――0世界のカフェテリア 静かに流れる音楽が落ち着いた雰囲気を醸し出す。 店の扉を開けた少女は待ち合わせ相手の姿を探す、待ち人は直ぐに見つかった落ち着いた店に褐色の部族戦士の姿は目立つ。 少女が手を振ると、先に着座していたジャック・ハートが軽く手を挙げ答えた。 「呼び出しちまって悪ィナァ、ちっと相談したいことがあってヨ」 ジャックは席を引きフランに着席を促しながら口を開いた 「ありがとうございます。えっと、私にですか?」 礼の言葉と共に着席する少女――フラン・ショコラは、いささかきょとんとした表情を浮かべながら応える。「ああ、相談ってのはアイツのコトだ」 フランが無言で目をしばたたかせる、感情を抑えている時の彼女の癖だがジャックがそれと気付くことはない。「墓所に居るマスカローゼだがヨ、俺ァあんな所に引き籠らせるためにあいつをこの世界に呼んだわけじゃねェ。生きることを楽しませるために呼んだンだヨ。テメェの所でも俺の所でもいい、あいつをあそこから引き剥がして生活させる手段はねェかと思ってナ」 「ジャックさんのところに連れて行ってあげればいいじゃないですか……あの子は貴方に優しくされたからついて来たんですよ? それを娘と言ったりするから……」 努めて感情を抑えた静かな声、微かに震える眉とハンドバックを握り締める手がその内心を明らかにしている。「OKOK、それについては俺が悪かった。帰りにお前らの顔見るまで想像もしてなかったからナ。何しろテメェらの王子さまは鉄板でアイツ1人だと思ってたからヨ」「申し訳ないですけど、私が言える事は何もないと思います。ご自分の行動の責任はご自分で取って下さい」 我慢しきれなくなったのか突き放した言葉のフランをまぁまぁと両手を挙げジャックがなだめる。 「まぁそこはちょっと落ち着いてくれや。……1つ聞くゼ。テメェの望みは一体なんだ?」 「え……? そんなこと、急に言われても……えっと」 唐突な言葉に面食らうも、怒りのさなかでも素直に答えを探そうとするところが彼女の純粋なところだろうか。 「俺の望みはナ、勤めを果たして故郷に帰ることだ……殺されるためにナ」 ジャックが思案顔のフランの顔を覗き込みながら物騒な言葉を吐く。 驚愕と恐怖に一瞬顔を引き攣らせたフランから身体を離し、ジャックはニヤニヤ笑いを浮かべた。 フランの頭の中にだけ更にジャックのテレパスが響く。 (……分かンねェか? 俺が愛を囁くのは俺と一緒に死んでいいような女だけだ) 「マ、そんなわけで俺ァ、マスカローゼに愛を囁く気はないわけだ……アイツはまだまだ可愛いからナ」 軽い口調で言ったジャックの顔には、口調に似合わぬ陰惨な笑みが浮かんでいた。 「もしもあいつが出自で悩んでるなら。ワームだろうが人食いだろうが折り合いをつける方法はある筈だ。つかねェッてンならつかせる方法を考える。朽ちるまで生きながらえるなンざ生きてるとは言えねェ。やれることは全てやってやる……俺ァアイツの保護者だからヨ」 言葉を切ったジャックがフランの顔を覗き込み、歯をむき出して笑う。 「今からヒデェこと言うゼ? アイツはお前の半身だ。お前が苦しんでた頃の記憶を持ったお前の魂の双子の妹だ。テメェは自分が幸せになりゃ、苦しんでる妹は見捨てるってか? テメェはそんな薄情な女じゃねェだろォ? 生き損なってるテメェの半身助ける知恵を貸してくれッてンだヨ。知恵だけでいい、ケツはこっちで持つからヨ……頼む」 捲し立てるだけ捲し立てるとジャックはカフェのテーブルを割らんばかりに頭を下げる。 フランは溜息をついた……どう答えたらいいのだろう? 少女の内心に蠢くのは、混ざりあった複雑怪奇な感情。 フランとマスカローゼ二人の間にある感情は余人には凡そ図りづらく……口に出したい類でもない。 フランは言葉を選ぶ、見せたくないものを見せずに答えられる言葉を。「ジャックさんが真剣なのは分かりました……でもあの子をどうしたいんですか? あの子には居場所がないんですよ……『私』にはなれないから。ジャックさん、あの子に取って貴方への気持ちは『私』にない全てなんですよ」 ジャックの真剣な眼差しで少女を見る。その言葉から何がしか得るものがないかと一言足りとも逃さぬように。 「……あの子が私とは違う経験をして『私』でなくなれば……もしかしたら変われるかもしれません。でもそれはジャックさんが手を差し伸べないとできないことです……これぐらいしか私には思いつきません」 ジャックの返事を待たずにフランは言葉を紡ぐ、その表情は複雑に乱れる内心を映すことはなかった。「あとですね……ジャックさん一つだけ理解して下さい。私はあの子のことが嫌いなんです。例え叢雲の意志であっても……許せないから」 会話が止まる、カフェテリアに流れる音楽だけが響いた。「まだ、話すことはありますか? なければ御暇させてください」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ジャック・ハートcbzs7269 フラン・ショコラcwht7925=========
席を辞する少女の表情は硬く、震えているようにも見えた。 憤慨しているのか? 憎しみを感じているのか? 思うところは読めずとも拒否の意図は伝わってくる。 ……これ以上の答えは得られない――いや、宥める手段はあるのかもしれない……がジャックには思い至らなかった。 椅子から立ち上がったフランは、ジャックに頭を下げる。 ――感情の篭らない形式ばかりの礼 (随分嫌われちまったナ、読み違えちまったか……) 早足でカフェテリアの出口へ向かう少女の背中に陳謝の言葉を吐く。 「悪かったナ、フラン……助かった。借りはいつか必ず返す」 ジャックの言葉に、足を止め振り返ったフランの返事は素っ気なく……理解し難いものだった。 「……結構です。……そんな暇があるのなら、その時間をあの子に使って下さい」 意外な言葉がジャックの心に疑問符を浮かべ、表情を訝るものへ変えた。 嫌いと言い張るマスカローゼを気にかける言葉がジャックの心に空白を作った。 カラァン、カラァン―― カフェテリアのドア鈴が鳴り、一寸生まれたジャックの間隙を埋めた。 反射的に腰を上げたジャックが『待て』と声を発したが少女を止めるには至らない。 ジャックの鋭い聴覚には、石畳を逃げるように駆ける少女の足音が響いた ジャックは悪態をつくと、中腰の姿勢を崩し深々と椅子に腰を下ろした。 彼女を止めたところで問うべき言葉など……いや問うに値する言葉などない。 「なぁンでこっちの連中は思考を繋ぐのを嫌がるかナ」 椅子の上で両手足を伸ばし精一杯に姿勢を崩したジャックは天井を仰ぎ独りごちた。 フランの考えていることがわからない。マスカローゼを否定しているのではないのか? ならば何故、ああも不快感をあらわにする。肯定しているのか? ならば何故あんな回りくどい言動を取る。言動が一貫しない。 マスカローゼの考えていることがわからない。何故、一人墓場に篭るのか? 死者にシンパシィを感じているのか? 幾多の人を殺した呵責なのか、それともワームが発する破壊衝動への怯えか、中にまだ居る筈の『フラン』との折り合いがつかぬが故なのか……? エンドアならば思考を繋げば、互いを理解し妥協点が分かった……効率的な問題解決方法だった。 だが、0世界の住人はエンドアの住人と違い、思考を繋ぎ自分自身を晒すことを忌避する。 マスカローゼ、そしてフランがそうであるとは断言できないが――。 ――この薄汚い覗き屋め!! 0世界に降り立ち、当たり前のように思考をつないだ。その時の住人の反応を思い出しジャックの顔に苦笑が浮かぶ。 試せるはずがないのだ、手繰り寄せている細い糸を自らの手で断ち切るようなまねはできない。 片手で顔をおさえ首を振ると、ジャックは詮方無い思考をやめた。 手持ちの配牌でやるしかない、無理筋を巡らせても何の結果も得られぬ。 『……あの子が私とは違う経験をして『私』でなくなれば……もしかしたら変われるかもしれません。でもそれはジャックさんが手を差し伸べないとできないことです……これぐらいしか私には思いつきません』 フランとの会話は、短いものではあったが得るところはあった。 もっともそれはジャックにとって望んだ答えとはいえない、むしろなるべくならば到達してほしくない答えを突きつけられた形であった。 「別に同居は全然構わねェンだがナ、最初から」 毎日朝飯だけでも一緒に喰って、仮の家族しながらマスカローゼがきちんと自分のやりたい事を見つけて、普通に笑えるようになればいいと思っていた。 しかし、フランがジャックに言下に求めていたことはより深い関係を作ること。 『あの子に取って貴方への気持ちは『私』にない全てなんですよ』 ――理解はできる。 フラン自身が、命がけで助けてくれた男に強い好意を抱いているのだ、マスカローゼが彼女と異なる道を選ぶなら……自分にそれを求めることも。 もっとも邪推するのなら、自分と寸分違わぬマスカローゼを彼から遠ざけたいのかもしれないのだが。 「親代わりならいくらでもやるンだがナ……」 ジャックの故郷エンドアは、厳しい環境の世界だ。婚姻は氏族の都合……より強い駒が作れるか否かで決まる。 ジャックにとって一般的な意味での恋愛観は薄い。 死も愛もただ交渉の場で切るカードに過ぎない。一緒に生きて死んでやれない相手に愛を語れるはずがない。 ジャック・ハートは、誰にも語らぬ目的を持っている。 ロストレイル号の簒奪――世界図書館に造反し、エンドアの氏族のもとにロストレイル号と共に帰還する。 計画が失敗すれば、よくても途方も無い時間ホワイトタワーに監禁されるだろう……常識的に考えるならば待つのは死だ。 よしんば成功したとしても氏族の戦線から突然離脱した自分が許されるはずがない。 ロストレイル号の技術を利用し、ハートの氏族がエンドアを席巻するまでの間は生かされる可能性が高い……しかし、その後はクィーンかキングから死を賜るだろう。 数年経たずに死ぬ可能性は高い。だが、氏族への貢献ゆえの栄誉が認められた死だ、文句などない。――自分ひとりならば。 そのどちらにもマスカローゼを巻き込めない。 一緒に来い、共に死んでくれといえば仮面の少女はおそらく頷くであろう。 しかしそれはジャックの本意ではない。 ジャックはマスカローゼが生きることを望んだのだ、自分と共に一緒に死んでいいような人間ならばあの時ヴォロスで助けたりはしない。 「クソォ、一手進んだ代わりに詰んでンゾ」 苛立ち紛れの言葉が顔を覆う指の隙間から漏れた。 ――歯がゆい。 自分の望みがマスカローゼの望みと矛盾している――彼女の望みに歩み寄れば歩み寄った分だけ、望まぬ未来に近づく。 エンドアで、世界図書館で、幾多の障害を打ち破ったPSIはこの難事に役に立つことはない、ただ自分の悟性だけしか頼るものがない。 ジャックはカフェの椅子から立ち上がる。 (恋愛なんて気の迷いだ、1度芽吹いた感情なら時間が経てばまた他で芽吹く) ――果たしてそれは事実といえるだろうか? 愛情を交渉という自分にその本質を解することができているのか。そしてそれはマスカローゼに当てはまるのか……? いや、マスカローゼの気持ちがどうなのか、ジャックは確かめていない。内実を推し量っているだけだ。 そもそもマスカローゼのためにジャックができることは限られていた。結果が見えずともそれをやるしかないのだ。 王子と同じ轍を踏んでいる自覚がある、それでも行くしかない。 ジャックがカフェテリアの扉を開け放つと、少女が開けた時に増してドア鈴が鳴った。 石畳で舗装された0世界の道を歩くジャックは一人呟く。 「合鍵作って昼飯買い込んで……行くしかねェか、墓場にヨ」 ――一緒に飯を喰おう、マスカローゼ。 ――お前が変わる為に何が必要か教えてくれ。 ――俺はお前にお前らしく生きてほしいだけなんだ。 幾多の墓標が視界に見える、命運つき自らの世界を失ったまま0世界に眠るもの達の標。 0世界の端、訪れるものもない墓場。その傍らにある掘っ建て小屋が見える。 幾度か通ったマスカローゼの粗末な住居。 遠目にも目立つ仮面が見えた、いつも通りマスカローゼは墓場の端で佇んでいる。 こちらの姿を認めたのか、仮面から溢れる唇には微かに笑みが浮かんだ。 「ヨォ、マスカローゼ、ちっと話したいことがあってヨ――」 いつも通り軽い調子で話しかけるジャック。片手に抱えた紙袋から大きなフランスパンが覗いていた。 信念を押し通すのが戦いであるならば、ジャックは今まさに新たな戦地に立っていた。 戦いの経験は役に立たないだろう、自慢のPSIは解決の糸口にもならない。 しかし、ジャックが戦いから逃げることはなかった。
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