世界のほぼ大半が砂に覆われたナイアーラトは、各地に年代様々な遺跡が数多く存在する。 時のように流れる砂は物事を隠してしまうが、場合によっては隠れてしまったそれを明らかにしようとする事もある。 今回は、新しく調査をする事になったとある遺跡の調査団の同行任務という事らしかった。「皆が行って貰う遺跡は、通称『金糸雀遺跡』と言ってね。近くを通り掛かると、遺跡からまるで鳥が鳴くような音が聞こえて来る事があるからそう言われているらしいわ」 そこは、人が通れるようなものから虫くらいしか入れないようなものまで、侵入口と言って良いものか分からないが、そういった所から名称の元となった音が聞こえて来るそうだ。 遺跡自体は長らく砂の中に埋もれていたが、通称の元となった音に追われるようにして少しずつ砂が流れ動き、今回人間が調査出来るようにまでなったのだという。 元々は角ばった岩を重ねて造り上げたもので、風化が激しく角も取れて丸い岩石が積み重ねられたようにしか見えない。長い間、砂に覆われていたので、深度や実際の広さは入ってみない事には分からない。周辺に危険な砂獣は居ないとの事だったが、遺跡内部の方は調査がされていない為に不明な点が多かった。「風化が大分進んでいるみたいだから内部が頑丈とは限らないでしょうし、入口の所だけを見た話だと照明の類も無さそうね。外へ露になっている所が遺跡全部という訳ではないらしくて、他はまだ砂に埋もれた状態だし空気の通りも如何かしら。未調査の遺跡だから何が居て、何が在るのかは、ちょっと分からないわね」 「導きの書」を手にしながら、瑛嘉はそう説明する。 何分、これから調査をする所。勿論危険も考えられる訳で、故にこうしてトラベラー達に同行――護衛を頼んで来たという訳だった。「遺跡への案内は、現地でロウ君がしてくれると思うわ。彼は元ロストナンバーでね、世界図書館とナイアーラトとの仲介も務めてくれているの。この依頼も、ロウ君を通してなのよ」 他に何か分からない事があったら、訊くと良い。そう伝えつつ、瑛嘉はチケットを差し出す前に「導きの書」に目を落として神妙に言葉を落とす。「他に何があるのか、私には言えないけど……皆、気を付けて行ってらっしゃい」 ナイアーラトでのロストレイルの「駅」にあたる場所は「シェンハ」という街で、そこは一本の巨大な樹が街全体を覆うように立っている。 「駅」自体は少々未完成らしいが、そのプラットフォームにあたる場所で一人の少年がトラベラー達を出迎えた。「御待ちしていました。皆さんの案内を務めさせて頂きます『ロウ』と申します」 まだ十代半ばそこそこのその少年は、礼儀正しく一礼する。「最近は此処の『駅』の建設に使えそうな材料も探していまして、もしかしたら古い時代の巨木を使った物が見付かるかもしれません。そうそう、皆さんと同行する現地の人間は、僕を含めて四人……ああ、あの人もそうなのですが――如何かしましたか」 遺跡への案内の最中、ふと前方から妙に急いだ様子の男がやって来てロウが眉を潜めながら尋ねる。 話を聞いてみると、今回同行する他の者二人が先に遺跡内へ入っていってしまったらしい。それだけなら仕方無いと多少追う形になるだけで然したる変更は無いのだが、問題はその後の言葉だった。「……落盤が起こった?」 事情を話した男は慌てて外に出たので助かったが、他の二人は遺跡の内部に居るらしい。トラベラー達が遺跡へ入る算段となっていた周辺は何とか物をどかして道を作ったとの事だが、先が如何なっているのかは分からない。「幾ら風化が進んでいるからって、ただ入っただけならそこまでならない筈なのに……」 他に、何かあったのだろうか。「……とにかく、行きましょう。すみません、皆さん――改めて、御力を貸して頂けますか」 茶色の外套を翻し、ロウは厳しげな顔でトラベラー達を見つめた。
砂は流れる。乾いた砂粒は時と、何に動かされて世界を覆うのだろうか。 未調査の遺跡同行――その筈だったが、ナイアーラトでのロストレイルの「駅」にあたる場所に着いた直後、知らされた報によって些か事態が慌しくなる。 これから行くという遺跡で、起こった落盤。しかも、先行してしまった者がそれに巻き込まれたという。詳しい事は分からない為に、とにかく現地に行って確かめてみないと分からないという事で、トラベラー達一行は調査に行く予定だった遺跡まで向かう。 その遺跡はロストレイルの発車場がある「シェンハ」という街から幾分か離れた他の街に近い場所にあり、周囲にはやはりというべきかナイアーラトらしく砂しか見えない。遺跡は傍目からはそう大きく見えず、恐らく先行してしまった者達が入っていったであろう所は半ば崩れかけの岩石と砂土が無造作に左右にどけられている。現場に向かう前にトラベラー達が入るという予定だった入口付近は何とか物をどかしたという話だったが、余裕が無かったのだろう。本当に物をどけたという風で、ぞんざいにも程があった。 遺跡の中に入る以外にも調査団の者達は居ると言っていたので、遺跡のどけられた土砂の周辺には現地の者達が慌しくしている。恐慌状態という程でもなかったが、突然の出来事らしい予想外の事に落ち着きが無い事が垣間見られた。 「……やれやれ、初っ端から尻拭いかよ」 風で巻かれた砂が服に付くのを払いながら、リエ・フーが億劫そうに呟きを落とす。 本来はただ遺跡に同行するだけというのに、これでは先が思い遣られるという所だろうか。しかしそれだけ、予想外の事態でもあるのだろう。 「とても、慌しいのです」 この場の状況を簡潔に表したシーアールシー ゼロの言に、一行を案内した少年――ロウは申し訳無さそうに頭を垂れた。 「……御見苦しい所ばかり、御見せしていて申し訳ありませんが……」 「先に入って行った人達を、助けに行かなくちゃね。落盤だなんて……大丈夫かしら」 言を引き継ぐようにコレット・ネロが少し厳しげに頷き、これから入る遺跡の方へ視線を向ける。一行が入るという場所からでは、内部を詳しく見る事は出来ない。 「医師が必要となるかもしれないのです。お医者さんも忙しい筈かもしれませんですが、手配を御願いしたいのです」 つられて遺跡の方へ目を向け、そこからゼロが医師の手配を頼む。何分、内部の様子が分からないという事は先行者達の様子も分からないという事だ。崩落という事から、負傷をしている可能性もある。 元々調査の為にある程度治療の心得がある者は現地に居たので待機を要請し、一先ず遺跡の内部に繋がる通路の前まで行く。そこは岩石などがどけられているので人が通れる程度には空いているが、風によって地面からではなく、そこから微かに砂が零れ落ちていった。 「さっさと行こうぜ。このまま見殺しってのも、目覚めが悪ィしな」 「そう、だけど……その前に、確認したい事があるんだけど」 微かに響く音は、風音などではなく通称である鳥が鳴く声にも似ている。 先に続く暗闇に目を細めたリエの言葉に同意し、ディーナ・ティモネンがロウの方へ振り返る。 「まず、この地では遺跡に入る時に何か特別な風習ってある? あるなら、済ませてから入りたいわ……先に入った人の分も含めて、ね? あと、私達を呼んだのはキミだけど……この探索行自体の依頼主は誰になるのかしら……先に入った二人?」 「郷に入らば、なのですね」 世界の常識がひとつだとは限らない。それはロストレイルに乗って旅する冒険からよく分かっている為に、それに従うに越した事は無いのだろう。ゼロの引き継ぐような言葉と共に向けられた問いに、ロウは直ぐには答えずに遺跡に入るように促す。 そういった風習を行う少数民族も居るだろうが、今この場ではそのような行為をする必要は無いらしい。そもそも、人命に関わりかねない事態にもなっているのだから、その場合ではないだろう。 「楊貴妃、狐火を頼むぜ。あと、それぞれマッチ持って来たから持っとけよ。……如何した?」 「あっ……うん、有難う。本当に鳥が鳴くみたいな音がするって……私も、ランプを描くから大分明るくなると思うわ。皆も必要なら、言ってね。私が出来る事なら、力になりたい」 セクタンの楊貴妃に狐火操りを頼み、持参して来たマッチを分けながらリエがコレットへ訝しげに問い掛ける。それにコレットは少し我に返ってから礼を言い、自らのトラベルギアでランプを描いた。ゼロの方もライトを持参して来たので、明かりの方は取り敢えず心配する事は無いだろう。 狐火とランプの仄明るさで、遺跡の内部が照らされる。内部は幾つもの岩石が積み上がって出来たような外観とあまり変わり無く、落盤で崩れた為にか足元にはまばらに石や土の塊が落ちていた。 「私は先頭に立つ。光は必要無いから」 「それは分かるが、持って損するモンじゃないなら貰っとくぐらいはしておきな。気休めだけどよ、炎の具合で酸素の量や風の方向もわかるしな。おっと、別れた時はトラベラーズノートで確認も忘れんなよ」 マッチを受け取るのを一度は拒んだものの、そう言われてディーナは一つ頷いてからマッチを受け取る。ただし、先頭を行くのは変わらないらしい。コレットがランプの他に見た目はぬいぐるみに近いので可愛らしいが大きさは人間サイズのクマを描き、それも先導に加えながら遺跡の中を一行は進んで行く。 内部は一行が入っていった所よりも少しだけ広いが、それでも充分な程とは言えない。足元は石や土の塊が落ちているものの、幸いにして柔らかくも無く歩を進めるには充分な強度ではあるらしい。 「地面や遺跡の素材は、普通の砂土や岩石みたいなのです」 照らされた内部の砂や土を持参して来た顕微鏡で見ながら、ゼロが呟きを落とす。その様子を見て、ディーナが周囲の警戒を怠らないまま言う。 「……不必要に壁に触らない、大きな音を立てない。崩れるかもしれないし、罠かもしれない。出来るなら、私の足跡を踏んで歩いて欲しいくらい」 「悪い、それはちょっとばかり遅かったかもな。……しかし、なんだってお利口さんに俺らの到着待てなかったんだ?」 既に迷わない為に目立った通路に十字の傷を刻んでいた為、軽く片手を上げて謝りながらリエがふと疑問を漏らす。 落盤とは、一般的に坑道や地下構造物の天井や側壁が崩壊する事を示す。大体が内部構造の老朽化や地質が脆弱化したというものが原因で、この遺跡も確かに見た所では随分と風化が進んでいた。しかしながら、遺跡に来る前に幾ら風化が進んでいるといっても直ぐに崩落してしまうという事は考え難いという。 「何か、気になる事があったのかしら」 「それだけなら、まだ良いんだけどな。調査ってのは嘘で、お宝に目が眩んだのかねえ。案外、先発隊が壁の一部を引っこ抜いたのが落盤の原因だったりしてよ」 一歩一歩慎重に歩を進めながら心配そうに眉根を寄せるコレットに対し、リエが溜め息混じりに肩を竦めるとディーナがそれに続く。 「欲に駆られて飛び込んで……依頼主なら、本当の事故だと思う。でも違うなら……独占したいが為に、かもしれない」 「そういった可能性もあるのですね」 「……で、本当の所は如何なんだ?」 素直に感心するゼロの直ぐ近くで、リエは意地悪くロウに話を振る。にやりとした悪童のような笑みに、少しだけロウの表情が苦笑気味になった。 「……痛い所を突いて来ますね。それは無い、と言えないのが正直な答えです」 このナイアーラトには、政治らしいものは存在しない。ロストレイルの発着場のある街に存在する塔に「王」は居るらしいのだが、象徴的なもので誰も見た事が無いという。この遺跡の調査も「公的」というものが存在しない為に、同じ目的を共有する集まりといった認識に近かった。 「……じゃあ、世界図書館へ頼んでいる依頼って……? 他の三人の方との、関係とか……仲介は、ロウさんがしているのよね」 「はい。『王』を見たという者は居ませんが、『王』に仕えている――とでも言えば良いのでしょうか。半分、自警集団のようなものですが、その者達が今回の遺跡同行も含めてナイアーラトの街々での問題解決を皆さんに頼んでいる……あまり上手い説明ではないですけれど」 インヤンガイのように政治らしいものが機能しない所では、その世界に居る者達が自然とそういった集団をつくるものらしい。ロウ自身が『王』に仕えている人間である為、ナイアーラトの街々の事で対処に困るようなものなどはロストナンバーに任せる形になっている、とでも言った方が良いのだろうか。 今回同行する事になった他の者達とは顔見知りではあるが、それ程親しい間柄でもないという。 「遺跡調査の緊急性は、人命の安全より低いと思われるのです。ですが依頼は、遺跡の調査同行という事なのですね」 「結構に横着な限りだが、ま、こちとら一応護衛任務に派遣された身、きっちり仕事は果たすさ」 「ゼロ達は、何でも屋さんのようなのです」 酷い言い方にはなるも、まさにその通りか。素直なゼロの言葉が、これ以上に無い程的確に示す。 それに、一瞬皆の言葉が止まる。一際何処からか聞こえる鳥が鳴くような音が響く中、大きな岩が転がる音と共にディーナが不意に足を止めた。 「……行き止まり……先には、繋がっているみたいだけど」 「やはり、内部が塞がっている場所もあるのですね」 足元に何も仕掛けられていない事を確認してから腹ばいになり、岩と岩の隙間の先を見据える。 崩落があった為にただ岩石などが足元に落ちるだけではなく、内部の通路も塞がれている箇所があるらしい。元は通路らしいように見えるが、見た限りでは片腕が入る隙間も無いように思えた。 「先に行ってしまった御二人を見つけるには、もっと奥に行かないと駄目かしら?」 「足跡は判別出来なかったのです」 ディーナの後ろからコレットが呟き、ゼロが改めて足元を見る。 元々足跡などが付き難い地質をしている所為と崩落の所為なのだろうか、明かりなどで視界に問題は無くとも誰かが通ったが分かるような痕跡は無くなってしまっていた。 おおよそ、人間が入口または出口を塞がれてしまった場合に取る選択肢は限られる。何か道具を以って道を作り出すか、その場に留まっているか、別の道を探すか、その辺りだ。訊いた所によると先行していった二人の持ち物は調査隊だけあってそこまで杜撰でもないがトラベラー達に比べると、やはりというべきか些か頼りない。その場に留まっているという考えは、既に内部を幾らか進んでいる状態なので除外される。そうすると残る可能性は、別の道を探す――行ける所を進む、というものくらいしか考えられなかった。 「他に道は無い?」 「近くには見当たらねぇな。さっき岩が崩れたんだから、この先って見るのが妥当だろ」 身を起こして紡いだディーナの問いに、リエが周囲を見て答えた。耳に届いて来た音を信じる限りは、そう見るのが自然だろう。 「地面と壁は……これ以上、崩れるような心配は今の所無いみたいね」 「なら、崩すか」 「ゼロは補強に回るのです。また崩れたら、大変なのです」 あっさりとしたリエの言葉にディーナが携帯用のスコップを取り出し、リエ自身もトラベルギアを発動させる。対極図のカマイタチの威力は極力抑えつつ、粗方を退かした後にディーナがスコップで皆が進める程度にそれを広げる。更にゼロが持ち運びの出来る重機を駆使して、この場での崩落が起こらぬように補強を行っていく。 「わっ……補強の道具まで、持って来たのね」 「ゼロはあまり特別な力は持っていないのです。ですが、科学の力は誰もが使えるのです」 ランプで作業の邪魔にならないように周囲を照らし、ゼロの言葉に目を瞬かせてコレットは暇を持て余しているロウに話し掛ける。 「えっと……ロウさんは、ナイアーラトに帰属してからどのくらい経つんですか? 帰属した切っ掛けとか……あの、良かったら教えて下さい。私もいつか、別の世界に帰属したいって思っているから……参考にしたいなあって思って」 ディーナと目が合ったが、ちょうど通れそうになった所なので邪魔にはなっていない。また慎重に、歩を進める事になる。 「再帰属は二年前です。もう良いかと思って――まぁ、他の二人の方、それに僕の事なんて如何でも良いですから、それよりもこの遺跡の事とかを考える方が楽しいですよ」 さらりと質問をかわし、話を別の方向へ捻じ曲げた。何気無く、先行者達に対して容赦が無いのは恐らく気の所為だろう。 その言葉にコレットは思わず首を傾けてしまいながら、遺跡の内部を進みがてら書いていた自作の地図に目を落とす。何分、全体的な規模が分からない事と障害物などで塞がっている為に曖昧な感は否めないが、道に迷わない為にもマッピングをしておくに越した事は無い。 「この遺跡の中全体、どんな風になっているんだろう……ブルーインブルーの遺跡みたいにロボットとか、あとは獣とか、罠とかかな」 「蝙蝠に鼠、爬虫類――その手のは、少なくとも今の行程では居なかったけど……罠は、分からない」 この遺跡は元々砂の中に埋まっていて、つい最近ようやく調査が出来そうになったものであるという。ナイアーラトの大半を占める砂漠に住む砂獣はこの辺りには居らず、長い間砂の中に埋もれていた事を考えると通常考えられる生き物が生息しているとは考え難い。 後は、罠の可能性。此方は崩落の所為で機能していないだけという事も考えられるだろうが、壁や地面を見る限りその痕跡は見受けられなかった。そこかしこから飛び出す罠や落とし穴といったものも想定していたが、そういった事は無いらしい。 それよりも気になるのは、依然として微かに聞こえる鳥が鳴くような音。 「……本当に、この音は何なのかしら?」 何処から聞こえて来るのか、分からない。何処からか聞こえて来る。周囲の壁と風に反響しているらしいので、尚更だろう。 「鳥の鳴き声みたいに聞こえるし、この遺跡の名称は『金糸雀遺跡』って呼ばれているみたいだけど……」 「そいつの正体は侵入口を風が通り抜ける音か、それとも……何つーか、炭鉱のカナリアの話を思い出すな」 「?」 コレットの呟きに返したリエの言葉に、ゼロがきょとんと首を傾げる。壱番世界の話やらは、まだ詳しくない。 「知らないか? 炭鉱ってのは、狭っ苦しくて空気も悪い。で、鳥っつーのは人間よりも異変に敏感だからな。酸素の残量や空気の汚染度を調べる為に、カナリアを籠に入れて進むのさ。苦しみ出したり、ぱったり死んじまったらそこは危ねぇってな」 この遺跡は炭鉱には見えないが、中がどうなっているのか分からないのは同じ。空気の流れや量の不足、有毒なガスやらが漂っている可能性も無くは無い。 それぞれの世界独自の生き物は多く存在しているが、大体何処の世界でも同じらしい生き物も存在している。この鳴き声も、遺跡内で野生化したカナリアなのだろうか。それにしては他の生き物などは見当たらない上に、先程考えたように砂に埋もれていた可能性を考えると生存も些か難しいと思うのだが。 「ゼロは呼吸していないのです。ですから、濃度計も持って来たのですが、入った時とあまり変わっていないと思うのです」 内部に入る分だけ酸素の濃度は減ったが、ガスやらの方は特に異常無しであるらしい。ガスの濃度計も持参して来たゼロが、数値を見ながら報告する。 「そもそも、鳥の鳴き声じゃないかもしれない」 先を歩くディーナが、そう言って背後を一度振り返る。 鳥の鳴き声のような音がする。鳥の可能性も、確かにあるだろう。だが、そうではない可能性も充分にある。何せ、誰も確かめてなどいないのだから。 「他の何か、って事……?」 「そう。もっと別の――」 推測を口にしかけた所で、前方に何か影が映り込む。 人影だ。それを判ずると同時に素早く其方に近付く。勿論、岩壁を壊さないように心掛けるのも忘れない。 「大丈夫ですか!? 何処か、御怪我は……」 人影は二つ。遺跡内でも少し窪みのある所に、人が蹲っている。ゼロが一旦ロウの方を見ると一つ頷きが返されたので、件の先行した者達であるらしい。 逸早く駆け寄ったコレットが先行者達の様子を見ると、落盤の影響でか身体が結構な砂塗れになっている。他は擦り傷くらいだったが、如何やら此処まで取り敢えず出口を探し求めたは良いものの途中で足を挫いてしまった所為で上手く動けないらしかった。 「今、手当てしますね」 「お医者さんにも連絡するのです」 遺跡に入る前に医師を待機させておいたので、持たせた通信機で発見とその状態の旨をゼロが伝える。幸いにしてそこまで重傷という訳でもないようなので、コレットが皆の用意していた応急処置用具だけで手当てをするだけに済んだ。 「結構奥に入っちまった……のか? これは。それとも、どっかを廻っているだけなのかその辺分からねぇが」 自分では空間把握やらまではしていなかったので、やや疑問系になりながらリエが首を捻る。進んでも、それ程周囲に変化があるようには見えなかった。 「おい、この後は――」 「……っ!」 如何するのか、と問い掛ける為にリエがロウの方へ振り返ったと同時、ディーナがロウの身を自らの方へ首根を掴んで引き倒す。盛大に砂埃が舞い散ると共に、目の前に岩壁が崩れ落ちた。 ぱらぱらと、砂が上の方から零れ落ちる。耳に届く鳥が鳴くような音は健在だったが、僅かに音が小さくなっているようにも感じた。 「信じるのはキミの仕事で全て疑うのが私の仕事だけど、不用意には触らないように――」 「違います」 微かに顔を顰めて咎めたディーナに、唐突に引き倒されたながらにも直ぐに立ち上がってロウは否定する。その表情は、些か厳しい。 「ロウさん?」 「……皆さんがナイアーラトにいらっしゃる時にロストレイルの『駅』の建設に使えそうな材料も探していまして、もしかしたら古い時代の巨木を使った物が見付かるかもしれない――と申したのを覚えていらっしゃるでしょうか?」 「勿論なのです」 コレットが心配そうに問い掛ける傍らで滔々と紡がれた言葉に、ゼロが頷く。 曰く、ロストレイルの「駅」がある街にのみ生えている巨木は特別なものらしく、少々不思議な性質を持つものであるという。貴重な物なので今はそうそう広く出回るものではないとの事だが、それは過去――ナイアーラトが砂に覆われる地になった前、大地が緑に覆われて機械文明が栄えていた時でも、巨木の一部を使われた物が出土されているらしい。しかもそれは今よりも進んでいるようで、各地の遺跡で度々発掘されてもいた。 「てっきり、此処の建材やらに使われているのかと思ったが……」 「ただの木よりも、もっと価値のある……それなら」 「俺達以外――乱暴な言い方をすりゃ、盗掘屋どもが居るって事だろう?」 生き物が生息している可能性は低い。それにそんなものを狙うとしたら、人間しか居るまい。片目を閉じて意地悪めいた笑みを浮かべたリエと同じく、ディーナも頷く。 「この遺跡の出入り口は私達が入って来た所一つとは限らない筈、でしょう? なら、可能性は充分」 「そんな……だから、落盤も? ……っ、待って、皆……あの音が」 心を痛めて物憂げに頭を垂れていたコレットだったが、不意に異変に気付いて顔を上げる。 あの音――鳥が鳴くような音が、今まで聞こえて来た音量よりも小さい。まるで、遠ざかっているように思える。そして、僅かにではあるが確実に砂が風以外によって動いているように見えた。 「外も、砂が動いているみたいなのです。此方は音が近くに聞こえると言っていたのです」 遺跡の外から通信機で慌てた報告を受けたゼロが、外の状況を知らせる。 中からは音は遠くに聞こえ、外からは近くに聞こえるようになっている。――つまり。 「やられたな」 ちっ、と些か苦い顔でリエが舌打ちする。目で見て確認していない為に分からない部分もあるが、一行以外に遺跡に居た者が居た。そして、今はその者達は恐らく外に出ようとしている最中。 「これは風なんかじゃない。ましてや、カナリアの鳴き声でもない。多分、ロストテクノロジー……それも、砂を動かす程の」 この音に応えるように、遺跡を埋めさせていた砂が動いたという。その為に、今回発掘が出来るようになったという。ならば、その逆――また砂に埋もれさせる可能性も出来る。 「……砂の動きが速い。巨木を使った何か……何かは分かりませんが、それが砂を動かしているのは間違いないようですね。無事も確認出来ましたし、これ以上の調査は難しいでしょう」 このまま、生き埋めになっては困る。帰還するように決めた直後に近くの壁が脆くなったように崩れ落ち、一行を急かす。 「全員を安全に外まで連れ戻す事……急ぎましょう」 「長居する理由も無いからな。女子供ばっかりで居心地悪かったしな、このまま良い格好ばかりさせちゃ男が廃るだろ?」 「キミも、私から見ると子供」 「はっ! 違いねぇや」 静かに身を翻したディーナに答えながら、リエが不敵に笑って前に立つ。それに返す言葉は何処か軽口にも感じられるが、言葉に反して行動にふざけた意は一切無い。 前は上から零れ落ちる砂で見え難いが、文句は言っていられない。はぐれぬように気を付けつつ、行き掛けよりは乱暴にトラベルギアを使って駆けていく。 「今度は、後ろをクマさんに任せるね。もしもの時、支えるくらいは出来ると思うから……」 「助けた御二人は、ゼロが守るのです。ゼロのトラベルギアの特性は、ゼロから無条件無差別に他を守る事なのです」 先導にと描いておいたクマにコレットは後ろから何も無いように任せつつ、自らもトラベルギアの羽ペンを握って万が一の事態に備える。ゼロの方は枕がトラベルギアの所為かいまいち緊張性に欠けるものの、時折落ちて来る岩や石に枕を巨大化させて衝撃を吸収させる。特に危険なのは、この場合天井からのもの。一時的にでも崩落せぬように、天井を支える事に徹する。 危険な生物や罠が無いらしい事が、戻るには幸いといった所だろうか。砂塗れになりながら遺跡の外に出た頃には、遺跡は半分程砂に埋まっている状態になっていた。周囲は既に、風の音しかしない。 「けほっ……皆、大丈夫?」 「ゼロは大丈夫なのです。他も大事無かったようなのです」 怪我は負わなかったものの、砂埃で見た目は入る前よりも酷い。少し咳き込みながらコレットが尋ね、ゼロは保護した二人を医者に任せて頷く。 砂やら土塗れにはなっているが、怪我らしいものも無い。遺跡の外にも出られたので、良しとするべきなのだろうか。 「死人が出ても、不思議じゃなかった。けど、全員無事で何より……如何するの?」 手で髪の毛に付いた砂を払い除け、ディーナが問う。 遺跡調査の事ではない。先行していった二人の事でもない。問いたいのは、別の事。 周囲を見回した限り、調査隊や一行の他に誰かしらは見かけない。一行が出るよりも先に、遺跡を出てしまったのだろう。外で待機していた者達も、起こった異変に他の事に注意を払う暇も無さそうなので詳しく尋ねるのも難しそうだった。 今回はそこまでの事まで依頼としていないので、懸念は保留となりそうだったがこれから先に何かあるようならば。 「俺達の手を借りる事になりそうだ――そうだろ?」 「よく御存知で」 思考を読んだかのようなリエの言葉に、ロウが嘆息混じりに苦笑する。 もう、あの鳥が鳴くような音は聞こえていなかった。 了
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