0世界にある広場の噴水の縁に腰を下ろし、モック・Q・エレイヴは待ち人が来るのをのんびりと待っていた。 「まだかなー」 噴水の水面には、モックの姿が映る。 人の形をした自分であるが、よくよく見ればその形を縁取る輪郭が細やかな角度を持って居るのが分かる。 モックは細やかな立方体の集合体で、群体で個を作り、モックの身体を形作っているのだ。 普段は人の形を取ってはいるが、必要とあれば、様々な姿形に変化する事が出来るのは、モックの強みだろう。 「そろそろ待つの飽きてきたかもー」 両脚をぶらんぶらんと振って、周囲を見渡す。 行き交う人も居ることだし、何か芸を見せて笑わせるのもいいかもしれない。 さて、何の形に姿を変えよう? と考えていたところで、待ち人が連れ立って現れた。 一一 一と、臣雀の2人だ。 「お待たせしました!」 「待たせちゃったかな? ごめんね」 「ボクが勝手に早く来ちゃっただけだから、気にすることないよ!」 モックが両手を胸の前にして左右に振る。 癖のある茶色の髪。襟足や顔のサイドにある髪がくるりと外側へと向いているのが活動的な印象を与える。前髪片方を黄緑のピンでクロスにして留めている元気な少女が一だ。 頭の両側をお団子にして纏めたところに一回り三つ編みで飾って、なお長い艶のある黒髪をツインテールにしている少女が雀。 動物に例えるならば、活動的なゴールデンレトリーバーと、ちょっと澄ました毛艶の良い黒猫だろうか。 「気持ちいい風が吹いて、芝生の生えてるチェンバーに行くー?」 「涼しいところはいいですね!」 「異論はないわね」 「では、しゅっぱーつ!」 案内をする旅行コンダクターよろしく、こっちだよーとモックは先頭を歩き始めた。 *** 青々とした芝生に春らしい青空。 からりと乾いた風。 このチェンバーの中は、ピクニックに最適な気候となっているらしい。 途中、食べ物を調達して来、今はそれを目の前に広げている最中だ。 レジャーシートは、一がいつも肩に掛けている水色のエナメルバッグから出したものだ。 最初はなくとも大丈夫かと思って居たのだが、予想より買い込んでしまったために、広げる場所があるといいかも、と考え始めたところ、壱番世界の万能水色猫型ロボットのように、水色のエナメルバッグから、ごく普通に出てきた。 乙女の鞄の中は謎がいっぱいです。 何故入っているのかという突っ込みをモックと雀はせず、袋や包みを解かれ、食べられるのを今か今かと待っている食べ物たちへと目を向けている。 飲み物は雀が持参した物もあり、準備は万端だ。 何の為の準備か。 それは、ここ最近友人知人問わずみんな忙しそうで、とても大変そうだということ。 エミリエまでも館長に就任してから、真面目に働いている。 忙しいのは分かる。 けれど、忙しすぎてユーモアを楽しむ余裕がないのは、なんだか寂しいもの。 こういうときこそ、何かしなければ! そう、イタズラだ。 そんなことを考えて、設けられた会なのだ。 「それでは、作戦会議を始める! あ、お菓子やサンドイッチとか飲み物は好きに食べて良いよー」 きりっとした口調で会議開始の宣言をすると同時に、お茶会モードの開始もゆるく宣言した。 「まずはヒメちゃん!」 モックは、指を揃えて一に掌を向けた。 チョコレートクッキーをもぐもぐと食べ終わり、冷えたレモンティで喉を潤してから、口を開く。 「個人的には、最近暑いんで、通りすがりの放水テロでもぶちかましたい所ですね!」 爽やかに一が言う。 「……まー、別にターミナルは暑くな……」 そう、ターミナルは別に暑くも何ともない。 が。 途中で言葉を途切れさせたモックは、ゼリービーンズを口へ放り込んで誤魔化した。 食事と言うよりは、捕食ではあるけれど。 エネルギーに変換しているので、食べ物もオーケーなのである。 「ハッハッハ、細かいことは気にしないで行きましょうか。……OK、テーマは納涼だ! そうと決まれば、色々アイデアを出していこう。そうだな……、ボクは大量の雪玉にでも変身しようかな。で、オミオミから道行くひとに渡して貰って、ドカンと破裂でもしたら面白そうじゃない? 冷たくて背筋も凍る、ってね♪」 「さらさらヒヤッという感じの冷たさは納涼だよね」 「渡した人が面白がってくれたら、あたしたちも雪玉で雪合戦して雪まみれで納涼するのもいいかも?」 「それ、いいね! スズちんは如何致すっ」 アイデアプリーズ! エアマイクを握り締めたモックがノリで雀に向ける。 「広場の館長の銅像にイタズラしたい! 落書きしたり、額に肉って書いたり、……あとは、えーと……、そうだ、呪符の力を使って徘徊させたり!」 夜に徘徊させれば、出会った人は間違いなく吃驚するだろう。 落書きしたのはあとで綺麗に落とせる塗料かインクを使えば問題ない。 イタズラしたお詫び? に落書きを落とすついでに、綺麗に磨いてあげてもいい。 「心得た! 夜間の部は、肝試しナイトで行こうか。ボクのっぺら役ー。カズやんは、蒟蒻お願いね☆」 「蒟蒻ひんやり冷やしておくとよさげですね」 「ボクがクーラーボックスと破裂しない雪を作っておくよ」 「よろしくお願いしますね!」 「ターミナルに新たな怪談誕生ってね。あ、世界司書のシドさんを脅かしてみたいな~。シドさん、ちょっと怖くてとっつきにくいけど、肝試ししたら新鮮な反応してくれそうだし? どうかな?」 世界司書のシド・ビスタークは、ネイティブアメリカン的な羽根飾りと、表情を読みとらせないサングラス、鍛え上げられた身体の所々に配された刺青の紋様が特徴的な男性だ。 いかつく肉体派に見えるが、実はインドア読書家。 なにより、意外と負けず嫌いという性格の持ち主だ。 きっと雪玉で吃驚させられたり、脅かされたりしたら、やり返してくるに違いない。 そうに違いない。 寧ろそうだといいな。 「ふむ、んじゃ、暇そうな時を狙ってやってみるかっ」 シドを標的と定めて、面白いエッセンスを加えて煮詰めていく。 「衣装をお揃いTシャツ的なもので揃えてみるのも面白いかもしれません。共犯っぽさが上がりますし」 「うん、よいねー。テーマ的に「納涼」とでも描いたやつを作ってもらおうZE! デザインはヒメちゃんに任せてもOK?」 「大丈夫です! あとで壱番世界にいってTシャツ屋さんでオリジナルTシャツ作って貰ってきますね。あ、お祭の幟とかも作ってみますか? かき氷始めました、みたいな感じで、納涼始めました、みたいな」 「宣伝みたいなもの?」 「イタズラするところに幟をたてておけば、納涼開催中の目印になっていいんじゃないかな」 雀が何本か作って、使う場所に台座込みで差しておけばいいのではないかと提案する。 「大体決まったかなー。あとは、この目の前のお菓子を平らげてから、必要な道具調達だね」 「まずは腹ごしらえから、ということですね」 「楽しみだよね」 どんな風に驚いてくれるのだろうかと考えると、笑いが自然と込み上げてきたのだった。 *** そんなわけで。 突発納涼祭が翌日から行われることとなった。 何故翌日かというと、館長の銅像にイタズラを仕込む為と、小物調達に時間が必要だったからだ。 第一会場を広場、第二会場を芝生公園のあるチェンバー、第三会場を和風廃墟風のチェンバーに設定した。 納涼会場となる場所に『納涼始めました』と書かれた、ひんやりと涼しげな幟が立てられて、なんだろう? と集まってきた人に各会場への行き方の地図が描かれたポストカードをてきぱきと捌きながら、配布する。 注意事項には、濡れても怒らないで笑っていようと書かれている。 よく見れば、ポストカードは防水加工だ。 館長の銅像の額には赤色で盛り上がった文字で肉、と書かれており、頭にはソフトモヒカンのウィッグが被せられている。 早速昨日は、夜中に仕込んだときに徘徊してみせて、上手く行くかどうか確かめていたとき、目撃者が居たらしく、早速どこからともなく噂が流れていた。 今日も噂になった館長の銅像を見にやって来た人も多かったらしく、いつもとは違う様相の館長の銅像に注目した。 その一瞬の隙に、割と大口の放水口を一は上へと向けた。 さすがに人に直に向けると、数人は吹き飛ばされそうだったので、上へと向けたのだ。 放水された水は、一度は上へと解き放たれ、館長の銅像を見上げていた人々の上に降り注いだ。 「わ、わ、わ……!」 放出量が多いということは、水の勢いも凄いもの。 一は手にしたホースの勢いに翻弄されながら、なんとか上へと向けているのを維持していたが、段々と疲れ始め、銅像の周囲で楽しそうに放水シャワーを楽しんでいる人々の様子を見ていたが、上へと向けているのが限界になり、ホースが最後の水を吸い込んだ拍子に、手放してしまった。 放水口は上から下へ。 タイルの敷かれた床へと。 壱番世界にある鼠花火のように、思いもよらない動きで水を放射していく。 それは、さっきまで放水口をもっていた一をも巻き込んで水浸しにしてしまう。 「水浸しになっちゃいました!」 濡れた髪を掻き上げ、勢いを衰えさせていく放水口あたりを持ち上げた。 「水浴びはこれでおしまいです!」 「びしょ濡れだね、乾かすかい?」 モックが乾燥させる機械を作り出せるよ? と一に問う。 「暑くなくて、からっとした風を作り出せますか」 「お安い御用だよ……!」 水のタンクから放出口とホースを切り離し、それらを作り替える。 さっきまで水を送り出していたものが、風を送り出す大きな送風口となった。 「ふわ、気持ちいいー!」 さらさらと乾いていく髪の感触と、ぴたりと身体に張り付いていたTシャツがふわりと空気をはらむ。 「次の会場で待ってるよ!」 「お待ちしてます!」 モックと一は雀の待つ、第二会場のチェンバーへと向かったのだった。 *** 「ここであってるな」 第二会場に訪れたシドが会場を見渡す。 芝生の上には雪が敷き詰められている。 イベントの内容が分かってきた人たちは、カードの案内図通り迷うことなく、会場へとやってきている。 普段は芝生のチェンバーなのだが、雪玉を爆発させたり、雪合戦するにはクッションがあればいいだろうということで、降雪機でモックが敷き詰めたのだ。 その一部を使って雪玉を作り、モックの小さなドットを一つ仕込んである。 「シドさんが来たよ」 雀は籠いっぱいの雪玉を詰め込んでいるカートを押しつつ、シドへと近づく。 「招待に応じてくれてありがとう。楽しんでいってね?」 雀は、シドに雪玉を一つ渡すと、 「その雪玉で暑さを吹き飛ばしてね」 「雪玉で……? 確かに冷たく涼しいが、吹き飛ばす程でもないと思うのだが……」 手にした雪玉を掌の上で転ばせつつ、シドは? を脳内で増やしていた。 にっこりと雀は笑みを浮かべ、カートを押して、別の人々にも配っていく。 「みんな行き渡ったかなー?」 「だいたい配り終えた、かな?」 「では! 雪玉合戦開始です!」 「最初の雪玉は全部破裂するんだけどねー♪」 と、同時に各自が掌に持っている雪玉がぱしゃーん! という音と共に上半身に浴びせかける勢いで破裂しはじめた。 時間差で破裂していくので、自分のは大丈夫だったとほっとしたのも束の間、分け隔て無く破裂していく。 「……」 くぅるりとシドがモックたちの方へと振り返る。 「そういえば、雪玉全部配り終えました?」 「少しだけ残ったの」 「少し……!? それ破裂するんじゃ……?」 カートの中を覗き込んだ3人はそろそろ破裂タイムだったらしく、モックが停止信号を送ろうかと考えて、即座にやめた。 ほら、自分たちも体験するのもいいかな、と思って。 楽しければオーケーなのだ。 「雪塗れになってしまいました」 「雪もさらさらだから、すぐに払い落とせるよ」 「シド、こっちに来るよー」 「手に一杯の雪玉持ってる……!?」 「迎撃迎撃ー!」 「まだ用意してないのに!」 「モックさん、破裂しない雪玉作って下さい」 「わかったよ」 「私と雀さんで迎撃開始です!」 「わかったわ!」 両手に雪玉装備し、指と指の間に挟まれている。 その雪玉を一斉放射のような動作で、シドは3人に向けて投げつけた。 「わわわ……!」 「大きいといっぱい雪玉を装備できるのは向こうが有利ですね」 「小さいながらも出来ることがあるわ、たぶん」 「小さい……? 下から上へのアンダースローで行きましょう」 モックは黙々と雪玉を作りつつ、手が空いた時には雪玉を上から投げている。 大胆な戦法であるぶん、雪玉調達に時間が掛かるシドは、幾度かやりあってから、雪にまみれて雪原に沈んだ。 物理的な意味で。 雪玉をぶつけられる量が投げるぶんより上回ったからだ。 「シドさん、大丈夫ですかー!?」 「シド、凍ってない?」 「生きてるわよね?」 掘り起こしに行った方が良いだろうかと考えて、近づこうとしたとき、どさりと雪が崩れた。 シドが出てきたのだ。 大丈夫だというように、3人にぐっと、親指を立ててみせた。 *** 夜は館長の銅像にご出張を願って、第三会場の和風廃墟風チェンバーで肝試し。 ひんやり涼しく、そして背筋の凍るような冷たさを。 廃墟風というだけあって、風情がなんとなく出てきそうという雰囲気を醸し出している。 足もとには時々冷たい風を送るようにセッティングされ、細い路地の行き止まりや、何にもなさそうなところには、ランダムに冷えた蒟蒻が舞っている。 ぺたん、ぺたんと。 ぎぎっと音をたてて移動するのは館長の銅像。 でもよくよく見れば額には肉の文字が書かれ、ソフトモヒカンのウィッグ装備で、いまは暗がりでも分かりにくいように、インバネスコートを羽織らせられている。 結構怖い。 変態的な意味で。 「シドさんいました?」 「うん、居たよー。なんだか、必死に捜し物してるみたいだね。何だろう」 「……あ」 「どうしたのー?」 「もしかして、館長の銅像を探してるのか……な?」 怖々と雀がシドの捜し物を言い当てた。 「あー、たぶん、そうだよねー」 「壱番世界の怪盗みたいに、館長の銅像借り受けた! みたいなことをした方が良かったですか……」 「それはそれで騒動になったきがするなぁ」 「うん、どっちにしてもシドさんは捜し物をしに来るって事でファイナルアンサー?」 「イエス、ファイナルアンサー」 にやりと2人は笑い、各自お化けの衣装を纏い、脅かすべく散った。 先ずは雀から。 猫娘の衣装に身に纏い、手にしているのは蒟蒻を吊り下げた釣り竿。 身軽な衣装で、軽快に走り抜けられる。 大柄なシドがやって来ると、ぶんっと蒟蒻の釣り竿を動かした。 標的が大きいとぶつけやすいが、顔に当たらないのが難点だ。 その例に漏れず、シドの首もとにヒットしたらしく、手で濡れた箇所を拭って、なんだったのか確かめている。 「水……いや、蒟蒻というやつか?」 やって来た方向と消えていった方向を確認しつつ、隠密行動に移ったシドだが、目的地に辿り着いたときには、すでに雀は離脱成功していた。 「ひんやり体験してくれるといいな」 次のお客さんへと蒟蒻サービスをしに向かう猫娘。 モックはのっぺらぼうの顔に組み替えている。 真っ白な何にもない顔で、本人は困る事もなく、やって来る人にのっぺらぼうの顔をさらして、絶叫を引き出している。 何事もなくみえる人が振り向いたら、あるとおもっているものがないと、吃驚するらしい。 シドも例外ではなかったらしく、 「……、吃驚した」 「それ、吃驚したんだね?」 思わずのっぺらぼうのモックが聞き返していた。 「……ああ」 驚きが去り始めて、まじまじと見つめて頷いた。 「じゃあねー」 「ああ」 モックは驚かせたのが嬉しかったのか、内心でくすくすと笑っていた。 やっぱり驚いてくれるのは感情を揺らしているということで、楽しんでくれていると思うからだ。 一はというと、九尾の狐でしっぽもっもふ。 広めの通路で、畳敷きの場所で、やって来る人ににやーりと笑いかける。 ちょっと怖い目な和風メイクをしているので、肌は真っ白で、目の縁は赤、唇は裂け気味にみえるようにしていた。 髪はさらりとくしけずって、真っ直ぐにした地毛。 メインは尻尾がふさふさしているところなので。 ふふふふと高音気味に笑えば、びくっと立ち止まってまじまじと見るべく近づいてくる。 そんなときは、立ち上がって向かっていくのだ。 慌てて逃げる人の姿を見送って戻ろうとしたとき、次のお客さんが来た。 シドだった。 「あ」 「用意してくれ」 「わかりました」 あれ? と思いつつ、一は元の位置に戻った。 再びシドがやって来ると、脅かすのをセオリー通りにしたのだが、驚くと言うよりは、メイクを感心しつつ見ているといった風だった。 細かな伝統的な衣装は意外と気になるらしい。 じっくりと観察された一は、追い出すように次の通路へと送り出したのだった。 *** やりきった感じで、朝を迎えた面々は、館長の銅像を綺麗に磨いて元に戻した。 犯人は分からないままで、夜中に歩き出すこともあるのは、夏の一つの怪談のネタとして残ったのだった。 「楽しかったね」 「こういうのもいいですね」 「イタズラは好きよ」 「来年もいいかもねー」 ほんのりと疲れの残る身体をベンチに腰掛けて、館長の銅像を見上げた。
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