オープニング

 世界司書は、ある程度以上経験を積むと、図書館内に「司書室」と呼ばれる専用の個室を与えられる。
 特定の世界について深く研究している者が資料の保管場所として使っていたり、込み入った事案の冒険旅行を手配する際に派遣前の打ち合わせを行ったりする。司書それぞれで個性のある空間は、それだけでも面白いものである。
 まぁ、中にはそこ住みつき寝起きしている者とか、ペットを飼育している者もいるらしいが、真相はそこへ行ってみないとわからない。

 勿論、この男にもそれを持つ権利はあった。しかし、彼はそれを断っていた。

 彼ことグラウゼ・シオンは自分の司書室を持たない事を選んだ。世界研究の資料などは自分で手元に置きたい、と言う事から自分の店である『カレーとスープの店 とろとろ』の地下に置いている。

 興味を持ったロストナンバーの一人が、『とろとろ』へ向かい、店主にその事を問う。と、彼は少し考えて答えた。
「たまにはいいかもな。案内するよ」
 そう言うと、店の看板を『仕込み中』にし、カウンターの中へと案内する。そして、厨房の奥にある扉を開いて、ランプを手渡した。
「暗いから、本当に気をつけておいで。これを頼りにするといい」

●ご案内
このシナリオは『司書室にて』シリーズの亜種になります。グラウゼ・シオンは司書室を持たないため、こういった形になりました。

このシナリオは、『とろとろ』の地下に訪れたというシチュエーションが描かれます。司書と参加者の会話が中心になります。プレイングでは、
・ここを訪れた理由
・司書に話したいこと
・司書に対するあなたの印象や感情
などを書いてもらえるといいかな、と思います。

字数に余裕があれば「やってみたい冒険旅行」や「どこかの世界で聞いた噂や気になる情報」などを話してみて下さい。

もしかしたら、『導きの書』にふっ、と、予言が浮かび上がるやもしれません。

品目シナリオ 管理番号2583
クリエイター菊華 伴(wymv2309)
クリエイターコメント菊華です。
今回は【司書室にて】の亜種(ただ場所が違うだけ)としてお届けいたします。

*部屋について
本棚と机があり、ロフトにはベッドがあります。
シンプルな飾り付けがなされています。広さは司書室よりやや広い程度です。
 因みに、例のテディベアはベッドの上です。

*面識関連
これまでの依頼への参加の有無にかかわらず、自由に設定してください。深すぎなければなんでもありです。

*お茶菓子について
望めばちょっとしたお菓子や紅茶もご用意します。持ち込みも歓迎です。料理に関しては場合によっては変わるかもしれません。

プレイング期間は5日間です。
それでは、よい『かたらい』を。

参加者
吉備 サクラ(cnxm1610)コンダクター 女 18歳 服飾デザイナー志望

ノベル

「地下室と聞いて! グラウゼさん、特撮にも明るかったんですねっ!!」
「トクサツって何だ?」
 カレーとスープの店『とろとろ』で、開口一番にそんな事を言ったのは吉備 サクラである。それに対して店の主であり世界司書のグラウゼ・シオンは彼女の言葉に対し不思議そうに返す。
「特殊撮影技術を駆使したテレビ番組の事です。っと、それより、こんな所に地下秘密基地の入口があるなんて……、伝説の戦隊シリーズのオマージュですか? グラウゼさん、もしかして長官志望とか?」
 説明しつつもキラキラとした目でグラウゼを見るサクラ。それに対し、店主もちょっとだけ楽しげに説明する。
「その戦隊モノとやらはよくわからないけど、地下に部屋を持つって男の夢だろ。隠れ家みたいでさ。……まぁ、長官が何の長官かはわからんが」
 とりあえず、まとめ役なんだろう、と考えつつもグラウゼはカンテラを取り出す。地下への階段は暗いからだ。
「俺が先に行く。これを使って気をつけて降りてくるんだ」
「ありがとうございます。それでは……」
 サクラはカンテラを受け取り、ゆっくりと階段を下り始めた。階段はしっかりとしており、中々丈夫そうだった。しかし、地下室への道はカンテラで照らしていてもちょっと暗く、サクラの相棒であるジェリーフィッシュタンのゆりりんも心配そうに見つめている。
「突き当りに、白い扉が……」
「わぁっ!?」
 グラウゼが説明しているそばから、サクラは階段を踏み外し、盛大にこけようとする。が、咄嗟にグラウゼが受け止めた。一瞬、何が起こったのか把握できなかったサクラだが、ふと、エルフっぽい司書の蒼い目を確認すると、一気に顔が赤くなっていく。
「ごごごごめんなさいっ!!?」
 しゅん、としてしまうコンダクターの乙女に、グラウゼは普段通りの穏やかな笑顔を見せる。
「怪我はないようだな。よかった」
彼女を立たせると、グラウゼは再び歩き始める。その背中を見ながら、サクラはありがとうございます、と頭を下げてから足を進めた。

 階段を下りた突き当りに、白い扉が現れる。今、明かりを付ける、と言ってグラウゼがドアを開き、中に入れてくれた。司書室よりやや広いそこに置かれた机や折りたたみ式のテーブルなどを見渡し、サクラの目が輝く。
(地下室……、これだけでもドキドキですっ!)
 思わずグラウゼを「司令長官」と呼びたくなるのをこらえ、進められるままに椅子に座ると、目の前にクッキーの入った籠が置かれた。
「いいダージリンの茶葉が入ったんだ。今、淹れよう。くつろいでくれ」
「あ、ありがとうございます」
 しばらくすると、穏やかな茶葉の香りが鼻腔をくすぐった。そっとカップを手にして飲めば、程よい暖かさが体に沁みる。サクラは一息ついた所で口を開いた。
「あの、グラウゼさん。『とろとろ』でアルバイトを募集していませんか? できれば2人ほど……」

 彼女は先日、同じコンダクターの女の子とバイトの件で店に向かったら丁度休店日で、行き倒れてしまった(原因は、先に店へつこうと互いに邪魔し合ったのに、店が休みであった為)という体験を話した。それにグラウゼは申し訳ないような顔になる。
「……あの日はなぁ、俺もアルバイト募集のポスターとかの準備や報告書の作成でバタバタしていたんだよ」
 その言葉に、サクラの目が丸くなる。
「丁度アルバイトが2、3人欲しいとは思っていたんだ。客足も増えたからね。もし、まだ『とろとろ』で働きたいと思っているなら、今度、彼女と2人でおいで」
「えっ?! い、いいんですか!?」
 考えていなかった申し出に、サクラは思わずテーブルに両手を強くついて立ち上がる。振動で眼鏡がずれ落ち、傍らのゆりりんも驚きで若干傘が開いたような気がした。グラウゼは落ちそうになった自分のカップを取りつつ、言葉を続ける。
「ターミナルにある幾つもの店で、アルバイトの募集はやっているよ。2、3箇所ばかり求人広告用の掲示板もあるし」
「それは知りませんでした……。でも、もう少しターミナルでもっとバイトがあったらいいのにって思いますね」
 これじゃ、人生相談みたいですねぇ、と小さく苦笑するサクラ。だが、その瞳はどこか真剣で、普段の彼女とは少し違うように思えた。何故だろう、どことなく疲れが見えているように、グラウゼには思えたのだ。
「どうせだったら、人生相談していかないかい?」
 急な言葉に、サクラとゆりりんはきょとん、となる。エルフ耳の司書はゆっくりと彼女の目を見て言った。
「ま、的確なアドバイスができるかは保証しないけどな。それでも、誰かに話すだけでも、ちょっとは楽になれるかもしれないぞ」
「そうですね……。お言葉に甘えて、ちょっと、話していいですか?」
 紅茶のカップを白い手で包み込みながら、サクラは少しだけ瞳を細める。そして、傷口をなぞるように、近況を語り始めた。

 サクラは、考えながら、最近の事を話し始めた。依頼に失敗した事、その際に好きだった人にふられた事、色々あって家を出た事……。言葉が口をついて出る度に、何かがチクチクと胸を刺していく感触を覚えながら、サクラは唇を噛み、深い溜息を付いた。
 自分が、仕立屋になりたいのは本心だ。そして、一人で立てるよう、強くもなりたい、と。だけど……迷っている事もある。
「仕立屋という目標があるのに、トラブルに対処できるように剣や銃の練習をするのも違う気がするんですよね。なんか、こう、やりたい事とはちょっと違う……感じがして」
「まぁ、壱番世界以外への再帰属がらみだったら、それもアリだろう。仮にインヤンガイやブルーインブルーに再帰属するつもりならば、身を守る術を学んでおくことも必要さ」
 首をひねるサクラに、グラウゼは言う。仕立屋としての腕を磨きつつも、保険を持っておく事に越した事はない、と。
「そうですね……。壱番世界でも治安が悪い場所はありますけど、それとはまた違いますからね」
「まぁ、な。そこで生きるって決めたからには、そこの『日常』に合わせたスキルを身につけておくのがいいと、俺は思うんだが」
 空になったカップへ紅茶を注ぎつつ、努めて優しく言うグラウゼ。そんな彼の声色を聞いているうちに、サクラは不思議と今の自分を冷静に見られるような気がした。
(やっぱり、今の私……どこか焦ってるのかな……)

 告白したかった。けれど、その前に振られて凹んだ。
 それでも、その人の生きる街で、仕立屋として生きたいと思った。
 だから家を出た。家を出て、その世界での足がかりを模索している。
 けれどもうまくいかなくて。
 だから、疑問に思う。

 『私は前に進めているのかな?』

「まぁ、考える時間はたくさんある。俺でよければ愚痴だって聞くし、悩みも聞く。力になれるかはわからないけれど、応援しているよ、サクラさん」
 ふと、我に返ると、グラウゼが微笑んでいた。彼は相変わらず穏やかで、どこかほっとする。呼吸が少し落ち着いていく気がする中、サクラはそっと、微笑み返す。
「ありがとうございます、グラウゼさん」

「そういえばだが、気になる世界はあるのかい?」
 しばらく話した後、グラウゼは何気なくサクラに問う。と、彼女は「そうですねぇ……」と少し考える。ふと浮かんだのは、青々と茂る木々と色とりどりの民族衣装だった。
「ヴォロスは結構好きですね。文化に多様性があって、色んな風俗や衣装があって勉強になりますから。そうそう! この間、とっても綺麗な染物を見つけたんですよっ!」
 と、その時の事を一通りハイテンションに話してしまった後、顔を真っ赤にして「またヴォロスでの依頼が出たら楽しいと思います……」と、小さな声で言った。そんな様子に、グラウゼは穏やかに対応する。
「モフトピアは人サイズの衣装じゃないですからね……。あ、でも、楽しそうなら水着依頼でブルーインブルーに行くのもいいですね!」
 表情をコロコロ変えながら楽しげに服の話をするサクラを見つつ、グラウゼがそっと、呟く。
「それだけ夢中になれる事なら、やり通せるよ」
「?」
 きょとん、となるサクラに、グラウゼが微笑を浮かべる。そして、彼女へ紅茶のおかわりを注ぎながら、こう言った。
「きっと君は、夢を叶えられる。そう信じているよ」
 急にそういわれ、少しだけぼーっとしてしまうサクラ。ゆりりんがぺちぺちと肩を叩くまで、サクラはただ不思議そうにグラウゼを見つめ返す。
「な、何を根拠にですか?」
 くすぐったそうに問いかける若いコンダクターに、世界司書はくすり、と笑って紅茶のおかわりを注ぐ。サクラはどこか楽しげにしている彼に、少し励まされたような気がしつつも……くすぐったい気持ちになっていた。

(終)

クリエイターコメント菊華です。
お待たせしまして、こうなりました。

サクラさんは色々辛い思いをしているようですが、夢に向かって強く進んでいる印象があります。

危うい所もありますが、この調子ならばきっと夢を叶えられる、とグラウゼは信じているようです。

因みにですが、アルバイトについてはリプレイのとおりです。興味がありましたら2人で『とろとろ』のお手伝いをしてみませんか?

それでは、今回はこれで。
また縁がありましたらよろしくお願いします。
公開日時2013-05-07(火) 22:10

 

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