しゃんしゃんしゃん。 陽気な音楽と鈴の音に包まれて、人、人、人……が溢れる巨大ショッピングモール。 家族連れ、恋人連れと嬉しげにプレゼントを買って、歩いていく。 と、「あ、あれ、ぼくのプレゼントがない!」「俺の給料三カ月分の! 恋人にあげようとした指輪が!」 なぜかプレゼントが大量紛失するという事件が発生した。 探してもプレゼントが見つからず警備員は首を捻るばかり、「ん? こんな変な馬と豹とライダーの置物なんてあったけ?」 でこでこしているし、でかいし、サンタクロースの衣装がなんかあんまり似合っていない変な形だし ま、いいか。 夜。 がちょんと音をさせて、それは動いた。「ふぅー。ずばり、置物になって周囲に溶け込み、プレゼント強奪! 作戦! うまくいったでありますな!」 サンタクロースの衣装にランスを片手に持つシルバィが嬉々として告げる。「そうね。くわわ……乱子、あなた、平気だった?」 白豹のネファイラの声に、いかつい髑髏仮面のライダー巫女の乱子が体を伸ばす。「オーフ・コース! これでも二十四時間、正座耐久大会で優勝したことあるワタクシには生ぬるいお茶ですわ、こんなもの! プリティベィベィ、きぃちゃんのくりすさんのプ……っ! さんゲットですワネ!」「うむ。偉い人に頼んでいただいた、四次元白袋に盗んだものはいれておいたぞ! しかし、あれだな。サタンという血まみれの老人になりすまして子供たちにプ……ッ! を運ぶとは面白いイベントをしているのだな! きっとこのイベントの元ネタになった老人は血まみれになるほどに戦いぬき、プ……ッ! を死守してきたのであろう」「……そんなイベントなのかしら、このクリスさんって? それであと手に入れてないのはサタンへのきぃのプレゼントのお願いは……百足人形ねぇ」「百足? 蟲の人形がほしいとは、きぃは本当に蟲好きだな!」「蟲じゃなくて、人間のほうじゃないのかしら? ただあんな呪い人形もどきはさすがにないでしょうから、蟲の人形、あるといいけど……華奈子はアニって書いたあと、潰してブランドのバックね。まだ手に入れてないからとりにいかないと」「ワタクシ、ナイスなアイディアを思いつきましたワ! 最近、こっちに寝返ったボーイたち、あんまりハッピーな顔をしてないじゃん? ワタクシたちの一員という自覚をゲット・リリースするためにも、何かあげるのはいかが?」「おお、いいあいでぃあだ! 乱子! しかし、一員というと……そうだ。全員にペアルックの革ジャンとサングラスを与えてはどうだ? 一カ月も着用していれば、拙者たちとの一体感とともに寝返った者同士の絆も深まろう!」「……あの図書側にいた人たちに? ただのいやがらせだと言われそうだけど、じゃあ、今ないものをとってはやくここから……誰!」 まてまて、楽しい雰囲気をぶち壊す旅団め! そこに現れたのはあなたたち、ロストナンバー。司書である黒猫にゃんこから妙な事件があると依頼されて、見張ってみたら、また、こんな…… やっぱりお前らか! 変な事件が起こっていると思ったら!「むっ! 奴らは……ここは正々堂々と戦って」「私の盾、あなたが攻撃なんかしたら盗んだものも一緒に破壊するわよ? きぃが悲しむわ。それに壱番世界での破壊活動はだめだったでしょ」「我が剣殿! おお、そうであったな。では」 ん? なんだ? シルバィはおもむろに、ぱかり――なんと自分の腹の部分を開けた。 うおおおおおい、セクハラっ! と思ったが、中身がない。え、ない? 唖然とするロストナンバーたちを無視してシルバィは白袋とランスも鎧のなかへと詰め込む。 どれだけはいるんだ、こいつの鎧のなか……「では」 え?「全力で逃げる! もののついでにプ……ッさんをゲットするぞぉぉぉ!」「……しかないわね」「オウケィ、ベイベィイイ! スタコラサッサですワ!」 ケンタウロス、豹、バイクが思いっきり逃走。 え、えええええええええ!
「くっ……逃げたか! すぐに追いついてくれる!」 すたこらさっさと風の如く走りさる一体と一匹に一人を見てガルバリュート・ブロンデリング・フォン・ウォーロードは青い目をカッ! と怒りに光らせる。その際、むきぃ! と無駄にファイティングポーズをとることも忘れない。ポーズをとる意味? そんなものないっ! 「どうしよう」 五十嵐心はぼんやりとした瞳を揺らせた。奇妙な事件が起こっていると司書から聞いて緊張して来てみれば、いきなり敵が逃亡するとか……しかも変な馬と豹にバイクとか……しかも髑髏の仮面に巫女さんとかあきらかにおかしい! おかしすぎる!! 「何だろう、この事態」 見た目は冷静につっこんでいるようだが、内心は混乱マックスの心。 その傍らにいる黒い肉体が美しい豹藤空牙が尻尾をひらりと振った。 「なににしても人々のモノを盗ることは駄目でござる」 忍者として闇に生きる自分が言うとなんとも説得に欠けると思うが、ここは止めるのが仕事。 「拙者、あの豹を止めるでござるよ」 「え、あ、うん」 心がこくんと頷く。 「うむ。あの不埒な盗人集団を拿捕し奴らごとリベル殿へのプレゼントとすればよいだろう! まずは外へと逃がさぬためにもシャッターを閉めてしまおう」 さすがに外に逃げられると追いかけるのは難しいのでまずは閉じ込める作戦だ。 「しかし、あれではすぐに外へと逃げてしまうのではないのでござらんか? それではシャッターを閉めても……」 「あ、それは大丈夫だと思う」 恐る恐る心が手をあげる。 「えっと、人形と、ブランドもののバック、あとサングラスと黒い革シャツを盗むって、あの人たち、思ってるから、まだここにいるぽい」 三人が去り際に残した思念を読んだ心が軽く首を傾げる。どうしてそんなものを盗むのだろう。きぃちゃんのためとか思っているし。もしかしてあの三人のとっている行動には何か理由があるのだろうか? 「おお、心殿! すばらしい能力! 拙者感服致したぞ!」 むきぃ、むきぃ、むききき。 見事な筋肉をイチイチ動かしてポーズを決めて感心するガルバリュードは冬なのに無駄に暑苦しい姿――上半身裸なのに熱気すら感じる――心は本気で怯えた。 「そ、そう……よ、よらないで、ほしいかな」 「む、なにかな? 心殿、声が小さくて聞こえなかったのだが」 ずずぃとガルバリュートが接近してきたのにふるふると心は無言で首を横に振った。 「うむ。では、まずは閉じ込めるためにメインスイッチを動かすぞ! しかし、そういったことは拙者、あまり得意ではないのだが」 「拙者に任せるでござる」 尻尾をひらり、ひらりと振る空牙。今まで、このぷにぷにの肉球でどんな罠だって解除してきのだ! 「うむ。では任せよう! まずはメインスイッチの場所へと行くとするか!」 「あ、その場所まで、誘導、私、できると思う……ちょっと疲れるけど、思念を読めば」 「おおっ! 心殿、なんと頼りになる!」 「案内頼むでござる」 「うん」 馬や豹、バイクを追いかけるなんて元いた世界でも運動は五段階評価で二しかない心には到底無理だが、補佐としてなら役割なら役立てそうだ。 「けど、走るの得意じゃないから」 「では、ぜひ拙者の背中に」 「拙者の背中に」 ガルバリュートと空牙の声が重なった。 心は一度、むきむきのガルバリュートを見た。なぜか無駄にポーズをとりまくってむきんぃ! と筋肉が音をたてている。――なで筋肉がそんな音するの? それにたいして尻尾がふわふわ、耳がぴこぴこの空牙。 「……空牙さん、お願いします」 「うむ」 「なぜ! 拙者は!」 「……なんとなく」 まだ十五歳の心には、ガルバリュートの背中に乗るのはいろんな意味でハードルが高かった。 ★ ★ ★ どどどどどどおぉぉぉぉぉ。 一体、一匹、一人は人気のないショッピングセンターのなかを走っていった。 「まずはブランドもののバックを見つけるか」 「そうね……あら」 ネファイラが金色の目を眇めた。 うううううううううう。 なにかが音をたてて動いている。 「これは……」 三人が動きを止め、警戒して周囲を見回す。 「シャッターが下りてるわ!」 「これは、奴らの仕業か。ちょこざいな」 「ヘイヘイ? 私たちを閉じ込める作戦じゃん? ここはクール・アンド・アタック! ものをとったら力いっぱいにバリバリ破壊で逃げればいいじゃん?」 乱子がバイクを吹かして高飛車に告げる。 いくらシャッターが下りたとしても、自分たちならば破壊出来るとタカをくくっているのだ。 「お、あれは」 シルバィが、それに気がついた。 なんと通路の真ん中に大の大人でもはいれちゃいそうなほどの大きな白い箱が置いてある。 その上「旅団さんへ、ぷれぜんと」などと達筆な文字でのメッセージつき。 「乱子、我が剣殿、プレゼントぞ」 「なんかあからさまにすぎない?」 「クール・ベィベィ。せっかくなんだからゲット・オフコースでいこうじゃん?」 訝しるネファイラに対して、プレゼントに嬉々として近づくシルバィとバイクを降りた乱子。 乱子の手がリボンを解くと さわっと箱が開いて 「ハァアアアアアアアアアア!」 なぜかバック音楽は「たったらったーん」と豪華なオーケストラ。(シャッターを下ろすときメインスイッチをちょっといじった) さらに下からスポットライトで照らされているのは!(やはりメインスイッチを以下略) まさに筋肉美の神の如く、てかてかの筋肉を照らして、寒い日はちょっとアダルティに! をテーマにアドミナブル・アンド・サイのポーズをとったガルバリュートが立っていた。 ちなみにその横にはもうつっこみたくないなぁという顔の心と空牙もいる。 「こいつは、確か、百足を思いっきり潰した!」 「……なんなのこの演出は」 「むきむきじゃーん」 無駄に対抗心を燃やすシルバィにたいして唖然としているネファイラと乱子。そりゃそうだ。 「拙者、ガルバリュート・ブロンデンリング・フォン・ウォーロード! ここに盗人を捕まえるために筋肉と世界図書の使者として降臨!」 「……そ、その仲間の……い、五十嵐、心」 「忍んでいないが、忍者の豹藤空牙!」 ここまではガルバリュートの提案した、びっくりさせつつ、ちょっとかっこよく登場! そして相手が唖然としている間に隙をつく! というまぁ単純だがものすごくダメージの大きい作戦だ。 しかし、何事にも誤算はある。 豪華なバックミュージックとスポットライトにその気になっちゃったガルバリュートははぁあああ! とまたしても青い目を光らせると、両手をあげて、本来は敵を捕まえるはずが、横にいる心と空牙をがっちぃと胸に抱きしめてしまったのだ。 「貴様らには常識をプレゼントしてくれる!」 「きゃあ、ちょ、ちょっと!」 「ガルバリュート殿、捕まえるのは向こうでござる!」 「ゆくぞぉ! 正義と愛と筋肉、そして聖夜の使者として!」 聞いちゃいねぇ。 「逃げるわよ」 「オー・いぇす! ああいうのは関わっちゃだめじゃん」 「うむ。華奈子のプレゼントと、きぃ、それにペアルックをゲットせねば」 見なかった。自分たちはなにも見なかった。――旅団の三人は目の前の光景から背を向けた。 「まてっ! まてまてまて! 放置プレイは大好きでありますが、ここではそんなことはさせん! シルバィよ、逃げるのか! 我がランスが怖いか! 臆病者め!」 放置されかけてようやく我に返ったガルバリュートが慌てて叫び、トラベルギアのランスを構える。 シルバィが足を止めてガルバリュートを睨みつけた。 「臆病者だと、この神の鎧にそのような屈辱、許さぬ!」 「ふっ、では、拙者と勝負! 今こそ真の力を示せ、おっふぅん! ランス!」 ――おっふぅん! と、ガルバリュートの「おふぅ……ランス」が掲げられると先端をぴかぴかと輝かせて、なんか鳴いた! 「く、なんたる輝き、あれは神器か!」 いいえ、ただのトラベルギア。「おふぅ……ランス」です。 「我が剣殿! 本気で参らんと負けてしまう。いざ、本来の姿で!」 「なに言ってるの。そんなことしたら、ここが吹っ飛ぶでしょう。そもそも、あれはただ輝いてきもく鳴いただけでしょう!」 「我が剣殿ぉ~」 「ええい、やかましい。いやよ、あんなのとガチでやりあうなんて」 シルバィの頭をネファイラは思いっきり蹴り飛ばした。 その傍らでは 「う、ううう。筋肉、むきむき、ぼんぼーん、ほんわかあたたかかった……!」 「ヨーシヨシ、いっつ・しょっくだったじゃーん? つらいことは忘れてもいいじゃーん?」 「心殿、しっかりするでござる」 ガルバリュートの筋肉に精神的ダメージを被った心に見かねた乱子と空牙がぽんぽんと背中を撫でていた。 「いざ、参る!」 「負けんぞ!」 と、周囲の精神的ダメージを受けているひとたちをそっちのけでガルバリュートはランスを構え、素早く突く。 それにシルバィも負けてはいない。ネファイラの協力を得られなかったので仕方なく腹をぱかりとあけてずずいいいっとランスを取り出すと、突きかえす。 二つの銀が混じりあい、火花を散らす。 「はぁあああ!」 「とりゃあああああ!」 魂を揺さぶる雄叫びは無駄に空気を震わせて、周囲の物を振動させた。 「あ、あんな戦いを……するの?」 目の前で繰り広げられる全力戦闘に心は気絶寸前。私には無理だよ。パパ……と、彼女の脳裏で大好きなパパが笑顔で手をふっていた。心、がんばりなさい。パパ、見守ってるから、からー(エコー) 「心殿、しっかりするでござる。あんな戦いは、戦いは……するべきなのでござるか」 「いらないでしょ。むしろ、ここら一帯を破壊するつもりなの。あの二人は」 「ヨシヨシー。アレ、ストップ・ターン・エンド、どうするじゃん?」 ふぅと遠くに意識を飛ばす心を必死に現実へと引き留める空牙、見かねて頭を撫でる乱子。そしてはぁとため息をつくネファイラ。 ガルバリュートの放つ雷撃のような突き技をシルバィは的確に防ぐ。 そして、風のようなスピードでガルバリュートの懐に飛び込むと煌めくランスで心臓を狙い―― 「ララララララララ、ハイ!」 「ハハハハハハハハハハハ!」 ガルバリュートの胸に突き刺さる、という瞬間。 筋肉はすべてを制する! ――という言葉があったのか、なかったのか不明であるが、なんとガルバリュートは素早く横跳び――無駄にはやく、無駄に気持ち悪い動きである――避けると、片腕にがしぃとシルバィのランスを挟み込んだ。 「なんと!」 押そうが引こうがカニ挟みならぬ、腕ばさみされたランスはびくともしない。 「その胸のなかのプレゼント、奪還させてもらうぞ」 シルバィの胸部に触れようとした瞬間 「この変態! なにしてるのよ!」 ネファイラの飛び蹴りが、ガルバリュートの頭にヒット。 「うおっ」 「なにをするでござるか! 女子の胸に」 さらにはシルバィの右ストレートパンチ。 「この変態痴漢野郎!」 巫女の怒りを纏った炎の矢がガルバリュートの脳天に直撃。――それでも怪我らしい怪我がないのは鍛えた筋肉のお、か、げ! 「ぬぅ、……なに、女子!」 「気が付かなかったの? シルバィの鎧はこれでも女性用なのよ」 「胸を打ちつけた仲、このふくらみがわからぬか!」 「それに手を伸ばそうとか、変態筋肉じゃーん! 変態、痴漢!」 「空牙さん、わかる?」 「……いや、わからぬでござる」 もうつっこみたくない、かかわりたくないと端っこで体操座りをしている心に空牙は目を眇めて首を傾げた。 「ぐ、う、うううっ、まるで気が付かなかった。不覚! そ、そんな罵られたら、罵られたら」 ――はぁはぁはぁ。 思わず、別方面に目覚めちゃうぜ、ガルバリュート! そんなガルバリュートをネファイラは凍てつくような冷たい目で見下し、前足で踏みつけた。 「ご主人様! この憐れな宇宙囚人におしおきを」 「乱子、ちょっと、縄を貸してちょうだい! これを縛りあげるから!」 「いえーす、姐さん」 「う、ぅおおおお! 筋肉に荒縄がぁああ」 ネファイラによってガルバリュートは亀甲縛りされ、天井から吊るされた。 「見てはいかん、いかんでござる!」 「え、ええ? なに? なんなの?」 「あれは、いろんな意味で心殿に生涯癒えぬダメージを与えるでござるっ!」 空牙はぷにぷにの肉球の前足で心に目隠しした。 「ふぅ、待たせたわね。あなたたち、アレ(ガルバリュート)のことは忘れて私たちだけでやりあいましょう? 悪いけど、ひいてくれない? 私たち、あと必要なものを盗むだけなのよ」 ネファイラはため息をついてガルバリュートの存在を思いっきり無視して――「もっと罵ってくだされ」とか聞こえるが、無視である。無視。 ガルバリュートの存在を視界からもシャットアウト(シルバィが立って心からは見えないというとっても良心的な配慮)した心と空牙が旅団の三人と向き合う。 「そのようなことはさせんでござる!」 「そ、そうよ!」 空牙と心を相手にネファイラが白い尻尾をひらりと振って笑う。 「悪いけど、私たちは私たちのしたいことをするの。それが正しいのよ。あなたたちで追いつけるものなら、追ってごらんなさい。いくわよ! 二人とも」 ネファイラの声にシルバィが蹄を打ち鳴らし、バイクに跨った乱子がエンジンをふかす。 ひらりと、三人が風のように走り出す。 「あっ! ど、どうしよう」 「拙者に任せるでござる! このときのため、秘薬をもってきたでござる」 鞄のなかから秘薬をとりだして空牙はがりっと牙でかみ砕き、飲みこむ。 この秘薬は空牙の走る速度をチーター並にし、狼並の持久力を持たせることができるのだ。薬が切れたあと大変なことになるが、追いかけるためには仕方がない。 「心殿、拙者の背中に!」 「うん! サポートは任せて!」 黒い豹が、少女を乗せて駆けだす。 「せ、拙者は……! これは新手のプレイか!」 ――ガルバリュートのみ残された。 通路を駆けていた旅団の三人が別れ、シルバィと乱子が二階へと行くのに空牙は目を眇めた。 「心殿、別れた二人がどこにいくかわかるでござかるか?」 「うん。おもちゃ売り場と……服屋さん!」 「よし、分身の術!」 空牙の両サイドに同じ姿、同じ能力を持つ分身が現れる。 「行くでござる!」 空牙の命令に従い、分身が飛ぶ。 「しっかり捕まるでござるよ」 「うん。きゃあ!」 空牙は後ろ足をバネのようにして飛び、駆ける白豹の前へと着地、ひらりと長い尻尾を威嚇するように振るった。 「おぬし、雪豹でごさるか?」 「雪豹?」 足止めされたネファイラが目を細めて小さく唸りあげる。 「違うのでござるか……申し訳ないが、ここで止めさせていただくでござる!」 鞄から素早く取り出したのは催眠ガスの詰まった煙幕弾。それをネファイラの足元へと放つ。すぐさまに白い幕が、もくもくと白豹を包み込む。 しかし、 「なっ」 白い煙幕から鋭い爪が襲い掛かきたのに空牙は後ろへと後ずさった。 「残念ね。私のこの姿は仮のもの。精神攻撃類はまったく受け付けないのよ……悪いけど、あんたたちにかまってる暇はないのよ」 しゃあ! 牙を剥きだしにしてネファイラが吼えた。 「一撃でケリをつけてあげるわ」 「……くっ!」 心を背中に乗せて戦うとしたら空牙のほうが絶対的に不利だ。それは心にもわかった。空牙のさらさらの毛をぎゅっと握りしめる。 「空牙さん」 と 「うおおおお、体が、体が、からまって、あー!」 「ぎゃあああああ!」 「悲鳴? え、ちょ……!」 なんと二階にいったシルバィが、空牙分身そのいちとトリモチまみれになって落下。 その別方向からはバイクの車輪に「忍刀月読」を差し込まれ、あろうことか空牙分身そのにとともに宙に舞った乱子が落下。 それもネファイラの上にどさ、どささっと落ちた。 「きゃあ、ちょっともう……あっ」 「勝負あったでござる」 空牙が短剣をネファイラに向ける。ネファイラは金色の目で刃を一瞥すると、はぁとため息をついた。 「そのようね。なにをするつもり」 「おぬしたちが奪った贈呈品を取り戻すのが今回の任、返してもらうでござる」 「命には代えられないわね」 ネファイラは状況を不利と判断するとあっさりと降参した。 シルバィの胸部をあけて、白い袋を心に渡した。 「失敗したわね。仕方ないわ。さて、二人を起こして」 「いゃあああああああああああああああああああああああ!」 「ふはははははははははははははははははははははははは!」 力のかぎりの悲鳴と高笑いにその場にいた全員が硬直した。 一つは可憐な子供のもの――これって? でもう一つはどうも先ほどから聞きまくっている――どう考えてもガルバリュートのもの。 「あの声は、きぃ? あの子ったら迎えにきたのかしら……なんとなくいやな予感がするわ」 「と、とにかくいきましょう」 声のした方向に全員が駆けた。 「サタンさんが、筋肉、筋肉なの!」 一人になると寂しくなったので荒縄を引きちぎり、自由になったガルバリュートはまた待ち伏せ作戦を決行するため近くの店から赤いごてごてのサンタ衣装を拝借して身につけていたのだが、そのタイミングで迎えにきたきぃと遭遇してしまったのだ。 ガルバリュートと想像していたサタン――これは誤りで本当はサンタさんのことである――が筋肉まっちょであることにショックを受けてきぃが泣きだしてしまった。 「うえん、筋肉きらい。むかでさまをぺちゃんこにしたし、きぃの記憶で筋肉いいものないの!」 「きぃ殿、筋肉とは、それはそれは素晴らしいものなのだぞ。語り出したら三日三晩あっても尽きぬほどに」 いろいろと言動には問題はあっても一応の教養はあるガルバリュートは女性には紳士である。 そっときぃをその丸太のような腕にだっこして諭した。 「きぃ殿、プレゼントが欲しくても、それを盗んではいけない」 「盗むのだめ?」 「そうであるぞ。その世界のルールを守ると楽しいことがいっぱいなのだ。まだ生まれたてのきぃ殿にはわからないことが多くて失敗することもあろう。しかし、それは親がちゃんと教育せねばならぬこと。これを百足に渡してほしい」 「これは?」 「拙者からの百足へのプレゼントだ」 中身は「百足、お前親としてどうんだ!」という親としてきぃに責任を持てという便箋五十枚に及ぶ苦情文である。 しかし、中身を知らないきぃは百足のプレゼントがゲットできてにこにこと嬉しそうに笑う。 「よかったの。百足さまに、ぷれぜんとー、げっとーしたの」 「あなたが、きぃちゃん?」 「うん」 ガルバリュートの腕から飛び降りてきぃが心と向き合って微笑む。 「きぃちゃんのためのプレゼント」は、この幼い子を喜ばせるためのものだったのか。 「みんなにね、ぷれぜと、あげたかったの。運動会、たのしかったから、こっちもいっぱいイベントしよって」 「そっか」 盗みは悪いことだ。けど、この子がしようとしたことやこの子を喜ばせようとした気持ちは敵といえ素敵なものだと心には思えた。 「えっと、私からも、これ」 心は屈みこむとトラベルギアのリボンを伸ばして、きぃの髪の毛をくくってあげると鋏で切った。 「プレゼント」 こんなので喜んでくれるかな、と思ったが、きぃは不思議そうな顔をしたあと、ぱっと微笑んだ。 「ありがとう! お姉ちゃん!」 「こんなものだけど喜んでくれて、よかった」 心ははにかんだ。 「やれやれ、一件落着でござるな。旅団め、ろくなことを……う、ううう」 「え、大丈夫?」 「薬のあとの、き、筋肉痛が……!」 「……どうやって運ぼう」 「拙者に任せよ! プレゼントを持ち主に返すのと一緒に、運ぼうぞ!」 「え」 「むっ」 心と空牙が反論するよりも早く、ガルバリュートの両腕が二人をむきゅ! と挟み込んで、ショッピングモールの屋上まで駆けていき、とぉ! 躊躇うこともなく飛んだ。 「ちょ、落ちるんじゃ……!」 「筋肉で飛べる、はずだぁ!」 「とべるわけないでしょうううう!」 しかし、いつまでたっても落下しない。 訝しく思って心が見ると、ガルバリュートをシルバィが背に乗せている。その横にはなぜか空飛ぶバイクに跨った乱子とネファイラにきぃがいる。 「今回はお詫びとして汝たちを乗せよう。一晩限りの休戦だ!」 「ワタクシのバイクは、水陸宙いけるじゃーん! お手伝いするじゃーん」 「仕方ないわね」 「きぃ、ちゃんといい子になる!」 そんなわけで筋肉質なサンタと、女子高生に黒豹を乗せたケンタウロス、その横にはバイクに髑髏巫女と白豹に女の子という変な組み合わせが、寒空のなか盗んだプレゼントを配っていった。 旅団が帰る際に「これを、そちらにいった二人に」とガルバリュートは手紙を託した。 敵となったが、二人の安否と息災を祈る文がしたためられた手紙。しかし、その紙、実は――敵になったがいつでも帰ってくる口実を……ということで二人のツケでみんなが飲み食いした酒場の領収書であった。 その金額、目ん玉が飛び出し、立ったまま気絶するほどのものだったとか(現在もツケは増えている)――このプレゼントをもらった二人のロストナンバーがなにを思ったのかは誰も知らない。
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