オープニング

 ブルーインブルーでしばらく過ごすと、潮の匂いや海鳥の声にはすぐに慣れてしまう。意識の表層にはとどまらなくなったそれらに再び気づくのは、ふと気持ちをゆるめた瞬間だ。
 希望の階(きざはし)・ジャンクヘヴン――。ブルーインブルーの海上都市群の盟主であるこの都市を、旅人が訪れるのはたいていなんらかの冒険依頼にもとづいてのことだ。だから意外と、落ち着いてこの街を歩いてみたものは少ないのかもしれない。
 だから帰還の列車を待つまでの間、あるいは護衛する船の支度が整うまでの間、すこしだけジャンクヘヴンを歩いて見よう。
 明るい日差しの下、密集した建物のあいだには洗濯物が翻り、活気ある人々の生活を見ることができる。
 市場では新鮮な海産物が取引され、ふと路地を曲がれば、荒くれ船乗り御用達の酒場や賭場もある。
 ブルーインブルーに、人間が生活できる土地は少ない。だからこそ、海上都市には実に濃密な人生が凝縮している。ジャンクヘヴンの街を歩けば、それに気づくことができるだろう。

●ご案内
このソロシナリオでは「ジャンクヘヴンを観光する場面」が描写されます。あなたは冒険旅行の合間などにすこしだけ時間を見つけてジャンクヘヴンを歩いてみることにしました。一体、どんなものに出会えるでしょうか?

このソロシナリオに参加する方は、プレイングで、
・あなたが見つけたいもの(「美味しい魚が食べられるお店」など)
・それを見つけるための方法
・目的のものを見つけた場合の反応や行動
などを書くようにして下さい。

「見つけたいものが存在しない」か、「見つけるための方法が不適切」と判断されると、残念ながら目的を果たせないこともありますが、あらかじめご了承下さい。また、もしかすると、目的のものとは別に思わぬものに出くわすこともあるかもしれません。

品目ソロシナリオ 管理番号502
クリエイターあきよしこう(wwus4965)
クリエイターコメントよろしくお願いします

参加者
フェリシア(chcy6457)ツーリスト 女 14歳 家出娘(学生)

ノベル

 
 目を閉じると思い出すのは山々に切り取られた蒼穹。青葉闇を駆け抜ける清涼感に満ちた風に誘われ辿り着く先には緑を映した穏やかで静かな湖水。
 だが、目を開いて飛び込んでくるのはどこまでも広がる水平線に切り取られた蒼天だった。荒々しい音を立てて押し寄せ打ち上がる波飛沫と空を映した洋々たる青。
 傍らを吹き抜け髪をいらう潮風や肌をさすほど強く照りつける中天の太陽と、行き交う人々の極彩色にフェリシアは心が躍るのを感じた。
 どれもが自分の記憶にはないもので初めてのものばかりで、そこは期待に膨らむワクワクと何が出てくるかわからないドキドキに満ちている。初めてロストレイルに乗ってここへ訪れた時から。
 ブルーインブルーなんて誰が名付けたのだろう。
 ジャンクヘヴンの地図を片手に人伝に道を確認しながらフェリシアは軽やかな足取りでビーチへと歩いた。
 何を隠そうこの貴重な時間を使って今日こそ水着をゲットしに行くのだ。ロストナンバーにならなければ、あの過保護でこうるさい父親の手前、絶対買うことの出来なかっただろう水着。白い砂浜とその先に広がるブルーインブルーにふさわしい水着である。
 浜辺が近づくにつれ、涼やかなワンピースやコンビネゾンといった女の子たちが目立つようになる。砂浜でビーチバレーやビーチフラッグを楽しむ人々を横目に、フェリシアは目に付いた店を覗いた。
 ズラリと並んだ水着の数に驚く。
 フェリシアのいた世界は壱番世界でたとえるなら北欧。それも山間だった。夏は短く気温もそれほど高くならないため泳ぐ事も少ない。そのせいか皆、泳ぐよりも短い夏を満喫するように日光浴を楽しむ事が多かったのだ。だから着る機会の少ない水着でおしゃれという感覚があまりない。
 なんだかカラフルな水着の波に圧倒され一歩後退る。そこへ「いらっしゃいませ」なんて背後から店員が声をかけてきたからフェリシアは飛び上がるほど驚いた。別に悪い事をしているわけでもないのに緊張感が先行。
「今日はどのような水着をお探しですか?」
 愛想笑いを向ける店員にフェリシアは視線を泳がせた。――どのような。
「え、えっと」
 実はビキニが欲しいのだが照れも手伝ってなかなか言い出せない。これではまるで挙動不審者だ。
「す、すみません!」
 居たたまれない気分になって思わずフェリシアは逃げるように店を飛び出していた。
 ――何やってんだろ、私。
 店から離れたところで人心地。脱力感と疲労感が漂う。買うのがこれではビキニを着てビーチを歩くなんてもっと無理だろう。
 フェリシアは何かを振り払うように首を振った。
 幸い浜辺にはいくつも水着を置いた店が並んでいる。焦らず行こう。ウィンドウショッピンを楽しみながら何度も頭の中で店員との会話をシミュレーションし、フェリシアはやがて意を決したように一件の店へと足を踏み入れた。
 今度は急に声をかけられないよう、いつも視界に店員を入れながら水着コーナーを歩く。
「いらっしゃいませ。今日は水着をお探しですか?」
 尋ねる店員に、見ればわかるだろ、と鼻息荒くフェリシアは頷いた。
「はい。お勧めとか流行りとかありますか?」
 用意しておいた台詞を半ば棒読み。
「そうですねぇ……」
 店員はフェリシアを何度も見ながら、
「肌が白いのでビビットカラーや、エスニックなんかもお勧めですけど」
 そう言ってオレンジのリボンに綺麗な青のグラデーションの入ったワンピースを取り出した。
「これなんてどうですか?」
 ビキニと意気込んで来たフェリシアは内心で舌打ち。いや、それ以前に水着を買いに来たのに何故ワンピースを勧めるのか。すると。
「最近流行のワンピースがついたもので、簡単に取り外しが出来るんですよ」
「え?」
 店員がすっと胸の切り替えしから下を外してみせた。するとフリルの付いたビキニが現れる。
 ――ワンピース……じゃなかったのね。
 フェリシアはカルチャーショックを覚えながらそれを手に取った。てっきり水着の上から着るパーカーやワンピースも一緒に水着コーナーに並んでいるだけだと思っていたのだ。しかしそうではなかったらしい。
 最近は水着と同じ素材で作ったワンピースやコンビネゾンを合わせたものが増えているのだそうだ。もちろん4点セットのタンキニも人気がある。
 街中もそのまま歩けるので着替えいらずで人気なのだとか。水着のまま夜のパーティーに出られちゃうドレスタイプのものもあるらしい。もしかしてここに来る途中会った女の子たちも実は水着だったのか。
「トップとパンツをお好みでコーディネート出来るものや、リバーシブルなんかもありますよ」
 そう言って店員は更に別の水着を持ってきた。
「いかがですか?」
 見せられたのはオレンジピンクの可愛い水着だ。ミニのスカート付き。しかしフェリシアが、かぶっていたはずの猫の存在も忘れて思わず声をあげてしまったのは、そんな理由からではない。
「これ、ニット!?」
 そうなのだ。水着にかぎ針編みのニット。
「はい」
 店員がにこやかに応える。
「こんなのまであるんだ……」
「試着されますか?」
「あ、はい」
 呆気にとられつつも、とりあえずフェリシアは最初に渡された青の水着とニット水着を手に試着室へ向かった。
 服を脱いで水着を試着してみる。
「…………」
 なんだか鏡に映るビキニ姿の自分に照れた。だがワンピースを着ると夏着と変わらなくなる。泳ぐ時はビキニだが、素材が水着と同じなので服のように水を吸って重くなることもなく実はこのまま泳げない事もないらしい。
 この先ブルーインブルーの冒険の時には鞄に忍ばせておくつもりでいたが、これなら着て行けるかもしれない。水に濡れても大丈夫で下着が透ける心配もなく、ギアで跳躍した時も下から覗かれたって大丈夫。
 ――便利かも。
 カーテンを開けて見せると店員が満面の笑顔で「お似合いですよ」と声をかけながら、フェリシアの足下に何やら置いた。何だろうと見れば水着と同系色の可愛いサンダルだった。どうぞと促されてフェリシアはサンダルを履く。
 視線を明後日の方に向けながらも鏡の前で腰に手をあてポージング。
「スカートを取るとどうですか?」
 聞かれてフェリシアは顔を赤らめつつワンピースを外してみせた。
「少しスポーティーな感じになりますが、胸元のフリルが可愛いですよね」
 同意を求められ、フェリシアは照れたように顔を俯け頷いた。
「他にも着てみますか?」
「あ、はい」

 答えると店員が試着室のカーテンを閉じる。フェリシアは今度はニットの水着に着替えた。
 試着を終えてカーテンから顔を覗かせると、店員が他の水着をいくつか持って待っていた。それを、あれでもないこれでもない、と次から次へ試着していく。
 目移りするしどれも可愛くて全部欲しくなるようなものばかりだ。
 さんざん試着してようやく一枚の水着が決まったのは、もう夕暮れ間近の頃だった。
「ありがとうございました」
 ほぼ半日、自分一人に付き合わせてしまったな、と思いつつフェリシアは満足のいく水着の入った袋を手にその店を出た。
 外は黄昏時。ブルーインブルーの蒼茫たる水面が今はオレンジ色のグラデーションを映していた。水平線に沈む夕陽が何とも幻想的な道を作っている。
 今度はこの水着を着てここに立つ。フェリシアはそう心に誓ってロストレイルの停車場へと歩き出したのだった。
 

クリエイターコメントジャンクヘヴン散策をお届けします。
ご参加ありがとうございました!

楽しんで書かせていただきました。
キャライメージなど、壊していない事を祈りつつ。
楽しんでいただければ嬉しいです。
公開日時2010-05-21(金) 17:40

 

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