「んー、くそぉ、徹夜でゲームしたせいかターミナルの青い空が目にしみるぜ」 欠伸を噛みしめ、両腕を気だるげに伸ばした虎部隆はきゅっきゅっとリノリウムの廊下を音をたてながら歩き、いつもの教室へと向かっていた。 一応、ここに来る前にノートを開いて「なんかほしいもんあるか?」とメッセージを友人たちに送っておいたが、とくに返事はなかったので今日は手ぶら。 隆が向かっているのは、日和坂綾が所有する学校の形をしたチェンバー。 壱番世界の人間だと、なんとなく「懐かしい」と感じられる雰囲気のある建物だ。 しかし、しかしだ。 ぱたぱたぱた~ ぱたぱたぱた~ 左を見ても ぱたぱたぱた~ ぱたぱたぱた~ 右を見ても 「人体模型が走ってるんだよなぁ。ここ」 綾の忠実なしもべ(ひそやかに下剋上を考えていると噂されている)の人体模型が数体、数十体と廊下を駆けまわっている光景はただのホラーだ。 その上、廊下のいたるところに冒険の相談や予定を綾がホワイトボードに男らしく(綾は女だけど)書きなぐっているものがあっちこっちに置かれている。 はたから見ると不思議でホラ―なチェンバーだが隆はここに通う。ここにはいつものメンツがいるからだ。 目指すは二階の、奥側。 階段をのぼりきった廊下を挟んだ真ん前に教室。 その左手は行き止まりで、開け放たれた窓、その下には手洗い場が横いっぱいに並んで、斜め横に女子・男子の人一人がはいれる程度の大きさしかないが更衣室。 ちょっと手洗いのところから首を伸ばして下を見れば青々とした大人用プールと子供用プールの二つが見える。 「おー、誰かいる……!?」 「いけぇええ! 必殺! 幸せの一撃!」 何か飛んでくる――白い箒に乗った陸抗! 「う、おおっ! っと、あぶねー!」 隆は、間一髪で横に飛んで避けた。 あと少しで男性の一番大切で、最もデリケートなところに耐えられないほどの衝撃を受けるところだった……ごっくりと隆は恐怖に喉を鳴らした。 「あら、避けたの? つまらないわねぇ」 壱番世界の日本ではおなじみの畳――それも四畳ほどの広さ。その上にはなぜか赤い傘が広げられ、背後には金をあしらった虎と龍の壮絶な戦いを描いた屏風。 和風な小道具にたいしてその持ち主は白い花のようなドレス姿で正座し、湯呑を両手に持ってお茶を飲んでいるのは――幸せの魔女が胡乱な目で隆を見つめた。 「~~っ! 避けるだろう!」 思わず大切なあそこを両手でしっかりガードして隆が叫んだ。 「大丈夫よ、なにかあったときは私の幸せの剣でそこをちょんぎって、ドレスの似合う、あら、かわいい女の子にしてあげる」 「なるかよ! 何してたんだよ」 「なにって、合体技を練習してたんだよ。幸せの魔女と俺の力を合わせた【幸せの一撃】。本番では剣を使うけどな! 練習だから箒を使ってたんだ」 抗は悪意の欠片もない笑顔でこともなげに言う。こうなると怒るのもばからしく隆はがくりと肩を落とした。 「……本番っていつだよ……とりあえず、あぶねぇーからここでは使用禁止!」 「えー。合体技は大切ぜ。ちゃんと練習しないと本番で使えないし!」 「もう、隆さんったら、私が抗さんとばかり親しくしているから妬いているのね? 仕方ないわね。大丈夫よ、私は隆さんのことも愛しているわ」 二人のよくわからない――いつものことだが――ブーイングにはぁと隆はため息をついた。 「あのねですね。隆さんが抗さんと魔女さんの仲を妬むのでしたら、それは昼どらというやつなのです。けど、三人で仲良く合体技をしたらいいのです。それで問題は解決なのです。むしろ、隆さんが抗さんを愛したらいいのです」 可愛らしく、どこか寝たげな第三者のとんでもない発言に隆は吹いて、咽た。 「まぁ、ゼロさん! さすがだわ。そうね。そうすれば無問題ね」 「俺が隆に愛されるわけか?」 「いやいやいやいや……CRCゼロ、お前何言ってるんだ!」 教室の真ん中、机を二つあわせて真っ白なふわふわの小さなまくらに頭を預けた、どこをとっても白色のシーアールシー ゼロがまどろんでいた。それが彼女のお仕事だから。しかし、油断することなかれ。まどろんでいてもちゃんと会話にくわわるのだ。しかも微妙なところで鋭いボケを発するのだ。 目を閉じているのはいかにも眠っているように見えるが、これは寝ているのではなくて彼女の主張するところによると「まどろんでいる」姿だ。ばっちりと起きている。 なんでも 「ゼロは経験値が不足しているのでまどろみながらおしゃべりできないのです」 なんの経験値なのかは不明。ものすごく不明。 ちなみに眠りとまどろみは違うらしい。やっぱり通常の人間には理解できない違いがあるらしい。 「まぁ、そんなつっこみばかりしていてはつまらない男になってしまうわよ。隆さん、さぁ、私のところにいらっしゃい。お茶が出来ているから。抗さんも必殺技を使用したあとはちょっと休まなくてはだめよ」 「お、おーう」 「そうだな。隆、運んでくれ!」 ささ、いらっしゃぁい~。 などと手をひらひらと振っている姿はなにかを企んでないか? という顔だが、まぁ大丈夫だろう。 隆は抗を掌の上に置いて運び、幸せの魔女の座る畳に腰かけた。 「はい。私の愛と幸せが詰まったお茶よ」 そっと出された湯呑のなかはどうみても緑茶だ。 「……なにもはいってないだろうな」 「あら、心外だわ。隆さん、私の愛が信用できないの? 私の心は常にターミナルの空のように澄んでいて、広いのよ」 「……」 「あら、なに、その目は? ほら、抗さんも飲んでるじゃない?」 隣に座る抗は――身長的に湯呑では飲めないので、御猪口で注がれた白い湯気をたてている薄緑色のお茶を実にうまそうに飲んでいる。 「うまいぜ?」 「おいしいのです」 そして、やっぱり気が付いたら――テレポートでもしたのか? ――隆の横にちょこんと腰掛けているゼロがお茶を飲んでいる。 「さぁ、一気に、男らしく、飲んでちょうだいな。あら、それとも私の淹れたお茶が飲めないっていうの! ひどいわ、隆さん。私の純情を弄んだのね」 「誤解を招くこというなよ。飲ませていただきます。いただきます!」 一気に煽る。 「……案外、ふつ……!? から、からっ……み、みずっ……」 口いっぱいに広がる炎のような辛さ。 喉がからからに乾いて、汗が噴き出る。 さながら砂漠に投げ捨てられた憐れな罪人のように隆は喘いだ。 「魔女さん特製のロシアンお茶よ。まぁ、幸せな罰を受けたのは隆さんだったのねぇ。やっぱりねぇ、隆さんには私のどはどはと溢れる愛で当たってしまうのね。ふふ、ちなみに中身はタバスコ五本、唐辛子十個の激辛よ。これだけ辛いのに色が緑茶として変わらないものを作るのはとっても苦労をしたわ。その愛が隆さんを選んだのね」 にこにこ~と笑って、悪意なんて欠片もない表情で言い切る幸せの魔女。 いや、これ愛じゃないだろう。幸せでもないだろう。 「み、みず……」 ふらふらと半死半生で隆は立ち上がり、教室の外にある手洗い場になんとか這いずる。 あと、二歩…… どがしゃん!? 「……あー、あの方向は」 振り返らなくてもわかるので隆はあえて見ないことにした。むしろ、見たらなんとなくいけない気がした。 「できたぁ! あ、隆、来てたんだ!」 あ、捕まった。 恐る恐る振り返るともくもくと暗黒の煙を背後に煤だらけの顔で笑っている綾が立っていた。その両手には銀の盆、おにぎりが山になっている。 「あー、こぼん」 隆はわざとらしく咳払いして、綾を見た。 「日和坂君、なにかな、そのトラベルギアを暴走させたかのような禍々しい煙は、そして、そのおにぎりはなにかなぁ?」 「よくぞ聞いてくれました! コレはね。日和坂綾特製のロシアンクッキング! ぱっーぱっかーん!」 「またかよ」 幸せの魔女りんといい、綾っちといい。CRCゼロに至っては謎団子を作るし……ここにいる女どもはどうしてこうも…… しかし、にっこりと笑顔で差し出さたれおにぎりはどう見ても普通だ。 米をにぎって、青海苔でまいたものにしかみえないが――しかし、侮ってはいけない。どうみてもおにぎり作りではありえない綾の煤だらけの姿を、今までの彼女が作り出した料理のゲテモノぷりを。 一時なにに目覚めたのか 「お菓子を作る! フンガァアアア」 女の子にあるまじき雄叫びをあげて、ありえない料理を大量に作ると試食と称してここにきた人間たちに振る舞って、死屍累々を築いた――主に隆や男性陣が犠牲となったことは記憶に新しい。 まぁ、そのおかげでパウンドケーキは無事に作れるようになったのだが。 あのとき、綾が料理しようと思い始めたきっかけを隆は心の底から呪った。 そして、それから 綾はときどき依頼に行く前に弁当を作るようになったのだが。 「だってさ、美味しいだけとかまずいだけとかだとつまらないじゃない? んー、これ、半分は持っていくとしても……」 ちらり。 綾の視線に隆の野生のカンが告げた。 目を合わせたら終わりだ! 「あー、俺、水をとりにきたんだ。水を」 「た、か、し~」 それは井戸の底から這い出てきた幽霊のごとく、ねっとりと、冷気としつこさを混ぜたなんかいやんな気配を漂わせて絡みついてきた。 「味見させてあげるっ」 「いや、いら……ぐっ!」 丁重にお断り、しようとする暇もなくおにぎりが口のなかに突っ込まれた。 「どう、どう?」 わくわくとした綾の視線に、隆は必死になって口を動かした。このままでは呼吸が……空気、新鮮な酸素を俺に! まさに溺れる者はなんでも喰うものである。 もぐもぐもぐ。 「っ! 綾っち、これ……甘い上に、ほんのりとぬるっとして、苦味があって。さらにはしゃきしゃきしている甘い液体がもう一個」 「あ、それ。チョコ&イチゴジャムいりだぁ~。ほら、おにぎりって塩辛いものおおいじゃない? けど、疲れたときは甘いものかなぁって~。あー、うん。隆の顔をみたらどういう味なのかわかった。……失敗かぁ~。ま、甘々おにぎりにチャレンジしたのはその一つだけだから」 どうして、おにぎりに混ぜるまでわからないんだよっ! それも混ぜちゃいけないものを二種類も! うお、甘すぎる。甘すぎるぜぇ。綾っち! なんとか飲みこんだが胃が激しい拒絶に震えて、隆は必死に口に手をあてて耐えた。がんばれ。俺の胃。 「……今日のコレはなにかの陰謀なのか」 激辛お茶といい甘々おにぎりといい。 「それはね、隆さん、幸せが隆さんに向かって突撃しているのよ。ああ、妬ましいわ。私よりも幸せに愛されているなんて、綾さん、綾さんは私のことを愛しているわよね? この私の心の傷を癒すためにもおにぎりをちょうだいな」 「うんいいよー」 「ゼロも食べるのです」 「俺も俺も」 お前らみんな変なモノがあたっちまえ! と密やかに隆の呪い発動。 しかし 「あら、シャケね。おいしいわぁ。綾さんの愛を感じるわぁ」 「ゼロは、明太子なのです。おいしいのです」 「俺は……あ、梅干しだ」 「私も一個だけ~……あ、からあげだ。これ自信があったんだよねぇ~。おいしい~」 ……今日は絶対に厄日だ。 うんざり、げんなり、がっくりの顔で隆が机に突っ伏した。 はぁああ。 漫画、またはゲーム……なにかないかなぁと手を動かし、教室に常備されているオセロを引き寄せると、抗が近づいてきた。 「ゲームか? 俺とやろうぜ!」 「おっし、負けねぇからな……そうだ。なんか賭けないか? せっかくだ」 「賭けか…そうだ!」 思案したあと抗がぱっと笑って提案した。 「俺が勝ったら合体技な!」 「よし。いいぜ。俺が勝ったら、そうだなぁ……そのうさ耳をぷにぷにしてやるからなぁ」 「ふん。言ってろよ。俺が絶対に勝つからな」 にやりと抗が笑うのに隆もニヒルに笑い返す。 そんなわけで隆はせっせっと手を動かしながら、抗はとてとてとボードの上を走りまわって――オセロ勝負が開始された。 「あらあら、男同士のロマンスね。私も混ぜてほしいわ」 畳に座ると足が痺れてしまうので、壱番世界のお茶のみごっこ――雰囲気を味わうためにある小道具(魔女談)――を片付けて、今は隆と抗の左横、窓辺の日当たりのいい席に腰かけた幸せの魔女は本を読みながら茶々をいれる。 ちなみに読んでる本のタイトルは【他人の幸せを奪う百五十の方法】――作者不明。しかし、熱心に読んでいる。が、幸せの匂いは決して逃さないのが彼女である。 「私は、抗さんが勝つのに一票ね。もし勝ったら、隆さんには……なにをしてもらいましょうか。フフ」 油断ならない笑み。この勝負、なんとしても勝つ必要がある。 「よし、お弁当もできた! って、合体技? いいなぁ~、いいなぁ~! 抗さん、私ともやろうよ! 合体技!」 弁当を作り終えた綾は満足げに笑うと挙手した。 「綾と? いいな。俺と綾だと、どういう合体技がいいかな?」 「うーん。ブーメランとエンエンの技を合わせるとか!」 綾が提案する。 綾の得意技はセクタンのエンエンが吐き出す炎の玉と蹴りを合わせた技である。それに抗のブーメラン……綾と抗は互いに楽しげに妄想する。 「ブーメラン炎……!」 「いいなぁ、それ! 隆を実験体にしようぜ」 「俺を灰にするつもりか、そこの二名は」 ここは負けられない。負けたらいろんな意味でやばい。 「ゼロとも、合体技をするのです。そうです。ゼロは大きくなれるのです。抗さんは小さくてかわいらしいのです。その二つで攻めるのです。敵は小さな可愛さと大きな可愛さに油断してしまうのです。その隙をついてのしかかるのです。そして抗さんが足をくすぐるのです。ゼロは脇をくすぐるのです。そうして笑い転げて戦うことができないのです」 「足かー。臭そうだよなぁ。隆のって」 「失礼な! 俺は毎日、靴下を変えてるし、シャツは薔薇の香りだぜ!」 「隆が薔薇ってありえない~! むしろ、男臭そう! こー、ムンムンしてそう!」 「綾っち、俺は脱がなくてもすごい男なんだぜ?」 きりっとニヒルな笑みを浮かべてみせると、綾が噴き出した。む、失礼な。 「まぁ、薔薇の隆さんってなんていいわねぇ。私がぜひとも花で飾らないとだめね。タイトル、隆さんの薔薇盛り。隆さんを花瓶にして、あんなところやこんなところに薔薇を飾るの。ふふ、あ、隆さん、ここに置くべきよ? 私の幸せの直感が告げているわ」 にこにこと微笑んで、幸せの魔女の白い手がボードのマスを指差す。 「ん、じゃあ、魔女りんを信じてって、まて、まてまて! 魔女りんは抗に賭けてるんだよな。つまりは、俺が負けるって、あー」 そっと幸せの魔女の手が隆の手に重なり、駒を置かせる。 「は~い! 置いた以上は、動かせませーん! いけ抗さん! ブーメラン炎の実験体をゲットするんだ!」 「おう任せろ!」 とことことこ~と抗が元気よくボートの上を走り回るのに幸せの魔女が獲物を狙った猫のように微笑んだ。 「抗さん、ぜひここに駒を置くといいわよ。私の幸せが最大限に告げているわ」 「がんばるのです。抗さん~。隆さんも負けるのをがんばるのです~」 「おう、CRCゼロだけが味方って……! 負けるのをがんばってどうするんだよ! いじめか、これは陰謀か! くっ、ファミリー並の腹黒さだぞ、お前ら! いいや、俺は勝つ。俺の自由と生死と愛とその他諸々のために、一人でも勝ってみせる! 男の本気、見るがいい!」 「まぁ、隆さんったら往生際が悪いわねぇ……それでこそ狩りがいがあるわ」 「って、二人とも、ココ、置いたら、もう置く場所ないよ? 抗さんの勝ちじゃない?」 と、綾のつっこみに見るとボードは真っ白になっている。 「え……がはっ! く、やられた! お前ら、よくやった。教えることなにもない。……ということでさーて、オセロやめて別のゲームをするか?」 思いっきりシリアス顔を作って俯いたあとに驚くほどの変わり身の早さを発揮して注意を別へと向けようと試みた。このノリでなんとか見逃してくれないものか。 「よし、じゃあ、ブーメラン炎、いくぜっ! 隆! 受けてみろ! 俺と綾の合体技!」 俺の話、聞いてないねぇ! 「よーし、エンエン、出番だよっ!」 ご主人様たちがみんなできゃっ、きゃっしている間にエンエンと隆のセクタンのナイアガラトーテムポールは教室の端っこにある机の上ですりすりと身を寄せたり跳びはねたりして、じゃれていた。 が、綾の呼び声に二匹が顔をあげる。 エンエンは綾の「出番」の台詞にぱっと笑うと机を蹴って宙へと飛び出し、見事なジャンプ力で綾の肩に乗った。 一度綾に頬を擦りつけたあと、勢いよく炎を吐き出した。 「いくわよ~!」 「ちょ、まった、まった! って、おまえら~!」 幸せの魔女とゼロがささーと机を横にどけている。なんという素晴らしき判断力と仲間力(主にくだらないことでしか発揮されない) 「ナイア、助けろ!」 と叫ぶが、ナイアはひらひらと手を振って、そっと頭に手をつけて――敬礼。 おい、こら、まて! 「いくぞ!」 炎を纏った可愛いらしいウサ耳のブーメランが飛ぶ。 あ、まぁ、ナイアの加護があるから――なんていえるか! 「こうなったらやるぜ、撃ち落すっ!」 懐から水先案内人を取り出して、狙いを定めてる。 「戦いなのです。ゼロはくすぐるのです!」 むくむくむ~とゼロが巨大化をはじめ 「そうこなくっちゃ! さぁ、幸せをうんといただくわよ? ふふふ」 幸せの魔女は嬉々として飛びこんだ。 「く、抗っ! 俺とも合体技だ! 綾っちを狙うぜ」 「よーし! 今決めた。技名は流れて撃つだぁ!」 「にゃほほほ~! 私に勝とうなんてはやーい!」 「どこまでもどこまでも大きくなるのです~」 「おほほほっ!」 カオスが繰り広げられた数分後。 死屍累々、になることはないが、荒れ果ててしまった教室に数体の人体模型がやってくるといつものこととばかりに破壊された机を持ち上げてぱたぱた~、どこからか新しいものをもってくる。 「依頼の前になんっーことを俺らはしてるんだって話だよなぁ」 くすぐり攻撃を受けて脇腹は痛いし、髪の毛もちょっと縮れた。(蹴りは気合と本能で避けた) 「アハハハ、楽しかったぁ~! ねっ!」と、笑顔の綾。 「よーし、腹が減ったし、料理しようぜ? 疲れたあとはみんなで料理して食う!」 抗の提案に隆はなんとか起き上がった。 「いてて……そうだな。腹も減ったし、教室も掃除しないといけないしなぁ」 「ごはん、ごはん! おなかすいたもんね!」 そんなわけで五人は隣の部屋、綾が使用しやすいようにと調理室になっている。――に移動した。 「空腹を満たすのは幸せなことよ。え、料理? 大丈夫、隆さんがいるものね。私、信用しているから」 「ゼロも信用しているのです。虎部さんならきっと大鯰をさばいて刺身にしてしまうのです! ゼロ、そのためにもお野菜を運ぶのです!」 「お前ら……女が三人もいて……俺なのかよ」 女子三名の無言の威圧に隆は反論するのはやめておいた。またゼロ特製の謎団子とか幸せの魔女の愛が詰まった、食べたら幸せになれる(かもしれない)マッシュルーム、綾得意のロシアンおにぎり……考えたくない。 「時間ねぇし、ぱーと作るか。ぱーと」 腕まくりをして隆はにやりと笑う。 「これでも、カレーだけは作れるからなぁ」 「おー、楽しみ!」 「カレ~! ニンジンは抜きで!」 「お料理できる男性って素敵よ。私は見ているわ。見ているわ。ほら、幸せを視線で注ぎ込むのよ?」 「楽しみなのです。あと、カレーには鯰はいりますか?」 「おー、任せろ。米は任せたからな。米くらいは炊けるよな! 頼むか炊いてくれよ!」 そんなわけでカレーは隆が、野菜を運んだり、お皿を出したりはゼロと抗が、お米ぐらいなら問題なく炊ける綾が――幸せの魔女はその様子をきらきらとした目で見ていた。だって、幸せを注ぐのがお仕事だもの。 完成したカレーを皿に盛ってつけ調理室にあるテーブルに並べられた。ちなみにお茶だけは幸せの魔女が淹れて、 「ほら、最後のいいところをとっていくのはお約束じゃないかしら」 などとほざいた。 テーブルにそれぞれ腰かけると、ほくほくと白い湯気立つカレーに全員が注目した。 ぱん! 両手を合わせて、 「いただきまーす!」 五人は元気よく告げた。 「ん~! おいしい~! やっぱりカレーはニンジンなしだよねぇ!」 「辛くておいしいな!」 「おいしい料理、これもまた幸せよね。ふふ」 「ふーふーするのです。ほくほくなのです」 「あー、うめぇ」 カレーは瞬く間になくなってしまった。片付けは人体模型に押し付けて隆は満足げに腹をさすりつつ、ノートを見た。 「あー、くった、くった。っと、ん? 呼び出しだ。じゃ、俺はそろそろいくぜ?」 「俺も! バイトに行かないと!」 「あ、私も、そろそろ依頼に行く時間だ! よーし、海賊退治、がんばるからね~!」 「ゼロもこのあと依頼なのです」 「さて、私もそろそろ幸せを探しに依頼でも受けようかしら。べ、べつにみんなが行くから、私も寂しいから依頼でもしてやろうとか思ってるんじゃないからね!」 五人はそれぞれ、自分のために歩き出す。 それでもまたここに戻ってくる。 それが今 そして日常。
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