「世界計の破片が、見つかりました」 集まったロストナンバー達に、世界司書のリベル・セヴァンが言った。彼女は『導きの書』を静かにめくると、少し疲れたような表情で言葉を続けた。 今回、世界計の破片が見つかったのは、壱番世界の日本・関西地方のとあるイベントホール。そこで行われていた同人誌即売イベントの参加者が騒動に巻き込まれる、らしい。「簡単に言えば、物語の登場人物を出現させる、という能力を身につけた女性により、本来の物語が滞る……という事態が起こっています」 仮に「A」という作品があったとしよう。今回世界計の破片を得た女性が、主人公を呼び出したとする。と、「A」という物語が記載された媒体は全て白紙となり、閲覧できなくなる、という不具合が起こるのだ。 大人気な作品の登場人物たちが作品からいなくなる。それは、その「作品」の世界を狂わせることに繋がるからだ、と他の世界司書は考えている、と付け加えつつリベルはこめかみを押さえた。「そしてもう1つ。彼女は『自分の願う姿に変身できる』という能力も持っています。ただし、人間だけという制限と、本名を呼ばれながら体を叩かれると変身が解ける、という制限があります」 幸いな事に、まだこの制限に気づいていないらしい。それを悟らせないまま捕まえるのが、ベターかもしれない。 トラブルを楽しんでいるであろう彼女が、そう簡単に捕まるとは思えない。騒動を収めるのには相当の努力や作戦が必要だろう。「因みに、彼女の名前は『佐藤 花』という18歳の女性です」 そう言いながら見せた写真の姿は、どこにでもいるような黒髪と茶色い目の質素なお嬢様、といった女の子だった。「……よく解らないけど、その女の子を説得して、世界計の破片を取り戻せばいいんだな?」 イェンが眉間にしわを寄せたまま問うと、リベルは頷く。そして、付け加えるように一同に言った。「今からいけば、まだ騒動は小規模で済むと思われます。また、世界計の破片は彼女の左手の甲に刺さっているので、直ぐに抜けるでしょう。どうか、よろしくお願いします」 ――壱番世界・関西某所。「せっかくこんな力を得たんですもの。いっぱい遊ばないと損でしょう?」 佐藤 花はそう呟きながら呼び出した物語の人物たちをみた。皆、見目美しい青年ばかりだ。当惑する者もいれば、仲間を探す者、その場を楽しむ物など様々だ。「皆さんは人気者だから、会場でももてはやされると思うの。きっと、楽しいですわよ」 花の言葉に、彼らは顔を見合わせる。彼女は小さく笑いながらイベント会場を見るのだった。
起:会場は大賑わい? ロストナンバー達が会場へ侵入した時、既に小規模ながら騒動が起きていた。手塩にかけて準備した商品が白紙になっており、慌てる者がいたからだ。その上、会場に物語の登場人物にとてもよく似たコスプレイヤー(?)が来ているとなれば、尚更である。 「コケ、前にこういう場所行ったことある。ここも凄く人が一杯」 森間野・ロイ・コケが緑の髪を揺らし、少し興奮気味にあたりを伺う。そんな彼女はコスプレイヤーな吉備 サクラにお願いして愛らしい制服を纏っていた。サクラ曰く某異能力バトル小説に登場するヒロインの衣装らしい。 「おじゃマオは今日もご主人様のために頑張りますにゃ♪」 そしてサクラ自身はというと、小さな子供向け番組の『おじゃマオぱにっく』から猫耳少女のコスプレだ。猫耳と尻尾、ふにふに肉球付きにゃんこグローブは暖かそうだが黒いタンクトップとホットパンツなので結構露出が多い。まぁ、会場内は暖房が効いているし、熱気もあるから無問題だ、多分。 「こんな所初めてだ……」 「うん、俺もだ」 「とても賑やかだけど、祝祭の会場かい?」 ボディペイントがカッコイイ竜人青年、モービル・オケアノスが唖然とした様子で辺りを見渡し、同意するように青い髪が目立つイェンが頷く。その傍では白銀の髪と甘いマスクのイルファーンが楽しげに笑う。うん、一部の人間にとっては多分祝祭だと思うよ。 因みに、モービルとイルファーンは特にコスプレなどはしていないが容姿が容姿なだけに他の参加者から注目されている。それに対してイェンは何時もの和装ではなく、サクラに見繕ってもらった現代風の衣服を纏っている。彼女曰く『アルアマ』のゾラという人物らしい。 「依頼ならば完璧にこなさねばなりませんよね」 ここに来て冷静に真面目な意見が! ……と思いきや、どこかワクワクした様子の黒葛 一夜が人数分のパンフレットを持って戻ってきた。彼は仲間達に配布し、自分も会場の全体図をチェックする。勿論、作戦の為であるが、自分の好きなジャンルがあるかもちゃんと抑えている辺りそつない。 6人が改めて周りを見渡すと、特に人だかりが出来ている場所を発見した。微妙に得体の知れないオーラが漂っている女の子が多いのは何故か、というと……? 「うーん、これは確かに、女の子は騒ぐよね。見目麗しい青年たちばかりだもの」 最初に気づいたのはイルファーンだったが、その真横からにょきっ! とサクラが首を突っ込んだ。なんだかテンションがだだ上がりしており、ついていけないモービルが少し狼狽える。 「あっ、『蒼パレ』のイソラくんじゃないですか!! カガミくんも一緒です~っ! あっちは『旧ゴート』のトールに『江のパラ』の近藤!? まさかの幹生までいるじゃないですかっ!!」 生きててよかったーっ! ビーエル祭りですかここは!! とか抑え気味ながらも興奮し、鼻血とか吹いたらどうしようかと狼狽える。どうしようか、と考えるコケと何が何だか分からず固まるモービル。因みに、タイトルが略されていてよく解らないけれど、まぁ、そっちの路線では有名な話らしい。 「あ、因みにあっちのイェンさんそっくりの人が、コケちゃんがコスプレしてるヒロインのお兄さ……」 「――……?」 サクラが説明している間に、その青年が声をかけてきた。コケは着ぐるみ以外のコスプレを頼んだだけだったが、容姿がすごく似ていた、らしい。コケは不思議そうに首を傾げ、他のメンバーはその間に今回のターゲット、佐藤 花を探した。 「既に変身しているのかもしれませんね」 一夜が注意深くあたりを見渡し、司書が見せた顔を思い出す。世界計の破片を回収しないと落ち着いてイベントを楽しむ事ができない。だからこそ真剣に頑張るのだが、完成度の高いコスプレをした女性に目を奪われ、「凄い」と素直に関心したりする。 「あ、あれ!」 どうにか対応していたコケが、ふと、気がついた。彼女の身長がよかったのだろう、一人の青年の手の甲に、何か光る物があったのだ。 「どうやら、あの人みたいだね」 「即効で終わるかな?」 早速、とイルファーンとモービルが動き出そうとする。が、気付いたのだろう、青年はくるり、と背を向けてしまった。それと同時に押し寄せる人々。 「おおっ、すげぇリアルなドラゴニュート!! これ、素材とかどうなってんの?」 「『アラビアンナイトブリード』のイルクのコスだわっ。あら、エルシャード様はご一緒じゃないの?」 やいのやいのと詰め寄られ、スタッフが駆けつける。イルファーンはどう説明しようか口篭るモービルの手を引いて、とりあえずスタッフが案内する方向へと連れて行った。 (これは一旦、引き下がった方が良さそうだね) (人が多い上に、見つかったみたいだから……) イルファーンとモービルの2人は取り敢えず周りが落ち着くのを待つ事にした。 一方、変身した花を追いかける事が出来たコケとイェン、一夜もまた彼女を見失ってしまっていた。コケの小柄な体が人混みをすり抜けるのに適し、あと少しの所までいったのだが、どうやら変装を変えたらしい。 「仕方ありません。仕切り直しと行きましょう」 「うん。……なんか、喉乾いた」 「あれ? サクラが居ないぞ」 不思議に思ったイェンの言葉に、コケと一夜も彼女の姿を探す。しかし、はぐれてしまったのだろう、彼女の姿は無かった。 「ここは入口に近いみたいですね。このパンフがあれば再入場ができます。飲食可能な場所に言って、水分を補給しましょうか」 熱気にやられそうになったコケを心配し、一夜が提案する。イェンは1つ頷き、一旦会場から外に出る事にした。 「ごめんなさい、私……自分の欲望満たしてから依頼に取り掛かりますにゃ!」 サクラは持参したデジカメで、花が召喚したであろう青年たちやコスプレイヤー達の写真を撮っていた。ごめんなさい、と心の中で繰り返しながら。 ところが、その最中。彼女が目にしたのは、白い冊子を手に狼狽える参加者たちの姿だった。どうやら、こうしている間にも花は別の物語から登場人物たちを召喚しているらしい。 (えっ? これって騒動拡大フラグです??) 同時に広がる幾つかの噂。そこから想像する、イルファーンとモービルの姿に、サクラは少しひやり、とした。 「……ゆりりん、会場内を偵察してください」 サクラはこっそり、オウルタンのゆりりんに指示を下した。 とりあえず分かれてしまったロストナンバー達は、メールでお互いの場所を連絡しあい、地図に印をつけた。図らずも騒動の拡大を確認してしまったサクラはその事も連絡し、一同は作戦をねる。 一方、佐藤 花はというと、ロストナンバー達から離れたのを確認すると変身を解いた。せっかく得た能力をみすみす逃したくはない。もうしばらくは、遊んでいたかった。 (せっかく皆楽しんでいるんですもの。……まだ、渡せませんわ) 花は破片を見つめ、くすり、と笑った。 因みに、その頃イルファーンの周りにまたもや人だかりができたり、コケやモービルに写真撮影を頼む人がいたり、一夜が懐かしいアニメの登場人物に扮した人を発見したりしていた。 「……所でさ。ビーエルって何だ?」 女の子にキャーキャー言われる中、イェンがポツリと呟けば、 「ホント、ゾラになりきってるんですね~」 と返されてしまう始末で、何が何だか解らなかった。知らなくていいんだよ、きっと! 承:会場は誘惑と危険がいっぱい? 「ああ、同行者さんに頼まれてコスプレしてるんですね~。あ、これが小説です」 近くにいた参加者から『アラビアンナイトブリード』の本を借り、読ませてもらうイルファーンとモービル。二人が軽く読んだ内容から、凄腕剣士とアルビノ精霊の主従の冒険譚のようだ。イルファーンはそのアルビノな精霊にそっくりなのだそうな。 「へぇ、ホントそっくりだね」 モービルがきょとん、と挿絵とイルファーンを見比べる。彼はというと、どこか楽しげだ。 「なるほど、デジャビュを感じるね」 くすり、と笑って本を閉ざすと、丁寧に礼をのべる。と、その参加者はおもわず頬を赤く染め、表情を緩ませた。そして、聞き込みへと言った2人の背中を見送りつつ 「番外に出た竜族王子フィールの横槍はアリね」 と拳を握った。彼女は次のイベントはそれで薄い本を出そうと企んだらしい。 「うーん、人が多くて近づけませんにゃ~」 その頃サクラは、花が召喚したであろう美青年たちと一緒に写真を撮って貰おうと探していたのだが、思った以上に押し寄せる人が多く、近づけずにいた。少し様子を見よう、と考えてゆりりんの視界を覗くと、花らしき女性の姿はない。 (また変身しちゃいましたかね?) もう一度ため息をついていると、見覚えのある姿をした人と出会う。それはサクラがコスプレしているアニメの登場キャラに扮した女の子だった。 「よかったら写真を一枚いいですか?」 「はいにゃ~♪」 思わずアニメのキャラになりきって答えてしまうサクラであった。 一方、一夜はというとコケやイェンと一緒に情報を集めていたのだが……。 「その恰好はもしかして、フードファイターズのヒロインの恰好ですよね? 懐かしいなあ!」 と、昔ハマっていたゲームのキャラに扮した人に写真をお願いしていたりする。その傍らでコケも 「前、『機動戦記0028(ダブルオーニャー)』ってアニメの本を読んだ。続き、あるかな」 と言いながらアチコチ探してみる。傍らのイェンは興味深そうにそれらを見ていた。ややあってイェンがあるサークルを発見する。 「なぁ、これがそうじゃねぇのか?」 「!? あのその……」 イェンとコケが近寄ると、売り子をしている女性があたふたとした様子で薄い本をずらし、別の本を進める。出してあった物に比べて厚みはあるが、先ほどずらした物は何だったのだろうか。サクラがいたなら解説してくれただろうが、気にしないでおこう。 「こっちはほのぼの四コマ集です。あと、コメディ的な小説もありますよ?」 冷や汗を流しつつ答える売り子さん。後から来た一夜はなんか察したらしく、2人に黙って頷いた。コケは結局四コマ集を買い、イェンは最初に出ていた薄い本と、小説を買っていった。 (もしかしたら噂の腐男子って人だったのかな?) と勘ぐる売り子とその視線に首をかしげるイェンに一夜は、内心でため息をついた。後から質問されたら、取り敢えずサクラにフォローを頼もう、と。 そう言っているそばから、気になっている格闘ゲームのキャラクターがコミカルに描かれている同人誌を発見する。 「あーっ、これ、もう発売されていないゲームですよね? 昔思いっきりやったなぁ~」 「ファンは結構いますよ。ほら、特にヒロインのお下げっ子が人気で……」 なんだかんだ言って、ゲーム談義に花が咲いてしまう一夜だった。 暫くの間、其々が会場内で聞き込みをしたものの、『急に同人誌が白紙になった』とか『自分が好きな漫画の主人公によく似たレイヤーさんがいた』ぐらいしか情報が集まらなかった。流石に、花はそういう事を見込んでいたのだろうか。 「でも、諦めてはいけないね」 サクラ以外が合流した中、イルファーンがそう言う。コケも彼の言葉に頷いた。 「普通の人が不思議な力、得たらこうして使い方を誤っちゃうの、よくある……」 「だから、どうにかしてダメだって事、教えないとね」 モービルが同意し、ふと、会場を振り返った。一応、サクラと一夜がメールで連絡をし合いながらお互いのオウルタンと協力して今も花を探している。 「丁度いい所にメールですね。サクラさんが、召喚したであろう人々を数名みつけたようです」 「もしかしたら、近くに居るかもしれないな」 一夜の言葉に、イェンがぱっ、と表情を明るくする。サクラから得た情報を元に彼らの位置を割り出し、地図で確認すると早速そこへ向かう事にした。 「あのっ、よかったらサインもらえますか? それと、写真も……!」 「俺のでよければ」 サクラはメールで仲間に連絡した後、どうにかこうにか気になる漫画のキャラクター達からサインをもらい、デジカメでツーショット写真を撮ってもらっていた。 (ああ、なんかもう幸せです! このまま死んでもいいかもしれません……) なんて幸福に浸っている所にコケ達がやって来る。慌てて気を引き締めるサクラは青年達に礼を述べ、その上で「少し話が……」と切り出した。 「もしかして、君たちは漫画やゲームの世界から呼び出されたのかな?」 会場の少し空いている場所に案内し、イルファーンが問いかける。と、その中の一人――サクラ曰く『蒼パレ』のイソラくん、だそうな――が代表して頷く。 「ああ。茶色い髪の、キュートな女の子が俺たちをここへ呼び出したんだ。なんか、すげぇアイドルみたいにキャーキャー言われて、悪い気はしないけど……」 「でも、私達は帰ることができるのでしょうか。……私は、紅葉が心配で」 幹生、とサクラが呼んだ長身の眼鏡青年が心配そうに言う。 (うーん、本編ではやはり紅葉押しですかー。年上病弱お姉さまもいいですけど、その主治医の鴨居とのカップリングの方が萌えるんですよね……) サクラが妄想モードに入ろうとするのでモービルが軽く肩を叩く。その傍らコケが青年達に呼びかけた。 「騒動を収められたら、帰れるかもしれない。だから、花の動き、止めてほしい」 それか、気をそらせるか、と頼めば彼らは快く応じてくれた。やはり、人が多い会場内で蔦やしびれ粉は危険である、と判断し、彼らに協力を促す事にして正解だった。 一方、その間も一夜とサクラがそれぞれのパートナーと会場を見る。そして、漸くというべきか……左手の甲に何らかの破片をつけた青年を見かけた。 「! あれは『アラビアンナイトブリード』のエルシャードですっ!! どうやら花さんはこの人に変装しているみたいですね」 「なら、善は急げです。早速動きましょう!」 一夜が張り切って拳を握る。先ほどバイクジャンルのイラスト集を出しているサークルがあったので、どうにか無くなる前に買いに行きたいのだ。 「じゃあ、僕はこの人達とそれとなく近づいてみようかな。女の子達をどうにかしよう」 モービルが青年たちと一緒に動き、コケも気合を入れた様子で歩いていく。が、そこをサクラに止められた。 「どうしたの?」 「一応、もう一度お着替えしましょう!! 大丈夫ですっ、いろいろ持ってきていますから!!」 そう言って、サクラはコケを連れて女子更衣室へと消えていく。あとに残されたイェンと一夜、イルファーンも何か考えがあるようだ。 「引き続き、アルフォートで花さんを監視します。何かあればメールしますので、お二人もよろしくお願いします!」 「任せて。森間野・ロイ・コケが引き付ける、と先ほど言っていたから、うまくやれると思うよ」 「よっしゃ! 早いトコ回収して、お祭りを楽しもうぜ!」 すっかり誤解しているイェンもまた、にっ、と笑って頷いた。 こうして、ロストナンバー達による『作戦』は少しずつ始まろうとしていた。 転:夢の終わり 佐藤 花は、すっかり上機嫌だった。謎のコスプレ集団が自分を見た時、直感的に『破片』を奪いに来たのだ、と思っていたが、それ以降なにもない。念の為にあれこれと変身しては様子を探ったが、自分を探しているような気配は感じなかった。 (もしかして、思い過ごしだったかしら?) 今の花は、『アラビアンナイトブリード』に登場する凄腕の剣士に扮していた。時折、黄色い声が上がり、女の子達が写真を撮りにやってくる。それに笑顔で応じながら、花はこのイベントを楽しんでいた。 「……ん?」 ふと、顔を上げる。と、とあるゲームに登場する小学校の制服を纏った女の子が歩み寄ってきた。少女は今にも泣きそうな顔で辺りを見渡している。 (最近は、親子連れでイベントに来る人もいますわね) 花は心優しい剣士になりきって、片膝を付き、右手で少女の手を取る。 「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」 「迷子なった……お父さん、探してほしい」 少女の言葉に、花は頷く。本来ならばスタッフに預けた方がいいだろう。けれども、今の花は『アラビアンナイトブリード』の心優しき凄腕剣士だ。 「いこう。俺が一緒に探してやるよ」 (うまく行ったみたいですねっ) サクラがぐっ、とガッツポーズ。念の為にお色直しさせておいて、正解だったと確信する。因みに、前の格好は写真に収めている。コケ曰くインヤンガイの伴侶さんに見せるのだそうだ。 「こっちも、順調だよ」 モービルと青年たちがコケをこの辺りまで連れて行き、うまい具合に花が見つけられるように水で涙のふりをさせた。今は他の参加者を引きつけて作戦の邪魔にならないように気を配っている。 最初は、サクラがそれとなく近寄って花の本名をいいながら肩を叩く予定だった。しかし、モービル達が女性陣をひきつけても、多くの人をぬって近づくのは容易ではない。 (しかたありません、イルファーンさん、頼みましたよ) サクラがゆりりんの力を借りてターゲットとコケを見張る。パンフレットの地図を見、進行方向に広場があると知った一夜は、コケに指示し、そこへ誘導してもらおうと考えていた。 「ああ、そう言えば近くに本部があるな。何もしなくても、花はそこを目指すかもしれない」 イェンがふむ、とうなっているとイルファーンと共にいる一夜からメールが来た。どうやら、花が例のポイントへ来たようだ。 「あとは任せましたよ、イルファーンさん」 「任されたよ、黒葛 一夜」 イルファーンはくすっ、と笑って歩いていく。一夜は成功を確信し、そっとサクラ達の元へと戻っていった。 「……!」 「やぁ、エルシャード。随分探したよ」 イルファーンの呼びかけに、花は……いや、エルシャードは苦笑する。 「ちょっとこの子の父親を探しているんだ。勿論、イルクも手伝ってくれるよな」 有無を言わさぬ言い方に苦笑するイルファーン。それもその筈、今の花は剣士エルシャードなのだから。 (これは、跪くよりこうした方がいいかな) イルファーンはそれとなく花に近寄る。それを見、コケが頷いてそっと後ろに下がった。そして、彼は穏やかに言う。 「君の手に刺さってる破片は、とても危険な物なんだ。だから、心配なんだよ……佐藤 花」 そして、ぽん、と肩に触れる。同時に音もなく褐色の肌の青年から、愛らしいお嬢様へと姿を変える。 「その力は、君の身を滅ぼしかねない。それを返してくれないか?」 「……そんなに、危険な物じゃない。ただ、物語の登場人物を呼ぶだけ、変身するだけよ?」 花はどこかむすっ、とした様子で答える。コケが心配そうに見守る中、イルファーンは大丈夫だよ、というように少女へ頷き返す。彼はそっと、花の手を握った。 「少しだけ、話を聞いて欲しい」 「おお……」 「なんか、やる事が大胆だね」 ふわり、と浮かんだイルファーンは、花をお姫様だっこしていた。まるでアラビアンナイトの一幕を見ているかの光景に、一夜とモービルはぽつり、と呟く。傍らではサクラがなんかテンションだだ上がりで、知恵熱が出そうな勢いだ。 「なんだかこれだけで薄い本が厚くなりそうですぅ~!! ……くひっ」 「いやいや、落ち着いて。何の事か分からねぇけど」 イェンが言うものの、サクラは益々ヒートアップする。助けを求めるようにモービルと一夜に目で訴えるが、2人はイルファーンと花の様子を見る事に専念した。 (……こういう時どーすりゃいいんだよ。ルゥナ、ショウ、お前たちだったらサクラを止められたか?) イェンはどこか遠い目で、かつての仲間に助けを求めた。けれども答えなど帰ってくる筈もなく、一夜とモービルもまた、そっと『がんばれ』と内心でエールを送るだけだった。 「……止められると思う? 一夜さん」 「多分、無理でしょうね、モービルさん」 二人は、ため息をついて頷きあった。 「えっ? ええ?!」 イルファーンに抱えられ、会場の天井近くまで浮かんだ花は、眼下に広がる光景に目を奪われた。 「みてごらん。ほら……」 イルファーンに言われるがまま、幾つかのサークルを見る。と、白い冊子や紙が見えた。作業をするも、何も記されない白い世界。そして、慌ただしく動く参加者たち。それに目を奪われた花に、イルファーンはそっと語る。 「君が、その『破片』の力で召喚した青年達は、本来虚構上の存在だ。彼らが抜け出た作品は、ああして白紙になってしまう。そう、君が好み、欲する同人誌も読めなくなるし、この祝祭の賑わいも消えるんだ」 『読み手』に認識されなければ、『模倣』も生まれようがないから、と詠うように語るイルファーンに、花は何かに気づく。精霊は彼女を諭すように、努めて穏やかな口調で言葉を続けた。 「今、君がしている事は邪道だとは思わないかい?」 創作とその産物を愛する君ならば、この『理』が解る筈、とイルファーンが赤い目を細める。ややあって、花は静かに、頷いた。 「最初は、ただおしゃべりしたいだけだったわ。でも、やっぱり……みんなに人気だって、彼らに伝えたかった」 花の言葉を静かに聞き入れ、イルファーンは小さく笑う。 「きっと、彼らにも伝わるよ。そして、君の事を忘れないと思う。僕も、君と過ごした時間を忘れない」 ――夢の時間はおしまいだ シェーラザード。 地上から、2人の様子をみていたコケは、どうにかうまくいきそうだ、と実感した。 (もう、大丈夫、かな?) モービル達がいる場所へ戻ると、サクラが興奮状態で何やらメモしている。どこか呆然とそれを見ているイェンに、モービルと一夜が肩を竦める。 「青年たちも、知らせを聞いて安堵したみたいだよ」 「後は、あの2人が戻るのを待つばかりですね」 そう言っているそばから、イルファーンと花が一行の前に現れた。そして、花は青年達に頭を下げる。 「ごめんなさい、貴方がたを困らせるような事をして……」 けれども、誰ひとり、彼女を非難する者はいなかった。 結:それでも祝祭は続く 「これで、大丈夫」 コケが、安堵の息を漏らす。花は青年達を元の世界に戻し、『破片』を抜いてもらっていたので、白紙だった同人誌も元に戻ったようだった。コケはパンフレットを元にいろいろ見て回り、お目当ての漫画などを見つけては笑顔で買い物をした。 その中で彼女は思う。呼び出された青年達は、住む世界は違っても生きていた。その人の人生があった。……世界は多重構造だけれども、案外、この多重世界とは別の場所もあるのかもしれない、と。そう思うと、思わず楽しくなってしまうコケ。彼女はふわり、とたんぽぽの花を揺らし、微笑んだ。 「あの、花さん。本当にありがとうございました。今日は、最高に楽しかったですっ」 その後ろでは、サクラが花の両手を握って感謝を述べていた。会いたかったキャラクター達に会えたのは、彼女にとってとても楽しかったのである。 「そう言ってもらえて、光栄だわ。貴方のコスプレも、とっても素敵ね」 よかったら、一緒に写真を撮ってくれる? と花が頼めば、サクラは笑顔で応じる。そんな姿にイルファーンも一夜も笑顔をこぼすが……妙なオーラを感じ取る。 「イルクコスの人、すっごく似てるよね!」 「でも、『蒼パラ』のシュンくんのコスもいけるかも~」 そんな言葉が聞こえ、目をキラーンと輝かせたのは花とサクラ。2人はじりっ、とイルファーンに歩み寄った。 「な、何かな?」 「イルファーンさん、ちょっと待ってくださいね。今、チャック式学ランとか探してきますから!!」 「そのターバンを取って、アクセサリーもシルバーにして……。そうそう! 目に金色のカラコンを仕込め……」 立ち上る禍々しいオーラを察知して、イルファーンは取り敢えず逃げたほうがよさそうだな、と直感で思った。 モービルはというと、全て終わり、ほっとした気持ちで会場内を歩いていた。が、あっという間に囲まれてしまった。こちらは男性もちらほら混じっている。 「これ、話題のゲームに登場するリザードマンのコスですよね? どれぐらい作るのにかかりましたか?」 「えっ? えーっと……」 コスプレとかじゃなく、自前である。しかし、そんな事は言えず狼狽えるモービル。頼りになるサクラはと言うと、なんかテンション上がって話せそうにない。 「チャックがない! という事は特殊メイク?! 本格的だなぁ……」 一応、そういう事にしてお茶を濁すと、モービルはとりあえず休憩場所で水でも飲もう、と急ぐのだった。 「よかったぁ……」 お目当てのイラスト集を手に入れ、一夜は安堵していた。歴史ものでも面白そうな小説を見つけ、そこでもゲーム談義に花が咲く。 「あの、もしよかったらこちらも……」 「え? いいのですか? ……これは、凄い」 それは、現代の衣装を纏い、バイクにまたがる武将の姿だった。なんでも、一夜が気に入っている漫画家さんが手がける歴史漫画とバイク漫画のコラボイラストだそうな。会場に作者自身が来ていた事も驚きだったが、こういう貴重な品をゲットでき、一夜は心の中でぐっ、とガッツポーズをした。 そうこうしているうちに、ロストレイルの時間が迫る。一行は無事に破片を回収でき、安堵しながら会場を後にする。 「所で。壱番世界の人間って男同士で子供が作れるのか?」 「「えっ?!」」 イェンが、ぽつり、と呟く。それに思わず怪訝そうな顔をする一行。イェンは不思議そうな顔でサクラの持つ袋を指差した。一見普通の紙袋なのだが……? 「いや、どうみてもそれは男同士で」 「それ以上言わないでくださいぃぃぃ!!!」 サクラが真っ赤になって叫び、一夜が苦笑する。そういえば、そんな本を買っている姿をみたなぁ……と。 そういう事がありながらも、帰路につくその顔は、とても楽しそうだった。 後日談だが、とあるサークルがこんなオリジナル本を出していた。 「これ、この間の女の子よね? それにスッゴイコスプレの集団がいたでしょ? その人たち?」 一人の女性が指差したのは、いつぞやのイルファーンたちに似た人々の漫画。コスプレの衣装を作ったり、イベント参加の準備に追われる話を、コミカルに描いた物だった。 「うん。モデルはね。だって、すっごくリアリティで、楽しそうだったんだもん」 その中には、花に似た女の子も書かれていた。絵の中の彼女は、とても輝いて見えるようだった。 (終)
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