クリエイター北野東眞(wdpb9025)
管理番号1158-15138 オファー日2012-01-29(日) 00:33

オファーPC 一一 一(cexe9619)ツーリスト 女 15歳 学生
ゲストPC1 鰍(cnvx4116) コンダクター 男 31歳 私立探偵/鍵師

<ノベル>

 ウィイン……
 獣の唸り声のようなモーター音が響くのは、凍えるほどの寒さに満たされた暗い部屋。
 右端には段ボールが山のように積まれ、左手にはラッピングされた肉が棚にしまわれている。

「ま、まだですかぁ~」
「ちょっと、待て、よ……くそぉ、手がかじかんで針が穴に入らない」
「おじさん、プロ根性を、み、みせてくださぁあい」
「そういうお前も手伝えよ! って、ホリさんを独占しやがって! ホリさんは俺のだぞ!」
「い、いいえぇす。手伝えることがあるならぁ~やりまぁす。け、けどホリさんは渡しません! ホリさんだっておじさんより、女子高生の胸がいいはずです、ねぇホリさん」
「いいや、俺のほうがいいよな、ホリさん」

 ――と、深い闇に包まれた密室で一人の男と少女が睨みあっていた。
 少女の名を一一 一。どこが名字で、どこが名前なのか首を傾げたくなる名を持つ少女は両手で我が身と一緒にちゃっかりと鰍のセクタンのホリさんを抱きしめている。
 男の名を鰍。名字は個人的理由により伏せている。――は、ドアに向かって手を動かしていた。
 二人の吐く息は白い。その身体全体は白い霜に覆われ、体もぶるぶると小刻みに震えている。
 それもそのはず、ここは業務用冷凍室である。ちなみに現在の温度はマイナス二十五度。

「なにを言うんですか! 可愛い女の子のほうがいいはずですっ!」
「可愛いって自分で言うのかよ! お前の場合はちんちくりんの間違いだろう!」
「い、いいましたね! 乙女にいってはいけない罵り言葉ワースト三位にはいっている言葉を! ふ、そういうおじさんだって、いい歳をして頭がピンクですか! いったい、いつのヤンキー様ですか!」
「や、やんきーだと……! 俺のどこがヤンキーだよ!」
「それがかっこいいと思っているんですか? 思っちゃたりしているんですか! おじさん! ノンセンスキングの称号を授与しちゃいますよ! ああ、一、思わず同情で涙が……っ! へっくしょん!」
「ノンセンスキングってなんだよ、わけわかんねぇし、それは涙じゃなくて鼻水だろう! ……ホリさんは俺のセクタンだ。俺がそのふわふわ、ふかふかのぬくもりを味わうのは当然の権利だろう」
「いやですねぇ。女性は優しく守るもの、男は常に震えながら戦うのは万世共通ですよ? ですから、この場合、おじさんはホリさんを貸し、かつ、その上着も渡すべきとか思いませんか? むしろ、渡してください。実はそろそろ本気で寒いんです」
「お前はタチの悪いおいはぎかよ」
「……女の子はおなかを冷やしちゃいけないんですよ。あと腰も! なんといってもそれが女の命ですから! さぁ、わかれば、その上着もずいっと渡してください。大丈夫です、おじさんなら凍死しませんよ。きっと、たぶん……もしものときは尊い犠牲を踏み越えて生存した私が、いかに勇敢だったかをターミナルに広めます」
「いるなよ。こういう自分だけは絶対になにがあっても生き残れるって信じてるおめでたいやつ……あのなぁ、俺がいなければここは開かないんだぞ? だったら俺をホリさんにあたためてもらってたほうがいいだろう」
「なにをいいますか! 半そで女子高生からぬくもりを奪うなんて、いやぁ、たすけて、おまわりさん、ここに犯罪者がいます! もうお嫁にいけなくなっちゃいます!」
「誤解されるようなことを言うなよ! ……て、聞いてるのは俺とお前と、ホリさんと……ついでにアレか」

 鰍がちらりっと視線を向けた先……荷物のさらに奥の天井からつるされている――血抜きが済んだ人間の死体が二人をじぃと恨めしげに睨んでいる。

「いゃあああ、はやく開けてください。ターミナルでも有名な偽コンダクターパワーはどうしたんですか!」
「偽言うな! お前こそツーリストだろう。何かの能力に目覚めたりしないの!」
「それこそ無茶言わないでくださいよ! 私は、生まれた世界でもただの夢見るちょっとシャイな女子高生! ターミナルでも平凡な女子高生なんですよ! 覚醒して、さらには命の危機にぴかーんっと超人的能力に目覚めたら誰も苦労はしません! それこそ、おじさんが頭打つなりして目覚めてください」
「無茶いうな! 俺は壱番世界の日本生まれ! ちょっと器用なだけが売りの好青年だ! 覚醒して、セクタンを手に入れて、ちょっと人さまより丈夫になっていろいろな世界いったからって、さらっと超人的能力に目覚めたら苦労しない!」

 ――はぁはぁはぁ
 息も荒く言いあう二人を見つめたホリさんは、くわぁと呑気に欠伸をした。

「だからですねって……あ、あれ? 今まで感じていたぬくもりがない! ホリさんはどこですか!」
「え、あー! ホリさん、ホリさんって……パスホルダーなかにはいってる! わー、出てきてくれ!」
「そんな、ホリさんにまで見捨てられたなんて! ああ~! 終わりなんですね、まだ花も恥じらう十五歳! こんなところで、おじさんと二人きりなんて! ……せめて、美しいポーズをかたまり……たくないですっ!」
「俺だってごめんだ! 今すぐに鍵を……!」
「わ、私も! ってきゃあ! 床が滑るっ!」
「っ、ごっふ……お前、俺の腹に頭突きかましてどうすんだよ! って、針を落とした」
「す、すいませんっ。あの、私のヘアピンとか使えませんか」
「映画じゃるまいし、そんなもので出来るかよ! 探せ、針を!」
「はりぃいい! ここがお前のおうちだよ、もどってきてください!」

 さて、なぜ二人が現在、危機的――主に自分たちのせいも半分くらいあるが、――状況に陥ったのか。
 ことは数時間前に遡る。

 一は依頼を終え、まだロストレイルが来るまで時間があるのに退屈を持てあましていた。
 屋台のあちこちから漂う白い湯気に乗って腹の虫を刺激する誘惑の香り。ついくんくんと鼻を動かして一がふらふらと歩いていると

 どん!

「あいた。すいませ……あなたは」
「あ、わる……ってお前は」
 謝ろうと、咄嗟に顔をあげた一と、頭をさげようとした鰍は互いの顔を見てなんともいえぬ顔をした。
「えーと、こんにちは!」
「ああ、ぶつかって悪い」
「いえ。こちらこそ!」
 沈黙。
 ――気まずい
 というのは両方が感じたことだ。

 そのとき、――ぐぅ。

「今の音は?」
「はひぃ! ……き、気にしないでくだい。気にください。今のは幻聴ですっ」
「いや、確かに」

 ぐぐぅ~。

 またしても壮大な音が響くのに鰍はちらりと腹を押さえて恥ずかしげに俯いている一を見た。
 ここで腹の音のことを言うのはさすがに……
「えーと、あー、ホラ、見ろ。あそこの屋台、うまそうじゃないか」
「え、まぁ、そうですね! おなかすきましたね!」
「奇遇だな。俺もだ!」
「飯でも食わないか?」
「はい! 食べましょう!」
 そんなわけで。
二人は屋台に突撃した。

 ちょうど昼時だったせいか、立て続けに三軒の店から満席と言われてしまった。
「んー、ゴメンネ? あ、けど、ここを抜けたところに店、あるヨ? 開店が昼からだから、はいれると思うヨ?」
 客がいっぱいで二人をお断りした屋台の店主が申し訳なさそうに教えてくれた情報を頼りに、狭い路地を通り抜けると古びた店を二人は見つけた。
 人の気配がないが、暖簾は降ろされている。
鰍がガラリッと戸を開けてみると、仄暗い店内はしーんと静かで、客の姿はまったくない。
「やってないのか?」
「うー、おなか減りましたよぅ~。このままだと一歩も歩けません!」
「そんなこといってもなぁ」
「アイヤ? お客さん? ああ、待たせてゴメンナサイネ! 私、ここの店の人間! ちょっと用、あって、奥にいたよ」
 にこにこと笑って奥から白いエプロン姿の恰幅の良い中年男がのそのそと出てきた。
「営業中なんですか?」
 鰍のうなじがなんともいやな予感を覚えて寒くなる。つい警戒心を剥きだしに店主を観察しながら尋ねていた。
 昼間ともなればほとんどの店はいっぱいのはずなのに、ここは客がまったくいないのは営業時間が遅いにしてもおかしい。――もしかしなくても途方もなく不味いのか。
「ソウヨ! 暗くてごめんなさいネ! いつも昼を過ぎてから、お客さん、ハヤイネ!」
 にこにこと人好きする笑顔に揉み手するのを見て、やっぱり他の店に行きます……というのは勇気がいる。
「……どうする」
「どうするもなにも、このままだとおなかと背中がくっついちゃいますよ!」
 一がなんとも情けない顔で訴える。
「じゃ、二人で」
「イラッシャイマーセ! 二名さまぁ!」

 案内された席は比較的、清潔だ。メニューも一般的なものがずらりと並び、値段も安い。しかし、二人きりの店内というのは非常に気まずい。はじめの印象のせいかどうも落ちつかない。

 ―― 一番安いものを頼んで
 ――どれだけ不味くても食べきって店を出るぞ
 とコンマ五秒の二人の心は決まった。

「ハイ。お客サン」
 店長が笑顔で水をもってきてくれたのに一は純粋無垢な女子高生スマイルを浮かべた。
「この野菜炒めとギョウザ、ライスは二つでお願いします」
「はいヨ!」

 注文して十分足らずで運ばれてきた料理はほかほかと湯気が立ち、空腹を刺激する。
「いただきまーす!」
「うまそうだな。これ」
 二人は箸を手に取ると、ものはためしと餃子をぱくり。
「こ、これは!」
「――うまい」
 口のなかに広がる肉汁、しゃきしゃきとした歯ごたえ、程よい辛さ――二人の胃はがっちりと掴まれた。
「すいませーん! 追加いいですか!」
「昼間からビールはまずいよな。けどなぁ」
 一分ほど前まで存在した警戒心は飯のうまさの前では無力であった。

「そういえば、最近、ここらの区で行方不明者が出てるんだってな」
「もぐもぐ。ごっくん。……あ、知ってますよ! 被害者は無差別なんですよね! それもゴミとして骨だけ捨てられてるっていうやつですよね?」
「確か行方不明になって三日か、そこいらで骨だけだろう?」
「そうです、そうです。謎ですよねぇ……事件からみると怨恨じゃないですよね」
「だな」
「たとえばですよ、被害者はなんか犯人と関わっちゃったとか」
「無差別に人と関わるっていったら……路上店なんてどうだ?」
「路地店ですか?」
「ここら辺の奴らはうまいもの好きだろう? ほら服屋とかだと階級を選ぶけど飯屋じゃそれもない。食べ物に眠り薬をいれるとか」
「うーん、けど、死体はどうするんですか? あ、ギョーザ、残してもったいない。いただきまーす。ん~、おいしい」
「あ、俺がとっておいた餃子! くそ……そうだな。業務用の冷蔵庫とかどうだ? 死体は腐りづらいし、空間があるだろう? あそこなら悲鳴をあげても誰も気がつかないだろう」
「そうですね! それならいけますね!」
 静かな店内に二人の好き勝手に並べ立てた推理話が朗々と響き渡る。

「お客サン、よかったら、これ、店のサービスよ」
 店の奥からにこにこと笑顔の店主が出てくると、テーブルに餃子を一人前を置いてくれたのに二人は目を瞬かせた。
「え、あの、いいんですか?」
「お客さんの食べっぷり見ていて気持チいいネ! それに、最近の事件の推理も面白カッタヨ」
「あ、すいません。食べ物屋では不適切な話題で……せっかくだし、いただこうぜ」
「はい! 食べ物は無駄に出来ません! いただきます!」
「俺も」
 はじめは怪しくないかなとど思っていたが、今ではなんていい人――食べ物の威力はすさまじい。――と警戒心などまったくなく二人は餃子を食べる。
「そうそう、お客さん、その事件の犯人、肉の始末、どうやったのか想像デキル?」
「それは……え」
 くらり。
 鰍の世界が揺れた。
 歪む世界で店主が笑っている。
 一を見ると、いきなり椅子から倒れて――あ

お客サン、口は災いノ、元、ヨ?

 ――こいつが犯人だ。
 鰍がそう気がついたときには、底のない闇に落ちた。


 そして二人は気がついたときには生きたまま業務用冷蔵庫のなかにいた。
 パニックに陥る一に鰍は冷静に自分たちの運のなさを説明した。
 生きているのは、店主にとっては予期せぬ犯行だったのか、または凍死させるつもりなのかなど自分たちの暗い未来を呑気に推理する余裕なんてものはない。
「けど、まだ私たちは生きているということは、ここから脱出すればいいんですよね!」
「そうだな」
 
二人の命を賭けた脱出が開始されて十五分の時間が経過していた。

「……あ、開いた! 開いたぞ!」
 なんとか針を見つけ、あとはひたすらに解除をしていたせいですでに指先の感覚がなくなっていた鰍は歓喜の声をあげた。
「やれば出来る子! おじさん! 一は信じてました!」
「よ、よーし。開けるぞ……ん、んん」
「さぁ、はやく外に出ましょうって……どうしたんですか? じらさないでください。じらされても寒いだけですよ!」
「いや、じらしてない。あ、開かない? 鍵は解除したはずなのに……ドアが、凍って動かない」
「私も手伝います!」
 一も、力のはいらない手で必死に憎いドアを動け、動けと念じて押すが、巨大な鉄のドアはぴくりとも動かない。
 完全に凍っている。
 二人の顔から血の気がざぁああと音をたてて引いた。
「そ、そんな、こ、ここまできて」
「うそだろう……くそ。いよいよ万事休すか」
 鰍は悪態をつくと、その横で呆然としていた一の体がふらりと倒れた。
「おい! どうした」
「……寒いのもそうですけど、なんか、息が……苦しくて」
「冷蔵庫だから、酸素が薄くなってるのか!」
「私たち、……ものすごーくしゃべりましたよね」
「そうだな」
 なんであんな無駄な言いあいをしちゃったのか。
 今更だがものすごい後悔が二人を襲う。
「とにかく、温かくしないとな」
 立っていても無駄な体力を奪われるだけと判断した鰍はその場に座ると、震える一を腕の中に抱えて、そのむき出しの腕を必死にさすってあたためようと試みた。
「……死ぬ前って、本当にいろんなこと、思い出すんですね。おじさん」
「縁起でもないこというなよ。おい、しっかりしろ、今まで無駄に元気だったのがいきなりしおらしくなるなよ!」
「ターミナルの友達のこと……お母さん、お父さんのこと……憧れの人のこと……学校の」
 呟きながら一の目は閉ざされ、その顔色は蝋燭のように白くなっていく。
「くそ……っ、やばい。俺も眠い……っ、こんな、ところで」
 がくりと鰍の首が落ちる。

 学校、友達、授業―― 一のなかで楽しかった思い出が流れていく。白衣を着た先生が黒板に何か書いていく。……教卓の前で……ばちばち……磁石は電気……強力なものは鉄を……引き寄せ

「ああああああ、そうです!! 磁石ですね! 先生! 思い出しました!」
 叫びながら一が跳び起きる。と、ごん! 思いっきり鰍の額に頭をぶつけた。
「いって! お前、なんだよ! 死ぬ前くらい大人しくしろよ!」
「何を言ってるんですか! 手伝ってください!」
「へ」
「あの柱にチェーンを巻いてください! さぁ早く!」
 先ほどまで死にかけていたとは思えない一の元気すぎる姿に鰍は呆れつつも、立ちあがり、チェーンを言われたまま何重にも柱に巻いていく。それに一は懐からスタンガンを取り出した。

 ――にやり。
 のちに鰍は言う。あれはいっちゃった人の笑い方、だと。

「さんだぁああああ!」

 ばち! ばちぃいいいいん! ばちぃいいいいいいいいいいいいい!

 閃光を放ち、一のスタンガンが最大級のエネルギーを放出。
「うわ、なにしてるんだよ」
「黙ってみていてください! 小松先生が言ってたんです! こうして電流を流すことで電磁石を作り出すんです! そして、鉄は……引き寄せられる!」

 ぱ、か。
 静かに、鉄のドアは開いた。

 嘘のような目の前の状態に鰍は唖然と立ちつくし、ひきつった笑みを浮かべた。
「嘘だろう」
「小松先生! 一はやりました!」
 元いた世界の小松先生に心から感謝しつつ、一は両手を広げて外へと飛び出した。
「い、生きてる!」
「ああ。……本当に俺ら生きてるな」
「学校の勉強は、こういうときのためだったですね! ピンチになったら生き延びるためのサバイバル知識だったんですね!」
「それは違うだろう」
 寒い室内から出たとたんに暑いとすら感じる温度と新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ二人はしみじみと呟いた。
「世界は美しいんですね」
「そうだな……あ、あれ」
「え?」

 二人の視線の先には、意気揚揚と包丁を振るっている店主が無防備に背中。上機嫌に鼻歌まで歌っている。
どうも調理に夢中で二人が脱出したにまだ気がつかれていないらしい。

 ばちぃとスタンガンが音をたて、チェーンがじゃらりっと不吉に揺れた。

★ ★ ★

「あれ、お二人さん、教えた店、あったかい?」
 先ほどの路上店の主が一と鰍の二人が歩いているのに気さくに声をかけたのだが
「あれは全部おじさんのせいですからね」
「いや、お前のせいだろう」
「生還出来たのは誰のおかげですか!」
「小松先生のおかげだろう! てか、あの店の肉ってなんだったんだ」
「ひぃ! それ言わないでください! 一生懸命、考えないようにしてるんですから!」
 まるで気がつかずに駅へと行ってしまった。

 余談であるが、この日以来、巷を騒がせていた人骨のぽい捨て事件は起こらなくなったそうである。

クリエイターコメント オファー、ありがとうございました。

 犯人が、どうしたのかは考えてはいけません。いけません。大切なことなので二度いいます。
 
公開日時2012-03-27(火) 21:30

 

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