オープニング

 図書館ホールの隅に、そのチラシはそっと貼られていた。


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 ターミナルの皆様へ

 このたび、ヤン・ウルさまのお声掛けにより、
 当店において、料理教室を開催する運びとなりました。
 講師は店長以下、各店員が適宜つとめさせていただきます。
 第一回目は、「秋の味覚」がテーマです。 
 旬の食材を生かし、彩りと食感をご堪能いただければと思います。

 どうぞお誘いあわせのうえ、ご参加をお待ちしております。 

          クリスタル・パレス スタッフ一同

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「たのもー!」
 その手にチラシを握りしめ、最後の魔女は、ズゴゴゴゴーーー! と現れた。
「まおうとしての ちい と めいよ をすてて あえて ぱーてぃーに おもむくか……」
 ターミナルのクリスマス2011(過去ログ)参照の素晴らしいノリの良さに、思わずシオンは引きずられた。
「出やがったなラスボス」
「あら。お客様になんて言いようかしら。永久凍土の中で眠りにつきたいの?」
「すみませんごめんなさい。全面的におれが悪かったです。あなたこそはおれにとって最後の魔女にして最後の女神。下僕とお呼びくださいとりあえずほうじ茶をどうぞ。いちお、今日は料理教室なんで平和的によしなに」
「くっくっくっ……面白い。終焉を招く私の料理、とくと味わうが良い」
「お邪魔しますー」
 最後の魔女の後ろから、お下げ髪の女子高生がひょこっと顔をのぞかせる。吉備サクラだった。
「これはサクラさま。先日は、素晴らしい服をありがとうございました」
「おれに逢いに来てくれたんだなそうだなそうなんだな!?」
 頭を下げるラファエルと勢い込むシオンだったが、サクラはそっと店内を見回す。
「ええっと、ジークさんもいらっしゃいますよね?」
「……いや、今日はシフト外だったけど、サクラがそういうなら呼ぶよ呼びますよ呼べばいいんだろチクショー」
 シオンは涙目で携帯を取り出し、ジークフリートに連絡を取る。
「こんにちは、シオンさん」
 ピンク色のロングヘアが、ふわりと揺らいだ。
 人なつこい笑顔を見せて現れた舞原絵奈に、シオンの頬がゆるむ。
「おおおおーーーー! 絵奈じゃーーーーん!! おれのこと覚えててくれたんだな!!!」
「はい、名刺をいただいたので。それより」
 しかし絵奈たんのお目当ては別にあったようで、挨拶をすませるとあっさりきっぱりシオンから離れ、きょろきょろする。
「ヤンさんは……、まだなんですね……。もふもふ……、いえ、何でも……」
 恥ずかしそうにもじもじする絵奈たんにシオンがハートブレイクする間もなく。
「……私も参加していいかしら。べっ、別に自信がないわけじゃないけど! 料理の腕上げたいし! もうちょっとレパートリー増やしたいしね!」
 すんげぇツンデレな台詞とともに、ヘルウェンディ・ブルックリンの登場である。
「おっ、ヘルぅ! よく来てくれたな。相変わらず美少女だなー」
「こんにちはシオン。……あ、ラファエル。この前はありがとう」
 しかしヘルたんは、すいぃぃぃぃーとシオンのそばを抜け、ラファエルに話しかける。
「どういたしまして、というべきかどうか」
「あのあと、結局ふたりして、ストラディヴァリウス・グラッパをひと瓶空けちゃったみたいね」
「お父様にはくれぐれも、肝臓を大切にとお伝えください」
「しじみ汁でも飲ませとけ。娘渾身の手料理なんざ贅沢だ」
 本日の趣旨から離れまくりのぼやきを、ついシオンは口にしたが。
「チラシを見たぞい。楽しそうな企画じゃな」
 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノが扉を開けるなり、すっ飛んでいく。
「ジュリエッターぁああああ! この間はハローズに行けなくてごめんな! おれを見限らないでくれ頼むいつかリベンジさせてくれぇぇぇぇ」
「はて?」
 ジュリエッタは、きょとんと首を傾げる。
「そんなことがあったかのう?」
「お気になさらず。シオンは時々、妄想が暴走することがあるようで」
 にこやかに言うラファエルに、ジュリエッタは納得して頷く。
「うむ、何かと忙しそうじゃからのう。ところで店長殿、ミシェルは元気でやっておるかえ?」
「おかげさまで、だいぶ、人前に出しても恥ずかしくないようになってきました。よろしければ、アシスタントとして呼び出させていただきますよ」
「いいよなー。おれ以外のみんなは、もててさぁ〜〜」
 しばし壁に手を当ててがっくりボーズをしていたシオンは、
「にゃっ?! もうみんな来てたのにゃー!」
「こんにちは、ラファエルさん。開催ありがとうございます」
 連れだってやってきたヤン・ウルと相沢優を見るなり、だだだっと駆け寄り、ふたりにがっしと抱きついた。
「どうしたのかにゃ!?」
「何かあったのか?」
「……いや、ちょっと癒されたくなって」



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!注意!
企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。

この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。


<参加予定者>
ヤン・ウル(cefc6330)
相沢 優(ctcn6216)
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)
舞原 絵奈(csss4616)
最後の魔女(crpm1753)
吉備 サクラ(cnxm1610)
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品目企画シナリオ 管理番号2163
クリエイター神無月まりばな(wwyt8985)
クリエイターコメント※このシナリオは、ナラゴニア襲来以前の出来事として扱います。

こんにちは、神無月で〜す。
このたびは楽しげな料理教室の企画をいただき、まことにありがとうございます!
そんなに前のめりに受けて大丈夫なのかオマエ、という声が聞こえてきそうな気がしますが、書かせてくださいお願いします。でなければこのほとばしる愛をコントロールできぬがゆえに。

さて、内容をおまかせいただいたので、「秋の味覚」をテーマとしております。
厨房には、秋が旬とされる野菜・果物・魚などが揃っています。
皆様、それぞれ、作ってみたい料理やデザート等を、お教えください。
(お好みの素材をもとに、講師が考案させていただくこともできます)
その際、誰のために作りたいか耳打ちくださると、凝ったものになる……、かも知れません。

なお、

◆千年に一度だけ採れる伝説の松茸と本しめじを使用した彩りきのこ料理バラエティ(産地:ヴォロスの山奥)
◆幻の栗を使ったほくほく栗ご飯と栗のスイーツいろいろ(産地:モフトピアの森)
◆美食家垂涎の秋を象徴する魚、脂の乗った『天使のサンマ』の炭火焼き(産地:ブルーインブルー)

などなどのレア素材使用メニューにつきましては、監修の料理長と相談のうえ、急遽、冒険旅行に旅立つ覚悟をお持ちくださいませ。

ともあれ、お料理が完成しましたら、皆さんで試食会を楽しみましょう。

それでは、料理教室を始めさせていただきます。
覚悟、じゃなくて、ご準備はよろしいでしょうか?

参加者
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望
相沢 優(ctcn6216)コンダクター 男 17歳 大学生
舞原 絵奈(csss4616)ツーリスト 女 16歳 半人前除霊師
ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)コンダクター 女 16歳 女子大生
ヘルウェンディ・ブルックリン(cxsh5984)コンダクター 女 15歳 家出娘/自警団
ヤン・ウル(cefc6330)ツーリスト 男 49歳 商人
最後の魔女(crpm1753)ツーリスト 女 15歳 魔女

ノベル

Recipe1◆誰がために

 カフェのレイアウトは、通常営業のときとはがらりと趣きを変え、料理教室に適した設営がなされている。
 大理石のテーブルに用意されているのは、おもに壱番世界から仕入れてきた旬の食材だ。
 秋味(鮭)、秋太刀魚(サンマ)、太刀魚、しらす、あわび、伊勢海老、銀杏、えのき、しめじ、柿、栗、りんご、葡萄、梨、さつまいも、里芋、すだち、柚子などなど。
「一口に秋の味覚っていっても、沢山あって迷っちゃうわね」
 持参の、各種セクタンプリント入りエプロンをつけたヘルウェンディは、やや途方に暮れて、あふれかえる食材の山を見る。
「どうせなら、すっごいの作って見返してやりたいし。……それに、ジャンクフードとお酒ばっかじゃ、体に悪いし栄養偏るでしょ」

 ヘルウェンディはずっと、父親への錯綜する感情から、ツンなことを言い続けてはいるけれども、よく聞けばそれは実に素直な、ともに暮らす家族ゆえの、細やかな心配りが察せられる。
「ヘルウェンディさまが、お父様を想うあまり、ご参加くださったことはよくわかりました」
「なっ、なによ、そこまで言ってないじゃない! 一応、む、娘として心配してるだけよ?」
 シャープな目元にさっと朱が走り、あどけなくなるさまに、ラファエルは微笑みを返す。
「……ねえ、ラファエルはどんな料理が得意?」
「おや、話を逸らそうと?」
「ごほっ。マ、ママはとっても料理が上手なの! その娘なのに、私はなんで上手くならないのかしら? 愛情は……ちゃんとこめてるつもりなんだけど」
「ご考案中のメニューを当ててみせましょうか? お酒の肴にもなる、軽くつまめるイタリア料理。肝臓をいたわり、二日酔い等の予防効果があればなお良し」
「ど、どうしてそんなことがわかるのよ!」
「ヘルウェンディさまのお顔に書いてありますよ。そうしますと素材は」
「……そうね。天使のサンマを使ってみたいんだけど」
 あくまでもツン姿勢を崩さないまま、ヘルウェンディはメニュー調整に入る。
「良いご選択です。二日酔いはそのかたのアルコール代謝能力に起因しますので、肝機能を高めておくことが必要です。それには良質のタンパク質をとるのがいちばんですし、天使のサンマには壱番世界のサンマの数倍の栄養素が凝縮していますので、ご希望のメニューにぴったりです。素材を生かした、シンプルな調理が望ましいですね」
「魚料理って慣れてないから、手順が簡単だとうれしいけど。……でも、手間がかかってないと思われるのも癪だわ」
「それはもう。ヘルウェンディさまには、ご自宅で今日の成果を披露してお父様を驚かせ、料理技術の飛躍的な向上を承認いただかなければならない、という大仕事があることは心得ております。ですので『あまり手間をかけていないのに非常に凝っているふうに見え、見栄えが華やかで、なおかつ美味しい』というのが理想的かと」
「ずいぶんストレートに言うのね」
「料理というのは結局、素材と本音で向き合わなければならないものですよ。同様に、それを提供する対象の相手とも」
「――本音で」
 その言葉を、優は、ふと復唱する。
 それまで優は、食材を検分しながら、ペンギン料理長とメニュー選定の打ち合わせを開始していた。とはいえ料理長は寡黙なので、意思疎通の手段はおもに筆談とニュアンスになるのだったが。
 優はあらかじめ、作りたいメニューのメモと完成図のイメージラフを複数、持参していた。
 サーモンとアボガドのサラダ。栗を使用したパスタ。本しめじのオーブン焼き。松茸の洋風オードブル。栗のケーキ。焼き林檎のタルト。これらの中から何点かチョイスし、講師と相談のうえ、アレンジを加えていく方向性である。
 なお、料理長は今回、優の担当講師になることを自ら申し出たという。「………。……。…(⌒⊥⌒)(訳:彼には才能がありそうだ。願わくばぜひ、料理の道を極めてもらいたい!)」という意向のようである。
 ラファエルは言葉を添えた。
「素材とメニューを選ぶ段階で、食べてほしい相手が思い浮かんだなら、すでに料理は始まっています。優さまは、どなたのために作りたいですか?」
「俺は」
 優は一瞬だけ、絶句し、逡巡した。
 脳裏に鮮やかに浮かぶ少女の名を、しかし口には出さず、まっすぐにラファエルを見る。
「俺は、ラファエルさんや、シオンさんや、両親や友だちや……、それと」
 ヤン。ヘルウェンディ。絵奈。サクラ。ジュリエッタ。最後の魔女。
 ひとりずつ、視線を合わせた。
「何より、ここにいるみんなに美味しく食べてもらうために、作りたいと思います」
「優~~~! いいやつだなあ、おまえ」
 感激したシオンが、締め付けんばかりの勢いで、またも優にぎゅむっと抱きつく。
「シオンさん、力こめすぎ……」
「呼び捨てでいいぞ、大親友!」
「どさくさまぎれに一方的な関係を構築しないように」
 首根っこを掴まれ、シオンは優から引っ剥がされた。

  *

「サクラちゃんからご指名があったって!?」
 ばばーん、と、扉を開け、息せき切ってジークフリートが駆け込んできた。
「うわジークさん早ぇ」
「寮で昼寝してたんだが、飛び起きた」
 この店舗は店長ラファエルがひとり暮らしをしている自宅でもあるため、クリスタル・パレスに勤務するギャルソンやギャルソンヌのほとんどは、徒歩通勤の便を兼ね、独身寮で共同生活をしている。画廊街近くの古びた洋館ふたつを男子寮と女子寮に分け、使用しているのだった。
 何でも、無名の司書も「寮母」を兼ねて、女子寮の一室に住んでいるそうな。
「俺のエプロンは?」
「ほい」
 シオンが投げた専用のエプロンを、ジークは器用に受け取った。乱れた髪を整えながら、手早く身に付ける横で、サクラがにこにこと挨拶をする。
「こんにちは、ジークさん」
「ようこそサクラちゃん。来てくれてありがとうな。しかし、仕立て技術に加えて料理の腕も磨こうとは、すごい向上心だ」
「普通の料理はそれなりに出来ます。お料理得意なキャラが多いから、なりきりレイヤーはお料理技能必須です」
「……そういうものなのか。で、今日は何を作りたい?」
「私にとっての秋の味覚は、栗と柿です。栗と銀杏入ご飯とか、栗と鶏肉の煮物しか作ったことないですけど。柿は普通に剥いて食べるだけでしたし……。だから」
 サクラは、じっとジークを見上げる。
「ジークさんの好きなものは何ですか? それを作りたいです」
「おぉーっ! 聞いたかシオン。サクラちゃんから俺への愛と想いがあふれた告白を!」
「いや全然聞こえなかった。つか告白じゃないし」
「聞いたよな」
「聞こえなかった」
「じゃあ何度でも言ってやる。サクラちゃんが俺の好物を作ってくれるってさ! いやぁ。男冥利に尽きるなぁ」
「あ〜サクラ。ジークさんの好物はサキイカと柿の種梅しそ風味とレンコンチップスと乾燥納豆だから。これ渡して終了にしとくとラクチンだぞ」
 シオンはぼりぼりと頭を掻き、どこからか取り出した【お買い得! 壱番世界珍味詰め合わせセット】の大袋をサクラに押し付ける。
「……シオーン、今日はどういう主旨の貸し切りイベントだったかな?」
 その首根っこを、またも、ラファエルがぐいと掴んだ。
 いつも穏やかな笑みを絶やさぬ店長に、「このひとに逆らってはいけない」的、迫力のオーラが立ちのぼっている。シオンはさっと青ざめた。
「はっ、はい店長。ヤン・ウルさまのお声がけによる、秋の味覚がテーマの料理教室です」
「わかっているのならよろしい。……申し訳ございません、ヤンさま。私の教育が行き届かず」
「ごめんな、ヤン。店長の教育が行き届かなくて」
 すかさず言葉尻を捉えてから、シオンはヤンの後ろに避難し、思わずもふる。
「おっ、この絶妙な手触りとふわふわの毛並みが。……ん?」
 しかし、すでにそこには先客がいた。
「ああ……、この、もふもふ感……。抗いがたい誘惑と、とろけるような恍惚、そして訪れる癒しと幸福……。はっ、もしかして、これが恋……!?」
 絵奈がぎゅっと抱きついては、頬をすりすりしているではないか。
「今の絵奈と似たよーなこと、あちこちでいってる司書さんをひとり知ってるけど、それは恋とゆーより『濃い』じゃねーかな」
「でも、ヤンさんが目の前にいたら、つい、もふっちゃうよね」
 優もまた、ふかふかのキジ白猫の毛並みに指を埋め、目を細めている。
 挨拶代わりにもふられまくっているヤンは、何しろ海千山千の商人なので、鷹揚としたものだ。
「にゃふふっ、店長。皆で楽しく過ごすのが主旨にゃよ」

「あっ、あの……。シオン先輩。ジュリエッタさんがいらっしゃってるって、本当ですか?」
おずおずと出勤したミシェル・ラ・ブリュイエールが、店内をそっと見回す。
「来てるから呼んだんじゃねーか。わざわざモテ自慢すんじゃねぇよ。言っとくがおまえのライバルはアリオだ。強敵だぞ、いろんな意味で」
 手持ち無沙汰のシオンは、体育座りでふてくされている。
「久しいのう、ミシェル。息災でなによりじゃ」
 少女の爽やかな声に、ミシェルは顔を輝かす。
「……ジュリエッタさん!」
 13歳の翼竜の王子ミシェルは、壱番世界の無人島に転移した。今までさんざん甘やかしてくれた兄王子たちと離れたひとりぼっちの心細さと、思うように飛翔できない不安感から、巨大怪獣なさがらに大暴れに暴れていた。シラサギたちのコロニーに被害が及ぼうとしていたところ、ロストナンバーたちに保護されたのだ。
 ラファエルが身柄を引き受けると申し出て、独身寮の一員となり、クリスタル・パレス初の「鳥ではない」ギャルソンとなった。
 王子様育ちゆえ、わがままで世間知らずであった彼も、ラファエルの厳しい新人教育にさらされながら2年あまり。今ではすっかり接客作法を身に付けている。
 ジュリエッタとの出逢いは、保護されてしばらくが経過したときのことだ。その無人島で盆踊り大会が開催され、クリスタル・パレスの店員は総出でイベントスタッフとなった。ミシェルのもの慣れない様子に、ジュリエッタが、息抜きも必要じゃろうと踊りの輪に誘い、そして、一緒に踊った。アリッサとその協力者が仕掛けた壮大なイタズラ――大きな花火が夏の夜空を染めるその下で。
「お久しぶりです。ずっと――ずっと、お会いしたかったんですが、何だか、すれちがってばかりで」
「いつかの暑中見舞いは、読んでくれたかのう?」
「はい! 香房【夢現鏡】からのですね? とてもすてきな『ロータス』の香りでした。何より、ジュリエッタさんがぼくを気に掛けていてくださったことがうれしくて、ぼくは、ぼくは……」
「こ、これ。泣くでない。このように立派なギャルソンになったというのに、また店長殿に叱られるぞえ」
「はい……。すみません」
「なにぶんにも、まだまだ子どもでして」
 ラファエルはミシェルの肩に手を置き、ついでに、シオンの後頭部をぺしっと引っぱたく。
「せめて、皆様のアシスタントが勤まれば良いのですが」
「ぼく、がんばります! 何でもお手伝いしますから」
「本日は、どのようなお料理を?」
「うむ。わたくしはブドウを使用したレシピが良いのじゃが」
「ジュリエッタさまの故郷でも、葡萄の実りの季節ですね」
「イタリアは何気にEUナンバーワンの生食用ブドウ産地なのじゃ。実家でも、トマト園ほどではなかったが、ブドウも作っておったゆえ、旬のブドウを美味しくいただいたものじゃのう……」
「本日は、イタリア産のブドウも用意しております」
「それもありがたく使わせていただこう。だが、この機会にレア素材も取りにいきたいのう」
 ――これからモフトピアに行こうと思うが、同行してくれるかの?
 ジュリエッタに言われ、ミシェルは何度も頷いた。

「絵奈さまは、どなたへの料理を考えていらっしゃいますか?」
 聞かれて絵奈は、くすりと笑う。
「まだヒミツです」
「それはそれは。失礼しました」
「私、覚醒前は、自分の料理を『美味しい』って言われた経験、あまりないんです」
「ターミナルにいらしてからは?」
「何度か、あります。それはとても嬉しいことなんですけど、やっぱり自信が持てなくて」
 絵奈は、基本的な調理であれば、ひととおりはこなせる。だが、高度な調理技術をともなうものや、細やかな微調整やアレンジ、盛りつけの妙などを求められるものは不得手だった。それゆえ、少しでも腕を上げたいと思って参加したのだと言う。
「無謀かもしれないですけど……、せっかくだから、上級者の入り口に足を踏み入れてみたいです!」
「絵奈さまでしたら大丈夫ですよ。ところで講師のご希望などは?」
「絵奈絵奈~。おれ空いてるよ空きっぱなしだよどうかなむぎゅぐわッ!?」
 シオンはここぞとばかりに露骨な売り込みをかけたが、言い終わらないうちに店長に耳を引っ張られる。
「絵奈さまのご意思を尊重するように。……絵奈さま、いかがなさいますか?」
「あ、おまかせします」
「おまかせキター! じゃあおれにすべてをまかせて手取り足取りmyvmdk@;あぐっ」
「シオンは不適格と判断いたしますので、別の講師を任命しましょう。――ああ、グスタフ、シフト外の日に申し訳ないが、今から店に来てくれないか? そうなんだ、料理教室の講師が不足していて」

 ――おれ空いてるっていってんじゃーん!
 シオンの絶叫も空しく、非番の店員が新たに呼び出される。

「舞原絵奈さんですね? グスタフ・ソーンダイクと申します。お呼び出しいただき、かたじけなく存じます」
「初めまして、グスタフさん。……あの、お休みの日にご迷惑だったんじゃ」
「とんでもありません。お客様からのご用命は身に余る光栄です」
「……でも」
 絵奈が申し訳なさそうにするのも道理で、グスタフの端正な顔の眉間には、深い縦じわが刻まれている。何か悩みごとでもありそうに見えなくもない。
「お気遣いなきよう。これが素でございますので」
「グスタフはこれでも、うれしそうにしているんですよ。付き合いが長くなりますとわかります」
 フェレット司書アドがグース三兄弟の羽毛入りクッションを愛用していることは、ごくごく一部で知られている。その三兄弟の長兄、金色の鵞鳥グスタフは、手触りばつぐん寝心地最高羽毛で構成された金の翼にあるまじき、がっちがちにお堅い気質であったのだ。
「わかりました。じゃあ、今日はよろしくお願いします!」
 だが、その朴念仁ぶりは、かえって絵奈を安心させたようだった。絵奈・グスタフ組は、さっそくてきぱきとメニュー選定に入る。
「果物が好きなので使いたいのと、魚料理の経験が少ないので、それも作りたいです」
「具体的なイメージはお持ちですか?」
「以前、ある司書さんがジンジャークッキーを作ってらしたんです。ああいうの、いいなって思って。たとえば果物を使った甘くない料理とか、甘くない食材を使ったお菓子とか」
「食材のイメージを覆す料理ですね。心得ました」
「――あと、グスタフさんに教えていただきたいレシピがあって」
「わたしに?」
「可能なら、クリスタル・パレスの料理をひとつ、再現してみたいんです」

  *

 最後の魔女は、深遠な表情で、ずっと考え込んでいた。 
 黒髪ロリ着物美少女「こしのひかりちゃん」萌えイラストつきコシヒカリとれたて新米10kg入り袋(仕入れ担当シオン)を前に何を考察していらっしゃるのか、凡俗のものどもにはわかりようもないことではある。
「お忙しいところ、畏れ入ります。最後の魔女さまにおかれましては、どなたのためのお料理を……?」
「くっくっくっ、決まっているでしょう。全ての生きとし生けるものたちへ、よ」
 最後の魔女はおごそかに笑う。
「我が"終焉"の名を冠する料理を、人間如きが味わうことが出来るのだ! 光栄に打ち震え、思うさま歓喜するが良い!」
「広大無辺のお心、いたみいります」
 そしてラファエルは、前世からの宿命でもあるかのように言い放つ。
「そういうことなのでシオン。おまえは最後の魔女さまの下僕としてお仕えしなさい」
「下僕限定っ!? 講師じゃなくて?」
「最後の魔女さまにおまえごときが料理指導など、思い上がりもはなはだしい」
「だって今日のイベントは料理『教室』じゃんかー!」
「秋……、それは寂しさと終焉の季節。全ての物語は終わりを告げ、今ここに新たなる伝説が幕を開ける」
 ふっ、と、最後の魔女は両手を広げる。クリスタル・パレスを輝くオーロラが包んだ。
「ここに私が存在する限り、この料理教室は我が名を称え、終焉の訪れを予見するであろう」
「ええ〜〜!? ちょっと待って何を終焉させる気すか〜!?」
 わたわたするシオンの背を、ラファエルがぐいっと押しやる。
「煮るなと焼くなとご自由に。どうぞ、ご存分に料理ください」
「ふふ……、私は炊き込みご飯にチャレンジするつもりなの。材料は家から持ってきたから、シラサギを追加投入しなくても何とかなりそうね」
「今さらっと怖いこと言った〜!」
 ちなみに何持ってきたんすか、と聞いたシオンは、材料を耳打ちされて咳き込んだ。
「ちょ、それ、なんかの召還の儀式みたいな……」 
「見せてあげるわ……、極上の混沌(カオス)というものを。私のこの手は常に混沌を探し燃えている!」
 最後の魔女は、世界の終わりを思わせる鳴門の渦潮無限大∞なオーラを放ちながら、おもむろに腕まくりをし、じゃこじゃこと米を研ぎ始めた。
「ふはははは! メイルシュトローム!」
 料理教室の運命や如何に!

Recipe2◆ヤンのラブ☆インタビュー

 そこここで盛大にもふられなからも、ヤンは浮き浮きと、男女ペアのテーブルを回っては、メニュー内容……、というより恋愛脳炸裂のインタビューを開始していた。いつの間にか用意されたマイクを、猫手で器用に持っている。小さな身体でちょこまかと動くふわもこは、何とも微笑ましい。
「サクラとジークの関係はどうなっているのにゃ?」
「ヤンさんもふもふ……。あ、失礼しました、関係といっても……、会うのは二度目ですし」
「いやいいやいやサクラちゃんは可愛いし気にかけてくれるのはとてもうれしいしもちろん大好きだとも。今のところは大切なお客様として、ね」
「今後の進展の可能性はどうかにゃ?」
「それはわからないなぁ。ターミナルにはほら、こっちのシオンじゃないほうのグラウゼさんとか、いい男がいっぱいいるし、インヤンガイにも気になるひとがいるようだしね。サクラちゃん次第じゃないかな?」
「健闘を祈るにゃ。さて〜、ジュリエッタとミシェルには、甘酸っぱい青春のときめきを感じるのにゃが」
「その後どう過ごしているかずっと気になっていたので、成長ぶりを頼もしく思っているところじゃ」
「……そ、そんな……! ジュリエッタさんみたいな可愛くて優しくて聡明で上品でセンスが良くて引く手あまたな女の子がぼくなんかを……」
「ごちそうさまにゃ。ええと、絵奈とグスタフは」
「今日が初対面ですし、正直、恋ってピンとこなくて」
「本日は絵奈さんのお役に立てますよう、誠心誠意努力する所存です」
「にゃふふっ〜! 聞くところによれば壱番世界には『ひとめ会ったその日から恋の花咲くこともある』という古い格言があるにゃよ」
「はっ、存じ上げております。世界図書館所蔵の古文書を拝読しました。『見知らぬあなたと見知らぬあなたをデートで取り持つ……』と続くようですが、文字がかすれていて解読不能という」
「真面目なペアにゃ〜。次は……、んー、ヘルは彼氏持ちだけど、流れでヘルと店長にも聞いておくかにゃー」
「あらためてカーサーのこと言われると、何だか恥ずかしい……」
「ヘルウェンディさまは、私の飲み友達のお嬢さんでいらっしゃいます。とてもいじらしい、魅力的なかたですね。……今後の進展? ヘルウェンディさまにはすでに素敵なかたがいらっしゃいますし、私などは眼中にないと思いますが」
「聞いてみただけにゃよ。一応、そこの終焉ペアにも聞くにゃ?」
「関係? 下僕と全世界の終焉を司る女神ですが何か?」
「下僕として心よりの忠誠を捧げております。……今後? この忠誠が終焉を迎えることなく、永遠に継続することを願ってやみません」
「男女ペアじゃないけど、優と料理長にも聞くにゃ~!」
「そういえば料理長との初対面って、無人島のビーチの人間大砲コンテストで飛んで、海の中で無言でキャッチしてもらったときでしたね。一昨年のクリスマスディナーでもお世話になりました。今日はいろいろ教えてくださってありがとうございます」
「……。……♪……!………Σd(≧∀≦*)(訳:いやあもう好青年だねー。性格温厚で気配り上手で、料理センスが抜群によろしい。毎日でも厨房に来てくれてかまわないようんうん)」
「何となく、優&料理長ペアが一番ラブラブな気がするのにゃ〜。優はおいらも息子のように思っているにゃ。よろしくなのにゃ」

Recipe3◆レア素材ハンターズ

 メニューが決まっていくにつれ、レア素材の準備も必要になってきた。
 収穫のために各世界へ旅立つもの、残って料理作成を進めるもの、それぞれ手分けをしたほうが効率的ということで希望を募る。
「どの素材も全部気になるんですが、私は、モフトピアの栗を取りに行きたいです」
「では、お供いたしましょう」
 絵奈が言い、グスタフが頷く。
「うむ、栗以外にも、モフトピアのとある丘の上には、キャンディのように美しく、様々な色の粒で構成された虹色の房を持つブドウが実っているという。ごく稀に……、加工すると、激辛に変異してしまう粒も混ざっているとか……。それはそれでレアじゃのう」
「ジュリエッタさんが行くなら、ぼくも一緒に!」
 ジュリエッタ&ミシェル組も顔を見合わせる。
「じゃあ俺は、ヴォロスの松茸と本しめじを取ってこようかな」
「多少、戦闘力を強化したほうが安全ですので、私も優さまの補佐をしましょう」
「ラファエルさんも来てくれるんですか? ……でも、戦闘力が必要って、どういう……?」
「おいらはレア素材使用メニュー一択にゃ! 美食ハンターの腕が疼くにゃ~!」
 モフトピアでネコモフにまみれて幻の栗を探したり、ヴォロスで松茸狩りもしたいのにゃが、やっぱりサンマなのにゃよーーー! と、ヤンは猫手でガッツボースをする。
「……。……!(訳:魚好きとはうれしい。同行させていただく! せっかくだから獲りたてを試食してこよう)」
 料理長はすでに、トラベルギアの出刃包丁をスタンバっていた。

 結果、モフトピアにはジュリエッタとミシェル、絵奈とグスタフが、ヴォロスには優とラファエルが、ブルーインブルーにはヤンと料理長という異色コンビがおもむくことになった。
 
 なお、本日の料理教室イベントは、知られたら乱入してきてうっとおしいので、無名の司書には伏せている。
 ゆえに、モフトピア行きのチケットはヴァン・A・ルルーが、ヴォロス行きのチケットはモリーオ・ノルドが、ブルーインブルー行きのチケットはアドが、それぞれ手配してくれたそうな。

 →モフトピア:とある丘
 綿菓子のようなふわふわの草と金平糖の花畑が、その丘には広がっていた。
 だが、虹の葡萄の木のありかがわからない。他の樹木に埋もれているので、見つかりにくくなってるのだ。
 翼竜化したミシェルと、オウルフォームのセクタンが、丘の上を旋回し、捜索する。
「……たぶん、このあたりの木だと思うんですが」
「よし、登ってみようぞ」
「ええっ? 危ないですよ」
 果敢にも木登りを始めたジュリエッタに、ひとの姿に戻ったミシェルも続いたが……。
「お、おおっと?」
「……ジュリエッタさん……!」
 お約束どおりというか、ジュリエッタは木から転落した。
 で、下にいて受け止めようとしたミシェルを潰してしまった。
 んが、何とかお姫様だっこ状態はキープしたのでまったくもって無問題。
「相変わらず、のどかな所じゃのう」
 ジュリエッタは、久しぶりに訪れたモフトピアの風景に目を細める。
「ブドウを探すのが目的ではあるが、しばしのデートを楽しもうぞ?」
「……はい……!」
 ほどなく、宝石さながらにきらめく虹の葡萄を、ジュリエッタとミシェルは収穫した。

 →モフトピア:とある森
 その森は、うっそうと繁る木々が迷路を構成していた。
 絵奈とグスタフが途方に暮れかけたところ、通りすがりのネコアニモフが案内役を買って出てくれ、ようやくふたりは幻の栗の木に巡り着く。足元には大きな毬栗(いがぐり)が、いくつも落ちていた。
「絵奈さんがここにいらしたのは、どなたかに作りたい料理のためでしょうか?」
「わかりますか? 実は、ヘルさんに……。先日、依頼で一緒になったとき、大変お世話になったので、お礼がしたくて。幻の栗を使ったお菓子をプレゼントできたらって」
「そうでしたか」
「ヘルさんの好みとかよく分からないので、喜んでいただけるかちょっと不安ですけど……」
「きっと大丈夫ですよ。たくさん拾って帰りましょう」

 →ヴォロス:とある山奥
 腰まである草をかき分けながら長い山道を歩き続け、深い森を抜けた瞬間、美しい湖が目の前に広がった。
 名前も知らぬ花々が咲き乱れ、不思議な色の小鳥が飛び交っている。
 食材は、まだ見つからない。
 湖に映った優の顔が、ゆらめいた。
「ラファエルさん。俺、さっき、誰のためにって聞かれたとき、真っ先に浮かんだのが綾だったんです」
「はい。そう、思っていました」
「綾、いつかクリパレで料理教室をしたいってチェンバーで言ったことがあって。そのときは真っ先に俺を誘うって」
「……はい」
「すみません、こんな話」
「いいえ。このひとのために料理を作りたい。このひとの笑顔が見たい。このひとに幸せであってほしい。そう思える相手に出逢えたというのは、とても幸運なことですよ。たとえ、進むべき道が、そのひとと分たれたとしても」
 湖が、波立つ。
「私にも、そう思える相手がいましたが」
「……ラファエルさん」
「ああ、いえ、ただ――今は、彼女を思い出すときは、笑顔の彼女を想像することにしています。それが、出逢えたことや、頑なだった私の心を動かしてくれた、彼女への感謝だと思いますので」
「感謝……、ですか」

 波がおさまり――そして。

「お下がりください。優さま」
 ラファエルが、ギアを構える。
「どうやら、囲まれたようです。伝説の、牙と翼を持つ松茸と本しめじたちに」
「……………えええええええーーーー! そういうタイプの食材だったんですか!」
「そんなに強敵ではありませんが、噛み付かれると厄介ですので防御壁をお願いします」
「わかりました……!」

 →ブルーインブルー:とある謎の海域
「おいらの釣りの腕をなめるにゃっ!」
「……! ……! ……!!!」
「料理長もなかなかやるのにゃ」
「……♪」
「ん? 味見したいかって? 当然にゃよ」
「……。……。〜〜☆」
「こんなこともあろうかと七厘を持って来た? 料理長、男前にゃっ!」
「……。ヾ(・∀・`*)」
「ふにゃあ〜〜。サンマの焼ける匂いがたまらんにゃぁ~」
「………。…。o(≧ω≦)o 」

 ヤンと料理長は 絶 好 調 だった。
 大漁につぐ大漁で、借りた漁船は天使のサンマがぴっちぴちである。
 もー、味見もし放題。
 たんまり売れるほど採れたため、ヤンが後で自分の店で売ったり自分で食べたりも全然オッケーな量であったとさ。

Recipe4◆レッツ、クッキン!

「みんなー! 準備は万端かにゃあ? さてさてさてさて、レア食材も揃ったところで、メニュー発表と調理に入るにゃーー!」
「……!p(*^-^*)q」
 すでに天使のサンマの炭火焼をたらふく試食したおかげで、ヤンは超ハイテンションだった。つられて料理長も、いつになく朗らかである。
「おいらはもうメニューが決まってるから、みんなのお手伝いをするにゃよ!」
 ヤンは、あっちのテーブル、こっちのテーブルへと飛び回り、要望があれば猫手に包丁を持ち、足りない道具があればリュックからひょいひょいと出したりなどして、ほとんどスタッフ状態である。

◇ヘルウェンディ&ラファエル組(※ラファエルは総括講師兼任)

・天使のサンマの香草焼き
・秋なすとサンマのミルフィーユ
・完熟柿とレモンの蜂蜜ゼリー

「では、私からメニューのご説明を。おつまみにも二日酔い対策にも、ということでこのようなメニューになりました。サンマはハーブやオリーブオイルとも相性の良い魚です。香草焼きには、バジルペーストを手作りして添え、仕上げにピンクペッパーを散らそうと思います。ヘルウェンディさまのお父様が果物のスイーツを召し上がる図が想像しかねますが、ビタミンCと果糖がアルコール代謝を早めてくれますし、蜂蜜も効果的かと。甘さも控えめです」
「あの、実は私魚捌くの初めてで……。三枚開きって一体……。きゃっ、跳ねた! ぴちぴちする! きゃーいやーっ!?」
「ヘルウェンディさま! 発砲はお控えください!」
「もう知らないッ、あんなヤツ冷めたピザ食わせとけばいいのよ! どうせ私が来る前はデリバリーで済ませてたんだから、それか、とっかえひっかえ女に作らせてたんでしょきっと! ナレッジキューブを非常食にすればいいのよ!」
「落ち着いて……!」
「……カーサーは褒めてくれたけど、アイツは全然だし……。湯木だって『うまい』じゃなくて『固い』って……。やっぱり才能ないのかな、私」
「そんなことはありませんよ」
「ほんと、不甲斐ない生徒で、前から料理のことを色々教えてくれた優にも申し訳ないわ……」
「横からごめん。ヘルはよくやってると思うよ」
「優……」
「深呼吸して、手順をひとつずつ、こなしていこう」

◇優&ペンギン料理長組

・炙りサーモンとアボガドのカルパッチョ
・栗とゴルゴンゾーラのタリアテッレ
・秋のきのこのぷるぷる三昧ハーブソース添え
・秋の実りのパフェ

「………! ……。……☆!」
「ええと、料理長に代わり、俺が説明します。いろいろアレンジしてもらったら、かなり本格的になっちゃった気が……。料理長は、俺ならやれる! って言ってくれてるけど……。タリアテッレっていうのは栗を練り込んだパスタのことなんだ。きのこ料理は、本しめじのホイル焼きと松茸のバターソテー、舞茸の唐揚げを盛り合わせて、ハーブソースで風味を出す方向で。スイーツは、ちょっと欲張って、スライスした梨にアイスを乗せて、モンブランクリームを盛り、柿とぶどうとリンゴと栗を合わせると秋らしい感じになるかなって」
「優さまは、もう講師が勤まるレベルだと思いますよ」
「まだまだですよー。そうだ、俺のメニューにはなくて、ヘルのを見てて思ったんですけど、サンマの三枚おろしって難しいですね」
「そうでもないです。出刃ではなく、もっと薄い刃の包丁を用意すればよかったですね。かなり楽にさばけるはずですよ」

◇サクラ&ジークフリート組

・サンマの薫製とじゃがいものサラダ
・秋味のグリル、ローズマリー風味
・簡単モンブラン(100%サクラたんレシピ)

「薫製とサラダ、グリルは、ジークさんに教えてもらったとおりに作ります。初めて作る料理ですし、アレンジはなしにしますね。モンブランですが、バターを室温放置して、栗16個を圧力鍋で茹で、渋皮を剥き、フードプロセッサーにかけてから裏ごしします。バター、蜂蜜、コンデンスミルク、バニラエッセンス、塩を混ぜて12枚のビスケットに盛り付けて完成です」
「サクラちゃんのレシピ、きっちりしてんなぁ」
「……料理が失敗した時の保険です」
「いや、そういう作り方なら失敗はしないと思うぞ」
「少し味見してみてください。……どうですか?」
「美味い」
「良かった」
「何ていうか、堅実な味だ。サクラちゃんの真面目さが伺える」
「そうですか! じゃあ、ご褒美欲しいです!」
「いいよ、俺にできることなら何でも」
「壱番世界でデートしましょう!」
「お。聞いたかシオン」
「聞いてない」
「だったらもう一回いってやる。サクラちゃんからデートのお誘いだ。……で、どこへ行こうか?」
「一緒にイベント参加してください」
「ん、何のイベントかな……?」

◇絵奈&グスタフ組

・無花果の天ぷら、利休味噌田楽
・ルッコラとコーヒーのチョコタルト
・自家製スモークサーモンと秋野菜のサラダ仕立て(クリスマスディナーのアレンジ)
・幻の栗のテリーヌ(ヘルウェンディさん専用)

「意外な素材での料理、ということで、熟していない無花果を天ぷらにし、不思議な食感を追及いたしました。揚げたてが特に美味しいと存じます。ルッコラも秋が旬ですが、コーヒと合わせてタルトにしますと苦みが心地よいスイーツとなります。自家製スモークサーモンと秋野菜のサラダ仕立ては、クリスマスディナーのメニューの再現です。そのときは『冬野菜』でしたが、秋野菜に変更いたしました。栗のテリーヌにつきましては、バニラの風味を効かせて焼き上げたもので……、絵奈さん」
「はい、あの……ヘルさん、これ……」
「……私に?」
「お口に合うといいんですけど」
「……ありがとう。すごくうれしい」

◇ジュリエッタ&ミシェル組

・虹の葡萄のジュース
・虹の葡萄のスイーツパラダイス
・虹の葡萄とクリームチーズの生ハム巻き

「こちらは早々と完成じゃ。それぞれの色の房ごとに絞ったり、混合したカクテルを思わせるブドウジュース、ブドウのケーキ、ブドウパイ、ブドウゼリーが揃っておるぞ」
「変わり種として、お酒を召し上がるかたのおつまみに、クリームチーズを添え、生ハムで巻きました」
「ほれシオン殿、このジュースはいかがじゃ?」
「えっ、ジュリエッタが俺のために……! 飲むよ飲む飲みますとも!」
「一気飲みしないでください!」
「……………(くたっ)」
「ありゃ、気絶してしもうた!」
「激辛が混ざっていたんじゃないでしょうか……?」
「しっかりするのじゃ~」

◇最後の魔女&シオン組

・最終兵器炊き込みご飯オルタナティヴ

「くくっ。くくくくく……。ふはははは……………………!!!」
「(息吹き返した)えー。下僕よりご報告いたします。最後の魔女さまのステータスは【料理スキルLv0】【愛情Lv99】【攻撃力LvFF(16進数)】ということです。なお、お持ち込みの食材は、しめじ、ごぼう、にんじん、ブラックドラゴンの肉、ビホルダーの目玉、トログロダイトのヒレ、ケルベロスの尻尾、フロストサラマンダーの肝、ラストエリクサーとなっており、予断を許さない状況です。今後の魔女さまの料理動向にご注目ください」
「死神よ来たれ…ウゥ~ッ……カオス・オブ・デス!」

◇ヤン&ラファエル組(※ラファエルは総括講師兼任)

・天使のサンマの刺身と塩焼きと蒲焼きと生姜焼きと竜田揚げとその他もろもろフルコース

「おいらはとにかくサンマにゃ! サンマにゃ! サンマにゃ!」
「すがすがしいほどのブレない姿勢に癒されますね」


Recipe5◆混沌の中の夢

そこここでなし崩しに完成メニューの試食が始まっており、すでに場はカオスと化していた。

デート先のイベント内容を問うたジークの前に、サクラが取り出した分厚い設定集が、どんと置かれる。
「この『天然王女と軽薄王子』に出てくる主役の王子でお願いします。サービス精神旺盛で美形なジークさんにぴったりです! ジークさん見て卒倒する子沢山出ると思います!」
「つまり、コスプレということかな? ……俺につとまるかなぁ」
「王子に羽根はありませんが、マントで十分誤魔化せると思います」
「……ううん、難しいな」
「あの……、やっぱり駄目でしょうか?」
「そういう意味じゃないよ。俺が女の子からのデートの誘いを断るわけないだろう」
 言いながら、ジークフリートは、設定集をめくる。
「これは、ゲームキャラクターなんだな」
「そうです」
「設定集はこれから読み込むとして、キャラクター性を掴むために一度はプレイする必要がある。ゲームも貸してもらえないか?」
「R-18ですけど、いいですか?」
「問題ない」

「あ、美味しいよ」
「ほんと?」
 おそるおそる出されたヘルウェンディの料理をひとくち食べ、優は笑顔になった。
 ヘルウェンディの表情が、ふっと和らぐ。
 彼女も、絵奈が作ってくれた栗のテリーヌの美味しさに、御礼を言ったところだった。

  *

「料理長はずいぶんと、優さまが気に入ったようですよ」
 平行して片付けも行っている優に、ラファエルは声を掛ける。
 優はふと手を止め、声を落とした。
「……ラファエルさんにだけ言いますけど、俺、将来、自分の料理店を持てればって、漠然と考えてます」
「それは、とてもすてきですね」
「たぶん……、こうなったらいいなという夢のひとつかもしれない」
 ただ、すべては、壱番世界を救うことができてから。
 それからの、夢。

  *

「好評のようにゃ。今からさっそく第2回目の料理教室開催を希望するにゃ!」
「ありがとうございます。お待ちしております」

  *

 ……で。
 最後の魔女さまの炊き込みご飯も、とうに完成しているのだった。
 材料と見かけはすさまじいが、ものすごく匂いがよく、美味しそうではある。
 んが。
 何となく。
 まだ。
 試食に踏み切れない一同だった。

 いろいろ、終わっちゃう気がして。

クリエイターコメント【店長より御礼】
皆様、このたびは当カフェ第1回目の料理教室に、ご参加くださいましてありがとうございます。
おかげさまで盛りだくさんな内容となりました。
詳細につきましては、振り返っていただきますとしまして……。
ひとことで申し上げればカオス、いえ何でもありません。

ところで、ヤンさまが恋愛脳でいらっしゃったこともあり、当カフェのイベントとしては珍しくも、恋バナ要素高めとなったように思います。恋よりは「濃い」ではありますけれども。

楽しんでいただけましたでしょうか?
また開催できますことを店員一同、楽しみにお待ちしております。
ご利用、ありがとうございました。
公開日時2012-10-22(月) 23:20

 

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