オープニング

 人通りの少ない路地の奥に、ひっそりと静かな佇まいの店がある。しんとした空気を湛え、もう何年も時間の流れから取り残されたような。古びた印象は拭えないが、どこか懐かしい感じもする。
「やあ、いらっしゃい」
 人の気配を察してか、ドアを押し開けて店から顔を出したのは一人の女性。ちりんちりんと、ドアについた鈴が小さな音を立てる。
「思い出の修理に来たのかな」
 それならここで間違いないと、落ち着いた静かな声で言いながら女性は店から出てきて軽く一礼した。
「わすれもの屋に、ようこそ」



 さて、何から説明したものかなと女性は顎先に軽く手を当てた。
「家が受けるのは、思い出の品の修理と創造だ。修理の場合は、奥にいる兄が受ける。手前味噌で恐縮だが、あの人にかかれば直せない物はない。何でも気軽に依頼してくれ」
 但し、と女性は指を立てた。
「兄にできるのは、形を元に戻すことだけだ。何も言わなければ新品同様にしてしまう。残したい傷や思い出は君にしか分からない、それは前もって話しておいてくれ」
 直さずともいい傷はあるものだと頷いた女性は、優しく目を細めた。
「勿論、リメイクも受けている。想いが刻々と変わるように、道具も姿を変えていいものだ。無から有は生み出せないが、カメラから湯飲みを作れと言ってもあの人ならやるかもしれないな」
 どんな物になるかは保証の限りじゃないがと楽しそうに笑った女性は、次は私の紹介だなと軽く居住まいを正した。
「私は、君の思い出から物を作る。どこかで失くしてしまった物、それと知らず置いてきてしまった物。せめて似た物でいいから手に入れたいと望むなら、何なりと。君の思い出を頼りに、作り上げよう」
 材料を持ち込んでもらっても構わないぞと頷いた女性は、柔らかく優しく微笑んだ。
「修理も創造も、すべては君の思い出次第。たまには過去を振り返り、思い出に浸ってみないか?」
 どうしたいか迷っているなら相談にも乗るぞと気軽に告げた女性は、ご依頼お待ちしておりますと少しだけ丁寧に頭を下げた。

品目ソロシナリオ 管理番号1039
クリエイター梶原 おと(wupy9516)
クリエイターコメント依頼できる品は一品のみ、無生物に限りますが形ある物であれば何でも修理・創造致します。

具体的にどんな道具を、どんな風に直せばいいか。思い出話と共にお聞かせください。
創造の場合のみ、何方かをイメージして作ることも承っております。
プレゼントされる場合は、その方への想いなどもこっそり教えてくださいませ。

あなたの「想い」を基に、素敵な道具とお会いできるのを楽しみにしております。

参加者
コレット・ネロ(cput4934)コンダクター 女 16歳 学生

ノベル

 ドアをノックしてそっと引き開けたコレット・ネロは、こんにちはと声をかけた。返事がなかったら謝って帰ろうとドアに手をかけたままだったが、
「いらっしゃい」
 涼やかな声にほっと息を吐き、そろりと中を窺うとカウンタの向こうに女性がいた。
「あの、わすれもの屋さん……?」
 問いかけに笑いながら頷いた女性は、どうぞと店内に散らばっている椅子を示した。
「どこでも好きなところに腰掛けてくれ」
「お邪魔します。お忙しくないですか?」
「見ての通り、客人は君一人だ。今日はどんな御用向きで?」
 コレットが少し迷ってカウンタ近くの椅子に座るまで待ってから問いかけられ、少し居住まいを正した。
「思い出の品を作ってもらいたいんだけど、いいかしら?」
「それなら私の客人だな。何を作ろうか」
 どこか嬉しそうに尋ねられ、子供の頃に使っていたそれを思い浮かべながら答える。
「陶器のスープ皿を」
「陶器か……、二度三度と足を運んでもらわないといけないが、それでは家のモットーに反するな」
 顎先に手を当てて考え込まれ、無理ならいいのよと腰を上げかけたが。無理とは言ってないだろうと苦笑しながら立ち上がった女性に、おいでと手招かれる。
 戸惑いながらもついて行くと、隣の部屋に案内された。少しひんやりとした空気と、微かに土の匂いがする。
「この棚にあるのは素焼きが済んだ物だ。これならすぐに絵付けに取り掛かれるから、本焼きに一日もらえばお渡しできる」
 これ以上早くはいくら家でも無理だなと肩を竦めた女性は、時間がかかってもいいならと言い添える。
「思う形がなければ、粘土から成型するのも構わない。乾かしてから素焼きになるので大分日にちがかかるが」
 君が納得できるなら如何様にもと話す女性の言葉を聞きながら、棚に置かれた様々な形を眺める。スープ皿ならこの辺かなと女性が示してくれた棚の中ほどに視線をやると、一つだけ惹かれる形がある。
「触ってもいい?」
「勿論、どうぞ」
 そんなに脆くないから平気だと頷かれ、取り上げたスープ皿は記憶している物よりは少しだけ大きい。
「本焼きをすると気持ち小さくなるから、思うより大きい物のほうがいいだろう」
 まるで心を読んだようなタイミングで声をかけられ、少し驚いて振り返る。
「びっくりした。どうして分かったの?」
「大体の客人が、その状態の物を見て抱く感想だからさ」
 言いながら隣のスープ皿を取り上げた女性は、コレットが持っているそれと見比べて差し出してきた。
「本焼きの後は、このくらいのサイズになる」
「あ。そっちのほうが大きさは近いかも」
 女性の手にある皿を眺め、じゃあこれでいいのかなと迷っていると両方に絵をつけるかいと尋ねられて顔を上げた。
「家の大前提は思い出の品だからな。二つ焼いて、記憶に合う物を選んでくれたらいい」
「そんな、もう一つが無駄になっちゃう」
 急いで頭を振ったコレットは、自分が持っていた皿をそっと差し出した。
「これに絵付けをお願いしてもいい?」
 プロの目を信用するわと微笑むと、女性はちらりと苦笑して頷いた。
「成型から始めても構わないが」
「ううん、この形、すごく懐かしいもの」
 そっと目を細めて手の中のそれを見下ろすと、女性は何度か頷いてさっきの部屋に戻るように促した。
「じゃあ、その皿に絵付けで承ろう。どんな柄だったか教えてくれるかい」
「ええ。周りに小さな色とりどりの花や小鳥の絵が描かれてあって、すごく可愛いの。壱番世界に住んでいた時、ずっと使っていたの」
 さっきまで座っていた椅子に戻り、大事にお皿を抱えたまま話す横で女性がスケッチを始める。どんな花か、どんな色かと女性の問いかけに答えつつ、懐かしい記憶を辿ってぽつぽつと話す。
「……お母さんがご飯をくれる時は、いつもこのお皿だったの。だから、何となく……あれが無いと、落ち着かなくて」
 まだ何の絵もついていない、少しだけ大きいスープ皿を見下ろしてそっと息を吐く。
「お母さんは、……あんまり優しくなかったけど、このスープ皿でくれるご飯はいつも温かかったの」
 思い出してそっと包む素焼きの皿は、ひやりと冷たい。記憶の中のスープ皿が余計に温かく思い出されて、微かに口許を緩めた。
「味付けされてなかったんだと思うけど、すごく苦くて、いつもこっそり処分しちゃってた。……お母さんに謝りたいなあ」
 思わずしんみりと呟くと、女性の手が止まっているのに気がついた。何だか気恥ずかしくて終わった? と尋ねると、女性は頷いてスケッチブックを見せてくれた。
「すごい、確かにそんな感じだったわ!」
「そうか。なら、これで絵付けをして明日には渡せるようにしておこう」
 言いながら出された手に膝に置いたままだった皿を渡し、宜しくお願いしますと笑った。女性は大事に皿を受け取ると、それではまた明日以降においでくださいと静かに頭を下げた。



 コレットが再びわすれもの屋を訪れると、昨日対応してくれた女性がカウンタにいるのを見つける。こんにちはと笑いかけると、いらっしゃいと変わらず涼やかな声で迎えられた。
「気が急いて少し早く着ちゃったけど……、もうできてる?」
「ああ、ここに」
 言って目の前にあった箱を開けた女性は、軽く斜めに持ち上げて中を見せてくれる。記憶にあるままのスープ皿に、思わずコレットの目が輝く。
「わあ、ありがとう! 今日からこれで、またご飯を食べるわね。ほんとうに嬉しい」
 飛び跳ねんばかりに近寄ってそっと皿を持ち上げると、つやつやとした手触りに懐かしく目を細める。けれどふとした違和感に首を捻った。
「……あれ。陶器ってこんな匂いがするの? 私が使ってたスープ皿からは、もっと違う匂いがしてたんだけど……」
 うーん? と首を傾げるが、女性が分からなさそうにしているのを見て違うのかなと自信なく続ける。
「いつもその匂いがしてたから、陶器の匂いなんだってずっと、」
 言いかけて、ふと言葉を止めた。あれが陶器の匂いでなければ、何だったのか。見ない振りをしていただけで、本当は何か知っていた……?
 ふらりと、知らず視線が揺らいだ。震えそうになるのを何とか堪え、代金をと出しかける手を止められた。
「必要ない」
「え、でも、」
「家は思い出の品を作る店だ。君の記憶とそぐわない代物に、代金は貰えない」
 だからそれはと、女性は目を細めるようにして微笑んだ。
「私が君に贈ろう。君が使っていたのとは似て非なる物、新しい思い出の縁(よすが)に」
「……、……」
 女性の静かな声に耳を傾けながらも躊躇ってお皿を見下ろしていると、何ならと少しだけ揶揄するように女性が語尾を上げた。
 ふと視線を上げると、悪戯っぽく唇の端を持ち上げられた。
「看板に偽りありと、責めながら叩き割ってくれても構わないが?」
 気分を晴らす役には立つだろうと肩を竦めながらの提案に、ようやく少し笑う気分になれた。
 口許を微かに緩め、ゆっくりと頭を振る。
「今日は……、今日はありがとう。このスープ皿、大事にするね」
 言って皿を箱に収め直して抱えると、女性は神妙な様子でゆっくりと頭を下げた。
「ご希望に応えられず申し訳ありませんでした。せめてそれが、あなたのおもいでみちますように」

クリエイターコメントわすれもの屋に、思い出の品の創造ご依頼ありがとうございました。

ちょっと苦い思い出の品、そのままお渡しするわけにはいかず。
記憶通りではなかった為、代金は頂戴しないでプレゼントさせて頂く形になりました。
店主及び店の勝手なポリシーではありますが、何かの慰めになりますように……。

今回は上手におもいで辿れませんでしたが、似て非なる形、お収めください。
公開日時2010-11-25(木) 22:00

 

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