「ここ、どこだよ」 せっかくナラゴニアでのクリスマスに期待を胸いっぱいにやってきた飛田アリオは、白永城の庭を抜けて、城のなかにはいったとたんに迷子になっていた。「鏡のなかに、女の子がいんだよなぁ。それで手をふってて」 輝く白い廊下と壁。それに飾られた鏡をきょろきょろと見ていたら、鏡に映った知らない女の子がどこかに招くように手をふるのに、ついそちらに足を進ませていた。 そして気がついたら一人になっていた。さらにいうと外に出てしまったようだ。城の中庭だろう、煉瓦でつくられた見事な庭園。やはりここも白百合が咲き誇っていて、甘い香りがする。「どうしようかなぁ。あ」 とぼとぼと歩いていて、アリオは何かに足をとられて前のりに倒れる。鼻からぶつかるのだけは回避! と思って両手を前に突き出した。「いたたって、やばっ!」 起き上がってアリオは蒼白となった。白百合を一本、折ってしまっている。「えーと、えーと」「まぁ、困った子ね」 甘い声がしてアリオは振り返ると白銀の少女が立っていた。 銀色のドレス。髪の毛と目は銀色。アリオよりも頭ひとつぶんほど小さな、十三歳くらいの幼い少女だ。両手に真っ白い犬のぬいぐるみを抱えて。なぜか銀の日傘をさして、いくつも生えている木の陰に立っていた。 廊下で見かけたはずの子? アリオはつい立ち上がるとふらふらと近づき、木の陰にいる少女の前まできていた。「えっと、ここの人? 俺、あ、百合を折ったのは悪気があったわけじゃなくて」 少女は口元に笑みを浮かべた瞬間、アリオは首を締めつけられる痛みを覚えた。折れた白百合の茎が伸びて締めつけられているのだ。「影にきてくれてよかったわ。じゃないとわたくし、こことはいえ日の下ではなにもできなかったから。けど、いけいない子ね。ここはわたくしのプライベート空間よ。おしおきしなくちゃね?」 アリオは意識を失った。☆ ☆ ☆ アリオがいなくてもクリスマスは過ぎていく。 しかし、ついアリオが気になってしまう者、あるいは仕方ないから探す者、もしくは城の主に対する興味から白永城を歩いていたロストナンバーが数名いた。まるで導かれるように誰にも見咎められることもなく、その部屋の前にきていた。 白い扉に見事な銀の細工で百合の描かれた扉を押し開けると「いけない子ね。こんなところまできてしまって」 銀色の少女が長テーブルの前に腰かけて出迎えた。ここにあるものはまた城と同じくすべて銀で出来ている。「あなたは……それに、アリオ!」 なんと少女の足元にアリオが倒れているのだ。生きているようだが顔色は悪い。「わたくし、遊んでいいのはホールまでと言ったのに、いけない子たちね。この子は、わたくしの大切な白百合を傷つけてしまったの。だからおしおきをしているのだけど……そうね、あなた、たちにもおしおきをしなくちゃいけないわ。あら、怖がらないで。わたくしたちはこれからいい関係を築くんでしょ? だからね、あなたたちがわたくしの欲しいものをくれたら、許してあげるわ」「ほしい、もの?」 ロストナンバーの問いに少女は頷いた。「ええ、この城から一歩も出られないわたくしのささやかな楽しみはね、美食を口にすること。だから、あなたたちはわたくしを満足する美食を提供してちょうだい? もちろん、あなたたちの考える、この場でわたくしに提供できる最高の美食よ?」 少女は小首を傾げた。「もしくは、わたくしの正体を言い当てるか……これはちょっと難しいかしら? あら、別に怖がらなくてもいいわ。満足しなくても、正体を言い当てなくてもすべて終わったら解放するし、これ以上咎めたりはしない。ただね、リオードルちゃんが言っていたあなたたちに興味があるだけよ。そうね、もしわたくしを満足させてくれたら、この城のなかにいるひとたちにささやかなプレゼントをわたくしがあげる。確か、クリスマスって、プレゼントをするんでしょ? そう、プレゼント交換ね! 名乗るのが遅れてしまったわね。わたくしは、この城の主、白百合」 さぁ、席について。ちゃんとあなたたちの席は用意してあるんだから。――白百合は自分の座るテーブルを手で席を示す。 椅子は三つ。「さぁ、サンタさん、わたくしに美食をプレゼントしてちょうだい」
なにもかもが白い室内、示された席。それらに動揺することなく前に進み出たのはまどろみの少女だった。 銀色の瞳がまっすぐに白百合を見つめる。 「こんにちはなのです。ゼロはゼロなのです」 シーアールシー ゼロは頭をさげた。それに隣にいたハクア・クロスフォードもまた一歩前に進み出た。 「ハクア・クロスフォードだ。アリオを回収にきた」 ハクアはホールでアリオを心配する者たちに頼まれて仕方なく探し、ここに来たのだが、しかし、目の前の少女の正体をあてるか美食を捧げるか……内心はため息が漏れた。 (アリオにはあとできちんと言い聞かせねばならないな) ハクアはちらりともう一人の闖入者を一瞥してあいさつするように促した。この場で見た目年長のハクアはゼシカという少女と暮らしているので、幼子への対応は慣れたものだ。 リーリス・キャロンはにこっと笑った。 「リーリスは、リーリスだよ!」 屈託なく挨拶する。 「お前も名乗ったらどうだ」 ハクアの問いに白百合は首をかしげた。 「白百合が名前ではあるまい」 「どうしてわたくしがお客様相手に嘘をつくのかしら? そうね、そんなにも心配なら、わたくしはあなたたちに嘘はつかないとここで誓うわ。いかがかしら?」 ハクアの探るような視線に白百合はにこりと微笑んだ。 「わたくしね、とっても短気なの。だから質問はひとつにしてちょうだい。でないときっと耐えられないから。さぁ。席におかけになって」 「待って!」 リーリスが声をあげた。その瞳は赤く輝き、笑みは無邪気だ。 「椅子に座る前にアリオの様子を見てもいいかな、お姉さん? 何だかアリオ、調子悪そうなんだもの」 確かにアリオの顔は青白く、ぐったりとしている。 「どうぞ」 「ありがとう、お姉さん」 リーリスはアリオに近づいて屈みこむ。 (首に噛みあとがあればラクなのに) アリオの顔色は悪いが、目立った外傷はない。あえてあげるとすれば首をぐるりっと紐のようなもので縛ったあとがあるくらいだ。 (窒息したんだわ。だから顔色が悪いのね) どういう方法かはわからないが華奢な白百合はアリオを窒息させ、ここまで運びこんだらしい。 「アリオ、大丈夫か」 「しっかりするですー」 ハクアとゼロもアリオを覗き込む。 「目立った怪我はないみたいだし、大丈夫だと思うわ。しばらくは起きないと思うからこのままにしておきましょう?」 リーリスはやんわりと仲間たちに提案する。 リーリスは隠しているがその肉体はアストラルサイト寄りだ。その瞳には魂が形は見える。白百合の正体そのものを推察することは可能だが、自分のことがばれてしまう可能性がある以上正体あては仲間たちに任せたほうが得策だ。 (それに、正体がわからなくても美食があればいいのよね) 今回は用心して魅了と精神感応は世界図書館側にしか行っていない。きちんと防御も施している。 「そろそろお座りにならない? わたくし、退屈しちゃうわ」 席は迷った末、右からハクア、ゼロ、リーリスが腰かける。 「大丈夫だったでしょ? 彼。お客様にはひどいことはしないわ」 「この状態も十分にひどいと思うが」 「あら、人の家を勝手に探索するのとどっちがひどいかしら?」 ハクアの皮肉に白百合は真っ向から剣をかわすように反論した。彼女の髪の毛がさらさらと揺れる。 「貴方だっていやでしょ? 自分の家を勝手に探られて、その上大切にしていたものが壊されるなんて……そうね、謝ってもらっても腹が立つから、なにか仕返しをしたいと思うくらい。けど、わたくしね、暴力は好きではないの。せっかくのパーティの日ですもの。だから、楽しませてほしいの」 白百合の唇が笑みを作る。 「それくらいのわがまま、許してくれてもいいと思うのよ。リオードルちゃんは赤の城の舞踏会に行ってしまったから。あなたたちはここにこの子を探しにきたけど関係は?」 「リーリスのお兄ちゃんなの!」 リーリスはにこりと笑ってつけたした。 「もちろん本物じゃないわ。ターミナルでいっぱい遊んでくれているのよ」 リーリスは嘘をつかない。 「俺は依頼されて探しに来た」 ハクアはそっけない。 「アリオさんとゼロは影の薄さで結ばれた『影薄い友達』なのです!」 ゼロはいつものようにどこかまどろんでいる。 「白百合さんとゼロはカラーリングがお揃いなのです。お友達なのですー。でもライバルでもいいのです」 ゼロの言葉に白百合は目をぱちぱちさせたあと、とっても嬉しそうに笑った。 「そうね、あなたとお揃いね。ふふ。リオちゃんもそうね」 「そのわんちゃんはリオちゃんなのですか?」 白百合が差し出したのは胸の前に抱えている真っ白い犬のぬいぐるみ。何度も縫ったあとがあり、とても愛着のあるものだとわかる。 「リオちゃん、本当は犬じゃなくて狼さんなのよ。けど、犬にしか見えないでしょ? だって狼は人には決してなつかないもの。だからわんちゃんなの」 「かわいいのです」 「ありがとう」 ゼロと白百合の雑談に花が咲く。 リーリスは二人の会話が途切れるのを辛抱強く待った。勝手に別の話題を口にしてせっかく機嫌のいい白百合の逆鱗に触れるわけにはいかない。 「お姉さん、お姉さんの問題に答える前に提案してもいいかな?」 「なぁに?」 甘い菓子を口にいれたときのように、うっとりと白百合は聞き返す。 「仲間だけで相談ってしてもいい? リーリス、これでも一生懸命、考えてるけど、難しいから」 「構わないわよ」 いともたやすく白百合は承諾した。 「だって、退屈ですもの。貴方たちのがんばる姿を見るのって悪くないわ」 白百合はテーブルに肘をついて頬杖をつくと髪の毛を揺らして笑った。リーリスは微笑み返すと、ノートを取り出した。 「じゃあ、お姉さんに極力ばれないようにするわ。そのほうが面白いでしょ?」 「早くしないとパーティ、終わっちゃうから急いでね」 「わかったわ」 リーリスはノートに素早くペンを走らせる。ゼロとハクアもノートを取り出した。 『安易だけどアリオの顔色が悪いっていうのは何か食べられちゃったぽいよね? 血肉、精気、記憶、感情……なんだと思う?』 『血じゃないのか?』 ハクアからの解答はしゃべっているときと同様にそっけない。 『ゼロは違うと思うのです。白百合さんの正体は――だと思うのです』 ゼロからの解答にリーリスは目を細める。 ノートでの情報交換を提案したのは白百合にばれないこともそうだが、こうして仲間たちの考えを率直に知ることに適していた。 ハクアはたぶん自分と同じように考えている。 白百合は鬼、もしくはそれに似た人喰い系だ。積極的に言わないが、ヒントを与えるのはやぶさかではない。 ゼロの考えは、これはこれで面白いとリーリスはつい笑っていた。 『けど、怪我はなかったから目に見えるものが食べられた可能性は低いとリーリスは思うの。それに血ならどうやってとったのか方法を語るように言われちゃうと思うの』 『しかし、あの少女には決定的なものが欠けている』 ハクアはこの短い対談の間に白百合の姿を見て何かしら察したらしい。 『じゃあ、順番を決めましょ? まずはリーリスがやりたい。だってリーリスには正体あてはちょっと難しいから美食でチャレンジするつもり』 リーリスはそこまで一気に書き込んだあとさらに自分の考えをくわえた。 『美食ってお姉さんはこの場で提供できるものって言ったから。今私が持っているもの、自分たちの体に関するものかなって思ったの。だって、それ以外の食べ物なら会場からとってきなさいって可能性もあったと思うから、リーリスはリーリスなりにがんばって、それでみんなの手かかりになればいいと思ってるの』 『がんばってくださいなのです』 『わかった』 短い会話はそこで終わった。 ノートを閉じてリーリスは顔をあげる。白百合が微笑んでいる。 「リーリスは、お姉ちゃんの正体はわからなかったから、他のみんなにお願いすることにするわ。だから一番手!」 リーリスはぴょんと椅子から立ち上がった。多少不作法だが白百合は怒らない。むしろ楽しがって、リーリスが目の前にくることを許した。 「手を握ってもらってもいいかな?」 「どうぞ」 白百合はなんの警戒も抱かずに手を伸ばす。リーリスはその白い手をそっと握りしめる。こうすることで精気を譲渡するのだ。もし、白百合が記憶や感情を食らおうとしたらすぐに手を離せばいい。だが、そんな心配はなかった。 「どう?」 「あんまりおいしくないわ」 さらりと白百合は答えた。 「むしろわたくし、そういうものはわからないといったほうがいいかもしれないけど」 リーリスは目を細めて小声で言い返した。 「そうなんだ。じゃあ、もう一つの可能性のほうかな」 「一応は考えたみたいだけど、ちょっと安易ね。けどあなたって面白いわ」 「ひどぉい」 リーリスはわざと唇を尖らせる。 「これでもリーリス、お姉さんに敬意を払ってるのよ? 気配りしたのは評価して、報いてほしいわ」 白百合の今の発言に自分の正体をばれたとリーリスは理解した。 だが、ここで他の世界図書館の者に正体を暴露されるわけにはいかない。 (そもそもこれってただの暇つぶしじゃないわよね。だって、手が込んでるもの) リーリスの顎にそっと白い指が伸びて触れる。銀色の瞳と目があう。 「だめよ。それだと自分の弱味はこれと言っているのと同じ。あらあら、ふふ、どうしましょう」 白百合は狡猾な白蛇のように微笑んだ。 「けど、いいわ。情報ってここぞってときに出すのが楽しいんですもの。さぁ、おさがりなさい」 リーリスは思わず舌打ちしたくなった。思ったよりも白百合はタチが悪い。けれど凶悪でもない。すべてを楽しんでいる、というほうが正しい。そんな白百合には恫喝は効果がないのはその顔を見れば一目瞭然だ。 「大丈夫よ。良き隣人を困らせたりしないわ」 「ゼロは考えたのです。すごく、すごく考えたのです。それで思いついたのです。白百合さんは白永城そのものだと思うのです」 ゼロの答えに白百合は目を丸めて、瞬かせた。 「はずれているのですか?」 「そうね、残念ながら。けど、やっぱりあなた、面白いわ。わたくしがこの素敵なお城の分身だなんて素敵ね。このお城はね、わたくしが困ったときにドンガッシュちゃんに建ててもらって、気に入っているの」 白百合は心からゼロの推測に賞賛を送った。 「それで、美食は?」 「白百合さんはここから出られないと言ったのです。だから面白い話を聞くことだと思ったのです」 白百合は目を猫のように細めた。 「ゼロはゼロの知るお話をするのです。ゼロは今までいろんな世界に行っていっぱいお話を聞いたのです。だからそのお話をするのです。ゼロ自身の体験もお話するのですー」 白百合が両肘をテーブルについて、合わせた手の甲の上に形のよい顎を置いて聞く態勢に入った。ゼロは今までの体験、聞いたことから好奇心を満たしそうなものをひとつ、ひとつ選んで語る。 ゼロの話に白百合は口を開かないが、話の終わりに小さなため息を漏らして喜びを伝えた。 「今日のメインはアリオさんの武勇伝なのです。影の薄さに隠された主人公属性の輝きについて語るのです」 「主人公属性?」 白百合がきょとんと首をかしげる。 「一見平凡な壱番世界の青年、飛田アリオが覚醒してから多くの世界をめぐる驚愕の冒険譚、無数の美女美少女美幼女との恋物語! なのですー」 ここだけゼロの口調はいつものぼんやりから少しだけ力がはいる。もちろん、ゼロ的ながんばりである。 「彼、とっても弱いみたいだけど」 「それは役目を終えたからなのです」 「役目を?」 「はいなのです。神話級超絶ワームのモッコ=スを倒して、世界群を救ったのです」 「まぁ」 「アリオさんは影の薄さの下に超りあじゅうパワーを隠し平穏な生活を手にして、今に至るのです。アリオサーガ・とりあえず完なのですー」 ゼロの話にリーリスとハクアはつっこむことも忘れた。なんとなくこの手のことを語りまくっている白うさぎがターミナルにいた気がする。 ちなみにそのうさぎの語るすべてをアリオに置き換えて作り出したアリオ伝説の作者はターミナルのいたずら好きの司書である。 ゼロがすべてを話し終えたのに白百合はにっこりと微笑んだ。 「一つ、ゼロからの提案なのです」 「あら、なぁに」 「ゼロは大きくなれるのです。ですからもし望むならゼロがお城を移動させて、白百合さんに樹海やターミナルを見せることができるのですー」 ゼロの提案に白百合は一瞬だけ息を飲み、笑ったまま首を横に振った。 「それはだめよ」 「リオードルおじちゃんに怒られちゃうの? だったらリーリス、お姉ちゃんのためにお願いするわ」 リーリスが尋ねる。 「そうじゃないわ。私がここにいたいのよ。ここを出るなんて考えないの。だって、じゃないと……あの人、もうここに訪ねてきてくださらないもの」 白百合はどこか悲しげに瞼を伏せた。 「ここから出られないわ。けれど出ないと同意義。だっていやでもここに訪れるしかないんですもの。捨てられてしまえばすべて終わり」 白百合はどこか老婆めいた顔で遠くを見つめると、肩をすくめて笑った。 「さぁ、次はあなたね。どんな美食かしら?」 「なぜ城から出られない?」 ハクアはまっすぐに白百合を見据えて尋ねた。 彼女の城から出られないという発言、そして銀に彼女の姿が映っていないという真実に気が付き、思考を深めていった。 「お前は影しか歩けないんじゃないのか」 「いいえ」 ハクアは眉根を寄せた。白百合は微笑んでいる。 「嘘は言ってないわ。影しか歩けないわけではないのよ」 「……正体は吸血鬼だな? 美食とはこれだろう」 ハクアが差し出したのは自分の片腕だった。 「血だ。どうしても必要というなら俺の血を飲んで構わない。好みに合うかは別だが……アリオの血は吸っていないのか?」 白百合はじっとハクアを見て頷いた。 「ええ、私は吸血鬼よ。けど、アリオちゃんの血は吸ってないわ。そしてあなたの言うそれは美食じゃない」 白百合はゆっくりと姿勢を正すと、厳かに告げた。 「わたくしはね、美食と言ったの。あなたは自分で言ったわね。好みに合うかわからない。そう、つまりはね、食べるものって結局は個人の好みになってしまう。だから食べ物とは言わなかったの。判定に不服が出ては困るから。美についてはよほど特殊でない限り、それにこの城の主と言えば、あなたたちも考えやすいと思ったの。美食とはすなわち、美しいものを食べたという申し出。食べる方法にも目、鼻、口、耳といろいろとある。あなたのは美食としては失格ね、けど、正体をあてたから合格かしら?」 白百合は試すようにハクアを見つめた。 「今日はクリスマスだから、許してあげる」 「……ナラゴニアでのお前の身分はなんなんだ。それに舞踏会には出ないのか」 「敗北し、世界図書館にいるしかないわたくしたちが身分を振りかざすなんてナンセンスだとおっしゃったのはあなたたちよ。わたくしね、ここからは出られないわ。けれど、耳はとても良いのよ」 鈴のような声で白百合は説明した。 「あなたの言う舞踏会ってどちらのことかしら? どちらにしてもわたくしは行けないの。ホールはあまりにも広すぎて、明るすぎるから」 「それは、どういう意味なのですか?」 ゼロの問いに白百合は立ち上がった。それでようやく彼女がずっと座っていたのかがわかった。彼女は片手に持つ日傘をステッキのようにして立ち上がった。 その動作で彼女の足が不自由であることは十分にわかった。 彼女は窓際に歩いていく。しめられたカーテンを乱暴に開け、そこからはいる光が彼女の白肌に触れた瞬間、じゅっと音をたててその肌が焼けた。 白永城がどうして透明な膜で覆われていたのかをこの場にいる者たちはようやく理解した。 膜で直射日光を少しでも和らげているのだ。色のついた膜では城と庭の美観が損なわれてしまう。そんなことを白百合が許すはずもなく、透明な膜にしたのだ。 白永城そのものが彼女を守るための銀の鎧なのだ。 「これがあなたの問いに対するわたくしの答え。そうね、今回はまぁまぁ満足したわ。だからプレゼントをあげなくちゃね」 ハクアとしてはあまりよろしくないものであればお断りしたいが、この様子を見てはただ断るのも失礼だと考えた。 パスを取り出してそこにしまっていた大きな白い犬のぬいぐるみを取り出す。ゼシカに渡そうと思っていたが、それはまた別のものを買えばいいことだ。 「もし交換するなら、これでどうだ」 「バカにしないでちょうだい。それ、別の人へのプレゼントでしょ?」 鞭打つように白百合はぴしゃりとハクアの申し出を叩き落とした。 「女性にとってこの世で自分を賞賛するもの以外、なんの価値もないのよ。あなたのプレゼントになんの魅力も価値もない……アリオちゃんの縄をほどいてあげてくださらない?」 ハクアは素直にぬいぐるみをパスにしまうとアリオに近づいて肩を揺さぶった。 「ん、おれ?」 「まったくお前は」 ハクアはアリオの縄をほどきながら説教タイムが開始した。ゼロとリーリスは白百合に近づいた。 「ゼロちゃんとリーリスちゃんは私に美食をくれたから、二つ。プレゼントをあげるわ」 「私たちに?」 にぃと白百合は微笑んで、指を鳴らした。 「ここにいる全員によ。さぁクリスマスプレゼントを受け取って」 「え、わぁ!」 ハクアの前にいたアリオが突如あらわれた闇に飲まれて消えた。ハクアが驚いて顔をあげると白百合が微笑んでいる。 「レディを待たせるのはいけないことよ、アリオちゃん。わたくしからさるお嬢さんにお詫び」 「あ!」 リーリスが叫んだ。 城を覆う膜からはらはらと白い花びらが……本物の雪が落ちている。 「クリスマスって雪が降るものなんでしょ? この城のなかでならわたくしね、これくらいはできるのよ。ふふ」 ゼロが外を見てまどろむ。ハクアは黙って空を見上げた。リーリスはにっと笑て白百合に声をかけた。 「リーリス、個人的にプレゼントほしいなぁ。今度二人きりで遊びたいなぁ!」 「あら、それは無理よ。だってわたくしのそばにはいつもリオちゃんがいるもの。二人と一匹でいいならよろしくってよ」 そう言って白百合はぬいぐるみを抱きしめて無垢に微笑んだ。
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