クリエイター宮本ぽち(wysf1295)
管理番号1151-19464 オファー日2012-09-13(木) 00:50

オファーPC ドアマン(cvyu5216)ツーリスト 男 53歳 ドアマン

<ノベル>

 Le point du cheminは“賢者の脳髄市”に佇むホテルである。客層は人に亜人、闇の住人、それから死者や生者。あらゆる存在が集うのだ。
 由緒正しいホテルは種族と思惑の坩堝と化す。今宵も華やかに、密やかに。

「まだ着かないのか?」
 人間の少年が蝶ネクタイを毟る。
「これも社交のうちよ」
 耳の尖った亜人の少女がイブニングドレスを翻す。
「……忍耐です」
 ローブ姿の男児が呟く。彼の容貌は深く黒いフードの下だ。少女がフードに手を伸ばすと、男児は悲鳴を上げて父親の後ろに逃げ込んだ。
「済まない。息子は極度の人見知りでね」
 父は二股の舌を覗かせながら苦笑する。少女の母も「こちらこそ」と詫び、娘をたしなめた。
「詮索はおよしなさい」
「だって」
 少女は胸を反らせて男児を指す。
「こんな格好してるから悪いのよ。隠されたら知りたいって思うじゃない」
「まったくだ。退屈だ」
「いい加減にしろ」
 少年の父が息子に拳骨を落とした。
「ホテルでもそうやって振る舞うつもりか。どうなっても知らんぞ」
「俺たちは客だぜ」
「だからと言って粗相をして良いわけがない」
 話している間にも目的地が近付いている。
 Le point du cheminは夜の底に君臨していた。荘重な外観は城、あるいは要塞のようだ。煌々とした照明はサーチライトの如くまばゆい。
「お待ちしておりました」
 ホテルの輝きを背に負ってドアマンがやって来た。
「遅れて申し訳ない。子供が駄々を……」
「ご無事のお着き、何よりで御座います」
 大柄なドアマンは折り目正しく頭を下げる。その顔面に少女がバッグを押し付けた。
「持って下さるんでしょ? 私たち、特別なお客さまよ」
「もちろんで御座います」
 ドアマンは濃紺の瞳で微笑んだ。

 人間、亜人、眷属。各領域の名士たちがLe point du cheminに集まっている。領域間の行き来は自由であるため、個人的あるいは政略的に友好を結ぶ者も多い。
「あーあ、退屈」
「デザートは何かしら」
「従業員……生身ですかね……」
 三人の子供は命じられるままに同行しただけなのだが。

「ごゆっくりどうぞ」
 ドアマンが扉を閉ざし、広間での懇親会が始まる。
「お集まりいただきましてありがとうございます。内輪の会ですので、カジュアルに……」
「好きで来たわけじゃないけどな」
 少年が主催者の式辞をへし折った。眉を顰める大人たちを睥睨し、皮肉っぽく口許を歪める。
「でも俺、嫡男だし? 家を継ぐなら付き合いは大切にしとかないと」
「ならばもう一度忠告をしておこう」
 少年の父親が咳払いした。
「お前の態度は家名に相応しくない。きちんと礼儀を守りなさい。他の子たちにも言えることだが――」
「ふん。まずまずの味ね」
 お説教などどこ吹く風といった体で少女がテーブルを回遊している。
「ちょっと、ジュースが足りないわ。持って来て」
「かしこまりました」
 給仕が慇懃に頭を下げる。制服の下でこすれ合う金属の気配に男児が飛び付いた。
「何の機械ですか? サイボーグなんですか?」
「おやめなさい」
 男児の母が息子を給仕から引き剥がす。その脇を少年が駆け抜け、銀盆からシャンパングラスを摘み取っていく。親が止める間もなく広間を飛び出したかと思うとベルボーイに衝突した。グラスが宙を舞う。ベルボーイはシャンパンを浴び、少年のドレスシャツにも飛沫がかかってしまう。
「うえっ。気を付けろよ」
「あ、待ってー」
「こら!」
 少女が男児を引きずって後を追い、母親の金切り声が続いた。
 追いかけっこの始まりだ。観葉植物の後ろに隠れ、見つかりそうになれば鉢を倒して逃げる。階段を駆け下り、ルームサービスのワゴンをひっくり返した。たしなめる大人もいたが、多くは子らの家名を前に強く出られない。三匹の怪獣は掃除用具を蹴飛ばし、客室係に体当たりして走り続ける。
「あ……」
 最後尾を行く男児がふと足を止めた。フードの下の目が鉄鋼の扉を凝視している。
「どしたの? 倉庫か何かでしょ?」
 少女が問うと、男児はゆっくりとかぶりを振った。
「何か……違うものが……」
「待ちなさい!」
 父母たちの叱責が追いついてくる。少年が舌打ちし、二人を押し込むようにして扉をくぐった。
 途端に足が凍りついた。真っ暗闇が口を開けていたのだ。茫然と立ち尽くすうちにじわじわと目が慣れてくる。むき出しの石壁。足元から這い上がる静寂。
「先程は大変失礼いたしました」
 妙齢の婦人の声が聞こえ、三人は一斉に飛びすさった。
「当ホテルの総支配人でございます。別室でお着替えを……」
「え? あ、ああ」
 少年はシャンパンの汚れをようやく思い出す。
「こちらへどうぞ」
 部屋の奥からドアマンが現れた。
「セミスイートルームで御座います」
 扉が開かれていく。
 少女が「あら」と鼻を鳴らした。ゆったりとした寝台は天蓋を戴いているし、暗いテラスにはプールが横たわっている。大部屋一つ分ほどもあるクローゼットにはあらゆる洋服が勢揃いだ。
「濡れてなきゃ何でもいい」
「何してる!」
 少年が手当たり次第に服を掴み出しているところへ保護者たちが駆け込んで来た。
「まったく……粗相をするなと言ったでしょう」
「三度目の忠告だ。三度目の正直だよ」
 大人たちは溜息をつき、一斉に咳払いする。
「家名を背負うからこそ相応しくあらねばならない。矜持のみならず、礼節を守る事」
「客とはいえ粗相があってはいけませんよ」
「“此処は特別”なのだから。さもないと……」
「分かってるわ。聞き飽きたわ。それよりこれどう?」
 少女がだぶだぶのドレスを体に当てながら腰をくねらせる。大人たちは再び嘆息した。
「じゃ、広間に戻るから。大人しく休んでいなさい」
 ドアマンが扉を開き、父母たちが去っていく。
「――開けろよ」
 足音が遠ざかるのを見計らって少年がドアマンの腕を掴んだ。
「は?」
「退屈なんだよ。探検させろ」
「こちらのお部屋でお待ち下さいませ」
 ドアマンは困ったように苦笑いする。次の瞬間、くぐもった打撃音が響いた。少年がドアマンの脛を蹴り飛ばしたのだ。
「客が開けろって言ってるんだ。噂も聞いてるぞ」
「そうよ」
 少女も首を突っ込んだ。
「秘密のドアがあるんでしょ? 秘密って暴くためにあるものよ」
「……ほ」
 ドアマンはゆっくりと目を細める。あくまで静かに。どこまでも優雅に。
「特別な時だけ、あるいは特別な相手にだけ開放する扉があると……」
 男児はフードの下からドアマンを凝視し、ぎょろりと眼球を巡らせた。
「僕らは特別な家柄なので……何代も前から此処を贔屓にしているので……」
 沈黙。遠くから笑い声が漂ってくる。
「かしこまりました」
 ドアマンは腰を折り、ゆっくりと扉に手をかけた。
「ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」

 ゴッ――。人肌の風が駆け抜ける。

 三人は慎重に目を凝らした。天井には暗闇が張り付き、足元では青白い炎が揺らめいている。
「何だこりゃ」
 少年は強気に冷笑する。
「廊下ですよね……」
 分厚い絨毯に足音を吸い取られつつ男児が踏み出した。二人も後を追う。角を曲がって階段を上ると下りの階段が現れた。不条理な上り下りを繰り返すうちに息が乱れ、吐き気が込み上げる。足が地を踏んでいる感覚がないのだ。
 階段の先には長い長い廊下だけが伸びていた。うんざりするような直線だ。
「ちょっとあんた」
 少女が苛々と少年を振り返る。
「無線機みたいなの持ってたでしょ。さっさと外に連絡しなさいよ」
「さっき試したよ。通じねえんだよ」
 声を震わせる少年をよそに男児が駆け出した。暗闇の奥にかすかな光を見出したのだ。辿り着いた先にはビロード張りの扉。がっちりと鍵がかかっている。隙間に額を押し当てた途端、色とりどりの光が目を射った。
『子羊が逃げた。三匹の羊!』
「ひっ」
 力強い歌声に突き飛ばされ、尻もちをつく。
『毛を刈れ。血を抜け』
『肉は塩漬けに。冬に備えよ』
 フットライトが燃え上がり、仮面の男女が踊り狂っている。呆気に取られる三人の足元にうっすらと光が落ちてきた。彼方の天井から太陽がこちらを覗き込んでいる。男児は慌てて懐中時計を探り、驚愕した。時計の針が早送りのように、左回りに動き続けている。
「何なのよ! どうにかしなさいよ!」
 少女がとうとうヒステリーを起こした。少年が「うるせえ」と彼女を突き飛ばす。
「てめえも何かしろ。命令ばっかしやがって」
「できるならやってるわよ」
 少女はカッと逆上した。
「力が使えないんだってば。どうしろって言うのよ!」
 客室扉が悪夢のように整列している。部屋を数えたが、八百を超えたところでやめた。知り得たのは外観の何十倍、何百倍という広大さだけだ。呪術も魔道も科学も沈黙し、三人はあっという間に成す術を失う。
 だまし絵のように傾く廊下。無秩序に渦を巻く階段。
 ――粗相があってはいけませんよ。
 ――“此処は特別”なのだから。
「出せよ! 俺たちを誰だと思ってやがる!」
 おんおんと、不吉なエコーだけが返ってくる。三人は絶望し、泣き叫んだ。そしてぴたりと泣き止んだ。
 得体の知れぬ視線を感じる。ぬるく纏わりつく風は息吹だろうか。
「何か……います……」
「出ないと」
「どうにかしないと」
 三人で寄り集まり、静寂の中をじりじりと進む。
 だが遅すぎた。今更協力したところでどうにもならぬ。どこにも行けない、戻れない。家名ももはや役立たずなのだ。

 遥かな天井で昼と夜とが繰り返される。永遠のような無人と暗闇の中、息づく視線だけが子供たちを注視し続けている。何もかも狂わされ、もはや時間の感覚すらなくなった。進んでいるのか、逃げているのか。ただ彷徨っているだけなのかも知れないが。
 混乱。疲労。渇き。痛み。飢え。あらゆる憔悴の果てに三人はとうとう倒れ伏す。霞む視界に鉄格子が映り込んだ。牢屋? いいや、巨大な鳥籠だ。中にブランコが吊るされ、妙齢の婦人が腰掛けている。髪も肌も白い彼女はゆったりと舟を漕いでいた。
「起きて」
 少女の喉から掠れた哀願が漏れた。
「起きて下さい……」
 男児が鳥籠の格子を掴む。婦人は答えない。少年は最後の力を振り絞って格子を揺さぶった。
「起きろ。出せ。出してくれ」
 緩慢に揺れるブランコの上で白い婦人がまどろみ続けている。おかしな光景だ。籠に縋りついて叫び立てる三人こそが閉じ込められているようではないか。
 生ぬるい風が這ってくる。
「出せよ!」
 少年が吠えた瞬間、暗闇の中で蒼い光が迸った。一つ、二つ、三つ……七つ。圧倒的に燃え上がる蒼に子らは絶叫する。
 目だ。鳥籠の背後に巨大な七つ目が……!

 少年ははっと目を見開いた。
「あ」
 がばと跳ね起きる。シャンデリアに目を射られ、思わず呻いた。すぐ隣で少女も起き上がり、全身を震わせている。男児はうなじの汗を不快そうに拭った。
「お目覚めで御座いますか」
 ドアマンが温和に微笑みかけてくる。ソファにテーブル、見覚えのあるフロント。Le point du cheminのロビーだ。ドアマンの傍らで総支配人が一礼した。
「お怪我が無く何よりです」
 持ち上げられたおもては鳥籠の婦人に似ている。
「随分うなされておいででした。“探検中に転んで、数分ほど気絶されていたのですよ”」
「数分……?」
 三人はぼんやりと周囲を見回した。訳知り顔で苦笑いする父母の姿がある。ならば全ては夢だったのだろうか。鳥籠も婦人も、蒼い瞳も。稲妻に打たれるようなあの畏怖も。
「あの……このホテル――」
「お客様にお水を」
 男児が口を開きかけた時、ドアマンがフロントに合図した。すぐに水差しが運ばれ、三人は疑問ごと飲み干すようにグラスを空ける。
「疲れただろう。帰るか」
「うん」
 保護者たちに促され、渋々肯いた。
 ドアマンが先導し、総支配人が見送りに立った。玄関先でドアマンが一歩下がり、総支配人が前に出る。少年の父親が深々と頭を垂れた。
「お手数をおかけした」
「滅相も御座いません」
 ドアマンと総支配人が同時に応えた。
「またのお越しを心よりお待ちしております」
 両者のお辞儀が綺麗に重なる。三人の子供は首を傾げ、幾度も振り返りながら去った。どうしても既視感が拭えない。

(了)

クリエイターコメントありがとうございました。ノベルをお届けいたします。

描写を慎重に選びました。過不足なく書けたでしょうか。
また、ドアマンさんはどの時点で“扉を開いた”のでしょう。扉の開閉は数度ありましたが、どこがどこに繋がっていたのでしょうね。

楽しんでいただければ幸いです。
ご発注、ありがとうございました。
公開日時2012-10-06(土) 23:00

 

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