――ヴォロス・デイドリム。 貴方がたがドームを訪れると、小柄な老人が笑いながらやってくる。「おお、待っていたぞぃ! お前さん達にお願いがあるんじゃ」 カルートゥスはそう言いながら貴方がたにお茶を振舞った。 今回の依頼は、彼をメイムまで護衛する事である。「実はのぉ、メイムにはまだ行った事がないんじゃよ。それで、大きなプロジェクトをする前に神託を貰いに行きたいんじゃ」 ロストナンバー達を見ながら、カルートゥスがからから笑う。 彼曰く、メイムは前から行ってみたかった場所だったようで、今回は神託を貰いに行くついでにメイム観光をしよう、と考えたようだ。「お前さん達にはメイムまでの護衛を頼みたい。そっちには儂の知り合いが宿を経営しておる。暫くはそこに厄介になるつもりじゃ。お前さんたちもそこに滞在してもらいたいのう」 帰りの護衛も頼んだぞ、と言いながら茶を飲む彼の姿を見つつ、貴方がたは世界司書の言葉を思い出していた。…… ――回想:0世界・司書室。 エルフっぽい世界司書の男、グラウゼ・シオンが『導きの書』を片手に現れる。顔をあわせたロストナンバー達に一礼すると、彼は苦笑した。「きみ達には、今回ヴォロスへ赴いてもらう。カルートゥス博士の道楽に付き合ってもらうためだ」 なんでも、大きなプロジェクトをやるらしく、それに関係する神託を貰いにメイムへと行きたいらしい。「それで、ついでにキャラバンの護衛も君達にお願いしたい。まぁ、危険は無いんだが問題は博士が退屈しないか、なんだよな」 少し表情を険しくしながら『導きの書』を開くグラウゼ。彼は小さく溜め息を付きながら言葉を続ける。「実はな。退屈してキャラバンから逸れ、怪我をするという予言が出ている。まぁ、退屈さえさせなければ、最低限キャラバンから離れなければ回避できると思うから、がんばれ。超がんばってくれ」 真面目な顔でそういい、集まったロストナンバー達の目を見る。なんかちょっと必死だった。「気難しいって事は無いだろうけど、退屈させないって事を中心にしてもいいかもしれない。ともかく、頼んだ」 グラウゼは人数分のチケットと弁当を手渡した。。。。。。。。。。。。。 ――ヴォロス。 砂地に強い、この辺り原産の馬が引く馬車に揺られて、ゆっくりとメイムを目指す。カルートゥスはといえば、持ってきたお菓子を食べたり研究の成果について語ったりしている。「そういえば、宰相時代以来じゃな。この国から出るのは……」 そんな事をどこか遠い目で語る博士の傍で、貴方がたは考える。 ――さぁ、どうやって残り数日を楽しませようか。:::::::::::::::::::※注意このシナリオの結果次第では、シナリオが続く可能性があります。また、プレイング次第ではハプニングがあるかも、しれません。
起:その旅路の前に思う事 ――ヴォロス・とある砂地。 二頭立ての馬車が、力強い走りで砂地を蹴る。スムーズな走りにより振動は少なく、馬車の乗客達は誰も疲れてはいなかった。ただ、問題は……デイドリムの有名人であり、元宰相・カルートゥスが退屈しないか、にかかっていた。 (爺さんのお守りは面倒くせぇけど、数少ない特技が活かせりゃな) そんな事を思っていたのはツーリストのヴァージニア・劉。彼は持参したルービックキューブをテキパキと動かし、あっと言う間に全ての面を同じ色にしてしまった。思わず完成を上げる他のメンバー。中でも見入っているのはカルートゥスである。 「おお、劉ちゃんは器用じゃのぉ~! このパズルも中々複雑と見たぞい」 「全部の面を揃えるのに1分とかからねーな」 劉自身も久々にやってみたのだが、傍らにいたコンダクターの川原 撫子が手元の時計を見ると確かに1分を切っていた。真横にいたジュリエッタ・凛・アヴェルリーノと顔を見合わせ、改めて凄いなぁ、と感心する。 「あっという間だったのぅ」 「壱番世界でも大会とかありますけどぉ、絶対上位狙えますぅ」 二人が頷き合っている横で、ツーリストのメルヒオールは少し離れた所から様子を伺っていた。旅立ってから既に2日程経っているものの、今の所カルートゥスが退屈そうにしている姿を見てはいない。前回の旅にはいなかった劉とジュリエッタに興味を示したり、メイムについて書かれた本を読んだり、と楽しそうにしている。 「……この調子なら、予言を回避できるかな?」 同じくツーリストの白竜少年、カルム・ライズンが尻尾をちょっと動かしつつ頷く。だが、七夏は近くを飛んでいる蝶に何か頼みつつ小さくため息をつく。 「まだ始まったばかりです。気を引き締めましょう」 「そう、だな……」 メルヒオールが眠たそうな目でちらり、とカルートゥスを見、頷く。そして、3人は出発する前の晩の事を思い出していた。 ――回想・デイドリム、博士のラボにて。 出発の前日、6人はラボの一角で今度の旅について話し合う事にした。と、言うのもカルートゥスが退屈した場合、キャラバンから離れてしまう、という予言が出ている。 「そう言えば、考え事をするとうろちょろする癖があったな、博士は」 メルヒオールは弟子が言っていた事を覚えていた。だから、退屈しないまでもこう言った事で離れてしまうのではないか、と危惧していたのだ。だから、誰かがカルートゥスに構っていた方がいいのではないか、と提案する。 (まぁ、四六時中見張ってるのは面倒だからな) なんて内心で思っているが、誰も気づいていないようだ。 彼の意見に、全員が賛成した。特にジュリエッタは自分が率先して傍にいようか、とも考えていたぐらいだ。 「そうじゃな、ノートでの連絡もこまめにした方がいいかもしれん」 雷能力をうっかり発動させぬようにせねばのう、と呟きつつもジュリエッタが言うと、仲間たちは苦笑する。 その他、カルムや劉は博士の興味を引くだろう物を用意していたし、うろちょろ対策として撫子も背負子を用意していた。それに劉が操る糸の目印もあるし、万が一居なくなったとしても竜形態となったカルムと七夏の虫と会話する能力、2羽のオウルタンがいる。ジュリエッタのパートナー、マルゲリータと撫子のパートナー、壱号は任せて、というように胸を張ってみせた。 「そうですねぇ☆ お弟子さんにぃ、博士の好物とかも聞いておきましょう☆」 と、料理が得意な撫子は早速お茶を運んできた弟子に質問をする。彼は快くカルートゥスの好物を教えてくれた。どうやら彼女は料理で退屈を紛らわそう、とも考えているらしい。 馬車に乗せる荷物の中身をチェックしながら、カルムと劉は娯楽になるものをチェックしていた。その他にも退屈させない手段を其々持っている訳だし、それを考えると少し楽しくなってくる。 「ま、こんだけありゃ当分退屈しねーだろよ」 「そうだねぇ。カルートゥスさん、喜んでくれるといいね!」 2人はそう言いながら荷物を積み込む。傍らでは七夏が虫に何か話しかけている。どうやら今回の旅での事で相談をしているらしい。一通り終えると、彼女はほっと胸をなでおろしたような顔をした。 「こっちも下準備ができました。明日から頑張りましょうね」 七夏の言葉にカルムは元気に頷くも、既に劉の姿はなかった。 ――現在。 「儂はやるぞーっ!! 暫く研究するぞい!!」 カルートゥスはルービックキューブが気に入ったのか、必死にカチャカチャ言わせつつ遊んでいる。傍らで劉がそれを見ている中、ロストナンバー達はふと、ある事を思い出していた。 「しかし、大きなプロジェクトって……あの船が絡むのかな?」 カルムの言葉に、メルヒオール、撫子、七夏が頷く。前回デイドリムに行ったメンバーは、カルートゥスのラボにて大きな船を見ているのだ。その事はこの依頼に赴くに辺りジュリエッタと劉も話には聞いている。 「俺はそう推測している。……あの研究が進んでいるのかも、気になるな」 メルヒオールがぼさぼさとした髪に触れつつ言えば、カルムが「そうだねぇ」と相槌を打つ。過去に『船』を見ていた4人の中でこの2人は特に気になっているらしい。 「話には聞いておったんじゃが、もしかしたら動力となる物を探しておるのかのう?」 話を黙って聞いていたジュリエッタがふと、感じた事を呟いた。それについては何とも言えないのだが……、可能性は大いにありえる、と思うメンバーであった。 道の途中、小さな街に立ち寄ってハーブの香り漂う蒸気風呂を堪能した一行は、夕食を取ることにした。その夜はキャラバン専用の宿泊地に泊まった為、食事は自分達で作る。 「ご飯できましたぁ☆」 「皆さん、準備が出来ましたよ」 撫子と七夏が声をかけると、仲間が集まってくる。そんな中、カルムに引っ張られてやってくるカルートゥスの姿があった。 「ご飯の時は食べなきゃだめだよぉ」 「あと少し! あと少しで劉ちゃんより早く揃えられるんじゃ~!」 なんだか、相当ルービックキューブが気に入ったのか、カルムに引っ張られながらもかちゃかちゃ回すカルートゥス。そんな姿に、ロストナンバー達は思わず苦笑する。 「な、なぁ。飯なんだしさ……」 劉が思わずと言った感じで言うと、カルートゥスも「そうじゃな」と渋々従い、みんなで食事をとる。この日はこの地方で好まれる鶏の手羽元をつかった山菜鍋を食べながら明日の予定等を話していった。 「そういえば、あとどのぐらいでメイムに到着するのかのぉ?」 食事の終盤、護衛の一人がお茶を注いでくれている中、ジュリエッタが問う。と、御者が地図を見ながら、 「砂嵐さえ来なければ5日から6日といった所でしょう。この季節は滅多に起こらないので大丈夫かと思います」 と笑顔で答えてくれた。その横から商人が口を挟む。確か、出発前に紹介されたのだが竜刻を扱う商人だと言っていた。 「今回抜ける砂漠には、今の所竜刻の噂は聞かねぇな。暴走とかもないだろう」 「それなら、比較的安心か」 護衛の一人がぽつり、と呟く。確かに、何らかの影響があったら旅に支障が出ることもありうる。 「盗賊とかは大丈夫なのか?」 「ええ。仲間の一人が情報を集めていましたが、最近大規模な盗賊団が捕まってからはさっぱりだそうで」 メルヒオールの問いには、お茶を注いでいた護衛が答えた。それでも警戒に越した事はない、と一応野宿時は3人ずつ交代で見張りをする事にした。 その晩、遅くまでカルートゥスと劉はルービックキューブに夢中になっていた。七夏が夜食を持ってきても、メルヒオールが話をしようとやってきてもそれに気付かない程である。左肩を竦めていると、お茶を持ってきた撫子と共に苦笑してしまった。そして、ジュリエッタに叱咤され、2人とも慌てて就寝準備をするのであった。因みに、カルムは既に眠かったらしく、寝袋ですやすや眠っていた。 承:じーちゃんを楽しませよう 朝の食事を終え、準備を整えると一行は砂漠へと乗り出した。予定ではオアシスでキャンプを貼り、この日を含めて3日ほどで砂漠を超える事になっている。 ある程度進むと、残りは夜に進む事にし、オアシスで休憩を取る。この日は薄曇りで、あまり暑くなかったものの念には念を、ということでだった。 「これはらくちんじゃのぉ」 「水も青くて、色んなお花も咲いてて綺麗ですよぅ☆」 背負子にカルートゥスを入れて背負う撫子は、オウルタンの壱号に力を借りながらオアシス周辺を探索する。考え事をし始めたカルートゥスが迷子にならぬよう、用意していたものが早速役に立った。 「もうちょっと遠くに行きたい時は、ぼくもいるからね」 竜の姿となったカルムがそばに来て、提案する。カルートゥスはその申し出にも楽しそうに反応した。 「撫子ちゃんもカルム坊も、色々ありがとのぉ! じゃが、二人共疲れない程度でええんじゃよ。まだ旅は長いんじゃしの」 カルートゥスはそう言うが、2人とも大丈夫、と笑顔で答える。 その様子を遠くから見ながら、他のメンバーは休憩しつつ気を配っていた。退屈すればカルートゥスは何処へ行くかもわからない。しかも怪我をするという予言まで出ているのだから。 「今の所は大丈夫そうだな」 メルヒオールが本から顔を上げて呟く。光の加減で見える糸は、劉の特殊能力によって結び付けられた、柔らかい鋼糸だ。何かあればこれがぴん、と張り詰めるので言わば探知機と言った所だろうか。 当の本人は「だりぃなぁ」とか呟きながらメンソールの香りが混じる煙草を喫んでいた。今は撫子とカルムが傍にいるのでのんびりと幌馬車の傍で寝ている。 「今宵は長い夜になりそうじゃな」 ジュリエッタが欠伸を噛み殺しながら呟く。傍らのマルゲリータも肩の上でウトウトし、御者達も交代で休憩をとっていた。今宵は次のオアシスまで夜通し走る予定なのだ。 傍らで仮眠をとる七夏に毛布をかけると、メルヒオールも本を閉ざして軽く目を閉ざした。ジュリエッタがマルゲリータの視界を借りると、撫子達がこっちへ向かってきているのが見える。恐らく休みに来たのだろう。 「ちっ、おちおちゆっくりもしてらんねぇぜ……ったく」 劉が咥え煙草で立ち上がり、気だるそうに歩き出す。ジュリエッタはそれを見て素早くお茶の準備を進める。手を振りながら駆け寄るカルムと、仲良し親子っぽく見える撫子とカルートゥスに思わず笑みをこぼしながら、ジュリエッタはお茶の時間を告げた。 お茶の時間が終わると、カルートゥスは劉の前でルービックキューブをあっという間に同じ面に揃えてしまった。 「どうじゃ、まだまだ頭は柔らかいぞい」 「ふぅん、そんじゃまあ、これは?」 劉が出したのは知恵の輪だった。それも結構複雑なものである。カルートゥスが懐かしそうに見つめ、受け取ると瞳がキラキラと輝いた。 「知恵の輪とは懐かしい。子供の頃はよくやったもんじゃわい」 「へぇ~。どっちが早く解けるか勝負するか爺さん?」 「望むところじゃい!」 劉の提案に、カルートゥスはにぃ、と笑う。そこで、出された条件は『負けた方が言う事を聞くか、秘密をばらす』という物。近くにいたメルヒオールがやれやれ、とため息をつきながら2人を見る。 「それじゃ、3、2、1、スタート」 静かに始まったその戦い。休んでいた者達も興味を持って見つめる中、劉はふと、幼い頃を思い出した。彼は幼い頃、家に閉じ込められて育った。その為友達が居らず、こう言った一人遊びが得意になった訳だが……。 知恵の輪勝負の次は、カルムが持参したお手製の玩具に興味を占めるカルートゥス。 「これ、僕が作ったんだよ! 細かい所まで拘ってみたんだ~」 「ほほう、カルム坊は器用じゃのぉ! これは可愛いのう~」 今、彼が手にしているのは愛らしい馬車のミニカーだ。その車輪を動かしたり、ひっくり返してみたり、実際にテーブルの上を走らせてみたり、と子供のように楽しむカルートゥス。カルムが心から楽しんで作った事を感じ取ったのか、ご機嫌な様子だ(因みに知恵の輪勝負に敗れた劉はカルートゥスに頼まれて肩もみをしている)。 「あとね! あとね! これが僕のお気に入りなんだ」 そう言って出したのは愛用のヨーヨー。馬車の中では技が見せられないが、ここならばちょっとした大技も見せる事ができる。カルムは器用にヨーヨーを操り、それにもカルートゥスは終始子供のようにはしゃいでいた。 「これは初めてみる玩具じゃなぁ~。お爺ちゃんにもやらせて欲しいのぅ」 カルムは笑顔でやり方を教え、少し練習しただけで初期の技を出来るようになる。それにはお茶を持ってきたジュリエッタも目を見張った。また、楽しむカルートゥスの目に、何か影のような物をカルムは感じていた。 夕方。出発前に食事を取る事にし、撫子は七夏に教えられながらパサパンを焼いていた。 「こんな感じですかぁ?」 「そうですね。いい感じです♪」 二人で楽しく料理する姿は見ている物を楽しませる。パサパンの次はサラダやおかずを作っていく。弟子からカルートゥスの好物を聞いていた撫子は腕によりをかけて次々と作業にとりかかっていく。 「料理は結構得意ですぅ☆」というだけあり、撫子は手際よく料理を作り上げ、七夏のサポートも的確で更に素早く用意ができる。こうして、出来上がった料理はどれも絶品だった。 「うむ、ヒヨコ豆のオムレツとは嬉しいのう~。羊肉の煮込みもなかなかいける」 「お弟子さんにレシピを貰ったんですぅ☆」 「カルートゥスさん、お茶もどうぞ」 七夏が淹れたのは、デイドリムでよく飲まれるハーブティーだった。これも撫子が弟子から聞いている配合のもので、カルートゥスは益々ご機嫌だった。 「儂は幸せものじゃのぅ~。2人のような娘がいればよかったのぉ」 そんな事を言われ、照れる二人であったが、僅かな寂しさが混じっていたのは気のせいだろうか? 馬車が走り出したのは、日が落ちる少し前だった。この夜はカルートゥスが作ったカンテラを2つ使い、道を照らしながら進む。 ガタゴト揺れる中、メルヒオールは本を片手にカルートゥスと話をしていた。内容は勿論、竜刻や研究の事だった。 (竜刻は危険なものに力を与えない、と言っていたからあの船は兵器の類とは思えない。しかし……) 話しながらも、メルヒオールはカルートゥスのラボでみた船の事を思い出す。あれをただ動かすだけでは終わらないだろう、と。考察を踏まえて研究について聞こうとしたが、その他にも気になった事があった。 (宰相を引退してもなお発明を続けるのは、何故だろう?) 自分も魔法の研究をずっと続けていくつもりではあるが、それが気になった。 「ん? どうしたんじゃ、メルヒ君。さっきから考えておるようじゃが……」 「いや、今も研究を続けてるって事に興味を持っただけだ」 その言葉に、カルートゥスは小さく笑う。どことなく自嘲にも、誇らしげにも見える曖昧な表情は、メルヒオールが初めて見る表情だったかもしれない。カルートゥスはくすり、と笑うとちらり、と外を見た。 「最初は、ただ、誰かに喜んでもらえたらそれで良かった。ただ、人々の暮らしがよくなれば、と思っていた」 「……今はどうなんだ?」 メルヒオールが独り言のように呟いたつもりの問いかけに、カルートゥスはにっこり笑った。今度は、無邪気な子供のような顔だった。 「あの船だけは、半分は儂の為にやっているのかもしれん」 2人の会話が聞こえたのか、劉達は静かにそれを見ていた。劉はカルートゥスの表情に、何か覚えたのか、いつになく真面目な顔になる。 (俺にはよく分からねぇ。けど、ああいういい笑顔って奴が、仕事に誇りを持っている顔なのか?) 流されるまま惰性に生きていた彼にとって、仕事に誇りを持つ事がよく解らない。けれど、カルートゥスの表情を見ていると、なにかこう、色々と考えてしまう。一方傍らのジュリエッタは小さく溜息を付いた。 「博士自身のため……。一体、博士は何の為にあの船を作り、何をなそうとしているのじゃ?」 「それが、分かればいいのですが」 七夏共々首をひねるものの、どうも解らない。彼女はとりあえずマルゲリータの視界を借りながらあたりを警戒する。星の美しい夜の砂漠は、本当に静かで、時折野生動物たちが眠っている姿を見るだけだった。 (そういえば、あのゴミ箱に) ふと、七夏は思い出す。妙に黒い塊のようなものがゴミ箱に見えたが、あれは一体何だろうか。しかし、はっきりと思い出すことができなかった。 馬車は朝方にはオアシスに付き、そこで朝食をとって休む事にした。順調に行けばあと2日で砂漠を超えられる。一行は低音の温泉である泉の水で体を清めたりしながら、夜のことを考えていた。 転:神託を得たいのは…… 旅は順調に進み、予定通りの日程で砂漠を超えることができた。その間、夜中にぶっとうしでジェンガ大会を行い、明け方には全員ぐったりしていたり、うっかりカルートゥスが迷子になりかけたのを劉とジュリエッタで阻止したり、などあった。 「もうすぐでメイムですよ。でも、天候が少し悪いですね」 「雨雲が近づいてきてやがる。今日は早めに街に入り、宿に泊まった方がいいかもしれねぇ」 商人と護衛が口々に言う。一行は頷き、指示に従うことにした。一応雨に濡れても大丈夫なように、幌に水はけの薬を塗り直してはいるが、用心に越したことはない。 「そういえばぁ、これってぇ調理の時に使った燃料に似てますぅ」 撫子の言葉にカルートゥスが頷く。この旅ではカルートゥスが作った簡易焜炉を使って調理をしていた。その際、火を消す時には水では無く砂を使っていた事も彼女は思い出していた。 「これは、水には頗る強いんじゃよ。それに一度水に濡れてしまえば燃える事は無い。だから、塗った後に必ず水をかけて置くんじゃ。燃料にも水はけにもなるから便利なもんじゃ」 但し燃料としては欠点じゃな、と付け加えつつ柄杓で水をかけていく。 「何でも、この燃料を発見したのもこのじーさんらしい」 誰かから聞いたのか、劉が呟く(因みに撫子の傍にいる為か妙にぎこちない)。撫子は尊敬の目でカルートゥスを見つめるのだった。 揺れる馬車の中、カルートゥスは一行の中でメイムに行った事のあるメンバーが居ないかと問いかける。それにジュリエッタとカルム、メルヒオールが手を挙げた。 「ほほう、差し支えがなければどんな感じか教えて欲しいのぉ?」 興味津々と言った様子で問う博士に、まず話し始めたのはカルムだった。彼が体験した夢は、もう一人の自分と遊ぶ夢だった。その時の感覚を思い出しながら、カルムは楽しげに語る。 「不思議な気分だったけど楽しかったなぁ。もう一人の自分と会えるって、滅多にないし、何時もよりわくわくしちゃったよ」 その次に語ったのはメルヒオール。彼が見た夢は、記憶から導き出されたのであろう、因縁の相手が現れる夢だった。状況を思い出し、苦々しい気分になりながらもメイムでの体験を口にする。 「天蓋の中では眠りにつきやすくなる香が炊いてあったかな。眠りにつきにくい人でも夢を見やすいように工夫されている。魘されている場合はお越してもらえるし、付き添いを誰かに頼む事もできる」 「それは、安心じゃのぉ。じーちゃん、できるなら女の子についててもらえると嬉しいわい」 クスクス混じりに語るカルートゥスに、ジュリエッタが「わたくしでよければ」と手を上げる。 「そうじゃな。わたくしは何度も行っておる故、少しは役に立てるとおもうのじゃ。そうそう、竜刻でうっかり竜の幻を呼び出してしまった事も……」 などと苦笑しながら体験した事を語る。しかしまぁ、とある夢で思わずトラベルギアの雷能力を発動させそうになった事は伏せておく。彼女の体験した依頼や甘い夢を聞いていくうちに、カルートゥスの表情もより和やかな雰囲気になった。 「なんだか、儂はたのしみになってきたわい! 早くメイムに到着せんかのぉ」 そんな風に話していると、七夏がお茶を持ってきてくれた。彼女は4人の賑やかな様子にどこか楽しげな様子だった。お茶を配りながら、七夏は御者から聞いた事を知らせる。 「どうやら昼過ぎから大雨が降るかもしれない、と旅の人から話を聞いたそうです。ですから、少し速度を上げるので気をつけるように、と」 「解った」 メルヒオールの声に全員が頷く。そう言った傍から馬車が速度を上げて道を行く。念の為に、と配られた酔い止めの飴を口にし、馬車に乗っている全員が振り落とされぬように何かに捕まる。 漸く街につき、宿にチェックインした頃には大粒の雨が振っていた。椅子に座り、その様子を気怠そうに見る劉の隣に、カルートゥスが座る。 「なんじゃ。つまらなそうな顔をしおって」 「別に」 そっぽを向く劉。この数日間、この博士に調子を崩されっぱなしである彼はふと、故郷での日々を思う。 (そういやぁ、あっちじゃギャングの使い走りで抗争に明け暮れてたってーのによぉ……) そんな殺伐とした世界とは無縁の日々を送れるようになるとは思わなかったし、今こうして博士のお守りをしている自分も不思議だった。確かに面倒だが、妙に楽しいかもしれない、なんて感じている。 その日、雨が止む事は無かった。が、宿の中は旅人たちで賑やかだった。護衛と御者は酒場でそんな彼らの輪の中に入り、情報を交換していたがロストナンバー達は自然とカルートゥスの元に集まっていた。 「ねぇ、カルートゥスさん。あの船の方はどうなの?」 「俺も気になってはいた。それに……今回の神託も、それに関わるんじゃないかと思っているが」 カルムとメルヒオールの言葉に、カルートゥスは1つ頷いた。小柄な老博士はベッドにちょこんと腰掛けたまま、集まったメンバーを見て笑う。 「そうじゃ。あれは、儂の人生をかけた発明じゃ。だからこそ、神託を得たかったんじゃよ。研究はぼちぼちいい所まで進んでおる」 カルートゥスは1人、1人の目を見、言葉を続けた。それは、まるで学生たちに講義をするかのような雰囲気があった。 「皆は、竜刻をつかった空を飛ぶものに乗ったことがあるかね? 儂は今の所、ない。けれども……それだけじゃあ、つまらんのだよ。儂が知っている限り、竜刻の力を使って空を飛べないか実験しておる奴は五万といるからの」 カルートゥスはいくつか例を上げつつ、思い出しつつ話していく。そして、そこから何故それ以上のことがしたいのかを語りだした。 「儂はな。ただ空を飛ぶだけじゃ、面白くないと思ったんじゃ。どうせやるなら、それ以上のでかい事がしたくての。ま、まずは空を飛ぶことから始めるが、こっちはそろそろいい具合にうまくいきそうじゃ」 だから、楽しみにしておれ、とカルートゥス。その目の輝きは、いたずらっ子のようで、思わず笑をこぼしてしまいたくなる。 そんな中、撫子が「はぁい☆」と手を上げる。彼女はカルートゥスが例を挙げていく中で別のことにも興味がいった。 「そういえばぁ、カルートゥスさまは宰相時代、どんな所に行ったんですかぁ? 私はアウスラぐらいですけどぉ……」 「あ、それも興味があるのぉ!」 ジュリエッタも興味を持ったらしく、目を輝かせる。カルートゥスはそうじゃな、と言いながら地図を広げた。見たこともないような文字が並ぶなか、彼はいくつかを指差す。 「儂が行った国々は、少ないぞい。デイドリムがある国、ジェミューズを中心としてその周辺が主だったからのぉ。でも、大樹の国シムルグルとかは観光におすすめじゃ」 と、カルートゥスが指差したのは大きな樹が書かれた所だった。なんでも大樹まるまる1つが国らしいが、ここでは(説明がながったらしくなったり、横道にそれたりしてしまったので)割愛しておく。 とまぁ、こんな具合でその夜は過ぎた。翌日には晴れ、あとは順調に旅が続いた。カルートゥスはメルヒオールと研究の話をしたり、撫子の手作り料理に舌鼓を打ったり、カルムや劉とおもちゃで遊んだり、ジュリエッタや七夏と会話を楽しんだりして過ごしたので、馬車から離れずにすんだ。 そして……無事、メイムに到着することができた。 結:神託の、夢の中で メイム到着の翌日。『夢見の館』に、カルートゥスとロストナンバー達の姿があった。今回は全員で一緒に神託を得る事になり、大きな天蓋の中へと案内される。 「皆様、こちらです」 優しい香りの中、白い天蓋が揺れる。皆が思い思いに座ったり寝転んだりする中、ジュリエッタは相棒のマルゲリータにこっそり話しかけた。 「もしわたくし達の誰かやご老人がうなされるようであれば……怪我をせぬよう起こすのじゃぞ。よいな?」 彼女の言葉に、マルゲリータはこくん、と頷く。初めてのメイムとなる七夏、劉、撫子はカルートゥスと共に説明を受けている。その横でメルヒオールとカルムがその様子を静かに見守っていた。 「……一体、どんな夢を見るのでしょう?」 七夏がドキドキしていると、思わず転がってぶつかりそうになった劉が慌てて背を向ける。女性恐怖症気味であるため、どうもぎこちなくなるらしい。 「さて、楽しみじゃい」 カルートゥスは嬉しそうに言いながらも既にうとうとしている。そんな様子が微笑ましく思いながらも、撫子やカルム達もまた、とろとろと眠り始めるのだった。 ――夢:カルートゥスの、……? それは、木で出来た、大きな船だった。その中に、カルートゥスたちはいる。宝石を散りばめたような星が、空一面に輝いている。 「さぁ、儂の夢を叶えるときじゃ。……やっと、あいつの夢も」 船は浮かんでいく。音もなく、ゆっくりと。そして、『力』が船を包み込み、どんどん船は空を行く。 どこまで登っていくのだろうか? そんなことを考えていたその時。――『それ』は、走った。 「!!」 最初に感じ取ったのは、メルヒオールである。魔術師である彼の経験と魔力が、危険を察知する。続いて他の仲間たちも、カルートゥス自身もそれに気づいた。船は煌々と輝き、真昼のようにあたりを照らす。星の光をかき消し、身が引きちぎられるかのような『力』が働き……。 (これは?!) 今度はジュリエッタが気づいた。膨大な力が船を変えようとしている。そして、それに自分たちも巻き込まれていくことに。そして、カルートゥスが帆柱にしがみつき、叫んでいた。 「待ってくれ! もう少しで、もう少しで届くんじゃ!! もう少しであいつとの約束が、あの……」 声が途切れ、光が全てを打ち消し、『力』の波が全員に押し寄せる。その中で、全員が確かに見た。 ――巨大な、光の、竜、を。 「?!」 不意に、劉が目を覚ます。よく見ると、マルゲリータが盛大にホーホー鳴いている。気がついたのだろう、ジュリエッタと撫子が魘されるカルートゥスをゆすりおこし、メルヒオールが夢見の館の者たちから人数分の水をもらっている。 「……なんじゃったのだろうな、今のは」 ようやく目を覚ましたカルートゥスは、何事もなかったかのように笑う。心配になったカルムがそばに駆け寄った。 「だ、大丈夫? 汗びっしょりだよ?」 「大丈夫じゃ。水を飲んだら、ちょっと厠へ行ってくる。皆は、心配しなくていいぞい」 そういうと、カルートゥスは一人でさっさか行ってしまった。咄嗟に糸を結びつける劉。全員が暫くの間、黙って博士の帰りを待った。 「ん?」 その糸に反応があったのか、劉が片眉をあげる。不安に思った七夏が、入口をみていると、カルートゥスがゆっくり現れる。 「なんじゃい、そんな顔して。大丈夫じゃ、ただ咽せただけじゃい」 苦笑しながら七夏の頭を撫でようとするが、ちょっと届かない。七夏がすこししゃがむとようやく届き、孫を見つめるような目で頭を撫でたのだった。 結局、あれは何を意味するのだろうか? カルートゥスはその日以後、夢見の館での事は一切口にしなかった。ただ、彼は確かにこう言った。 「あの船は、絶対に成功させる」 その目は、どこか悲しい何かに満ちていた。 (終)
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