モフトピア。 そこは、ふんわりとした質感を持ち、ひと目見れば和やかな気分にさせてくれるアニモフたちが住まう場所。 シーアールシー ゼロと幸せの魔女、ディガーの3人はモフトピアの地に降り立った。 *** 3人がモフトピアにきたのは、各々が仕入れてきた話の事実を確かめにきたのだ。 それはとある喫茶ルームでの一コマ。 ディガーは、愛用の鈍い銀色のシャベルを、自身の身体に凭れかかせて立てている。 肌身離さずにいるディガーの姿は、ゼロと幸せの魔女にとっては、いつもの光景。 作業着にもマッチしているが、喫茶ルームはどちらかというと女性の方が多く、男性ならすこし肩身が狭いと思うかも知れないが、純粋にゼロと幸せの魔女との会話を楽しんで居るのか、そういった仕草は見られない。 ゼロは、全体の色を顕すのなら銀色。 緩やかなウェーブの掛かった長い銀の髪は、白い顔の輪郭を飾り、瞳の色も角度によって艶やな銀を見せているが、周囲は美少女であるゼロの外見に気付くことはない。 それはゼロの特性で、美しくその場所に存在するのに認識は地味な存在いると思わせるのだ。 対する幸せの魔女を顕す色は白。 小さめのティアラを白のヴェールとパールのチェーンで飾り留めて、首もとから胸あたりを飾るのは細やかなレース。肩口のパフスリーブとふわりと広がるAラインのスカート。 白に高貴さを与えるのは、幸せの魔女自身が持つ色である金。 柔らかそうな真っ直ぐな長い髪と、なにものも見通しそうな金の瞳。 ダークオークの艶のある丸テーブルには、ダージリンを満たしたティーカップが3客と、同数のそれぞれ誰の物か分かるように色を変えたチェック柄のティーコゼーを被せたティーポットに、中央に置かれたアフタヌーンティの三段皿。 スコーンにサンドイッチ、旬のケーキをゆっくりと流れる時間の中、話に花を咲かせる。 話題はモフトピアにあるというもののこと。 「ゼロは聞いたことがあるのです。虹の根元には幸せとか宝とか、素敵な何かが埋まっていると」 「私も聞いた事があるわ。虹の根元には沢山の幸せが眠っているって」 「でも多分、そんな感じの話だったよ。ゼロさんは物知りだねー。どこを掘ればいいのか分かるのかな?」 1人が口にすると、同じ様に反応が返ってくる。 気分は既に行く気まんまんだ。 「もちろん、行くわよね?」 「行くのです」 「ぼくは掘れれば幸せだから、一緒に行くよ」 「掘削の専門家と幸せの専門家の方とともに、素晴らしい虹のあるモフトピアへ探しに行くのです」 ゼロが確実です、と拳をぐっと握り、少し腕を挙げて掲げた。 「掘削の専門家なんて言われて……照れるなぁ」 「任せなさい、お宝の在り処は私の幸せの魔法で必ず感知してみせるわ。勿論、報酬は山分けよね?」 「ぼくは楽しい掘削時間」 「はい」 「それでぼくは良いよ」 ディガーと幸せの魔女は、互いの役割を自覚しつつ、満足げにソーサーからカップを指で摘んだ。 ゼロは自分は何の役に立てるだろうかと、考えて、考えて、絞り出した言葉は、 「ゼロは……、えっと……、巨大化が役に立つこともあるかもしれないのです、……多分?」 ――だった。 *** 胸をわくわくとさせる冒険心をそのままロストレイルに持ち込んで、モフトピアに到着したのは、ふんわりとした雲が多い時。 モフトピアの中心にある太陽があり、それが明滅することにより、一日が成り立っている。 浮遊島も太陽に近いほど暖かく、遠くなれば寒い。 そう考えたら、気候的にはお昼の時間で、虹が出る条件に必要な雨が降りそうな浮遊島を探して、移動することになる。 虹のあるのがモフトピアのイメージではある。 移動に役立つのは、あちこちに浮かんでいる雲。 ふわふわと手触りの良さそうで、3人が乗っても大丈夫そうな頑丈な雲を探して見つける。 「ちょっと引き留めてくるから、後から来るといいよ」 そう言って、ディガーがシャベルの先を上へに向け、軽快な動きで走り出した。 来る前に磨いて来たシャベルがきらりと輝き、準備も万端だ。 鍛え上げられた肉体を持つディガーだが、服装からはそう筋肉質には見えない。 ひょろりとした優しげな眼差しのお兄さんといった雰囲気だ。 「っと!」 シャベルの先で引っかける感じで、ディガーが雲を下から、動きを止めた。 「見事な雲を捕まえましたわね」 「これなら、3人乗れそうなのです」 ディガーが、雲を引っ張って、ゼロと幸せの魔女が乗りやすい高さに持ってくる。 「ありがとう」 「ありがとうなのです」 「役割分担、だね」 2人が乗った後、ディガーも乗り込むと、シャベルを操縦桿のように突きたてた。 すぽっとすり抜けることもない。 全員が乗り込んでから、少しずつ高度を上げていき、浮かんでいた雲よりも、もうすこし上の方に上昇してもらう。 「方角はあっているはずですわ」 「太陽を背にしているのです」 「じゃぁ、このまま進むよー」 「オーケーよ」 「了解なのです」 ふわふわと遅い印象の強い雲だが、実際はそれほど遅くはない。 流れに乗れば早いし、見えているよりは早いものらしかった。 「折角だから、雲の上でティータイムはどうかな?」 「とても良い考えね」 「異論はないのです」 2人の賛同を得て、ランチクロスを広げ、バスケットから食器を取り出し、手早い動きで、湯を沸かす。 その間に、自作した旅行スケジュールの冊子を開いてみる。 作成者は幸せの魔女。 折角だから、冒険ツアーの冊子を作ろうと思い立って、喫茶ルームから帰る途中に、壱番世界に降り立ち、品揃え豊富な文房具店に行って買いそろえ、印刷ではなく、手製で三部作成したのだ。 そのスケジュール通りに動いているわけだが、意外とハードスケジュールなのは、壱番世界にある旅行パンフレットを参考にしたためで、限りある時間をきっちり使い切るというものが多かったからだろう。 きっと一泊二日とか、二泊三日のものを参考にしたのだろうが、生憎とそういったものとは縁がないので、計画旅行というのはこういうものなのだと実感しているくらいである。 「次は、虹の根元ですが、どれくらいかかるでしょうか」 「幸せの魔女である私がいるのだから、予定通りに到着するわ、きっと」 「出来上がったよ」 「いただきます」 「いただきますわ」 香りを楽しみ、味を楽しむ。 暖かな風が少しだけ冷たく変化していく。 「あら」 幸せの魔女が下を覗くと、小雨が降っていた。 「小雨が止んだら、虹出るかな」 「モフトピアは虹のでる確率が高いほうなのです」 「そうか、出るといいな」 幾分ひんやりした指を温める為に、ディガーは両手でカップを持つ。 温まった陶器が心地よい。 「上から見える景色がクリアになってきましたわ」 小雨はほぼ降らなくなったらしく、柔らかな色合いの地表や、可愛らしい家々が遠くから見えた。 自分達が向かっているのは、住処が点在している浮遊島よりは、もっと向こう。 殆どのアニモフがいったことのない場所。 冒険心をもっているアニモフがいれば、渡ってきているかもしれないが。 見える範囲には、アニモフは居なかった。 小雨が完全に止み、薄曇りだったところも明るさを取り戻す。 どの辺りにできるのだろうと、乗っている雲をだいたい同じ辺りをぐるぐると緩やかな円を描いて回っていると、虹が出来はじめた。 「わあ……!」 「綺麗ね」 「大きいのです」 ゼロは巨大化したら、掴めるのではないかと思うが、こういうのは掴んだらきっと消えてしまうのだろうと思う。 「ディガーさんお願いしますわね。超高速で! 雲さん、貴方も宜しくね」 幸せの魔女は乗っている雲にも声を掛ける。 湿度が多かった地域を抜けようとしているせいか、雲も身軽になったのか、自然とスピードが出始めた。 「追いつけるかな」 「追いつく、ですわ」 「追いつくのです」 「じゃぁ、ぼくに確り掴まって」 「わかりましたわ」 「了解なのです」 ディガーの後ろに回った幸せの魔女が胸へと腕をまわしてしがみつき、ゼロが幸せの魔女との背中から胸へと腕をまわしてしがみつく。 3人が繋がって、目的地の虹の根元へまっしぐらに突き進んだ。 虹が消える前に運良く、目的地らしいポイントに到着した時には、寒いのか暑いのか分からなくなっていた。 風に晒されて、肌の感触が変だ。 それは一時的な物だとは思うのだが、ゴーグルくらいはしておけばよかったと思う。 ちなみにディガーは標準装備である。 掘削作業で目の防御は必要だから。 雲を空にかえして、休憩をとっていると、山にそってある森の方から、釣り竿をもったクマ型のアニモフがてくてくてくと可愛らしい足音をたてて近づいてきたのだった。 *** 手触りのよさそうなゼロを同じ位の高さを持つクマのアニモフが立ち止まった。 「この辺りにもアニモフは居るのです」 「珍しいのではないかしら」 「何か知ってるかも知れないから、聞いてみよう!」 ディガーが、此方を窺って立ち止まっているクマ型アニモフに近づいて、同じ位の高さに身をかがめた。 「おきゃくさん?」 「ぼくはディガー。クマさんは?」 「ブラウンだけど。こんなへんきょうにどうしたの?」 「えっと、良いこと教えてもらって来たんだ! 虹の根元には何かが埋まってて、それを掘ると幸せになれる……っていうあれ? 違ったかな? 合ってる?」 くるりと振り向いたディガーに幸せの魔女とゼロは頷いてみせる。 「にじのねもと? それなら、このやまのふもとかなぁ」 ブラウンは、ふわふわの指をぴっと立てて、示した。 「やはりあったのね!」 「楽しみなのです」 「凄い! 早く掘ろう!」 ディガーは早く掘りたくて仕方がないらしい。 シャベルを肩に担いで、今にも走り出していってしまいそうだ。 「確かに向こうから感じますわ」 幸せの魔女は、ブラウンが示した方向に頷く。 「向かうのです」 「あんないするよ」 「一緒に行こう」 1人を加えて、4人になった一行は、釣り竿を持ったクマ型のアニモフのブラウンの案内で、向かう事になったのだった *** 「そろそろつくかしら」 「後少しなのです」 やや歩き疲れた幸せの魔女は、最初と変わらないペースで歩くディガーとブラウンの方を見やる。 森を抜けて山肌に近い場所まできたところで、きらっと光るものが見えた。 「何だろう?」 「おおきなみずたまりがあるんだよ。さかなもいるんだ」 ブラウンは魚を釣る為に、釣り竿を持っていたのだ。 「水溜まりってことは、湖かしら?」 予想通りに現れたのは、湖。 山肌に添って出来上がった湖で、真ん中あたりにぽつんと小島があった。 小島といっても家が2.3軒は建てられそうな広さだ。 「とても綺麗なのです」 「湖の小島に渡る必要があるわ」 「ちいさいしまにわたる?」 「ええ。渡りたいの」 幸せの魔女がブラウンにそういうと、森の樹を意外と鋭い爪で、さくさくっとスライスして、蔦で縛った筏を作ってくれた。 危なげなく乗り移ると、小島までシャベルをオール代わりにしてディガーが漕ぐ。 すいすいっと渡り、小島に上陸すると、幸せの魔女がきらりと目を輝かせた。 「ここよ」 「掘るよ!」 幸せの魔女が、ディガーに掘削ポイントを的確に指示を出す。 まるで、現場監督のようだ。 ゼロは、何が出てくるか分からないので、何かあった場合に備えて、対処出来るようにディガーの掘る穴をジッと見つめている。 どれくらい掘り進んだだろう。 ディガーの身体が半分くらい消えたところで、もうすこしよ、と幸せの魔女がいった。 掘り進めれば掘り進める程、感じるものが大きくなっていく。 きっと大物だと、思った瞬間。 爆音と共にディガーが吹っ飛んでいた。 「ディガーさん!」 名前を呼ぶ幸せの魔女も、ゼロも共に吹っ飛んで、中空でゼロが巨大化した。 そして、落下しつつあるディガーを指で摘んで捕獲し、幸せの魔女は掌に着地した。 その間にも降り注いでくるのは温かい水。 「温泉……?」 「温泉を掘り当てたようなのです」 小島の真ん中から噴水のように噴き出す温水は、周囲の湖の水と溶けあって、程よい温度に変わった。 「すごいねぇ」 岸から3人の作業を眺めていたブラウンが、噴き出す温水をみて、吃驚している。 「あ、魚いるっていってたの大丈夫かな」 「たぶんだいじょうぶだよ」 釣り上げた魚を手にしたブラウンが言う。 絵で描いたような魚の形は可愛らしいものだ。 皆がお思う魚とは少し違うようだった。 「おんせん、ともだちよんできていいかな」 「勿論ですわ」 「沢山のひとが楽しめるのです」 「遠慮無く呼んでお出で。ブラウンも手伝ってくれた仲間じゃないか」 ブラウンが仲間を呼ぶ為に来た道を戻っていく。 その姿を見送る。 ゼロに岸で下ろして貰い、ゼロも元の大きさに戻る。 「水着に着替える必要がありそうね」 どうみても男女混合温泉。 広さから、衝立をつくるのも難しいだろう。 それにアニモフが男女別にはいるのかどうかという謎もあるが、ひとまずお先に堀たての温泉を堪能するのだった。 END
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