卓越した剣技の男が鋼鉄をスクエアにカットする。切りだされた鉄塊を巨大な龍姿をしたロストナンバーがあたかも重機のように持ち上げ積み上げ、機械式の人形が赤熱する両椀で溶接していた。 0番世界のコロッセオ――普段より修練のために足繁く通う者たちは、切磋琢磨した力と技を崩壊した闘技場の再建のために注いでいた。 その日、川原撫子は悩んでいた。 (コロッセオ、何時になったら再開するんでしょぉ? お弁当のメニューだって完璧なのにぃ) 再建途中のコロッセオを見つめながら溜息をつくのは何回目だろうか。 手土産の弁当を抱え、コロッセオに日参している撫子。 彼女がお弁当を作りコロッセオに足繁く通うのには、ちょっとした理由があった。## この情報収集はナラゴニア襲撃前の出来事です。##「あーーん? コタロの好み?? ああ、あいつなぁ、やっぱり『戦闘能力』だぜ。背中を預けられるってやつか? まあ、俺のような大魔術師が話しかければ二言返事ってわけよ、あ、おやっさんお銚子も一つ」 ――おでん屋にてT氏コタロを語る「ムラタナ様ですか? そうですね、戦場を好まれるようですから輩たるには一線級の『戦闘能力』があるべきかと存じます」 ――司書室にてR司書の言「えっーと撫子ちゃんは、お料理上手だからお弁当とか喜ばれると思います。…………デートかぁ……いいなぁ」 ――ターミナル喫茶店にてFさん## この情報収集はナラゴニア襲撃前の出来事です。## (『戦闘能力』ですかぁ……) 胡乱な茶飲み話の類だが、新たなコタロ情報がインプットされた撫子の行動は精力的であった。 戦闘で役に立つところアピールして、続けざまにお弁当でハートと胃袋をキャッチする! 撫子は万全の秘策をもって、バトルフェチ? のコタロをコロッセオで待ちぶせていたのだ。 (打たれ強さとお弁当で役立つところをアピールしたかったのにぃ……お弁当の旬も季節が過ぎちゃいそうですぅ) ナラゴニア襲撃によるコロッセオの崩壊、そして修復が終わっていないという大問題によって、この作戦は失敗に終わりつつあったのだが……。 下を向いて小さく『ガッデム』と呟く撫子の姿は、百年の恋も冷める様相を呈していた。 ――なぜ運命の神とは碌な行為に及ばないのであろうか。 如何なる因果律の囁きか、いらだちを爆発させそうな撫子の脳裏に傍迷惑な天啓が『再び』舞い降りたのだ。 (お役立ちで友好度アップが図れるならぁ、樹海探索で良いところを見せればいいんじゃないでしょぉかぁ!?) 『……戦闘能力の話じゃなかったのかよ』とは傍らのロボタン・壱号は突っ込んでくれない。 その日、コタロ・ムラタナは悩んでいた。 コタロにとって0世界における数少ない憩いの場であったおでん屋。 ナラゴニアとの戦争が終了するや否や、年嵩の友人の言葉を思い出しこの場に集まった。 残念なことであったがおでん屋は戦火に消え外観をかろうじて残すのみ、おやじさんもその光景に悲観したのか行方が知れない状態であった。 常連である友人の元、日頃お世話になってるおやじさんに恩返しするべく店の再建――新しいつゆの作成や具の収集、コタロも少ない料理の知識と経験を総動員して協力し、一定のものができた……はずだ。「じゃあ、おやじさんを探さないとな! よし、みんなで手分けして探すぞ!」 人望ある友人の下に集まった仲間たちは、おぉっ! と力強くこぶしを振り上げて一斉に思い思いの場所へ散開する。 どうしてよいか分からず跡地にポツンと1人取り残されるコタロ。 ――往来を通る人の姿に自分が取り残されたように感じる。「あの……人を、探して……おでん屋の、おやじなのだが……」「何してんだい、往来塞ぐんじゃないよ、まったく。図体の分だけ働いたらどうだい?」 意を決して話しかけた、自分よりもはるかに大きな荷物を運ぶ中年女性からは、にべにもない返事。 口の中でもごもごと生返事をして道を空けるコタロを中年女性がわざとらしく突き飛ばす、たいした衝撃ではないがこと対人交渉においては気弱になってしまうコタロはよろよろと数歩後退り。 皆が一斉に復興に向けて走り回る活気の中、コタロの小声は喧騒にまぎれ足を止めて聞いてくれるような人など居ない。 自分にはあまりにも不向きな戦場に、コタロは1人ため息をついた。 ――その時であった、コタロが運命という名の赤い荒縄に捕らえられたのは 「コタロさん、やっと見つけましたぁ☆」 どこかで聞いたような声とともに、どこかであったようなシチュエーションがそのまま展開された。 横合いから自動二輪にぶつかられたような強烈な衝撃、脳みそを強烈にシェイクする怪音波がコタロを襲う。「樹海探索に行きませんかぁ?樹海には迷子さんやワームが居て、自主探索チームが多数派遣されるみたいなんですよぉ☆」「な……川原殿……いや……俺は……」 撫子の勢いに押し切られ言葉を吟味せず思わず頷いてしまうコタロ、歓喜の声を上げる撫子にベアハッグを決められるのはもはや予定調和といっても良かった。 コタロ・ムラタナが強靭な肉体ゆえ意識を失えない己を悔恨したかは定かではない。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>川原撫子cuee7619コタロ・ムラタナcxvf2951=========
くすんだ金髪と落ち窪んだ碧眼に隈を作った軍装の男が、手頃な石に座しターミナルに突如表れた樹海を眺めている。 男の名前はコタロ・ムラナタ。彼がこの場に待機を始めてから経過した時間は半刻と少々、刻限までは四半刻あまり。 彼が待つのはとある女性との約束。 思い人に心馳せる浮かれ男が矢も盾もたまらず早々に到着した……というのであれば、この物語は別の筋道をつけたであろう。 (……マスカローゼやドンガッシュへの応対から川原殿が旅団に熱意を抱いている事は自明……。ならば……旅団との戦いで生まれた樹海に興味を頂いたのはごく自然……彼女らの所縁とするものもあるやもしれぬ。……しかし……樹海は旅団の支配下にあったワームが野生化し……危険な領域と聞く。……川原殿は俺をも圧倒する強力な腕力の持ち主だが戦闘経験は乏しい一般人風情。……護衛任務か、なるほど得心が行く。……数多いる川原殿の友人を差し置いて、俺が選ばれたのだ……心せねば) ツッコミ待ちと言わざるを得ないその思考。大半の人が期待するであろうポイントから大いに軸がぶれている。 ともあれ、女性――川原撫子からのお誘いを重要任務と判断したコタロは、故郷の世界でそうであったように半刻前には作戦基地に着任していた。 (お弁当よし、サバイバルナイフよし、食料よし、鈴よし、テントに寝袋よし……ですぅ。完璧ですぅ、一分の隙もないですぅ☆) ターミナルの道を、約束の場所まで歩く撫子は鼻歌でも歌いそうなくらいに上機嫌だった。 念願であった、コタロに良い所をアピールする機会が巡ってきたのだ。 女性にしては背の高いその身を包むのは、いつものGSの制服ではなく長袖長ズボンのトレッキングスタイル、おろしたての新品。 パンパンに膨れ上がった70Lバックパックには二泊三日に耐えられる装備。それを背負いながらスキップする姿は、流石としかいいようがない。 傍らにいる壱号の姿、今日はいつものロボタンと違いオウルタン。 光差し込まぬ場所もあろう樹海を想定した選択。 (ロボタンはおいてきましたぁ、この戦いにはついてこれないですぅ☆) 自然とくだらない冗談が頭に浮かび、笑みを浮かべてしまうほど気分が晴れやかであった。 約束の場所に近づくと意中の人の姿が見える、こちらの姿に気づいたのか軽く手をあげ合図してきた。 だいぶ早い時間に付いたにもかかわらず、先に来て待っていてくれたようだ。 意外なコタロの行動に、撫子の鼓動は早まり得も言われぬ幸福感と感激が沸き上がってきた。 (……コタロさん……よぉーし、今日こそ戦闘能力とお役立ちを見せつけて友好度をぐぐっとアップですぅ☆) 「コタロ~さぁん、お待たせしましたぁ☆ すぐ行きますぅ」 撫子は元気よく手を振り返すと、荷重をものともせずに走りだした。 ‡ ‡ 山刀を握りしめたコタロが、後続する撫子のために道塞ぐ植物をなぎ払い進む。 山刀が一振りされ、軍人が歩をすすめる度に樹海の中に甲高い音色が響いた。 女と男の間には言葉はなく、静寂に芯と響く音を発しているのはコタロの腰辺りにぶら下がっている鈴のみ。 「……川原殿……何故鈴を鳴らす……?」 樹海を進んで幾ばくもしないうちに、コタロは困惑の表情を浮かべながら撫子に訪ねていた。 「今回は迷子さん探しとワームさん探しを兼ねてるのでぇ、煩いくらいで良いと思いますぅ☆ コタロさんも鈴つけますぅ?」 得意げな顔を浮かべる説明する撫子に対して、コタロは渋面。 (……確かに騒音は行方不明者を探すには適切……しかし、ワームが居るこの場では川原殿を危険に晒す……自分もつける? いやそれでは確立は等価……容認しかねる低確率……であれば) 殊、作戦行動となればコタロの決断は早い。 コタロの手が無言で撫子に伸びる。 定めたる狙いは撫子がベルトに止めた鈴。 危険を外そうとする試み。 無言の行動は、行為からの推測しか伝えない。 しっかり留めてある鈴は用意に外れず、コタロの手が撫子の腰の辺りを弄るように触れる。 「う? え? えぇ?? ちょ、ちょっとやめて! コタロさん!!」 撫子は悲鳴をあげ、コタロを思いっきり突き飛ばした。 グエっと蛙の潰れるような声をあげコタロの体がくの字に折れる。二メートル近い体躯を支える軍靴が地面削り――大地を踏みしめることを許されず宙に浮いた。 口の中に溢れる酸味。無理やり嚥下した喉に、しびれる痛みが走った。留め金が引き千切れた鈴を握り締め呻くように声を絞り出す。 「……川原殿…………これは自分が身につける……危険だ」 ‡ 胸が破裂しそうなほど動悸し治まる気配がない。 顔には触れてはいないが、上気していることをはっきりと感じる。 一時の驚愕が収まると気恥ずかしさが込み上げる。 自分から抱きつくようなことは度々あった。だが、他人からそれも思いを寄せる相手から触れられることなんて今の今までなかった。 (コ、コタロさんは、私のこと心配してくれただけですぅ……こ、こんなところで、そ、そんなことするわけないですよねで、でも心配してくれたってことはアワワ) 俯き加減の視界には前を歩く軍人の脚。羞恥が前を歩くコタロの背を見ることをなかなか許してくれない。 コタロの立てる鈴の音と山刀が樹木を打ち倒す音が聴こえる度に、鼓動が跳ね上がり耳朶を揺らす。 (こ、このままじゃダメですぅ……お役立ちどころを見せられません……落ち着いて深呼吸して……よ、よし……行けますぅ☆) 大きく深呼吸をした撫子はできる限りいつもの口調を装い、前を行くコタロの背に言葉をかけた。 「これは絶対お願いしたいんですがぁ、迷子になったら多分合流不可能ですぅ☆ その時は連絡とって各自ターミナルを目指しましょぉ☆ 私もコタロさんを探しませんからぁ、コタロさんも私を探さないで下さいぃ☆」 何度もシミュレーションした口上だ。ここからお役立ちトークにつなげる――だがそれは、コタロの一言によってもろくも崩れ去った。 「…………否だ、川原殿。自分の最優先事項は……川原殿の安否だ……その提案は…………承諾しかねる」 顔から火が出るとはこのことだろうか、先ほどの行為で鋭敏になっていた撫子のココロはコタロの言葉を過剰に捉えていた。 (わ、わ、私が一番大切!!?? ど、ど、どうしよう、そんな私) 耳まで紅潮した頭にはいかなる言葉も浮かばず、ただ喋りかけようとする意志だけが唇をわなわなと震わせた。 ‡ 樹海は静寂、時間だけはただ過ぎていく。 (……川原殿のようす……明らかにおかしい…………余所余所しいまでの緊張……言葉は少なく力ない……歩幅も常と比べ6割減だ……) コタロの思考は、撫子の誘いが好意によるものだという自明の事実に至ることができない。 陰鬱と悔恨に苛まれ続けたコタロの精神は、自分が人に好かれるという解を出すことを容易に許さない。 その自傷的と言っていい精神構造は、コタロの故国での出来事に起因している。 ――……大切な物を……守れなかった コタロに刻まれた大きな精神的外傷を呼び覚ます名前――サクラコに近い彼女の名前は特に―― (……護衛任務のはず……何か誤りがあったのか……?) 故に周囲から見れば馬鹿げた思考をして、それを信じこむ。 マッチポンプのように誤謬に気づき、心の傷を抉って苦しむ。 それがコタロ・ムラナタという名の自壊する機械であった。 だが、ロストナンバーとしての過ごした時間は一歩踏み出すため意志を与えていた。 「「……あの」」 何故自分を誘ったのだと問うための言葉は、撫子と重なった。 「「あ……」」と口を開き、共に二の句を繋げることができない。 振り返り見つめた撫子の顔。 面には紅潮の残滓、瞳は潤んでいるようにも見えた。 ――視線を交わしたまま沈黙が流れる 後ろに引かれる者の言葉より、前に進む者の言葉が速やかに発せられるのは道理。 先に言葉を紡いだのは撫子であった。 「そろそろお昼時ですし、お弁当にしましょぉ☆ お握りはおかかと梅干と昆布と煮卵ですぅ☆ おかずはこの前エウレカで火城さんに教わったもの全部作ってみましたぁ☆」 ‡ ‡ 樹海の緑に敷かれたカラフルなビニールシートの上に、撫子のバックパックから取り出された紙製弁当箱。 みっしりと敷き詰められたおかずはゆうに五人前。一つとして同じ品目のない弁当から漏れる汁の香りが綯い交ぜとなり鼻腔を擽り食欲を刺激する。 一言にお弁当というにはあまりに力の入ったそれを眼前にして、喉を鳴らすなというのはもはや生命の摂理に反している。 如何なコタロであっても、目の間に広げられた料理の数々が一朝一夕の努力で作れるものでないことくらいは理解る。 「……これは美味そうだな……」 コタロの口からこぼれ落ちる、極自然な感想。 ペースを崩しっぱなしであった撫子に浮かんだ笑みは、やっとお役立ちアピールできたという気持ちと先程まで感じていた高揚が混ざり合った会心のものだった。 「ささ、まずはこの秋刀魚をどうぞですぅ☆ 沢山あるから遠慮しないで欲しいですぅ☆」 ビニールシートの上の食事が消えるまでの時間は短かった。 (……食べ過ぎだ……腹が重くて体が思うように動かん。……護衛任務であるというのに……何たる失態) 自分の迂闊を恥じるコタロ……食したのは二人前と少々。 (コタロさん小食ですぅ) やや不満気な表情を見せる撫子の基準では小食だ。 「コタロさん、先程ぉ何か申されようとしてましたけど……何でしょぉ?」 食後のお茶をカップに注ぎながらコタロに尋ねる撫子。 軽い話題作り、だが―― 「……何故……自分は選ばれた? 自分はきっと思い違いをしている……先から川原殿に不快感を与えてばかりだ……」 茶を一口啜ったコタロが申し訳なさげに頭を垂れる。 軽い質問のはずだった。だが――撫子に浮かぶは思いつめた表情。 言葉はすぐには紡がれなかった。 ――その言葉が分水嶺であった コタロの問いに答えること。それは、撫子が一方的にぶつけてきた思いを言葉に乗せること。 朴念仁のコタロ相手であったからこそ、続いていた恋愛遊戯(ラブコメ)を終了させること。 答えれば否応なしに聞かねばならない。その先を―― 不安が心を圧迫する、喉がカラカラと乾く。 (私は…………) 答えを作れぬ時間は、そのまま樹海の静寂となった。 恋人未満の時間の終焉を告げるのは、樹海の中を激しく蠢く無粋――甲殻に覆われたワーム ‡ 樹海を割って現れたディラックの子、蛇腹繋ぎの胴体を昆虫の脚がのたうつ異形。 口腔からこぼれ落ちる涎が如き紫は樹木を、地面を腐食させ、烟る臭気は団欒の空間を台無しにするにあまりある 鎌首をもたげ飛沫を撒き散らす百足は、果たして突然溢れた急激な水流に長大な胴を撃ちぬかれ吹き飛ぶ。 巨木に強かに打ち据えられたワームの長大な体躯を追いすがるクロスボウの矢が縫い付ける。 (……!?) 己の戦闘態勢が整う時間とおよそ変わらず、撫子が構えたギア――銀色のホース付き小型樽が激流を放ちワームの巨体を弾き飛ばした。 驚愕の感情は二つ――己の役割と心得た戦闘に撫子が参加し、己と同じ速度で立ちまわった。 「ギアはパスの中ですぅ☆ すぐ出せるようにしてありますぅ☆」 コタロの驚愕を賞賛ととった撫子が得意げな表情を浮かべ言葉を吐く。 苦笑に歪みかけたコタロの表情が凍りついた。 撫子の背中側。 草叢から百足の尾が飛び出した。 狙いは過たず女の心臓貫く位置。 弛緩しかかった体は引き絞られ、限界を超えて撓んだ肉体は心に掛かった枷も外し弾ける。 「ナデシコ!!」 音より早い刹那、コタロは撫子に飛びつきその身を庇った。 ワームの針がコタロの肩口を背中から抉り取る。 神経に達した痛みは武器の保持を許さない。痛覚の伝達と共に末端が弛緩――ギアが手から溢れ撫子の手に当たる。 (……不覚、だが撫子殿はこの身をもって守る……) 一転して悪化した状況にコタロは決意を固める。だが、撫子はコタロが思うより遥かに戦士であった。 「この!! よくもコタロさんを!!」 こぼれ落ちたコタロのクロスボウ握りしめ、撫子は想い人を害したワームに向かって一斉射を見舞っていた。 ‡ 「……川原殿……無茶をするな」 既に力を失い、形を消しつつあるワームの傍ら。腕の受けた傷は深く撫子から応急手当を受けるコタロが言葉を漏らす。 (……コタロさん、怒っていますかぁ……) コタロの表情は彫像のように変わらぬ、宿る感情を微かにでも読み取れるのは、故郷の人々を除けば極少数。 「マスカローゼが、貴殿を庇い傷ついたら……嫌、だろう?」 コタロが吐いた言葉は要領を得ない、撫子は困惑の表情を浮かべながらも続く言葉を待った。 撫子の表情に、コタロは口下手さを今更ながら嘆く。 だが、どんなに拙くとも自らの口を開かねば……思いは伝わらない。 「……俺は、無愛想で人の気持ちも推し量れぬ愚か者……故に人と馴染めず問題ばかり起こす……。……そんな俺に関わりあってくれる人達に心から感謝し……大切に思っている……大切なものが傷つくのは……辛い」 常ならぬ量の発声、いや常ならぬ感情の吐露に喉が乾く。 水筒の水を口に含む……飲み下した水の代わりに心奥の感情を吐き出す。 「……もっと君自身を大切にしてほしい、君は俺にとって数少ない大切な人だから」 (拙い言葉だ……しかし……) 静かに見つめるコタロの言葉を撫子が引き継ぐ。 「……コタロさん、さっきの質問にお答えしますぅ。私がコタロさんをお誘いしたのはぁ、コタロさんにいいところをお見せしたいと思ったからですぅ。コタロさんは戦場で背中を預けられるような人が好きだって聞いたんですぅ……最初はコロッセオにお誘いするつもりでしたぁ。でも……樹海探索でもいいところ見せれるって考えましたぁ。お弁当も勉強しました、戦闘だけじゃなくって役に立てるってアピールしたくって……コタロさんが小食で少し残念ですぅ」 小声で思わず「すまん」と返してしまうコタロに、撫子が苦笑を浮かべながら言葉を続ける。 「コタロさん、私は……私はコタロさんの横を歩けるパートナーに成りたいんです。大切な人と言ってくれて凄く嬉しいですぅ……私はコタロさんの隣にいてもいいですか?」 ――遊戯の時間は終わる 「……すまない……俺は……」 「…………そうですよね……私だけ空回りして……ごめんなさい」 男の返事に女は俯いた。肩を震わせるその姿は小さく……儚く見えた。 「違う……俺は撫子殿の好意に値する人間ではない……大切なものを何一つ守ることができない……塵芥だ」 男は女の肩に触れ、己の愚かさを吐露した。 「自分のこと塵芥だなんて言わないで下さい……コタロさんが0世界に来る前に何があったかは理解りません。けど! コタロさんは、私を守ってくれました!! 私に手を差し伸べてくれたじゃないですか!」 激昂した女の絶叫。幾度も耳揺らした衝撃が悔恨に覆われた男の殻を叩く。 コタロという男は愚か者だった。 過去に捕らわれ現在を見ることができないから自らの価値に気づくこともできなかった。 本当に無価値なものの周りに人が集まるだろうか? 答えは否だ。 それにも関わらず自らを貶める行為、それは自分を思ってくれる人達を傷つけるということに気づかずにいた。 「……撫子殿……幾許か時間が貰いたい……必ず返事をする…………後一つ……無茶はしないでくれ……俺が辛い」 コタロは声を絞り出す、あいもかわらず拙い言葉。 「はい、お待ちしておりますぅ」 撫子は少し濡れた目を擦りながら約束をした。 ‡ ‡ 「敵地並と考えて睡眠は四時間交代で如何でしょぉ? 寝袋とテントお先にどうぞぉ☆」 いつもの口調、いつもの調子の撫子がコタロに話しかける。 「……了解だ、撫子殿……しかしそれは?」 撫子は、コタロに休息を勧めるとバックパックから、鍋やカセットコンロと共に大量の野菜と肉を取り出した。 「カレーですぅ☆ カレーは匂いがきついから迷子さんもワームさんも一網打尽? ですぅ☆」 (……ワームに嗅覚があっただろうか? ……休息も任務か……いや……) 「……撫子殿、俺も手伝おう……煮物は軍仕込みだ……」 大切なものが傷つくのは辛い……だから言葉があるのだ。 あの時……サクラコは俺に問うた……俺が返したのは無言だった。 言葉を発すれば、彼女に最悪の選択をさせることはなかった……其れが故に彼女に大切な物を失わせ……俺も失った。 暗く鬱屈とした思いがコタロに伸し掛かる、0世界に覚醒して以来目の隈を大きくし続ける痛みがジクジクと染み出すのを感じた。 「コタロさん! じゃがいもの皮切り過ぎですぅ☆」 明るい声で発せられた撫子の指摘が、沈みかけたコタロの心を引き上げる。 (サクラコ……いや) 撫子の姿に在りし日の友の姿が重なる――彼女の顔は笑っていた。 「コタロさんどの世界がお好きですぅ? 私はヴォロスと陰陽街ですけどぉ☆」 料理を作りながら撫子が話しかけてくる。 常ならば感じていた胸をつく痛みが薄い―― ただ今日は――きざんだ玉葱が目に染みた
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