オープニング

 小暗い悪意うずまくインヤンガイ。しかしそんな世界にも、活気ある人々の暮らしは存在する。生きている以上、人は食事をする。実は、インヤンガイは豊かな食文化の花咲く世界であることを、旅人たちは知っていただろうか――?
 インヤンガイのどの街区にも、貧富を問わず美食を求める人々が多くいる。そこには多種多様な食材と、料理人たちとが集まり、香ばしい油の匂いが街中を覆っているのだ。いつしか、インヤンガイを冒険旅行で訪れた旅人たちも、帰りの列車までの時間にインヤンガイで食事をしていくことが多くなっていた。

 今日もまた、ひとりの旅人がインヤンガイの美味を求めて街区を歩いている。
 厄介な事件を終えて、すっかり空腹だ。
 通りの両側には屋台が立ち並び、蒸し物の湯気と、焼き物の煙がもうもうと立ち上っている。
 インヤンガイの住人たちでごったがえしているのは安い食堂。建物の上階には、瀟洒な茶店。路地の奥にはいささかあやしげな珍味を扱う店。さらに上層、街区を見下ろす階層には贅を尽くした高級店が営業している。
 さて、何を食べようか。

●ご案内
このソロシナリオでは「インヤンガイで食事をする場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけて好味路で食事をすることにしました。

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが食べたいもの
・食べてみた反応や感想
を必ず書いて下さい。

!注意!
インヤンガイではさまざまな危険がありますが、このシナリオでは特に危険な事件などは起こらないものとします。

品目ソロシナリオ 管理番号2520
クリエイター北野東眞(wdpb9025)
クリエイターコメント おいしい一コマを書かせてください。もしかしたら食べ物にまつわるドラマがあるかもしれません。
 食べたいもの(好みの味付け)など具体的でなくとめイメージを書いていただければこちらがチョイスします。
 また使ってほしくない材料・味付けなどあればさけます

※エントリーはおひとり様、一キャラでお願いします。
※プレイング日数は短く設定されています

参加者
幽太郎・AHI/MD-01P(ccrp7008)ツーリスト その他 1歳 偵察ロボット試作機

ノベル

 オ腹、空イタナァ……
幽太郎・AHI/MD-01Pは人々のざわめきが絶えない通りを一瞥すると大きな瞳を瞬かせた。
本来は広いはずの通りの左右には屋台が並び、また椅子やテーブルも無造作に置かれて好き勝手に人々が飲み食いしている。
インヤンガイには何度か訪れたことのある幽太郎だが、それは依頼という名目ですぐにおどろおどろしい現場に急行、事件解決後は仲間たちとロストレイルに乗って帰るばかりだった。
今回は迷子の子猫を探してほしいというもので、これは幽太郎一人でもこなせる依頼だった。
 コノ街ハ僕ト相性ガ良イミタイ………女ノ子、喜ンデクレタシ
 迷子の子猫を見つけてもらえた依頼人の幼い女の子は飛び跳ねて喜び、浮かべる笑顔に幽太郎に内臓されているシステムは不思議なことにほかほかと温度がぬるま湯程度に上昇する。
 依頼そのものは簡単なものですぐに終わり、今回は一人だったので一緒に帰る仲間たちもいない。
 ロストレイルが来るまで時間はたっぷりある。
 そうなると暇になった幽太郎はこのチャンスに今までため込んできた好奇心を満たす散策を開始した。
人間サンノ、ゴハン、ハ僕ニハ縁ノ無イモノ……センサー、デ、美味シイッテ分カッテモ、食ベル事ハ出来ナイ……
 幽太郎の目がじぃいと屋台を見る。その瞳がどこか子供がお菓子を食べたいとねだる幼さと無垢さを孕んでいた。
百九十を超える鋼のボディを持つ立派なドラゴンであるが、その中身はまだまだ自我が芽生えて数年の子供なのだ。
 幽太郎の視線に気が付いた屋台の厳めしい顔の主人の鋭い眼光の一瞥に、びくぅ! 幽太郎は震え上がり、あわてて光学迷彩で隠れた。
「なんだ、客はいねぇのか」
 店主がぼそっと呟くのを幽太郎はドキドキ――システムがオーバーヒートを起こすのではないかと思うほど加速する。
 怖カッタヨ……ケド、ケド……イイナァ
 幽太郎はちらりと街のなかを歩く人々へと目を向ける。
 屋台で買って食べている人、高級そうな店から出てくる人、みんな満足げな顔をしている。
今から食べようという人たちの顔は期待にきらきらと輝いている。
 美味シイ料理ッテ、コンナニ人ヲ幸セニスルモノナンダナァ
 幽太郎はもじもじとおなかの前で両手をあわせる。
僕モ、ソンナ、ゴハン……食ベテミタイナァ
 むくむくと期待や望みが胸のなかで膨れ上がっていくのに幽太郎はいてもたってもいられなくなった。だって今ほどのチャンス、今後いつ巡ってくるかわからない。
 インヤンガイで手に入らない食材はないと聞き及んでいる。きっとロボットでも食べることの楽しみを与えてくるお店も――可能性がゼロではないならぜひ、探してみたい。
「ヨーシ!」
 幽太郎は拳を握りしめて決意した。
 探してみよう!

 と、そのとき
「あいて! なんだ。なにもないのに頭ぶつけた! って、俺のからあげがぁああ! くそ、誰だよ。俺のからあげ! ぶっ殺す!」
 まだ光学迷彩中だったので、串に刺したからあげをむさぼっていた現地人と衝突してしまった。その拍子にからあげが地面に落ちておろおろとする男に幽太郎は申し訳ない気持ちいっぱいになったが――相手の男の血走った眼に、まぎれもない殺気を感じた。
「ゴメンナサイ……」
 謝罪を一つ。その場から逃げ出した。
 食べ物ノ恨ミハオソロシイ……
 幽太郎はこっそりと学習システムに書き加えておいた。

 街中を幽太郎はてくてくと歩きながら、理想の食べ物に考えを巡らせる。この街で見た数々の食べ物。それをもし食べれたらどうだろう。
 固形燃料ト、エンジンオイル、ノ、天津飯……エネルギー触媒、ト、蓄電コンデンサー、ノ、青椒肉絲……
 今まで屋台で食べてる人や、食事する仲間たちを眺めて覚えた品々を自分が食べると考えると涎が出そうになる。
 とはいえ幽太郎には唾液腺なんてものは無い。そこはシステムをフル活動して脳内シュミレーション。
唾液を零して、アツアツの食べ物をむさぼる姿を考えてみると燃料タンクの中身の激しい減少を感じる。
 ハヤク、食ベタイナァ……モシ、今ハマダ無理ダトシテモ、一生二一度ハ、味ワッテミタイナァ…ソウシタラ、マタ少シ、人間サンノ事ガ好キニナレルカモ、シレナイ
 食欲や味についてはもともと幽太郎が持っているものではない。それは自我が与えてくれたもの、人間の心だ。
 心……ナンダヨネ
 ターミナルで人工オイルより、天然オイルのほうが美味しいと思うくらいのえり好みを覚えた。これも心の仕業なのだろうか?

 幽太郎はぽてぽてと歩く。
 人間が好きだから、もっと近づいていきたい。いけたらいい。
「ケド」
 問題はインヤンガイに幽太郎のための料理店があるかということだ。
 車などの燃料は普通に売られている。
 真っ先に見つけたのは店員が数名立っているガソリンスタンド。しかし、そこにはでかでかとセルフの文字。
 セルフ、自分デ、ヤルノ?
 車やバイクだったら運転手が与えてくれ、そのついでに磨いたりもしてくれる。しかし、自分は一人なのだ。
 自分でノルズを掴んで燃料をごくごくと飲む姿を考えるととっても寂しい気持ちに陥った。悲しさからシステムが軋み音をたて、動きが鈍くなるのがわかる。
「ヤダ」
 幽太郎はぷいっと背中を向けて歩き出す。

「オ腹、空イタナァ……」
 とぼとぼと彷徨っていた幽太郎はとうとう地面に座り込んだ。いくら探してもないことに希望がどんどんしぼんでいく。
 グスン……悲しさがシステムを軋ませる――なにかが当たった。
「おっと、いたた。ごめんね、きみ、どうしたの?」
 幽太郎が目を向けるとツナギ服の女性が笑いかけてきた。
「オナカ、スイテテ」
「君、機械? 面白いねぇ。どこかの子供相手のロボット? ふふ、最近のは手がこんでるなぁ。おいで。燃料……ううん、ごはんを食べさせてあげるよ」
 幽太郎は眼をぱちぱち瞬かせて女性のあとについていく。
 小さな建物のなかにはいるといくつもの機械が大切そうに置かれて、ここが機械関係の工場だとわかる。
不思議そうに幽太郎が見ていると女性は慣れて手つきで何かを用意してくれた。
「はい。めしあがれってって、これでいいのかな? 本当は私がノルズでいれたほうがいいのかな?」
 ちゃんとお皿にオイルがそそがれ、スプーンがそえられている――ゴハンだ。
「コレ、食ベテモイイノ?」
「うん。これ、私が作った特製なんだよ」
「特製?」
「そ」
 どきどき。ぱく。
「オイシイ!」
「よかったぁ!」
 幽太郎が夢中で食べている間にボディをきれいに拭いてくれ、食べ終わったあと冷却水までサービスしてくれた。幽太郎にとっては素敵なデザートだ。
「アリガトウ……僕トッテモ、幸セ」
「そう、よかった!」
 笑顔を向けられて幽太郎もにこにこする。
 ソッカ、食ベルダケジャナクテ、作ッテクレタ感謝トカ、喜ビデ幸セガアルンダ……僕、マタ少シ人間サンノコト好キニナッタヨ
「アリガトウ!」
 幽太郎は感謝の気持ちを少しでも伝えたくて両手を伸ばして無邪気に抱擁した。

 食ベ物ッテ、トッテモ素敵ダナァ!

クリエイターコメント 参加、ありがとうございました

 幽太郎さんが満足するごはん屋さん、どこかしら?
 と一緒に探している気分でした。
 今回はこんな感じで仕上げてみましたが、また今度、おいしいものを食べましょうね。
公開日時2013-03-02(土) 11:00

 

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