イラスト/虎目石(ibpc2223)
モフトピアの駅の周辺には、旅人の訪問を心待ちにするアニモフ達が集っていた。あちらこちらの浮島からやってきたアニモフ達がきゃっきゃと遊んでいるのを、モフトピアに到着したばかりの相沢優はにこにこと楽しげに見渡す。 「ほら、しだり! あれがアニモフだ。みんな仲良さそうにしてるだろ?」 初めて訪れたモフトピアの光景を観察していたしだりは、優に示された方を興味深げに見た。 「いいところだろ? ここはみんながみんなに優しいんだ」 「みんなが、みんなに優しい……」 優の台詞を反芻しながら、先日宿屋で優がモフトピアを指して言っていた「優しい世界」という言葉がしだりの脳裏に蘇る。 「ああーっ! たびびとさんだー!」 「ほんとだー!」 「わーい、たびびとさーん!!」 そこへ、彼らの存在に気づいたらしいアニモフ達が駆け寄ってきた。うさぎや猫、犬や羊などのアニモフにわらわらと群がられ、優の顔は自然と綻ぶ。 「こんにちは。ほら、しだりも」 「え、……こん、にちは」 突然に多数の元気のいいアニモフ達に取り囲まれ、しだりはとまどいながら挨拶する。 「こんにちはー!」 「にちはー!」 「ねーねーあそぼー、たびびとさんもいっしょにあそぼー?」 かけっこしようかくれんぼしようボールあそびしようと口々に遊びに誘うアニモフ達に警戒心など微塵も見られない。その様子を呆と眺めるしだりの肩に手を置き、優は「な?」と笑いかける。 「ようし、じゃー鬼ごっこでもするか!」 「するー!」 ちょろちょろと逃げ回るアニモフ達を捕まえようと走る優を、しだりは少し離れたところにしゃがんで眺めていた。その周りではすでに捕まってしまったアニモフ達が鬼ごっこの応援をしている。 「がんばれーみんながんばれー!」 「わーっ! つかまっちゃう!」 「ゆうー、うしろー! うしろ-!」 きゃっきゃと騒ぐ彼らに、しだりはゆっくりと順番に目線を送る。すると、その中に一人他のアニモフと形の異なる者が混ざっているのを見つけた。 「みえなーい! みーえーなーいー!」 ヘビ型のアニモフだった。他のアニモフ達の後ろで体を伸ばして、どうにか鬼ごっこを観戦しようとしているらしい。他のアニモフのように両足で立つことができず、苦労しているのがよく分かる。そこへ、別のアニモフがやってきてヘビアニモフに声をかけた。 「ぼくがだっこしよっか?」 「うん!」 声をかけたのはカエルによく似た外見のアニモフだ。しゃがんでヘビアニモフを両手で抱える。それからヘビアニモフを一生懸命持ち上げて立ちあがった。 「みえる?」 「みえるー! ありがとう!」 嬉しそうにヘビアニモフは尾をパタパタと揺らす。一連のやりとりを、しだりは幾らか驚いたような表情で見ていた。 本来、蛇は蛙を捕食するものであって、蛙にとっては天敵以外の何ものでもない。しかし、この世界に住むアニモフ達にとっては違うらしい。 「いやー、思ったよりハードだったな。みんなすばしっこくて」 ちょこまかと逃げ回っていたアニモフ達を全員捕獲したらしい優が、両脇にアニモフを抱えて戻ってきた。 「ゆうすごーい!」 「すごーい!」 捕まったアニモフ達も応援していたアニモフ達も、みんな両手をもふもふ叩いて優の活躍を讃えた。しだりも立ちあがって、「お疲れさま」と声をかける。優はそれらに照れるように笑いながら応えた。 「もーいっかい、もーいっかいやろー!」 わいわいとアニモフ達が鬼ごっこの再戦をねだる。どうしようか、と優はしだりに問うような視線を送った。それを受け、しだりは困ったように首を捻る。 「ごめん! ぼくたち、そろそろいかなきゃ」 「いかなきゃ!」 再戦モードで盛り上がる熱気の中、そう声をあげたのはカエルアニモフ達とヘビアニモフ達のグループだった。 「ん? なんだ、これから用事なのか?」 「ぼーけんのとちゅーなの!」 「……冒険?」 しだりが小さく呟くと、カエルアニモフがくるりと振り返って大きく頷いた。 「ぼーけん! おまつりにつかう、おはなさがすの!」 「あっちのうきしまにね、あるんだよ!」 楽しそうに目をキラキラさせながら、カエルアニモフ達が身振り手振りを交えて一生懸命しだりに説明する。 常ならば、しだりは蛙からは恐れられ避けられるものだが、彼らがしだりに怯えるような素振りはまったくない。むしろ、初めて会って数刻と経っていないのに非常に友好的な笑顔を見せていた。 説明によると、ヘビアニモフの村とカエルアニモフの村が今度共同でお祭りをやるらしい。そのお祭りに、この先の浮島にだけ咲く花が必要なのだそうだ。その行く途中でうっかり鬼ごっこに混ざりたくなって寄り道しちゃった、という辺りがいかにもアニモフらしい。 「へえ、それは楽しそうだな! な、俺達も一緒に行ってもいいか?」 「いいよーっ! いっしょにいこ!」 「わーいっ、ゆうとしだりといっしょー!」 「いっしょー!」 ヘビ&カエルアニモフ達は同行者が増えるのを歓迎する。いいよな? と優はしだりに問うた。しだりはこくりと頷いてみせる。 「いいよ。しだりは構わない」 「そうこなくっちゃな。じゃ、花を求めてしゅっぱーつ!!」 「しゅっぱーつ!」 カエルアニモフ達はぴょこぴょこと元気よく跳ねるようにして優達の先を歩いている。カエルアニモフほど早く歩けないヘビアニモフをそれぞれ抱っこしたりおんぶしたりしている様子はなんとも微笑ましい。あれから何人かのうさぎアニモフやねこアニモフなどもついてきたため、見た目になんとも賑やかな一団となっていた。 「あっちだよー!」 「かわわたるの、かわ!」 「川か、それって泳いで渡るのか?」 「ちがうよー」 優の問いに、カエルアニモフとヘビアニモフ達が口々に否定する。 「おふねのるの!」 「舟……それは、おまえ達の舟なの?」 彼らが所持している舟だとしたら、急遽増えた人員全員が乗れるとは限らない。ふとそう考えたしだりが問うと、アニモフ達は首を左右に振る。 「ううん、みんなのふねなの!」 「……みんなの、舟?」 特定の誰かの所有物ではないらしい。「みんなでつかうんだよ」とカエルアニモフの頭に自分の頭をのっけているヘビアニモフが笑顔で言った。 「へー、それってどんな舟なんだ?」 「もーすぐみえるよ」 「ほら、あれ!」 ヘビアニモフが尻尾で指した先に、大きな川があった。ただの川ではない。その先に見える別の浮島まで、キラキラ輝きながら橋のように長く伸びた川だ。空中にあってもなおその流れを途絶えさせず、ガラスのアーチのように島と島を繋いでいる。 「これは、すごいな……」 優は感嘆した様子で、すっかり水の橋に視線を奪われていた。しだりもモフトピアという世界の光景に興味を惹かれているらしく、水の橋の周辺の景色にも視線を巡らせている。 「あれがふねだよ!」 指した先にあったのは、大きすぎるほど大きな木だった。それはとてつもない大きさではあったが、かといってその周りに舟らしいものは何もない。 「あのきの、みにのるんだよ」 口々に説明するのを聞くところによると、あの木には巨大で平らな浮き袋のような実がなるのだそうだ。この場にいる全員が乗れるほどの大きさのものもあるらしい。 「でも、こんなでかい木になるって……どうやって採るんだ? のぼるのキツそうだぜ?」 「おちてるのさがせばいいよー」 さっそくアニモフ達は巨木の麓へと駆けていく。優としだりも彼らに続き、「舟の実」を探し始めた。 アニモフより大きい葉っぱが木の根元の原っぱを埋めている。その中には確かに大きな浮き袋のような赤い実がいくつか落ちているようだ。 「んー、これだとちょっと小さいよな」 優はその中の一つを覗き込むようにしゃがむ。優の言うとおり、それは木の実にしては確かに大きいが、アニモフ二人乗りがせいぜいといったサイズのものだ。 「おっきなのないねー」 「あっちもさがそ!」 しだりも首を巡らせながら付近を捜索していた。全員乗れるほどとはいかなくても、アニモフ数人なら乗れそうなサイズの物はその辺にいくつも落ちている。少なくとも、はじめのカエルアニモフ達とヘビアニモフ達だけなら充分乗れそうなものが。 「……一人ずつ乗っていくのはいけないの?」 「!!!」 しだりがすぐ傍にいたカエルアニモフに尋ねると、彼は気づかなかったと言わんばかりに目を丸くする。全員が乗れるサイズに拘っていたというよりは、単純に気づいていなかったらしい。カエルアニモフは少しオロオロしたような素振りから、一生懸命考えるようなポーズをし、やっとなにかいいことを思いついたような笑顔を見せた。 「みんなでのったほうがたのしいよ!」 すごくいいことに気づいたというようにカエルアニモフは満足そうに頷き、またニコッと笑う。 「……うん」 あまりになんの悪意もない無邪気な笑顔にしだりは対応に困り、とりあえず頷いてみた。カエルアニモフはそれを非常に好意的に受け取ったらしく、照れたようにえへへと笑顔を緩ませる。 舟の実捜索の最中、そんなしだりとカエルアニモフの様子を見かけた優は、思わず顔を綻ばせた。 「やっぱり誘ってよかったな」 モフトピアの不思議で優しい空気のおかげで、しだりの雰囲気がいつもより和らいでいるような気がする。この旅行を楽しみにしていた優にしてみれば、自分だけでなくしだりも初めてのモフトピアを楽しんでくれているというのはとても嬉しいことだった。 「ゆうー、あっちのはどうかなぁ?」 「ん? あれかー、さっきよりは大きそうだけどなぁ」 探し始めてからかなりの時間が経つも、ちょうどいい大きさの実はどうしても見つかりそうにない。一生懸命探していたアニモフ達も疲れてしまったらしく、その辺に座って休憩しだしていた。 「なかなかないもんだなー、いつもはでっかいのって結構あるものなのか?」 「うん、いつもみんなでのってるもん」 「なんできょうはないのかなー」 アニモフ達と一緒に休憩していた優は、しょんぼりとしたカエルアニモフの頭を撫でる。撫でられるのを嬉しそうにしているアニモフを眺めつつ、どうにかして全員が乗れるような舟を用意できないかと思考を巡らせた。 「あ、そうだ! 思いついた!」 急に妙案が浮かんだ様子で、立ち上がる。そんな優に、しだりもアニモフも注目した。 「大きいのがないなら、大きくすればいいんだ」 浮き袋の実を木の枝と蔓で繋いだ急ごしらえのイカダを川に押し出すと、思惑どおりイカダはばらけることなくぷかぷかと水上に浮かんだ。 「やったー!」 「すごいすごーい!」 それだけでアニモフ達はお祭りのようにはしゃぎ、さっそくイカダに乗り込み始めた。 「よく思いついたね」 「うまく作れるかどうかは自信なかったけどな。でもみんな嬉しそうでよかったぜ」 しだりは仲間を引っ張りあげたり助け合いながらイカダに乗っていくアニモフ達を見つめる。 「……うん。そうだね」 優の言うとおり、どのアニモフも全員で川を渡れることをとても喜んでいるようだった。 「ゆうとしだりもはーやくーっ!」 いつのまにかほとんどのアニモフ達が乗り込みを完了し、声を揃えて優としだりを呼んでいる。二人も急いでイカダに駆け寄り、乗りこんだ。 全員が揃ったところで、カエルアニモフが大きめの木の棒で岸を押し、イカダを出発させる。すると、周囲の景色がゆっくりと後退し始めた。 岸を離れたイカダは自然に水の流れに運ばれていく。イカダの上ではアニモフ達が楽しげにはしゃいだり、水を覗き込んだりしていた。 「おーい、あんまり身を乗り出すと危ないぞ」 それを見た優が念のため注意を促すと、水面を見つめていたヘビアニモフは優の方を振り向き、「はーい!」と元気よく返事をする。 「あ、きゃあーっ!」 「きゃーっ!」 ちょうどそのときだった。近くではしゃいでいたカエルアニモフがイカダを繋ぐ蔓に引っかかり転んでしまったのだ。そして運悪く、優の方を見ていたヘビアニモフに衝突してしまった。 その衝撃でバランスを崩したヘビアニモフはイカダから放り出され、川に落っこちてしまう。 「たすけてーっ!」 「あ、あああ!? つ、つかまってーっ」 オロオロしながらもカエルアニモフがヘビアニモフに手を伸ばす。 「みんなでたすけよう!」 「たすけなきゃ!」 それに気づいたアニモフ達が仲間を助けようと現場に集まっていく。出発に使った大きめの枝を差しだし、みんなでヘビアニモフを引っ張りあげようというらしい。 「ちょ、ちょっと待った! そんな一ヶ所に集まったらイカダのバランスが!!」 優が叫ぶが早いか、一ヶ所に重量を集中されたイカダは大きく軋み、ブチ、バキリ、と嫌な音をたてた。 「あ……壊れた」 しだりが呟いたと同時にイカダは一気に崩壊していく。実を繋いでいた枝や蔓がバラバラにになり、アニモフ達がボチャンボチャンと川に落ちていく。優は実の一つに捕まり、混乱するアニモフ達を手の届く範囲で救出する。 それからどうにかアニモフ達全員がバラバラになった実にしがみつき、事態がひとまず収束を迎えた。計らずも騒動を引き起こしてしまったカエルアニモフはすっかり落ち込んだ様子で、みんなに謝っている。 「ごめんね、みんなごめんね」 「いいよ、なかないでー」 「だいじょうぶだよー、あっちまでみんなでおよごーよ!」 そうは言っても目的の浮島まではまだ距離があった。どうしたものかと優が考えていると、傍らにいたしだりと視線があう。 「……しだりが、運ぶよ」 「え?」 大きな水のアーチの上空を、瑠璃色の龍が飛ぶ。十五メートルほどはあるだろうか、その長い体躯の上には優とアニモフ達が乗っていた。 「すごい、しだりすごい!」 「かっこいい! すごい!」 龍へ姿を変えたしだりにアニモフ達は興奮を抑えられぬように、さきほどからずっとこの「すごい!」を繰り返している。 「本当にすごいよな!」 一番しだりの頭の近くに座っている優は、しだりに話しかけるように彼の顔を覗き込む。「背に乗って良い」としだりが口にしてから、優はずっとアニモフ達にも負けないほどテンションが上がっているようだ。 「な、しだり。しだりの龍の姿ってさ、本当に綺麗だよな!」 艶やかな蒼い鱗に覆われたしなやかな龍の姿はモフトピアの優しい日差しを受けて輝いているようで、優は心から感動していたのだった。 「……、そう」 それに対し、しだりは一言だけ残して顔を背ける。おそらく、褒められたことにどう応えればいいのか分からなかったのだろう。優はそう想像しながら、しだりの鱗を優しく撫でた。 水の橋を越え、アニモフ達の案内により目的地まで一気に辿り着くと、しだりはそこでみんなを降ろして龍化を解いた。 「あ、あれだよ! おはな!」 アニモフが指差した先にあったのは、アニモフと同じくらいの草丈の植物だった。何本もの茎がしだれのように垂れ、そこに青、赤、黄色……といった七色の小さな花が沢山咲いている。 周囲には、それと同じ植物があちらこちらに生えていた。 「へえ、かわいい花だな。星みたいだ」 「……うん。綺麗だね」 優としだりはアニモフ達と協力して祭りに必要なだけ花を集めた。一仕事を終えると、帰る前にとアニモフ達はまた思い思いに遊び始める。 「そうだ。俺、お茶とお菓子持ってきたんだ。お茶会でもどうかと思って」 「じゃあ、しだり準備手伝うよ」 かちゃかちゃと二人でお茶を入れ、クッキーなどのお菓子を広げていると良い香りに誘われたアニモフ達が集まってくる。 「おいしそう! いいないいな、ぼくにもちょーだい!」 「わたしも、わたしも!」 「いいぜ、ちゃんとみんなの分もあるからな!」 あっという間にアニモフ達の輪ができ、お茶会はとても賑やかなものになった。お菓子やお茶を仲良く分け、あっというまに食べ終わった彼らの様子を眺めながら、優はしだりに話しかける。 「なんか癒されるよな、ここって。しだりは今日ちょっと大変だったか?」 「ううん、そんなことないよ」 優はおそらくしだりが自分含めみんなを一人で運んだことを指してそう尋ねたのだろう。しだりはそれをごく自然に否定した。 「……楽しかったよ。優が旅行を楽しみにしてたのも、よく分かった」 しだりは手元の先程摘んだ花に視線を落としてそう答えた。その表情は、どこか柔らかさの混じったもので、しばらく七色の花を弄ぶと、突然すっと立ちあがる。 「しだり?」 優には応えず、しだりは空に軽く手をやった。すると、さっと雨が降りだす。 「あ、あめだ」 「あめだあめだー!」 大喜びするカエルアニモフ達と突然の雨にきょとんとする他のアニモフ達。 しだりが手を降ろすと、雨はすぐさま止んでいった。「どうかしたのか?」と優が首を傾げながらしだりに問う横で、突然アニモフ達の歓声があがる。 「にじだーっ!!」 「ほんとだ! にじだ、にじだ!」 優が歓声に釣られ空を見ると、そこには確かに、真っ青な空に七色の透明な半円が浮かんでいた。しだりは先程まで手で弄っていた植物を虹に向かって翳す。雨露に濡れた七色の花の向こうで、虹はきらきらと優しく、優しく輝いていた。 【完】
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