを実感する。

「剣がいっぱい。昔の人はこの仕掛け、どうやって作ったんだろ……」

 何となく手に取った一本の剣を見下ろしながら、コレットは感慨にふける。

「小型ゴーレムさんもかわいいし、面白い遺跡ね――でも、そんなこと言ってる暇はないかな」

 自分の周囲に、小型ゴーレムが少しずつ集結し始めている。一定の距離を保って間合いをあけているが、仲間の数が揃えば一気に襲い掛かってきそうだ。
 手足は短く胴は長い。短い両手両足をちょこちょこと振りながら走りよって来るさまは愛嬌すら感じるが、ここはモフトピアとは違う世界。何かがあれば傷つき、危険が降りかかる世界なのだ。

「ごめんね、ゴーレムさん。でも仲間の皆のことは、傷つけさせたくないから」

 意を決して、コレットは力の発露を決意する。その白くて細い手のなかに、光の粒子が生じて結合する。音もなく光が霧散すると、彼女の手には羽ペン型のトラベルギアが顕現していた。
 迷いのない、しなやかな仕草で宙にペンを走らせると、その軌跡は光の筋として残留する。その間にも、小型ゴーレムたちは少しずつ集まってきている。いつ飛び掛ってきてもおかしくない。だけど慌てず、波の立たぬ水面のような平常心を保ち、コレットはすぐにいくつもの絵を完成させた。輝く線で描かれた絵が光を発する。描写した絵が、現実に具現化する。
 愛らしいデフォルメのきいたネズミが、いくつもいくつも姿を現す。それが、小型ゴーレムの群れへと飛び掛っていく。突然の攻撃対象の増加に、ゴーレムたちも慌てている様子だ。冒険者たちはそっち退けで、彼らはネズミの相手をしている。

「これで、少しは皆が戦いやすくなる……かな」

 周囲を見渡すと、仲間たちは各々のやり方で剣やゴーレムに対応しているようだった。少しでもその助けになればと、コレットは想う。
 ただ、剣の数も敵の数も膨大だ。また、今は遥か後方にいると言えど、巨大ゴーレムの存在も放ってはおけない。もう少し大掛かりなサポートも必要かもしれないと、コレットは考える。

「本当の剣を見つけるまで、時間稼ぎをしなくっちゃ」

 コレットは一人、こくりと頷く。意思のこもった強い眼差しで、彼女はもう一つの絵を作成し始めた。

 †

「わわっと」

 綾の足元を、ちちちとネズミが駆けていく。危うく踏んづけてしまいそうになって、慌てて避ける。
 普通の汚いネズミだったら悲鳴の一つもあげるところだが、艶のある毛並みと愛くるしいまなこ、ちらちらと綺麗な光の粉を散らしながら走り抜けていくさまを見れば、仲間のコレットがトラベルギアの能力で生み出したものだと分かる。

「よーし、コレットが手伝ってくれてるこの間に……!」

 綾は、布製の大きな背負い袋を抱えている。生えている無数の剣の中から、特に品定めをすることもなく、女の勘だけを頼りに次々と引っこ抜く。それ無造作に袋へと詰めこんでいく。
 そうしながらも、時折は近づいてくるゴーレムに対して剣を振るう。刃が光ったと思えばただの照明代わりだったり、マグネシウムみたいに目もくらむような光と炎を放つ(だけの)剣があったり、ゴーレムを大型犬に変えたりもするヘンテコな剣もあった。
 そんな中、次はどんな能力が発動するのだろうと、恐れ半分、好奇心半分の気持ちで、また剣をつかむ。すると、綾の体がふわりと浮いた。

「わ、は、お? おおぉ、これは便利、かも!」

 宙に浮いた綾は、よたよたと手足を振り動かしてバランスを取る。

「進や陸みたいに空を飛べれば、剣も回収しやすく――あ、あれ?」

 綾の体は、確かに空中に浮いた。だが、一定の高度で留まるわけでもなく、むしろ上へ上へと。暗くて見えない洞窟の天井へと、まるで逆流する滝のように上昇していくのに気が付いて、綾は慌てた。足を着けていたはずの橋が、ぐんぐんと遠ざかっていく。

「ひゃ、ひゃぁ~っ? う、浮くっていうか、これじゃ天井目掛けて急速落下じゃん! 即死かもって言うか、ヴォロスなんだからマヂ死ぬぅぅぅぅ」

 このままでは天井に叩きつけられると思って、綾は思わず剣を手放す。剣は光となって消失し、綾はその能力から解放される。
 つまり、ゆうに二十m以上は下にあろう橋に向けて、落下することとなる。
 綾は、言葉にならない悲鳴をあげて、それでも何とかしようともがき、腕や足をばたばたと動かす。
 橋がみるみる近づいてきた。落下の衝撃と痛みを想像して思わず目を閉じかける。だが、何もなかったはずの空中で、綾は全身を見えない何かで包まれた。まるで透明なクッションに身を沈めたような感触。ぐももと潜って、反動で宙に跳んで、再び落下。また同じように、見えないクッションが衝撃を吸収し、反動で跳ねて落ちて、またクッションに触れて跳ねて落ちて。それを何度か繰り返して、綾は少しずつ安全に高度を下げて、安全に橋の上へと戻ってこれた。

「ふぅ、うまくいった。おーい綾、大丈夫か?」

 たっと軽やかに着地した綾に、小人の陸がそう声をかけた。陸は今、レナの肩の上におり、そこから綾に手を振っていた。彼が超能力を駆使して、落下を防いでくれたようだった。

「あ、レナさん。肩の上、借してくれてありがとう」
「いいえ」

 レナは陸を見ずに答えた。彼女はトラベルギア・星杖グランドクロスを構え、杖先に発生させた魔力の塊を、小型ゴーレムたちに間髪いれず撃ち込んでいる。そうして、陸が能力発動に集中できるよう、敵をけん制していた。

「それより綾、大丈夫? ケガはない?」

 レナは魔法を放ちながら、ちらりと綾に視線を送って問いかけた。

「あ、いえ、だ、大丈夫です! 陸もほんとゴメン、マヂ死ぬかと思ったぁ……」
「あはは。空を飛ぶ、ってのもけっこう大変だったろ?」

 おろろと滝みたいに涙を流す綾を、軽い調子で陸が励ます。

「遊んでる暇はないわよ。敵の数が増えてきた……!」

 レナの一喝に、陸と綾も表情を真剣なものに戻す。

「固まってるところに、私が魔法を放って一掃するわ。取りこぼした連中をよろしく!」

 味方の返事を待たずに、レナは広域攻撃魔法の詠唱のため、特別な精神集中状態となる。レナの唇からは魔の力がこもった術式呪文が、うたうように滑らかな調べを持って紡がれていく。収縮を始めた魔力の影響を受けて、何もない場所から風が生じる。レナの、目が覚めるように鮮やかな赤い髪や、着込んだ外套が慌しくはためく。

『我が魔力に応え 顕現した炎の僕よ 主の障害となる者どもを 焼き尽くせ』

 そうした意味を内包する、魔法言語が宙に解けて消えると、杖の先端に巨大な炎の塊が具現化し、小型ゴーレムの集団に向けて放たれた。人間一人など軽く包んでしまえるほどの火炎弾は、橋上にいたゴーレムの群れを焼き、吹き飛ばして蹂躙(じゅうりん)していく。
 そうした強烈な魔法攻撃を受けても、何体かはまだ動ける様子だ。壊れたおもちゃみたいに手足を動かし、ぎりぎりと不安定な挙動をしている。

「綾、俺が援護するからアタッカー頼む!」
「う、うん。分かった、やってみる――っ!」

 陸の言葉にうなづくと、綾はその隙を見計らって、跳ねるように突っ込んでいく。剣が満載された袋は、重くて動きを阻害するから一旦置き去りだ。
 敵との間合いを一気に詰めつつ、綾は己のトラベルギアを具現化させる。何の脈絡もなく出現した光の粒子が、彼女の細い脚部を覆う。光が晴れたその下に顕現したのは、脚を包む防具型のトラベルギアだ。
 見ているほうも気持ちがいいくらいの勢いと軽快さで、武闘派女子高生が次々と小型ゴーレムたちを蹴り技で駆逐していく。
 そうした綾の死角を狙って襲い掛かる小型ゴーレムを、陸は自前の超能力による衝撃波や、トラベルギアのうさ耳帽子をブーメラン代わりにして対応し、援護する。あるいは、空気を操る超能力を使って竜巻のような突風の渦を作り出し、敵集団を蹴散らす。倒しきれなかった連中に、綾の鋭い蹴り技が炸裂する。

「もー、次から次へとウザイ! こっちくんなぁ。蹴りっ、蹴りっ――」
「そんなにスカートで蹴りばっかしてんなよ。ぱんつ見えんぞ」

 4本腕のすべてに剣を携えながら、複数のゴーレムたちと単身で戦う進が、軽い調子で綾に言い捨てた。

「ちゃ、ちゃんと下にスパッツ穿いてるもんっ!」

 顔を真っ赤にしながら、年頃の乙女は慌てて言い返した。

「進、それって男の俺たちが言うとセクハラじゃないか?」

 アフロになった進の髪の中にひらりと潜り込みながら、陸が思わず突っ込みを入れる。進は、剣が消えて空いた手のひとつをひらひら振りながら答えた。

「細かいことはいいんだよ。それより敵だ。裂いて咲かせて散らしてやるぜ」

 †

 黒衣をはためかせながら歩くボルツォーニの周囲では、一定の距離を保ちながら小型ゴーレムたちが次々と集結している。やがてダムが決壊するように雪崩れ込んでくる土塊どもを、彼は見もしない。男は衣服を含めた己のすべてを霧へと瞬時に変化させて、飛び掛るゴーレムたちをすり抜けた。
 やや離れた場所で、拡散した霧が集合して人型をとり、黒衣の男が姿を現す。何もない場所に突撃していく哀れな人形どもを睥睨(へいげい)する。

(一回限りとはいえ、特殊効果のある剣をふるう機会があり、更に丁度良い実験台も湧いている。せっかくの余興だ、存分に楽しませてもらおう)

 カツカツとかたい足音を鳴らしつつ、男は生えていた剣の一本を取り、前方めがけて無造作に振るう。剣に込められた魔力が解放されて、風の刃を作り出す。生じた突風と、その中にまぎれた見えない刃の餌食となり、離れた場所にいる10体ほどのゴーレムが切り刻まれた。
 その剣をすぐさま放り投げる。剣は光の粒となって消える。そうなること――今の剣が偽物であることは分かっている。手にしたときに感じる、力ある波動が弱かったためだ。多くの武器に触れてきた経験のあるボルツォーニにとって、それくらいの判別は造作もなく可能だ。
 ゆったりと歩みを進めつつ、次に引き抜いた剣。後方を振り返らぬまま、器用に真後ろへ一振りする。後方からどすどすと重い足音を踏み鳴らして殺到していた小型ゴーレムたちの上空に、青白く輝く剣が何本も現れ、それが雨のように降り注ぎ敵集団を串刺しにする。
 そうして、手近にある剣を次々と手にし、使ったそばからすぐに放り捨て、また次の剣を取り、ひらめかせる。直立の姿勢で、床の上を滑るような動きで前へ出ていく。常に二刀流の状態で立ち回り、息をつく間もなく剣の力を発動させていく。

(なかなかの代物だ。使っていて気持ちがいい)

 持ち帰れぬことが悩ましいばかりに、良いつくりをした剣ばかり。武器にもうるさい彼をもうならせる品々が、よりどりみどりだ。偽りの剣でこれほどならば、真の剣とはどれほどに素晴らしいものなのか。考えるだけでも胸が高鳴り、早くその剣に出会いたいものだと、剣を振るう動作にも力が入った。

「剣が乱れると書いて、まさに剣乱舞踏――というとこかしら」

 仲間のボルツォーニが、単身でゴーレムたちを圧倒していく様子を遠巻きに眺めながら、レナは感嘆のつぶやきを漏らした。己の世界でも、あれほどまでに達人の粋に達した武器使いを、それほど多くは知らなかった。

「けど、私だって高位に部類される魔法の使い手。負けていられないわ」

 速やかに魔法詠唱を始める。際限なく、未だにわらわらとよじ登って、増えていくばかりの小型ゴーレムども。突き出すように構えた杖の先端から、破壊エネルギーを内包した光弾を次々と撃ち込んでいく。会得している魔法のひとつ、プラズマボールだ。

「群がってきたわね。近寄らないでよ」

 傍では黒衣の男が軽やかに剣をひらめかせ、一方的かつ優雅な剣の舞で、ゴーレムどもを切り刻んでいく。
 赤髪の魔女が、火、水、氷、風、雷と多彩な魔法を繰り出して、数で押し寄せようとする小型ゴーレムを近づけさせない。

「……二人とも、すごい」
「うんうん。何かこう、王道RPGパーティって感じだよね」

 ぱちぱちと驚きの瞬きをしながらコレットがつぶやき、綾がこくこくと頷きながら返す。

「私は、RPGだったら何だろう……やっぱ武道家とか格闘家かな!」

 得意げに、しゅっしゅっと拳や脚を軽く動かす綾。ふと、一体だけが大きく跳ねて飛び掛ってきたので、足腰を沈めて綾も跳躍する。空中で迎撃するように炸裂させた回し蹴りで、小型ゴーレムを蹴り飛ばし、橋の下へと落下させる。
 RPGの例え話を耳に挟んだ他の仲間たちが、後退ついでにその話へ便乗してくる。

「じゃあ、俺は勇者か戦士あたりで」

 恥ずかしげもなく言い放つ進は、相変わらず4本腕のままだ。

「4本腕でアフロ頭じゃ、主人公にはなれないんじゃないか?」
「うるせぇ」
「あははっ」

 陸が進に突っ込みを入れつつ、かかかと肩をふるわせて笑う。そうしながらも、自分は例えるならなんだろうと、攻撃する片手間に考えている。
 
「俺は、まぁ魔法使いかな?」
「陸だったらお供の妖精役とか似合いそうだよね」

 身長がおおよそ17cmの小人で、空も飛べる陸はそんな役が似合いそうだと、綾は言った。

「じゃあコレットに似合うのは何だろう……」
「それは、あれ見れば一目瞭然じゃねぇか?」

 綾が顎先に指を当てて考えるところに、進が顎である方向を指し示した。
 自分たちの後方。脱出してきた祭壇側。レナが魔法を次々と放ち、ボルツォーニが剣舞で無双するさらに奥。橋を破壊しながらやってきている巨大ゴーレムに、悠然と立ち向かう巨大なシルエットがある。つい先ほど、コレットの手で作り出されたばかりのそれは、全長5mはありそうなほどに巨大な――けれど愛らしい外見の小熊だ。まるでぬいぐるみをそのまま大きくしたよう。モフトピアにいても自然な感じだ。
 巨大ゴーレムと比べて大きさは半分程度にあたる。だが体格の差などもろともせず、互いに手と手と組み合わせて力比べをし、あげく巨大小熊がそれに打ち勝って、相手を弾き飛ばしたりなど、優勢に戦いを進めているようだ。
 コレット自身はいつの間にか綾の傍を離れ、己の背に描いた翼で空を飛んでいた。巨大小熊に動きの指示を与えながら、巨大ゴーレムの注意を引こうと奮闘している。

「あれを見たら、召喚士しかないだろ!」

 進がきっぱりと言い放つ。ぽかんとそれを眺める綾は、視線を巨大小熊に釘付けしたまま、こくこくと頷く。コレットが妖精のように空を舞い、巨大な小熊が戦う姿を遠くから見つめるしかない綾。

「すごーい……ってゆーか、コレット怖くないのかな。あんなに近寄って」
「けれどこの間に、安全に剣の探索をできるのは確かよ」

 手近な敵は一掃し終えたレナが戻ってきて、戦列に加わる。ボルツォーニはわざと単身で戦っている。チャンスとばかりに集まってくる小型ゴーレムをおびき寄せて、剣の力を確かめている。
 今、綾とレナ、進や陸のまわりには、脅威となるくらいに群れを成している小型ゴーレムたちはいない。壊れかけの数体がぎりぎりとおもちゃみたいにバタついているだけで、橋下からの増援は止まってきているようだ。この隙に、剣を探り当てることができる。

「見てくれ、見てくれ。俺でも抜けたぞ!」

 陸が早速、一本の剣を抜いてきた。身長17cmの彼が持つには、大きすぎて不釣合いな剣を持っている。持つ、といっても剣の柄へしがみつくようにしているし、剣の方が陸の数倍も大きいので、何だか剣が宙に浮いているだけにも見える。
 早速、一体でのこのこと近づいてきた小型ゴーレムに、その剣をえいやと振るう。小人と剣の大きさの不釣合いさは、人間が電柱を抱えて振り回すようなバランスの悪さがある。
 陸が懸命に振り下ろした剣は、しかしゴーレムを両断することが出来ない。切り裂くどころか、刀身がぐにゃりと弾力を持って大きく曲がり、反動でびよよんと揺れる。切れないし刺さりもしない。

「陸、それゴムか何かじゃない?」

 綾がつぶやく隣で、レナが陸をすかさず援護をする。杖の先から稲妻が放たれ、ぽかんとしているゴーレムを黒こげにした。

「ちぇ、これじゃ役に立たないな。なんでボルツォーニさんみたいに、かっこいい剣が抜けないんだろ」

 陸がつまらなそうに唇を尖らせる。ぱっ、と両腕から放した剣は、光の粒になって消滅する。

「ひとによって、抜ける剣の傾向に違いがあるのかなぁ」

 剣を満載した袋を回収しながら綾も剣を引き抜き、二・三度振るってみる。
 すると綾は、橋の向こうに広がる暗がりを呆けるように見つめ始めた。急に目をキラキラと輝かせて満面の笑みを浮かべ、ふららと歩き出す。

「おぉう? スッゴイ美味しそうなゴハンとイケメンさんが、あっちのほうにぃっ」
「ちょっと綾、それは幻覚よ!」

 レナが思わず彼女の肩をつかんで止め、やや強引に綾の手から剣を引き離した。綾は、はたっと気が付くように体をびくんと揺らし、「わ、私いま、何してた?」と困惑がちに周囲をきょろきょろと見渡した。レナは眉根を寄せて気難しい表情だ。こりこりとこめかみを指で揉みこむ。

「何だか変な能力の剣もあるわね。無闇に今試さず、後でまとめてやったほうが……」
「お、見ろよ進! これ、剣の刃のトコが綿菓子みたいだぜ!」
「すげぇ。喰えんじゃねーか、これ?」
「……はぁ。言ってるそばから何やってるの、もうっ」

 レナの冷静な分析を尻目に、陸と進は新たな剣を引き抜いて大はしゃぎしている。レナは頭が痛くなったが、本当の剣が暴走を始めたときにすぐ対応できるよう、封印のタグがしまってある場所をそっと確認した。

「じゃあ進、毒見よろしく」
「うぐっ」

 陸は先ほどと同じように、大きさが釣り合わない剣を抱えて飛んでいる。綿みたいにふもふもとした刀身(この時点でもう、それが剣なのかすら怪しいけれど)を、無遠慮に進の口へ突っ込んだ。
 進は小さくうめき声をあげたが、しばしもしゃもしゃと綿の刀身を咀嚼した後「甘いな」と口にした。綾がそれを聞くと弾んだように顔を向けてきて、横から綿の刀身をかじり始める。

「わーいっ。あ、陸これ、わりとおいしいよ!」
「そりゃいいな。あとでコレットにもあげよう――あ、消えちゃったか」

 手から消えて光の残滓(ざんし)となった剣を見て、名残惜しそうにする陸と綾だった。

 †

「そういえば、コレットは大丈夫なの?」

 レナが後方を振り仰ぐ。
 視線の先では、愛らしい巨大小熊と無骨な巨大ゴーレムが、重厚感のある格闘戦を繰り広げている。その対峙は何だか奇妙だ。
 それを見下ろすように空を飛んでいるコレットの手には、一本の剣があった。それを引き抜いて、先端をゴーレムへと差し向ける。
 すると、剣の切っ先に光が収縮し、淡い赤の光線を放った。それを受けた巨大ゴーレムの体が、薄い赤色に包まれる。そして拳を振り上げた姿勢のまま、ぴたりと動きを止めた。
 おぉ、と綾や陸、進が感嘆の吐息を漏らす。
 丸みを帯びた可愛らしい翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと橋の上に降り立つコレットに、仲間たちが駆け寄ってくる。ただ一人、ボルツォーニだけは離れた場所で周囲を見渡し、何かを探っているようだった。彼の周囲に敵は見当たらない。一掃できているらしい。橋の上には、崩れた岩の塊が散乱している。もとはゴーレムだった者どもの名残だ。
 ともあれ、赤い輝きに包まれて、動きを止めた巨大ゴーレム。それを見上げる一行である。コレット自身も、意外そうに剣とゴーレムとを交互に見つめた。

「動きを止めちゃった……こんな剣もあるのね。ゴーレムさんが暴走した時のために作ったのかなあ」

 力を発動した剣は、少女の手から輝く無数の粒となって消えていく。そしてコレットの召喚した巨大小熊も役目を終えたと察したのか、その巨大なもふもふの全身は光に包まれていた。綾が指をくわえつつ「あ、ちょっと触ってみたかったのに」と寂しげにつぶやく。
 そんな中、巨大小熊は周辺に散乱している無数の剣の中から一本を選び、コレットに差し出した。つまめるような指はなく、まん丸な手にぴとりと剣が一本、くっついている。コレットは慌てて巨大小熊に駆け寄り、それを大事そうに受け取った。それを最後に、巨大小熊もまた剣と同じように光となって消えていった。

「何かしら……」
「もしかすると、本当の剣かもしれないわよ? 召喚された僕が主に残したのかも」

 きょとんとして剣を見下ろすコレットに、レナが言葉を横から挟む。
 試しに剣を鞘から引き抜き、掲げてみる。すると、仕掛けられたからくりのような機構が動き出す。ばさっと素早く、艶のある薄い膜のようなものが剣の先端から広がった。その膜には細い骨組みがいくつもあり、さらには剣の刀身とつながっている。

「……これって、傘じゃないか?」
「雨露をしのぐ旅の道具ね」

 陸とレナが淡々とつぶやく。でも当のコレットは機嫌良さそうに傘を軽やかに回し、くるんとその場でターンしてみせた。顔の横で結わえた髪の房も一緒に弾む。

「ふふ、これなら雨の日も安心そうね。その前に、光になって消えちゃうと思うけど」
「なんだそりゃ。剣どころか武器でもねぇじゃんか」

 せっかくすごい武器を期待してたんだが、と進はちょっとつまらなそうに、頭をぼりぼりとかいた。4本腕とアフロの髪型はいつの間にか元に戻っている。
 そうしてまったりとしている一行のもとに、体の一部を蝙蝠(こうもり)の翼に変えたボルツォーニが、羽ばたきながら戻って二刀の剣を構えた。

「――第2波が来るぞ。準備しろ」

 ボルツォーニが鋭く言葉を飛ばす。
 すると、また橋の下から小型ゴーレムどもが這い上がってきた。だがその量が尋常ではない。今までの倍以上だ。あっという間に、出口へと伸びる橋の上を占拠する。
 そしてなんと、今は赤い輝きの中で静止しているタイプと同じゴーレムがもう一体、下から這い上がってくる。そのゴーレムは橋の切れ目、出口である巨大な扉の前に立ちはだかった。
 新たな巨大ゴーレムは、橋に遠慮なく拳を振り下ろす。そして橋の一部である石をもぎとって、こちらへと投げつけてくるのだ。いくつも、いくつも。人間一人は押しつぶせるくらいの巨大な塊が、無数に投げつけられてきた。
 戸惑いながらも石塊を迎え撃とうとする一行。そのとき、コレットが持っていた傘の剣が、まばゆい光を突如放った。衝撃すら生じて、コレットは思わず体をふらつかせる。光は一行の前で壁のように展開され、瓦礫の雨から皆を守ってくれる。

「まだ、しばらく効果は続くみたい。何となく、だけど」

 コレットが、剣から溢れる光の奔流を懸命に両手で抑えつつ、そう口にする。

「それなら、進みながら反撃できるな」
「だが橋もそう長くはもたんぞ。全体に亀裂が走っていることに加え、奴に橋を削られている。急ぐことだな」

 進の思いつきに、ボルツォーニが釘を刺す。そうしながらも、黒衣の男はこちらへ進軍してくる小型ゴーレムに歩み寄っていく。

「ボルツォーニさん、何する気だ?」
「真の剣に目処をつけた。奪い取ってくる」

 陸の問いかけへぶっきらぼうに答えると、彼はその体を霧状に拡散させて消えた。

「ともかく、ある程度の数は試しましたし、他にも綾が何本も確保しているわ。コレットが持つこの防御障壁を展開する剣も、いまだ魔力を発散し続けているし、期待はできるはず。そろそろ本格的に脱出を考えましょう」

 ボルツォーニを除いては最年長であるレナが、そう提案した。光の壁に守られながら、皆は頷く。

「だったら、俺のサイキック・バリアのちょっとした応用で〝あし〟を作ろう。ごめん、ちょっとだけ時間くれ」
「何かできるのか? 陸」
「へへ、ふと思いついたんだ。みてろよ」

 陸はぺろりと上唇をなめると、得意げな調子で進に言った。目を閉じていつも以上に集中し、超能力を発動させる。陸は、何かを練りこむように手を動かしていたが、やがてそれは出来上がる。向こうの景色が透けるくらいに薄い色で構成された、浮遊するカーペットのようなものを作り上げた。

「わ、これすごい!」
「綾、いつだかフライングカーペットに乗りたいって言ってたろ?」

 にへへといたずらっぽく、綾に笑いかける陸。
 四人を乗せた空飛ぶ透明なカーペットは緩やかに上昇。人が小走りするくらいの速度で、出口へと向かっていく。
 やたら跳躍力だけはある小型ゴーレムが、空から飛び掛ってくる。それをレナが魔法で撃ち落す。とり漏らしてしがみついてきた連中は、綾と進が自前の戦闘能力や、綾の確保した剣を使いつつ対応していく。
 コレットは剣からあふれ出る光の壁の維持に、神経を集中させている。ゴーレムの侵入は防げずとも、岩投げを完全に無効化できることは、皆にとって大きな利点となるからだ。
 陸はカーペットの保持と操縦で手一杯だ。さすがに自分も含めて四人も乗っていると、コントロールと維持が難しいらしい。
 レナが、杖の先端から凄まじい勢いの鉄砲水を撃ち出して、ゴーレムたちをなぎ払っていく。キロ・ウォーターガンという魔法だ。

「ボルツォーニさんが巻き込まれてなければ、いいのだけど」

 度重なる魔力の消耗で疲れの色を見せてきたレナが、苦しげ言った。

「あいつ、どこにいるんだ? てゆーか陸、高度下がってんぞ。根性みせろ!」
「分かってる!」
「……綾さん。あそこにいるのは?」
「え、どこコレット? ――あ、いた!」

 背中から覆いかぶさってきたゴーレムを引っぺがして投げ飛ばしつつ、綾が目を凝らした先。出口で守護像のように立ちはだかっている巨大ゴーレムに、黒衣の男が立ち向かっていた。

「なるほど。貴様自身が剣、というわけか。面白い」

 ボルツォーニはにやりと口をゆがめた。巨大ゴーレムの頭部にある、一見はただの小さな角飾りにも見えるそれこそ、偽装された剣であるとボルツォーニは見切っている。
 漆黒の毛並みを持つ、獰猛そうな黒犬に変化し、俊敏に橋の上を駆ける。鈍間な手下どもは無視して、本命だけを狙う。敵集団の中を走り抜けて飛び出した先に、大型ゴーレムが両拳を振り上げて待ち伏せしていた。雷のごとく繰り出される拳を紙一重で避け、石の体を器用に伝って頭頂部へと登る。
 瞬時に人型へと戻ったボルツォーニが、すぐさま剣の刀身に手をかける。持つための柄が頭部に埋まっているため、刃を持つしかないのだ。手から鮮血が滴り落ちるのも構わず、男は直接的な力と魔の力を込めて、一気に引き抜いた。三日月のように弧を描く角飾りの剣が引き抜かれたと同時、その場にいたすべてのゴーレムは活動を停止し、もう二度と動くことはなかった。

「やった……のか?」
「うげ。ボルツォーニさん痛そうぅ」
「綾さん、顔色が悪いわ。大丈夫?」

 その光景を、高い位置から見下ろしていた一行。陸がやや苦しげにつぶやく隣で、ちょっぴり青ざめた様子の綾。剣の光をおさめたコレットが、肩を貸すように寄り添う。

「不老不死とか聞いたから、すぐに回復するんじゃないか」
「……ちょっと待って。何この地響き?」

 のん気な進の言葉を遮って、レナが皆に注意を促す。洞窟全体が、また軋みを上げているのだ。祭壇でゴーレムが出現した時の比にならない。見えない天井から、ぱらぱらと石の破片が落ちてくる。

「やばっ。陸、りく! 早く逃げなきゃ!」
「あいよ。敵がいなけりゃ安心してスピード出せ――おうわっ!」

 綾がそう急かしたとき、巨大な岩が上空から落下してきた。ちょっとした家の一件分はあるくらいに大きな岩の塊。陸が透明浮遊カーペットを慌てて制御させて回避する。だがその振り回しに耐え切れず、コレットが宙に放り出されて落下する。

「きゃああああっ!」

 悲鳴とともに、少女の体が闇の底にまぎれて見えなくなった。

「――っ!」

 そのすぐ後に。七色に閃く光の粒を無数に残して、カーペットの上から進の姿は消えている。
 黒一色に染められた空間。コレットを上空に見上げる、さらなる深みの位置で生じる、空間の揺らめき。人型のシルエットが像を結んだそこに背中から落下することとなったコレットは、受け止められるように、何かに抱きすくめられた。それが何であるかを認識する前に、橋をはるか上に望む景色は急に変わって、気が付けば再びあのカーペットの上にいた。驚きの視線を向けてくる仲間たちの中、進にお姫様だっこされる形でコレットは抱えられていた。

「……いってぇ。キャッチするとき鼻ぶつけた」

 しかめっ面で進が軽口を叩けるのも、すべてがうまくいった証拠だ。

▼夕焼けの帰り道にて
 その後、崩落する洞窟から無事に脱出することのできた一行。
 結局、脱出の時点で確保できていた剣は、とても少なかった。
 綾が持ってきた袋に満載していた剣は、ゴーレムの迎撃へ使っている最中に使い切ってしまった。最後に残っていたのは、綾が無茶をして祭壇から引き抜いた最初の剣のみ。
 他には、コレットが持っていた、光の防御壁を展開した傘の剣。
 ボルツォーニがゴーレムから引き抜いた、角飾りの剣。
 あとは、レナ、進が手に確保していた一本ずつと、陸がこっそり持っていたすごく小さな(でも陸には丁度いいサイズの)剣。
 たったの6本だ。そのうちに真の剣はあるのだろうかと、その場で試してみることになった。
 ただ、ボルツォーニが何の前ぶりもなく、疲労困憊の陸とレナを剣で切りつけたときには、綾と進が思わず声を荒げそうになった。だが陸とレナは傷つくどころか、今回の冒険で被った傷や疲れからすべて解放されていた。つまりは癒しの剣だった、ということだ。
 だが、その剣すらも真実の一本ではなく、消失してしまう。他の5本もすべて、光となって消えてしまった。

「失敗かぁ……」

 どんよりとした、やるせないムードが一行に漂う。
 だがその時、宙に拡散したはずの六本分の光の粒子が集合し始めたのだ。それはやがて一本の剣となり、驚く皆の目の前でふわりと宙に浮く。

「なるほど。全てが偽りであったと同時に、真実であったというわけか」
「どういうことですか? ボルツォーニさん」
「言葉以上の意味は持たん」

 陸の問いに曖昧な返答で応えると、男は黒衣を翻して帰りの道を進んでいく。

「まーともあれ、任務成功ってことで!」

 綾が明るく言い放つ。

「あいよ。お疲れさん!」
「お疲れ様っと!」
「ふふ。なかなか楽しい旅だったかしらね」
「どきどきしたけど、すごく素敵な冒険だったわ。――それに進さん、どうもありがとう。本当に助かっちゃった」
「ま、いいってことよ」
「ガラにもなく照れてるな、進? なぁ、帰ったら髪型アフロに戻してみろよ」
「やなこった」

 皆の口から洩れる笑い声が、すっかり日の暮れた帰り道に響き渡る。
 そんな彼らの手にある一振りの剣が、夕焼けの燃えるような日差しを受けて、自慢げに輝いた。

<了>

クリエイターコメント そんなわけで、久々に物語をお届けすることができました。

 今回は、基本的に10代の若者たち(頼りがいがあって、目立ちたがりで、楽天的なひとが多め。似たもの同士!)を中心に参加してくださったご様子。そんな中で、唯一年齢も雰囲気も異なる黒衣のあのキャラクターさんには、少し違った風味の立ち回りをしていただいた感じです。

 規定文字数と私の描写のクセの関係で、プレイングにあった全てのネタを表に出せなくって、何だか申し訳なく思います……!(おろおろ)
 ただ出来る限りの範囲で、面白そうなもの、楽しそうなものをぎゅぎゅーっと詰め込ませていただいた……つ、つもり、ですっ。
 このリプレイを見てくださる参加者の皆さんが、にまにまと笑顔になれれば幸いですー。

 機会がありましたらまた、冒険の旅へご一緒させていただければ!
 初めてのヴォロス世界から、夢望ここるでした。ぺこり。
公開日時2010-11-05(金) 22:10

 

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