イラスト/ぷみさ (iabh9357)
「無事に済んでホッとしたのじゃ」 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノが隣を歩く夢幻の宮に笑いかけると、夢幻の宮も笑んで頷き返した。 二人が今いるのは、夢浮橋の暁王朝である。火急の依頼を二人でこなして一息ついたところだった。依頼そのものは考えていたよりも簡単に解決することが出来たため、ふと時計を見たジュリエッタは帰りのロストレイルまでまだかなりの時間があることに気がついた。「のう、宮。時間もあることじゃし、少しこの街を案内してはもらえぬか?」「そうですね……せっかくの空き時間でございますし」 ジュリエッタの提案に少し考える様子を見せた夢幻の宮だったが、すぐに頷いて。どのようなところがよろしいでしょうかと首を傾げてみせた。「そうじゃのう……ショッピングをしてお茶をするというのはどうじゃろうか? 壱番世界ではありきたりかもしれぬが、世界が違えば楽しみも増えるじゃろうて!」「ふふ……そうでございますね。それでは参りましょうか」 太陽のように明るい笑顔を見せるジュリエッタを眩しそうに眺めて、夢幻の宮は彼女を導く。ジュリエッタは導かれるようにして――否、夢幻の宮と肩を並べて足を進め始めた。それは対等な友人である様を表しているようで。「そういえば宮とは依頼以外ではこちらから店に訪ねるばかりで、こうやって肩を並べる機会はなかなかなかったのう。以前の決闘の結果も報告てがら、恋の話でもしようぞ?」「はい。ぜひお聞かせ下さいませ」「なに? わたくしだけでなく宮も話すのじゃぞ?」 二人の少女は肩を並べながら通りをゆく。 この地に溶け込むために和装を心がけた。この国は平安時代的な要素が色濃く残っているが、文明自体は壱番世界現代と同様程度まで進んでいるという――ただし、その恩恵は国の上層部によって拡散を抑えられているらしい。 一番抑制がゆるいのは食べ物で、食材は様々なものが出回っていて、壱番世界の平安時代よりは格段に豊かだという。 服装においても平安時代風の和装が一般的だが、振り袖や浴衣なども着られているというので、今回二人は動きやすさも考慮して振り袖を着用していた。 ジュリエッタは明るい水色地にピンクをアクセントにした白い花の描かれた振り袖と、レースをあしらったピンク色の帯。 夢幻の宮は薄桃色に古典的な模様の描かれた振り袖と、黄緑を挿し色にした白い帯を締めている。 二輪の花とすれ違ってはそっと振り返る人達がいることに二人は気づかずに、話に花を咲かせながら歩みを進めている。「ちょうど、工芸市が開かれている頃合いにございまする。アクセサリから和服、食器や楽器など、着物の生地を使用した和小物や漆塗り、切子の商品など幅広い品揃えでございまする」 徒歩で向かうのは遠くございますのでと夢幻の宮が案内したのは人力車乗り場だ。人力車は裕福な商人たちや貴族のお忍びなどに利用されることがあるという。二人は並んで乗り込み、市を目指す。「市の側の茶房には冷我国より伝わったという金木犀が咲いており、この茶房にはこの頃になると金木犀のお茶や、季節の花を模したお菓子などがたくさん並ぶのでございます。そのお菓子の噂は宮中にも伝わってくるほどで、女房達が主人のために買いに出るなんてこともあるくらいでございます」「それは楽しみじゃ!」 人力車に揺られながら流れ行く風景を楽しみ、そして会話を楽しんでいく。 何よりもこうして肩を並べているということが、ジュリエッタは嬉しかった=========!注意!企画シナリオは、便宜上、参加枠数が「999」になっていますが、実際には特定の参加予定者のために運営されています。この企画シナリオは下記のキャラクターが参加予定です。他の方のご参加はご遠慮下さい。万一、参加予定でない方のご参加があった場合は、参加がキャンセル(チケットは返却されます)になる場合があります。<参加予定者>ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノ(cppx6659)夢幻の宮(cbwh3581)=========
人力車を降りて工芸市へと足を踏み入れる。多くの人が目を輝かせて道の両側に並んでいる露店を見つめている。冷やかし目的の者から真剣に物色している者まで様々ではあるが、総じて言えるのは活気づいているということだった。 ジュリエッタ・凛・アヴェルリーノも目を輝かせている一人であり、ついきょろきょろと首を巡らせてしまう。そんな彼女を見て、夢幻の宮は柔らかな笑みを浮かべていた。自分の案内したこの場所がジュリエッタの興味を引けたことに安堵しているようだった。 「のう、宮殿。お願いがあるのじゃが」 「なんでございましょう?」 露店から目を離し、身体ごとくるりと夢幻の宮の方を向いてジュリエッタは言う。夢幻の宮は不思議そうに小さく首を傾げた。 「わたくしは近年成人式を迎えることになるのじゃが、その時の為に小物を買い揃えたいのじゃ」 「まぁ」 「着物はかつてお母様が着用した山吹色の生地に赤い帯を手直しする予定なのじゃが、小物だけでも新調したいと思っておったのじゃ。目が確かな宮殿、選んでくれるかのう?」 「目が確かだなんて、そんな……身に余ります」 若干照れた様子を見せつつも、夢幻の宮が「お受けいたします」と言ってくれたものだから、ジュリエッタは安堵して笑みを浮かべた。 ひとつの露店を眺めては次の露店へ移動していく。ジュリエッタにはざっとしか見ていないようにも思えたが、夢幻の宮はあたりをつけているのだろう。あちらの店へ戻ってもよいでしょうか、尋ねられてジュリエッタは快諾する。いくつか見た中で一番ジュリエッタに似合うものを見つけてくれたに違いなかった。 「こちらなどいかがでしょうか」 夢幻の宮がそっと手にとって両手に乗せて見せてくれたのは、ふわふわとした羽飾りと大きな菊の花が愛らしい簪だった。濃い目のピンク色の菊の花は花弁一枚一枚が丁寧に手作りされているのがわかる。二つついた菊の花の下には落ち着いた赤色と、菊の花の色とはまた違う濃い目のピンク色のちりめんで作られた花弁が敷かれている。紅と白の飾り紐は歩みに合わせてゆらゆらと揺れ、羽飾りはふわりと舞うことだろう。花を留めているのは真珠。真鍮の柄に大輪の花が咲いていた。 「これは素晴らしい作りじゃ。素人目に見ても、職人の手が込んでいることがわかるぞ!」 「お気に召していただけましたか?」 「勿論じゃ」 ジュリエッタが即答すると夢幻の宮はそれでは、と店主に向き直り、何か指示を出している。 「宮殿、支払いは……」 ジュリエッタが慌てて財布を取り出すと、すっと差し出されたのは小さな紙袋。反射的に中を覗けば簪が入った小箱が入っていることがわかる。 「こちらはわたくしからのお祝いにプレゼントさせてくださいませ。その代わり……」 夢幻の宮が取り出したのは同じ紙袋。その中から取り出されたのは――ジュリエッタに選んだものと同じデザインの簪の色違い。彼女の手にしている簪は、白と黄色で作られており優しい輝きを放っている。 「わたくしも色違いでお揃いにするのをお許しくださいませね」 「! お揃いとは素敵な提案じゃ!」 この先住む世界が異なってしまうだろう予感は二人共持っている。だからこそ、こうした繋がりは嬉しいもので。 まるで友情の証のように思えて、ジュリエッタは紙袋を胸に抱えて笑んだ。 それからも露店を巡り、夢幻の宮はジュリエッタにと帯留めと巾着も選び出した。 帯留めは象牙のような優しい色をした樹脂で作られた白牡丹。花の真ん中には、本真珠が飾られていて。赤い帯にはよく映えるだろう。 「真珠は悲しみや痛みを愛と喜びに変えると言われており、魔除けとしても使われておりまする。その上愛情を得て女性的な魅力を引き出すとも言われており、恋愛や美容のお守りともされておりますゆえ」 自分にぴったりかもしれない、そう思ったジュリエッタは夢幻の宮がそういう意味も込めて選んでくれたのだと気がついた。先ほど選んでもらった簪にも確か、真珠が飾られていた。 巾着は落ち着いた赤地に淡黄色、薄桃色、銀色の桜が散りばめられており、大小ある花が舞うさまはまるで桜吹雪にも見える着物生地を使ってあるものだった。反物のどこを使うかによって柄の配置が異なってくるため、全く同じ柄の配置のものは出来上がらないという。どちらの巾着がよろしいですかと問われて、ジュリエッタもこっちのほうが、あっちのほうがと柄の配置を物色するのが楽しかった。 *-*-* 買い物を済ませた後も露店をひやかして、足が少しだるくなったなと感じる頃には花の甘い香りがジュリエッタの鼻孔を刺激するようになっていた。この香りには覚えがある。金木犀の香りだ。ちょうど一休みしたくなる頃合いで話に上がっていた茶房に案内されたことに気が付き、ジュリエッタは夢幻の宮の気遣いに感謝した。 通されたのは茶房の外、ちょうど金木犀の下に設えられた席で、はらはらと小さな花が香りとともに降り注いでいた。 「特等席じゃな!」 「ふふ……そうでございますね」 向い合って座り、お品書きを見る。頼む品はすぐに決まった。この季節に合わせたお茶とお菓子を食べずにどうするというのか。 程なくして運ばれてきた金木犀のお茶は花の香りの中にほのかに茶の香りが漂って。口に含めば甘い香りが広がるのに、味は緑茶のさっぱりとしたもの。 「これはっ……食べるのがもったいないのじゃ」 運ばれてきた菓子の乗った小皿を両手で持ち上げて、色々な角度から見る。半円形に盛り上がった菓子はどの角度から見ても美しい。 夢幻の宮によれば半円形のドーム状の部分は浮島という蒸し菓子で、それを練りきりで作られた金木犀の花が覆い尽くしているのだ。小さな金木犀の花の花弁もひとつひとつ丁寧に作られているのがわかる。微妙に形が違うのは、手作りの証だ。 「まさに職人技じゃ……」 これだけの細かい作業にどれだけ時間がかかるのか、ジュリエッタには想像もつかなかった。「彼」にお土産として買って行ったら喜んでもらえるだろうか、そんな思いは去来した。 食べるのがもったいないという思いとどんな味がするのだろうという思いがせめぎ合う。黒文字をぎゅっと握りしめたジュリエッタは、意を決してそれを差し入れた。 あまり力を入れなくとも黒文字はすっと菓子の間に沈んでゆく。一口サイズに切って口の中に運ぶと、和菓子特有の上品な味が広がり、すっと口の中で溶けていく。 「ん~~~!!」 美味しさのあまり言葉にならないジュリエッタを見て、夢幻の宮は自分のことのように嬉しそうに笑んだ後、一口ぱくり、と。そして彼女もとろけるような顔になる。 「美味じゃのう」 「はい、美味しゅうございますね」 もう数個くらいいけちゃうかもしれない。だって女の子は甘い物は別腹だもの。 *-*-* やや冷めたお茶で口の中の甘みを洗い流して一息つく。同時にジュリエッタの話も一段落ついていた。 「という次第なのじゃ。わたくしは良き未来の先ばかりを見て己の心を見つめ直すことを怠っておった。それを指摘し心の内を見せて彼にわたくしは惚れたのじゃが」 想い人に惚れた経緯を話すジュリエッタはとても可愛らしくて。夢幻の宮は邪魔にならぬように相槌を打ちながら彼女の話を聞いていた。 「人づてにしか聞いておらぬが、伴侶殿はとても優しい人柄という。その点はこちらも共通しておるのじゃが……いかんせん恋愛という観念を持ったことのない相手にどうやって分からせるのが良いのやら。焦ってはおらぬが、正直時間がかかりそうでのう」 「そうでございますねぇ……」 「そこでじゃ、宮がどうやって男女の関係に持って行ったのかぜひ聞かせてほしいのじゃ! やはり宮殿の方から積極的に……」 意気込んだジュリエッタの声がだんだん大きくなっていくことに驚いた夢幻の宮は目をまあるくしていて。それに気がついたジュリエッタははっと我に返った。 「……とと、声を張り上げてしまったのう、すまなんだ」 「いえ、大丈夫でございますよ」 くすくすと口元に袖を当てて笑んだ後、夢幻の宮は少し考えるようにしてから口を開いた。 「わたくしたちの場合と、似通っておりますね」 夢幻の宮の恋人もまた、出身世界の関係もあって『特別な好き』を理解するのに時間を要した人だ。 「けれども私達の場合、少しばかり特殊でございましたから……参考になるかどうか」 そう言いつつも彼女は語る。最初は彼の未知の知識――味というものを彼女の術で知れるかと彼が聞きに来たのがきっかけだったこと。それに条件付きではあるが「是」と答えたこと。その後、何度か一緒にお茶を飲み、共に時間を過ごしたこと。そうして共に過ごしているうちに、彼女の心の中に甘酸っぱい思いが芽生えたこと。 他人の視点から過去を見て他人の気持ちを感じることに躊躇いを覚える彼に、自分の過去を差し出したこと。それは彼に味を体験させるのと同時に、彼女が胸に抱いている想いを伝えることになってしまったこと。 「ですから私の場合、言葉でお伝えしたというよりも、あの方にその身でわたくしの想いを感じていただいたことになります」 そして彼は自分の中にある『想い』に気が付き、それがほかのものに使っている『好き』とは違うと感じ、それは何なのか、どうしたらいいのかという解を自ら求めたらしい。それがどこで誰に聞いたものかは教えてもらえなかったけれど。 思いを告げられた時のことは今でも鮮明に思い出せると夢幻の宮は頬を赤らめて言った。まさかそんな日が来るとは思わなかった、とも。 「……あまり参考にならなくて申し訳ありません」 「いや、言葉で伝えるのではなく、心で感じてもらう――自ら、抱く思いについて疑問を持ってもらう、か。なるほどのう」 彼女の話は直接的にジュリエッタの疑問を解するものではなかったけれど、本質的な何かを伝えてくれているようで。これはこれで収穫はあったと思える。なによりも彼女とこうして友達として過ごす時間が、大きな収穫なのだ。 「宮殿はとても幸せそうじゃ。いや、わたくしが幸せではないというわけではないぞ?」 「ふふ、わかっております」 二人で顔を見合わせて笑んだ後、ジュリエッタは持参していた手提げの中をあさりながら言葉を紡ぐ。 「近い内に伴侶殿とこの世界に再帰属なさるのじゃろう? 寂しく思うがけしてそれは哀しい別れではない」 そして取り出した小瓶をとん、と彼女の前において、彼女を見つめる。 「これはわたくしからのプレゼントじゃ」 夢幻の宮が手を出して受け取ったのは、銀色の鍵の入った小さなコルク瓶だ。傾けるとカランと鍵が瓶に触れて音をたてる。 「イタリアでは鍵は堅い愛情の象徴。そして幸せの扉を開く存在……宮にピッタリじゃと思ってのう」 「素敵な贈り物……ありがとうございます」 彼女が胸にきゅっとコルク瓶を抱くのを見て、ジュリエッタは満足気に頷いた。 「どうか、こちらでも息災で」 「ジュリエッタ様も……」 そう告げた彼女の瞳に涙が光っているのが見て取れて、ジュリエッタの鼻の奥もツンとした。哀しい別れではないと言った以上涙だけだはこらえねばと、力を入れる。 「さて、もうしばらくわたくしに付き合ってもらうぞ!」 給仕が和菓子の乗った大皿とお茶のおかわりを持ってきたものだから、浮かび掛ける涙をごまかすように元気な声を上げる。 「……はい」 彼女が涙を浮かべながら笑ってくれたから、ジュリエッタの涙は出てくるのをやめて。 宮はどれがいいかの、わたくしがとるぞ、と元気な声を紡ぐ。 別れが訪れる日は遠くはないけれど、過去に共有した時間といま共有している時間が消えるわけではないから、残るのは悲しみだけではなくて。 宝物のような思い出が、残るはずだ。 【了】
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