オープニング

 茹だるような暑さ、周囲には人・人・人の雑踏、けたたましい音を立てる車。
 ――壱番世界・夏、日本の首都圏が風景。
 
 内心の疲弊がわずかに外に見れる金髪碧眼異国風の男と快活な笑顔を浮かべ男の手を牽引する女、あまた見られるカップルと同様力関係がそれとなく見える光景。
 壱番世界の風景の一部となっている二人、手を引く女はコンダクター川原撫子、男はツーリストのコタロ・ムラナタである。
 
 一応彼女の名誉のために注釈するのであれば、コタロの疲労は一種天災、一種自業自得に端している。
 コスプレのようにも見える厚い生地のロングジャケットにマフラー……、日本の夏と戦うには余りにも暴挙である。
 勿論軍人として訓練されたコタロが、暑さだけで音を上げることはないだろう。
 だが、ロストレイル号から降車し此の地に至るまでの道程。これがコタロに大きくダメージを与えていた、

 自動改札機が反応せず立ち往生……後ろのおばさんの冷たい視線と舌打が心に刺さった。
 自動ドアは当然のように腕を開くことはなく、押し通るコタロの背中には失笑が聞こえた。
 
 肉体的には頑強であるが精神的に……特にコミュニケーション能力に難がある彼にとって、日常生活におけるちょっとした悪意は想像以上にストレスとなっていたのだ。

「コタロさん……ジャケット脱いだほうがよくないですかぁ? すごく暑そうですぅ☆」
 歩みが止まっていたのだろう少し心配気な表情を浮かべ振り返る撫子。手にしたタオルでコタロの顔に浮かんだ汗を拭う。
「でも目的の場所は涼しいから大丈夫ですぅ☆ その前に喫茶店でもお茶でもしますかぁ?」
「……すまない……大丈夫……だ」


‡ ‡


 数日前、撫子私室。

 可愛らしい女性が表紙の雑誌が机の上にぞんざいに投げ捨てられる。
 紙片の鳴らすバサリという音と共に撫子の口からは盛大な溜息がもれた。
 (……こういうことじゃないですぅ)
 撫子を悩ますのは、この年齢の女性であれば一般的なもの……問題は彼女があまり一般的な女性でないことであった。
 撫子は改め己の所業を思い返す。
 
 ……ロボタンを餌に相手のマフラーとジャケットを徴発
 ……会話中に突然アッパーカットを喰らわせマフラーとジャケットを持ち逃げ
 ……せっかくマスカローゼちゃんが繕ってくれたマフラーとジャケットを半壊させて返却
 ……ベアハッグで反論封じ
 
 ここまで思い出し目眩を感じる。思わず失意体前屈――両膝を付き手を地面につけ蹲る姿勢を取ってしまう。
「駄目ですぅ……これ好意以前に人として駄目ですぅ……」
 
 落ち込む主人な慰めるようにロボタン・壱号が撫子に近づき、ブリキのアームで頭をペシペシと叩く。
 はたと顔を上げる撫子、壱号を見つめる眼には閃きがさした。
「これは少しでもマイナス評価を返上するためにもぉ、秘策を取らねばですぅ」
 勢い良く立ち上がる撫子。その勢いに吹き飛ばされ宙を舞う壱号を片手でキャッチし、工具箱を握りしめ部屋から飛び出す。
 前向きなことは撫子の美点であるが、何故か歪んで見える壱号の表情がはた迷惑な思いつきが実行されているのではないかという不安を感じさせた。
 


 コタロ・ムラナタの余暇は、食事に出向く時間を除けば、ほとんどが鍛錬と休息の二つで構成されている。
 依頼の予定がないこの日、鍛錬ためコロッセオに向かっているのは常どおりでありそれが彼の命運を決した。
 通いなれた道を歩くコタロ、不意の衝撃が横合いから襲いかかる。
「コタロさん、やっと見つけましたぁ☆」
 カンダータの地マキーナの拳もかくやという衝撃と共に、叢雲の胎内で脳を揺らした音声が耳朶を打った。
 揺らされた三半規管が平行を失い、衝撃に膝が震える。
 無様に転げることがなかったのは、まさに日々の鍛錬の賜物、そして蒼国軍人の意地である。
「…………川原殿?」
 衝撃をねじ伏せた軍人が、姿勢を正しながら見るとそこには知った顔があった。
「コタロさん、この前はどうもありがとうございましたぁ☆お約束しましたロボタンを1日お貸ししますのでぇ、一緒に壱番世界へ機械堪能の旅に出ませんかぁ☆」
 背中にリュックを背負い、左手に工具箱を提げた撫子が、ロボタンとチケットをコタロに押し付けるようにしてニコニコと笑みを浮かべ立っていた。
「……いや……その、自分は……」
 想像の埒外に存在したの言葉に、どう反応していいかすらわからず動揺を浮かべるコタロ。
 満面の笑顔を浮かべ迫る撫子の勢いに飲まれコクコクと頷く……その瞬間、彼がサバ折りを喰らったことは想像に難くない。


‡ ‡

 
「コタロさん見えてきましたぁ、あそこが目的地ですぅ☆ たくさん機械があるからタップリ堪能して下さい」
 電気街は大型家電量販店、八階建てのビルがグレムリンエフェクトの接近に心なしかが揺らいで見えた。

=========
!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
川原 撫子cuee7619
コタロ・ムラタナcxvf2951

=========

品目企画シナリオ 管理番号2106
クリエイターKENT(wfsv4111)
クリエイターコメントリア充爆発しろなんていいませんよ、俺が爆発しちゃうし。
どうも、リア充WRのKENTです。

まあ冗談はさておき……

行き先は結構悩みましたが、機械に触れれる機会が多い場所として思いついたのが大型家電量販店だった次第、国立科学博物館とかもありかと思いましたがあまり触れないので……。
店のイメージは秋葉原のYで始まるお店です。量販店+レストランという感じですが、その他にこんなものがあるはずだとプレイングに記載いただければ、よほど不自然でない限り採用致します。
お店には各フロアにわたってデモ用にディスプレイされた機械があるので、そのへんを色々弄って思う存分店の人を泣かせてあげて下さい。

また、シナリオ中ずっとお店にいる必然性はありませんので、別途移動したい要望があればプレイングに記載下さい。

あとは野暮にしかなりそうもないのでコメントは控えさせて頂きます。

それではよろしくお願い致します。

参加者
川原 撫子(cuee7619)コンダクター 女 21歳 アルバイター兼冒険者見習い?
コタロ・ムラタナ(cxvf2951)ツーリスト 男 25歳 軍人

ノベル

 ――壱番世界は秋葉原

 多種多様な人物が集まるこの街であっても、夏場にロングジャケットでフル装備した長身の金髪碧眼――コタロ・ムラナタの姿は一際目立っていた。
 
 ――やべー外人レイヤーかよ、タッパある奴はちげえな、マジ気合入ってんな
 ――あれ? でも随分ふらふらしてねえ、まあ夏にあの格好はないわー、ほんとないわー
 ――むぅ……ひんぬーの彼女様連れでござるか、デュフフ、リア充は氏ねでござる
 
 コタロの姿は好奇の声を集め、その言葉は必然的に傍らにいる撫子の耳に届く。
 (……彼女様ですかぁ、そうみえますかぁ?)
 ――――ひんぬーは敢えて無視した。壱号を投げつけたい衝動に駆られたけど。 
 やっかみですらないしょうもない放言だが、今日のために只管、脳内シミュレーションを重ね知恵熱が出る寸前に煮詰まった撫子の脳内テンションを上げるには十分な破壊力。
 (こ、ここまで来たら人目なんて気にしないですぅ☆)

 壱番世界になれないコタロは人の渦と熱気に息苦しそうにマフラーを下げる。
 此処に至るまでに感じた心労と故国ではおいそれとない環境が、コタロにちょっとした立ちくらみを感じさせていた。
 体をぐっと地に引かれる感覚にバランスを崩しかけるコタロ――そこまでダメージが? と軽い驚愕とともに体を立て直すためにひねると、そこには笑みを浮かべた女性。
「……川原殿?」
 『はい☆』と快活な声と笑みを返す撫子が、タッパからキンキンに冷えたタオルを手渡した。
「コタロさん、冷たいタオルどうぞぉ☆ 入る前から倒れそうですぅ☆ あとぉ、砂糖漬け檸檬も作ってきたんですぅ、夏バテにはテキメン効果抜群ですぅ☆」 
「……感謝する」 
 ぼそぼそっとした言葉で礼の言葉を返しながらコタロは、目の前に女性について考えを巡らせた。

 ――川原撫子、彼女はかの叢雲との戦いにおいて幾度か轡を並べた仲間である、過日の礼がしたいと壱番世界旅行に案内してくれている行動の激しい変わった人物。自分は礼をされるような行動をしたつもりはないが……礼に応じなれないのは仁義に反する。しかし…………。

「コタロさん、コタローさぁん、ちゃんと聞いてますかぁ?」
 文字通り撫子に揺さぶられたコタロの思考は中断させられる。
「いいですかぁコタロさん、私達が居るのはここですぅ☆ もし迷子になったらぁ、ノートで連絡取りながらこっちの本屋さんで会いましょぉ☆ コタロさん多分気に入ると思いますしぃ、そんなに目立たないとも思いますぅ☆」
 大きな○が二つ描かれた地図を手渡し説明する撫子。
 (ここがあの店か……現地情報が手に入るとはありがたい)
 おでん屋の友人同好の士の顔を思い浮かべながら撫子の説明に首肯するコタロ。
「電車もロストレイルも動くんだから大丈夫ですぅ☆」
 首肯を理解の印と認識した撫子は、根拠ない台詞と共にコタロの手を引き、量販店の自動ドアを押し開けた



 量販店の入り口から覗く光景はコタロからみて、未経験の別世界であった。
 視界に溢れる人の渦、そこ彼処から聴こえる案内放送、店員の呼び込み。そして、あたり一面の電化製品群。
 カンダータの組織運営に使われるハイテク機械群は見慣れつつあったが、これほど大量の市井に密着した機械群を見るのは初めてだった。
「最近の流行はタブレット端末とかパソコンとかスマホだと思いますぅ☆ お料理するならオーブンレンジとかも面白いですぅ☆ あ、あそこにタブレット端末のサンプルがありますぅ☆」
「……川原殿、タブレット端末というのは?」
「タブレット端末は、この薄っぺらい板みたいものですぅ☆ これを使って色々なアプリを使ったりインターネットを見たりできるんですぅ☆」
 タブレットの表面を撫子の指が触れると画面がパパっと変わる。
「ほらほらコタロさん、これさっきのお店のホームページですよぉ☆」
 「ほぉ」と感嘆の声が漏れた。思わずコタロが画面を覗きこむ。自然とコタロの顔が撫子の顔に近づく、どぎまぎしながら撫子は心の中でガッツポーズを取る。
 そんな撫子の内心はつゆ知らず、大した機械だとコタロは考える。これほどの情報媒体が兵員に行き渡れば戦場の様相は大きく変わるだろう。
「どうですぅ? ちょっと触ってみてわぁ。壱号を使えばぁ、コタロさんでもきっと操作できますぅ☆」
 撫子の提案に、コタロの表情が思案気に固まる。
 機械音痴は自覚している、自分が機械に触ればきっと問題を起こすはずだ。……だが、触ってみたくないといえば嘘になる……彼女の善意にも反すると考えると否が応にも興味のほうに天秤が傾く。
 ――壱号殿にも触れてみたいという願望もあった。
 (よし! ここは畳み掛けどきですぅ。壱号頼みましたよ! 壱号!!)
「はい、どうぞですぅ☆」
 ニコニコ顔の撫子が今だ逡巡するコタロに無理やり壱号を押し付ける、何故かロボタンの癖にそれと分かる不安げな表情を浮かべる壱号とコタロの目があった。
 (…………本当に……大丈夫だろうか)
 一抹ではない不安が湧き上がる、だがもはや後には引けぬ。
 パタパタと機械の手を動かし操作方法を説明する壱号を横目に、おっかなびっくり震えるコタロの指がタブレットに触れた。
 撫子が操作した時ほどなめらかなものではないが、タブレットの表示がコタロの指の接触に合わせて遷移する。
 (……動く……壱号殿の……ロボタンの支援があれば自分でも機械を動かせるのか……!?)
 全自動機械破壊魔、歩くグレムリン・エフェクト、アンドロイドの天敵と呼ばれた自分が機械に触れることができる。
 コタロの口が僅かに笑みを型どろうとして歪む。普段そのために動くことのない表情筋がぷるぷると震え、引攣れを起こしているようにも見えたが。
 (やった!! コタロさん喜んでいるですぅ☆ 壱号よくやりました、今夜はホームランですぅ(?)☆)
「そうだ、このお店のホームページ。サンプル本も見れるんですよぉ、ちょっと見て見ませんかぁ?」
 撫子の指がコタロの持つタブレットに触れ画面が変わる。
 壱号の顔が歪んだ――予想外の動き。
 タブレット端末が空気の抜けるような珍妙な音を立てると表示する画面は黒一色になり全く反応を示さない。
 なんとも言えない空気が二人と一体の間に流れる。壱号から聴こえる引き攣った歯車音が虚しく響いた。
「えーっとぉ……暑いと電化製品は熱暴走し易いですからぁ☆ 次行きましょぉ☆」
 撫子はそそくさとタブレット端末をサンプル品置き場に戻し、少し白々しい言葉を吐くとコタロの手を引き売り場から逃走する。
 背中越しに店員の文句の声が聞こえた気がしたが完全に無視した。



「……川原殿これは……?」
「これはエスカレーターですぅ、動く階段みたいなものですぅ」
 なるほどと、頷くコタロが脚を乗せるとガクンと音を立てエスカレーターが止まる。
「……最近は節電が流行なんですぅ☆」
 客の罵声を尻目に止まったエスカレーターを階段のように上る。

「…………川原殿これは……?」
「これは関数電卓ですぅ、機械の形状を計算するときに使ったりするんですぅ」
 なるほどと、触れた電卓のディスプレイに表示は全くなかった。
「……多分電池切れですぅ☆」

「………………川原殿……?」
「これはプラズマTVですぅ、色々な番組を見ることができるんですぅ」
 なるほどと、コントローラを触るコタロ。画面には砂嵐が舞った。
「……きっと、アンテナが繋がっていないんですぅ☆」


‡ ‡


 コタロに状況の不味さに気づいていた。いやそもそも気づいていたが持ち前の気の弱さから言い出せずにいた。
 川原殿は明らかにむきになっている……、自分を楽しませたいがため行動であるはずだが……このままは不味い……。
「コタロさん、次はあっちにいきましょうぅ☆」
 快活に聴こえる声だが、顔には疲労らしきものも見て取れる。コタロは意を決して頭を振り、否定の意を伝えようとする。
「大丈夫ですよぉ☆ 小さいから駄目(?)なんであってぇ、オール電化のモデルハウスならイケるかもしれません☆」
 にべにもなく否定された。


 横井和正は百戦錬磨の販売員である、販売戦略室よりオール電化の販売リーダの任を預かり幾多の戦果をあげていた。
 彼の領域に踏み入れたのは、かなり長身の一組の男女。歴戦の店員は速やかに値踏みを始める。
 関係を見るに女がイニシアティブを握っているように見える…………いけるパターンだ。
 彼はこの時の判断をすぐさま後悔することとなるがそれはどうでもいい話だ。


「コタロさん、見て下さい。ここを隠すと灯りがつくんですぅ☆ あ、あとこの床少し色が違うところが暖かくなっているんですぅ、触ってみてくださぁい、冬とか便利なんですよぉ☆」
 (……やるしかないのか? ……壱号殿の反応も問題ないようにみえるが……ままよ)
 意を決したコタロが床暖房に触れる……確かに暖かい、そして壊れる様子もない。
 感嘆よりも安堵の成分が多い溜息がコタロの口をつく、傍らの撫子も同じような溜息をついていた。
 (……川原殿にこうも気苦労をかけてしまうとは……申し訳が立たぬ)
 別段、コタロのせいというわけではないのだが、傍らの撫子をみて責任を感じてしまうのは彼の悟性故であろう。
 謝罪をしようとコタロが撫子の肩に手をかけるとバッと音が立ちそうなぐらいの勢いで撫子が振り向いた。

「…………川原殿……そのだな……」
「はい!! なんでしょう!?」
 声が裏返って地が出た。
 スキンシップがないというわけではないがコタロから触られることは殆ど無い。
 顔が上気するのが分かる、バクバクとなる心音が耳に痛い。
 緊張して待ち構えている撫子の耳に届いたのは残念ながらコタロの声ではなかった。

「お客様、当モデルルームにご興味おありでしたら、是非に案内させてください。申し遅れました私販売担当の横井と申します」
 店舗の制服に身を包んだ如才なさげな五十近いおっさんが話かけてくる。
 (……いいところでぇええ、このおっさんブッコロですぅ……)
 撫子から溢れ出る灼熱のオーラは続く言葉で雲散霧消した。
「ところでお二人様はご夫婦様でいらっしゃいますかな? 本日はご新居の家電などを?」
 (……ご……ご夫婦さまぁ? え、え、ええーー!?)
「まずはシステムキッチンなど、やはり台所は奥様が一番気にされるところでしょう、ささ旦那様もどうぞ」
 (あわわわわ……わた、わたしが奥様……じゃ、じゃあ……コタロさんが旦那様ですかぁ)
 ぼーと呆けて棒立ちになる撫子、精神がどこか別世界に旅立っている。
 店員の説明も上の空で全く聞いている様子のない撫子に流石に心配したのかコタロが顔の前で手をひらひらと振る。
「……不束者ですがよろしくお願いしますですぅ!…………あ」
 反射的にコタロの手を掴み宣言する撫子、一寸の後現実に帰ってきた彼女は耳まで一瞬で真っ赤になる。
「ううう、うわーーーん、私何言ってるんですかぁあ」
 あまりの気恥ずかしさに壱号をコタロに投げつけると叫び声をあげて走り去る撫子。
 コタロは慌てて壱号をキャッチすると、呆然とその姿を見送る。
「奥様はお加減がわるいようですね……? どうです旦那様、お値段感だけでも確認されては? あとで奥様喜ばれますよ、さあこの全自動ドラム式洗濯機など……」
 歴戦の店員は動揺しない、コタロの隙にするりと言葉が割り込む、ただでさえコミュニケーション能力に乏しいコタロが巧みに話しかける店員から逃れられる道理はあろうはずがない。
 
 ――もっともその結果は、モデルルームが数日間にわたって販売停止状態に追い込まれるというものだったが。


‡ ‡


 コタロが電化の城に取り残されてから半刻ばかりが経過した。

 店員に促されるままに機械に触れてはガラクタに変える作業によって、モデルルームから追い出されたコタロは道はぐれた撫子の姿を追って店舗内をさまよった。
 彼女に手を引かれ歩いているうちは良かったが、人ごみに慣れないコタロは人の群れに飲まれてはディスプレイされた機械や道行く人の携帯などにふれ被害を拡大する。
 (……不味い自分は此処にいるべきではない、川原殿と急ぎ合流しなければ)
 行動を決定した後のコタロの動きは早い、非常階段に身を躍らせると滑るように駆け下り喧騒冷めやらぬ店舗を抜け、目的地――手渡された地図に記された本屋へ駆けた。


 (はぁ……またやってしまいましたぁ…………、全然ダメダメですぅ、大失点ですぅ)
 地図を片手に本屋の前に座り込む撫子、口をついてでる溜息、徒労感が溢れ目尻に涙がたまる。
 (……もう30分も立ちましたぁ……ノートにも反応無いですぅ、コタロさん……愛想尽きちゃいましたかぁ)
 コタロが如何なる事態にあっているかはつゆ知らず、撫子の心は沈む。
 元々感情的な暴走が目立つ撫子だが、今日は特に情緒の浮沈が激しい。
 
 ――恋愛に見られる典型的な不安症
 
 想い人の一挙手一投足が情動を強烈に揺さぶり、過剰な反応になって現れる。
 待ち合わせの本屋に姿を現したコタロに感激の余りベアハッグを決めるのはもはや止めようがない事態であった。


‡ ‡ 


 ――本屋
 
 撫子が眺めるコタロは、少女漫画の棚にある本を手に取りペラペラとめくり、吟味するように唸り……お眼鏡にかなったのか、買い物籠に入れる。
 (コタロさん楽しそうですぅ……初めから此処に来ればよかったですぅ)
 コタロの表情は真剣そのもの、行為を別にすれば凛々しく映る。自分の方もああいう顔で見てくれれば嬉しいのに……と思わなくはない。
 (私も一冊くらい買ったほうがよいでしょうかぁ……コタロさんにおすすめ聞いた方いいのかなぁ?)
 適当な本を手に取りながらボンヤリ考える、コタロは一列棚を見終わったのか別の列に移動しようとしている。

 ――その先には
「わぁああ、コタロさんストップですぅ、そこは行っちゃだめですぅーーー」
 手にとった本を投げ捨て撫子は、知らずか18禁同人誌コーナー(BL)に入ろうとするコタロをがっちり止めた。
 

‡ ‡

 
 ――ロストレイル号

 撫子は流石に疲れきったかコタロの肩に、よりかかりうつらうつらとまどろみの中にいる。
 彼女の寝姿を見つめるコタロは思いを馳せる――遠い、既に取り返しがつかぬ程失われた時間に。

 撫子の好意は衆目一致の露骨なものである、コタロがそれに気づかぬことは朴念仁を超えて一種の異常とも取れる。
 ナデシコ――故郷の友人を思わせる名前。
 それは脳裏から離れることのない最悪の記憶を呼び覚ますキーワード。
 
 彼女の名前を思い出す度にコタロは、自己否定する呪文を自分にかけた。
 
 ――俺は無価値だ、生きる意味などない、ましてや誰かが好意を持つはずがない。
 
 幾日もロストナンバーとして過ごすうちにコタロの呪文は溶けつつあった。
 友と言える仲間ができ、生き残ることに意味を見いだせるようになった。

 そういう意味ではコタロにとって、撫子は特別だった。
 ――容姿も、声も、喋り方も、性格も似るところのない彼女、だがサクラコを思い出させるナデシコが自分に好意を持っているなどという想像をコタロ自身が否定する。
 だからコタロにとって彼女の行為は過日の礼であって、彼女はちょっと変わった義理堅い良い人なのだ。そう思い込むのだ。



「コタロさん、あの……少しは楽しかったですかぁ?」
 ロストレイル号に下車する時、不安げに尋ねる撫子にコタロは首肯のみを返した。
 無邪気に喜びを示す撫子に別の声がかぶって聞こえた。
(……何を馬鹿な……)
 コタロは頭を振ると、それを否定した。

クリエイターコメントどうもWRのKENTです。

思ったより機械は爆ぜませんでしたがご満足頂けましたでしょうか。

今回はデート? シナリオっぽいので個別コメントなどといった縁起の悪いことはやめて、思ったことを二、三書いてクリエイターコメントとさせて頂ければ。

1)文章に戦慄する
 殺されるかと思った
 
2)温度差
 気づかない人に気づかせるのは大変ですね。
 空気のようないて当たり前の人にならないと厳しそうに感じました。

3)過去設定
 外部サイトを探すのは大変……なので諦めた。

以上です、それではまたよろしくお願いします。
公開日時2012-09-17(月) 22:00

 

このライターへメールを送る

 

ページトップへ

螺旋特急ロストレイル

ユーザーログイン

これまでのあらすじ

初めての方はこちらから

ゲームマニュアル