画廊街のほど近く、古びた洋館が二軒、並んでいる。 その館は片方を、アルバトロス館(Albatrus―アホウドリ)、片方を、ストレリチア館(Strelitzia―極楽鳥花)と名付けられ、それぞれを、クリスタル・パレス従業員たちの男子寮・女子寮として、運用されているのだった。 クリスマスも近づいたある日のこと。 図書館ホールの片隅に、ある貼り紙が掲示された。 ・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+ (つ・o・)ターミナルの皆様へおねが~い♪ イルミネーションが華やかな季節となりました。 リア充なかたがたはラヴイベント目白押しかと思いますが、 デートがてらに、クリスタル・パレスの限定ディナーを何とぞ、何とぞ よろしくお願い申し上げます。 恋人にサプライズを仕掛けたい場合は、別料金でご相談に乗りますよ。 ……え? それもサービスに含まれないのかって? 何をおっしゃいます、愛は金貨では買えませんが、愛情を演出するには 費用が発生するんですよ、と、ロバート卿も仰って……なかったかな? まあ営業はこのくらいにして、ちょっとぶっちゃけますと、 なんか無名の司書さん、昏睡したまま夢の街を彷徨ってるらしく、 目覚めるまでに時間がかかりそうで。 それはいいんだけど、いや、よくないんだけど、ともかく、 司書業務のほうはモリーオさんが代行してくれてるからいいとして、 クリパレ従業員寮の寮母業のほうがね、お留守なわけですよ。 一応、不肖、私ことハツネ・サリヴァン16歳、あさぎ色のウグイスが、 うら若い身空で寮母代理に挙手したんですけどね。 んもーーーー。 まったく、進まないんですよ大掃除。 女子寮のほうはまだいいんだけどね。男子寮のほうがね〜〜。 誰か、お手伝いいただけます……、か? 文責 クリスタル・パレス ギャルソンヌ兼寮母代理 ハツネ・サリヴァン・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+.・‥…━━━★゚+「え? エエエ? うそぉおー! 絶対無理だって思ってたのに来てくれるひといたぁー。メアリベルちゃん、ジュリエッタちゃん、絵奈ちゃん、ゼロちゃん、サクラさん、蜘蛛の魔女ちゃん、あと、あああああアマリリスさまも……? 何なのこの面子。まるでクリスマスと年末とお正月が一緒に来るみた……、あ、来るのか。ともかく落ち着け私」 ハツネは動揺をおさめるべく、深呼吸をした。 カフェでの営業モード時には、愛くるしいゴスロリメイド服+縦ロールのツインテールといういでたちと、やや舌足らずの、甘く鼻にかかった声で男性客を悩殺しているギャルソンヌであるのだが、実は彼女は「おかん体質」であった。 ――ごっめーん、ハツネたん。あたし、当分、夢の街から帰れないから、寮母代理よろしくー。そうそ、シオンくんが先月分と今月分の寮費と親睦会費滞納してるんで、取り立てておいて。あと、年末大掃除と年越しの準備もよろしくねー。 ……という電波をキャッチしたのだと主張し、「寮母代理」と勘亭流で刺繍された割烹着を着込み、白い三角巾をきりりとかぶり、右手に竹箒、左手にちりとり、というコスチュームで頑張っているのである。……どこか間違っている気もするが、本人(本鳥)は真剣である。「そんなわけで皆さん。今から美女美少女美幼女7名が、お掃除支援のため、アルバトロス館にいらっしゃいます。ので、もろもろいろいろあれこれ適切に取り繕ってくださいますよう、お願いしますよっ!」 男子寮の寮生全員をダイニングルームに集め、そう言い放ったハツネに、シオンが「はーい質問」と手を上げた。「いつもどおりにしてればいいんじゃないのか? みんな掃除しに来てくれるんだろ?」 「あのねシオンさん」 ハツネは人差し指を、ぴしっとシオンに向ける。「女の子という生き物は、『男子寮』という響きに禁断の浪漫を感じるものなの。出生の秘密を秘めた少年や未だ語られぬ過去を持つ青年たちが、最初は距離を置きながらもともに暮らしていくうちに少しずつ内面を理解し合い、お互いの心の傷に触れながら深まっていく耽美ぎりぎりの危険な友情とかそーゆーのを求めちゃうの。……た と え ここの実情が、汗臭くてむさくるしくてグダグダな鳥の巣だったとしても」「やー。それをいうなら男の子だってなぁ、『女子寮』という響きにめくるめくファンタジーとときめきとエロスを感じてんだぞ? パジャマパーティーでじゃれあいながら交わされる秘密の告白。深夜のシャワールームで倒れる先輩。介抱する後輩。ふれあう手と手。乙女たちの涙。なのに 実 際 は 男以上に漢らしい連中の共同生活だって知ったときの絶望がわかってたまるか。おれの幻想を返せ戻せ!」「ん〜。女子はいいのよ。演劇体質だし空気読めるから」 シオンの反論はさくっと却下し、ハツネは宣言した。「それではそろそろ、皆さんをお出迎えします。総員、粗相のないように!」=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>メアリベル(ctbv7210)ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)アマリリス・リーゼンブルグ(cbfm8372)舞原 絵奈(csss4616)吉備 サクラ(cnxm1610)蜘蛛の魔女(cpvd2879)シーアールシー ゼロ(czzf6499)=========
Cleaning1◆身支度の心意気 アルバトロス館を見上げ、舞原絵奈はふと、覚醒前のことを思い出す。 あのころは戦闘集団の中で、日々、家事や雑用や、戦闘訓練に明け暮れていた。拠点としていたのは白亜の洋館だった。誰よりも早く起きてモップをふるい、エントランスの床を磨いた。二階の窓から見えた赤い木の実。そばでは小鳥がさえずっていた。 ……少し、懐かしい。 「絵奈さん? 絵奈さんではありませんか……!」 大掃除支援隊の到着を聞きつけたらしい寮生に、次々に出迎えられる。絵奈のもとに真っ先に駆け寄ってきたのは金の翼の青年だった。グスタフ・ソーンダイクである。先日行われた料理教室では、彼が絵奈の講師だったのだ。 「こんにちは、グスタフさん。お料理教室ではありがとうございました」 初々しい謝意をつたえる絵奈に、生真面目なグスタフは深々と頭を下げ、 「いえ、そんな。このたびは本当に……、絵奈さんにもお手数をおかけしてしまったようで」 絵奈のいでたちを、眩しげに見る。 「……その。よく、お似合いです……、というのもおかしいですね」 絵奈は、やわらかな薄桃の髪をふわりとアップにし、三角巾で押さえていた。真っ白なエプロンがすがすがしい。 「え? なになに? この子が絵奈ちゃん? かっわいいー! 今日はよろしくね?」 「……料理教室が終わったあと、堅物の兄さんが珍しく女の子の話をしてたから……、どんな子かと思ってたけど。納得、した……」 グスタフの後ろから、ひょこっ、ひょこっと、顔立ちのよく似た少年がふたり、顔を覗かせる。彼らはグスタフの弟、グーシスとグレゴールだと名乗った。グーシスは陽気で人なつこく、グレゴールはどこか掴みどころのない印象である。 彼ら3名は司書たちから「グース三兄弟」と呼ばれている。その金の羽根は最高級フェザー素材として活用できるため、抜け羽根はシオンが回収して再利用し、『グース三兄弟の羽毛クッション』して販売しているらしい。わりとみみっちい隙間商売、いや、限りある資源を大切に的なエコビジネスである。アドなどは、お昼寝に欠かせないといってご愛用くださっているようだ。 「おおー! 待ってたぞメアリベル! 絵奈にサクラにゼロにジュリエッタにアマリリス姉さんも。いやぁ、嬉しいなあ」 シオンは大げさに両手を広げ、支援隊を見回した。誰かひとりをわざと抜かして。 「可愛いメイド服だな、メアリ。リリイ姉さんとこで仕立ててもらったのか?」 シオンはさっそく愛称呼びで距離詰めをはかる。メアリベルは、繊細な黒レースのフリルをあしらった、ふんわり広がるミニワンピースのメイド服を着ていた。白いエプロンにもおしゃまなヘッドドレスにも、たっぷりとレース使いがなされている。胸元に結んだ漆黒のベルベットのリボンが、これまた可憐だった。 「そうよ。似合う?」 メアリベルはミスタ・ハンプの手を取り、くるんと一回転する。 「可愛い可愛い超絶かわいい。どうだメアリ、いっそこのままシオンお兄ちゃん だ け のメイドさんにならないか〜? んん〜?」 「ありがとミスタ・ユング。いつか大人になったら、考えてみるね」 「うわ。幼女にギリギリ発言したらすげぇ大人の対応で返された!」 「最初はお友達から、ですよ。シオンさん」 吉備サクラは、非常にエレガントな正統派メイド服を身につけの登場である。ヴィクトリア朝時代、実際に貴族の家に雇われていた女性たちを描いた画集をもとに、サクラが再現したものらしい。 「よおサクラ! さすが本格的だな」 「もちろんです! コスプレイヤーの心意気です。時代考証はばっちりです」 文句のつけようのないメイドコスなのに、手にはデジカメを構えているのがいろいろ台無しではあるが。サクラの肩あたりには、ジェリーフィッシュフォームのゆりりんが、ふわんと浮かんでいる。 「目の前に広がるのが腐海なのか! それともBLの園なのか……! 健全な腐女子としては楽しみです!」 「サクラさんは『掛け算の専門家』として名高いそうなのです?」 その隣では、シーアールシーゼロがさりげなくも存在感を持って、……いや、存在感が希薄すぎるゆえに全ターミナルを席巻してやまない「どこにでもいる」特異な存在として、うんうんと頷いている。ちなみにかけ算の意味についてだが、ゼロたんはその諸特性上、各層の異世界におけるしもじもの種の存続のための(ぴ〜〜〜)を超越しているので、それを前提としたうえの異端であるところのまあそのあれがこれでなにがあんなこんなな斜め上のファンタジーに諾否の概念すらあろうはずもない。 早い話が、サクラによる全宇宙を網羅してディラックすらもビッグバンの渦潮に巻き込んで56億7000万回ほど首を捻りそうに壮大なBL妄想についても『いろいろなのです』『人それぞれなのです』的に受容できるのであった。 「そんな専門家だなんて。褒め過ぎですよー?」 褒め言葉かどうかは微妙ながら、サクラは全力で照れている。 「ゼロは聞いたことがあるのです。意味はよく判らないのですが、『ターミナルは美形いっぱい掛け算天国』だそうなのです?」 「そうなんですよ、わかってくださいますかゼロさん! **さん×■■さんとか△△さん×○○さんとか!!! 妄想無限大の世界があまりにも多すぎて順列組み合わせを考えるだけで大変です気が遠くなって気がついてまた気を失いそうなくらいには」 「この寮はその中でも特濃天国なのです?」 「もちろんです! きっとめくるめく世界がこのデジカメの画像データを埋め尽くしてくれるはずです!」 ぐぐっとこぶしを握りしめるサクラを見て、シオンは、ちら〜んとジークフリートに目線で合図を送る。 (なんか熱く期待されてるみたいだし、ここはご要望にお応えするべきなのかなぁ?) (当然だろう。オフといえど、いや、オフだからこそ、お客様のご期待を裏切るわけにはいかない) (うぁー、気乗りしねぇ) (いいから調子合わせろ) ジークフリートは芝居っけたっぷりに、シオンの肩を抱き寄せ、頬を撫で上げてから、サクラに微笑む。 「ようこそ、サクラちゃん。待っていたよ。夢の花園にようこそ」 「……離してよ、ジークさん。くすぐったい」 「お嬢さんたちの前だからって、恥ずかしがる仲でもないだろう。今朝もおまえの部屋で、薔薇の花びらを浮かべた紅茶を飲んだばかりじゃないか」 「いや、おれたちついさっきまで、ダイニングルームで酢こんぶかじりながら番茶すすって」 「空気読めバカ。口で口ふさぐぞ」 「こんにちは、ジークさん! 今日も素敵ですね」 サクラの瞳が流星群のごとく輝いた。デジカメのシャッターが、続けざまに切られる。 「それはもう。いつサクラちゃんが遊びに来てくれてもいいように身支度しておかなければね」 実は、ハツネに叱られるまでは、よれよれのパジャマ状態だったのだが、大急ぎで、清潔感あふれる白いシャツに着替えてきたのであった。もちろんそんなことはおくびにも出さないけれども。 「ところで今日は、どこを掃除してくれるのかな?」 「はい。図書室掃除をメインに、ジークさんとシオンさんの部屋も見学がてらに」 「……図書室?」 「……図書室?」 ジークフリートとシオンは、素で、やっべぇぇぇぇぇぇ!!! という表情になる。 なんとなれば、図書室は今、健全な男子なら普段は各自室の枕元とかベッドと壁の隙間とか敷き布団とマットレスの間とかに隠しているところの、せくしぃな美女のグラビアつき雑誌とか、あだるてぃ〜〜〜な写真集などなどの暫定的避難所になっているのであった。美女美少女美幼女が「自室」をお掃除してくださるかもしれない、という展開を見越しての高速移動だったのだが、身に覚えのある寮生全員一丸となってその対応に邁進したこともあり、図書室に重点を置かれると、たいへん、や ば い 。 「じゃあぜひ、俺の部屋を! すっごい散らかってて大変なんだ! 図書室は後回しでいいから」 「そうそう、おれの部屋も、もー大変なことになってんだよ! 図書室掃除してるヒマもないくらいに。うんうんうんうん!」 ふたりは不自然な笑顔で、そういいつのる。 んが、それに騙されるサクラとゼロではない。 「怪しいですね……?」 「怪しいのです」 「さっそく図書室を調べてみましょう」 「そうするのです」 「「え、あ、ちょっと待ってぇぇぇぇ」」 涙目で引き止めようとするふたりに、メアリベルが追い打ちをかける。 「男の人は、猥褻なご本を別の本のカバーに隠して読むんですって?」 「……なんで7歳のみそらでそんな裏事情に詳しいんですかメアリたん」 シオンががっくりと膝を折る。 「可憐なメアリ……。あなたの愛らしい手は、重い本を持つためのものではない」 ジークがそっと手を握って引き止めようとした。が、メアリたんはすい、と、すり抜けた。すでにタスキがけをしハタキを持って臨戦態勢である。 「猥褻な本ってどんなのかしら? さがしちゃお!」 「「猥褻限定で探すのやめてぇぇーーー!!!」」 しかし図書室に突入する前にメアリベルはおもむろに階段の手すりの掃除を始め勢い余って滑り台にしてお手伝い中のミスタ・ハンプにぶつかって、あららハンプティ・ダンブティうっかり転んで割れて中身をぶちまけてしまった。 「わ、たいへん」 ハツネが慌てて後始末に奔走する。 「怪我はないか?」 アマリリス・リーゼンブルグがすっと手を差し伸べ、尻もちをついたメアリベルを助け起こした。流れるような所作でお姫さま抱っこをして床に立たせ、ついた埃を丁重に払う。 「ありがとう、ミス・リーゼンブルグ」 「どういたしまして」 「まあ……、アマリリスさま……。なんてステキ……。近くでみると一層……」 ぞうきんを握りしめ、目をハート型にしているハツネに、アマリリスはごく自然な微笑みを向ける。 「挨拶がまだだったな。今日はよろしく頼む」 「こちらこそ……! あの、今日のお召し物はいつもとは違うんですね?」 「さすがに、軍服で掃除というのもおかしいからな」 今日のアマリリスは、女性らしい私服を着ての参加だった。しなやかで動きやすい素材の、ローズベージュのパンツスーツである。 「本当によろしかったのですか、アマリリスさま。おくつろぎのところでしたのに、このようなむさ苦しいところへ。……それにしても」 ラファエルが腕組みをし、シオンとジークフリートを睨みつける。 「想像どおりの惨状だ」 「あれ? なんで店長がここにいんの?」 「店に帰ってくださいよー!」 「ほほう。私が視察に来たら、何かまずいことでもあるのかね?」 「ラファエルに手順を確認しながら進めたほうが合理的だと思って、一緒に来てもらったのだ」 アマリリスは、クリスタル・パレスに顔を出してからこちらへ出向いたのだった。ラファエルも寮の様子が気がかりだったので、カフェのほうは、たまたま植物のケアをしに顔を見せたモリーオに、臨時店長をまかせてきたと言う。 「安心しろ。私は軍隊生活が長いゆえ、男子寮への幻想はない」 「アマリリス姉さん……!」 「アマリリスさん……!」 その漢らしさに、シオンもジークフリートも、胸の前で両手を揉み絞る。 「……ここは、翼を持つ仲間が多くて、懐かしい」 アマリリスは、澄んだ茶の瞳を細めた。 (故郷に居た頃を、思い出す) ・‥…━━━★゚+. そ の こ ろ 。 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノは、ひととおりの挨拶をすませてすぐ、13歳の翼竜ミシェル・ラ・ブリュイエールの案内で、彼の部屋の掃除に取りかかっていた。 「確かミシェルは、故郷では王子とのことじゃったのう。掃除などしたことがなかったのではないか?」 「そう……、です。いつも、側づきのメイドたちがしてくれてて……。だから、ずっと頼りっぱなしで」 「うむ。わたくしも昔はそうじゃった。お爺様に引き取られた後は礼儀作法の一環として厳しく教えられたものじゃのう」 「ああ、すごく、わかります」 「きっとミシェル殿も、店長殿には厳しくやられたのではないかのう?」 「はい……。ずいぶん怒られました。身の回りのことを自身で行うのが、自立の第一歩だと」 ミシェルについては、まだお子様なこともあり、特に取り繕う必要もなく、いつもどおりの状態であった。 無垢材のクロゼット、ホワイトゴールドのチェスト、使い込まれたライティングデスク、ジャカード織の遮光カーテン。 ただ、ジュリエッタが部屋に入るまでには一悶着あった。 しばしミシェルは顔を真っ赤にしてためらったのだ。何となれば、彼のベッドの上には、各種セクタンのぬいぐるみが山積みにされていたので――。 子どもっぽいと思われるのが、恥ずかしかったようだった。 それでも、男の子のこととて、さすがに室内は雑然としている。 掃除の盲点となるポイントを、ジュリエッタは的確に突いていった。 クロゼットの上部を指さし、ミシェルに教える。 「どうしても普段見えないところには目が行き届きにくいものじゃが、上部に埃がたまれば、下に降りてきてしまうものじゃ」 「はっ、はい!」 ミシェルは律儀にもメモを取り始めた。 「見えない所にこそ気を配る……。ギャルソンの流儀にも通じるところがあるのう」 ・‥…━━━★゚+. なお。 シオンにスルーされてしまったのは蜘蛛の魔女である。 11歳の美少女なのに。美少女なのに。美少女なのに。大事なことなので三回言いました。 なんで蜘蛛の魔女たんをスルーしたかってーと。 それはやっぱり。 身の危険を感じたからではないでしょーか? 「この蜘蛛の魔女様の恐るべきお掃除……、存分に味わうがいいわ!」 ちなみに蜘蛛の魔女たんも、リリイさん特製のメイド服をお召しになっている。8本の鋭い蜘蛛の脚がとても魅力的に見えるグッドショウ(?)なデザインである。プロの技である。 「私のお掃除した後にはペンペン草ひとつ残らないんだからね! キキキキキ!」 蜘蛛の魔女たんは8本の蜘蛛の脚を起用にも全部腰に当てて高笑いした。 「……で、誰をお掃除したらステージクリアなの?」 何やらお掃除の意味を履き違えている蜘蛛たん、 「お前かぁーーーー!」 と叫びながら、まずシオンを投げ飛ばす。 「うわわわわわーーー!」 「それともお前かぁぁぁーーー!」 次はジークフリートが投げ飛ばされた。 「ぐぁぁぁぁぁーーー!!!」 「本日は蜘蛛の魔女さまにも、貴重なお時間を割いていただきまして」 ポイポイ飛んでいった従業員たちを冷静に見送りながら、ラファエルが一礼した。 「たしかに彼らの存在が、このような大掃除が必要となった要因ではあるのですが。願わくば、施設関係の清掃にご協力いただければうれしく思います」 Cleaning2◆図書室のヒミツ そんなこんなで図書室に繰り出したサクラは、ざざっと中を見回してから、口もとを押さえ、いったん、外に出た。 がまんできなかったのである。 「くくく……。うふふふふ。あは、ははははははは、HAHAHAHA〜〜〜!!」 ばんばん、ばばんばん! しゃがみこみ、床をばんばん叩いてひとしきり大笑い。 ようやく落ち着いてから、今度は真面目に、書棚の下を掃き、棚の上を拭き始めた。 も ち ろ ん、よく読まれていそうな本、上下が逆さまな本、わざとギチギチに詰めてある本は、ぱらぱらっと中を確認しながら。 ひょこっと覗き込んだゼロは、 「人体構造の資料なのです? 勉強熱心なのですー」 と、なぜか頷いて納得した。 「ぐふふふふふふ。BL脳最高です! この現実があーんなお耽美世界に大変身です! 良いです、凄く良いです!」 「シオン……」 「ジークさん……」 シオンとジークフリートは、手を取り合って目幅泣きしている。 「撮っても良いですよね? 使用前使用後です」 「シオン……」 「ジークさん……」 「本には趣味が出ますから、傾向と対策の確認です。皆さん健全な若人でいらっしゃいます」 にやりとしながらデジカメを構えるサクラに、シオンもジークフリートも、ついでに他の寮生も、すでに無抵抗だった。 ・‥…━━━★゚+. 「メアリ、ミスタたちのご本の趣味、知りたいな」 小首を傾げるメアリベルに、とうとうシオンが土下座した。 「すみませんお嬢様がた。愚劣で猥褻でだらしのない鳥連中で申し訳ありません。もうお許しください……」 しかしメアリたんは、別にそーゆー意味で聞いたわけではない。 「皆は、どんな本読むの?」 「ああ……! それね! そっちね!」 「そうか読書傾向か!」 気を取り直したシオンは、図書室の棚を見やる。 「わりと乱読だけど。強いていうなら古典的な時刻表ミステリとか、鉄道の歴史とかかな?」 「おれも乱読派。最近は源氏物語かなー。あれはなかなかセクシーでいや何でもない。と、ところでメアリちゃんの愛読書を聞いてもいいかな〜?」 ジークフリートが話を振り、メアリベルはにっこりする。 「メアリは童話や絵本が好きよ。不思議の国のアリスは、特にお気に入り」 Cleaning3◆いざ、男の城へ ラファエルの立ち会いのもと、アマリリスは非常に手慣れた様子で、適切な清掃を進めていた。天井付近や高い窓、本棚の上などは飛行しながら。ちなみに図書室にもいたのであるが、黙々と掃除をしていたため、寮生ズの号泣とは無縁であった。 「一番お掃除し甲斐がありそうな場所はどこですか? 私、そこをやります!」 絵奈がそう言ってくれたため、玄関ホールはまかせることにした。廊下や階段など、人通りが多く、汚れが激しそうなところほど、絵奈は燃えるらしい。 「私は、バスルームと排水溝を受け持つとしよう」 「排水溝……! そこもやりがいがありそうですね。私、やります!」 「いや、可愛い君の手を、排水に浸らせるのはしのびない」 「でも」 「それに、バスルームも結構な重労働だ」 アマリリスは手際良く腕まくりをし、ちょっぴりしょんぼりした絵奈に笑いかける。 「……だけど君は、できるだけ彼らの役に立ちたいんだね?」 「はい……。あの、私」 絵奈は、戦闘集団では小間使いのようなものだった。だから、皆が平等に協力し合い、生活する場も悪くない、そう思った。 彼らが快適な生活を送れるよう、頑張って掃除をしなければ、とも。 「では、一緒に掃除をしよう。バスルームも、排水溝も」 「はい!」 「力仕事は、私が引き受けるからね?」 「それはダメです! 私、やります!」 ……結局。 排水溝での作業中、掃除に熱中しすぎたふたりは、仲良く足を滑らせて転んでしまい……。 ぴかぴかに磨いたばかりのバスルームを、揃って使わせてもらうことになった。 なお、着替えとして、アマリリスにはクリスタル・パレスのギャルソンの制服が、絵奈にはギャルソンヌ服が用意された。 ハツネはアマリリス版ギャルソンを見た瞬間、無言で座り込んだ。 ……腰が砕けたらしい。 シオンとジークフリートは、ギャルソンヌな絵奈たんを見て「指名する指名する指名する!」と、しばらく大騒ぎをし、グスタフに「絵奈さんは渡しません……」と、すっごい真面目にすごまれたのだった。 ・‥…━━━★゚+. ゼロたんは安定の巨大化――それはもう、社員寮がドールハウスくらいに見えくらいの巨大化にて、寮の内側も外側もピカピカに磨きあげていたわけだが。 実はゼロたん的な優先順位としては、寝室>>>>(超えられない壁)>>>図書室・遊戯室等>>ダイニングルーム&バスルームであった。なんとなれば、ゼロたんは『まどろむもの』であるゆえに、飲食不要だし汚れないし、つまりメンテナンスフリーなんで、生活空間の中では寝室が最重要なのである。ダイニングルームやバスルーム? ゼロには不必要なのですー。 ・‥…━━━★゚+. 蜘蛛の魔女は、娯楽室のビリヤード台で、なぜかグーシスとグレゴールを引き連れ、遊んでいた。 8本の蜘蛛の脚でボールを弾きながら。 「おっしゃぁ! ナインボール、ゲット!」 さらに、ダーツにも手を出してみる。 「ふむ、この飛び道具で的をやっつければいいのね」 蜘蛛脚を振りかぶって、ダーツを全力で射出! 凄まじい破壊力に、的は粉々に砕け散ったりなんかして。 掃除? ナニソレ? と言いつつも、ラファエルが娯楽室の様子を見に来たら、すごい勢いでモップをかけ始めるのが蜘蛛たんのいいところ。 ・‥…━━━★゚+. サクラは、ジークフリート→シオンの順に、自室の清掃を行っていた。 「ジークさんのお部屋は想像通り綺麗です。やっぱり王子様資格ばっちりです!」 「そうか? 散らかってるかなって思ったんだが」 「あの……。入口から撮っても良いですか」 「どうぞ」 「ぷぷっ……。シオンさんのお部屋は想像通りお掃除し甲斐があります!」 「ほっとけ」 「ところで撮っても良いですか?」 「好きにしてくれ」 「ところでシオンさん、今日来た女の子たちに少しでも良く思われようと思ってないんじゃないですか?」 「そんなことないけど。なんで?」 「そう思っているならジークさんのお部屋みたいに片付いてるんじゃないかなって」 「うーん? そっかな?」 考え込むシオンに、サクラはくすりと笑う。 「シオンさんらしいと思います。……これは捨てて良いですか」 ごみを分別し、床を掃除しながら、サクラはシオンを振り返る。 「ところでシオンさん、私は両方知ってる人でないと恋バナ楽しくないですが、シオンさんはどうですか?」 (両方ってどゆことジークさん?) (…………さぁ?) ・‥…━━━★゚+. 「申し訳ありません。私どもの部屋まで、お掃除いただいてしまって」 グース三兄弟がともに暮らす広い部屋を、絵奈は張り切って磨き上げた。 「おかげさまで、すっかり綺麗になりました」 「あの、グスタフさん」 「はい?」 「ここって、鳥さんならではの施設ってないんですね」 「鳥ならではの施設とおっしゃいますと?」 「機織り部屋とか? お掃除しがいがあるかなって」 「ご期待に添えず、申し訳ありません」 「いえ、いいんです。それと、もっともっと駄目出ししてください!」 「えっ!?」 「私のする掃除なんて、どこかにアラがあるに決まってます」 「そ、そんなことは……」 狼狽しながらも、グスタフは、おろおろ窓枠をなぞる。 「えええっと、このへんに、埃が」 「わかりました! やりなおします!」 窓を拭きながら、絵奈はふと、訊ねる。 「……寮生活って、どうですか? 楽しいですか?」 「そうですね」 グスタフの表情が、わずかにやわらかくなる。 「賑やか過ぎるときもありますが……、心強いですね」 ・‥…━━━★゚+. 「メアリ、かくれんぼするの」 掃除がてら、隠し扉や隠し部屋を探して、メアリベルは天井裏や地下室の探検を開始した。 ほどなく、階段うらに隠し階段を見つけ、延々と昇る。 (こんな素敵な洋館なんだもの。隠れんぼしてる幽霊さんや怪物さんに会えるかもしれないわ) そ れ に。 寮生の日記やアルバム、手紙がどこかに隠されていたら、見てみたい気もする。 (隠し事を暴くのははしたないけど……。人のヒミツは蜜の味っていうものね) メアリベルには、思い出がない。 ほんとうは、自分が誰かもわからない。 だから憧れるのだろうか。カタチある思い出に。大事にしまわれている、宝物に。 「……きゃ……!」 天井裏まで到着したとたん階段を踏み外し、落っこちたのは。 なぜか、シオンの部屋。 ちょうどサクラが掃除を終え、退出したところだった。 シオンはプラチナのブレスレットを手にし、見つめていたが。 「うおっ!?」 落ちて来たメアリベルを、受け止める。 「……ねえ、ミスタ」 「ん?」 「ミスタの宝物は、なあに?」 「……そうだなぁ。今みたいな、何の変哲もない、時間かなぁ」 「それが失われてしまったら……、どうする?」 「とりあえず、嘆くかな?」 「ふふ、おかしな事聞いてごめんなさい。……ねえ?」 シオンを見上げ、メアリベルはにっこり笑う。 「掃除が終わったら、寮の前に集合して写真撮りましょ」 ――今日の記念に、メアリも思い出が欲しいの。 Cleaning4◆腐海潜入 「一息入れないか?」 ダイニングルームに、紅茶の香りが満ちる。 アマリリスが皆を集め、淹れてくれたのだ。 メアリベルも厨房を借りて作った自信作を並べる。 「ミンスパイにマフィン。メインディッシュは、メイドインミスタハンプのオムレツ! メアリの手料理遠慮なく召し上がれ」 「ゼロからもさし入れなのですー」 ゼロたんは、壱番世界はモンゴル軍の戦闘糧食と磚茶を提供した。 「わたくしはジンジャーティーを作ってみたのじゃが、いかがじゃろう?」 「さんきゅー、ジュリエッタ」 ティーカップを受け取り、シオンはジュリエッタを見る。 「そうそう、ヴェネツィアデートで貰ったミルフィオリのネックレス、愛用してるぞ」 「……ヴェネツィア……? ……デート、って、あの? ジュリエッタさん、シオン先輩と出かけたんですか? ふたりっきりで?」 ミシェルの顔が蒼白になった。目にはじんわりと涙まで浮かべている。 「違う違う泣くなミシェル殿!」 ジュリエッタが慌てて否定する。 「普通に友人としてデートしておっただけじゃ!」 「うっ」 今度はシオンが涙目になった。 「おやどうしたシオン殿?」 「繊細なおれのガラスハートが駄目押しでブロークンしました」 ・‥…━━━★゚+. 「司書さんの部屋は腐海……!? 望むところです!!」 皆さんお疲れでしょうから、女子寮のほうの寮母室は今回はよろしいですよ? と、ラファエルは止めたのだが。 絵奈はやる気十分であったし、他の皆さまも前のめりでご希望くださったので―― 「うわ~凄い部屋ねぇ。一体どんな恐ろしい怪物が住んでたの? ここの部屋」 蜘蛛の魔女たんがうずうずし、 「こんだけ腐敗したお部屋を見てると……、あぁ、ダメ、本能に逆らえないぃ!」 あちこちに蜘蛛の糸を張り、巨大な巣を作り出し、 「よし決めた! ここ私の領土ね!」 伸び伸びと脚をうごめかし、 「うは~。やっぱ散らかりすぎて人間の踏み込めない領域っつうのは気持ちが良いわ~♪」 ……となるくらいの。 「こここここの有様は何ごとじゃーーー!!!」 と、ジュリエッタたんがうっかり雷能力を発動させて自身が気絶しちゃうくらいの。 そんな場所の大掃除が、なされることになった。 アマリリスはラファエルに確認しながら、ひとつひとつ、片付けていく。 散らかった物品は整理して収納し、床を掃き清める。 「これは……」 凄まじい部屋の中でも埋もれることなく、大切そうに置かれている写真立てがいくつか、あった。 ターミナルでお花見が行われたときの、ディーナ・ティモネン。 クリスマスにダンジョンが出現したときの、氷竜に変化した小竹卓也。 そして、画廊街の劇場でカリスのお茶会が開催されたときの、三日月灰人。 彼らが、ターミナルの住人であったころの。 まぎれもなく冒険旅行の仲間でありえたころの――想い出。 「シオン。……ナラゴニアに残留し、シエラと名乗った彼女のことだが」 「……うん」 「何も出来なかった」 「……皆、そうだよ。おれも」 「謝罪したいわけではないが、後から彼女の訃報を知って、悲しかった」 アマリリスは写真をそっと手に取り、位置を直した。 ・‥…━━━★゚+. 「大丈夫ですか、ジュリエッタさん」 「……む? すまぬのうミシェル殿」 気絶したジュリエッタをミシェルは介抱していた。 ようやく、息を吹き返す。 「何やら夢の中で、司書殿に会ったような気がするのじゃが」 ――目が覚めたら美男美女に囲まれて出迎えられたいわ〜。 「そんなことを言っておった。相変らずじゃったのう」 ジュリエッタはくすりと笑う。 (待っておるぞ、司書殿) ・‥…━━━★゚+. 「花瓶をひとつ、用意してくれないか」 アマリリスが、シオンに言う。 「花を、飾ろうと思う」 ・‥…━━━★゚+. 「無名の司書さんの誕生日パーティーのときに渡しそびれていたのですー」 ゼロは、プレゼントだといって、黒千代香とジョニ赤&メッセージカードを、部屋に残す。 昨日の夢の中に置き忘れていた、のです。 そう、言い添えて。
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