ひつじのような風貌のアニモフ数人が、村の広場にある大きな白銀の針葉樹の周りにたむろっていた。各々じゃれあったり、昨日の出来事を話し合ったり、村の危機にそなえてバリカンを素振りしたりと穏やかな時間を過ごしている中、そのうちの一人は先程からずっと村で一番大きな木を見上げている。やがて、彼はとても良いことを思い出したと言わんばかりに、パッと表情を輝かせた。「くりすます!」 その一言に、その周囲で遊んでいた仲間達がほぼ一斉に彼へ視線を集中させた。何人かはその言葉の意味をまだ理解しきれていないようで、かくん、と首を傾げる。「くります?」「りーます?」「くーりーすーまーすぅーっ!」 そんな仲間達の様子が焦れったかったらしく、始めに声を上げたアニモフは同じ言葉をめいっぱい叫び繰り返した。「ああ、くりすます!」 一人、合点がいったように手を叩いた。同様の動作をする者が徐々に増えていくにつれ、彼らの表情はどんどん明るいものになっていく。「おおーっ! くりすます!」「くーりすますぅーっ!」「「「くりすますー!!!」」」 こうして、ひつじアニモフ達によるクリスマスは始まったのだった。 いつしかこの村に訪れた旅人から聞いたところによると、クリスマスとはパーティをするものなのだそうだ。木に飾りをつけて、おいしい料理を食べて、プレゼントを贈ったりする、それが彼らの持っているクリスマスの情報である。既に彼らは何度か聞いた通りにクリスマスを実行し、それを大いに楽しんでいた。それをまた久しぶりにやろうという訳である。 ひつじアニモフ達は早速、クリスマスの準備を始めていた。「かざりつけ!」 クリスマスツリーとして飾り付けされるのは、村の広場にある大きな白銀の針葉樹だ。飾り付け係に抜擢されたアニモフ達は、飾りに使えそうなものを村のあちこちから集めてきている。「これ! かざるぅーっ!!」 そう言って一人が持ってきたのは、紐で菱形が連なるような変わった縛られ方をされたぬいぐるみ達だった。それは嘗て村の危機を救った伝説の「かめさんしばり」なる縛り方が施されたものである。「かざるかざるー!」 アニモフ達にとってそれは村を救うシンボルであった。よって、その緊縛法の真の意味を知るものからすれば微妙に目のやり場に困るはずのそれを、飾りとして採用するのに反対するものは誰一人としていないのである。 それ以外の飾りというと、村の近くのねんど山から取ってきた色とりどりのねんどで絶賛制作中だ。これから何を作るか、彼らは楽しげに話しあっている。 一方その傍らでは、二人のアニモフがそれぞれバリカンを構えたポーズで睨みあっていた。「かくごーっ」「とりゃあーっ」互いのふわふわの毛を刈りとるべく、二人は同時に飛びかかった。空中で彼らの視線は交差し、バリカンの刃が互いの体に向けられる。二人がまた同時に着地すると、時間差で片方のアニモフの毛のごく一部がふわわんっと宙を舞った。「わーやられたーっ」「わーいかったぁー」 勝ったアニモフはきゃっきゃと喜び、負けた方もまた楽しげに笑っていた。 ツリーにはふわふわした綿の飾り付けが欠かせないらしい。そのために自分達の毛を少しずつ出しあってる訳だが、ある騒動により「たたかう」ことを覚えた彼らは決闘風にその作業を行っているのだ。 モフトピア世界のバリカンは、あくまで毛を刈るためだけに存在している。よって、それが彼らを傷つけることはないのだろう。刈られた分は少し経てばすぐ元通りになるらしく、彼らは嬉々として決闘大会を催していた。 料理担当のアニモフ達は、お菓子や特産品をそれぞれたっぷりと持ち合っていた。 ビスケット、ゼリー、生クリーム、プリン。すごく赤いきのこ、カレー池産のカレー、レインボードリアン、真っ黒ゴーヤ、エトセトラ、エトセトラ。「……もっと、ごーかにしたいねー」「したいねー」「どーしよう?」「おいしいのまぜたら、もっとおいしくなるかも!」「それだーっ!」 アニモフ達はとりあえず、それら全部を一気に鍋に突っ込んでみた。そして、それをそのまま火にかける。「わくわくするねー」「はやくできないかなー」 ひつじアニモフ達のクリスマスパーティの準備は、ひたすら無邪気に、着々と進められていた。* * * クリスマスシーズン。ターミナルはその年に一度のイベントに伴い、様々な催しものによって盛り上がりを見せている。その景色はクリスマスをよく知らない者でも胸を踊らさせられるような、不思議な魅力に満ちていた。「クリスマスじゃの」 そんな楽しげな光景を余所に、世界図書館内某所で湯木はなんの感情もこもらない声色で独り言のように呟いた。実際のところそれは集められたロストナンバー達に向けられたもののようなのだが、その視線は依然として手に持った導きの書に落とされたままである。「モフトピアで、ひつじアニモフ達がクリスマスパーティやるらしいわ」 過去、彼らの住む島に訪れたコンダクターが彼らにクリスマスのことを教えてから、そのパーティは不定期に行われているらしい。不定期、というのは彼らがクリスマスのことを覚えてたり覚えてなかったり時期を勘違いしていたりするせいなのだが、なんと今回彼らは奇跡的にタイミング良くクリスマスのことを思い出したようだ。「ほんで、今はその準備しとるとこなんじゃと」 過去にコンダクターが教えたクリスマスパーティの準備、というのはもちろんクリスマスツリーの飾り付けだったりご馳走を作ったりプレゼントを用意したりという、壱番世界で定番のものを想像して相違ないだろう。「お前らは、調査がてらそれ手伝っちゃれ」 本来モフトピアになかった文化がアニモフ達の手によって如何に変化しているのか、それを調査するというのが今回の名目である。しかしながら、ひつじアニモフ達のクリスマスに混ぜて貰うという内容はハッキリ言ってただの観光旅行以外の何ものでもない。準備を手伝った後は、無論ロストナンバー達もパーティに参加し、ひつじアニモフ達と共に大いに盛り上がることとなるだろう。 湯木は導きの書から目を離すと、無表情のまま軽く首を傾げた。「しかし、モフトピアのクリスマスっちゅうのは思うたより、激しそうじゃの」 クリスマスツリーに吊るされる亀甲縛り人形、飾り用の綿を得るための毛刈り対決、パーティ用の料理は完全に直感勝負だ。唯一モフトピアに相応しい平和さを保っているのはプレゼントだろうか。「まあ、モフトピアに危険はないじゃろうし、細かいこたァ気にせず楽しんでくりゃえかろ。……ほうじゃ、お前らの滞在期間中、あっちァずっと夜だそうじゃ。灯はえっとあるじゃろうから、問題はないたァ思うが」 ひつじアニモフ達が住む島は、夜と昼の入れ替わりが一週間ごとになっている。当分の間ずっと夜、という状態はクリスマスパーティには相応しい条件とも言えるかもしれない。 湯木はチケットを四枚ロストナンバー達に手渡すと、ポケットからサンタを模った棒キャンディーを取り出し、ビニールをはがしてそれを口に含んだ。「クリスマスの御馳走、ええのォ。……腹減った」 これから現地へ赴くロストナンバー達が本当に羨ましがられるような御馳走を味わえるか否か、それはまだ誰にも分からない。
「ふ、まさかまたこの地に足を踏み入れることになるとはな……」 オルグ・ラルヴァローグはどこか感慨深げに呟いた。以前この地で引き起こされた事件、彼の同族とも言える種のロストナンバーが辿った悲劇の記憶が呼び起こされているのだろうか。オルグの背は妙に感慨深げであり、どこか哀愁のようなものも漂っていた。 「よ、オ~ルグ。あんたアニモフに毛刈られたんだってな…生えたか?」 そんな彼の内心を知ってか知らずか、坂上健は親しげな笑みを浮かべながらその肩を叩く。 「おお、健か。……毛な、毛は生えたぜ。もうすっかり元通りだ。……ただ、さっきから微妙に思い出したくない記憶がやたら呼び起こされてきやがる」 「な、なんだよ。そんなに大変なとこなのか、ここ。モフトピアだろ? しかも今回はただのパーティ準備の手伝いだし」 クリスマスパーティの準備、その言葉から危険な香りなど微塵もしない。それどころか平和なモフトピアでのパーティとくれば、むしろ賑やかで楽しいものになると、冒険者ならば誰もが想像できるだろう。 「えへへ、モフトピアでクリスマスかー、楽しみだなぁ!」 現に彼らの傍らで、サシャ・エルガシャは既に行く先に見えているアニモフ達の村に、これから繰り広げられるであろう楽しい一時への期待で目を輝かせていた。 「へェーっ? クリスマスってのはそんな楽しいモンかィ?」 「うんっ、楽しいよーだってクリスマスだもん!」 クリスマスにまったく馴染みがないらしいジャック・ハートは、はしゃいだサシャの様子に少なからずこの後のイベントへの期待を煽られているようである。 「そういえば、そっちのお2人さんときちんと挨拶すんのは初めてだよな? 俺は坂上健、宜しくな」 「あ、うん! ワタシはサシャ・エルガシャだよ、こちらこそ宜しくねぇ」 「俺サマはジャック・ハート! 宜しくなァ、ヒャヒャヒャヒャヒャ」 「サシャにジャックか、オレはオルグ・ラルヴァローグだ。宜しくな」 互いに挨拶を交わしたロストナンバー達は、アニモフの村へ向かって移動を開始する。 歩く度、健の背負った巨大なリュックサックからはガチャガチャと物同士がぶつかるような音が漏れだす。手に持ったクーラーボックスといい、一人で運ぶには相当な量の荷物だった。 「えっと、坂上様。荷物、重くない? 一つ持とっか」 「ああ、いいよいいよ大丈夫だって」 そのあまりの大荷物にサシャは手伝いを申し出るが、健はその重量をまったく意に介していないように笑ってみせた。 「荷物持って歩くだけなら50kgくらい普通にいけるだろ」 「いや普通にいける量か、それ?」 オルグによってすかさずツッコミが入る。そうして和やかな会話を交わしながら、彼らはようやくひつじアニモフ達の村の入り口に辿りついた。 すると早速、絵本に出てくるような赤い屋根の家の陰から白くふわふわした毛の塊がロストナンバー達の前に姿を表す。 「あーっ! たびびとさんだぁーっ!!」 ひつじアニモフは四人の姿を見とめるとまんまるの目をキラキラ輝かせて声をあげる。他のひつじアニモフ達もその声を聞きつけ、彼らの周りに一気に集まってきた。 「わーい! たびびとさんだー!」 「ようこそぉーっ!」 「こっち! こっちきてー! いっしょにかざりつけよー!」 「だめーっ! こっちでおりょうりするのぉーっ!」 ロストナンバー達を取り囲み、早速あれやこれやと言いながら彼らの腕や服の裾を引っ張って広場の方へ連れて行こうとするひつじアニモフ達の姿はなんとも微笑ましいものだ。 「そうだよな。健の言うとおり、今回はただのクリスマスの準備だって話だし、前みたくトンデモネェことにゃなってねぇよな」 「そりゃそうだって。モフトピアでとんでもねぇことなんて、そう起こるもんじゃないんだし」 胸を撫で下ろすオルグの背を健が軽く叩く。ジャックとサシャはすでにアニモフ達と共に広場へと向かっていた。それに遅れまいと、オルグと健もひつじアニモフ達に引っ張られたり押されたりしながら先を急ぐ。 そしてようやくロストナンバー達は、白銀に輝く巨大な針葉樹の聳える広場へと、これからクリスマスの楽しい時間を過ごすことになるであろう広場へと、辿りつく。 「前言撤回……トンデモネェことになってやがった……!!」 広場へ辿りつき、オルグの口から真っ先に吐き出された言葉がそれだった。同時にやってきた健も、その光景に唖然とした様子で立ちつくしている。 「……なんだ、この異空間」 彼らの目に飛び込んできたのは、まず村のシンボルとも言えるだろう白い針葉樹――に飾られつつある「かめさんしばり」が施された人形達だった。その傍らではその「かめさんしばり人形」をせっせと生産しているひつじアニモフ達が。他に見えるのは何故かバリカンで決闘しあうひつじ達、様々な食材を運ぶひつじ達だ。 「お、お前らいったい何飾ってんだよ?」 自分の頬に、一筋の冷たい汗が流れるのを感じながら尋ねる健に対し、ひつじアニモフ達は悪びれる様子もなく元気いっぱいに答える。 「んっとね、し、し、しー……しんぼる! なの!」 「そう! むらのね、しんぼる!」 「おいおいおい! な、なんで俺の同族が受けたあの縛りが村のシンボルになんてなってやがんだ!?」 オルグの脳裏に、あの世にも恐ろしい光景が蘇る。丁度現在絶賛大量生産中のかめさんしばり人形とまったく同じような感じに緊縛を施された同族の姿。そしてそれに迫るもふもふしたひつじ達と、舞い散る同族の毛。 「かめさんしばりはむらをすくうんだよ!」 「だよー!」 えっへん、と胸を張るひつじアニモフ達の可愛さに和むような余裕はもはやオルグにはない。一目散にかめさんしばり人形製造ラインを停止させるべく駆けだしたのだった。 「待てそんなもん飾るな、健全な旅人が来たらお前等ヘンな誤解受けるぞ!? 詳細は知らねぇけどその縛りからはそんな予感がぷんぷんしやがんだだからストップだストオオオオオオップ!」 「あ、ちょっと俺置いてくなよ! 一人クリスマス反対!!」 オルグを追い、健も広場の奥へ走りだした。その背には相変わらず大きなリュックサック、手にはクーラーボックス。そこに何人かのアニモフがぶら下がったり乗っかったりしていることには、おそらく彼は気づいていないだろう。 「まってぇーぼくも、ぼくもー」 「まってー」 「ほらーてにつかまってー」 「クッセェ場所だゼ。クリスマスってのは随分クセェ祭りなんだな」 「うーん、なんでこんなに臭うんだろうねぇ?」 先に到着していたジャックとサシャは、どこかから漂ってくる異臭を気にしながら、針葉樹の周辺を見て回っている。今は丁度、ひつじアニモフ達の小さな手で飾り付け用の人形に紐で菱形を連ならせる特殊な縛りを施す工程が行われている場所に通りかかったところだ。 「……随分無駄っ臭い縛り方してある人形だなァ、オイ? 拘束するなら後ろ手に縛るだけの方がロープに無駄がないと思うンだが……祝いモンってェのは、こんなモンなのか?」 「それはッ……違う!!! なんて言うかそれは根本的に色々間違ってんだ!!」 「あ、オルグ様遅かったねぇ」 広場の入り口から全速力でここまで走ってきたオルグは、息つく暇もなくかめさんしばり製造スペースにいるひつじアニモフの一人を両手で持ち上げる。持ちあげられたアニモフの手には、出来上がったばかりのかめさんしばり人形があった。アニモフはにっこりと笑ってそれをオルグの眼前につきだしてみせる。 「みてー! これじょーずにできたのー!」 「……」 そのあまりにも悪意のない笑顔に、オルグは脱力したように肩をがっくりと落とした。そこへ先程置いていかれた健がようやく追い付いてくる。 「おーい、待てって言ってんだろー仲間外れなんてゴメンだぜ」 「ヒャヒャヒャ、お前なんだソレ! 変わったデコレーションされてんじゃねェか」 「え?」 「わーたかーい!」 「おさないでーおちるぅー」 健の背負ってきたリュックの上には、いつのまにか何人ものひつじアニモフ達が乗っかってきていた。白いもふもふが群がっているその様は小さな雪山のようである。また、クーラーボックスの方にも何匹かがぶらさがっていた。 「おお!? いつの間に! どおりでさっきより重いと思ってたぜ」 「そういえば訊き忘れてたけど、その大きい荷物は中に何が入ってるの?」 リュックの上に乗ったアニモフ達を順に抱き上げて地面に降ろしながら、サシャは首を傾げる。 「ああ、アニモフたちにクリスマスケーキ作る楽しさ教えてやろうかと思ってさ? スポンジさえ準備してあれば、後は遊びと大差ないしな」 リュック上にアニモフ達がいなくなったところで健はリュックを背中から降ろし、中を開けてみせる。そこには市販のケーキ用スポンジ十個の他、果物やチョコペンなどのデコレーション用の食材や携帯調理道具一式などが収まっているようだ。 「わーなにこれー」 「あそびー? これあそぶものー?」 好奇心旺盛なひつじアニモフ達は早速それらを興味深げに覗きこんでいる。 「生クリームはクーラーボックスに入ってるぜ。これで美味しいケーキ作ろうな」 「ケーキ!」 「ケーキだー!」 「「わーいっ」」 アニモフ達が大いに盛り上がる中、オルグはひとまず落ち着きを取り戻したもののまだ訝しげな表情で周囲に視線を巡らせていた。 「……それはいいとして、さっきから妙に臭うな」 彼が気にしていたのは、先程からずっとこの場に立ちこめている臭気だった。 「そうなんだよねぇ、これって何の臭いなんだろ?」 そのときサシャの足元を通り過ぎたのは、納豆をたっぷりと皿にのせて移動するアニモフだった。彼の姿をずっと目で追っていくと、アニモフが何十人は入れるであろう大きさの鍋が火にくべられているのが見えた。これまた大きな台の上で、三人がかりで棒で中をかき交ぜているアニモフ達に、運ばれてきた納豆が渡され、それはそのまま鍋へ放り込まれる。 「って、うおぉぉぉい待てぇぇぇぇ!! お前らいったい何作ってんだ何作ろうとしてんだおいぃいいいいっ!?」 「ごちそーつくるのー」 「つくってるのー」 改めてその「ごちそー」とやらの惨状を確認するため、ロストナンバー達はその鍋の周りに集まって中を覗き込んだ。 「みんなのすきなの、いーっぱい! いれるのー!」 「いや待てちょっと待て、好きなもん全部混ぜても美味いもんにはならないからっ」 健の表情は引き攣っていた。いや、表情が引き攣っていたのは彼だけではない。その場にいたロストナンバー四人共が、その鍋の中の恐ろしい光景になんとも言えない危機感の混じったような表情を浮かべていたのだ。 「さすがにコリャ喰いモンのレベルじゃないだろ、ヲイヲイヲイ」 鍋の中、今まで入れられた食材の色彩が混ざりあい、マーブルに近い色の液体に擦り潰れた食材らしいぶつぶつや擦り潰れきれなかった破片的なものが浮かんでいた。先程から漂っていた臭気は、そこから立ち上っていたものだったのである。 「これ、味見とか……しながらやってるか? 絶対やってねぇだろ!?」 「あじみー? あじみってなーにー?」 「なにー? なになにー?」 オルグの言葉にアニモフ達は一斉に首を傾げる。味見という単語を初めて聞いたらしいことは、その反応だけで誰にでも充分伝わってくるだろう。 「ど、どうしよう……この料理、本当に食べられるのかなぁ?」 鍋に背を向け、なるべくアニモフ達には聞こえないようにサシャは他の仲間達にカオス鍋への対処を問うた。 「俺ァあんな料理喰うのはパスだゼ? つうか致死レベルだろ、致死レベル」 ジャックは絶対に食べてたまるかといった勢いで拒否する。彼らの意見は一致していた。どうにかしてあの料理を食べずに済むようにしなければならない。でなければ、平和で危険のないはずのモフトピアで地獄を見るはめになってしまう。 「そうだ! ひつじさん達の注意を他に反らして、その隙に違う料理にすり変えちゃうっていうのはどうかな」 幸い、食材は広場の端の方に大量に積んであった。それを使えば、ある程度まともなものが作れるはずだ。 「ちょうどケーキ作りセットもあるしな! 携帯調理具もあるし……あとはどうやって気を反らせるか、か」 「分ぁかったヨ、俺がPK全開でアニモフどもと遊んでくッから、その隙に美味いモン作り直してくれヨ?」 ジャックはニヤリと嗤い、踵を返す。すでに何人かのひつじアニモフが、ひそひそ話をする客人達を不思議そうに見つめ寄ってきていたのだ。 「じゃあ、俺は飾り付けの方で気を惹いてみるか。……いろいろと修正したいところもあるしな」 オルグは足元まで迫った二匹のアニモフを両腕で抱き上げ、そのまま先程のかめさんしばり人形生産現場の方に足を向けた。 「よーし、じゃあワタシは料理班やろうかな!」 「お、そんじゃケーキ作りも一緒にやろうぜ」 こうして彼らのパーティ準備大作戦は開始されたのだった。 「オーイ、今からイイモン見せてやるゼ? 料理よりもこっち来ナ」 ジャックのその言葉を聞いて、いったい何人のひつじアニモフが好奇心を完全に抑えてクリスマスの準備に勤しむことができただろうか。いいものを見るのと、大鍋を延々とかき回すの、どっちが楽しいかは一目瞭然である。鍋の周辺にいたアニモフ達は「なにー?」「なにやるのー?」などと騒ぎながら、あっという間に持ち場を離れていった。それでも皆のために、と始めは我慢していた者達も、皆が行ってしまうとどうしてもそちらが気になってしまう。その衝動を我慢することなんて、おやつを目の前に置かれて「食べちゃダメ!」と言われているようなものである。 「まってぇー、わたしもいくぅー」 「まってー」 かくして、一言声をかけただけでジャックの周りにはもふもふの人だかりが完成したのであった。 「大分集まったな……よーく見てろヨ」 ジャックはおもむろにもふもふアニモフ集団の中の一人を軽く指差した。指を差されて落ち着かない様子できょろきょろする一人のアニモフを余所に、ジャックの黒髪がみるみるうちに青銀色に染まっていき、緑の瞳もまた紫へとその色を変貌させていく。その姿にアニモフ達が「おおーっ」と感嘆の声をあげていると、先程指差されていたアニモフが急にふわりと空中に浮かびあがった。 「わああああああっ! ういたーっ!」 「とんでるっ」 「とんでるぅーっ! すごーいっ!」 「ヒャーヒャヒャヒャ、アーラ不思議、タネも仕掛けもございませんッてな? 見えなくてもここにゃ遊園地があるんだゼ……俺サマ特製の、ジェットコースターやらメリーゴーランドやらがヨ?」 ジャックのその台詞を証明してみせるように、一度宙に浮いたアニモフはそのままくるくると回りながら、さらにその高度を上げる。それから本当にそこにジェットコースターがあるかのように勢いをつけて空中を滑り降り、地面に着地した。 「うわーっ! すごーいっ! すごおーいっ! もっかいー! もっかいやってぇー!」 「ずるーい! ぼくもやってー!」 「わたしもー!」 「ぼくもー!」 ひつじアニモフ達は興奮を抑えきれず、ジャックの足元に殺到した。作戦成功、と言わんばかりにジャックは不敵な笑みを浮かべる。 「あー、分かった分かった。焦らなくても、片っ端から飛ばしてやるゼ」 幾人ものひつじアニモフ達が空中を飛び交い、円を描くようにくるくる回ったりしているさまは、なんとも楽しそうである。その遊びに夢中になるアニモフ達が、こっそりとジャックのPKによって大鍋の中身が処分されつつあることなど、気づくことなどあるはずもなかった。 一方その頃、オルグはかめさんしばり人形の製造を決死の説得によりなんとか一時停止させることに成功していた。 「いいか? ツリーにはなぁ、スティック状のキャンディとか林檎とか、こんぺいとうなんかを飾っとけばいいんだよ」 「キャンディー!」 「りんごー」 「こんぺーとー?」 オルグのあげた例を復唱しつつ、ひつじアニモフ達は粘土を使ってどうにかそれらのぶつを制作し始める。 「そうそう、そういう平和な感じのものでいいんだよ。スノーマンとか、赤いブーツとか……」 「すのーまーん!」 「ぶーつ、ぶーつぅー」 不器用なアニモフ達の手によって作られたためいくらか不格好ではあるが、ようやくそれらしい飾りが出来上がりつつあった。ツリーに下げるための紐をつけるときも、彼らが紐を持った瞬間にオルグから「かめさんしばりは禁止」の命令が下されたため、飾り付けはどんどんスムーズに進行していく。 「クリスマスディナーかー。やっぱり七面鳥がなきゃ始まらないよね! ねぇねぇ、この辺に七面鳥アニモフさんって住んでる?」 「え、ちょっと待てそれ聞いてどうする気だ!?」 サシャの質問に素直に答えようとするアニモフ達よりも先に健の鋭いツッコミが決まった。 「え、それはもう羽を毟って丸焼きに……」 「だめーっ!」 「だーめーっ! かわいそうなのだめーっ!」 決死の形相をしたひつじアニモフ達がサシャの足元に突撃する。あまりに恐ろしい言葉を聞いたせいか、突撃してくる彼らの目からはちょっぴり涙が溢れそうになっていた。 「あっ、ちょっと痛い痛いごめん冗談だって~!」 そうしてサシャとひつじアニモフの追いかけっこが始まった中でも、ケーキの準備は着々と進んでいる。 「よし、じゃあ皆好きな果物を一人三個ずつ持ってきてくれ。匂いはあんまりないのが良いな」 「「はーいっ」」 「……!!」 ほとんどのひつじアニモフが手を振り上げて、素直で気持ちいい返事をした。約一名、レインボーに輝くドリアンを持ったアニモフがショックを受けたような表情をしていたのは見なかったことにするべきか。 そうしてブドウや苺、バナナやスターフルーツなど、様々な果物が持ち寄られ、いよいよケーキ作りが開始される。 「まずはスポンジを横切りして、クリーム塗って……っと、じゃあどの果物からのせるかな」 「いちごーっ! いちごぉーっ」 「ぱぱいやー」 「ばーななっばーななっ」 どんなケーキにしようかとアニモフ達が盛り上がる中、ようやく追いかけっこを終えたサシャがケーキ作り会場へと戻ってくる。 「わあっ! なんだか素敵なケーキができそう! それに、皆楽しそうだねぇ」 「子どもの頃、親と一緒にクリスマスケーキ作ったのがすっげぇ楽しかったからさ、アニモフにもそういうの教えてやりたかったんだよな」 「ねーねー、このちゃいろとかしろのぺんはー? いつつかうのー? もうつかっていーいー?」 「それはまだまだだって!」と苦笑しながらストップをかける健の姿は、なるほどなんとなく子どもの面倒をみる保護者そのものだ。サシャはそんな温かい光景にくすりと小さく笑うと、「よし、ワタシも!」と気合を入れて食材の物色に向かうのだった。 クリスマスツリーの飾り付けは順調に進み、白銀の大きな針葉樹は少し不細工な形の林檎やキャンディーなどの飾りによって、美しさや洗練という言葉からはかけ離れながらも素朴な賑やかさを見せている。 「やっとここまで来たな。じゃあいよいよ仕上げだ」 「しあげー?」 「なにー?」 オルグは先程まで数人のアニモフ達と一緒に作っていた星型の飾りを指差す。素直に視線をそちらへ向けるアニモフ達に言って聞かせてやるように、オルグは手ぶりを含めながら説明した。 「ツリーのてっぺんには、一際大きな星の飾りを付けるんだ」 「おおーっ! かざるっ!」 そうして早速、アニモフ達は梯子を登って針葉樹の頂上にその大きな星飾りを運んでいった。てっぺんの枝先に星飾りを被せ、落ちないようにそれをロープで、厳重に「縛って」、固定する。 「……って、待てぇっ! どさくさに紛れてそこでかめさんしばりするなっ!! 村のシンボルなのは分かったからやめろぉおおおおおっ!!!」 そんな絶叫が響く傍ら、ジャックは手近な切り株に腰掛けてエアー遊園地ごっこを継続していた。 「もっかいー、もっと、もっとー」 「もっとー」 元気いっぱいにジェットコースターのおかわりを要求するアニモフ達に対し、ジャックの表情は始めより幾分疲労の色が見えている。 「3時間全開だとさすがの俺サマでもバテてきやがる…まだかヨ、ヲイ」 「おー、お疲れ。こっちはなんとか終わったぜ」 健が指す方向、広場の中央に用意された大テーブルにはちょうど完成したばかりのケーキ達が運ばれつつあった。 「こっちもできたよー」 サシャがアニモフ達と一緒に鍋を運んでいる。そこから漂う臭いは始めのような異臭などではなく、多くの者に馴染みのあるであろうスパイシーな香りだった。 「この臭いは……カレーか?」 「うん。なんか近くにカレーの池があって、そこでいっぱい取れるんだって! そこに魚とか色々入れてみたんだぁ」 「ヨーシ、じゃあ遊園地はもうこれで閉園だ閉園! お前らあっち手伝ってこい」 「えー、おしまいー?」 「じゃあー、りょうりはこぼー」 「はこぶー」 「……あれー? おっきいなべ、からっぽだよ?」 遊園地ごっこをしていたアニモフ達があの大鍋を覗き込んでは首を傾げている。 「……お前らの作ったモノ、サンタに渡して来たんだヨ……もっと精進しろだとサ」 そう言い聞かせるジャックの目は完全に明後日の方向に泳いでいる。とはいえ、それを気にして邪推するような者は純粋なアニモフ達の中にはまったくいないようで、その言葉だけで納得して「サンタさんたべたってー!」「よーし、つぎはもーっとおいしいのつくろうねー」とまたはしゃいでいた。 「お、料理の方はどうにか解決したんだな」 ツリーの飾り付けを終え、オルグも飾り付け班のひつじ達を引き連れて戻ってくる。 「おう、オルグもお疲れさん! なかなかいい感じのツリーになったじゃん。……あー、てっぺんの星は……」 「……あれは……、もう気にするな……」 健の見た先、ツリーの頂上には見事なかめさんしばりの施された星が輝いていた。 料理道具などの後片付けが進む傍で、サシャは幾人かのひつじアニモフ達を集めて「ここだけの話ね、」とお喋りをしている。 「クリスマスってね、いい子にはサンタさんがプレゼントをくれるけど、悪い子はサタンに丸刈りにされちゃうんだよ。サタンのバリカンは特別製で、それで剃られると二度と毛が生えてこないの」 「こわーいっ!!」 「やだー! やだやだー! いいこにするー!」 「こわいよー」 「ふふ、大丈夫だよ! ちゃんと退治する方法があるんだから。それはねー、」 対処法を吹き込もうとしたところで、とりわけ用の食器を運ぶオルグがそこへかかる。 「……おーい、何アニモフに変なこと吹き込んでるんだ?」 「あっ、はははー、吹き込んでないよ、ちょっとお話してただけなんだから!」 それから急いで一人のアニモフにサタンの退治法について耳打ちすると、サシャは急いで食器運びの作業へ戻った。 「ねー、さっきさしゃさんにきいたんだけどねー、」 「なにー? なんのはなしー?」 「なになにー?」 そうして、いくらかの遠回りを経てアニモフ達のパーティの準備は完了し、いよいよパーティは始まった。 まずはカレーを食べて、クリスマスのうたを歌って、皆で作ったケーキを食べて……楽しい時間はどんどん過ぎていく。 「あれー? さしゃさんいないよー?」 アニモフの一人がそう呟いたのはパーティが始まってからどれ程経った頃だったか。確かに先程まで皆と一緒に席に座ってパーティを楽しんでいたはずのサシャがいなくなっていた。 一斉にきょろきょろし始めるアニモフ一同。無論他のロストナンバー三人も、周囲を見回して彼女の姿を探す。 「「「きゃーっ!!!」」」 アニモフ達の甲高い悲鳴が上がったのは、そんな最中のことである。見ると、彼らの背後に真黒いマントを羽織りホッケーマスクを装着しバリカンを手にした人物が立っていた。 「しゅこー……しゅこー……メリー毛刈りマス……メリー血染めマス……」 「「「サタンだあああああああっ!!」」」 アニモフ達は蟻の子を散らすようにバラバラの方向へ逃げ出す。 「ヲイ、あれってヨ……」 「ああ。そうだろうな……」 パニックに陥るアニモフ達に対し、ロストナンバー達は妙に冷静だった。一人いなくなって、一人増えたのならつまりはそういうこと、というわけだ。 「さ、サタンめーかくごぉー!」 その騒ぎの中、一人のアニモフがサタンの前に立ちふさがる。その手には、サタンを倒すための道具がしっかりと握られていた。 「って!! あいつ何吹き込んでやがんだぁあああ!? なんでよりにもよって蝋燭と鞭なんだよ! そしてせめてかめさんしばりの人形は置いてこいよぉおおっ!!!」 オルグのツッコミは的確だった。彼の右手には牧畜用の鞭、左手には蝋燭。そして背に負うは村を守るかめさんしばり人形――アニモフの装備は色んな意味で完璧だった。 「えーいっ! これでどうだ、これでどうだーっ!」 「がんばれー!」 「そこだー! あとちょっとー!」 そして、それらを持った両手でサタンをぽかぽか叩き始めた。周辺のアニモフ達からは精一杯の応援の声が上がっている。 「うわーっ、やーらーれーたー! 覚えてろー!!」 わざとらしい悲鳴をあげて去っていくサタン。その姿を見届けると、アニモフ達からは勝利を祝う歓喜の声が口々に上がった。 サタン騒動の数分後に何事もなかったように戻ってきたサシャに、アニモフ達は自分達の活躍を楽しげに、大いに語っていた。そしてまた再びアニモフ達の歌や踊りの披露が再開される。 そうしているうちに時は過ぎていき、気がつけばロストナンバー達には帰路につかなければならない時間が迫っていた。 「えっと、またきてね! ぜったいだよ!」 「ぜったいー!」 「まってー! これ、プレゼント! クリスマス、プレゼントー!」 アニモフ達からロストナンバー達に手渡されたのは、毛糸で編まれた、素朴な柄のマフラーだった。 「ああ、そうだ。ドタバタしすぎて忘れてたが、コレ、俺からもプレゼントな」 オルグはアニモフと視線を合わせるようにして、包装された箱状のプレゼントを差し出す。中に入っているのは竜の牙で作られた御守りだ。アニモフ達は笑顔で口々に御礼を言う。 「私からも! これ、クリスマスプディングだよ。中に入ってる小物で運勢を占うの」 サシャも同じようにして、プレゼントをアニモフに手渡す。アニモフ達の喜んでいる姿は見ているだけでも心が温まる光景だった。 「えへへ、こんな賑やかで楽しいクリスマス久しぶりだったなぁ……」 サシャは心の中で、「ワタシは元気でやってるから心配しないでね、旦那さま」と言葉を続ける。その想いは、聖夜の奇跡で主の元に届くだろうか。少なくとも彼女は、その奇跡が起こることをそっと祈っていた。 こうして、ひつじアニモフ達の島での騒がしいクリスマスは過ぎていったのだ。後に、村の祭壇に新たな村を守るシンボルとしてかめさんしばり人形と一緒に鞭と蝋燭が供えられるようになったことは、また別の話である。 【完】
このライターへメールを送る