「もう一度、ルールを確認するぞ」 酒場のおやじは禿上がった頭を手で撫でつけると、居並ぶ3人を見渡しながらそう口火を切った。酒場の客が4人を囲むようにして固唾を飲んでいる。 「お、お手柔らかにお願いします」 三日月灰人が気弱に頭を下げた。 「クローズド・ポーカーに勝敗を早くつけるためノーリミット、アンティを設定するぞ」 「了解」 リエ・フーが片手をあげる。 「チップは飲み代とツケの分を3人に均等に分ける。つまり、全員からチップを奪ってそれで支払うというわけだ」 おやじがニヤリと笑った。 それにファルファレロ・ロッソがヒューと軽やかな口笛を吹く。 ターミナルの場末にある酒場には0世界というだけあって多種多様な人間が訪れていたが中でも特異な連中が集って混沌とした空気を漂わせていた。全身を鱗で覆われた者、毛髪が全くない者、腰のホルダーに銃を提げた者、見た目は普通だがその上着の裏側に大量のナイフを仕込んだ者、或いは体の半分を武器化した者、覚醒前の世界で筋肉強化剤を多用しすぎ血管が全身に浮き上がってしまった者、全身にタトゥを入れた者、見ているこちらの方が痛くなってくるような数のピアスを連ねた者…どれもいかれた雰囲気の連中ばかりが屯していたのだ。希に例外もあったが。 そして、そんな連中に囲まれる負けず劣らずの3人。彼らは【ポーカーの勝者は飲み放題&ツケ免除!】という煽り文句に数ある参加者の中を勝ち上がった3人であった。ともすれば彼らを囲んでいる連中は敗北者というわけだ。この勝負の行く末をドキドキしながら見守っているのである。 「こんな美味い企画乗らねえ手はねえからな」 「血が騒ぐぜ」 リエとファルファレロは配られたチップ数枚を手の中で弄び楽しそうな笑みを浮かべながら、机の真ん中に置かれたポットにアンティという名の参加費を投じた。 「何故私が……聖書を売りに来ただけなのに……」 灰人がぶつくさと彼らに続く。決勝戦まで勝ち上がっておいて今更それはないだろう。 「酒場に聖書を売りに来んのが間違ってんだろ?」 景気よくファルファレロが背を叩くのに「そうだ! そうだ!」と野次が飛び、灰人は目を泳がせる。 「お前さんが勝ったら、聖書買ってやるぜ!」 「そりゃ、いい!」 「うははははは」 などと勝手なことを言っては大笑いする野次馬どもは微塵も灰人が勝つとは思ってないようだ。 「酒代に聖書代まで加わっちまったなぁ」 おどけて見せるファルファレロに「勝ってくれよ」と声援が飛ぶ。 「お兄ちゃんも頼むぜ」と、肩を叩かれリエは「負けるわけねぇだろ」と嘯いた。誰もリエを見て飲酒を咎めるような奴はいない。世界によって倫理観がまちまちであるからだ。そもそも壱番世界であっても、国によって飲酒の出来る年齢は違っている。 「ああ、神よ。聖職者でありながら賭事に手を出す罪をお許しください! そして賭事に興ずる彼らにもご慈悲を!」 既に決勝。これまでもポーカーに興じ勝ち上がってきた相変わらずの今更ぶりで神に祈り始めた牧師に、ファルファレロとリエは肩を竦めるほかない。 ディーラー役の酒場のおやじがカードを配り始めた。ジョーカーを抜いた52枚のカードから5枚づつが3人に配られる。 彼らはカードを手に取ると、それぞれに相手の顔を見やった。それからリエとファルファレロはその背後の野次馬たちの顔まで伺った。 おやじの左隣にいたリエからスタートだ。 選択肢は3つ。チェックか、フォルドか、ベット。 リエは持っていたカードを裏向けたままテーブルの上に置き、笑顔で頬杖をつくとテーブルを2度叩いた。ベットもしないがゲームも降りない=チェックの合図に、ディーラーのおやじも周囲の野次馬の視線も、リエの左隣に座る灰人へと移った。 灰人がオープニングベットをすると、ファルファレロが灰人がベットしたのと同じチップをポットへ置きコールする。 再びリエの番だ。今度はチェックという選択肢はない。コールか、レイズか、フォルドの3択にコールして3枚カードを交換すると満面の笑みを浮かべてみせた。 灰人はリエの態度に怖じ気付いたのか、そこでフォルドを宣言してしまい脱落。ブーイングの嵐に灰人は細い体を更に細くさせた。 続くファルファレロがベットし、カードを2枚交換して渋い顔をしてみせる。 リエはファルファレロの顔を伺うようにしばし見つめていたがやがて肩を竦めてフォルドを宣言した。 ファルファレロの舌打ち。 この時点でアクティブプレイヤーはファルファレロのみとなる。彼のショーダウン。 「なっ!?」 思わずリエが椅子を蹴飛ばして立ち上がった。 「もうちょっと、釣り上げたかったんだがなぁ……」 さっさとフォルドしやがって、とばかりに舌を出しファルファレロが笑う。2のワンペア――間違いなく最弱。ちなみにリエは5のワンペア、灰人は7のワンペアだったから、2人がフォルドしなければファルファレロに勝ち目はなかった。 「おお、神よ!」 灰人が天を仰ぐ。ぶっちゃけ、一番勝っていたはずの灰人が一番に降りてしまったわけである。 「普通、そこは3枚交換するだろ」 とリエは舌を出したが、それも含めたこれがポーカーに於ける戦略というやつだ。 「いい読みだったぜ。まぁ、最初はこんなもんだろ」 かくて緒戦はファルファレロのポーカーフェイスに軍配が上がったが、残念ながら今回はそれぞれアンティと初回のベットのみで大きなチップの移動もなく、静かな幕開けとなった。 「フォルドゲームじゃ、つまらねぇ!」 「そうだ! そうだ!」 あまりに地味な立ち上がりに野次馬たちのブーイングが飛ぶ。 「すまねぇな。今度はきちっとレイズしてやるよ」 リエが野次馬を煽るように拳を天井向けて突き上げた。 「おお!」 あがる歓声に盛り上がる野次馬。ファルファレロが楽しげに手の中で戦利品のチップを転がす。 「ここからが、本番ってか?」 「そういうことだ」 次からはいきなりフルスロットルでいく。リエは宣言通り、コールせずレイズで掛け金をつり上げていった。灰人が堅実にコールを繰り返し掛け金をキープしようと試みたが、ファルファレロも一緒になってレイズを仕掛けるのでかなりの額がポットに溜まる。 今度は3人ともフォルドすることなくショーダウン。 「おぉ!!」 周りがどよめく中一番意外な人物が両手をあげた。 「おお!! 我らが慈悲深き神よ!!」 なんとここで灰人がツーペアで勝利という快挙をあげたのである。 「何だと!?」 と思わず腰を浮かせるリエとファルファレロは、感動に咽びなく灰人に納得のいかない顔を向けた。 「ありえねぇ」 「ビギナーズラックだろ」 とはいえ、この手の博打は勝ち負けの回数や役の強さで全ての勝敗が決するわけではない。最後に残ったチップの数がものをいうのだ。挽回のチャンスなどいくらもある。 「おいおい! マジで聖書買わされんのかよ」 「冗談じゃねぇぞ!」 「頼むぜ、兄ちゃん。いや、もしかして姉ちゃんだったか?」 「ははは」 揶揄と無責任な暴言にリエは、フッと息を吐く。 「うるせぇ! ……犯すぞ」 ぼそりと呟くリエの表情に、野次馬共は一瞬見とれて言葉を失った。妖艶な笑みは男も惑わすのか。それは元男娼のなせるわざであり、他人をけむにまくための狡猾な武器でもあった。 ただ一人、リエの気にのまれなかった男が茶化す。 「それは、是非」 ファルファレロの言にリエはクスリと微笑み、それから間髪入れず「どこまで続ける気だ!」と軽い口調で突っ込んだから、それで半ば呆気にとられていた野次馬どもは、一斉に笑いだした。 くだらないジョークに野次馬共を沸かせながら、勝負は次第に熱を帯びていく。 灰人が勝利をおさめる時は、リエもファルファレロも大してベットしていない時が多く、大抵は「ま、いっか」「しゃーねーな」で済まされた。 しかし、リエやファルファレロが勝利する時は、毎回チップが大きく動く。そのたびに互いの間を罵詈雑言が飛び交った。 「てめぇ! 今のはどう考えたって3カードだろ!! くそっ! てめぇなんて、ピーでピーでピーピーピーー!!」 負けず嫌いに火がついたのか、完全に血が上った態で放送禁止用語を連発するリエに、ファルファレロも負けじと応戦する。 「うるせぇ! おまえこそ、ピーがピーしてピーピーピーだろ!!」 もちろん周りの野次馬たちもそれにのっかった。 灰人だけが、このような言葉を神にお聞かせしては申し訳ないとばかりに、ピー、ピーと声を張り上げ彼らの言葉をかき消すのに必死だ。そして。 「2人とも、落ち着いてください」 と、ひやひやしながら仲裁に入る。 「ふんっ!!」 2人はそれでやっと矛を収めた。とはいえ、その場は異様に盛り上がっていたから、彼らの言い合いももしかしたらパフォーマンスの一部であったのかもしれない。 ヒートアップに継ぐヒートアップ。 ところが1時間を越える長丁場に勝負は一進一退の攻防を極めると、さすがにネタも尽きたのか、勝敗も決しそうにないその場はクールダウンの一途となり、一人、二人と野次馬たちも減ってしまった。 もはや罵詈雑言も思いつかなくなったのか、舌戦は子供の喧嘩レベルにまで落ち込んでいたのも、クールダウンの要因に違いない。 「おまえの母さんでべそ!」 「てめぇの母さんの母さんも出べそのくせに!!」 もう、何がなにやら。言っててバカらしくなってくる。 さすがに業を煮やしたリエが「便所」と席を立った。膝を蹴飛ばされファルファレロが机を叩いて立ち上がったが、リエの視線に何事か気づいて「俺も」と、テーブルを離れる。 「俺のいた国の言葉に『天下三分の計』ってのがある」 リエが言った。『天下三分の計』とは三勢力が鼎立し均衡を保つための戦略の一つだ。つまり第三勢力を作ることで安定しようとするものである。そもそも3とは安定を意味する数字であった。つまり、このまま3人で戦っていては、この現状のように全く勝敗が決しない、とリエは言いたいらしい。裏を返せば。 「つまり、……ってことか?」 ファルファレロは自分とリエを指さし、それから灰人の方に目配せしただけで、みなまで言わなかったが、リエは「ああ」と頷いた。 人は心の底から笑う時、口と目が同時に笑うという。作り笑いの時は、どちらかが遅れるのだそうな。そのことを知っていたわけではないが、ファルファレロは天性の勝負勘で、リエは経験で、読みとった。 釣り上げられるベット。 そしてショーダウン。 「おお! 何故ですか神よ!」 灰人は声をあげて頭を抱えた。完全に二人の鴨である。ネギと鍋を持った鴨扱いだった。いや、既に美味しくいただかれてしまったところか。 うなだれる灰人にごちそうさまと一瞥をくれて、ご満悦のファルファレロとリエは睨み合った。邪魔者は一人消えたも同然。 そしてとうとうその時は訪れた。 「オールイン」 全てのチップをベットする。 ファルファレロとリエの視線が交錯した。 完全に蚊帳の外と化した灰人もこうなっては全てのチップを賭けるしかない。というほど残ってもいないのだが。 そして、後は野となれ山となれとばかりにカードを5枚交換する。 その時だ。 「なんだと! てめぇ!!」 という罵声と共に一人の男が彼らのテーブルに飛んできた。いや、飛んできたというよりは降ってきたに近いかもしれない。男はディーラー役をしていた酒場のマスターを巻き込みながら背中でテーブルの上を滑り、グラスやチップを床にばらまきながら最後にはテーブルも倒した。 「なっ!?」 リエとファルファレロが椅子を蹴倒すようにして立ち上がる。 「ぐぇっ!」 反応が遅れた灰人は、男とマスターとテーブルの下敷きになって、車に牽かれたカエルみたいな悲鳴をあげた。 「……てめェら、何しやがる!!!」 異口同音で怒鳴り散らしてリエとファルファレロはそれぞれに獲物を握る。睨みつける相手はもちろん、降ってきた男ではない。降らせた相手の方だ。 「うるせぇ!」 男を殴り飛ばした巨漢が手近にあった4人掛けの丸テーブルを頭上高く持ち上げると、冬眠を邪魔された熊よろしく襲いかかってきた。 リエの縦にも横にも2倍はありそうな巨漢が、力任せにテーブルをぶん回す。ファルファレロは右へ、リエは左へ飛んでそれをかわした。 下敷きになっていた灰人が這う這うの態で這いだしてきたところに、テーブルが叩き落とされる。 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」 神よ! と祈る間もない不幸な事故……に、幸い至らなかったのは日頃の信心の賜物であったか。テーブルは灰人のケープだけを下敷きにした。 その時には、ファルファレロが引き金を引いている。 それは、まっすぐ巨漢の肩を撃ち抜く予定だった。 ファルファレロの背を誰かがしたたか押さなければ。 銃弾は引き金を引く瞬間照準がずれ、壁に張り付くように避難していた灰人の頬をかすめて、柱にめりこんだ。 「ひぃっ!?」 「誰だ、邪魔しやがったのは!!」 ファルファレロが金切り声をあげると、それにも負けない声が返ってきた。 「邪魔はどっちだ!!」 ポーカーを邪魔され熱り立っていたのはファルファレロとリエだけだが、陽気に呑んでいたのを邪魔されムカついていた者は、さすが酒場だけあって数多いた。 しかも、ちょこっとだけ飲み過ぎた者も多い。 ついでに血の気が余りまくってる者も多い。 巨漢を避けたリエも、巨漢に一発食らわせたい別の男に邪魔だ、とばかりに押し退けられた。男は軽くのつもりだったらしいが、リエは隣のテーブルにわき腹をしたたかぶつけた。 既に、堪忍袋の糸はぶっちぎれている。 「痛ぇじゃねぇか!」 リエは勾玉のペンダントを拳の中に握り込んで、キッと男を睨みつけた。 突風に煽られ男は両手で顔を覆いつつ踏みとどまる。こんな屋内に突然、どこから吹いたというのか。訝しく思いつつも、別段痛みも感じられず止んだ風に両手をおろした男は、そうしてリエの方へ一歩踏み出した。 刹那、カウンターの後ろの棚にあった酒瓶が二つ割れ、男のズボンのベルトがふっと緩んだかと思うと、そのままストンと落ちる。 そこに顔を出したのはトランクスだった。 それもショッキングピンクだった。 更に花柄というなんともメルヘンなものだった。 「ぷっ……」 リエが思わず吹き出した。浅黒い肌に龍の刺青をした男の穿いているトランクスがメルヘンだったのだ。彼女の趣味ならともかく、本人の趣味だったらと思うと笑わずにはいられない。 男は鼻白んで喚いた。 「貴様! 覚えてろよ!!」 鋭利な刃物で切られたようなズボンを両手で押さえながら男は退散していった。 「いやいやいや、それは忘れようがねぇって!」 明日からしばらく笑いのネタに事欠かないな、などと腹を抱えるリエの肩を誰かが掴んだ。振り返る。それはトランクス野郎に押された時に突っ込んだテーブルの客だった。 「どう落とし前つけてくれんだ?」 ドスのきいた声音で濡れた顔をリエに突きつける。どうやらリエがテーブルに脇腹をぶつけた際、テーブルが倒れて跳ね上がったジョッキが逆さになり、何とも運悪く男の頭に着地したらしい。つまりは中身のビールがこれである。 「知るか! 俺のせいじゃねぇ!」 と言ってはみたが相手は聞く耳も持たぬようで返す手でリエの胸ぐらを掴むとオートメイル化した右手の拳を振り上げていた。そんなもので殴られたらたまったものではない。 「だからっ!!」 怒鳴ると同時にリエは先ほどと同じように相手を睨みつけた。 突風が走る。かまいたちを伴って。 男の右手が手首のところで綺麗に落ちる。もとより生身の部分じゃないからいいよな、とリエは内心で舌を出した。トラベルギアの一部だったらごめんなさい、だ。 「フック船長に負けない鉤爪でも付けてくれ」 などと。 切り取られた手首に半ば呆然としている男の隙をついて、胸ぐらを掴む手首の関節をとるとリエは力任せにそれを捻り上げた。こちらの腕は機械化されていない。 「痛ぇ!!」 男が悲鳴をあげて手を離すと、リエは間合いをとるように男の鳩尾に蹴り飛ばしながら半歩後退く。 「このやろぉ!!」 同じテーブルの連れだったらしい男が、酒瓶を振り上げ襲いかかってきた。 刹那。 「!?」 パンと派手な音をたてて酒瓶が木っ端みじんに弾け飛ぶ。 リエは力を発揮していない。 ファルファレロが助けてくれたものか、それとも単なる流れ弾だったのか。見れば、倒したテーブルを盾にそこでは撃ち合いが始まっていた。 「わっはっはっはっはっ!」 ファルファレロは豪快に笑っている。よほど楽しいらしい。天才的な銃の腕を誇る彼が、はずしまくっているのは、よほど頭に血が上りすぎているからだろう、この場合、照準が合わせられないのではなく、わざとはずして撃ちまくりたいがためだ。せっかくの喧嘩と馬鹿騒ぎ、早々に終わらしちゃもったいないお化けが出る、というものである。 「当てられるもんなら当ててみやがれ!」 と豪語しながら、自分もはずしまくる。 そしてそれは的確なまでに別のテーブルのジョッキや酒瓶を片端から粉砕していった。 どうせなら派手に騒ごうぜ、と。ファルファレロの手荒なお誘いに、傍観を一度は決め込んでいたはずの連中も次々参戦を表明した。 もはや、何が原因であったのか誰も知りようがない。酒場はさながら地獄絵図と化しつつあった。 肘が当たった、とか、足を踏まれた、とか、そんな些細なことで、リエも次々に真空刃を放った。 店内を縦横無尽に駆け回る、かまいたちやら銃弾やらナイフやらあれやらこれやら。皆がトラベルギアを使いまくった大乱闘。しかし、わざとなのか、何なのか、手加減の理由はそれぞれに、誰も一瞬で片がつくような大技は繰り出さなかった。まるで暗黙の了解のように。 「おお神よ、なんでこんな羽目に……」 とても生きた心地のしない灰人は、安全な場所を求めて壁際を伝いながらテーブルの下から下へと移動を開始する。途中、紙一重でジョッキが降ってきたり、鼻先を銃弾が掠めたり、ナイフがケープを壁に縫いつけたり、動けずにいたところに、真空刃が襲いかかりケープを半分の長さにしてみたり、聖書で一命をとりとめたりなどした。 もちろん酒場には灰人以外にもヘタレがいた。 床を這うようにして同様に安全な場所を求め、というよりは酒場の出口を目指す者とはち合わせる。 「おや、あなたも?」 「ああ、あなたも?」 互いにしみじみと、この状況について語り合った。ただ美味しい酒を飲みに来ただけなのに。ただ聖書を売りに来ただけなのに。 「…………」 互いに親近感が沸きあがる。 「あなたもお一つ、聖書、いかがですか?」 思い出したように灰人が言った。 「神の加護がありますよ。何せ私もこの通り!」 灰人は自分の聖書を取り出した。そこには銃弾がめり込んでいた。しかし貫通はしていなかった。 「おお! 神よ!!」 かくて聖書はヘタレを中心に飛ぶように売れた。ただ、この酒場にはヘタレは思った以上に少なかった。 聖書を売りながら、より安全な場所へと移動していた灰人は、ようやくカウンターの裏に身を潜めて人心地吐く。 と。 あのショッキングピンクの男がカウンターの奥の扉から勢いよく飛び出してきた。 吹き出しそうになるのを両手で口元を押さえることでかろうじて押し殺した灰人には気づいた風もなく、その男は持ってきたそれを構える。 覚えてろよ、と陳腐な捨てぜりふを残して去った男はリベンジに燃えているようだった。 かくして彼は一呼吸おくと持っていたそれの引き金を無造作にひいた。 銃身4本。秒間40発を誇るガトリングガンが火を噴く。マガジンベルトはざっと見て500発はあるだろうか。 彼はカウンターの向こうに向けてズダダダダダダ……と撃ちまくった。 いきなりの銃撃にそれまで店内で乱闘騒ぎだった連中は慌てて腰を低くする。盾となったテーブルが次々蜂の巣に変えられていった。 時間にして12秒余り。弾がなくなるまで撃ちきり、彼は陶酔したように呟いた。 「カ・イ・カ・ン……」 堪えきれず吹き出す灰人と目が合う。 「…………」 灰人は、誤魔化すようにへらっと笑って言った。 「聖書、買ってくれませんか?」 「…………」 次の瞬間、カウンターの向こう側にいた連中が一斉にショッキングピンクに飛びかかったことは言うまでもあるまい。彼は翌日、近くの川で簀巻きにされているところを近隣の住人に助けられたという。 余談はさておき、ショッキングピンクという共通の敵に何となく一致団結した彼らは、混沌とした元酒場だった場所を振り返り、互いに笑い合った。 「さぁ、飲み直すか」 「いやぁ、楽しかったぜ」 「おまえ、なかなかやるな」 などと。元々剛胆に出来ているらしい。 乱闘騒ぎがひと段落したことに灰人がホッと安堵の息を吐いて懐に押し込んでいた5枚のトランプカードを引っ張り出した。そういえば、確認していなかったのだ。 「おや? ロイヤルストレートフラッシュです!」 見てください! とばかりに出した5枚は、何故かその瞬間、穴が開き何かで半分に切り落とされた。 「なんのことだ?」 と、とぼけるファルファレロとリエの肩を、誰かの手が掴む。 「ふっふっふっふっふっ……」 それはまるで地獄の底から響いてきそうな重低音だった。 「ふっふっふっふっふっ……」 地獄へ誘うその声を二人は不気味に振り返る。 そこには禿あがった頭から血を流した、男が恨めしげに2人を見上げていた。顔は笑っているが、口ほどによく語る目が親の敵みたいに暗々と燃えていて、微塵も笑っていないことがいっそ2人の背筋を冷たくした。 「いいだろう。今日の分の飲み代もツケも無料にしてやる」 酒場のおやじは請け負った。しかし二人はそれでやったーと素直に喜べなかった。 おやじは肩にのせた手に力を入れ、呪詛のこもった声でこう続けた。 「但し、店の弁償はしてもらうからな」 「…………」 ――Oh,my,god! ■大団円■
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