ブルーインブルーでしばらく過ごすと、潮の匂いや海鳥の声にはすぐに慣れてしまう。意識の表層にはとどまらなくなったそれらに再び気づくのは、ふと気持ちをゆるめた瞬間だ。 希望の階(きざはし)・ジャンクヘヴン――。ブルーインブルーの海上都市群の盟主であるこの都市を、旅人が訪れるのはたいていなんらかの冒険依頼にもとづいてのことだ。だから意外と、落ち着いてこの街を歩いてみたものは少ないのかもしれない。 だから帰還の列車を待つまでの間、あるいは護衛する船の支度が整うまでの間、すこしだけジャンクヘヴンを歩いて見よう。 明るい日差しの下、密集した建物のあいだには洗濯物が翻り、活気ある人々の生活を見ることができる。 市場では新鮮な海産物が取引され、ふと路地を曲がれば、荒くれ船乗り御用達の酒場や賭場もある。 ブルーインブルーに、人間が生活できる土地は少ない。だからこそ、海上都市には実に濃密な人生が凝縮している。ジャンクヘヴンの街を歩けば、それに気づくことができるだろう。●ご案内このソロシナリオでは「ジャンクヘヴンを観光する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてジャンクヘヴンを歩いてみることにしました。一体、どんなものに出会えるでしょうか?このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが見つけたいもの(「美味しい魚が食べられるお店」など)・それを見つけるための方法・目的のものを見つけた場合の反応や行動などを書くようにして下さい。「見つけたいものが存在しない」か、「見つけるための方法が不適切」と判断されると、残念ながら目的を果たせないこともありますが、あらかじめご了承下さい。また、もしかすると、目的のものとは別に思わぬものに出くわすこともあるかもしれません。
港で少年が一人、泣いている。辺りにいる人たちはちらりと一瞥するものの、誰一人として声をかけようとはしなかった。商品を抱えせわしなく行き来する人々に怒鳴られる少年は、ぼろぼろと涙を流したまま母の名を呼ぶが、返事はない。 そんな少年に一人の旅人が駆け寄る。年若い、見るからに観光と買い物の為に来たのだろう旅人の少女は船から降りると少年に気がつき、直ぐに声をかけた。嗚咽混じりに母親とはぐれた、と言うと少年は再度大きく泣きわめき、少女は必死に少年を宥めている。 商人は旅人を「良いカモ」だと思った。そこそこ身なりのよい、小金を持った良心的な少女はきっと商品を進めれば買ってくれるに違いない、と。 少年の手を取り、少女は露天路へと消えていった。 景気の良いかけ声があちらこちらから聞こえる露天路は隙間なく人で埋まっている。少しでも良い品物を安く買おうと値切る人や、値段を知らない旅人に押しつけるように売る商人がひしめき合う中を旅人は背の小さな少年を抱き抱える様にして人混みをかき分け、少し進んでは店と店の間で呼吸を整えている。人通りが多すぎて思うように前に進めず、いつまでも母親にあえない少年がしょんぼりしていると、旅人の少女は果物を買い与えた。食べやすいように皮が剥かれ、串に刺さった果物はお高めではあったが、瑞々しい果物で腹と喉を潤した少年が元気を取り戻したので少女は満足そうに笑う。 気を取り直して旅人の少女と少年が手を取り合い人混みをかきわけ、人気のない路地へと進んでいった。込み合ってる路と違い、人っ子一人いない路地がどういうものか、旅人と少年は知らないのだろう。二人が消えた路地を心配そうに果物屋の店主が眺めていると、可愛らしい悲鳴と共に二人が飛び出し、その直ぐ後を体を何倍にも膨らませ牙を剥いた猫が追いかけていく。 災難ではあるが、一番可愛らしい災難ですんだようだ、と眺めていた人は苦笑していた。 商人達は人伝に聞いていた。旅人の少女が迷子の少年を母親を合わせようとしていると。 露天路から少し離れた場所、砂浜や市街地へと続く分かれ道の真ん中で、少女は無事再会した母子にお礼を言われていた。恥ずかしさからか、少年は母親に顔を埋めてしまい、母親は何度も頭を下げ、お礼を言うようにと少年の頭をわしわしと撫でると、少女は照れくさそうに両手を何度も動かした。 暫くして少年と母親は何度も後ろを振り返りながら帰路につく。母子の姿が見えなくなっても少女は暫くの間立ち尽くしていた。 少し俯きがちに佇む少女の顔に髪の陰が揺れる。目元は見えないが口元はくっとつり上がり、何かに耐えるように結ばれている。 少女は振り返り様に歩きだし砂浜へと進む。さらさらとした砂に足跡を残すが、ジャンクヘヴンの砂浜は長く続かない。少しいけば桟橋が前を塞いでしまうのだ。旅人の少女は桟橋の袂で足を止める。一歩海へと足を進め、海水が旅人の足首を濡らす。 「海のばっかやろーーーーー!」 ざっぱん 旅人の少女が叫ぶと同時に波が少女を包み込んだ。後に残るのはズブ濡れの旅人と静かに寄せては帰る波。ぽたぽたと前髪から滴が落ちる少女の頭上に、どっと大勢の人の笑い声が落とされた。驚きに体を飛び跳ねさせた少女は、振り返って尚驚き、ぽかんと見上げる。桟橋の上で多くの商人達が楽しそうに笑っているのだ。楽しそうな笑い声の中で一人の商人が桟橋の上から手を伸ばす。「ほら、捕まりな」と手をひらひらと動かす彼も笑顔だ。状況が飲み込めず、惚けるしかない少女が商人の手を取ると、力強く桟橋の上へと引き上げられた。 少女の頭にタオルがおかれ、わしわしと濡れた髪が拭われる中方々からたくさんの声がかけられる。 「迷子を助けてくれてありがとよ」「いやぁ、いいもんみた!」「災難だったね」「ほら、これでも飲みな!」「良い事したんだ、また良い事があるさ」「あんたいい女になるぞ!」 旅人の少女がとった行動を多くの商人達が見ていた。最初はただの「良いカモ」として眺めていたのだが、彼女があまりに一生懸命行動するので次第に親しみが沸いたらしい。自分の行動でたくさんの人に笑顔を届けた事を、少女が知る術はない。だが、こうして沢山の人に囲まれ笑っているのが、なんだか楽しくなり少女もつられて笑った。 鐘の音が聞こえると少女はハッと辺りを見渡す。旅人の少女はまた何処かへと旅立つらしい。商人達はすぐに路を指し示し、船が出航する時刻を知らせる鐘の音が何度も響く中、少女は走り出した。 「気をつけて行くんだぞ!」「またおいで!」「そこを曲がると目の前だよ! がんばりな!」「次はウチにも寄っていきな!」「良い旅を!!」 見ず知らずの人達が、露天の前から、店の裏から顔を出して、荷物を抱えながら少女に声を掛ける。店から港へ、そして桟橋を駆け抜けて少女が船に乗り込むと、船は大海原へと出発した。 貰った緑色の瓶は少し歪な形をしていた。コルクはポン、と簡単に抜け中からシュワシュワと音が聞こえる。一口飲み込むと強めの炭酸が喉をちりちりと焼き、それからほんの少し甘い味が広がった。お世辞にも美味しいとはいえないラムネだが、何故か自然と笑みが込み上げる。 さわさわと心地よい潮風が頬を撫でた。
このライターへメールを送る