「外国人?」 管理都市TOKYOの中央に位置するSAI中枢、巨大な柱のように聳え立つスーパーコンピューター――ナギの前で、白のフロックコートを纏った美丈夫は深紫の瞳に緑色の輝線を映したまま、怪訝そうにオウム返した。 彼の背後に佇む黒尽くめの男が浅紫の瞳をわずかに俯ける。沈黙の肯定に白の男が続けた。「この世界に外国人など存在しないはずだが」「しかし確かにNIPPON国籍を持たぬ者との報告が」 黒の男の言に、深紫の瞳は微動もせず。ただ、言葉を発することのないスーパーコンピューターが軽やかに明滅した。 やがて。「興味深いな」 白の男が呟き、何事か言いかけ、言葉を飲み込む。振り返ったのは黒の男の方だった。いつからそこにいたのか、そのフロアの入口に一人の男が立っていた。コットンシャツにGパンという軽快な装いがまるでその場に似つかわしくない。頬までかかる前髪を無造作に掻きあげ、少し垂れた切れ長の目を楽しそうな緩めている。「ナンバースリー」 黒の男の声に彼は両手の平を天井に向けて肩を竦めてみせた。「番号で呼ぶん、やめてくれへん?」 独特のイントネーションで勝手に盗み聞きしていたにも関わらず不遜に返すとつかつかと二人の元へ歩み寄る。サイバノイドのナンバーズ、ナンバースリー桜塚悠司はそうして人なつっこい笑顔で黒の男の顔をのぞき込んだ。「なんや、おもろそうやん。俺も混ぜてーな」「…………」 黒の男が白のフロックコートの背中に視線を投げる。ナギの声なき意志を待つように。 深紫の瞳がようやく振り返った。「ナンバースリー。ナンバーイレブンの監視と外国人についての調査を命じる」 それに悠司は、なんとも微妙な表情を一瞬覗かせたが、番号で呼ばれたことを拗ねるでもなく、すぐに笑顔に戻ってくるりと踵を返す。「はいは~い」 まるでバカにしたような調子で後ろ手に手を振って彼はフロアを出て行ったのだった。 ◇◇◇「ふふっ、アマテラスってとても魅力的ですものね」 オフェリアはロストレイルの車窓からホームを眺めながら呟いた。発車のベルがけたたましく鳴り響いている。 その音に負けるとも劣らぬ声がオフェリアの鼓膜を叩いた。「姉さ~~ん!! 姉さ~~~ん!!」 ベルに急かされるようにドタドタと車両へ駆け込んできたのは、オフェリアの重度のシスコン弟――ディオンである。「壱世界の地図ですが、オーサカのパンフレット貰って来ましたよー!」 そうして当たり前のようにオフェリアの前の席に座った。 それに満面の笑みを返して応える。「ディオンちゃん、ワタクシの邪魔をしない様に気をつけなさい?」 声音は優しいが、その眼光は剣呑としていた。 だが、そんな事は意に介した風もない。「いやー、縁深きアマテラスへ姉さんと2人で迎えるとは、このディオン至極感激だよ!えへへ、楽しみだなぁー! タコヤキとオコノミヤキ食べましょうね!」 などとニコニコ顔でディオンはパンフレットをオフェリアに差し出していた。小さく溜息を吐きつつも、オフェリアは見せられたパンフレットを覗く。「あら、ディオンちゃん、色々と手配してくれたのね?」「勿論ですっ! このディオン、あの手この手とオウサカについて調べあげ、準備して来た次第です!」 ディオンはこれでもかと胸を張った。生き生きとしたドヤ顔をオフェリアに向けている。 前回のKYOTOでは調べが足りず、杜屋のわらび餅をゲットし損ねたディオンとしては、ここでなんとしても汚名返上、名誉挽回せねばならなかったのだ。言うなれば、これはリベンジである。今回は、いつでもどこでも案内出来ます、ということなのである。 しかし残念ながらオフェリアはディオンの案内にあまり期待を寄せてはいないようだった。「イチゴ様に案内を頼まなきゃいけないですわね」 オフェリアとしては、SAIに戻った一悟と是非とも連絡を取り、いろいろな情報を得たい所存なのである。 だが、オフェリアの言葉にディオンは「イチゴ……ですか」と、気乗りしない表情で視線をさまよわせた。「案内しに来てくれたら良いですけど……」 いまひとつ歯切れが悪い。 一悟には、AMATERASUに飛ばされた際、右も左もわからぬ自分を拾ってもらったという恩がディオンにはある。久しぶりに会っていろいろ話もしたかった。しかし問題が一つあったのだ。彼が男であるという事実。男がオフェリアに近づくのは、たとえ恩人であっても気の進まないディオンであった。 すると。「一悟はさすがに出戻りでは信用もされておらんようでな、監視付きらしいぞ」 二人しか乗っていないと思われた車両から、第三の声が聞こえてきた。「……おや、フゥ君。いつのまにこの車両に?」 顔を出したのは黒猫のフーリンだった。「あらあら、ふふふ。遠慮はせずに、私のお膝にいらして?」 そうしてオフェリアが目を細め手招く。ディオンの頬がピクッとひきつった。「すいませんが僕と姉さんの仲良しタイムをー…」 言いかけてオフェリアの視線に気づいて咳払いを一つ。「いえ、この度は案内よろしくお願いします。何せ、フゥ君がいないとあちらで自由に動けませんからね、感謝してるよ。でも、それとこれは別なんで姉さんの横じゃなくて、僕の横にどうぞ?」 男はすべからく姉には近づけたくないディオンは、たとえそれが可愛い黒猫であってもオスである限り例外はなかった。 こちらへと誘うディオンにオフェリアは嬉しそうな笑みをこぼす。「あら? ディオンちゃん、フーリン様と仲良しになりましたの? 良かったですわ。ディオンちゃんとフーリン様が仲が悪くては、わたくし、フーリン様へアプローチ出来なくなる所ですもの」 オフェリアの言葉にまたもやディオンの眉尻が跳ね上がった。オフェリアのアプローチがたとえ、仕事のであったとしても、ディオンには大した問題ではないのである。姉に男(オス)が近づくということがゆゆしき事態なのであった。今にも射殺しそうなほどの嫉妬のまなざしを注ぐディオンに、だがフーリンは臆した風もなく、ひらりとオフェリアの膝の上に収まってみせた。明らかにディオンの反応を面白がっているようだ。「あー! あー! あーーっ!!!」 あまりの事にディオンはオフェリアの膝の上に乗るフーリンを指差し、何事か奇声を放つ。とはいえ、それが限界だった。迂闊に手を出せばオフェリアにまで届きかねない。いわば、オフェリアを盾にとられたようなものなのだ。 フーリンのモフモフ毛並みを楽しむように背を撫でるオフェリアにディオンの嫉妬は臨界点をあっさり超えていった。「こら、ちょっと!フゥ君!誇らしそうにこっち見る暇あったらそこから降りなさい!!」 怒鳴りつけるのが精一杯。 オフェリアはニコニコしている。 そして当のフーリンは。「一悟の監視役に同行するサイバノイドとサクラコを接触させんように、というクサナギの話じゃったし、ここは二手に分かれるというのは、どうじゃ? ディオンはサクラコをエスコートし、我々はイチゴとOSAKA観光……」 刹那、ディオンの何かがブチッと音をたてて切れた。 ◇◇◇ そうしてロストレイルが0世界を出発した頃―――。 管理都市TOKYOにあるサイバノイドに宛がわれた宿舎の六畳一間で風見一悟が端末を叩いていると、ノックもなく突然ドアが開いた。「一悟ちゃ~ん、戻ったんやって~?」 場違いなほどの明るい声に、一悟はさりげなくディスプレイの向きを変えながら、椅子ごとドアの方を振り返る。今にもハグせん勢いで両手を広げて歩み寄ってくる男に目眩を覚えて一悟はこめかみをそっと押さえた。 彼が相手では、ドアのロックも無意味に違いない。「……悠司。お前が監視役か……」 自然ため息が漏れた。一度SAIの監視下を抜け、追っ手を撃退したにも関わらず出戻ってきたのだ。信用されていないだろうことは想像の範囲内であったし、遅かれ早かれ誰かが付くとは思っていたのだが。ただ、この人選は少々意外であったか。「監視やなんて寂しいこと言いなやぁ。俺と一悟ちゃんの仲やん」 大仰に嘆いてみせるほど、嘆いているわけでもあるまい。仲というほどの仲はないのだ。昔から、何を考えているのか今一つかみ所のない男であった。「…………」 一悟が向ける冷たい視線に悠司はやれやれと首を竦めてみせる。「そんな警戒せんでもえぇやん。葵とちゃうかったんや、喜べ」「…………」 葵とは、自分を追ってきたバイオロイドのことだが、何故ここで葵が引き合いにだされるのか。やはり、彼の考えていることは今一つわからない。「そう硬(かと)ならんと。ほらほら肩に力入っとるで」 一悟の椅子をクルリと反転させると、悠司は背後から一悟の両肩をポンポンと叩いて軽く揉んでみせた。「…………」 彼のペースに完全はめられてしまった一悟は逐一抵抗らしい抵抗も出来ぬまま端末に向き直り、後ろから悠司がディスプレイの向きを直すのも止め損ねてしまう。「へぇ、SAIの設計者、調べとったんや? 外国人が知りたがりそうなネタやもんなぁ」 彼の口からこぼれた外国人という言葉に、一悟は諦念を覚えながら悠司の顔を見上げた。「お前は知ってるのか?」「さぁ…のぉ?」 とぼけたように悠司は首を傾げてみせる。「まぁでも、SAIのシステムを最初に導入したんはOSAKAなんやで」 彼は誇らしげに言った。初耳に一悟が目を見張る。「何?」「なんぼゆうたかて商売人の町やしな」 合理的なシステムを導入することに積極的な地域であったらしい。とはいえOSAKAで最初に導入されたなら、OSAKAにSAI設計に関わる何らかの糸口が落ちていたり……と考え、一悟は首を横に振った。たぶん落ちてはないだろう。調べようにも、そこに住んでいる住人の記憶が真実とはほど遠い。 考えるようにディスプレイを見つめていると、悠司が机の上の冊子を手にとりながら、それより、と猫撫で声で続けた。「なぁなぁ、噂の外国人、紹介してくれへん?」「は? それは……」 一悟は視線をさまよわせる。悠司が外国人のことを知っているということは、ナギから外国人について調べるよう命令が下ってるという事なのだろう。SAIはどうやら外国人に興味を持ってくれたようだ。しかし、接触は慎重にと思う。正直、外国人も意思が統一されているわけではないようで、実は彼らが何を求めているのか一悟もよくわかっていないのだ。更にSAIがそんな彼らをどう扱うのかも読めない。 しかし一悟のそんな心配を余所に、悠司は両手を広げ明後日の方を見つめながら力説し始めた。「街には人形、ここにおるんは体の半分が機械か、心も機械で出来とる奴しかおらん。潤いが欲しいねん。えぇやん、可愛い子、おんのやろ?」「…………」 それから、OSAKAと書かれたその冊子を一悟に突きつける。「OSAKA行くんやったら、案内したるさかい、な? な? えぇやろ? 一悟ちゃんと俺の仲やん!」「…………」 彼の言葉をどこまで鵜呑みにしてもいいものか、一悟は軽い頭痛を覚えながら、結局、潤いを連呼する悠司に根負けして頷いた。 どうせ、監視役の彼を撒いての単独行動は無理なのだ。ならば、巻き込んでしまえばいい。確かに、そういう意味では融通の利かないバイオロイドでなくてよかったな、と思う。 鬼が出るか蛇が出るか。 桜塚悠司は敵か味方か。 ――いざ、OSAKA!*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・!注意!この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。ただし、参加締切までにご参加にならなかった場合、参加権は失われます。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、ライターの意向により参加がキャンセルになることがあります(チケットは返却されます)。その場合、参加枠数がひとつ減った状態での運営になり、予定者の中に参加できない方が発生することがあります。<参加予定者>オフェリア・ハンスキー(csnp3226)ディオン・ハンスキー(cerh6177)*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・
■0■ 「どうしてイチゴさんが一人でこんなところにいるんですか?」 通天閣にあるスカイウォークの途中で、眼下に広がる街並みには目もくれず、ディオンは一つの可能性に嫌な予感をよぎらせながら半ば震えた声で尋ねた。姉オフェリアと一緒にいる筈の一悟が何故一人でいるのか。いや、この場合何故の部分は大した問題ではない。重要なのはオフェリアが今『誰』といるのかである。簡単な引き算であった。 一悟は肩を竦め、どこか疲れたようなため息と共に答えた。 「俺は邪魔なんだと」 「……!!」 ■1■ やってきました管理都市OSAKA〈大阪〉。 「二手に分かれるって上手い事言って、あの猫ぉおぉ! 姉さんと二人っきりになる気じゃないか!」 フーリンを抱っこして後ろ手に手を振りながら、一悟との待ち合わせの場所へと雑踏に消えていく姉の後ろ姿を見送りながら、ディオンは親の仇みたいに地団太を踏んだ。こなくそこなくそこなくそ。必死の抵抗空しく合流場所だけ言われて姉とは別行動を余儀なくされたのである。 「まぁまぁ」 桜子が取りなすようにその肩を叩いた。 「私じゃ不足かしら?」 生まれたとき時は男だったとは思えないほど妖艶なボディと色気を纏って桜子が微笑む。ディオンはようやく心を静めた。彼女のエスコートを任されているのだ。紳士たる者、ここで彼女をほったらかすわけにもいかない。 監視役のサイバノイドと姉との接触も気になるし男に囲まれるのも気になるが、今は観光を楽しみつつ管理都市探索に勤しむほかないのだ。 壱番世界の大阪ガイドマップを頼りに歩き出す。賑わうUMEDA〈梅田〉の地下街に半ば翻弄されながら、ディオンは桜子にこの世界のことを尋ねた。 かつてはSAIを作った人間によって――ある日を境にSAIによって支配されることになったAMATERASU。生まれた時に脳内に埋め込まれる管理用チップは元々は人が個人情報を管理する為のものであったが、ナギはそれを利用し人々の記憶をすり替え支配者となった。 その一方で世界に疑問を抱いてしまった者がいる。彼らはSAIの管理区域から逃亡しコミューンを作った。その中にあって打倒SAIを掲げたのがレジスタンスである。その目的はSAIからの人々の解放。しかし歴然とある戦力差に、今は物資補給のため僻地の管理都市を急襲したり、サイバノイドの人狩りからコミューンを守ったり、疑問を抱いた人間の管理都市脱走を助けたりというのが主な活動だという。 「大阪が脳内チップを導入したのはナギの支配が始まる前だったわけですね」 ディオンの言に桜子が「ええ、大阪に限らずね」と頷いた。それから、ふと足を止める。 「ところで私たち、どこに向かってるの?」 「え?」 梅田の地下街は残念ながら一本道ではない。どころか半地下が存在し階層化もしている。その上、飲食店はもちろん衣料品からドラッグストア等々が軒を連ね目を奪おうと躍起なのだ。迷子になる要因は事欠かない。 だからオフェリアはあっさり迷子になった。いや彼女の場合進んで迷子になったというべきか。迷子になっても慌てた風もない。 「フーリン様と一緒にお出かけだなんて、どこに行こうかしら?」 オフェリアはフーリンを抱っこしながら、ウキウキと尋ねた。 彼女には確信があったのだ。一悟が自分を見つけてくれる、と。最初から待ち合わせの場所など確認もしていない。 可愛いペット用品の並んだ店を覗きながらオフェリアは「これなんてどうかしら」とフーリンに似合いそうな首輪を探した。しかしフーリンは答えない。一応、場所柄を考え猫のぬいぐるみのフリをしているらしい。なのでオフェリアは勝手に話を続ける。 「そうそう、ビリケン様と言う神様がいるらしいんですのよ? 行ってみたいですわねぇ」 一悟か監視役の男が自分を見つけてくれたら、早速案内してもらわなくては…そんな事を考えながら、オフェリアは今暫くフーリン勧誘のために心地良さそうな猫バッグを探すのだった。 「おかしいな…このマップによれば地下街を歩いて行けば着けるはずなんですが…」 ディオンはガイドマップとにらみつけた。最早、ここが地下のどの辺りなのかもわからない。こうなっては迷子と腹を括るしかないだろう。そこでディオンは最も安易で最も賢明な手段に出た。 「あの~すみません。ここに行きたいんですが…」 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。 適当に声をかけた相手が振り返る。白地に黒のストライプの法被を着た男だった。同様のキャップも被っている。ディオンはその姿に心当たりがあった。確か大阪の人間は虎を崇拝している、と。 「なんや兄ちゃん。旅行者か?」 真っ黒に日焼けした顔に白い歯の眩しい親父が、そのいかつい顔と迫力ある喋り方とは裏腹にニッと笑った。彼との出会いが大阪虎崇拝の謎を解き明かすことになるとは、ある意味予想の範囲内であったか。彼から虎崇拝の熱烈勧誘を受けながら、ディオンと桜子は梅田の地下街を案内してもらい、途中名物のイカ焼きなどをゲットしつつ目的地に辿り着くことが出来たのだった。意外にいい親父であった。 「ありがとうございます。助かりました」 中央コンコースの噴水の前で男と別れ、ディオンと桜子は大阪カンジョウセン<環状線>を目指した。環状線とは壱番世界の東京で言えば山手線みたいなものである。大阪の都心ぐるりと一周出来るのだ。人の多い改札を抜け環状線と書かれたホームへ向かう。 電車に乗り込むと車内の人間が一斉にディオンを振り返り視線をそらせた。自分たちがチップを持たない人間だとバレたのかと一瞬冷や冷やしたディオンだったが、彼らの視線がディオンの持つ赤い紙袋に向いていることに気づいて、実は地下街で親父に奨められるままに買った肉まんの香りが辺りに充満していただとすぐに判明した。 大阪城公園を散策して人目を引く肉まんを消化する。更に途中下車して鶴橋で姉とディナーを楽しむための店を物色し新今宮駅へ。 やってきました新世界。 「ふぐが飛んでいますよ、桜子さん!」 壱番世界のガイドブックを掲げながら指差すディオンをよそに、桜子は巨大なビリケンさんにカメラを向けている。完全におのぼりさんの二人だ。 「さっそく通天閣に忍び込みましょう!」 意気揚々と通天閣へ足を向ける。まさかそこに驚愕の事実が待っているとも知らずに。 ■2■ 「初めまして~、一悟ちゃんの親友の桜塚悠司いいます~」 目論見通り一悟に見つけてもらったオフェリアに一悟の傍らにいた男が、一悟の紹介よりも早く愛想のいい笑顔で握手を求めてきた。 「初めまして、オフェリアです」 オフェリアは素直に悠司と握手をかわした。使える男かもしれない。是非仲良くなっておきたい下心を綺麗に隠して微笑む。 「オフェリアちゃんかぁ、むっちゃ可愛いやん!」 「ふふふ。悠司様は、一悟様と昔からのお友達ですの?」 見た目は一悟より若いように感じられる。 「嫌やわぁ、悠司様やなんて。親しみをこめてユウシくんって呼んでぇな。まぁ、一悟とは腐れ縁みたいなもんや」 陽気に話す悠司を一悟は何か言いたげに見つめていたが、悠司は気づいた風もない。 「楽しい発音をされますのね?」 「大阪弁って楽しいかぁ? そんなん言われたん初めてやぁ」 「そうですの?」 「そうですの」 悠司はオウム返してにっこり笑うとオフェリアに言った。 「ここじゃ一悟は役に立たんし。俺が案内するよって、どこでも行きたいとこ言うてや」 「まぁ、でしたらこれをお渡ししておきますわ」 オフェリアがポケットから取り出したそれを悠司に差し出す。 「勇者バッヂですわ」 「勇者? ふーん」 と言いながら悠司はバッヂを胸につける。「どや、似合うか?」とばかりに胸を張る悠司にオフェリアは「ええ、とっても」と持ち上げた。すると気分がよくなったのか悠司は一悟を振り返ってシッシッと追い払う仕草をしてみせる。 「オフェリアちゃんは俺が案内するし、一悟ちゃんは帰ってえぇよ」 真顔の悠司に「は?」と一悟が呆気にとられる。 「わたくしなら、大丈夫ですわ」 オフェリアはそっとぬいぐるみのフーリンを掲げてみせた。 頭痛を堪えるように指でこめかみを撫でる一悟を余所に。 「どこ行きたいん?」 などと悠司はさっさとオフェリアと並んで歩き出す。 「ビリケン様にお会いしてみたいですわ」 「ビリケン様ってことは通天閣かー。したら御堂筋線やな。あ、オフェリアちゃん、お腹すいとらへん?」 「そうですわねぇ、少し」 「したら寄り道してこ」 楽しそうな2人の背を見つめながら一悟は深い深い溜息を吐いた。とはいえ2人きりにするのもいろいろ心配なので、少し離れた場所から2人を見守ることにしたのである。 かくて通天閣。 「――と言うことは、姉さんは今、この通天閣に!?」 ディオンは隙ない視線を周囲に投げた。 「そういう事になるな」 一悟の視線の先にあるのは展望室だ。 「なんてことだ。僕と姉さんの2人きりの大阪デートが、よもや姉さんとどこの馬の骨ともわからないヤローとのデートになってしまうなんてっ!」 今にも走りださん勢いのディオンを桜子が慌てて羽交い締めにする。 「はい、どうどう。お姉さんの邪魔しないようにね」 正直、オフェリアも悠司も何を考えているのかわからないが、こんなところで何かを仕掛けることもあるまい。ならば何か有効は情報が引き出せるかもしれないのだ。そうでなくとも彼とコネクションを繋ぐことは悪いことではない。 「邪魔!? 違います! 姉さんを助けなくてはっ!! 離してください桜子さん!!」 桜子に羽交い締めにされてディオンは大いに暴れたが、さすがに相手も今は女性とはいえ、元男。それなりに力があるらしい。 「一悟はさっさと行った」 桜子が一悟を促す。 「ああ、何かあったらちゃんとフォローするから」 「姉さーん!」 一悟の背が消えるのを待ってから解放されたディオンは恨めしそうに桜子を見た。 「桜子さんは彼をご存知なんですか?」 「彼って桜塚悠司のこと?」 ディオンは頷く。一悟の監視役のサイバノイド桜塚悠司。今も愛すべき姉と一緒にいる男。今ほどフーリンが姉の傍にいてよかったと思ったことはない。一瞬だが。 「知らないわけないでしょ」 桜子の声に怒りがこもるのを感じてディオンは「え?」とたじろいだ。 「下手なバイオロイドよりも質が悪い…レジスタンスにとっては最低最悪にして最凶のサイバノイドね」 桜子の言葉をディオンは生唾を飲み込みながら聞いていた。本来なら姉を心配して我を失うところだが、殺気すら感じ取れる桜子にディオンは逆に冷静になった。反射的に彼女の腕を掴むと桜子は「大丈夫」と笑った。 TOKYOに入るのに使えるかな、なとど軽く考えていたが、利用しようとすれば、それこそ返り討ちにされかねない相手のようである。 一悟がいるのだ大丈夫だろう、と思いながらもディオンは膨らむ不安にトラベラーズノートを開かずにはおれなかった。姉へ思いの丈を綴って送信。 すぐに返事が返ってきた。 『探さないでください』 ディオンが悲嘆に暮れていたその頃。 「ビリケンはんは、どんな願い事も聞いてくれんのやで」 展望室のビリケン様の前で悠司はその足を撫でながら言った。今日のビリケン様の装いはメイド服である。ビリケン様の性別についていろいろ突っ込むのは野暮というものだろう。 「まぁ、でしたらわたくし、早く結婚が出来るようにお願いしないと」 ことごとく弟ディオンに邪魔されているが、実は婚活中のオフェリアであった。 「ここに、えぇ相手がおるやん」 悠司が自身を指さしながら言う。どこまで本気なのやら。 「まぁ、そうでしたわ」 ふふふとオフェリアは笑った。互いに社交辞令と取れなくもない。 「でしたらナギ様にお会い出来るようにお願いしようかしら」 「ナギに会いたいんや? …まぁ、当たり前か」 悠司はまるで友達か何かのようにさらりと言った。それは、桜子や一悟が呼ぶ『ナギ』とどこか違う。 「悠司様はナギ様と仲良しでいらっしゃいますの?」 尋ねたオフェリアに悠司はどこかおどけたように笑って答えた。 「嫌やわぁ、機械風情と仲良しなわけあらへんやん」 「機械…風情…?」 おどけた雰囲気の中にほんのり滲む侮蔑の色。何を考えているのかわからない薄っぺらな会話の中に珍しく映った感情。だが、どこかわざとらしくもあって、やはりこの男が何を考えているのかわからない。 「それより、俺たちの恋愛成就祈願しようや」 悠司は楽しそうにオフェリアを促した。 「あ、でしたらわたくしもう一つお願いごとが」 「うん?」 「フーリン様が仲間になってくださいますように」 オフェリアは願いをこめながらビリケン様の足の裏を撫でたのだった。 ■2■ ディオンとの合流場所。道頓堀戎橋――通称ひっかけ橋。男が女を女が男をナンパしたりキャッチする目的で集まる場所である。 ロストレイルでディオンが語っていたのを、オフェリアが聞き逃す手はなかった。今も精一杯婚活中。 橋の欄干に頬杖をつきながら巨大な蟹を見つめ人待ち顔で佇む。勿論当たり前の話だがオフェリアが待っているのはいい男。 事情を察知してくれた一悟が、橋の袂で悠司を足止めしてくれていた。ちなみに一悟は悠司と桜子を会わせない為だったのだが、オフェリアにとっては同じようなものであった。程なくして。 「姉さ~ん!!」 いい男ではなくディオンがオフェリアを見つけて駆けてきた。悠司がいるからだろう桜子の姿はない。 オフェリアは内心で舌打ちしつつ「誰?」みたいな顔で欄干から離れるとディオンの傍らを素通りした。 「大阪はどうでしたか? 姉さんはどこを回ったんですか? あ、天満の辺りに美味しいお店を見つけたんですよ」 後ろに付き従いながら感動の再会に一人ハイテンションでまくし立てるディオン。完全無視を決め込んでいたオフェリアだったがさすがに無理を感じて彼を一悟の元へ誘導する。 「お久しぶりです、一悟さん」 「ああ、元気そうだな」 先ほど通天閣で顔を合わせたばかりだが、そんなことはおくびにも出さず2人は握手をかわした。一悟が悠司とディオンをそれぞれに紹介する。初めまして、と少し緊張気味に握手を求めたディオンに、悠司は気さくな笑顔で手をとって言った。 「オフェリアちゃんの弟かー。したら、俺の義弟になるかもしれへんなー」 この世には、たとえ冗談でも言っていいことと悪いことがある。 「殺します! 今すぐ殺します!! 僕の姉さんには指一本触れさせません!!」 “僕の”を強調し今にも飛びかからん勢いのディオンを慌てて一悟が止めに入った。 「冗談…冗談やがな…」 ディオンの剣幕に辟易と悠司が肩を竦める。それから、ふと周囲を見回して。 「あれ? オフェリアちゃんは?」 「え?」 当のオフェリアはひっかけ橋の中央に佇んでいた。 ディオンがオフェリアの元へ歩き出すと何故か悠司もついてくる。それを横目に牽制しつつ、ディオンは何とか平静を取り戻して声をかけた。せっかく一悟以外のサイバノイドと話が出来るチャンスなのだ。 「そういえば、この国の首都はTOKYOなんですか?」 と、その時だった。 誰かがディオンの肩を掴んだ。 「なぁなぁ、一緒にお茶せぇへん?」 「え?」 固まるディオンに悠司がその背を押した。 「どうぞどうぞ、連れてったってください」 にっこり笑って悠司はディオンを人身御供に差し出す。両腕を2人にしっかり捕まれたディオンは、相手が女性だけに無茶も出来ず引きずられるしかなかった。首だけを回して助けを求めるのが精一杯。 「姉さーん!!」 しかしオフェリアはちょうど別の男に声をかけられたところだった。 ディオンは女に引きずられていく。 オフェリアは男を引きずっていく。 ――男を引きずって? 口は災いの元だった。 その後ろ姿は花にたとえるならバラのようで、その佇まいは届かぬ高嶺の花のようでもあったから、なかなか声をかけてもらえないらしい女性に、男はダメもとでチャレンジした。彼女が振り返る。 「なんだ、おばはんか」 彼は思わず本音を漏らしてしまった。 刹那、オフェリアの周囲は絶対零度にまで凍り付いた。にっこり微笑むその目は微塵も笑っていない。 彼女が言った。 「体育館の裏までいらっしゃいな」 「た…体育館?」 男は辺りを見回したが、もちろん体育館など見あたらない。 オフェリアは男の胸ぐらを掴んでゆっくりと歩きだした。男は抵抗も出来ずに引きずられた。 と、オフェリアは橋の袂で足を止めた。ディオンのガイドブックを思い出したのだ。 「そういえば、大阪には川に飛び込む習慣があるんですって? わたくし是非見てみたいわ」 言うが早いか、男を欄干の上に押しあげた。 「え? ちょっ…」 慌てる男にオフェリアは親指と人差し指をたてると、人差し指を男に向ける。 「バン!」 「うっ…」 男は条件反射のように胸元を押さえてよろめいた。橋の欄干などと狭いところでフラリ。大阪人の悲しい性であった。男に悔いはなかったろう。ドボーン(合掌) かくてオフェリアは大阪をたっぷり満喫し、ディオンは桜子に助け出されるまで、助け出された後も、ロストレイルに戻るまで姉とは再会できなかった…らしい。 ■大団円■
このライターへメールを送る