蒼天の広がるターミナルの街なかを様々な目的を持った人々が行きかう。 買い物目的、冒険の装備のため、仲間と遊ぶ者……そのなかを黒スーツ姿のイタリアマフィアのラッキー・ラブルッツォ、その肩に乗った茶色の毛が自慢の鼠の金星が買い物にいそしんでいた。 金星の保護に協力した過去のあるラッキーは、彼女とも依頼を良くこなして仲良くしていた。「それでさ、いつ、うちに遊びにくる?」「そうねぇ」 二人はささやかな休息を楽しんでいた。 画廊街にさしかかるとこのゾーンは職人や芸術家が多いということもあり、自然と静かで落ち着いた雰囲気が漂う。 ここに来るのはほとんどが目的のある者ばかりで、大通りより人の数はずっと少なる。「あれ、あの人って」 ラッキーが前行く相手を見つめる。 全身を包む黒コート姿からもうかがえる無駄なもののない筋肉質な肉体、黒髪――世界樹旅団から亡命し、現在は世界図書館の旅人である水薙・S・コウだ。「こんなところで何してるんだろう、一人で」「あやしいでちゅね」 金星が耳打ちするのにラッキーは器用に金星の乗っていない右肩だけ竦めた。「怪しいって、金星ちゃん、一応、彼、もう仲間なんだけど」「世界樹旅団の人にはいろいろとあったでちゅう」「うん。まぁ、殺されかけたことが何度か」 ラッキーは苦い顔で答える。世界樹旅団が現れたあと度重なる戦闘を繰り返し、そのたびに死闘を繰り広げたことは記憶に新しい。 ラッキーはその戦いで同じロストナンバーで壱番世界の友人を失った。そのあとも自分や金星は殺されかけた過去がある。 過去を糾弾するよりは互いにいい関係になりたいが、どうしても心にあるわだかまりは簡単にぬぐえそうにない。「……うーん、けどさ、金星ちゃん、せっかくだし彼に声かけてみようか」「ちゅ! な、なに考えるのよ、ラッキー」「なにって、互いにさ、知り合うべきだと思うんだよね。俺たちにもいろいろとあるんだったら、向こうにもあるわけだし。嫌うよりはまずは試して、だめだったら仕方ないって諦めよう?」「ちゅうー」 ラッキーの言葉に金星は俯く。水薙が足早にて角を曲がったのにラッキーが後を追いかけていくと ――しゅ。 風を斬る音のあとラッキーの身は後ろに揺らぐ。倒れていくラッキーを見て、金星は左肩から右腹へと斜めに斬られたのだと遅まきに理解して息を飲む。金星が前を見るとにぃと水薙・S・コウは口元に微笑みを浮かべ、闇の中に消えた。「あの男! ちょ、ラッキー! しっかりするでちゅ!」 金星はあわててノートで連絡した。 元世界樹旅団の水薙・S・コウは危険である――。 ★ ★ ★「おい、呼び出しなんてなんだよ。俺はこれでも忙しいんだぜ?」 急な呼び出しに水薙・S・コウは不機嫌丸出しに黒猫にゃんこを睨みつけた。それに黒猫にゃんこ――三十代のダンディな黒は冷やかな目を向けた。「お前、昨日の昼、正確には三時にはどこにいた?」「あぁん? 三時だったら一人で家にいたが」「……そうか、つまり、アリバイを証明するやつはいないのか」 冷静な黒の言葉と重々しい表情に水薙は眉根を寄せて身構える。「どういうことだ? アリバイって、なんだよ」「昨日、ラッキーが殺されかけた。今はクゥのところで治癒されているがかなりの重体だ……その犯人はお前だ、水薙」 黒が淡々と説明する言葉に水薙の顔はこわばり、血の気を失わせた。 水薙が現在住むのは画廊街の端にある小さなアトリエだ。距離的にも、時間的にも、犯行は可能となる。「悪いが、お前の身の潔白が晴らされるまで拘束させてもらう」「……いやだ、といったら」 じりっと水薙が後ろに下がって逃げようとするのに黒はすっと片腕をあげた。裾の隙間から黒縄が飛び出し、水薙の身を縛り上げる。急なことにバランスを崩れした水薙は憎々しげな顔で黒を睨みつけて吼えた。「! ……な、体の、力が……奪われ……てめえ!」「少し頭を冷やすんだな」★ ★ ★「――ということで、お前たちへの依頼は、今回の事件の調査、および犯人逮捕だ。お前たちの調査の結果、水薙が本当に犯人だというならばしっかりと報告しろ」 黒は集まったロストナンバーに淡々とすべての事情を説明した。「未だ世界図書館とナラゴニアはようやく互いに歩み寄りをはじめた不安な関係だ。それでもナラゴニアからこちらへとやってきて新たな可能性や生活を望む者も少しづつだが増えてきている。 そんな状況で、元旅団が事件を起こしたとなれば問題だ。俺とて水薙が犯人であってほしくないのが本音だが、俺は司書としてお前たちの安全を守る義務がある」
「俺たちの事を守るって言うならっ! 水薙だってもう仲間だろっ、黒っ! 敵がいるとしたら、それは元旅団じゃねぇよ! アルヴァクで世界樹を甦らせようとしてる奴や今回の件を引き起こした奴で……元旅団ってだけで一緒くたに危険視する俺たちだよっ!」 四人のなかで依頼内容を聞いてまず噛みつくように声を荒らげたのは坂上健だ。 きっと睨む健に黒は目を眇めて応じ、二人のなかにピンッと張りつめたような剣呑な空気が流れた。 「まあ落ち着けよ、健ちゃん。ここにいる奴らは誰も犯人だと思ってないぜ? なっ」 「隆」 「俺も被疑者についての調書は読ませてもら」 健の睨みに冗談が通じないと判断して隆はあわてて落ち着けにかかった。 「どうどうどう! いや失礼。健ちゃんは本当に被疑者が好きなんだなあ。じゃ後は若い2人で……いて」 健が隆の横腹を殴った。 「た、か、し~」 「いや、まじめに話す。話すぜ! この件が旅・図どっちの奴の犯行でもでもシャレにならねーからさ」 「ガキが、血があまりすぎだぜぇ」 ファルファレロ・ロッソが隆と健の睨みあいを鼻で笑った。 「ま、確かに臭いんだよ。この一件、話が上手く出来すぎてる。誰かが水薙に罪を着せようとしてるんじゃねーか? 変身能力持ちのツーリストなんざターミナルじゃ珍しかねーだろ、なぁ、黒、推定無罪じゃねえが犯人と断定する根拠は薄いぜ」 鋭利な刃物のように無駄をそぎ落とした銀縁眼鏡の奥にある黒い瞳が細めて挑発、あるいは恫喝するように黒を見つめる。 「あの、私もそう思います」 男ばかりの空間で唯一の可憐な花ともいえる舞原絵奈が遠慮がちにピンク色の唇を開く。 「水薙さんのことをちゃんと知ってるわけではないんですけど、あんなに必死に誰かを守ろうとした人が、こんなこと……思えないんです」 絵奈は必死に言葉を紡ぐ。水薙がターミナルに亡命したときの必死な姿を思い出すとどうしても事件の犯人と結びつかない。 「犯人はほかにいると思うんです」 「だな。俺らの意見はまとまったぜ」 隆が全員の意見をまとめると黒はため息をつくように口を開いた。 「事件を捜査しろ、そして犯人を捕まえろと言った。それ以上、それ以下でもない。犯人が違うと思うならば、そのための証拠を出せ。そして俺を納得させろ」 「ハッ! その言葉、しっかりと覚えておけよ」 「……上等だ。ファレロ、楽しみにしてる」 ファルファレロの言葉に黒は微笑んだ。 「てめぇ、それは女にしか呼ばせねぇ」 「で、だ。お前たちに俺はなにをしてやればいい」 さらっとファルファレロの怒りを無視して黒は尋ねた。 「水薙に会わせてくれ!」 健としては黒に言いたいことは山のようにあるが、証拠を出せといわれればそれを見つけるしかない。 それに、今回はどうしても真っ先に水薙に会う必要があった。 騒ぎは起こしたくないが黒がこうじゃ無理だよなぁ。 あらかじめ用意しておいてよかったと心のなかで呟きながら健は仲間たちを見た。 「水薙にはさ、俺以外はあんまり会ったことないなら、このチャンスに会っておいたほうがいいと思うんだ」 「んー。まぁそうだよな。俺も、報告書は目を通したけどさ」 「私も、一度だけ、です」 「俺はラッキーたちに会っておきたいが、先にそいつに会っておくのもいいかもな」 仲間たちの賛成に健は勇気づけられたように黒を見た。 「黒も立ち会ってくれよ」 「……いいだろう。ただし、健、それは置いていけ」 黒の言葉に健は僅かに震えたが顔は笑みを作って動揺を悟らせないようにした。他の仲間たちが訝しげに注目に健の額に脂汗が浮かぶ。白衣と背負っているリュックに隠しているペットボトルのなかの水を誤魔化さないとやばい。 出来れば調査には拘束中の水薙を同伴してもらえるように頼むつもりだった。しかし、この黒の態度からはそれが難しい。なら水をかけて縄を引きちぎればいい。乱暴だが、そうすれば黒は手を出せなくなる、最終的に真犯人を捕まえれば問題はないはずだ。 「もう一度言う、それは置いていけ。……警告は三度までしかしない」 健は黙っている。 「健、それがお前の答えか?」 「黒、俺は」 「……残念だ」 黒が放たれた矢のように飛び出した。健が身構えたときには白衣が掴まれて大きく空中を回転した。 隆は目を見開き、ファルファレロは後ろに避け、絵奈は茫然と見つめるなか、どか、どがどか! 引力に従ってペットボトルが床に落ち、健の肉体はソファに投げられた。 「ったぁ!」 「ソファに倒すのは俺の優しさだ! 健、お前の行動を俺は心底残念に思う。なぜ俺が水薙を拘束、隔離したのか。理由は簡単だ。彼が狙われるかもしれない、また不用意に外に出歩くことで犯人を捕らえることが難しくなる、いらぬ疑惑の種をまかないためだ。少しは頭を冷やせ」 「……っ、もし、もしもだ。水薙が犯人なら単独じゃないと思うんだ。仲間を集めて図書館上層部を一気に片付けるとかありそう、でさ。もしかしたら水薙と親しいやつかもしれない。それなら水薙が同行してれば説得できるかもしれないって」 健は軽率な行動を反省してうなだれるのに黒はその髪の毛を乱暴に撫でた。 「友を思うのはいいことだが、それではいたずらに水薙の危険が増すだけだ。おい、ファレロ」 「おい、その呼び名、いい加減に」 ファルファレロが剣呑に睨むが黒は無視して続けた。 「この場ではお前が一番信用なる。この馬鹿どもをきっちりと監視しろ」 「あぁん?」 「俺はお前の経験の豊かさと、判断力は貴重だと思っている。隆は暴走魔だからなぁ」 「ひでー、黒」 「絵奈は、多少経験の不足が不安だ」 「あ、はい。すいません!」 うなだれる隆に絵奈は背筋を伸ばす。 「信用なるのはお前なんだ。しっかりとこいつらを導いてやれ」 「俺に子守りをしろって言うのかぁ?」 「お前だから言うんだ。さて、水薙のところに行くか」 廊下を進み、階段を下りてついた部屋のドアを黒が開けるとそこにはソファと本棚のある部屋に出た。 囚人である水薙は振り返ると射殺さんばかりの視線を向けてきた。 「面会だよー」 殺気立つ水薙の前に黒はにゃんこに変身した。水薙はむすっとした顔をしたが、その姿に毒気を抜かれたのかそっぽ向く。 水薙は部屋から出れない以外は自由を与えられているようだ。 「無事だったのか、水薙!」 猛ダッシュで抱きつこうとする健を避け、力いっぱいこけるのを横目に水薙は他のメンバーを見る。 「どういうつもりだ」 「調査だにょ」 水薙が何か言いたげに胡乱な目をするのににゃんこは無視して紅茶をいれてテーブルに並べる。 「あい! とりあえず、お話はゆっくり座ってね。あと水薙も、ちゃんと協力しないとずっと部屋のなかだよ」 「水薙ぃいい、無事でよかった、げふ」 懲りずに健が起き上がって抱きつこうとしたのに水薙は素早く回避するとソファに腰かけた。大の字で壁にぶつかった健を隆は憐れみをこめた眼で見つめた。 「健ちゃん、しっかり」 「う、うううっ」 愛、空回り。 テーブルを挟んで腰かけると健がまず口を開いた。 「無事だったんだな。俺らはお前が犯人なんて思ってないからな!」 「そりゃ、どうも」 水薙のそっけなさにも健はめげない。じっと水薙を見つめる。 「俺んちにも口うるせえ居候がいるが、てめぇはターミナルでヒモと添い遂げるのが望みなんだろ? わざわざこの時期にそれをぶち壊すなんざ理解に苦しむ自殺行為だ。さすがにそこまで馬鹿じゃねーだろ? それともてめぇはバカか?」 「……バカなら逃げてるさ」 ファルファレロの傲慢でいて小馬鹿にした口調のなかにある無罪を信じる言葉に水薙は多少とはいえ警戒を解いたらしく、肩から力を抜いた。 水薙の警戒は面識が多少とはある、感情のまま真っ向勝負の健以外の者の考えであったらしく、あけすけな言い方は逆に安心を引き出すことに成功した。 「調査に協力してください。お願いします」 絵奈はぺこりと頭をさげると水薙が目で先を促した。 「金星さんの証言通りの行動は能力的に可能なんでしょうか? えっと、斬ったりとか」 「出来る」 水薙は即答した。 「俺のデータを見たならわかっていると思うが、俺は液体を操れる。水に触れてそれを剣の形にして切って、水を捨てれば証拠を残らない」 「そう、なんですか」 「ふーん、つまりは、完全犯罪ってこった」 隆が肩を竦める。 「違うぜ。絶対に! 元々穏健派で図書館に所属替えして戦闘力もある。反図書館派には目障りだ。本当に水薙ならあんなばれる怪我はさせない……必要なら殺せる、だろ?」 健は必死に仲間たちに水薙の無実を信じてもらおうと言葉を添える。 「んー。まだラッキーたちから話は聞いてないが、確か刃物だったらしい。けどな、あんたの話を聞くとものすげーひっかかることが多いんだよ」 とんとんと額を叩いて隆は続ける。 「せっかく作った関係がこれのせいでまた一からって悲しいし。チャイ=ブレ辺りが犯人ならなあ。被疑者と被害者の接点はなさそうだし、じゃあ目的は? 2勢力間の不和を煽る? それとも他にあるのかな」 頭をがしがしとかきながら隆はぶつぶつと呟くと、あー! 叫びだした。 「わっかんねー! そういうのは捕まえた後で聞き出せばええねん!」 「そうだ、隆!」 「おう、健ちゃん、俺らは刑事だ。足で稼ぐんだ!」 隆と健は見つめ合い、がしっと手を握り合う。 「暑苦しい男の友情は他所でやれ」 「いいですね、男の友情!」 ファルファレロの目が呆れたように細められる横ではロマンチスト絵奈は目を輝かせて見つめている。 「ちゃんと足で稼いでるぜ、いや、今回はまぁ目だけよ……こいつは本物の水薙だ」 「あん? なんだよいきなり」 「あんたも言っただろう? 変身能力のやつが怪しいって、ここにいる水薙は5分経って姿維持の円盤を必要としない、つまり本物なんだよ。捕まえているのは」 健の言葉に水薙の顔がこわばった。 「俺は犯人が変身できるウィスティかカップだと思ってる。ウィスティなら今からやることに水薙が邪魔だから。カップなら水薙を守りたいからだ」 「やっぱりそういう線だよなぁ」 隆も同意する。 「まったー。健ちゃん、ウィスティ・ベルは身柄拘束したよー」 にゃんこがやんわりと訂正する。 「え、そうなのか」 「そー」 「じゃあ、やっぱりカップ、なのか?」 今回の事件で気になるのは水薙の反応だ。彼ははじめから攻撃的だった。 犯人でないとしたらすぐに身の潔白を晴らすためにも世界図書館に協力すればいいはずだ。それをいやがるのは犯人、もしくは犯人に心当たりがあるとしか考えられない。 全員の視線が集まるなか水薙は渋い顔をして視線を逸らした。 「水薙、やっぱり……俺が、しんじ」 がしぃと抱きつこうとする健の頭を水薙は掴んで止める。 「確かに、俺は自分が犯人じゃないってわかってる。お前らが信用する、しないは別としてな。……カップに容疑が向くのは避けたかった」 「ふーん、つまりはカップのことを心配してあえてトゲトゲしてたのか、あんたいいやつじゃないか」 隆の言葉に水薙は疲れたように微笑み、抱きつこうともがく健をぱっと離した。 「あたぁ!」 押す力が解放されて勢いよく壁にぶつかる健。隆はそんな健に合掌を送りつつ尋ねる。 「カップは?」 「今出てるらしい。俺は用事まで知らん」 水薙は観念したらしく半ば自棄のように解答する。 ふんっとファルファレロは相槌を打つと絵奈に鋭い一瞥を向けた。 「で、他に質問はねぇのかよ」 「あ、はい。あの……なにか狙われるようなものを持ってますか? 家を荒らされる恐れもあると思うんです。もしあるなら回収しておいたほうが」 「……そんなもの……あるとしたら俺のアトリエには人形しかないし、カップの持ち物はわからない」 「そうなんですか。あの、黒さん、水薙さんの家に」 「待てよ。犯人を罠にはめるチャンスをみすみすフイにするつもりかぁ?」 ファルファレロの言葉に絵奈は目を瞬かせる。 「罠っていうとどうするんだ?」 と隆。 「俺らがすでに犯人は別にいて、証拠も持っているとなればホンボシはあわてるだろう? で、水薙に化けて行動して相手をおよびよせるんだよ。まぁ、証拠ったら地道にあそこらへんなら絵描きに聞いて、貼り紙を出せば効率いいだろう?」 「そっか、そうだよな。あんた頭いいな」 健が解決の糸口を見つけて目を輝かせる。ファルファレロは人差し指でこめかみをとんとんと叩いた。 「てめぇらとはここの出来が違うんだよ」 「よし。だったら俺は聞き込みをするぜ! 噂を流すとかなら早めに行動したほうがいいだろう?」 「俺はラッキーに会いに行くぜ」 「私も」 「健ちゃんには悪いが俺も」 健以外はラッキーから情報を聞くことを考えていた。 「なら、こっちは俺一人で十分だ。連絡はノートでとるしさ! 俺、まぁ自分でいうのもなんだが仲間が危ないと頭のネジが一本どころかかなり吹っ飛んじまうんだ。病院でもつい我を忘れちまうかもしれない。だから歩き回っていたほうがいいんだ」 「健ちゃん、熱いねぇー。じゃあ、すぐにそっちいくからな」 「おう!」 隆に励まされて健はにっと笑った。 三人は健と一旦忘れて、現在ラッキーがいる医務室にて向かった。 健が一人でどれだけの成果をあげられるかはわからないが、それでも彼のひたむきな熱意がなにかしらの実は結ぶと信じるしかない。 ラッキーの面会についてはクゥが黒から話を聞いていたらしく、窓口で三人を待っていた。 「黒から連絡を受けて待っていた。ラッキーは絶対安静、会話も負担になるから私が付き添ってストップをかけさせてもらう。先に金星に話を聞くなら相談室を開けておいた」 「ラッキーが時間制限あるなら、先に金星だよな」 「そうだな。効率的にいやぁ、あのネズミだよな」 クゥはファルファレロがズボンのポケットにつっこんでいる両手、その右手首にビニール袋があるのを発見して注目した。 「一応、見舞いの品だ。渡してもいいよな」 「構わないが、中身は?」 「エロ本」 「……まぁ許可しよう」 「あと酒だ。俺様がわざわざ上物を野郎のために買ってきてやったんだ、さっさとよくなるだろう」 ファルファレロの解答にクゥの勝気な目が吊り上った。 「ラッキーは絶対安静、アルコール類はもってのほかだ!」 「あぁん、いいだろう? 少しぐらい、肝臓悪くしてるわけじゃねぇんだ」 クゥとファルファレロ――知的な眼鏡をかけた二人が真っ向から睨み合う。 「おいおい、落ち着けよ、クゥ」 「あ、あの、お、落ち着いて」 「なにしてるんでちゅ?」 そこに甲高い声、ファルファレロ曰く不愉快きわまりないネズミの声がした。ファルファレロがクゥ越しにそちらに視線を向けるとネズミ、金星の顔がくわっ! と警戒モードになる。 「あんたは、あのときのはげはげのつるつる!」 「誰がはげはげのつるつるだ!」 地の底から這い出た炎のような怒気を孕んだ声でファルファレロは金星に噛みつく。 「はげはげなのか」 「つるつるなのか」 隆とクゥがじっとファルファレロを見る。絵奈一人ははげはげのつるつるの意味がいまいちわからなくて小首を傾げた。 「おい、金星、いい加減にしろよ、その呼び方」 ひょいと首根っこを掴んで顔の高さまで待ちあげてファルファレロは野良犬が牙を剥くように睨むと金星はピンク色の尻尾でぺちぺちと額を叩いた反撃する。 「いやー、ここは若い二人に任せて、俺らラッキーのところいこうか」 「は、はい」 「おい、まて」 「ちゅ!」 見事に金星とファルファレロの声が重なった。 エロ本はまぁ許可、酒はだめということで没収されてむすっとするファルファレロと隆、それに金星を両手に抱いて絵奈は一度相談室に訪れた。 テーブルとイスは好きに使っていいと言われて、早速椅子に座ると改めて隆と絵奈は金星に挨拶する。 「つるつるのはげはげがいっぱい」 ちなみに、金星のいうつるつるのはげはげとは「毛に覆われていない人間」ことを意味しているのであってそれ以上の意味はない。 「おい、質問だ。てめぇが会ったのは本物の水薙か? なんでもいいんだ、違和感はなかったのか」 「ちゅう? ……本物って言われても……私たち、あれと会ったのはあのときがはじめてですし……ちょっとまって、考えるから……違和感、そんなこといわれても、いきなりだったし」 「あの、ラッキーさんが誰から狙われているとかはないんですか? 立ち去ったときのことも聞きたいんです」 「ラッキーは、そうね、誰かに狙われているとかは、たぶんないと思うの。ただ彼、まふぃあらしいから、本人に聞いてみたほうがいいかも」 「マフィアって、じゃあ、マフィア同士の戦争とか?」 ちらりと隆はファルファレロを見る。 ファルファレロもマフィアなのだ。何かしら知っているなり、争いの種を同じ職の者として持っていても可笑しくはない。 それはファルファレロも感じたらしく、肩を竦めて隆の視線に窘める笑みを浮かべた。 「ハッ、俺ならもっと堂々とやるぜ」 「だよなー。あ、金星、続き、よろしくお願いしまーす」 「……えーと、立ち去ったときは本当に闇のなかに消えてみたいだった。ううん、混乱していたから、建物の影に隠れてすぐに見えなくなったと思うけど、本当にいきなりだったわ。姿が見えなくなったのは……急いで消えなくちゃいけないみたいだった」 襲撃のときを思い出して金星はしょんぼりと俯く。絵奈はラッキーのことを心配してそれでなくとも疲労が大きいのに質問責めにしてしまったことを反省した。 そっち手を伸ばして、金星のピンク色の小さな爪の生えた手を握りしめる。 「本当に、すいません。お疲れのところを」 「ありがとう、心配してくれて」 「あの、ラッキーさんは、水薙さんに声をかけようとしたんですよね? それは、とっても素晴らしいことだと思うんです。どうか、その気持ちを今回のことで無くしてほしくないんです」 「俺からも楽しみがあるんだ……どんな結果でも元旅団の奴らを憎むのは止めてやってくれないか?」 隆の言葉に金星はきょとんとした顔をした。 「俺はターミナルが平和になるならどこまでもお人よしになってやりたいんだ。あいつらの不安を取り除いてやる前に諍いが起こったら融和は望めないからな。平和になればこんなこともなくなる」 隆の言葉に金星はすぐに返事はしなかった。今回の事件がなぜ起こったのかわからないが、それは何者かの悪意が関与していることは明白だ。 ターミナルに住む仲間を疑いたくはないが、最近はキナ臭い事件が多い。旅団はようやく歩み寄りはじめたとはいえ元は敵同士だった溝は大きい。 「少し、考えさせて。別に私もターミナルの人は疑いたくないし、旅団が全員悪いとは思わないの。けど、犯人を許せないでちゅう」 金星にも思うところはあるらしく。隆の言葉にたいしてやんわりと、小さな声で返事をした。 「そっか。あ、俺からも質問、武器はなんだった?」 「えーと、ターミナルでいうところの日本刀だったわ。なんだかすごい切れ味のいい」 金星は少し考えてから答えた。 その解答に隆は眉根を寄せた。水薙は液体に触れればそれを操れる。刃物にすることも出来ると口にしていた。 が 「日本刀って、つまりは、えーと、水とか、液体で作ったもんじゃなくて」 「ええ、そんなかんじはなかったわ」 金星の言葉に隆は確信した。 「つまり、水薙じゃない可能性もあるってことか」 「おい、そりゃ結論がはやくねぇか? あえて自分の能力を使わないってこともあるだろう。黒ならそうやって反論してくるぞ」 「だよなー」 ファルファレロの冷静なつっこみに隆は腕を組んで唸った。もっと決定的な証拠がなくては水薙が犯人でないという証明にはならない。 金星は必死に事件のときのことを思い出そうと尻尾を振って一生懸命考えている姿に、これ以上つっこんで質問するのも躊躇われた。 「健ちゃんが一人でがんばってるんだ。俺らもはやく追いつきたいから、ラッキーにも会っちまうか」 「そうだな」 クゥに案内されて三人と一匹は個室に訪れた。 清潔なベッドに横たわるラッキーはいくつかの機械に囲まれたなかで眠っていた。 「オイ、生きてんだろう? 目を覚ませよ」 ファルファレロの乱暴な声にラッキーの瞼がぴくりと動いて薄目を開けると、はぁああとため息をついた。 「目覚めが男……それも凶悪な野郎かぁー」 「てめぇ天国に行くか? きれいな天使どもがサービスしてくれるかもしれねぇぞ」 ギアを抜いて、ラッキーの額に押し当てようとするファルファレロを隆が背後から押さえてどうどうと馬のように落ち着ける。それでまた誰が馬だぁ! とひと悶着を起こすとクゥの絶対零度の睨みがさく裂した。 「久しぶり。ファルくん、静かにしてくれると嬉しいかな。結構声が体にひびくんだよ……見舞いは野郎だけじゃなくて、女性もいるんだね」 「死にかけにしちゃ、元気だなぁ~」 隆が笑う。 「こいつは生粋のイタリア男なんだよ。女のためならゾンビになっても復活するぜ」 「よくわかってるね、ファルくん。けど、いまは、本当にちょっとつらいかも……」 「あの、大丈夫ですか?」 絵奈が心配げな顔をすると、ラッキーは隆とファルファレロには決して向けなかった極上の微笑みを向けた。右手がさりげなくベッドから出てる。 「もっとこっちにきてって、クゥ、怖い」 「けが人は大人しくしろ。なんだ、その手は」 「ちゅう」 クゥと金星の冷やかな目にラッキーは右手をベッドにしまった。 ファルファレロが堂々と土産だとエロ本を渡すとラッキーを喜ばせたが、免疫のない絵奈は顔を真っ赤にして俯いていた。 「あんたの仇は取ってやる、だから話を聞かせてくれないか?」 隆が今の状況と自分たちの推理の方針を語るとラッキーはふぅんと相槌を打った。 「斬られたのは咄嗟のことで致命傷にならないように避けるのが精いっぱいだったからなぁ。水薙を直接は知らなかったから本物か偽物かって言われても正直わからないとしか答えられない」 ああ、でも、ラッキーは付け加えた。 「不自然といわれたら、彼が現れたときのことは不自然かもしれない。なんとなく誘ってるかんじがしたんだよね。あそこって芸術家関係の人たちが多いでしょ? だから目的もなく出歩くことはないはずなのに一人でふらふらしていたし、斬られたとき……目はこちらに対して無関心なかんじだった。俺を個人的に狙ったなら罠が杜撰だよ。俺が彼に声をかける確率なんて低いからね」 「やっぱ、斬るってか襲う相手は誰でもよかったんだよな」 隆は眉根を寄せた。 やはり世界図書館とナラゴニアのなかに負の種を撒くために仕組んだ罠としか思えない。 「そろそろ時間だ」 クゥの言葉に三人は部屋から引き上げることになった。 はっきりとした証拠はなかったが、それでも事件に対しての違和感はどんどん強まっていった。 「あの、気が付いたんだけど」 「なんですか?」 金星が遠慮がちに声をあげるのに絵奈は聞き返した。 「もしかしたら、本当に違うかもしれないんだけど……私、あの水薙から匂いを嗅ぎ取れなかったの」 「え」 「生き物って匂いがするでしょ? けど、あの水薙からはそういうのがなかったのよ」 三人はノートで健に連絡をとると画廊街に訪れた。 健はファルファレロの提案通り、絵描きたちに話を聞き、さらに報酬を出すというちらしもあっちこっちも貼り付けては噂もせっせと流していった。 「現場を見れませんか? だめもとですけど、調べてみたいんです」 「よし! 健ちゃんと俺は情報を集めるな! あ、可愛いからって変なことするなよー」 「小娘にてぇ出すほど飢えちゃいねぇよ」 隆のからかいにファルファレロが牙を剥いて言い返すのに絵奈はまたしても顔を熟れたトマトのように真っ赤に俯いた。 ファルファレロが絵奈と現場に赴いた。その際、絵奈は隆や健と情報を逐一交換するためにノートを開いたまま持っている。 ここでは犯人――水薙の偽物の足取りを洗うためだ。ここ以前に犯人はどこを歩いていたのか、そこから逆に進めば居場所を突き止められるはずだ。 絵奈は魔力を使い、気配を辿る。もしかしたら今まで会った人のなかに同じ気配の人がいたかもしれない――しかし、わからないのだ。まるで気配がない。時間が経ちすぎていたせいなのか、それとも 「よし、あとに、おい、あれ」 ファルファレロが声をあげるそこには水薙が立っていた。片手に持つ日本刀を振り上げる。 「腹に穴でもあけらてぇのか! てめぇはあいつらに連絡しろ」 「はい!」 ギアを抜き、迷いもなく発砲するファルファレロの後ろでは絵奈が隆たちに助けを求めるためにメッセージを送る。 踊り狂うようにファルファレロと水薙の攻防線は続く。 発砲を避け斬り込む水薙にファルファレロは女を堕落させるような巧みな挑発と回避を主にしたステップを、さらに攻撃を繰り返す。 「俺らもいるぜ」 ファルファレロの攻撃の隙を、後ろからきた隆がシャーペンの芯を折って投げる。背中にヒットしてぐらっと水薙が倒れる。 「よし!」 「隆、やったな! 捕まえたぜ!」 明るい声をあげる隆と健に倒れた水薙は無表情のまま周囲を見ると、小さな音をたてた。 「え?」 絵奈が目を瞬かせる。背中に怖気が走った。 「やべぇ! 伏せろ!」 ファルファレロが叫び、地面に伏せ、 ――水薙の体が爆発した。 もくもくとあがる灰色の煙、四人が起き上がるとそこには――灰色の焼け跡が残るだけだった。 「こ、これって」 絵奈が混乱に声を震わせる。 「自爆した? 捕まるから、やばいと思って? おいおい、まじかよ」 隆もショックを受けているが健もそれは同じだ。 ファルファレロだけはすぐに立ち上がり、その跡に目を向けた。 「血もねぇ肉もねぇってことは人間じゃねぇな、それにこの刀は」 靴先で灰色に染まった刀をつつく。柄がないその根には「矢部刃」と刻まれていたが、音をたてて砕けてしまった。 「証拠隠滅ってことか、ハッ、胸糞わりぃぜ……ん?」 唯一残ったのは小さなネジが一本、そして何か楕円の形をしていたらしい銀の破片だった。 四人が事件の報告をすると黒は労い、水薙については今後も危険がある可能性を考慮して一人にさせないようにすると約束した。 ただ釈然としない真実だけが残された。 犯人は何者なのか、犯行の目的は一体なんなのか――一本だけ残されたネジと破片の欠片がナラゴニアの疑惑をロストナンバーたちに与えた。
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