幾人かのロストナンバーが集まるターミナルの憩いの場。 話の輪の中心、本日の語り手は白い少女。 「ゼロが依頼を受け、異世界に出向くようになったばかりのお話なのです。それはある世界の、辺境の地でのことだったのです」 ‡ ‡ ‡ 雨粒が瓦に激しく叩きつける音は打楽器のように室内に響く。 雨樋を流れる水は、ガラス窓に滴り落ちそこに映る女の顔を歪ませていた。 こんな激しい雨の日には、もうなくなってしまった母方の田舎で起きた事件のことを思い出しますね。 あれはもう十年以上も前の夏休みのことでしょうか。今日のような大雨が二週間続いたあの日、あの女の子はやってきました。 土砂降りの中を歩くには不釣り合いな可愛らしい白いワンピース、それに合わせた色の傘をさした女の子。 ワンピースの裾から覗いた手足は、雪のように真っ白でお人形さんのようでした。 少しおかしいと思うべきだったかもしれませんね。私の雨合羽は泥だらけ茶色、靴の中までビシャビシャにしてたのに、その子は汚れ一つなかったんですもの。 でも不思議に思う前に……あ、笑わないでくださいよ? 雨も泥もね、この子を汚したくないんだって……その時、私はそう思ったんです。 ‡ 「こんにちは、えっと、ここの子? 私ひなです、はじめまして」 「はじめましてなのです、ひなちゃん。ゼロはゼロなのです。ゼロは重大な危機からひなさん達を助けるために遠くからやって来たのです」 白い女の子――ゼロちゃんの言っていることは、私にはよくわかりませんでした。 首を傾げ悩む私に、ゼロちゃんは、頻りに村の偉い人と話をしたいと言い出します。 どうしていいか分からなかった私は母に相談して、結局ゼロちゃんを村長のところへ連れて行きました。 そこで何を話したかは分からなかったけど、ゼロちゃんは私の家に泊まることになりました。 多分大人たちは、ゼロちゃんの話なんて聞かずに迷子か、家出してきた子だと思ったんでしょうね。 小さい子をどしゃぶりの中追い返すにもいかないし、親御さんを探すわけにも時間がかかる。そういう考えだったんだと思います。 ゼロちゃんが私の家に泊まるって知って、私は単純に嬉しいって思いました。 どうしてって? わたしのところだけかもしれませんけど田舎って結構閉鎖的なんですよ……私、全然友達がいなくて。 田舎に行くの、随分嫌がって泣いたって母が言ってました ……? 話が逸れている? はいはい、わかりました それでね、その日の夜はゼロちゃんとずっとお話をしました。 一面が海の世界……お伽話のような魔法使い……ふわふわもこもこのお菓子ばかりの世界、そしてお空を走る電車? 面白いお話を一杯知っててすごいなぁと思いました……ことあるごとに虹色に光るお団子を薦めてくるのだけはやめてほしいなと思いました。あれは、ちょっと怖くて食べれませんでした。 けどそれって、今思えばゼロちゃんの体験だったのかもしれませんね。 子供の妄想? まあそう言ってしまえばそうですけど……最後まで話を聞いてもらえばわかってもらえるんじゃないかな? ‡ ‡ ‡ 「村の女の子に案内されたゼロは、村長さんに談判したのです。 司書さんの予言では、その村では大雨が続き、至急なんらかの手を打たなければ洪水と山崩れで大惨事となるとのことだったのです。 でも村長さんはゼロの話を聞き入れてくれなかったのです。だから、ゼロは巨大化で依頼を解決したのです」 ‡ ‡ ‡ ゼロちゃんと話すのは楽しかったけど、私はいつの間にか寝てしまってました。 そして、目が覚めたとき、それはおきていました。 朝六時ぐらいだったとおもいます。雨はまだ降っていたからちょっと薄暗かったのを覚えています。 起きたら部屋にゼロちゃんはいなくて、寝ぼけた目を擦りながら探してたら、外から唸るような轟音が響いてきたんです。 驚いて窓から外を見ると……村の大人たちが慌てて走り回っているのと、ゼロちゃんが山のほうを見ながら仁王立ちしているのが見えました。 ゼロちゃんの背中を見ていた私はすぐに音の出所に気づいて、腰が砕けて動けなくなりました。 山が滑り落ちてきている……そう表現することしかできないことが目の前で起きていた。 長い雨でやわらかくなった土が崩れて山崩れになったんです。家めがけて落ちてくる土砂や樹に、私は何も考えられなくなって……。 良く無事だったな? そうですね……奇跡でも起こらなければ、私はそのまま山崩れに飲まれてここには居なかったはずです。 そう奇跡は起きました、ううん、あれは奇跡というべきではないかもしれませんね。 本当になんだかわからない、今でもわからないから起きたことをありのまま言いますね。 ‡ 「逃げてくださいなのです。山崩れはゼロが受け止めるのです」 雨音と山崩れの轟音の中でもゼロちゃんの声はよく聞こえました。 でもその内容はあまりにも可笑しくて、ただでさえ我先にと逃げ惑う大人たちは全く聞く耳を持っていませんでした。 当たり前ですよね、私だって小さな女の子がそんなことを言い出したらちょっと可笑しいと思います。 「ゼロが巨大化して山崩れを受け止めるのです」 えっ!? と思う時間はなかったと思います。その言葉と共にゼロちゃんの体が凄い勢いで大きくなっていったんです。 大人になったとかそういうのじゃなくて、ただただゼロちゃんの姿のまま大きくなったんです。 相変わらず汚れ一つない白いワンピースも差していた傘も一緒に大きくなって……気づいたら山と同じぐらいの大きさのゼロちゃんが居ました。 何ですかその顔……? まあ私だって人から聞いたらそういう顔になるかもしれませんけど。 「ひなちゃん、早く逃げるのです」 山崩れを支えるゼロちゃんが、大きな顔をこちらに向けて逃げるように促していました。 でも私は逃げることができませんでした……怖くて足が竦んでしまって。 そこのガラス窓よりもずっと大きな顔、想像出来ますか? 怖かったんです、山崩れよりもずっとずっとゼロちゃんの顔が……。 いつまでも動かない私に業を煮やしたのか、ゼロちゃんは更に大きくなって山崩れをポケットの中にしまってしまいました。 その辺りで私、意識を失ってしまったんだと思います。 気がついたら外は晴れていて……大きなゼロちゃんはいなくなっていて、元の大きさに戻ったゼロちゃんが笑顔を浮かべて私の傍らに座っていました。 ‡ ‡ ‡ 「そしてゼロの活躍によって、村の危機は去ったのです。でも、村の人たちは何かを怖がっていたのです。その怯えようは、山崩れによって生命の危機に直面している時以上と思われるものだったのです。ゼロは彼らの怯えの元を取り除こうと村中を探ったのですが、結局それは見つからなかったのです」 ‡ ‡ ‡ 元の大きさに戻ったゼロちゃんを私は、昨晩のように友達としてみることはできませんでした。 ゼロちゃんは何事もなかったかのように話しかけてきたけど、私は怖くて、怖くてそれどころじゃなかった 部屋の隅に体を押し込めて、できるだけ小さくなって震え続けて……。 「ひなちゃん、何かまだ怖いものがいるのです? ゼロが探してくるのです」 きょとんとした顔のゼロちゃんは、一声私にかけると部屋から出て行ってしまいました。 私は安心とともに何か……その大切なモノを失ったような感覚に呆然としていました。 しばらくすると、部屋に村長入ってきて何故かわからないまま頬を張られて……すごい剣幕で怒られました。 後で聞いたんですけど、田舎の人達は私の家に押し付けたんですって何とかしろって……追い詰められた時ほど人の品性って良くでますよね。 私の家から出て行ったゼロちゃんは何かを探して村中をうろうろうろうろしていたそうです。 でも半日も探すと諦めたのか、はじめ来た道を遡ってどこかへ言ってしまったんですって。 ‡ 大雨の日に女の子の話はこれでおしまい。 その年から田舎には帰ってないけど。最近、また大雨があって山崩れがあったって聞きました。 今度は、ゼロちゃん来なかったみたい……やっぱり悲しかったのかな? それとも呆れちゃったのかな? 私達、助けてもらったのに『ありがとう』の一言も言ってないですもんね。 もし、また会えるならちゃんと謝って……お礼を言いたいですね。 小話が終わっても雨は止むことはなく、ガラス窓からを叩く音は鳴り続けていた。 ‡ ‡ ‡ 「そしてゼロが去るとともに、村から恐怖の感情は消え、安寧は回復したのです」 「ゼロちゃん可哀想……折角助けた人に怖がられてしまって」 話に耳を傾けるロストナンバーは同情的な言葉をゼロにかけた。 「ゼロは、ゼロだから気にならないのです。世界は一杯あって中には、ゼロのような存在が受け入れられない場所があるとゼロはその時に知ったのです」 「ゼロちゃんがそうならいいんだけど……」 「だから、今度は行く時は脅かさないように気をつけるのです!」 にこりと笑う白い少女は、その言葉で経験談を閉めた。
このライターへメールを送る