ターミナルでちょっと素敵なショッピングを楽しもうかと思い立って、多くのロストナンバーがまず候補に挙げる場所。それはやはり百貨店ハローズだろう。眺めて歩くだけでうきうきするようなショーウィンドウにはプレゼントを選ぶ人々が、瀟洒なカフェにはつきあいたてのカップルやおしゃべりに花を咲かせる若い女性たちがと、皆それぞれに幸せのかたちを求めてやってくる。 そんなハローズに新しくハッピーな空間が出来るらしく、ターミナルのあちらこちらでチラシや噂が飛び交っているようだ。……ところで。「うーん……」 舞台は変わってここはトラベラーズ・カフェ。 物好き屋と名乗るツーリストの青年が、一枚のチラシを手にとある一卓で頭を抱えていた。 というのも……。◆「あらっ、あなた一人? あんまり見ない顔ねー、新しくロストナンバーになったのかしら?」「あ、ええと……」「やっぱりね! ようこそターミナルへ、あなたのこと歓迎するわ。あ、えーっとあたしはここで働いてる世界司書だから、何かあったらいつでも相談にきてちょうだいね」「え、あっ、うん……」「そうだわ、お近づきのしるしにコレあげちゃう。百貨店ハローズって知ってる? ほら、そこの大きなお店。今度ここに新しいお菓子屋さんが出来るのよー、楽しみよねー!」「お菓子……」「あなたも甘いもの好きなのね? ならちょうどよかった! 人も沢山来るでしょうから、行けばきっとお友達も出来ると思うわ。大丈夫、甘いものが好きな人に悪い人はいないもの! ほらほら行きましょ、一緒に行ってくれる人を探さなきゃねー」◆ ……こんな具合に、人の話をあんまり聞かない世界司書ルティ・シディから半ば無理矢理チラシを押し付けられたらしい。 テーブルの上に置かれたチラシには、ルティの言うとおりスイーツショップの新規開店とそれに伴うイベントのお知らせについてが書かれている。 一日限りのスイーツガーデンと称したそのイベントはまさしく甘味のテーマパーク状態。 あらゆる種類の生ケーキ・焼き菓子・氷菓の食べ放題は勿論、チョコレートファウンテンにフルーツバー、オーダーすれば目の前で焼いてくれるクレープ・パンケーキ・フレンチトースト。英国風喫茶室や開放感たっぷりのオープンカフェで出されるこだわりの紅茶にコーヒー、更に畳を敷いた一角では和菓子に合わせて薄茶も点ててくれるという。 甘いものなんか女子供の食べ物さ、なんて格好つけたがる紳士諸君の為のバーカウンターではお酒に合わせるスイーツ講座が開かれていたり、フルーツ各種を使ったオリジナルのノンアルコールカクテルが振舞われたり。 他にもアイスクリーム作りや生ケーキのデコレーション体験コーナーなど、遊んで楽しい催し物も多数用意されているそうだ。チラシの表には今にも甘い香りが漂ってきそうなスイーツの写真に淡いピンクとチョコレートカラーの煽り文句は、見たものの意識を甘い楽園へと誘う。 物好き屋としても甘いものは嫌いではない、むしろ好きではあるから何の問題もなさそうに見えるのだが、ひとつだけどうしてもクリアできないハードルが彼の頭を悩ませていた。「まさかの、お一人様シャットアウト……」 チラシに添えられた招待券の裏側、目立たぬよう書かれている注意事項のひとつに『2名様からのご案内となります』との表記がある。なるほど、物好き屋にチラシを押し付けたルティにはこれで友達を増やせという意図があったのだろう。ロストナンバーが集うトラベラーズ・カフェまでは連れて行ってくれたところをみるに、ルティなりに考えてのことらしいが。「……あっ、それ」「?」 物好き屋がテーブルに落とした目線くらいの低いところから聞こえる声に顔を上げる、そこにはゼシカ・ホーエンハイムの姿が。初めて出会う物好き屋に少々怖がりつつ、テーブルに置かれたチラシをそわそわと見つめていた。「そのチラシ、ハローズのおかしやさんのよね? ゼシ、こどもだからもらえなかったの」「あ……そうなんだ。食べ放題、行きたいの?」「知らない人と一緒、ちょっと怖いけど……ゼシもたくさんおともだち作りたいし、いっしょに行っていいかしら?」「ああ、うん……」「甘いもの食べ放題やて!? え、違うのん?」 物好き屋がゼシカに向かって首を縦に振るのと同じタイミングで、会話を耳に挟んだ花咲杏が卓に飛びつく勢いでやってくる。甘いものと聞いて耳も尻尾もぴんと立った姿は既に参加を決めているかのよう。「ええと、違ってはいないよ。司書さん的には、みんなでおしゃべりしておいでってことなんだろうけど」「ほなうちもご一緒してええ? えらい楽しそうやん!」 チラシを手にとってにこにこと人懐っこく話す杏のおかげで場の空気がなごんだせいか、遠巻きに聞き耳を立てそわそわしていた秋保陽南もえいやっと会話に入ってくる。「あ、あの。すいーつがーでん、興味あります! 洋菓子っていうの、本当に食べてみたくてっ」 まだ見ぬ洋菓子との出会いに陽南の胸はそわそわ、チラシに躍る横文字から味を想像して早くもうっとり。「うわぁー。あそこ、一人じゃ入れないから困ってたんだよー」「ああ、お一人様シャットアウト仲間?」 かと思えば、同じチラシを持ってトラベラーズ・カフェをうろうろしていたバナーが、同じ目的の物好き屋たちを見つけて安堵の笑顔。気づけばカフェの5人掛けテーブルはいっぱい、ちょっぴり高かったおひとりさま越えのハードルは無事通過だ。 というわけで一風変わったおひとりさま×5の五人組が、ハローズのスイーツガーデンにいざ出陣。初対面の気まずい沈黙も、おいしいケーキとお茶があればきっと大丈夫……の、はず。=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>物好き屋(ccrm8385)ゼシカ・ホーエンハイム(cahu8675)花咲 杏(cssx2297)秋保 陽南(cymn6293)バナー(cptd2674)=========
「いらっしゃいませ、ようこそパティスリー・ポールのスイーツガーデンへ。招待状を拝見いたします」 ギッ、と重厚な木製の扉がウェイターの手によって開かれ瞬ち広がるのは、生クリームとバターの、爆ぜる小麦粉の、旬果の、そしてチョコレートの織り成す蠱惑的な香り。それだけで幸せを約束してくれるような空気を胸いっぱいに吸い込んで、五人はしばしうっとりとそれを楽しんだ。それぞれの幸せそうな表情に、物好き屋とバナーから招待状を受け取ったウェイターも誇らしげである。 「五名様ですね。お席へご案内いたします、中は広うございますので、どうぞ皆様はぐれずにおいで下さいませ」 まさに乳と蜜の流れる庭と表現してよい甘美な空間が五人を迎え入れる。招待状に描かれた光景と全く違わない、様々なお菓子やフルーツが整然と陳列されたショーケース、場の中央に恭しく鎮座したチョコレートファウンテンが甘い香りを放ち、控えめな照明を受けて時折ゆらゆらと輝いて見せる様や、ディスプレイに使われている色とりどりのマカロンタワーやウェディングケーキのレプリカはさながら御伽噺に出てくるお菓子の国のようだ。 「おおお~! 何やのココ、ほんまに桃源郷やなぁ!」 「わあすっごい、お菓子がいっぱい!」 甘いものに胸をときめかせるのは女子の本能、花咲杏とゼシカ・ホーエンハイムが瞳をキラキラさせて深呼吸を二回、三回。 「……」 こちらでは秋保陽南がぽおっとした表情で、今まで嗅いだことのない誘惑の香に早くも酔いしれている様子。 「陽南の姐はん、しっかり! まだ何にも食べてへんで」 「……はっ、そうですね! いい香りだったので、つい……。うふふ、楽しみですね!」 「どれからたべればいいか、まよっちゃうの!」 「……意外と集まるものなんだね」 「ぼくたちラッキーだったねー、一人では入れなかったから諦めるとこだったんだよー」 案内されつつ、女性陣が渡された会場見取り図を囲んできゃっきゃうふふと作戦会議をするのを横目に、招待状を持って来た功労者の物好き屋とバナーはちょっぴり気圧され気味。そのついでか、元々一人でマイペースに楽しむつもりだった物好き屋はウェイターの案内する道筋からそおっと離れて手近なテーブルを探そう……と、するが。 「じゃ、僕はこの辺りで……そちらは四人で楽しんで」 「お客様、どちらへ? 皆様のテーブルはこちらですが」 「ええと……やっぱり、ダメ?」 「後のお客様にお席を確保する為、一グループにつき一卓とさせていただいております。ご理解のほどお願い申し上げます」 柔和な笑顔の中に物言わせぬ雰囲気をかもし出すウェイターの言葉に従わないわけにもいかず、物好き屋はあいまいな笑顔を返しおとなしくルートに戻る。 「(参ったな……でもまぁ、皆甘いものに夢中だろうし……)」 「……ぬいぐるみさん、どこかいっちゃうの?」 「ええやん、お店の人も言うてはるんやし皆で食べようや!」 「そ、そうですよ。袖振り合うも他生の縁といいますしっ」 「一人じゃ食い切れなさそうなものもあるよー、みんなで食えばいいと思うんだよー?」 ウェイターの言葉に首をかしげたゼシカの問いかけを切欠に、物好き屋が居なければここに入れなかった他の四人が口々に引き止める。物好き屋からすれば意外なリアクションに戸惑いつつ、ウェイターが引いてくれた椅子に素直に腰掛けて、肯定の意味で軽く会釈をしてみせた。 「う、うん……まぁ、その……お手柔らかにね?」 とはいえ、用意されたテーブルはあくまで戦利品を持ち帰り粛々と食べる為の場所、いわばセーブポイントのようなものである。別テーブルに移れずともそれぞれのコーナーにはスタンドで飲食を楽しめるスペースも多く、五人の他にここを訪れた招待客たちもめいめい好きなスタイルでスイーツを楽しんでいた。手荷物を置いて、迷子にならないようテーブルの位置を見取り図に書き込んで、いざ出陣! 「洋菓子、洋菓子♪」 陽南が嗅覚に任せて足を踏み入れたのはフルーツタルトのコーナー。タルト生地の香ばしさと生クリーム・カスタードクリームの甘い匂いが混然となっているところにフルーツのさわやかな香りが加わる。見た目にも苺、マンゴー、チェリー、マスカット、ブルーベリーと、あざやかな色彩が食欲を刺激する。 「ええと、いちごと、ますかっと? と、それから……」 ここからここまで全部一切れずつください!と言いたくなるのをぐっと堪えて、苺、マスカット、マンゴーのタルトを八分の一カットにしたものを一切れずつお皿に取ってもらい、陽南はほくほく。 「ゼシね、いちごのワッフルがたべたいの!」 ハート型のワッフルメーカーががしゃんがしゃんとリズミカルに音を立て、そのたび舞うほっこりうっとりな生地の香りにゼシカが誘われる。焼きたてワッフルを四枚、ぐるりと円を描くように並べればまるで四葉のクローバーだ。その上にチョコレートソースをくるりと塗って、苺ジャムで周りを縁取るように色づけして、真ん中にはふわふわの生クリームとストロベリーアイス、それをぐるりと取り囲むようにカットされた苺がたっぷりと。仕上げにブルーベリーをちょんちょんと載せて、飾り付けのセルフィーユでちょっぴり大人の雰囲気に。 「幸運の味をどうぞ、お嬢さん。ちょっと盛りすぎたかな?」 「大丈夫、たべきれるもん」 三種類のタルトをどれから食べようか迷いながら席に戻る陽南と、ブルーベリーをつまみ食いしようとするセクタンのアシュレーを牽制しつつなゼシカが鉢合わせ。お互いお皿が傾かないようそおっとテーブルに置いたら、まずは相手の戦利品に興味津々だ。 「あっ、おおかみさんもいちごなの? ゼシとおそろいね」 「うふふ、本当ですね。ゼシカさんのも美味しそうです、それは何というお菓子なんです?」 「ワッフルっていうのよ、あっちで焼きたてをつくってくれるの」 「わぁ、素敵! 出来立てのお菓子ってなかなか食べられませんものね、わたしもあとで行かなくちゃ」 そこに煎茶と大福を携えて戻った杏と、モンブランを見つけてご機嫌のバナーが合流する。杏はディスプレイのマカロンタワーを見てひらめいたらしく、和菓子コーナーのミニ大福を上からひとつずつ食べたい順番になるよう脳内で試行錯誤を繰り返し、結果お皿の上には三段重ねの大福タワーが鎮座している。 バナーは香ばしい匂いにつられてふらふらうろうろした結果、パティスリーご自慢のピスタチオ入りタルトを使った各種モンブランに目が釘付けになった模様。定番の栗に、サツマイモ、ムラサキイモ、ちょっと変わった南瓜や抹茶など、取り皿にぎっしり。 「いろいろと食い放題ってのがいいねー」 「最初はフツーの大福やろ、あとは苺、蜜柑、マスカット、……フルーツ系やね。ほんで抹茶とヨモギと、チョコ、カスタード、こっちは口直しの梅大福。最後は王道の豆大福で〆や!」 「わぁ、かわいい! 緑色の、アシュレーみたいね」 一口サイズの真っ白なミニ大福がお行儀よく段を作っている中、ひとつだけ緑色のヨモギ大福が混ざっている様子が面白くて、ゼシカが思わず笑う。杏もほんまやな、とアシュレーを見てころころと笑い、当のアシュレーは分かっていないのか興味がないのか、相変わらずゼシカのタルトに載ったブルーベリーを虎視眈々と狙っている。 「もうっ、アシュレー、めっ!」 「うう、大福……食べてみたい……でも……」 かと思えば、陽南が心底羨ましそうに大福タワーを見つめ溜息。 「どないしてん? 食べたらええやん。ほらほら」 お一つどうぞとばかりに二つとっておいた普通の大福を一つ差し出す杏に、陽南は一瞬嬉しそうな表情を見せるが、すぐにぶんぶんと首を横に振る。 「だ、駄目なんです! 上顎と下顎がくっつきそうになるんです!」 上下に大きく、そしてヒトと違って中にスペースの少ない作りになった狼の口では確かに、餅菓子の類は鬼門かもしれない。饅頭怖い……ではないが、美味しそうなのに食べられない様子が何だか不憫である。 「難儀やなぁ、姐はん。まあ、似たようなもんもようけあるで」 「そうよ、あとでいっしょにさがしにいってあげる」 「うう、ありがとうございます……」 ◆ 「ぬいぐるみさん、お茶はいいの?」 目一杯迷いながら、スクエアカットされたティラミスやガトーショコラ、バナナケーキを一切れずつ取り皿に盛り、最後にレモンシャーベットとアールグレイティーのゼリーを持って席に戻った物好き屋。他の四人は既に目当てのものを手に入れてそれぞれお楽しみ中だ。 「あ、うん……猫舌だし、あんまり水分取ったらお腹一杯になりそうで」 ゼシカの素朴な疑問に、物好き屋はとっさに出任せを言ってみせるが、他人の出した『飲み物』を『友達以外の人と飲む』なんて出来ないなどとは言えず、曖昧な笑顔でアールグレイティーのゼリーを持ち上げてみせた。 「紅茶、美味しそうだよね。ゼリーがあったからもらってみたよ」 「おさとうのはいってない紅茶とコーヒーはおとなの飲み物なのよね? ゼシ、ゼリーならたべれるかしら」 「……そうだね、甘いからきっと美味しいよ」 物好き屋はオーダーすれば生クリームや蜂蜜もかけてくれるよと教えてあげて、ゼシカが水菓子のコーナーにちょんと印をつけるのを眺める。 「……あのっ、これってどうやって食べればいいんでしょうか?」 「?」 陽南が握り箸ならぬ握りフォーク(?)で、初めてのタルトを前にどうすればいいのか思案している。どうも、見た目や取り分けてもらったときの感覚からすると、この外側を覆う茶色いものは硬い生地のようだ。これを器にして、かすたーどくりーむ? とかいうものと、果実を並べて収めているのが『たると』らしい。それをこの、銛のようなものと……ちっとも切れない、まるで研ぐ前の小刀のようなもの……を使って食べるのが洋菓子の作法のようで、硬いものとやわらかいものを同時に綺麗に食べるには一体どうすればいいのか……と陽南の頭は既にいっぱいいっぱいだ。 「ええと……。ナイフは使わない。フォークの先で、タルト生地に穴を開けるの。運がよければそのまま食べれるくらいの大きさになるし、駄目だったら位置をずらしてもう一度、フォークで穴を開けてみればいいよ」 物好き屋がジェスチャーを交えて陽南にタルトの食べ方をレクチャーしてみせる。陽南は物好き屋が見せるひとつひとつの動作にふんふんと頷きつつ、教わった通りフォークを握り、ぎこちないながら切り分けてみる。 「わあ、出来ました! ありがとうございます!」 時折、かつん、こつんと不器用な音を立てる陽南の取り皿の上で、苺のタルトがやや踊りつつも、一口サイズに分離する。 「ほーく、って便利ですね! なるほど、あとは銛と一緒なんですね」 安心したのか、フォークの握り方が元に戻ってしまった陽南が苺タルトをぱくり。卵とミルクの混ざり合った優しい味わい、それを損なうことなく艶やかな香りを纏わせるバニラビーンズの粒……苺を引き立てる為あえて甘さを控えめにしたカスタードクリームと、てろりと完熟した苺のみずみずしい芳香のコンビがまず鼻の奥ををぎゅっと刺激する。そして追撃のように黒糖で淡い甘みをつけたタルト生地の香ばしさが、苺とカスタードの後味を包み込むように舌に広がる。これが、これが洋菓子……。 「ふぉ……おお……」 これ以上の説明は、要らないだろう。 ◆ 「そういえば、ここの皆ってなにげに初対面やんね?」 「そうだねー、すごい偶然だね」 ミニ大福タワーをぺろりと平らげ、陽南がうっとり楽しんだ苺タルトを次に食べる為酢昆布とみたらし団子で甘く染まった舌をリセットすべく励む杏が、ふとトラベラーズ・カフェでの出会いを思い返して他の四人に問う。壱番世界のとある牧場のブランド印が入ったミルク入りコーヒーゼリーに舌鼓を打つバナーも、招待状を手にうろうろするという物好き屋と同じようなプロセスでここに居る所為か、杏の声にうんうんと頷く。 「おいしそうだったから行きたかったんだけど、一人じゃねー。だからとっても嬉しいんだよ」 「ほんまやなぁ。二人には足向けて寝られへんわ!」 「そうだわ、お礼いわなきゃ! つれてってくれて、ありがとう!」 大げさにも見える仕草で杏がぱん! と物好き屋とバナーに向かって拝むように両手を合わせれば、ゼシカも何故か真似っこで両手を合わせてみせる。 「みんなゼシよりお姉さん、お兄さんだから、ちょっときんちょうしちゃったけど……」 甘いものが好きな人に悪い人はいないのよね? とどこかで聞いたような台詞で笑うゼシカに、四人のお兄さん&お姉さんズはほっこり笑顔。 「わ、わたしも緊張してました……! だって初対面の方々と、食べたことのないものを食べるって……。でも、来てよかったなって思いますっ」 陽南が最初に持って来たタルトを全部平らげ、トラベラーズ・カフェで最初に見せていたのとは違うくだけた表情で嬉しそうに言葉を繋げる。 「みんな甘いものが好きなんだねー、ぼくもだけど。好き同士で食うと美味しいよねー」 「いや、僕は何も……」 引っ張られるようにトラベラーズ・カフェに足を踏み入れて、こうして見知らぬツーリスト・コンダクターが集まって。自分では想像も出来なかった一連の流れに、何だか不思議な感覚を覚える物好き屋。ターミナルにやって来てまだ日は浅いが、こうして受け入れられてる様子を肌で感じ、うまく言葉に出来ない安堵の気持ちが表情に表れる。 「物好き屋さんは、どこで招待券をいただいたんですか? わたし、ちっとも知らなくて」 「え? えっと……ハローズの正面玄関の前で、普通に配ってたよ。来たばっかりだから、色々見て回ってたときだったかな」 「ゼシ、そのチラシもらえなかったの……。こどもだから、って。レディなのに、しつれいしちゃうわ」 ぷう、と頬を膨らませ不満を述べるゼシカをまあまあと宥め、杏がいつの間にか持ってきていたクロカンブッシュからシュークリームを二つとってゼシカとアシュレーに差し出す。 「ええやんええやん、来れたんやから結果オーライやで」 飴がけ細工でデコレーションされたクロカンブッシュは初冬の森の木々のように、刈り取られることのなかった木の実のごとくずっしりとクリームを詰めたシュークリームを鈴なりにさせている。杏の口なら一口でぽいっと放り込めるサイズだが、ゼシカとアシュレーは二口かけてのんびりと味わっていた。 「うんっ、ぬいぐるみさんありがとう。お兄さんもお姉さんも、いっしょにこれてうれしいの」 「ぼくも嬉しいよー。またこういうイベントがあったら、みんなで行きたいね」 苺ショートとマロンケーキを交互に一口ずつ頬張りながら、バナーもにこにこ。 「けど、ターミナルってほんま何でもあるなあ。うちその辺よう散歩してんねんけど、こんなん出来るなんて知らんかったわ」 「はいっ、わたしもびっくりです! 今日だけなんですよね? 新しいお店も楽しみですね」 「ねこみみさんはお散歩がすきなの? ゼシもだいすきよ」 散歩と聞いてゼシカが杏に問うと、杏はナイフとフォークを置いて椅子の上で猫の姿に早変わり。 「せやで、うち猫又やから普段は猫の姿でうろうろしてるんよ。せっまい裏道とか見つけたら入りたなるやん? おもろい店とか結構あんねんで」 「ねこみみさんじゃなくて、ねこさんなの……! すごーい!」 「せやしその辺で見かけたらよろしゅうしたってな?」 おしゃべりに花が咲き、渇いた喉をお茶で潤して、おひとりさま×五がいつのまにか五名様になってゆく。 ◆ 「よーし、じゃあもう一ラウンド行くよー。次はもっとお腹にたまるのがいいなー」 通りがかったウェイターに熱い紅茶をオーダーして、バナーは焼き立てを供してくれるコーナーに突撃。お目当ては蜂蜜とバターたっぷりのパンケーキのようだ。 「ほなうちも! まだまだ余裕やし、姐はんがさっき食べてはったタルトいってみよかー」 「わたしは……けーき、に挑戦してみますっ!」 「ゼシはアイスー!」 バナーが席を立ったのを切欠に、お皿を空にした女性陣がいっせいに次の獲物を求めて散開する。一人何となく席に残った物好き屋は、融けかかったレモンシャーベットをスプーンですくって口に運び、この甘いものだけで満たされた空間を何故か不思議そうに眺める。 「(……こういうところなんだなあ)」 ターミナル、0世界という場所がどんなところか分からずに来てしまったけれど、意外と皆優しくしてくれる。それが不思議なような、嬉しいような……。トラベラーズ・カフェで、五人がけのテーブルを一人で占拠してしまっていたのを埋めてくれたのは、そう、今日集まってくれた、名前も知らなかった初対面の四人なのだ。 「あら? あらー? やっぱりあなたね! よかった、お友達が見つかったのね?」 「……あ、司書さん」 ふと、物好き屋の背後からやけに明るい声が響く。聞き覚えがあり振り向けば、そこには世界司書のルティ・シディが取り皿に様々なケーキを載せて自分のテーブルに戻るところだった。 「もー、やあねえそんな他人行儀に! ルティでいいわよ。とにかく、トラベラーズ・カフェに連れてって正解だったわ。人が沢山いたでしょ?」 「あ……うん」 「でしょでしょ! このイベントって今日だけだからちょっと焦っちゃったけど、やっぱり皆甘いものって好きだものね、あなたも楽しんでるみたいでほんとによかった!」 最初に自分を見つけて、トラベラーズ・カフェに引きずっていった時とまるで変わらない様子で、ルティは物好き屋にかまわずマシンガントークを繰り広げる。 「けど、安心したのよ。あなた本当に見ない顔だったから、もしかして色々困ってるんじゃないかって思って。取り越し苦労だったみたいね。……あらためて、ようこそ、ターミナルへ。0世界を代表して、あなたのこと歓迎するわ」 「……」 初めて顔を合わせた時と同じ台詞をもう一度述べ、ルティが物好き屋に向かって握手を求める。それを断る理由もなく、物好き屋はルティが差し出したのと同じ右手を出してそれに応えた。 「うふふ。じゃあ時間制限もあるだろうしお喋りしてたら損だわ! 楽しんでってね、皆待ってるからあたしはそろそろ行くわー」 「皆?」 「ええ、あたしだって一人じゃ入れないもの。ほら、あっちのテーブルにカウベルと、リベルとエミリエが居るでしょ? ……ああ、皆世界図書館の司書なのよ。仕事仲間!」 ルティが指で示した先には、リベル・セヴァンとエミリエ・ミイ、そしてカウベル・カワードが四人がけのテーブルでそれぞれスイーツに舌鼓を打っている。カウベルがミルクアイスや牛乳杏仁豆腐を美味しそうに食べているのは何だか違和感を感じないでもない光景だが、ターミナルに来たばかりの物好き屋にとっては普通の光景である。 「そっか、ありがとう。えっと……お世話になりました」 「……もー! だからそうかしこまらないでったら! これも仕事のうちなんだから。ね?」 呆れたように眉を下げ、だけど嬉しげに目を細め、ルティは物好き屋の肩をぽんぽんと叩いてからテーブルに戻って行った。これが仕事のうちならば、世界図書館というのも案外悪くない組織なのかも……そう思いつつ、物好き屋は気を取り直して次の甘味の品定めに入る。ルティの言う通り、このイベントを楽しまなければ損なのだから。 ◆ 「うわっ、すごっ! これ本物なん!?」 「はい、当店で実際にお作りすることの出来る特注ウェディングケーキです。実際に切り分けましたら50人分のカットケーキとなりますので、それ以上のご人数がお集まりのご宴席にてオーダーいただきました場合は……」 折角だからとジャンボパフェ・特盛りケーキの類に挑戦するべくコーナーをうろついていた杏が、実際に食べられる特大ウェディングケーキを前に目を白黒。ケーキを決めあぐねて通りがかった陽南も、美味しそう……ではなくその大きさにただただびっくり。 「すごい大きさですね! こんなに大きなけーきが用意される宴って、ここよりすごい宴なんでしょうか……!」 「よろしければお取りしましょう、あちらで同じ大きさのものをお客様にお出ししておりますよ」 「わ、食べる食べる! うちら五人やから、五切れとってくれへん?」 「かしこまりました」 こうしてウェディングケーキを人数分いただいて戻った杏と陽南はほくほく。 「あっ、ウェディングケーキ?」 「……ほんとだ、何でもあるね」 普通のケーキとはちょっと違うカットの形を見てゼシカが目をきらきらさせれば、物好き屋も感心したように五切れのケーキに視線を遣る。あえて〆をカシューナッツにしたバナーが、ケーキの他に色々持って帰った女性陣を見て素朴な疑問。 「けっこう、いっぱい食ったと思うけど、みんなまだ入るの?」 「そらもう、別腹やしね! まだまだ食べるで」 「わたしももうちょっと欲張っちゃいます!」 「ゼシも!」 「……お、女の子ってすごいね」 物好き屋が女性陣の胃袋に感服する様子にお構いなしで紅茶をおかわりし、ウェディングケーキと一緒に持って来た苺チーズタルトを頬張りつつ、杏が今日食べたものを思い返してにんまり。 「しっかしようけ食べたなあ。……あっ、このタルトめっちゃ美味しい! 皆も後で食べてみ、ほんまにおすすめやで!」 「美味しそうです、たるとの食べ方はもうわかったので、お土産に買って帰りますっ」 「おみやげ……あっ」 「?」 陽南が杏から苺チーズタルトのコーナーがどこにあったかを教えてもらっている横で、ゼシカが『お土産』という言葉に反応してどことなくそわそわとしだす。 「あ、あのね。ゼシね、きになる男の子がいるの……。その男の子にね、おみやげあげたいなって……」 気になる告白におおっと色めき立つ四人。続きを急かす杏と、どう言葉をかけていいのか分からないが興味津々の陽南がゼシカの次の言葉を待つ。 「ゼシのパパにお手紙とどけてくれるようにおねがいした、郵便屋さんなの。優しくて、かっこよくって、とっても頼りになるのよ。男の子って、もっと怖くて乱暴なんだって思ってたけど……」 その郵便屋さんはそんなことないのよ、と、まるで自分の得意なことを褒めるように自信たっぷりで語るゼシカの表情は、小さいけれど恋するレディのようだ。 「郵便屋さんのこと考えるとね、胸がほんわかしてきゅー、ってなるの。もっとなかよくなりたいの」 「じゃ、じゃあお土産、買って行きましょう! きっと郵便屋さんも喜びますよ」 「せやせや、後でお土産コーナー覗いてみよ」 「う……うんっ」 とびきり美味しいお菓子を買って、勇気を出してお茶に誘って、今日のことを土産話にしたり、さりげなく好きなお菓子を聞き出してみたり……。淡いときめきがお菓子より甘くなるのはさて、いつのことだろうか。 「なあなあ、物好き屋の兄はんは何かないのん? 全然喋れへんやん」 「え? えっと……。さっきも言ったけど、来たばっかりだから」 「ゼシも覚醒したてであんまりおともだちいなかったのよ、おそろいよ」 杏がふと口にした問いかけに戸惑いつつ、無難な答えでしのぐ物好き屋。嘘ではないし、本当に話題を持っていないのでそう答えるしかなかったのだが、皆興味を持って話を聞いてくれる様子にさらに戸惑いを覚える。 「ターミナルは色々なチェンバー? があるみたいだから、住むところもすぐに見つかるかな? まだ決まってなくて探してるんだ」 「チェンバーは便利ですから、自分に合ったところを探してみるのがいいと思います! 見て回るだけでもきっと楽しいですよ」 「そうだよー、お天気とか、あったかかったり寒かったり、ほんとに色々あるんだよ」 「そうなんだ……」 物好き屋が返した言葉は、話の中身に対してというよりも、こうして言葉をかけてくれる皆の心遣いに対して投げかけられたもののようにも聞こえた。 「(……馴染めそう、かな)」 ◆ お腹一杯スイーツを楽しんで、最後はお土産吟味の時間。今日出されたものは全て、明日から開店するハローズのパティスリーで買うことが出来るが、やはり先んじて手に入れておけば土産話にも箔が付くだろう。 「最初に食べたいちごのたると、とっても美味しかったです。それから、杏さんおすすめのいちごのちーずたるとと、……あっ、あっちのあいすも美味しそう!」 「うんうん、ほんまに美味しかったで! ……お腹膨れてからのほうが要らんもん買わんでええかなって思っとったけど、やっぱりどれも欲しいなあ」 「郵便屋さん、どれがすきかなあ……」 悩みながらも、陽南はタルトを二種類、ガトーショコラ、店員のおすすめするアイスクリームの三種詰め合わせをお買い上げ。保冷剤の説明を聞いてふんふんと頷いている。 杏も同じ苺チーズタルトをホールで注文し、大福と迷って食べ損ねたマカロンを10個セットで自分へのお土産に。 「……あっ、これ、かわいい」 かわいくて、美味しそうで、郵便屋さんが喜ぶものはないかなときょろきょろするゼシカが見つけたのは、四葉のクローバーの型抜きクッキー。抹茶チョコでコーティングされたものは本物のクローバーのようだ。これならきっと喜んでくれるだろう。 「ぼくは自分用のおやつをいっぱい買うよー」 完成品のお菓子だけではなく、手作りが好きな人たちの為に製菓材料も売っているのを見つけ、バナーはカシューナッツやピスタチオの缶を手に入れてご機嫌だ。 「じゃあ、僕も……」 物好き屋も一緒にターミナルに来た友人にと、今日他の四人が食べていたなかで美味しそうなものを(尤も、どれも美味しそうだったのだけれど)いくつか選び……モンブラン、苺チーズタルト、ショートケーキ、プレーンワッフルと瓶詰めの苺ジャムを買って、今日のイベントはおしまいだ。 「はー、お腹一杯や! 楽しかったわあ」 「とっても美味しかったですね! いつか、自分でも作れたらなぁって思います」 「みんなで食うと楽しいねー」 「ぬいぐるみさん、今日はとっても楽しかった! また皆でこれたらいいなあ」 「あ……いや」 僕は何もしてないよ、と物好き屋は言い掛けて飲み込む。 「こちらこそ、来てくれてありがとう。楽しかった」 おひとりさま×五のちょっと変わった集まりが、今度は五名様になってまたこんな風に甘いイベントで集まりますように。 ひとまず、ごちそうさまでした! あとはそれぞれ、お土産と思い出を誰かと分け合って。
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