オープニング

『その地は海に護られている。
 潮の満ち干きの僅かの間を縫わねば辿り着くは難しい。
 時誤れば波が全てを攫いゆく。

 海に護られし地には、慈愛深き地母神祀る修道院あり。
 修道院には、慈悲深き地母神奉る修道女あり。

 その地を訪うてはならぬ。
 その修道女を訪うてはならぬ。
 訪うた者は二度と戻らぬ。』
          ――とあるキャラバン隊の見聞録より


 ヴォロスの広大な大陸の端。入り組んだ入り江が開いた竜の顎の形となったその内海に、その島はある。
 竜に食われる宝玉のような、見事に円いその島の岩肌を隙間無く埋め尽くして、無数の塔。海面より立ち上がる岩肌は立ち入る者を拒むかのような急峻な崖。
 何時の時代、何処の誰が建造したのかも判然とせぬ難攻不落の砦じみた塔は、陰鬱な色した遠浅の海にただ静かに佇む。塔の壁には多種多様な神像や紋様、古の聖典文記す装飾文字が、僅かな空間も厭うように彫り込まれている。
 寄り添い合い、捩れて重なる複雑怪奇な形した塔の群、巨大な魔物が蹲るが如きその建物を、入り江に住まう寂れた漁村の住民達は『戻らずの修道院』と呼んだ。
 好奇心ゆえか何らかの信仰求めてか、激しい潮流の間隙を縫い、恐ろしくも美しいその修道院へと渡った人々は、けれど誰一人として帰って来ぬと住民達は言う。


 今となっては訪なう者のいない修道院の地下には洞を利用して作られた広い墓地がある。
海面より立ち上がる岩は波うねる地よりもさらに地下にまで根を伸ばし、
天然の柱となって死者の埋葬地を物言うこともなく静かに守っているのだ。
 
「その地下墓地に竜刻があるとの予言がありました。修道院の歴史はとても古く、クロハナさんが見つけてくださった資料によれば、三百年をゆうに遡るようです」
 言いながら、ヒルガブは視線をちらりと部屋の別所に座るクロハナを見やる。
 クロハナは世界司書という位置にある者の中で、数少ない交流を持っている相手だ。目が合い、つかの間にこりと頬をゆるめた後、ヒルガブはすぐにまた視線を導きの書へと戻して口を開ける。
「今回は二件の案件が同じ場所で生じました。皆さんにはこの修道院に向かっていただくことになります」
 言って、導きの書を閉じた。
「私の側のお手伝いをしていただく方々には、この地下墓地で竜刻の回収をしていただくことになります。もうひとつの案件では、修道女に会ってきていただくというものになっています。そちらの案件はクロハナさんが
担当していますので、あちらでお話を伺ってきてください」
 周りのロストナンバーたちを見渡した後、ヒルガブは「ただ」と静かに声を続けた。
「予言によれば、どちらも同等に危険が伴うかもしれません。地下墓地には、うごめく死者の群れがあるようですし」
 太陽の射さぬ深い地下に広がる洞は迷路のように入り組んでいる。無理に押し通ろうとすれば岩盤が崩れてしまうだろう。
「竜刻が墓地のどの辺にあるのかまではわかりません。ただ、光源はお持ちになったほうがいいかもしれませんね」
 そう言った後、「お気をつけて」と続けて、ヒルガブはわずかに表情を曇らせた。



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※ご注意ください
 【Harvest】はコラボシナリオとなっております。
 時間軸がほぼ同時進行となりますシナリオですので、同一のPCさまによる二つのシナリオへのエントリーはお控えください。
 万が一重複されました場合は、どちらにも充分な描写が出来ないことがあります。ご了承ください。
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品目シナリオ 管理番号1497
クリエイター櫻井文規(wogu2578)
クリエイターコメント今回は阿瀬WRのお胸をお借りしまして、コラボシナリオというかたちでのお誘いにあがりました次第です。
わたしが担当するシナリオは、修道院の地下にある墓地で反応が見られた竜刻の回収を目的としたものとなります。
竜刻は暴走し、地下洞には「動く死者」もいるようです。数はわかりませんし、必ずしも戦闘的であるとは限らないかもしれません。が、対策はあったほうが良いかもしれません。
洞穴内であるため、例えば内部を破壊する等の行為は、上部にある修道院にも影響を与えてしまいかねません。

それでは、ヴォロスでの旧き修道院への旅。参りましょう。

参加者
マルチェロ・キルシュ(cvxy2123)コンダクター 男 23歳 教員
ディーナ・ティモネン(cnuc9362)ツーリスト 女 23歳 逃亡者(犯罪者)/殺人鬼
幽太郎・AHI/MD-01P(ccrp7008)ツーリスト その他 1歳 偵察ロボット試作機
ジャンガ・カリンバ(cpwh8491)ツーリスト 男 37歳 シャーマン

ノベル

 潮の匂いが鼻先をかすめる。鈍色の海は一面に果てなく広がり、押し寄せる波は白く飛沫をあげていた。
 ディーナ・ティモネンはその美しい顔を隠すようにかけたサングラスの下、宝石のようにひらめく紫色の双眸をゆらりと細めて目指す先を見つめる。
 この辺りの海は潮流も荒く、かつては幾艘もの船を呑みこみ沈めたとされているらしい。水色から察するに水深も相応にあるようだ。どのような手段で海を渡ろうかと算段していた矢先、名乗り出たのは世界司書クロハナからの依頼を請けたグループの中のひとりだった。彼女は稚い風貌と幼さの残る顔立ちはそのままに、目指す修道院のどの塔よりも巨大な体躯へと身を変じ、八名全員を文字通り一手に抱え海を渡ってくれている。ディーナたち四人は彼女の両掌の上で包まれるような格好だ。別隊は少女の肩や、あるいは少女の頭上よりも高い位置を飛行している者もいる。――なるほど、これなら船などの移動手段を持たなくても目指す修道院までは難なく進むことが出来る。感心しながらも、ディーナはふと海を渡る前に立ち寄った近隣の小さな村でのことを思い出した。
 修道院は難攻な土地の上に立っている。地図を広げ見てみれば確かに、司書に言われた通り、“竜が顎を開き、今まさに喰らわんとしている宝玉”のような地形の上、決して広いとは言い難い立地のすべてを埋め尽くし、天空を目指し高く伸びる幾筋もの塔に囲まれていた。一見すれば要塞のようにも見えるそれは、見目にも来る者の来訪を拒んでいるかのような圧倒感をすら落としている。
「まるでモン・サン・ミシェルだな」
 ため息を落とすように口を開いたのはMarcello・Kirsch(マルチェロ・キルシュ)だった。その言葉に、ディーナがわずかに視線を送る。マルチェロは片手に小さな花束を持ち、腕組みの姿勢で目線はまっすぐに修道院を見据えていた。長い金色の髪が潮風をうけてゆるやかに踊る。その足もとにはロボットフォームのセクタンHellblindi(ヘルブリンディ)がかたかたと小さく揺れながら立っている。ヘルブリンディは時おりマルチェロが持つ花束を仰ぐように見やった後、かくりと首をかしげて、自分もマルチェロと同じように修道院に向けて視線を移した。
 修道院を望むことの出来る距離に、小さな村がひとつあった。豊かなとは決して表せないような寂れた村ではあったが、近海での漁などをして生計を立てているようだった。村に住む人間たちは、異国からの来訪であろうと一目で知れるような風貌をした旅人達を、歓迎などしてはくれなかった。まして修道院の話を持ち出すとことさら、彼らは旅人たちを疎んじた目で見つめ、ほとんどの者すべて、まるで穢れを避けるかのような素振りで足早に家の中に逃げ帰りかたく施錠までしてしまう有り様だった。その中で、数人の子どもたちが大人たちの目を盗むようにして走り寄ってきて、そうして手渡してきたのが花束だったのだ。これを修道院に持っていって欲しいと、子供たちは口早にそう言うとすぐに来た道を引き返し走り去っていった。いずれにせよ、めぼしい情報は何ひとつとして入手は出来ず、村を後にすることにはなったのだが。
「ところで、だ」
 口を閉ざしたままだったジャンガ・カリンパが腰を持ち上げたのは、もうほどなく修道院に着こうかという距離に達した頃だった。
 ジャリンガは腰に提げていた小さな布袋を三つ手に取ると、それを同行者である三人の手に順番に渡しながら言葉を継げた。
「こいつは匂い袋だ。あの司書の話じゃ、地下墓地の中で迷子になるかもしれねえって事だし、万が一にはぐれてもこいつがあれば目印になる。とは言ってもそんなキツい匂いにはしてねえつもりだ」
 言いながらディーナに渡し、次いでマルチェロに渡す。最後に向かったのは幽太郎・AHI/MD-01Pだ。ジャンガは深い森の色を映した緑色の双眸で眼前の竜――正確には竜型のロボットを見つめ、ほんのわずかな間、物珍しげに瞬きをする。ロストナンバーとなって以降、ターミナルや訪れる様々な世界の端々で、彼は自分の故郷である世界では目にしたことのない様々な命と対峙してきた。むろん、幽太郎のような命も決して珍しいわけではない。
 幽太郎は自分と同じほどの身丈をほこるジャンガの顔を見つめ返し、かくりと首をかしげた後に数度ほど青い目を瞬きさせた。金属の装甲で覆われた両手を差し出し、ジャンガの手から小さな布袋を受け取ると、それを鼻先に持ち上げて匂いを確かめた。
 草原に広がるハーブに似た匂いがする。確かに、毛嫌いされるような匂いではないように思えた。程度も強いものではなく、わずかに名残るような。
「ここは風もある。潮の匂いも強い。だからそんなに強くは感じねえだろう。だが地下墓地ってぐらいだ、風もねえだろうし、ここよりはもう少し強く匂うはずだ」
 言って、ジャンガもまた修道院に目を向ける。巨大化した少女の足はもう岩礁を踏んでいた。ここいらでいい、降ろしてくれと告げて、ジャンガは少女に向けて満面の笑みで礼を言う。少女は汚れの一点も感じさせない笑みをもってうなずき、両掌をそっと静かに海岸の上に近付けた。

 修道院に向かう四人に軽い挨拶を述べた後、歩き出した四人の一番先頭で、幽太郎がきょろきょろと辺りを見渡し、それからほどなく一点を見つけてその場所を示した。
「アノ場所。多分、アソコから入れる」
「ん? どこだって?」
 マルチェロが幽太郎の横に移動して示された方向を見つめれば、それを越してディーナが先んじて歩みを進めていく。
「アノ岩場ノトコ」
 幽太郎はディーナに続き、ジャンガは一番後方で歩みを止めたまま、尻尾をふらふらと動かした。マルチェロはジャンガからもらった匂い袋を一度鼻先に持ち上げて匂いを確認した後、それを上着のポケットにしまいこむ。ヘルブリンディがマルチェロの後をついて歩き出し、マルチェロはそれを気遣うような目線を落として小さく笑みを浮かべた。それから改めて目線を上げれば、モン・サン・ミシェルを彷彿とさせる造形を成した修道院を仰ぎ見ることが出来る。石を切り積み上げ造ったのであろう、歴史を思わせる風貌の修道院は、空を目指し伸びる幾筋もの尖塔を抱いている。この修道院がどのような目的をもって造られたものであるのかは定かではない。たどり着くまでの潮流の悪さを思えば、信仰を求め来訪しようとした者のどれだけがこの修道院の祭壇を前に出来たかもまた、定かではない。けれどこうして仰ぎ見れば、天を目指し伸びる幾筋もの尖塔は、まるで奇蹟を望む信仰者たちが救いを求め伸ばした腕のようにも思えた。
「……竜刻を回収してから、いろいろ調べる余裕があればいいんだが」
 呟いた言葉に、ディーナが肩越しにわずかに振り向く。
「……私も興味、ある」
「だな。時間があればいろいろと見てみたいものだ。見ろ。壁に文字が刻まれている」
 ジャンガが修道院の外壁に指を這わせながら 目を細める。刻まれた数多の文字が何を意味しているのかはわからない。救済を請うための場所であるならば、やはりそこに込められているのは救済を願うための言葉なのだろうか。
 幽太郎は前を行くディーナの華奢な後姿を見つめた後、手に携えてきた紙袋に視線を落とした。今回訪れるのが信仰の地であると知り、急遽用意した詰め合わせだ。急ぎ集めた内容ながら、焼き菓子数種というラインナップにはそれなりの自信がある。祭壇前か、あるいは墓地にあるであろう墓石の前などに供えるのでもいいかもしれない。いずれにせよ、お供えとして持ってきたものだ。袋の中身を再度確認している幽太郎を、数歩前を歩いていたディーナが足を止めて振り向き見つめて口を開く。
「ここ、ね」
 ディーナの細い指先は、尖塔へと伸びる石壁と岩礁との間に積み上げられた小さな洞の入り口を示していた。幽太郎は早足にディーナの隣まで近付くと、洞を検めてうなずく。
「ウン、ココ」
 言って、幽太郎は振り向き、マルチェロとジャンガの顔を見る。
「暗イカラ明カリ持ッテケッテ、司書サン言ッテタマシタネ。ボクハ必要ナイデスガ、ミナサンハ」
「私は明かりがいらないから……先行する」
 ディーナはそう応えるがはやいか、すぐにきびすを返し洞の中へ姿を消した。幽太郎が「一人デ行クノハ危険デス」と言いながらディーナを追う。
 残されたマルチェロは持参してきた大きな懐中電灯を構え、後方にいるジャンガを振り向き首をかしげた。その視線に気がついたジャンガは一本の松明をわずかに掲げてみせる。元々は骨折などの処置に使う目的の代物なのだが、用途は様々に広がるものだ。マルチェロはジャンガに向けて小さく頬をゆるめると、ディーナと幽太郎を追い、洞の中に踏み込んだ。 
 ジャンガは洞に足をかけ、ふと歩みを止めて修道院の壁に刻まれた言葉に目を走らせる。ジャンガは大地の聖獣の末裔として生をうけた。大地に関わるものから力を引き出すことが出来、また意思を交流することが出来る。
 大地は波によって少しずつ侵食されている。かき消されそうになっているのは日毎削れていくこの地の声なのだろうか。それとも、かつてこの地を訪れ志を達することが出来ず海に沈んでいった者たちの嘆きなのだろうか。
 それとも

 勾配のある石階段は造りもあまく、苔むしていて、ともすれば足をとられ転げ落ちてしまいそうなものだった。天井も低く、身丈のある者は途中から身を屈めなければ進みにくくなってしまうほどだ。
 ディーナはひやりとした岩壁に手を這わせる。階段はゆるやかな螺旋を描き、思いのほか深くまで続いていた。かつかつと足音が響く。階段をおりればおりるほどに冷気は強くなる。わずかに身震いしながら、やがてディーナは階段の終着に辿り着いた。
 苔むした木の扉がある。閂(かんぬき)がほどこされた扉は、ディーナの細い腕ではどうあってもびくりともしない。
「ドウシタノ?」
 ほどなく追いついた幽太郎はディーナに声をかけた後、しかしすぐに扉の存在を目にとめて目を瞬いた。
「開カナインデスカ?」
「ええ」
 小さくうなずいて、ディーナは再び扉を見る。
「一応……いざとなれば、爆破も出来るけど」
 言って、持参してきた道具を入れたカバンを撫でた。中にはC4爆弾や信管一式、ドライスーツや小型ボンベ、一日分の非常食――様々なものをしまいこんである。
「デモ」
「ええ。……立地を考えれば、大きな音は洞窟を壊しかねない……から、これは」
「最終手段?」
「ええ」
「ジャア、ボクガ試シテミルヨ」
 幽太郎はそう言いながら頑強な腕を扉にあてがう。
「……デモ、コレ開ケタラ幽霊サントカ飛ビ出シテ来ナイカナ」
 不安気に呟いて横目にディーナを見れば、ディーナは「大丈夫」と言いたげにわずかに首を縦に振った。しかし、
「エ! ヤッパリ出テ来ルノカナ」
 ディーナのうなずきを“怖いものが飛び出してくる可能性への肯定”と受けたのか、幽太郎はわずかに身震いして動きを躊躇する。
「……そうじゃない」
 ディーナがなだめようとしたのと同時、マルチェロとジャンガもまた扉の前に辿り着き、
「どうした?」
 幽太郎の肩越しに扉の存在を覗き込んだ。
「開かないのか」
「ええ」
 マルチェロの言葉にディーナがうなずく。幽太郎はこわごわとジャンガの後ろに身を隠し、ことの成り行きを見つめた。
「少なくとも、このすぐ向こうにゃなんにもいねえよ」
 おびえるジャンガをなだめながら笑うと、ジャンガは静かに扉と岩壁に手をあてる。
 すうと息を吸い、呼気を整える。次いで目を閉じて大地との交流を始めた。
 みえるのは、扉の向こう――距離的には思ったほど遠くではなさそうな位置に、ほの碧く光る石。うごめく死者とやらの気配は感じられない。が、それはそもそも生気を宿していないからか。
「大丈夫だ」
 言って、ジャンガは幽太郎の肩をたたく。押し出される形となった幽太郎はしばしおずおずと三人の顔を見やったが、すぐに意を決したような目を浮かべて再び扉に手をかけた。

 錆びていた閂がはずされ、苔むした厚い扉は幽太郎の怪力の前にやすやすと開かれた。開かれたその奥には、じっとりと重く湿った冷気が満ちている。吐く息がわずかに白く染まるほどの気温に、幽太郎を除く三人は身を震わせた。
 耳が痛くなるような静寂。――否、水滴が落ちて岩をたたく気配がする。扉をくぐり中に踏み込んだ。すぐ脇に、壊れて用途を成しそうにないランプが吊り下げられていた。マルチェロが懐中電灯で周囲を照らす。
「鍾乳洞」
 ディーナが声をもらした。
 鋭く尖った岩が上から下から伸びて繋がっている。ところどころ、水晶のような塊が見受けられる。水場があるのだろうか、耳をすませば何か小さなものが水面を叩いた音が聞こえた。
 松明を灯したジャンガが先頭に歩み出る。それに続き歩み出たマルチェロは、階段の途中で肩に移動させたヘルブリンディに一本のペンライトを渡して笑う。
「これ持っててくれるか?」
 かくりとうなずいたヘルブリンディにもう一度笑いかけると、マルチェロは懐中電灯で足もとを照らしながら数歩を進めた。
「ところで」
 先を歩くふたりの背を見つめながら、ディーナがゆっくり口を開けた。
「竜刻に生かされてるの、修道女さんとうごめく死者。……どっちだと思う?」
 ジャンガとマルチェロの歩みが止まる。振り向きディーナの顔を見つめるふたりの間をすり抜けて、ディーナは再び口を開けた。
「カリンバ。大地の情報、読めたよね?」
「ん? ああ」
「竜刻がありそうな場所、とか……感知できない?」
「それならさっきもう調べてみたがな。辿り着くまでには、どうにも入り組んでて、文字通りの迷路だな」
 距離的にはそう離れていないはずなんだが。そう続けるジャンガに、幽太郎は首をかしげる。
「ボク、探査モードヲ使エバ、洞窟ノ構造モ幽霊サンタチノ居場所モ判ルヨ」
 言いながらメインシステムを起動させる。
「デモ、レーダー波ガ届カナイ場所ダト、チョット……」
「協力が必要か?」
 ジャンガが応える。幽太郎はこくこくとうなずいた。
「むずかしい事はよくわからねえが、声を反響させることなら出来る」
「声ヲ?」
 幽太郎が目を瞬かせる。次の瞬間、ジャンガは深く息を吐き、吸い込んで、そうして、空気をも震わせる咆哮を身体中から解き放った。
 ディーナとマルチェロが耳を塞ぐ。幽太郎は瞬きもせずに周囲を検め、そして瞬時にすべての計測を終わらせた。
「……すげえ声だな」
 マルチェロが片眉を吊り上げながらも小さく笑う。ジャンガはマルチェロの顔を見やり、わずかに肩をすくめて笑みを返した。
「……わかった?」
 耳鳴りをおさえながら幽太郎に近付いたディーナに、幽太郎はこくりとうなずき、右腕を持ち上げる。プラズマトーチを接続し、明かりを確保したのだ。
「コノ先五十メートルノトコロに五人イル。ソコマデハ一本道。五人イルトコロカラ左右ニ分カレルケド、右ハ百メートルグライデ行キ止マリ。ソコニ大キナ空間ガアル」
「カタコンベは棚状になっている場所に棺桶を収納していたりしたような気がするが、そういった空間かもな」
 マルチェロが息を落とす。
「左ニ曲ガッテ十メートルノトコロニ三人、ソコカラ五メートルノトコロニ一人」
 ジャンガが放った咆哮が洞穴内で反響したものから計測できた結果を、幽太郎はデータを読み上げるような口ぶりで語り続ける。ディーナが静かにうなずいている。
「ソノ奥ニ六人……行キ止マリダケド、壁ニ……小サイ穴ガ」
 それがなんの穴なのかはわからない。ただ、その近くにいる六人は、他の者たちと違い大きく動こうとはしていないようだ。
「俺の見立てだと竜刻らしい石は壁に埋まっているようだ。たぶん、その穴がそうだな」
 ジャンガが告げる。幽太郎はといえば、ようやく目を瞬かせ、不安げな色を浮かべて声を潜めた。
「……穴ノトコロニイル人タチ以外、皆コッチニ来ルヨ。……優シイ人タチナライイケド……」
 びくびくと震えている。マルチェロが、なだめるように幽太郎の腕を軽くたたいた。
「大丈夫だ、心配ない」
「……待って、ノートに連絡が」
 幽太郎のすぐそばに控えていたディーナが、ふいにそう口を開き、トラベラーズノートを手にとった。修道女に会いに行った四人からの連絡だ。
「……修道女さんが攻撃してきたみたい、ね」
「攻撃?」
 ジャンガがディーナを肩越しに振り向いたのと同時、明かりの届かない暗闇の中から何かを引きずるような音がした。

 海の底に積もる泥が息を吹いたように、空気が一層よどみを色濃くする。視界を覆う暗闇は何も変わらないし、懐中電灯やプラズマトーチが放つ明かりも決して暗くなったわけではない。しかし、何かが洞の中を一息に満たし、空気が変化を帯びたのだけは確かだ。
 思い出した。マルチェロが口を開き、ため息を落とす。
「ここは海の下にある場所だったな」
 空気が重くなる。鼻を撫でるのは腐敗した泥のそれによく似た臭い。しかしそれが不快に思えないのは、ジャンガが渡してくれた匂い袋が打ち消してくれているためだろうか。
 幽太郎は思わずジャンガの後ろに身を隠した。しかしすぐに自分を奮い立たせ、こわごわと足を進め前方を確かめた。
 フジツボや苔に絡みつかれ、痩せこけ、しかし腹ばかりが奇妙に膨らんだ人間――死者が、ひしゃげた片足を引きずるようにしながらこちらへ向かってくる。眼孔は風穴のように開かれ、眼球はなく、けれど風穴の奥で何かがちろちろと動いているのが見えた。それは目をこらしよく見ればカニやヒトデであることが知れるのだが、暗闇に沈む洞穴の中にあっては、それを明確に確認することはむずかしい。
 死者は一体、続いてもう一体と闇の中から現れた。中には成人ではない、明らかに子どものものであろうと思しき身丈の死者もいる。
 眼孔と同じく風穴と化した口蓋からは風が吹きぬけ、怨嗟を口にしているかのように聞こえた。
 ディーナは、保有する暗視能力のゆえに、死者が全身を海のもので侵されているのを確かめることが出来ていた。――おそらく彼らは餓えて死んだのだ。“慈悲深い死は”毒ガスによっても誘発されていたのではないかと踏んでいたが、死者の体が持つ特徴から算出するに、おそらくは生きたままこの中に放り込まれ(だからこそ、あの扉には外から閂がなされていたのかもしれない)、暗闇と空腹と失望の中、あるいは心神すら手放して、そうして死んでいったのかもしれない。
「いや、違うだろうな」
 ディーナの思考を読んだかのようにジャンガが小さな笑みを浮かべる。
「ここは“信仰の地”だ。中には自分から喜んでこの中に入ったやつもいるかもしれねえな」
 もっとも、仮にそうだとしても、果たしてこの数体の死者の中のどれがどれなのかはわからない。そもそも小さな子どもまでこの中に生きたまま放り込まれたのだとすれば、ここはむしろ墓地などではなく、例えば何らかの儀式めいたことを目的とした場所であったのでは――
 ディーナがトラベルギアであるサバイバルナイフをかまえる。
 情報が確かならば、幽太郎が計測した数よりもはるかに多い死者がこの中にいるはずだ。もっとも、そのすべてが眼前にいるような蠢くものとなっているかどうか、確証はない。極限までの飢餓に追い込まれ死した者たちならば、あるいは生者は文字通りの糧にすらなりえないだろうか。
「大きな音は、洞窟を崩しかねない、から……最終手段」
 言いながら上部を見る。おそらくはそれなりに頑強な地盤の舌にあるはずだ。だが、さすがに爆風や、あるいはジャンガの咆哮によるものを何度も繰り返すわけにはいかない。上部には教会がある。ここが仮に崩れれば確実に教会にいる四人にも影響を与えてしまうだろう。
 ジャンガを見る。ジャンガが仮に無音による足止めを行うことが出来れば、話は早いはずなのだが。
「俺は死者の口寄せを試してみる。少しの間、数に入れずにおいてくれるか」
 ジャンガはディーナの視線に気付くとそう言って頬をゆるめた。ディーナはつかの間ジャンガの顔を見つめ返し、そしてすぐに視線を前方へと移した。
「了解、」
 言って足元の岩盤を蹴り上げる。
 
 ここが巡礼地であったなら、その目的が何であれ、巡礼者のすべてには守りたいと思うものがあったに違いない。もしも仮にそういった願いが強く集まったことが竜刻を呼び寄せる要因であったのなら、竜刻は果たして彼らの願いをかなえてくれたのだろうか。
「これが、か?」
 考えて、それを自ら否定するかのように嘲笑する。
 マルチェロもまたギアをかまえ、ディーナの背中を守る位置を保ち暗闇を走り出していた。懐中電灯はもうすでにしまってある。今は肩にすわるヘルブリンディが照らし出してくれているわずかな光と、後方にいる幽太郎が放ってくれている光源だけが頼りだ。
 眼前の死者たちとの意思の疎通はとれそうにない。彼らは武器を持たず、しかし身体のあちこちがまるで岩盤のように硬くなっているためか、振り下ろされる腕が持つ破壊力は比較的に強い。これでは常人であれば頭なり骨なりを砕かれてしまうだろう。
「竜刻の回収が最優先だ」
 自分に言い聞かせるような口ぶりで落として、マルチェロは意思持たぬ死者と成り果てた殉教者たちの喉を、眉間を、胸を貫いていく。あるいはどこかに心臓のようなものがあるかもしれない。それを砕くことが出来れば、あるいは。

 幽太郎は先んじて駆け出したディーナとマルチェロをはらはらと見やりながら、しかし自らは動こうとはせず、ただじっとジャンガのそばに立っていた。
 ジャンガは美しい唄を紡ぐかのように口を動かしていたが、今はもうただひっそりと静まり、目を伏せたままだ。もしも幽太郎がジャンガのそばを離れ、その隙に何者かがジャンガを襲えば、ジャンガの身の安全は保証されないかもしれない。そう考えたのだ。そしてもうひとつ。幽太郎には、どうしても、死者たちに敵意があるようには思えないのだ。もしも彼らが敵意のかけらも持たず、何かを守るためだけにこうして時を超え留まり続けているのだとしたら。
「ボクタチハ、聞カナクチャナラナイ」
 呟く。
 その視線の先で、ジャンガが静かに目を開けた。そうして再び大きく口を開き、形を成さない音で咆哮した。

 死者たちがいっせいに動きを止める。空気は大きく震え、次の瞬間にはよどんでいた空気が一変、清廉なものとなっていた。
「わかったの?」
 ジャンガを振り向くディーナの横で、死者が崩れ落ち膝をつく。
「ああ」
 応えると、ついで、ジャンガはゆっくりと歩みを進めた。
 死者たちは動かない。暗闇は暗闇のまま、洞の中を満たしている。ジャンガは乱立する木を避けるようにして死者の間を歩き進め、そしてやがて、幽太郎も示していた小さな穴の前で足を止めた。
 穴の前にいるのは聖騎士の装束だと思われる衣装を身につけた者たち。彼らは槍をかまえ持ち、碧く光る竜刻を守るように毅然と立っている。
「もう休んでもいいと思うがな」
 彼らの肩を軽くたたき、ジャンガは笑う。幽太郎の目に、騎士たちがわずかに槍を避けたようにも見えた。

 ジャンガが竜刻を手にとり、封印のタグを貼り付けた。数拍の間を置いて、どこからか女の悲鳴が聞こえたような気がした。次いで響いたのは地鳴りのような音。
「上が崩れてんのか?」
 マルチェロが眉をひそめる。確かに上部の岩盤のところどころが崩れてきているような気がする。先ほどまで動いていた死者たちは、今はもう地に臥し深い眠りの中にあるようだ。びくりとも動かなくなった彼らに花を捧げると、マルチェロは急ぎ足を進める。
「ここも崩れるかもしれない。早く出よう」
 言って走り出したマルチェロをディーナが追う。ジャンガは彼らを送った後、つかの間洞の闇を見つめていたが、しかしやはり出口を目指し足を進めた。そして数歩進めた後に振り向き、幽太郎に声をかける。
 幽太郎は持参してきた菓子をマルチェロが置いた花の横に供え、ジャンガの声に応じて地を蹴った。
 
 螺旋を描く石段を駆け足でのぼる。四人が石段の出口に差し掛かったとき、石段の下のほう――おそらくはあの扉があった辺りで大きな音がした。石が崩れ落ちたような音だ。
「早く!」
 ディーナがわずかに振り向き叫ぶ。彼女の目に見えるのは今にも崩れそうな岩盤だ。ここが崩れれば、あの墓地は完全にふさがれてしまう。死者たちは永遠にあの中で眠り続けることになるのだ。
 そして石段をのぼり外界に戻った四人が見たのは、今まさに崩れている教会の姿だった。崩壊していく教会に、どこからか響く美しい声が葬送を歌っている。

「あいつらは女神に捧げられたんだ」
 ジャンガが口を開いた。
 海を渡るときに巨大化した少女が、今また巨大化して島と陸とを結ぶ石積みの道を作っている。教会は跡形もなく消え、今は瓦礫を残すのみとなっていた。地下墓地へ続く石段もまた瓦礫に埋もれ消えた。
「どいつも、“守りたい”“守りたい”それしか言わないんだ。男は妻や恋人や子どもの住む土地を。女は子どもが走り回るための場所を。子どもは母と共にある時間を。命を。そのためになら無謀な海も渡るだろうし、自ら望んで呪いにもかかるのさ。……自らの命を賭して、女神に願いを届けようとするんだ」
「残されたほうは、たまったものじゃない、と、思うけど」
 ディーナが眉をしかめる。ジャンガは「そうだな」と苦笑いを浮かべた。
「そういえば、あの花を預けてきた子どもらは、前までは直接教会に花を届けに来てたんだって言ってたな」
 マルチェロが思い出したように口を開けて、修道院があった島から波の向こうに見える小村を視界に映す。
「どうやって来てたんだかは知らないが。……あいつらは何を願って花を置きに来てたんだろうな」
「自分タチモ危険ダッタデショウニ」
 言って、幽太郎は見る間に完成に近付く石積みの道を見た。
「デモ、コレカラハ気軽ニココニ来レマスネ」
「そうだな」
 マルチェロが笑う。

 そうだ。これからはもう、「戻らずの修道院」はない。
 この地に信仰が残るのならば、これからは命を落とすことも賭すこともなく捧げられることもないのだ。願わくば、もう二度と。



 

クリエイターコメントこのたびはご参加くださり、まことにありがとうございました。ノベルのお届けにあがりました。

いただいたプレイングがどれも「戦闘は避ける」ことをご所望であったように思われましたので、このような感じにまとめさせていただきましたが、あいかがでしたでしょうか。少しでもお楽しみいただけましたらさいわいです。

せっかくのコラボシナリオですので、阿瀬WRのノベルとのリンク部分なども幾箇所かございます。

口調その他、修正箇所などございましたらお気軽にお申し付けください。
それでは、またのご縁、お待ちしております。
公開日時2011-11-29(火) 22:00

 

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