■ようこそカムイワッカの湯の滝へ■ 『あそこは11月上旬から5月下旬まで閉鎖中だから大丈夫でしょ』 と、ロストナンバーで商店街の会長を務める何某は出発前、優に向かって気楽な感じでそう曰った。ロストナンバーならロストレイルを利用すれば交通費もいらないし、その分を宿泊代にあてればたくさんで遊びにいけるよ、とアドバイスもしてくれた。それはそれでいい。それでいいのだが。 ――何が? とその時は思った。だが、しだりがいつもは小さくしているのに、大きな龍の姿で伸び伸びと滝昇りを始めた時、会長グッジョブ、と内心でサムズアップせずにはいられない優だった。 日本の温泉は一般的に水着を着用しないため、旅人の外套効果のある水着を着ていたとしても、水着を着ている時点で目立ってしまうだろう。あからさまにロストナンバーなのだ! というわけにもいくまい。だが、カムイワッカの湯の滝は11月上旬~5月下旬まで閉鎖されているため、一般人はここまで来られない。ナイスチョイスだったのだ。 ◆ カランコロンカランコロンと鐘が鳴り「大当たり~!!」と景気のいい声がその商店街に響きわたったのは数日前、景品の旅行券を携えて紆余曲折の末、優はロストナンバーの仲間達と北海道は東の果て知床半島の中央部に位置する斜里郡斜里町にある温泉に来ていた。 渡された地図を手に道なき道を突き進む、というほどの距離はなくその秘湯はすぐに姿を現した。 「すごい、すごい! これが温泉ですかっ!?」 最初に感嘆の声をあげたのはミルカである。興奮気味に何度もジャンプしながらすごい、すごいを連呼した。今にもそこに飛び込むんじゃという勢いだ。さすがに服を着たままそんなことはしなかったが。 その隣で虎部隆がカッと目を見開いている。 「これが、温泉かっ!?」 それは隆の知る温泉とは少し様相を異にしていたらしい。 「これが温泉じゃないんですかっ!?」 隆の反応にミルカが不安げに振り返る。温泉じゃなかったら…バカみたいにはしゃいでいた自分が恥ずかしいではないか。 しかしそれは序の口であったとはいえ、間違いなく温泉の一角であった。 「確かにこういうタイプの温泉は初めて見ました」 舞人が言った。隆も舞人も壱番世界の中でも有数の温泉好きが集う日本の出身であるため、当然温泉には馴染みがあったが、それにしてもこういうのは初めてだったらしい。 「よかった。やっぱりこれが温泉なんですね」 ミルカはホッ安堵する。 「ふむ、わしが以前行った温泉はもっと広くて温水プールみたいじゃったぞ」 アコルが記憶をたぐり寄せる。というほど、大昔のことでもなかったが。おそらくアコルの見た温泉の方が、まだ隆や舞人の知っている温泉に近かっただろう。 「これ、ただの川やんな?」 晦が三本の尻尾を左右に振りながら確認するように言った。自分の目は何か間違えているのだろうか。 「でも、水、暖かそうですよ」 ソアが川からあがる湯煙を指して言った。 「つまり温水が流れている川ということね」 ハイユが結論づける。 「そうみたいだな。なるほどこれが天然の湯の滝か」 優が呟いた。閉鎖されていることもあって、冬のカムイワッカの湯の滝を見られる機会など全くとっていいほどない。 雪化粧を施された森の中を、岩肌を湯煙をあげながら豪快に流れ落ちる滝と流れる川は、それだけで豪快であり圧巻でもあった。 「この川、魚がいないですよ?」 ワーブが流れる川を覗く。川といえば川魚だろう、暖かい川を泳ぐ魚とは一体どんなものか。熱帯魚などがこの極寒の地にいるとは考えにくいが独自の進化をした珍しい魚がいるかもしれない。しかし。 「…この川は、酸性度が高いから」 川の水質と湯温を確認すべく龍型で川に飛び込んだしだりが言った。 硫黄成分をたっぷり含んだ強酸性の湯は有毒であるため、カムイワッカ=神の水は生物が生息できない魔の水とも呼ばれていたのだ。 「一応、温泉としては浸かれるんですよね? でも、さすがに長湯は出来ないですか?」 舞人が尋ねた。酸性湯ということはただれるまではいかないまでも、肌が赤くなって痛みそうだった。 「おいおい、長湯出来なかったらすぐ湯冷めして風邪ひくぞ」 と隆。北海道の冬を舐めてはいけない。風邪をひく程度で済めばいいがと。 しかし事前に調べの済んでいる優はそんな心配はしていなかったようだ。優がしだりを振り返る。 「…ん、大丈夫」 しだりが請け負った。 一同は川沿いを川上へと歩き始める。 最初に見たのは、四の滝と呼ばれる滝の更に下流にある滝壺だった。夏場でも立ち入りが許可されているのは実はそこまでである。 知床が世界遺産に登録されたことで観光客が増えた分、転落や落石の事故の危険性も高まり、下の滝壺より奥に立ち入ることを禁止されてしまったのだ。 そういう次第で人目を気にせず温泉を楽しめる秘境の湯。事故が起きたときは事故責任ということで。 『多少の危険は伴うがロストナンバーなら大丈夫でしょ』 それは大丈夫に違いなかった。何と言ってもみんな歴戦の猛者達である…たぶん。 一般の立ち入りが禁止されていることもあって、当然、周囲に脱衣所や更衣室のようなものはなく、露天風呂というよりは野湯のそれである。当たり前だが、男湯、女湯の仕切りもない。 アコルが「素晴らしい!」と感嘆の声をあげたりもしたが「混浴はないから」と笑顔の優に釘を刺され落胆した。 というわけで。 湯しぶきをあげてしだりが連続する滝を昇っていく。当然上流に行くほど温度は高く下流に行くほど低い。水を操る力を持つしだりは滝を昇りながら湯の温度と酸性度を調整し皆が快適に長湯出来るようにした。 「上の滝壺を女湯にして下の滝壺を男湯にするのが妥当だよな」 話し合いの結果、一の滝の滝壺を女湯に三の滝の滝壺を男湯にすることになった。 「なんで妥当やねんな?」 三尾の赤い子ぎつねが不思議そうに首を傾げながら優を見上げて尋ねたら優の代わりに肩を竦めて隆が応えた。 「上から覗く奴がいるからだろ」 「誰じゃ!?」 アコルが目を見開く。 「お前だ!」 隆はアコルの頭を上から押さえつけるようにして、目の笑っていない笑顔を近づけて子供に言い聞かせるように言った。 「……」 隆の形相にアコルはしゅんとうなだれる。 ちなみに殊勝っぽくうなだれて見せてはいるが、それほどガッカリしているわけではない。そもそも性別のないアコルにとっては男だろうが女だろうが目の保養であることに代わりはないからだ。 アコルの視線に心なしか身の危険を感じて隆はぶるっと体を震わせた。 とにもかくにも二の滝を中継地にして。 「じゃぁ、脱衣所を作ろうか」 優が言った。 「脱衣所ってどうやって作るんですか?」 ソアが尋ねる。気軽に言うがそんな簡単に作れるものだろうか。 「テントを持ってきてるよ」 答える優だったが彼の手には地図以外何も握られていない。それでもソアは得心がいったようで「なるほどです」と頷いている。 「持ってきてるって…どこにです?」 心当たらなかった舞人が周囲を見回して尋ねた。誰もそれらしい物を持ってきている様子がなかったからだ。すると。 「はーい、ここですよ!」 手を挙げて元気よく答えたのはミルカだった。かくいうミルカも肩から斜めがけにしている鞄だけで、テントのような大きなものを持っているようには見えないのだが。 ミルカはその鞄からテントを取り出してみせた。 「おお!?」 彼女の鞄に入っていたのは何でも詰め込める不思議なプレゼントボックス――トラベルギアだった。そこに、必要になりそうなものを一式、サバイバルアソートと称して片端から詰め込んで貰った優なのである。 テント張りになんだかワクワクして隆は腕まくりを始めた。 「面白そうだな!」 「キャンプや、キャンプや!」 晦も楽しそうにぴょんぴょん跳ね回る。 「私も手伝います」 早速とばかりにテントを開き始める隆に、舞人が説明書を開く。 「えぇっと、傘のように開くだけで簡単に出来るみたいですね」 と、隆に指示を出した。 「上の滝壺にも作るんですよね? ならおいらが運ぶですよ」 ワーブがもう一つの開いていないテントを肩に担いでみせた。 「うん、そうだな。頼む」 優が頷いて、ワーブと2人で一の滝へ脚を向ける。 「では、わしも上を手伝うとするかのぉ?」 優たちについて行こうとするアコルを隆が取り押さえた。 「エロジジィに、女性陣の脱衣所設営をさせるわけないだろ?」 「ちっ…」 隆に捕まれてアコルが舌打ちした。 「ちゃんと監視しておきますから、どうぞ行って下さい」 舞人に笑顔で促されて優は、よろしく頼むよ、と苦笑を滲ませ歩き出した。 そんな優にソアが駆け寄る。 「わたしも手伝います。力仕事、得意ですよ」 右手の拳を掲げて力こぶでも作るみたいにムンと力んでみせる。残念ながら長袖のコートに隠れて力こぶは見られなかったが。 するとソアの肩をポンと叩くものがあった。 「あら、あたしたちには別のお仕事があるのよ」 ソアを呼び止めたのはハイユである。優はソアをハイユに任せてそのまま一の滝へ。 残ったソアは訝しげにハイユを見上げている。 「別のお仕事ですか?」 「ええ、そうよ」 ハイユは勿体ぶっているのか頷いただけだ。この中継地に中継拠点でも作るのだろうかとあれこれ考えてみたが、一体どんなものを作ろうというのか、ソアには皆目検討もつかない。少なくとも出されたテントは2つしかないので、ここにテントを張るということではなさそうだが。 業を煮やしてソアが尋ねる。 「ここで何をするんですか?」 「お昼ご飯を作るの」 ハイユはにこやかに答えた。 「なるほどです!!」 「お願い」 ハイユがミルカを促した。 「はい」 ミルカは大きなビニールシートと折りたたみのイスやテーブルをその鞄の中の箱から取り出した。もちろん調理器具も食材も揃っている。 「何を作るんですか?」 ミルカが尋ねた。 「そうねぇ…」 ハイユは考えるみたいに視線を空へさまよわせている。するとソアが手を挙げた。 「はい! やっぱり雪の中で食べるならまめぶ汁とかどうですか?」 「暖かいしそれいいと思います」 ソアの提案にミルカが賛同する。お肉の苦手なソアがいるのに定番とはいえカレーライスや豚汁はどうかと思っていたのだ。まめぶ汁には野菜とまめぶしか入らないし、暖まるし、ちょうどいいに違いない。 「そうね。じゃぁ、まめぶ汁とおにぎりにしようか」 「「アイアイサー!」」 ソアとミルカは可愛く敬礼してみせて、エプロンをつけると早速準備にとりかかった。 「でも、この川の水でお米を洗ったり炊いたりは出来ないわね…」 すると、空から声が降ってくる。 「…あの、水なら用意しようか?」 巨大な影を見上げると、おずおずと青龍がこちらを見下ろしていた。 「お願い出来る?」 ハイユが微笑む。 「…うん」 綺麗な水がウォータージョグの中に注ぎ込まれる。とりあえず15Lを2ついっぱいにして。 「ありがとう」 「…足りなくなったらまた言って」 「えぇ。その時はよろしくね」 しだりを見送って、ハイユは米を研ぎ始める。ミルカとソアは野菜切りだ。しかしミルカはソアが切る人参を不思議そうに見ていた。まな板の上に置いて切るのかと思いきや、縦に持って不思議な切り込みを入れていたからだ。 「何をしてるんですか?」 「ふふふー」 ソアはいたずらっぽい笑みを返して人参をまな板の上に置くとそれを程良い大きさに切ってみせた。 「わぁ! 花の形になった! すごいすごい」 ミルカはまな板の上に転がったオレンジ色の桜の花を指でつまむ。 「これ、ごぼうでも出来ますか?」 「出来ると思うけど、やっぱり人参が一番かわいいと思います」 「ですなぁ」 ほぇー、と関心しながら手のひらで人参の花を転がしている。ごぼうでは今一つ見栄えがしないだろうが、ミルカはソアの見様見真似で試しに作ってみた。 「…うう、うまく出来ません」 人参ほどの太さもないため細工が小さくなってしまい、なかなか出来ないのだ。 「えー、上手く出来てると思いますよ」 ソアはそう言ってくれるがミルカは納得がいかなかった。もちろん、整形してそれなりの形にはしてみたが、みじん切りのように細かくなってしまった切れ端が、なんだか切ない。 「大人しく普通に切ります。これが入っていた人は当たりということで」 むしろハズレかも、としょんぼりしつつミルカはごぼうを切っていく。 とはいえ人参と違って色で自己主張するわけでもないので、気づかれない可能性の方が高そうだ、と思わなくもないミルカだった。 そこへお米を研ぎ終えたハイユが顔を出す。 「どちらも可愛いわね」 並んだ赤の花と薄茶の花を手のひらに並べてハイユが言った。 「「えへへー」」 ハイユに褒められてミルカとソアははにかんだように笑うと、ボールに切った野菜を放り込む。 続いて、まめぶ作りだ。 小麦をこねて黒砂糖とクルミを入れる。今度こそとミルカはまめぶで星やハートの形を作って入れた。 ◆ そうしてミルカとハイユとソアの女性陣がランチの支度を始めた頃、森の方を見渡しながら舞人が言い出した。 「かまくら、作ってもいいと思いますか?」 「あ、いいな、それ!」 隆も賛同する。テントもいいが、せっかくの銀世界。そういうのもありだろう。 とはいえ、どうやって作ったものか。 「舞人、作ったことある?」 「いえ、初めてです」 すると晦が雪だるまでも作るように雪玉を転がし始めた。 「お、なるほど」 とばかりに隆も雪玉を転がし始める。舞人もそれに倣った。 「何を遊んどるんじゃ?」 アコルがとぐろを巻きながら言った。さっさと生まれたばかりの姿になってこの天然温泉に飛び込もうではないか、と言わんばかりだ。早く眼福を、ほれほれ、と目で急かす。しかし。 「せっかくだからアコルもかまくら作ろうぜ」 隆が言った。 「冷たいから嫌じゃ」 アコルはぷいっとそっぽを向く。 「冷たいって…ああ、蛇は変温動物だったな」 隆が役立たずと言わんばかりの顔で肩を竦め、あからさまにため息を吐いた。それが癇に障ったのかアコルが怒り出す。 「失礼な! 一緒にするでないわ!」 安い挑発にあっさり乗ってアコルも負けじと雪玉を転がし始める。 テント設営もそこそこに雪玉を作っている4人に、女性陣のテントを作って戻ってきた優とワーブとしだりは、反射的に彼らに白い目を向けていた。 「何やってるんだ?」 優が尋ねる。 「かまくらや、かまくら」 楽しそうに晦が応えた。 「かまくらか…」 遊んでいるというわけではないのかな、と優が首を傾げているとワーブが興味顔で尋ねた。 「かまくらってなんですか?」 「雪で作ったテント? 小屋? みたいなものかな」 優が答える。答えつつ、雪で作ったテントなら、それを脱衣所にも出来るし、荷物置きにも出来るかなと考え始める。持ってきたテントも便利でいいが、かまくらの方がいいような気もした。 「よくわからないけど、面白そうです。おいらも手伝いますよ」 ワーブが加わる。 「うーん…雪を押し固めないといけないしスコップがいるかな?」 優が尋ねる。 「あるのか?」 「うん。ミルカが持ってる。じゃぁ、上に取りに行ってくるよ」 野湯と聞いてサバイバルを連想していた優は、その辺りもぬかりなく用意していたのだ。中には自分で穴を掘って入る温泉というのも存在する。湯の滝とは聞いていたが、川縁に穴を掘ることになるかもと用意しておいたのだ。 「私も行きましょうか?」 数があるなら1人で運ぶには大変だろうと思った舞人が言った。 「折りたたみのやつだから大丈夫だよ」 優が笑顔を返して駆けていく。 「どうせ作るんなら、全員入れるくらいのにしようぜ」 隆が意気込んだ。 「お、えぇな、えぇな」 「頑張りますよ」 と、この時はあまり深く考えていなかった一同である。 隆が大きくなった雪玉を、かまくら設置予定場所に置いて、冷たくなった手にほーっと暖かい息を吹きかける。 舞人も自分の雪玉を隣に並べて隆の雪玉と合体をはかった。晦が一回り小さい雪玉をやっぱり同じように並べる。それでようやく腰くらいの高さの山がこんもり出来た。それにワーブの雪玉が加わっても、このペースで全員入れるサイズのかまくらを作るには一体どれくらいかかるのだろう。ちょっと途方もなくなってくる。 すると。 「…雪が足りなかったら取ってきてもいいよ」 しだりが言った。取ってくるというよりは、彼の場合、局地的にそこに降らせる、に近いかもしれない。 「おう! 頼むわ!」 隆が言うと、しだりはその数mに及ぶ体を起こして水を凝縮し、降雪機の如くそこから雪を噴出させた。みるみる雪が山のように積もっていく。 「おおお!!」 そこへ優がスコップを抱えて戻ってきた。 ミルカのところにスコップを取りに行った優が事情を話すと、男湯だけかまくらなんてずるいとソアが頬を膨らまされた。確かにそれもそうだなと優は苦笑を滲ませる。どうせならこの中継地に作れば良かった、と思わなくもない。さすがに、上にも作るというわけにはいかないだろう。 とりあえず、温泉に浸かる前ならみんなで入れるよ、という事で引き下がってもらった。 「出来上がりを楽しみにしています!」 ちなみに上から下への移動は、さすがにそのままだと滝に沿って横の崖を上り下りすることになり、ロッククライミング並に大変で、ついでに雪が積もっているため滑るなどの危険もあるので、しだりに雪を凍らせ階段を作ってもらった。滑らないようにゴムマットを敷いて、更にロープで手すりも作った。北海道の冬=豪雪という連想からそれらの道具もサバイバルアソートとして入れておいた優である。全くもって油断ならない男であった。 余談はさておき。 「スコップいくつあるんだ?」 隆が尋ねる。 「折りたたみのを男人数分持ってきたけど」 つまりは7本ということか。 「わしは男じゃないぞ」 アコルが一番小さい雪玉を、川縁の暖かい場所に運んで大きくしたり小さくしたりしながら言った。 「アコルくんの背中はデッキブラシに使えるから地均しにもってこいじゃないかぁ?」 隆が言った。 「なんじゃと!?」 アコルが目を見開く。 「スコップとどっちがいい?」 優が笑顔で尋ねた。 「スコップでいいです」 アコルは不承不承答えたものだった。 ◆ 7人でせっせと雪を運び、しだりが雪を噴射し、7人がスコップで雪山を整形し、しだりが水をかけて固くし…を繰り返して1時間あまり、なんとかワーブの身長くらいの大きな雪山が出来上がった。 「これくらいあれば、全員入れるんじゃないか?」 腰を叩きながら隆がそれを見上げて言う。 「そうですね。一応、テントがすっぽり入るくらいはあると思います」 舞人も腰を伸ばしながら応えた。 「よし、中をくり抜くぞ」 「おう、任せとけ」 隆と晦がスコップを構える。 しかし皆、スコップを置いてしまった。おいおい、どうしたことかと思っていると、優が小枝を皆に配っている。それを皆がかまくらのあちこちに突き刺し始めた。 「それ、なんだ?」 隆が尋ねる。 「さっき、ソアに教えて貰ったんだ。こうやって同じ長さの枝をさしておけば、中をくり抜く時にくり抜きすぎなくていいんだって」 枝が見えた時点でそれ以上くり抜くのをやめればくり抜きすぎて穴を開けることもない。その上、全体的に同じ厚さにくり抜くことが出来るというわけだ。 「おお、頭えぇな」 晦が感心したように言った。 「よし、俺も刺そう」 隆も晦も木の枝を受け取る。晦は木の枝を口でくわえて雪山の下の方に順に刺していった。隆も手の届く範囲で上の方に刺していく。 「上の方は届きませんね」 舞人が背伸びをしながら頑張ったが限界があった。ワーブも懸命に手を伸ばしたが。 「さすがに真上は無理ですよ」 すると。 「…任せて」 「頼む」 優がしだりに木の枝を手渡すと、しだりは悠々と雪山の上に木の枝を刺していった。 「ほほぉ」 アコルがそれを見守っている。しだりも届くのだ。アコルだって最大サイズにならなくても届くのではないか。 「見てないでアコルも手伝えよ」 隆が言ったが、アコルは「寒いのは苦手なんじゃ」と今度こそそっぽを向いた。 木の枝を刺し終えて。 「よし、今度こそ中をくり抜くぞ」 隆がスコップを構える。晦はいつの間にどこから取り出したのか熊手を装着していた。 「入口は出来るだけ小さくがいいって」 優が言う。 「おいらも入れるくらいの大きさにして欲しいですよ」 ワーブが言った。小さすぎて入れなかったら悲しすぎる。 「もちろんだ」 最初は隆のスコップと晦の熊手で雪を削っていく。削れてたまった雪を、優と舞人で後方へ。 入口製作は2人から始まったが、奥へ進むにつれ、3人、4人と削る側が増えていき、削られた雪を残りの者たちでバケツリレーのように外に掻き出していく。 雪でも大変なのに凍ったアイスバーンを削るのは更に骨が折れる。 途中、しだりが中の水分量を調節しようか、と尋ねたがこれもまた、かまくら作りの醍醐味だからと、皆途中までは頑張った。しかし雪に慣れない者達が次々に腰を痛めリタイヤし始めると、結局しだりに頼ることになった。 そんなこんなで中をくり抜き始めて1時間余り、かくてかまくらは完成したのである。 「おお!!」 凍えた冬の空気もなんのその、額に滲む汗を手の甲で拭い、腰の痛みにへばっていたのも忘れて隆が感嘆の声をあげたのも束の間、それは一番乗りとばかりに中に入ろうとしたその足下を晦が駆け抜けていったことで、「あああ~!!」という怒りの声に変わる。 「何すんだ!」 「何がや?」 晦は不思議そうに隆を見上げている。 「俺が一番乗りだったのに」 「意味わからんは」 晦は涙目の隆に半ば気圧されながらも肩を竦めた。本気で隆の言っていることが理解出来なかった。一番がそんなに大事だったのか。それはちょっぴり悪いことをしたなと思わなくもないが、自分もついつい浮かれてしまっていたのだ。仕方がない。 「俺の一番を返せぇ~!」 隆が晦の首を両手で掴んで絞めあげた。 「ぐぅぇぇぇぇぇぇ~」 それを微笑ましげに見やりながら優が言った。 「ここでランチにしよう」 「そうですね」 舞人も賛同する。言われて空腹を思い出した。無我夢中だったとはいえ重労働の後なのだ。いつもしているダンスレッスンよりきつかったかも、と思う。 「わしはもう腹が減って動けんぞ」 かまくらの片隅でアコルは1mmも動かない構えだ。肩を竦めつつ舞人が言った。 「ランチを運ぶなら、手伝います」 「うん、助かる」 「おいらも行きますよ」 ワーブが手を挙げたので優は2人と二の滝へ。 階段を登っている時からその香りはここまで漂ってきていた。腹の虫が鳴って3人で顔を見合わせる。 「かまくらが完成したよ」 と、優が声をかけると。 「こっちもおにぎりがちょうど出来たところよ」 と返ってきた。 トレーいっぱいに並んだおにぎりを優と舞人で持ち、鍋いっぱいのまめぶ汁をワーブが持つと、6人で三の滝へ降りていく。 「わー、大きなかまくらですねーすごい、すごい!」 ミルカとソアはおおはしゃぎでかまくらに駆け寄った。 「中は見た目以上に広いですね!」 と、中を覗き込み、2人はぎょっとなる。奥に空腹で不機嫌なのかアコルが薄暗い空間に怖いくらいの目を光らせて鎮座していたからだ。 「睨むなよ。恐いだろ」 隆がアコルの頭を小突く。 「別に睨んでなどおらん」 あまりの空腹に焦点が合っていなかっただけだ。そして今はこの芳しい香りの源、ワーブの持つ鍋に注がれていた。 かまくらの真ん中にまめぶ汁の鍋を置く。 その鍋を囲むようにして皆座った。 「しだりは小さくなったんだな」 「…あの大きさだと、入れないから」 ミルカが鞄の中(の箱)からお椀や箸を取り出して皆に配る。 「えぇ匂いやなぁ」 晦が今にも涎をこぼしそうな態で箸でお椀を叩いて早く食べようと急かした。 「旨そう…」 と隆はその匂いを全て肺に吸い込もうとでもいうのか大きく深呼吸している。 「もう、腹と背がくっつきそうじゃ」 「はいはい」 ハイユが皆のお椀にまめぶ汁をよそっていく。ソアはコップにお茶を注ぎ、それをミルカが皆に配った。 「おお、これ、すげぇ! 人参が花の形だ」 お椀の中の人参に気づいて、箸でそっと他のものをどけ人参がよく見えるように浮かべて隆が言った。 「あ、ほんまや」 起用に箸をもって子ぎつねの(姿の)晦も汁をかき混ぜている。 「これ、だんごか? だんごも星形やで」 「それは、まめぶって言うんですよ」 ミルカが簡単な作り方も交えて説明する。 「ほぉほぉ」 「可愛いですね」 舞人が微笑んだ。 「すごいなぁ。今度、この飾り切りのやり方教えてよ」 優が花の形の人参を指して言った。 「いいですよ」 ソアが頷く。簡単に出来ますから、とこちらも切り方をジェスチャーも交えて説明している。 「…人参だけじゃないよ?」 優の傍らでしだりが首を傾げて言った。 「何?」 優がしだりのお椀を覗く。 「…ほら、このごぼうも」 しだりは花の形のごぼうを指した。 「え? 俺のは楕円っぽいけど…」 優が自分のお椀を覗いていると。 「おいらもですよ」 ワーブが言った。 「しだりさんが当たりですね」 ソアが笑みを向ける。 「あ、見つかっちゃったんですね」 嬉しいやら、恥ずかしいやらのミルカがはにかむ。 「…当たり?」 「そんなのがあったんだ?」 「はい」 ソアはきっぱりと言い切る。 「当たりというか、なんと言いますか…わたしの初めての作品ということです」 ミルカが照れたように「えへへー」と頭を掻く。ソアに教わって初めて飾り切りに挑戦したのだろう。 「…当たり…」 「よかったな」 優が笑って言った。当たりとはいいことらしい。 「羨ましいやっちゃ。しかし味は変わらんのやろ?」 向かいに座って聞いていたらしい晦が言った。どうやら当たりは羨ましいことらしい。 「変わってたまるか」 隆が言った。 「全員、行き渡ったかしら?」 確認するようにハイユは全員のお椀と皿を見回す。 「「「「「「「「「は~い」」」」」」」」」 異口同音に全員が応えた。 ハイユは優に目配せする。この旅行の企画者として何か一言。 「とにかくお腹がすきました。というわけで、お疲れさま! いただきます」 出来る限り早口に言って優はお椀を掲げた。 「「「「「「「「「いただきまーす!」」」」」」」」」 「旨い!」 隆がまめぶを頬張って言った。 「ええ、美味しいですね」 舞人は汁を啜っている。しっかり出汁がきいていた。 「やっぱ、力仕事の後の空腹には最高やな」 晦がまるでかき込むようにお椀を傾けた。 「体の疲れが癒されていくのぉ」 アコルはしみじみと感じ入る。 「おにぎりも、いい塩加減だね」 優はかぶりついたおにぎりの具を確かめる。 「これは、明太子?」 「はい。それで、こっちが梅干しで、これがおかか。これは昆布で、こっちがシーチキンです」 ミルカがおにぎりの並ぶトレーを一つづつ説明していく。 「そうだったんだ?」 「あ、俺、おかか、もらい!」 隆がおかかのおにぎりに手を伸ばす。 「卵焼きもありますよ。こっちは関西風だし巻き、こっちは関東風で甘い卵焼きです」 ソアが卵焼きの並んだ皿を前に押し出す。 「俺は関西風の甘(あも)ない方がえぇわ」 晦がお箸で一切れとって口の中へ放り込んだ。 「関西風とやらは甘くないのですか?」 ワーブが尋ねる。 「そうらしいで」 晦は答えながら卵焼きに舌鼓を打つ。 「俺はどっちも好きだけど今は、疲れてるから甘い方にしようかな…」 優はそう言って、関東風の卵焼きを摘んだ。 「おいらは食べ比べてみますよ」 ワーブは一つづつ味わう。 「…どっちがいいっていうよりは、好みの問題なんでしょうね」 舞人も両方の卵焼きを食べ比べながら言った。 「あ、あれか。目玉焼きにはソースかしょうゆか、みたいな」 隆が得意顔で言う。 「あるある」 晦がうんうん頷いた。 「目玉焼きは塩じゃないの?」 「それもあるある」 それから、コップのお茶をとってふと思い出したように晦は誰にともなく声をかけた。 「酒はあらへんの?」 「もちろん、雪見酒も出来るわよ。でも、それは湯船に浸かってからのつもりでいるけど」 ハイユが答える。 「なるほど、それも風情があるのぉ」 アコルが言った。 そんなこんなでランチも済ませ、座りっぱなしで固まった体をほぐすように、一同は外へ出て伸びをする。 「さて、腹も満たされたし、温泉だな」 隆がテントへ駆けだすと。 「よ! 待ってましたー」 と、晦がそれを追いかけた。 「じゃぁ、私たちは女湯に移動しましょうか」 ハイユがソアとミルカを促す。その後ろ姿を見送りながら、それでもにじりにじりとその背後に迫るアコルは蛇のくせに鼻の下をだらしなく伸ばして呟いた。 「女湯…なんかえぇ響きじゃのぉ…」 それに気づいた優が慌ててアコルを羽交い締めにする。 「なんじゃ!?」 と声を荒げるアコルに、何事かと振り返る女性陣。 「安心して行くといいよ」 優は笑顔で3人に手を振った。 「別について行こうとしたわけでは…」 言い訳がましくアコルは主張したが、あわよくばと思っていたわけでもない。優が有無も言わせぬ笑顔でアコルを見るとアコルはそのまま押し黙った。 「じゃぁ、また後でね」 かくてハイユとソアとミルカは上の滝へ続く階段を登っていったのだった。 ◆ 「いい湯加減だね」 優が手のひらを川の中に浸けながら言った。 湯加減と酸性度の調整をしていたしだりがホッとしたような視線を優に返す。 テント張りもそこそこにかまくらを作ってしまったので、テントの下のシートの上に置いていた荷物をかまくらに移動し、そのままかまくらを脱衣所にして、いち早く服を脱ぎ捨てた隆が今度こそとばかりに滝壺へ向けて走り出す。 「うりゃぁぁぁ~~!!」 雄叫びよろしく大きくジャンプした。 晦もウキウキと隆に続く。 「わっ、ちょっ、深さもわからないのに」 優が慌てて声をかけたが、既に飛び上がった2人を止められようはずもない。 そのままドッパーンと大きな波しぶきをあげて隆と晦は足から滝壺の中へ飛び込んだ。 どぼどぼどぼ…シーン…。 波が収まり水面が静かになる。 「……」 晦がぷはっと顔を出して犬掻きで泳ぎながら川縁を目指していた。 「隆?」 優がドキドキしながら見守っている。 その頃、隆はといえば。 『深い、深い、深い…』 思った以上の深さに目を白黒させつつ水面目指して湯を掻いていた。どうやら、体重の差で晦と隆の沈んだ深さが違ったようだ。 ざっぷーんと、ようやく頭を出して隆は大きく息を吸い込む。 「ふぅ~」 優はホッと胸を撫で下ろす。 それを見ていたワープもそのまま滝壺に走った。 「おいらも浸かりますよ」 と、滝壺へ飛び込み湯しぶきをあげる。とはいえ隆ほど奥ではなく手前の浅瀬であったから、すぐに足が届いて、四つん這いではどっぷり浸かるが、立ち上がると胸ほどの高さしかなった。 毛皮が濡れてしょんぼりとなり、ワープはぬぼーっと顔を出していた。 「なんか、みんなふわもこが台無しで残念な気がしなくもないな」 晦とワープを見やって優が複雑そうに笑う。 続いてアコルが滝壺に入ったので、しだりも小さいサイズから大きなサイズに戻って滝の中へ。何故大きなサイズなのかと問えば、アコルを取り押さえやすいからだ。 そのアコルはといえば、川底から目を盗んで滝を昇る算段をしていた。 その尻尾をしだりがしっかり押さえている。 「くっ…」 湯に浸かろうとする舞人を「あ、待って」と呼び止め、優は舞人に大きな桶を差し出した。 「これも持っていって欲しいんだけど」 「これはなんです?」 「さっきハイユさんから貰ったおやつだよ」 中を覗くと、コップとケトルに切り分けられた水羊羹が入っていた。 「なるほど」 優も同じように大きな桶を持っていた。そちらの中身も同じものかと思いきや、ケトルではなく瓢箪のようなものが入っている。 「こっちはアルコールだよ。酒を所望している人達もいるからね」 そういえば、先ほどハイユがそんなようなことを言っていたか。それにしても相変わらず、気がよくきいている。面倒見がいいというか、なんというか。 舞人は桶を持ってゆっくり湯の川へ入ると桶をそこに浮かべた。緩やかな川の流れに流されないようにその辺の岩で押さえて、傍らに腰をおろす。桶の中のコップにケトルの中身を注いで、まったりと喉の奥へ流し込んだ。 雪見風呂に梅昆布茶ときたもんだ。 「こういう、のんびりしたのもいいですね」 「うん。ロストナンバーになって毎日バタバタしてたような気がするよ」 隣に腰を下ろして同じように梅昆布茶を啜りながら優が言った。 いろんなことがたくさんあった。たくさんの思い出が出来た。随分駆け足でここまできたような気がする。 「確かに」 舞人は笑みを返した。 これからどうなるんだろう、という漠然とした不安も皆無というわけではないが、経験が自分たちを強くしてくれていた。大丈夫と思える。 今は束の間の休息を楽しもう。また走り出すために。 のんびりと、ゆったりと、心地いいぬるま湯に身を浸しながら。 時折(?)澄んだ空気を「うぎゃぁぁぁぁぁぁ」とかいう悲鳴が切り裂いたりもするが、概ね静かで穏やかな時間と空間がそこにはあった。 「あ、昼間なのに流れ星」 舞人が空を見上げて呟いた。 誘われるように優も空を見上げる。 「本当だ」 流れ星にどんな願い事をしようか。きっと、それは…。 流れ星は一際強く輝いて空に消えた。 キラン。 「お? 俺にもくれ」 優と舞人がのんびりお茶をしているのを見つけて、ざぶざぶと隆が近づいてきた。 「どうぞ」 優がコップに梅昆布茶を注ぐ。 「滝壺は深いの?」 「ああ、5mくらいあるんじゃないか?」 よくわからないので適当に答えながら隆は水羊羹を手でつまんで口の中に放り込む。 「うん、旨い」 「はい」 優からコップを受け取り咀嚼したそれをさっさと喉の奥に流し込んで人心地吐く。 「わしの酒はどこや?」 隆の隣にちょこんと顔を出して晦が言った。 「ああ、うん。あるよ。待って」 大きめのお猪口というか、小さめの湯飲み茶碗ほどの大きさの器にお酒を半分だけ注いで優は晦に手渡した。 「やっぱ、温泉には酒やな」 つり上がった目尻を下げて晦が舌でぺろぺろと舐めるように呑む。子犬のような子ぎつねだ。 その匂いに誘われたのか、それにしてはボロボロの態で何故か人型のアコルもやってきた。 「わしにも…くれんか…?」 「うん」 と答える優に舞人が「私が代わりますよ」と、瓢箪と器を取ってアコルの分の酒を用意してやった。 優は「ありがとう」と言って湯の中に腰を下ろす。 「しだりもどうだい?」 と優が声をかけると多量の湯が落ちる滝のシャワーを打たせ湯代わりにのんびりしていたしだりが顔を出した。 「…うん、貰う」 大きな指で器用に水羊羹をつまんで口の中へ。 「…甘い」 水羊羹に舌鼓を打ったり、梅昆布茶で、まったりしながら体が温まった頃。 「背中流しっこしようぜ」 コップの中の茶を飲み干して隆が言った。 「一列になってやるやつな」 「しゃーないなー。1番のわしが2番の隆の背中を流させたろ」 偉そうに晦が言った。別段首を絞められたことを根に持っていたわけでもなかったが。たぶん。 「うるせぇ! 温泉に飛び込んだのは俺の方が先だ!」 隆が主張した。 「いや、わしの方が先やな」 晦は子ぎつねのその姿に似つかわしくないほど豪快に笑ってみせる。 笑ってはいるが一触即発に見えなくもない2人に優が声をかけた。 「しだりだと思うけど?」 「「…あ!」」 それは間違いなく確かにそうだった。しかし、名を挙げられたしだりはといえば、隆や晦の背中を流す気はなかったようで。 「…しだりは、優の背中を流す」 そう言ってしだりはアコルを無造作に掴むと「これで」と付け加えた。人型アコルの背中はデッキブラシになるのだ。 「な、何をする!?」 アコルは抗議したが誰も彼の言に耳を傾けなかった。 「これで、って…」 苦笑を滲ませつつも止めない優である。 「じゃぁ、俺は舞人の背中を流すよ」 優が言った。 「こういうのって、身長順とかじゃないんですかね?」 舞人は首を傾げている。 「おいらはしだりの背中を流しますよ」 ワーブが言った。 「じゃぁ、私が隆の背中ですね」 皆が並ぶ順番を考えながら舞人が言った。 「よし、整列だ!」 隆が意気揚々と号令する。晦、隆、舞人、優、アコル、しだり、ワーブの順に並ぶと、隆がボディーブラシを配った。 「んじゃ、せーので開始だからな」 「はーい」 「おー」 などと口々に皆が応える。 「せーの!!」 ゴシゴシゴシ…あー、ゴシゴシゴシ。 「おおおおおお」 何故か変な声があがっている。しだりにデッキブラシ扱いされているアコルだ。 「何故じゃぁ~」 しかし、誰も特に気にとめる者はない。 「全員、回れー右ー」 再び隆の号令に全員が後ろを向く。今度は晦が隆の背中を流し、隆が舞人の背中を流し、舞人が優の背中を流し、優がアコルの背中でしだりの背中を流し、しだりはワーブの背中を流した。 ゴシゴシゴシ…あー、ゴシゴシゴシ。 「よーし、全員、湯冷めする前に湯の中に突入!!」 ざっぱぁぁぁぁぁぁん!! 今まで一番大きな波があがった。 ◆ 一方、三の滝。 テントの脱衣所で服を脱ぎハイユが、ミルカとソアの長い髪が濡れないようにタオルで巻き上げてやると、男性陣ほど派手ではないがミルカは初めての温泉におおはしゃぎで飛び込んでいった。 「わぁ! 本当にあったかですねー!」 ばしゃばしゃと湯しぶきをあげて浅い場所を歩き回る。 「うん」 続いたソアはゆっくり入っていく。 「あまり奥に行くと滝壺が深くなってるから気をつけてね」 ハイユが優しく窘めた。 「はーい」 とミルカは元気に応える。 「やっぱり温泉はいいです」 ソアは程良い深さのところで腰を下ろした。 「故郷に似ていてホッとします」 「ソアさんの故郷はこんなですか?」 ミルカはソアの隣に座って尋ねた。かく言うミルカの故郷もサンタの住まう雪国だ。こんな、である。 「うん。田舎だけど、やっぱり冬になると大雪が降るんですよ」 ソアは思い出しながら言った。来る前は、もしかしたら懐かしい景色にもっとホームシックになるかもと思ったりもしたが、賑やかな雰囲気のせいか意外とそういう気分にはならなかったな、と気づく。 「それはわたしと同じですね。あ、でも、もしかして、それでさっきのかまくら作りにもアドバイスを?」 ミルカの故郷は、木々は針葉樹が多く常用樹であるので、落葉した木々の森という違和感があるせいか、はたまた温泉が初めてということも相まってか、故郷を思い出すという感じはあまりなかった。ただ雪が多いことくらいだ。だから雪の小屋というかまくらがなかなか想像出来なかった。ソアの故郷はもっとここに近いのだろうか。 「うん」 ソアが頷く。 「かまくらも凄かったですねー」 ミルカはランチの時を思い出して言った。 「あんなに大きなかまくらは初めてです。10人入っても全然余裕って感じでしたね」 「普通はもっと小さいですか?」 「普通っていうか、うん。私がよく見るのはそうでした。秘密基地って感じの」 2人とか、子供なら4人くらい入れそうな、そんな小さくなかまくらだ。 「おぉぉ~、それいいですね。秘密基地、作れないかな?」 ミルカの言に、ソアではなく別の声が割って入った。 「みんなで来てるのに秘密基地なんか作ってどうするの?」 声の方を振り返ると大きな桶を抱えたハイユが立っている。 「それもそうですね」 ミルカはぺろりと舌を出した。でも、秘密基地って、なんだかワクワクする響きがある。隆辺りに声をかければ、二つ返事で作り始めそうな響きだな、とミルカは思った。それはさておき。 「それなんですか?」 ソアがハイユの持ってる桶を指して尋ねる。 「これ? これはね…」 と言いながらハイユは腰をおろすと桶を水面に浮かべてみせた。 ミルカとソアが中を覗く。 「わぁ、羊羹ですね」 「えぇ。せっかくだから、湯の中でのんびり出来るように、と」 「ポットの中は?」 ミルカが尋ねる。 「梅昆布茶よ」 「飲みます! 飲みます!」 ハイユがコップに梅昆布茶を注いで二人に手渡した。 ちなみにハイユ自身はといえば、ちゃっかり日本酒である。酒の肴に幼女2人。なんとも重畳なハイユであった。 「美味しいです」 「お風呂の中で飲んだり食べたり出来るんですね? 温泉ってすごいなー」 ミルカにとって温泉はここが初めてなので、これが一般の温泉になりつつある。 「どこの温泉でも出来るわけではないと思うけどね」 ハイユが肩を竦めて言った。 「そういえば、ここは誰も来ないって言ってましたもんね」 温泉ではあるが、人によって管理された温泉ではないということだ。 「なんか勿体ないですね」 ソアが言った。せっかく、こんな素敵な温泉なのに、と思う。雪を見ながらのんびり出来るのに、立ち入りを禁止されているなんて。 「でも、しだりさんがいるから私たちは大丈夫ですけど、やっぱり普通は雪が滑って危ないですし、落石の危険もあるっていう話ですよね」 ミルカは最初に優が話しいたことを思い出しながら言った。 「それに、強酸の湯なので本来は長湯も出来ないのよ」 ハイユが困ったものだと眉を顰める。 「きょうさんの湯ですか?」 そういえば、そんな話を着いた時にしていた。今一つよくわからなかったので聞き流してしまっていたが。 「長く浸かっていると毒というか害になるお湯、といったところかしらね」 ハイユが2人にもわかるように説明する。 「そうですか…ロストナンバーでラッキーってことですね」 ソアが言った。しだり様々である。 「そうね。よい子は真似しないで下さい、ってテロップが今頃この辺に入ってるかも」 ハイユは“この辺”を指差して笑った。 「あはは。それ、壱番世界のテレビで時々見かけます」 ミルカも笑いのツボに入ったのか、お腹を抱えている。 「って、誰に向かってそのテロップですか」 ソアが突っ込んで、3人は大いに笑った。 と、ハイユが笑いを納めて2人に顔を寄せると声を潜めて言った。 「でも、ロストナンバーだって、まだまだ危険はあるのよ」 「え? どんな危険ですか?」 驚いたようにミルカとソアは辺りを見渡しながらハイユの傍に寄る。 「こんな危険…かしら?」 ハイユがにっこり微笑んだ。直後、「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ~」という声が川の先にある滝の下の方から聞こえてきた。 「……」 「どうやら脅威は去ったみたいね」 ハイユがクスクス笑っている。 ソアとミルカも顔を見合わせ、それからぷっと吹き出して「あの声はアコルさんだね」と笑った。 「あ、流れ星ですよ!」 ソアがそちらの方を指差した。 「お願い事しないと!」 ミルカが言った。 「アコルさんに?」 ハイユが言って3人はまた笑い合うのだった。 「背中流しっこしようか」 ミルカが言った。 「うんうん、いいですよ」 ソアが立ち上がる。 「そうね。じゃぁ、あたしがお2人の背中に限らず隅々まで…」 ぶつぶつと呟きながらハイユも立ち上がる。 「え?」 と振り返るミルカに。 「いえいえ、こちらのお話」 ほほほ、と笑って誤魔化してみせて。 「ボディーブラシを取ってくるわ」 ハイユはテントへ戻った。 ミルカとソアが湯からあがるとハイユがボディーブラシを持って戻ってくる。 「残念ながら、1つしかなかったわ」 本当に残念そうにハイユが言った。 「え? 人数分、優さんが用意してましたけど…」 ミルカはおかしいなと首を傾げている。サバイバルアソートとやらの詳細はミルカも知っていた。 「下に持って行ってしまったのかもしれないわね。仕方がないのであたしがお二人の背中を流すわ」 ハイユは、大仰に仕方がないを強調して言った。確かに下に取りに行くには一度服を着なければならない。しょうがないのか。 「じゃぁ、後で、わたしたちでハイユさんの背中流します」 ソアが言った。 「お願いするわ」 笑みを返してハイユは2人の背中を交互に流していく。背中を順に肩胛骨から肩口まで流すと何故か前へ。 「わっ…」 はにかむように頬を赤らめた2人がハイユを振り返る。 「女の子同士で恥ずかしがる必要ないのよ」 ハイユは2人の耳元で囁きつつ、幼女たちの発育を検査すべく2人の肌をボディーブラシ越しに撫でた。 「わっ…わっ…だ、大丈夫です!」 背中だけで、とミルカが慌てる。 「今度はハイユさんの番です」 ソアも言って、2人はハイユの魔の(?)手から逃れるようにハイユから離れた。 「そう?」 ハイユは別段気を悪くした風もなく、食い下がるでもなくボディーブラシを2人に渡す。 ソアとミルカは一つのブラシを2人で握って、優しくハイユの背を流し始めた。 「ハイユさんはいいなぁ」 ミルカがぽつんと呟く。 「何がかしら?」 ハイユは不思議そうに尋ねた。 「大人だから」 ミルカが応える。 「大人がいいの?」 ロストナンバーになって時が止まってしまった。歳を重ねているはずなのに、その体は成長を止めてしまっている。いつ大人になれるのかわからない子供たち。複雑な気分でハイユはミルカの呟きを噛みしめる。 「だって、プロポーションもいいし」 「あら、ありがとう」 「私もハイユさんみたいになれますか?」 ミルカの問いにハイユは「ふむ」と考えるように首を傾げて答えた。 「大きなお胸が欲しいならいいマッサージがあるわよ?」 大きなお胸は大人への第一歩である。老化しなくとも育つところは育つのではないか。 「本当?」 「ええ、してあげようか?」 お誂え向きにここはいい温泉だ。2人の発育具合を確認するためにも、今後の成長を見守るためにも。 しかし、いざとなると臆してしまったのかミルカは顔を赤らめつつ断った。 「……わぁ、い、いいです」 「あら、どうして?」 ハイユが尋ねる。 「な、なんか恥ずかしい…」 どうやら先ほど背中を流された時のことを思い出したらしい。ハイユが振り返った先でミルカが頬を染めていたので、それに満足してハイユは引き下がった。 「あら、そう? して欲しくなったらいつでも言ってね」 「はい」 「でもその前に…」 ハイユがすっと立ち上がる。そして驚いている2人を振り返って滝壺の方を指差しながら言った。 「湯冷めしてしまわない内に湯に戻る」 「あ、はい!」 かくて3人はそのまま湯の滝へと戻ったのだった。 ◆ 日が西の空へ傾き始めた頃。 三の滝では「わしの酒が飲めんのか~!」晦がクダを巻き始めた。 一の滝では、はしゃぎすぎたミルカがのぼせてダウンしていた。 お開きの様相に優が言う。 「そろそろ民宿に戻ろうか」 「おう!」 テントをたたみ、もったいないような気もしたがかまくらも潰して、階段も壊しほぼ、来たときのそれに戻して10人は民宿へと戻った。 古い民家をそのまま宿にしたようなそれは、優たちしか客がおらず、貸し切りの様であった。今がオフシーズンだからだろう。 表向きは、世界遺産の知床の景色を堪能してきました、という事になっているが、皆、頬を上気させ湯上がりの顔をしていた。訝しがる民宿の親父ではあったが、わざわざ聞かれるようなことはなかった。 郷土料理に舌鼓を打ち、浴衣に着替えた一同は、レクリエーションルームと隆が勝手に名付けた納戸に集合していた。 温泉といえば浴衣、浴衣と言えばピンポン。それは単純な連想ゲームであった。ちなみに卓球セットをサバイバルアソートの一部に忍ばせたのは隆である。温泉旅行前に、軽く卓球の練習をしておくように指示しておいたのも隆である。ゆえにここには卓球初心者はいないハズなのだ。 とにもかくにも。 「クジを作っておいた」 細い紙の束を握って隆が皆の前に掲げてみせた。 「同じ番号が出た奴同士でペアな」 「卓球なんて久しぶりだなぁ」 優が言った。練習しておくよう言われてしだりと少しやったぐらいだ。 「そうですね」 舞人も頷く。学校の体育の授業以来だろうか。 「今度こそ俺は晦を倒して1番を勝ち取ってみせる!」 隆が晦に向けて宣戦布告した。 「受けて立つで!」 晦が応える。 早速晦はクジを引いて番号を確認した。 「3番や」 続いてハイユがクジを引く。 「えぇっと、あたしは5番だわ」 「私は2番です」と舞人。 「…しだりは1番」 「あ、おいらが1番ですよ」とワーブ。 「…よろしく」 しだりがちょこんと頭を下げるとワーブもつられたように頭を下げた。 「よろしくです」 次々にクジは引かれていく。 「俺は4番だ」と優。 「あ、4番私です」とソアが手を挙げた。 「よろしくね」 と笑顔で笑顔で右手を出した優にソアが握手を返す。 「はい、よろしくお願いします」 クジの番号を確認してミルカがきょろきょろと周りを見回した。 「私は2番です」 先ほど、誰かが2番と言ってたような。 「じゃぁ、私と一緒ですね。よろしくお願いします」 舞人が深々と頭を下げた。 「よろしくです」 ミルカが元気よく応えた。 「ふむ、わしは5番か」 アコルが言った。 「え?」 それを晦が振り返る。 「え?」 隆もそれを振り返る。 「私とですね」 ハイユが笑顔でアコルの方へ。 「「え?」」 隆は恐る恐る最後のクジを見た。それには自分の適当に書き殴った文字で【3】と書かれていた。 「よりによってわれとか」 予定が狂って晦ががっくりうなだれた。 「知るか、足引っ張るなよ」 隆が晦を睨みつける。 「こっちのセリフや!」 晦も隆を睨み返す。 「トーナメントで勝利し、頂上決戦といこうじゃないか」 「望むところや」 そんなこんなで第1回戦。 1番(しだり・ワーブ)vs2番(舞人・ミルカ)である。 サーブはしだりからスタートだった。 卓球のダブルスはペアが交互に打ち合う。しだりの打ったボールをミルカが返し、ミルカのボールをワーブが返し、ワーブのボールを舞人が受けるのだが。しだりのボールはそれほど強くないがよく曲がる。それをミルカがなんとか追いかけふんわり返す。浮いたボールをワーブが叩く。高い打点のスマッシュを舞人がなんとか凌ごうと足掻く。それでも、うまく返せたのは2回に1回くらいだろうか。 終始高さで圧倒したしだり・ワーブペアの勝利となった。 「うーん、残念…」とミルカ。 「さすが、パワーが違いましたね」と苦笑いの舞人。 試合後、勝利者インタビュー。勝因はと尋ねられてしだりはこう答えた。 「…優の特訓のおかげ」 かくて第2回戦。 3番(隆・晦)vs4番(優・ソア)である。 ――数分後。 「噛み合わなさが尋常じゃなかったね…」 優が苦笑混じりに言った。それが優とソアチームの“勝因”であったに違いない。 晦と隆は膝と両手を床につき、肩でぜーぜーと息をしている。 「なんでやねん!」 悔しそうに晦が息を吐いた。 「それはこっちのセリフだ!」 とにかくこの2人は交代がうまくいかなかった。ぶつかる、ぶつかる、ぶつかる。2人で同じ方へ避ける。ある意味、気の合う2人である。 「それで、次は?」 優が尋ねた。トーナメント表を持っているのは卓球主催者である隆なのだ。 「あー、シードの5番ペアと1回戦勝者の1番ペアだな」 投げやりに隆は答えたもんだった。 準決勝。 1番(しだり・ワーブ)vs5番(ハイユ・アコル)である。 高さとパワーはテクニックの前に潰えた。スライスを多用し滑るように伸びるボールは浮いてこない。とにかく高さを押さえられたショットに対し、ワーブが全力で打ち込んだ球はアウトを連発するか、ネットにひっかけるかの二択だったのだ。 「楽しかったからよかったですよ」 負けても満足げな笑顔のワーブであった。 決勝。 5番(ハイユ・アコル)vs4番(優・ソア) ミルカの応援もあってソアも奮闘したが、とにかく老獪な2人のテクニックと意地の悪いショットの数々に、優とソアが膝を屈したのだった。 「ふむ、まだまだじゃな小童」とアコルがガッツポーズを決める。 「でもソアちゃんのスマッシュはなかなかパワーがあってよかったわよ」とハイユが健闘したソアの頭を撫でる。 「頑張りました」とソアは残念そうにラケットを置いた。 「お疲れさま!」とミルカがソアをハグして労った。 得失点などを考慮して。 優勝 ハイユ・アコル ペア 準優勝 優・ソア ペア 3位 しだり・ワーブ ペア 4位 舞人・ミルカ ペア 最下位 隆・晦 ペア 「とりあえず、敗北の原因について2人で決着をつけたら?」 優の提案に、別段勝ち負けに拘るタイプではなかったが、隆との対決がことのほか楽しくて「よっしゃ、やるで!」と晦が乗り気になると、隆も「望むところだ」と乗った。 「負けた方がみんなにジュースを奢るってことで」 と付け加えると更に2人の対決はヒートアップしていった。 飛び交う白球、飛び散る汗。はだける浴衣。かくてそんな青春の1ページに終止符を打ったのは隆の顔面を直撃する晦のスマッシュであったか。晦の脳内で、ジュースが勝手に飲み物=酒に変わっていたこともその一因になったのかもしれない。 とにもかくにも。 「「「「「「「「「ゴチになります!!」」」」」」」」」 自販機の前で財布を片手にぐったりしている隆を取り囲んで、皆が一斉に頭を下げたのだった。 尚、晦が酒にありつけたかどうかは推して知るべし。 その夜。 女性陣は恋バナに花を咲かせた。 男性陣はといえば、卓球のリベンジを誓った隆の提案で、枕投げ大会に全力投入することとなった。 ちなみにこちらの結果は、優がみんなにジュースを奢ることになったようである。 とにもかくにもそんな感じで長い夜は更けていったのだった。 ◆ 翌朝。 女性陣が、なかなか出てこない男性陣を起こしに行くと、彼らは泥のように眠っていた。深夜までかなりはしゃいでいたようなので暫く起きそうにない。 仕方なくハイユはソアとミルカと朝の散歩に出かけた。 ピーンと張りつめた空気に吐き出される息は白い。静かな雪景色の中を散策していく。 小一時間ほど歩いて戻ってくると、ようやく男性陣が起き出していた。 民宿で朝食を済ませ、民宿の親父に挨拶をすると一行はロストレイルの迎えが来るまでの時間を北海道の都心に繰り出して過ごすことにした。 「お土産買わないとな」 隆が言った。 「おいらも買いたいですよ」 ワーブが頷く。 何がいいんだろうと首を傾げているミルカたちに代わってハイユが尋ねた。 「オススメの北海道土産ってあるのかしら?」 「定番のスイーツがいろいろあるけど…そういえば温泉は堪能したけど北海道を堪能したって感じはあまりないかも?」と優。 「確かに、言えてますね」肩を竦めて舞人。 「そんなんこれから満喫したらえぇやんけ」と晦が言う。 「それもそうだな」隆が言った。 「ロストレイルの時間は何時じゃ?」アコルが尋ねる。 「夕方だから、まだまだ時間はあるよ」と優。 「だったら、これから北海道満喫ツアーですね」とソア。 「うんうん。何があるかな。楽しみです!」とミルカ。 「はしゃぎ過ぎて迷子にならないようにね」とハイユが微笑む。 結論から言えば、ソアとミルカは迷子にならなかったが、晦が迷子になった。それを最初に見つけたのが隆だったのは何の因果であったのか。しかし、見つけたとき晦は狐のぬいぐるみのフリをして女子高生たちにふわもこを堪能されていた。 とにもかくにも市街でランチを楽しんだ後、皆で土産物屋巡りをしたのだった。 隆や狐の木彫りのキーホルダーや、チョコレートなどを買い、優はしだりと一緒にチーズケーキなどのスイーツと、かまくらのスノーボールを買い、舞人は定番スイーツと蟹を買い、ミルカとソアはお揃いの雪ん子ストラップを買った。 晦とハイユとアコルは地酒を買い漁り、ワーブは鮭を担いだ木彫りの熊の置物を買った。 最後に車内で食べるための弁当を買い込んで。 かくて楽しい思い出といっぱいの荷物を抱えて10人は帰路についたのだった。 ■大団円■
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