オープニング

「町長にも困ったもんだ」
「ああ。祭りの準備で忙しいこの時期に、屋敷を祭までに丘の上に移せだと?」
「俺たちゃただの大工だしなぁ、一から建て直すならまだしも、今の屋敷を移送……それも祭まで3日を切った今の時点じゃ無理だ」
「ああ、奇跡でも起こらない限りな」
 ヴォロスのとある場所にあるシャハル王国。一年中花の咲き乱れると言われているその国の町、ルルヤニで大工達がため息を付いた。
 先ほど町長に呼ばれて告げられた注文が無理やりすぎたのだ。


 町長の屋敷を祭までに、そのまま移動させること。


 未だかつてこんな無茶な注文があっただろうか。
 祭まではもう3日もない。屋敷を一から建てるのだとしても、日が足りない。それに大工達は祭りの準備に追われているというのに。
「夫人が亡くなってからだよな……町長の無茶な依頼が始まったの」
「……、……」
 困った大工達は、町長の許可を得て広場に立て札を立てた。


『協力者募集中』と。



 *-*-*



 世界司書の紫上緋穂がいつも使っているターミナルの部屋に、ロストナンバー達が集まっていた。だがそこで告げられたのは予想だにしなかった依頼。
「え? 家を一軒まるまる移動させる!?」
「いやー、いくらなんでも難しいよね、そんな依頼。ヴォロスの人達、困っちゃっててさぁ……」
 助けると思って、と緋穂は手を合わせるが、だからといってはいそうですかというのは難しい。
「あとね、町長がそんな無理を言ってくるようになった理由を調べて欲しいんだ。もしかしたら、なにか裏があるかも知れないし。数日後に開かれるお祭りを楽しみにしている人がいっぱいいるからさ」
 この町、ルルヤニでは丁度祭りが開かれるところだという。そして建物を移動させるリミットはそのお祭りが始まるまで。
「建物を移動するだけが解決方法じゃないと思うんだ。町長のことを調べれば、他に解決策が出てくるかもしれない」
 町長は昨年最愛の妻を亡くし、それから無茶な注文が増えたらしいと緋穂は言う。
 希少な花を縫い込んだ生地を明日まで、とか、遠い街にしか生えない薬草をすぐに、など。
「あと、8歳くらいの娘さんが一人いるみたい。詳しくはよく分からなかったけれど」
 とりあえずよろしく頼むよ、緋穂はチケットを差し出した。
「時間が余ったら、お祭りを楽しんできてもいいよ!」
 祭が楽しめるかは、現地に行ってみなければわからない。
「あ、そうだ。祭の前日はみんな早く就寝することが決まっているんだって。夜は早くに町が真っ暗になるから、注意してね」
 付け加えて、緋穂は手をふった。



 *-*-*



 ルルヤニで一番大きなお屋敷。アマリアはベッドの上にいた。こんこんこんと咳こめばとたんに胸が苦しくなって。
「お嬢様!」
 飛んできたメイドが背中をさすってくれた。
 アマリアはこの屋敷から、いや、この部屋からあまり出たことがない。生まれつき身体が弱いのだ。
 占い師によって良き方角と言われたこの部屋で、いつ治るかもわからない身体の弱さと戦っている。
 でもこの部屋の窓からは、建物の壁しか見えなくて。
 本当は町の様子が見てみたいと、お父様が治める町が見てみたいとずっと思っていた。
「ミルカ、お父様がね……こんどのお祭り、見せてくれるって約束してくれたの」
「え、祭をですか?」
 咳が収まったアマリアは嬉しそうに笑ったが、ミルカはこわばった笑みを浮かべることしか出来なかった。
(お嬢様を祭に連れ出すのは無理だと、旦那様はご存知だと思ったけれど……)
 一体、どうするつもりなのだろうか。






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※このシナリオは、ナラゴニア襲来以前の出来事として扱います。
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品目シナリオ 管理番号2185
クリエイター天音みゆ(weys1093)
クリエイターコメントはじめまして、またはこんにちは。天音みゆです。

今回はヴォロスにあるルルヤニという町の町長の依頼を何とか上手くこなしてください。
依頼は『町長の屋敷をまるまる丘の上に移動させること』という大規模土木工事を想像させる内容です。
ですが解決方法はこのお願いに答えるだけではありません。
色々なアプローチで解決に導いていただけたらと思います。

なお、お祭りの描写ができるかはわかりません。
プレイング文字数的にも厳しいと思いますので、何か欲しい物を一つだけお書きくだされば、それらを祭で購入したとして扱わせていただくつもりです。

お祭りをたっぷり楽しみたいという方は、「幸福呼びの花冠祭」へどうぞ。


※花冠の国シャハル王国での話ですが、知らなくても大丈夫です。初めてでもOK。
 少しでも知りたいという方は、「花冠の淑女と竜の石」を御覧ください。


それでは、良い冒険を。

参加者
シーアールシー ゼロ(czzf6499)ツーリスト 女 8歳 まどろむこと
コージー・ヘルツォーク(cwmx5477)ツーリスト 男 24歳 旅人
ハクア・クロスフォード(cxxr7037)ツーリスト 男 23歳 古人の末裔
旧校舎のアイドル・ススムくん(cepw2062)ロストメモリー その他 100歳 学校の精霊・旧校舎のアイドル

ノベル

 町は常にはない賑わいを見せている。せわしなく行き交う人々、運ばれる物品、今まさに組み立てられている露天や屋台。
 蕾のままのオシェルの鉢植えは祭の日に合わせてほころぶように、時を待っている。
 非日常のきらめきが眩しい。


 ハクア・クロスフォードは一人、丘の上から町を見下ろしていた。なるほど、ここからならば町中が一望できる。ハクアはここに来るまでの間、町の人に聞きこんだ情報を思い返していた。

『町長? 良い人だよ。真面目でねぇ。ああ、でも少し真面目すぎるかな?』
『大層な愛妻家でねぇ。奥さんが亡くなった直後は見ていられなかったよ』
『小さな頃から勉強熱心な子でねぇ……よく先代と一緒に町を見て回っていたよ』

 大切な祭の準備の中、手を止めて真面目に答えてくれる。まず、それが町人達の思いなのではないか。

『最近ちーっとばかし困る依頼もあるけどな。まあ、今まで頑張ってくれていた町長の依頼なら叶えてやりたいんだよな、本当は』

 できるできないは置いておいてみんなそうだと思う――大工の男はそう言って苦笑していた。
 なんだかんだで今までの『ワガママ』において深刻な批判が出ないというのは、町長自身が今まで積み上げた人徳のなせる技なのだろう。だが今までがそうだとしても、これからがそうであるとは限らないのだ。町長自身はそれをわかっているのだろうか。
 ハクアはすっと視線を動かし、眼下にあるこの町で一番大きな屋敷を見つめた。あそこには小鳥がいる。

『そういえば娘さん、元気なのかねぇ……』

 数年前に町長に女の子が生まれたと町を上げてお祝いをしたのだが、病がちで姿を見せない――話自体は町で用事を済ませる使用人たちから聞こえてくるのだけど、とおばさんは心配そうに告げていた。うちにも同じくらいの子供がいてね、と。
(身体の弱い娘のために願いを叶えるのはやぶさかではないが……)
 町長の今のありように疑問を覚えるハクアはひとつ、息をついて。白い髪と衣を翻らせながらその屋敷目指して歩みを進める。距離としてはどのくらいだろうか。


 *-*-*


 付近を通りかかる人々が目を丸くしてこちらを見ていく。だがコージー・ヘルツォークもシーアールシー ゼロもそんな視線なんて気にしていない。もっとも視線を受けているのは二人ではないのだが……。
「今回は力仕事でやんしょ? 百人で列車に乗り込もうとしやしたら、リベルお嬢から『パスを持たないロストナンバーの渡航禁止』って言われちまいやして。厳選して19人分無賃乗車する羽目になったでやんす」
 しゃべっているのは旧校舎のアイドル・ススムくんの一人。法被を着たアルカイックスマイルの人体模型。一人だったらそれほど目立たなかったかもしれない。
 だが、それが他に19人いる。
 物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回しておのぼりさん状態の者、しゃべっているススムに相槌をうっている者、好奇心旺盛な町の子供に捕まっている者……とりあえず、どういう基準で100体のうち19体を厳選したのか知りたい。
「ススムも大変だったんだなぁ」
 コージーがうんうんと頷きながら。人には人の苦労があるということだ。もしかしたら町長にもあるかも知れない。
「今回はおれたちが手伝いに来れたけど、こんなお願いばっかじゃ町の人も困っちゃうよな。町長さんにもなにか事情があるのかもしれない。おれ、聞いてみたいんだ。その上でできるなら町の人を困らせないでって頼んでみる」
「ゼロも、思うのです。屋敷を移すのはすぐ終わるのです。でもまたなにか町長さんが無理を言うのであれば、一時しのぎにしかならないのです」
「そうでやんすなぁ」
 三人は頷き合い、ふ、と考えこむ。誰も「屋敷を移すのはすぐ終わる」という発言に突っ込まないのは、ゼロの能力を知っているが故だろうか。
「待たせた」
「おかえりなさいなのですー」
 と、そこに丘から歩いてきたハクアが到着した。測った距離はしっかりと記憶して。町民に聞きこんだ情報を交換しあう。
「ゼロの外見年齢が同じ位の女の子がいるそうなので、まずはお話を聞きに行くのです」
「まずは町長に挨拶からかな」
 ゼロが背伸びして門の中を覗こうとしている。コージーはゼロの後ろから手を伸ばして門を押し開け、ほら、とゼロに示した。
「ありがとうなのですー」
「かたじけないでやす」
 とたたたたーっと軽やかに敷地内に入るゼロに続いて、20体のススムがどどどどどっと門をくぐっていく光景は壮観だ。
「……」
 無言でその後をついていくハクア。
(なんだかすごい光景だな)
 コージーは思わず笑みを浮かべながら自分も敷地内に入り、門を閉めた。


 *-*-*


「わざわざ遠いところから来てくれたんだってね、感謝するよ」
 通された応接間に待っていたのは町長その人だった。だが町長という役職から想像するほど年をとってもいなれけば厳つくも近づきにくくもなく、どちらかと言えばやわらかな好青年という感じだ。年の頃は三十半ばほどだろうか。疲れが顔に出ている様子なのが気にかかる。
 示されたソファに座って――ススムは代表してひとりだけ――一番最初に口を開いたのはコージーだった。
「おれたちが屋敷の移築ができるかできないかはとりあえず置いておいて。流石に街の有能な大工でも3日で立て替えるのは無理だって、町長さんもわかってるよね」
 町長の顔色を伺えば、苦笑のような表情を浮かべている。もちろん町長だとて、わかっているのだ。その上でわがままを言わなければならない理由があるのだろう。
「なんでそんなに急いでるのか、教えてくれたらおれ出来ることするよ。皆だって手伝うし考えるよ」
「全部ばらして運んで良きゃ出来なかないと思いやす。屋敷の中身と人間は3日間別の場所に居て貰わなきゃなりやせんが。旦那は本当にそれをお望みで? もう少しそう思った訳を話しちゃもらえやせんか」
 コージーに次いでススムも諭すように言い募る。アルカイックスマイルでの説教は、文化が違っても効果があるのかもしれない。町長は大きくため息を付いて。
「愚かな父親だと笑わないでくれるかい?」
 自嘲じみた笑を浮かべた。その言葉で察しのいい者は娘が絡んでいることがわかっただろう。
「それは内容次第だ」
「手厳しいね」
 ハクアの冷静な言葉に苦笑して、町長は躊躇う様子を見せた後、口を開く。
「すでに知っていると思うが私には8歳の娘がいてね。かわいそうに生来身体が弱くて、家の外に出られないんだ。妻はそんな娘を不憫に思ってか、ほぼ一日中つきっきりでね……どんな時にも笑顔を絶やさない人だった」
 だが町長の最愛の妻は亡くなってしまった。
「私とて娘が可愛かった。けれども同時に怖かったんだ。身体が弱い娘に私が触れれば、壊してしまいそうで。だから妻がいる時にしか様子を見に行かなかったし、手に触れるのだって怖かったくらいだ。けれども妻は亡くなってしまった。娘――アマリアの肉親は私しかいなくなってしまった。さぞ寂しがっているだろう、そう思い会いに行って気がついたんだ。どう接していいのかわからないことに」
「そんなの簡単なことだよ」
 コージーはとんっとテーブルを叩いて続ける。
「何度も顔を見せてあげたり、ゆっくりお話してあげてよ。小さなことが嬉しいもんだよ」
「ゼロもそう思うのですー。町長さんはさっき自分で、自分がアマリアさんの唯一の肉親だって言ったのです。ただ一人のお父さんに会えて嬉しくないはずないですー。顔を見せに来てくれるだけで嬉しいとゼロは思うのです」
 外見年齢が娘と同い年のゼロの主張に、町長の表情が幾分緩む。「そう、かな」と呟いて目を細める町長。彼にとってゼロの言葉は一番説得力があるのかもしれない。
「呆れたな……触れただけで壊れる人間など、普通はいない」
 ため息を付いて呟いたのはハクアだ。壊れてしまうかもしれないという恐怖は分からないではないが、現実にそのようなことは普通はありえない。
「第一、病がちでも娘は8歳まで生きたのだろう? そして今も生きている。それがどういうことかわからないか?」
 本当に触れれば壊れてしまうほどならば、とっくに儚くなっているだろう。それが8歳の今まで生きながらえているのだ。8年、耐えているのだ。年を経れば耐性もつく。体力もつく。赤子や幼児とは比べ物にならないのだ。たとえ病気がちで標準と比べれば遥かに弱いとしても、生きた時間が彼女の身体を創る。少しずつ、成長しているのだ。
「わっちらには想像しかできやせんけれども、赤ん坊の頃はさぞかし大変だったのでやしょう? ただでさえ赤子は罹患しやすいと聞きやす。罹患する度、生死の境を彷徨うほどだったと想像しやす」
「ああ……」
 ハクアとススムの言葉に町長は、両手で顔を覆って搾り出すように頷いた。そして紡ぐのは心中と今回の無茶な依頼の真意。
「娘に何かしてやりたい、喜ばせてやりたいという思いはあるんだけど、何をしていいのか分からなくて……。恥ずかしながら、この間娘とメイドのやり取りを聞いて始めて知ったんだ。娘が、いつか私の治めている町を見てみたいと思っているということを」
 町長としてはいつの間にかそんな事を考えるまで娘が成長していると知って驚いたのだろう。と同時に何としてでもその願いを叶えてやりたいと思ったのだ。
「なんでも叶えてあげたいって気持ちもわかるけど、職権乱用だよ、町長さん」
「町長の旦那。旦那があまりに無理を言やぁ、町の人間だって旦那を好きじゃ居られなくなりやす。その気持ちは旦那だけじゃねぇ、旦那の家族にだって向かうはずでさぁ。旦那は町中の人間からご家族が恨まれるようになりたいでやんすか」
「職権乱用なのはわかっていたよ。でも私がしてあげられることはこんな事しかないと思ったんだ。恨まれるなら私だけで……」
 諭すように言い聞かせるコージーとススム。泣きそうに顔を歪めた町長の言葉を遮ったのはゼロだった。
「お屋敷は移築するのです」
「え」
「3日どころか一夜で屋敷の移転を終わらせるのです。もしできたら、町長さんもこれを最後の無茶振りにするのですー」
 そうすればこれ以上町の人達も困らないで済むのですー、ゼロは真顔で告げる。町長は目をぱちくりさせて、ゼロを見つめる。
「一夜で……?」
「解決しなければならない問題はあるが、ゼロがいればできないことではないな」
「細い工事はわっちらが手伝うでやす」
「勿論!」
 腕を組んでハクアが頷く。ススムとコージーも頷いて。
「今回はお前の娘の為に、その願いはかなえる。だが、幾ら娘の為とはいえ無理難題を言って町人を困らせる事は町長のする事か。そんな事を父親が自分の為にしていると知ったら娘は傷つくのではないか? だから約束してくれ」
「約束してくれるのです?」
 ハクアが重ねて正論を述べた。ゼロは立ち上がり、とてとてと町長の座る椅子に近づいてその顔を覗きこむ。
「……ああ。約束するよ」
 自分の無茶振りが叶えられるなんてまだ信じられぬ町長は夢見心地のようだったが、四人が訪れてから初めて笑顔を見せて、頷いた。


 *-*-*


 屋敷の内部を移動する許可を得たハクアは移動の下準備のために屋敷内を歩きまわることにした。ススムもそれについていく。コージーはアマリアづきのメイドだというミルカを読んでもらい、話を聞くことにした。
「ねえミルカ、シャハルは薬草も豊富だった聞いたけど、アマリアは薬じゃ治らない病なのかな?」
「病がと言うよりはお身体が弱くて抵抗力が低いことが問題のようです。病自体は様々な薬草を取り寄せることでその都度ある程度は治せても、一瞬でお身体を強くする薬はありませんので……」
 抵抗力をつけるような薬草もあるはあるらしいが一度で劇的に効果を表すものではなく、続けることでじわじわと効力が現れるものだそうだ。アマリアは毎日沢山の薬湯を飲むという。それこそお腹がいっぱいになってしまうほどに。けれどもシャハルの豊富な薬草が彼女を今まで生きながらえさせていたのは確かだ。薬を手に入れるためにある程度の財力がある家に生まれたことも、彼女を生きながらえさせている要因の一つだろう。
「さすがに魔法みたいな薬草はないか……」
 もしあったとしても、非常に高値がつくだろう。町の町長が財を賭して払える金額なのかすら想像がつかない。
「少しでも元気にできたら、おれが担いで祭を見せてあげてもいいのに」
 コージーの呟きを聞いたミルカは優しい笑顔を見せて、ありがとうございますと告げた。
「そのお気持ちだけで、お嬢様はきっと喜ばれます」
「あとおれにできるのは、旅のエピソードを聴かせるくらいだなあ。アマリアに会ってもいい?」
「勿論です。ご案内しましょう」
「あ、ちょっとその前に」
 歩き出そうとしたミルカを止めて、コージーは気になっていた事を口にする。
「アマリアの部屋の方角を決めた占い師ってどんな人?」
 占いというのは幸せになるためのアドバイスだ。コージーの故郷でも占いは盛んだったが『頼るな、だが心に留めておけ』と一緒に教えられた。
 アマリアの部屋の窓からは建物の壁しか見えないという。そんな日も差さなそうな暗い部屋に身体の弱い娘を留めておくなんて無茶なお告げをする占い師はヘンだと思う。そう伝えるとミルカは苦いものを噛み潰したような顔をした。
「私がこのお屋敷にお仕えする前のことなので聞いた話ですが、赤子だったお嬢様は生死の境を彷徨うことが多く、あまりにも不憫に思った旦那様が旅の占い師を呼び寄せて占わせたんだそうです……。私も、他のメイドももっと日当たりの良い部屋にしたほうがいいと思っていたのですが……」
 一介の使用人にどうこうする権限はなく、逆に下手に口を挟めばこちらが職を失いかねない。それほどまでに町長はその占いを信じたのだという。亡くなった奥さんは『いつか目が覚めるわ』と言ってじっとその時を待っていたのだとか。
「そっか。その占い師がどんな人なのかはわからないけど、旅の占い師なら適当なことも言えるしね。でも、屋敷を移動させれば日の入る明るい部屋になるよ」
 奇しくも娘との接し方が分からずに考えついた無茶振りが、占いから目を覚まさせる結果となったのである。


 *-*-*


「私の望むこと? んー……元気になりたいっていうのはいつも思っているけど。後は、最近まで叶ったらいいなと思ってたのは叶いそうだから!」
「どんな望みなのです?」
 ゼロは一足先にアマリアの部屋に来ていた。同年代のゼロが姿を見せれば彼女はとてもとても喜んで、目を輝かせた。最初こそどんな話をしていいのか分からずに照れていたようだったが、ゼロが話しかけると次第に打ち解けていった。
「一度でいいから、お父様の治めるこの町を見てみたかったの!」
 窓はあるもののこの部屋は薄暗くて。日中でもランプに火が灯されていた。灯りに照らされても、ベッドから上半身を起き上がらせたアマリアの顔色は青白い。
「お父様が叶えてくれるって。しかもお祭りの日の町を見せてくれるっていうの。凄いでしょう?」
「アマリアさんはお父さんが好きなのですねー?」
「うん。お仕事が忙しいからあまり会えないけど、好き!」
 笑った彼女の顔色は良くはないが、笑顔そのものは手も可愛くて。町長はきっと娘までも失いたくなくて、どうしていいのかわからなくなっちゃったのだろうなぁとゼロは思う。
「ふふ……ふふふ……」
「どうしたのです?」
 突然アマリアが笑い出したのでゼロは首を傾げる。すると彼女は合わせた両手を口元に持って行き、恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。
「あのね、同い年くらいの子とお話するのって初めてなの。だから、なんだかとても楽しくて、このまま元気になっちゃいそう!」
「病は気からと聞くのです。同年代のお友達と外の知識を処方なのですー」
 ゼロは色々なことを訊き、答えた。アマリアも同じだ。
 二人の少女の楽しそうな声が響く。そんな中、扉の隙間からひょいと顔を出したのはコージーだ。
「楽しそうだな。邪魔してもいい?」
「コージーさん! 勿論なのですー。あ、コージーさんはゼロのお仲間なのですよー」
「よろしく、アマリア」
 自己紹介を済ませ、コージーがアマリアに聞かせたのは旅のエピソード。面白おかしく語られたそれは、三人分の笑い声を屋敷機に響かせる。屋敷に笑い声が響くのは久々のことなのだろう、アマリアの部屋の傍を通る使用人たちの表情が目に見えて明るいのに、ハクアとススムも気がついていた。
「わっちらもお仲間に入れてくだせぇ」
 一度に20体で押しかけて驚かせてもまずいだろうから、代表の1体とハクアだけが部屋に入る。
 沢山の人とわいわいと過ごす時間。アマリアにとってはおそらく初めての経験だろう。はしゃぎ疲れたアマリアは、ハクアが童話を聞かせるととても幸せそうな顔をして午睡へと導かれていった。


 *-*-*


 相談の結果、屋敷を移動させる下準備を日中に行い、移動自体は人目につきにくい夜間、それも早い時間に町が真っ暗になる祭りの前夜に行うことになった。
 できる限り屋敷内の人物や壊れ物は外に出すことで合意したが、アマリアと町長だけは屋敷の中に残ることになった。ハクアが大きな揺れが伴うというリスクについて説明したが、それでも町長はそこだけは譲らなかった。触れただけで壊れるものではないと納得したものの、やはり外に出すのはまだ抵抗があるということか。

「それならば私がアマリアをずっと抱きしめています。身を呈してでも守ります!」

 そう啖呵を切られれば、ハクアとて折れぬわけにはいかなかった。仕方がないので衝撃や揺れを与えないように風の結界を展開すること、屋敷周辺の土と大地が柔らかくなるように魔法を使用することを決めた。
 屋敷の移動の方法はある意味シンプルである。
 ススムたちは屋敷の壊れ物などを昼間のうちに外に出し、その間にハクアは丘の上に土や大地が柔らかくなる魔法を掛ける。ゼロはドールハウスやミニチュアの家具を買いに町へ出て、同時に明日の祭のためにやってきた商人たちから少しずつ子ども向けのものも含めて本を買い求め、力持ちのコージーがそれらを楽々と運ぶ。かなりの量になってしまったが、それを軽々と運ぶ彼は凄い。
 このドールハウスと本類は、ゼロの提案を飲んだ町長が設置を許可してくれた『図書館』と『教室』になる予定だ。
「ゼロは凄いな。おれ、そこまでは考えつかなかったよ」
「屋敷の中に教育施設を併設すれば、屋敷から出られなくてもアマリアさんは同年代のお友達に会えるのです!」
 丘の上に屋敷を移築してもまだ土地はある。屋敷の隣に教育施設を作れば、外に出なくても済むということだ。
「ゼロと話しているアマリア、嬉しそうだったもんな!」
「コージーさんの話もとても楽しそうに笑っていたのです」
 その他にも図書館も併設すれば町の人も利用できるし、訪れた人から外の話も聞ける。人と触れ合うことで刺激を受けて、新たな世界を知って人は成長していく。その中でアマリアも生きる希望を見つけられるだろうし、始め辛いかもしれないが部屋の行き来をしているうちに体力もつくだろう。
 図書館を作ることについては、ゼロ自身が世界図書館を文字通りの図書館として利用していることから出てきた考えだ。
「うん、あんな暗い部屋に閉じこもってちゃ、治るものも治らないよな。人と接することで元気を分けてもらえればいいと思うよ!」
「なのですー」
 ドールハウスを二つ持ったゼロの歩調に合わせるようにコージーはゆっくりと歩く。
「細かいところはみなさんにお任せしてしまうのです。よろしくお願いするのですー」
「ああ、任せろ!」
 ペコリと頭を下げるゼロに、コージーは笑みを持って答えた。大量の本を持っていなかったら、力こぶでも作っていたかもしれない。
「あらかた運びだしたでやすー」
「さすが、二十人もいると早いな」
「こちらも準備をしてきた」
 屋敷の敷地にゼロとコージーが到着すると、ススム達は一休みをしているところだった。そこにハクアが戻ってきて、丘へ魔法をかけてきたことを告げる。丘は今回の祭で使わないため、町長から立入禁止の触れを出してもらっていた。柔らかくなった地面でけが人が出ても困るからだ。

 準備は整った。後は夜を待つだけだ。


 *-*-*


 町は暗闇に包まれていた。
 町は静寂に包まれていた。
 緋穂の行っていた通り、祭前夜のこの日は皆、早く就寝してしまったようで、まるで真夜中のような雰囲気がある。起きているのは草花と虫だけか。
「なるべく揺れないようにはするが、しっかり娘を抱きしめておけ」
「はい!」
 ハクアが最後の注意をし、毛布にくるまった町長父娘を見る。
 後ろから抱きしめられるように父親の腕に抱かれたアマリアは、どんな顔をしたらいいのかわからないようだ。緊張しているのか表情が硬い。それは町長も同じようで、家の移動にというよりはこんなにも父娘の距離が接近していることによる緊張のようだった。
「折角こんなに近くに父親がいるんだ。沢山話しをするといい。話したいことはたくさんあるのだろう?」
「う、うん!」
 ハクアの言葉にアマリアは思い出したかのように微笑んで。部屋を出ると部屋の中から「あのね……」という可愛らしい声が聞こえて、ハクアは少し表情を緩めた。


「ゼロ、いいぞ」
 血を媒介にした魔法で屋敷の地面と大地を柔らかくする。そして続けて衝撃や揺れを与えないように風の結界を展開。魔法陣が夜の闇にキラキラと光を放つ。
「はいですー」

 ズズズズズズ……。

 ハクアに準備完了の連絡をもらったゼロはその場で巨大化していった。
「「おおー」」
 まるでその場に白い壁が出現したような様子に、ススムたちやコージーから感嘆の声が漏れる。
「よいしょ、です」
 そーっと、そーっと。極力傾けたり揺らしたりしないように注意しながら。ゼロの白い手が、根菜をを抜くように屋敷を基礎から引き抜く。ハクアの魔法がなければ基礎部分はさぞかし大変なことになっていただろう。
「よし、丘に先回りしよう!」
「「了解しやした!」」
 コージーとススム達、そしてハクアは走り、ゼロとは別ルートから丘を目指す。ゼロは足音を立てて住民を起こしてしまわないように、ゆっくりとゆっくりと歩く。だが巨大化したゼロにとって丘まではそれほど距離はない。程なく手が届くようになったので、ハクアが柔らかくしておいてくれた大地を平らになるようにすっぽり持ち上げて、代わりにずももももっと屋敷を基礎ごと埋めて。一旦元のサイズへと戻った。
「ドールハウスと箱庭、持ってきてくれましたですか?」
「ああ、持ってきたよ」
 コージーがドールハウスと箱庭を差し出すと、ゼロはそれをしっかりと受け取った。
「ゼロができるのは巨大化させて地面に埋め込むまでです。後はみなさんにお任せします」
「「任せてくださいでやんす」」
「ああ」
「勿論頑張る!」
 仲間達の言葉に安心したのか、ゼロはもう一度ズズズズズッと巨大化してみせて。そして屋敷と壁と壁がくっつくようにして二つのドールハウスを置いた。そして空いた場所に箱庭を置く。
 全ての設置が終わるのを見て、ハクアがまた魔法陣を描いた。今度は地面と大地を元の硬さへと戻すのだ。そうしなければ建物が安定しないのである。
 コージーはまずは屋敷の中に入って。不具合がないか確かめると共に町長達の元へと向かう。
「移築は無事に完了したよ。後はちょっと細かい工事が残ってるから、少しうるさいかもしれないけど」
「え、もうですか?」
 目を丸くする町長とアマリア。コージーはかがんでアマリアと視線をあわせて。
「朝日が登ったら、今までとは全然違った景色が見えるはずだよ。だから安心して眠りなよ。お父さんも一緒にね」
「……うん!」
 照れくさそうに顔を合わせる二人。二人は宙に浮かぶ屋敷の中で何を話したのだろうか。


 屋敷と元ドールハウスだったものの壁を繋いで直通にするのは男性の役目。
「ススム、釘取って」
「「「こちらでやすね」」」
「!?」
 軽く声をかけてしまったものだから、20体のススムから20本の釘を差し出されて目を白黒させるコージー。
「この本は……ふむ」
 図書館部分に本を収める作業をしつつ、つい魔法関連っぽい本に目を引かれてしまうハクア。その本だけよけて本棚にしまう。
 ススム達は置いてきた家具を手分けして運び込み、屋敷を元の状態に戻すようにと動いている。
 ゼロは取った丘の土を町長の屋敷のあった場所に交換するようにおいて、巨大化を解く。この広い場所も、上手く使ってくれればいいなと思いながら。


 夢中になっていると時が経つのは早いもので、状態復旧と工事、備品の設置が終わる頃には町が目覚め始めていた。
 パンの焼けるいい匂い、屋台の下ごしらえをする匂い、畑にオシェルの切花を収穫しに行く人達……丘の上からは町が全て見下ろせる。
 一同がアマリアの部屋を訪れると、待ちきれなかったのか彼女はすでに目覚めていた。まだ寝ていなさいという町長に「もう目が覚めたの」と言って。
「もう朝だし、窓の外を見せてやればいいと思うよ」
 コージーの言葉を受けて、町長は苦笑しながらそうですね、と娘を寝かしておくことを諦めたようだ。ハクアがすっと進み出て、ベッドの上のアマリアを抱き上げる。ススム達がベッドサイドに椅子を置き、カーテンに手を掛けた。アマリアが椅子に座らせられるのにあわせてザッとカーテンが開く。

「うわぁぁぁぁぁぁっ……!」

 朝日差し込む町はオシェルの花に彩られ、とても美しかった。暁の名を持つシャハル王国だけあって、朝日はどこよりも美しいように見えた。
「これがお前の父が治める町だ」
「……うん、うん」
 ハクアが告げるとアマリアは何度も頷くだけで。言葉にならない感動をかみしめているらしかった。
「暁のおかげかな、アマリアの顔色、前よりいいように見えるよ」
「そうですね。本当に……ありがとうございます」
 コージーの、笑顔の言葉に町長は瞳に涙を溜めて頭を下げる。
「約束守ってくださいですー」
「ああ、もう無茶なことは言わないよ。私達の為に、町の為にありがとう」
 町長はゼロとの約束も護ると約束してくれた。祭が終われば新しく用意した教室と図書館も利用され始めるだろう。
 ロストナンバー達は確信を持っていた。もう町長は町民たちに無茶な依頼をしないと。娘との接し方に、少しは自信を持ったようだ、と。


 *-*-*


 折角の祭りなのだからと外にでて、コージーは屋台で食べ物を買って舞台を見る。こうした土地ならではの物を知るのが好きだ。
 ハクアは小さな少女にも似合うサイズのオシェルの髪飾りを買い求め、大切に懐に入れて。
 ゼロが探していた乾燥させた夢見草の実は王都以外では珍しいらしく、かろうじて一つだけ売っているのを見つけることができた。
 ススムたちは手分けして町中を見て回り、そしてアマリアの部屋へと戻っていく。程なくして始まったのは、祭のリポート。
 ススムたちと花冠を作るアマリアの楽しそうな声が、屋敷を明るくさせていた。

   【了】

クリエイターコメントこの度はご参加、ありがとうございました。
ノベルお届けいたします。

皆様の思いのお陰で、いい方向へと進みました。
ベストなエンド、そしてこれからが想像させる良い方向へ向かったのではないかと思います。
これも皆様のプレイングのおかげです。

こちらで予定していなかった施設が増えていくのも楽しいですね。
教育施設と図書館、ルルヤニの町の人達に愛されていくことでしょう。

予想通りお待ちリの描写は殆どできなかったんですが、それぞれ楽しんでいただいたのではないかと推察します。

重ねてになりますが、この度はご参加、ありがとうございました!
公開日時2012-10-06(土) 00:00

 

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