「フンガァアアアア」 「……お嬢」 「ドセェエエエエエ」 「お嬢」 「はいゃああああ、あとすこしぃ~」 「お嬢、そのお顔とお声は女じゃありませんぜぇ……あえていうならば、熊でやんすなぁ」 「ススムくん、いま、なんか聞き捨てならないコト、言わなかった?」 「わちきはちんけな人体模型でやんす、そんなお嬢に、熊とか女じゃないとか言えませんわぁ!」 「ススムくん!」 「ひぃいい、暴力反対でやんす~!」 素直すぎる自称壱番世界のちんけな人体模型こと、旧校舎のアイドル・ススムくんは「お嬢」と慕う燃える赤ジャージの日和坂綾の飛び蹴りに顔を吹っ飛ばされた。合掌。 「頭、わちきのプリティで男前の頭~」 めそめそと泣く頭(掘りの深い男前なアルカイックスマイルを浮かべた仏像風)を探すススムくんの体。 頭をぽくりっと首につけると、その口からぽろっと心臓が零れ落ちる。 「お嬢がひどい扱いするから、口からイチゴ味の心臓が出てしまいましたわ。責任とって食べてください!」 「そんなことよりぃ~、手伝ってよ!」 綾は片手にピンクの心臓(いちご味)を差し出してブーイングするススムを華麗にスルーして叫ぶ。 今、彼女が女すら捨てて戦っているのは――ビジネスホテルに置かれていそうな鼠色の金庫だ。それも入れるもののことを考えて、ちょっと大きめのモノで綾の腰くらい。鉄製で、かなり重い。 珍味、不可思議、奇妙キテレツ……闇鍋のようなターミナルの店々をススムくんと足が棒になるまで歩きまわってようやく見つた掘りだしもの。 (ホント、あってよかった~。ターミナルって、この手の技術はそんなに進展してないと思ってたんだケド、意外とあるところにはあるんだよねぇ~) 値段も綾が心配したほどに高くはなかった。いや、正確には安くしてくれたのだ。 いざってときのために連れてきたススムくんを金庫のために人身御供にする気は満々だっただけにほっとした。 金庫を購入後、ススムくんは運ぶのを一切手伝ってくれない。 見た目が大きいが、中身は空っぽと思って油断して、はじめは両手に持って移動出来ていたが、だんだんと腕が疲れてしまい、最終的には引きずっるハメに陥った。 まぁ、さすがに 「足りないお金はここにいるススムくんが何日でも働いて返します。歌って踊れます、あとイチゴ味の心臓が吐き出せます。メイド服でもなんでも好きに着せて用事をいいつけてください!」 「ちょ、お嬢、わちきに否定権はないんでやんすか!」 などと、ささやかな喧嘩をしてしまったせいかもしれない。いや、うん、間違いない、あれが原因だ。 けど、口喧嘩したおかげで、店主のほうが困惑して値切ることに成功出来たらいいじゃない。 「そろそろ機嫌をなおして、手伝ってよ」 「力仕事はお嬢が適任でやんす。わちきは歌って踊れてメイド服の似合うただのちんけな人体模型でやんすから」 「……ススムくん、そろそろ手伝わない?」 そぉ~と綾が黄金の片足をあげるとススムくんはすごすごと「はい、手伝いやす」と頭をさげた。 そんなこんなでなんとか綾は自分のチェンバーに戻ってきた。学校のグランドがまた広くて、遠い目をしてしまうが、そこはススムくんがおなかを痛めて……気がついたら増殖していたススムくんその壱号から百号までがぱたぱた~と群がって来た。 「さぁ、お嬢も疲れとるから一緒に運ぶで!」 「「「「おー!」」」」 ススムくん本体が、物差しをふる。集まった人体模型たちがわっと襲いかかってきた。 「え……あ~!」 人体模型の波……綾は無数の手に持ち上げられると、まるで川を流れる大きな桃の如く、ぽいぽいぽいぽい~と手から手へと前へと押し進められて運ばれた。 「う、うう。快適だったような、酔ったような」 ようやく目的の用務員室についた綾はドアに手をあてて、深いため息をついた。 これはススムくんたちの逆襲なのか、はたまた善意なのか。うん、わかんない。けど、後者にしておこっと。 「よーし」 ぱんっと両手で頬を叩いて気合いをいれて、用務員室のドアを開ける。 ここまで運んでもらった金庫を両手で持ちあげる。 「いつもながらこの部屋はカオスですなぁ」 隣にいるススムくんがしみじみと呟いたのを聞いた綾は顔をしかめた。自分でもここは富士の樹海? と思わずうなってしまうくらいに混沌としている。 理由は至極簡単だ。 ここは綾が零世界にいる間は仮眠室として利用している、言わばねぐら。はじめは寝袋だけをもってきて、必要なときだけ……と思っていたのが、今では押入れからはみ出すくらいの洋服とその他いろんな世界の思い出の品やらが置かれている。それがいつも以上にひどいのは、今日のこの日のためにある程度ものをまとめておこうと連日連夜整理整頓に努力して……気がついたら足の踏み場しかなくなっていた。 いや、うん、これでも私なりには片付けたつもりなんだけどさ。 「いいの。今からしっかりと片付けるんだから!」 「本当でやんすかぁ」 「するの! ほら、ススムくんたちも手伝って!」 「はーい」 「任せるでやんす!」 「いくでやんす」 「わちきの本気を見せるでやんす」 「え、ちょ! そんな大量にいらな、ああああ!」 失敗した。 二三人に手伝ってもらおうとおもったら、廊下にいた十体くらいのススムくんがどばっとまた押し寄せてきた。 大量のススムくんにもみくちゃにされる綾はエンエンを抱きしめて悲鳴あげた。 十分後。 なんだか予想していた以上に疲れたが、なんとか金庫を備えつけ作業終了。 「ふぅ。よーし、ススムくん、次は洗濯!」 「任せてください!」 ほつれたり、よだれのあとがついてたり、汗がしみこんだりしている乙女のエキスまみれの使用しまくってますなフォックスセクタンの抱き枕と寝袋をがっしりと持ち上げて綾とススムくんはさっさと外へと出る。 先に外で待機していたススムくんたちが用意した大きな盥には水が張られているのに、そのなかにこの二つをぶちこむ。 「よーし! 行くぞ!」 「がってんでやんす!」 綾とススムくんは両手に石鹸を握りしめると、果敢にも寝袋と抱き枕に飛びかかった。 水につけて。 「汚い! お嬢、なんか盥の水がありえへん色になってますがな!」 叩いて。 「ええい、うるさーい! 乙女エキスなの! ほら、手を動かす!」 擦りつけて。 「あかん、これはアカン、乙女ちゃう。これはただのケダモノのにお、あた」 ごしごしごし。 「あ、ごめん。石鹸が飛んじゃった。今のだけはわざとじゃないからね!」 あわあわ。 作業を開始してその汚さに――よくまぁ、汚したなぁと自分でもついうっかり感心してしまうくらいに汚かった――なんとか洗い終えた綾はススムくんたちと協力してしっかりと水をきると、二つを竿に干した。 「うーん、こういうのって、わりと乾くのに時間がかかるっていうけど、この天気だったら数時間もすれば乾くよね?」 綾は手をかざして空を仰いで呟く。 どこまでも続く様な空に焦がれるように拳を握りしめると、よしっと腰に手をあてて叫ぶ。 「今のうちに掃除! ほら、ススムくん、いくよー」 「お嬢はホンマに獣みたいな体力の持ち主やわ」 「なんかいったー?」 「なにもいってません~」 用務員室に戻った綾は床に散らばった一つひとつを丁寧に手をとって見つめていく。 一日かけて、今まで無造作に書き殴っていたホワイトボードの自分のメモ書きを消していった。もう、これはいいもんね。 書き込みには当時の依頼に対しての意気込みや悩み。それに対してここを訪れる仲間たちの激励やくだらないラクガキ。 これが私をいつも励ましてくれていたんだよね。 それをきれいに消して、ホワイトボードをススムくんと一緒に空いている教室の一つにまとめておいた。さすがにそのままでは邪魔だろうと思ったからだ。 ゆっくりと、消えていく。 終わっていく。 三年かぁ。 あのとき、私はまだ高校生だったんだよね。仲間たちに格闘派女子高生って挨拶してたんだよなぁと、当時の制服をみて苦笑いが漏れる。 「これは、どうしようかなぁ。さすがに置いておくのもなぁ」 うーんと綾は悩む。 一応、昨日のうちにある程度は仕分けをしておいたのだ。 売り払えるものと、捨てるもの。 けど、 「いっぱいあるなぁ、ホントに」 ただ少しの時間を過ごしただけだと思ったが、気がついたときにはここに御菓子を持ちこんで入り浸っていたっけ。 あそこには――家にはいたくなかったから。 「あ、コレ、バトルアリーナで貰った鱗だよね……懐かしいなぁ」 とくに大切だと思うものは、ターミナルで売られていた白くてきれいな箱に「宝物箱」なんて名前をつけて、大切にしまっておいたのだ。 「あっブロマイドだ。懐かしい~」 鱗とブロマイドの二つを懐かしげに見つめて、手で優しく撫でたあと、宝物箱にもう一度いれなおす。 そのあと、ふと考えて自分のジャージのポケットから携帯電話を取り出した。 壱番世界の生活にはなくてはならない必需品。一応大学生の綾も手放すことのできない生活用品だ。それに、これは連絡手段としてではなく、みんなと遊園地に行った帰りに購入したストラップが二つついている、思い出の品だ。 じっと綾の瞳が携帯電話の、ストラップを見つめる。指で軽くつついて口元に笑みが漏れる。 「よし」 それも一緒に「宝物箱」のなかにしまいこむと、優しく蓋をしめて、金庫のなかにいれる。 「次はどこだ~!」 綾はそうして一つ、またひとつ、迷いながらも、手を伸ばして、決めて、終わらせていく。 購入したときは大きいと思っていた金庫のなかは気がついたらいっぱいになっていた。 綾は黙って金庫の蓋を閉めたが、わざと、鍵は蓋につけたままにしておいた。 置いてくだけだから、隠す気はないしね。 「よし、出来た!」 んーと伸びをして、綾はこった肩をほぐす。 「そうだ。そろそろあっちもイイかなぁ、ねぇススムくん」 「いきましょうか?」 「うん」 綾はススムくんを連れて外に出ると、今までの汚れが落ちて、新品とまではいかないがなかなかにきれいになった抱き枕と寝袋を回収した。 用務員室ではススムくんその何号がせっせっと畳を箒ではいてくれているので、その邪魔にならないように隅っこで二つを丁寧に折りたたむと、戸棚に収めた。 「よーし、できた!」 「できやしたなぁ」 隣にいるススムくんがしみじみと呟くのに綾は一度、うんと頷く。 廊下に出ると窓から顔を出してグランドを見ると、口元に手をやってメガホンを作る。 「よーし、ススムくん、みんな、グランドにしゅーごー!」 ぱたぱたぱたぱたぱた~。 ぱたぱたぱたぱた~。 ぱたぱた~。 本当にどこから湧いてきたのかと疑問に思うほどススムくんたちが押し寄せてきたのには、慣れていてもちょっとすごい光景だ。 グランドに出た綾はススムくんたちににっと笑う。 「終わったよ。じゃ、最後の仕上げにいくね!」 「「「「はい。お嬢」」」」 「せーのぉ! よぉっし終了! チェンバーオーナーはこれで交代ね!」 「「「「はい!!」」」 綾が宣言して手を差し出すと、ススムくんたちもばっと手を差し出した。その一つひとつと手をうっていく。 ぱち、ぱち、ぱち……まるで拍手みたいに。 綾はススムくん全員と笑顔で手を叩き終わると、晴れ晴れとした顔で三年を過ごしたチェンバーを見上げた。 ここ数日、ススムくんと一緒にきれいになるように、感謝や思い出を胸いっぱいに掃除していったせいか、心なしか綺麗に見える。 「ありがとう。本当に、ありがとう!」
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