ふと気配に気づくと、つぶらな瞳に見つめられている。 モフトピアの不思議な住人――アニモフ。 モフトピアの浮島のひとつに建設されたロストレイルの「駅」は、すでにアニモフたちに周知のものとなっており、降り立った旅人はアニモフたちの歓迎を受けることがある。アニモフたちはロストナンバーや世界図書館のなんたるかも理解していないが、かれらがやってくるとなにか楽しいことがあるのは知っているようだ。実際には調査と称する冒険旅行で楽しい目に遭っているのは旅人のほうなのだが、アニモフたちにしても旅人と接するのは珍しくて面白いものなのだろう。 そんなわけで、「駅」のまわりには好奇心旺盛なアニモフたちが集まっていることがある。 思いついた楽しい遊びを一緒にしてくれる人が、自分の浮島から持ってきた贈り物を受け取ってくれる人が、わくわくするようなお話を聞かせてくれる人が、列車に乗ってやってくるのを、今か今かと待っているのだ。 ●ご案内このソロシナリオでは「モフトピアでアニモフと交流する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてアニモフの相手をすることにしました。このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、・あなたが出会ったのはどんなアニモフか・そのアニモフとどんなことをするのかを必ず書いて下さい。このシナリオの舞台はロストレイルの、モフトピアの「駅」周辺となりますので、あまり特殊な出来事は起こりません。
浅緑の大地から天を見上げれば透き通るような空色が広がり、綿飴のような雲やステンドグラスのような虹、重力という概念に捕らわれない島々などがあちこちに浮かんでいる。サシャ・エルガシャは壱番世界では決して見ることのできないであろう光景に感嘆の声を漏らし、その実年齢よりいくらか幼く見える顔いっぱいにきらきらと輝くような笑みを浮かべた。 「ここがモフトピアかぁ……!」 肩の辺りで美しく切り揃えられたブロンドの髪、その頭頂部ではひらひらとしたホワイトプリムがモフトピアの穏やかな風を受けて微かに揺れている。健康的な褐色の肌に濃紺のエプロンドレスが清楚な印象を添え、彼女がかつて高貴な血筋の主に仕えていた者であることを表していた。 「お日様ぽかぽかしてとってもいい気持ち、風光明媚でいいところね!」 モフトピアの景色に見惚れ、くるりと体を回転させながら視線を周囲へ巡らせる。すると、彼女の背後に生えていた大木の傍らに、白くふわふわした毛の塊のようなものがあるのを見つけた。 「あ、ひつじのアニモフさん発見! 早速なでなでしてみよーっと」 毛の塊の中に顔らしいものは見当たらない。おそらくあれは背中をこちらに向けて座っているのだ。ということは、あのひつじアニモフはまだサシャの存在に気づいていない。気づいているならもうとっくにこっちに駆け寄ってきている頃だ。 そこでちょっとした悪戯心を発生させたサシャは、足音を忍ばせてゆっくりと、そのふわふわと柔らかそうな背中に近寄った。 「えいっ!」 「ぅわあーっ」 射程距離から一気にその毛の塊に抱きつく。左腕で抱きかかえて、そのもふもふの毛並みを右手でめいっぱい撫でまわした。 「なんだなんだーそなたはだれなのだーっ!?」 「えへへ、こんにちは、ひつじさん。ワタシはサシャ、よろしくね」 突然の襲撃に驚いてジタバタと小さな四肢を暴れさせていたひつじアニモフは、サシャの挨拶を受けてようやく落ち着きを取り戻したようだ。きょとん、とした表情で数回目を瞬かせながら彼女を見つめる。それでようやく現在の状況を理解したらしいひつじアニモフは、目前に突如現れた旅人に目を輝かせた。しかしその次の瞬間、何かに気づいたらしい。その愛くるしい顔に怪訝な表情が浮かんだ。 「ちがう」 「え?」 「わがはいはひつじではない! アルパカであるぞっ」 ひつじアニモフ、改めアルパカアニモフは抗議するようにサシャの腕の中で再びジタバタと暴れ始めた。その風貌は確かにひつじのアニモフより幾分首が長いようである。しかしそれまですっかりひつじだと思い込んでいたサシャにとって、その発言は衝撃以外の何物でもなかった。 「え、ええっ! ひつじじゃないの? アルパカなの!? ア、アルパカってなんだっけ。……ひつじの親戚?」 「ちぃがぁうぅぅぅぅうっ!!」 「ひつじの親戚」発言にますます気分を損ねたらしいアニモフはさらに激しく四肢をバタつかせる。 「うわあごめんごめんっ! うう、どうしよう失礼なこと言っちゃったみたい」 自分の間違いでアニモフを怒らせてしまったことを反省しつつ、サシャは如何にしてこの状況を打破するか考える。少しの間の後、その表情は「いいことを思いついた」といったような明るいものに変わった。 「ね、アルパカさん。間違っちゃったお詫びのしるしに、手品披露してあげる!」 「てじな?」 聞きなれない言葉に、アニモフは暴れるのをやめてサシャの方を見た。きょとん、とした顔で首を傾げる様子にサシャはくすりと笑いを漏らしながら、何処かから真白いティーポットを取り出してみせる。 「これなるティーポットにご注目あれ、種も仕掛けもございません」 少しだけ気取った口調で、サシャは手にしたティーポットをアニモフの目前に翳してみせた。先程までの怒りは何処へやら、それを真剣に見つめている円らな双眸を微笑ましく感じつつ、ここからが本番とサシャはキリリと表情を引き締める。 「いち、にい、さん……ハイッ!」 「おおおおおおおっ!?」 途端、ティーポットの口から万国旗が飛びだした。カラフルな旗の下がった紐が際限なく溢れだす様にアニモフは感嘆の声をあげる。 「どう? すごいでしょ、この万国旗どんどん出てくるんだよー」 「すごい、すごいぞ! いったいどうなっているのだ!?」 興奮した様子で、アニモフは万国旗の端を両手で捕まえた。それを軽く引っ張ると、やはり万国旗はするするとティーポットの口から途絶えることなく現れる。それを見てその目をさらに輝かせると、アニモフは手に万国旗を掴んだまま駆けだした。 「え、ど、どこ行くの!? ちょっと待ってぇーっ!」 「おおー! はたがどんどんでてくるぞー! どんどんのびるぞーっ!」 アニモフが走れば走るほど、旗はどこまでも伸びていく。サシャはティーカップをひとまずその場に置くと、慌てた様子でアニモフの後を追いかけた。彼女らが追いかけっこを開始してからも、万国旗は延々と伸び続ける。 「この旗、一体どこまで伸びるのーっ!?」 万国旗がどこまで伸びるのか。それを知るにはそれを一度最後まで引っ張ってみればいい。しかし持ち主であるサシャですらそれをしたことがないのだから、その真相を知るものは何処にもいないだろう。とりあえず、追いかけっこ開始から十何分走り続けていても途切れることのない程度の長さがあることは間違いない。 「おおおおお! まだまだのびるのだー!」 「ちょ、これ、こんなに長かったの!?」 そしてその追いかけっこの間に万国旗の両端が露になることはなく、アニモフが引っ張るのに飽きたところで追いかけっこは終了したのだった。 長い時間走り続け、肩で息をしているサシャの様子を伺うように、アニモフが彼女の顔を覗き込んでいる。 「は、はははっ、あー、いっぱい走って、いい汗かいたっ」 「うむ! とってもたのしかったのだ」 手品を見て、追いかけっこをして、とたっぷり遊んだアニモフは、ひつじと間違われたことなどすっかり忘れたかのように上機嫌だった。 「ねぇねぇ、もう一回、なでなでしてもいい?」 アニモフが白くふわふわの頭を縦に振ったのを確認し、サシャはその毛並みをそっと撫で始める。触れば触るほどに柔らかな感触が手に伝わり、思わず頬がゆるんだ。 「ホント、ウールに負けず劣らずの良い毛並みー。……丸刈りにして旦那様のコートに……私の毛糸パンツに……ふふ」 後半に続いた不穏な言葉に和みかけていた場に戦慄が走った、ような気がした。身の危険を感じたアニモフは再び抵抗を開始する。 「!? や、やっぱりはなすのだっ! さーわーるーなーっ!!」 「ご、ごめんごめん! 冗談、冗談だからっ! あ、いたたたたたたっ!!」 ロストレイル車内で、サシャは噛み痕のついた左手を擦りながら窓の外を見ていた。広い原っぱの真ん中で、あの首の長いひつじ、もとい、アルパカアニモフがサシャを見送ろうとするように立っている。 「色々あったけど、楽しかったなぁ。……また、会えるといいな!」 ターミナルを目指し、ロストレイルは動き出した。移動し始める景色に向かって、サシャはあのアニモフに見えるようにと、窓を開けて大きく手を振る。 「でも、やっぱアルパカさんて首が長いひつじに見えるよ……」 風が彼女の呟きを飲み込み、列車はスピードを上げていった。 【完】
このライターへメールを送る