世界司書は、ある程度以上経験を積むと、図書館内に「司書室」と呼ばれる専用の個室を与えられる。 特定の世界について深く研究している者が資料の保管場所として使っていたり、込み入った事案の冒険旅行を手配する際に派遣前の打ち合わせを行ったりする。司書それぞれで個性のある空間は、それだけでも面白いものである。 まぁ、中にはそこ住みつき寝起きしている者とか、ペットを飼育している者もいるらしいが、真相はそこへ行ってみないとわからない。 勿論、この男にもそれを持つ権利はあった。しかし、彼はそれを断っていた。 彼ことグラウゼ・シオンは自分の司書室を持たない事を選んだ。世界研究の資料などは自分で手元に置きたい、と言う事から自分の店である『カレーとスープの店 とろとろ』の地下に置いている。 興味を持ったロストナンバーの一人が、『とろとろ』へ向かい、店主にその事を問う。と、彼は少し考えて答えた。「たまにはいいかもな。案内するよ」 そう言うと、店の看板を『仕込み中』にし、カウンターの中へと案内する。そして、厨房の奥にある扉を開いて、ランプを手渡した。「暗いから、本当に気をつけておいで。これを頼りにするといい」●ご案内このシナリオは『司書室にて』シリーズの亜種になります。グラウゼ・シオンは司書室を持たないため、こういった形になりました。このシナリオは、『とろとろ』の地下に訪れたというシチュエーションが描かれます。司書と参加者の会話が中心になります。プレイングでは、・ここを訪れた理由・司書に話したいこと・司書に対するあなたの印象や感情などを書いてもらえるといいかな、と思います。字数に余裕があれば「やってみたい冒険旅行」や「どこかの世界で聞いた噂や気になる情報」などを話してみて下さい。もしかしたら、『導きの書』にふっ、と、予言が浮かび上がるやもしれません。
「地下室と聞いて! グラウゼさん、特撮にも明るかったんですねっ!!」 「トクサツって何だ?」 カレーとスープの店『とろとろ』で、開口一番にそんな事を言ったのは吉備 サクラである。それに対して店の主であり世界司書のグラウゼ・シオンは彼女の言葉に対し不思議そうに返す。 「特殊撮影技術を駆使したテレビ番組の事です。っと、それより、こんな所に地下秘密基地の入口があるなんて……、伝説の戦隊シリーズのオマージュですか? グラウゼさん、もしかして長官志望とか?」 説明しつつもキラキラとした目でグラウゼを見るサクラ。それに対し、店主もちょっとだけ楽しげに説明する。 「その戦隊モノとやらはよくわからないけど、地下に部屋を持つって男の夢だろ。隠れ家みたいでさ。……まぁ、長官が何の長官かはわからんが」 とりあえず、まとめ役なんだろう、と考えつつもグラウゼはカンテラを取り出す。地下への階段は暗いからだ。 「俺が先に行く。これを使って気をつけて降りてくるんだ」 「ありがとうございます。それでは……」 サクラはカンテラを受け取り、ゆっくりと階段を下り始めた。階段はしっかりとしており、中々丈夫そうだった。しかし、地下室への道はカンテラで照らしていてもちょっと暗く、サクラの相棒であるジェリーフィッシュタンのゆりりんも心配そうに見つめている。 「突き当りに、白い扉が……」 「わぁっ!?」 グラウゼが説明しているそばから、サクラは階段を踏み外し、盛大にこけようとする。が、咄嗟にグラウゼが受け止めた。一瞬、何が起こったのか把握できなかったサクラだが、ふと、エルフっぽい司書の蒼い目を確認すると、一気に顔が赤くなっていく。 「ごごごごめんなさいっ!!?」 しゅん、としてしまうコンダクターの乙女に、グラウゼは普段通りの穏やかな笑顔を見せる。 「怪我はないようだな。よかった」 彼女を立たせると、グラウゼは再び歩き始める。その背中を見ながら、サクラはありがとうございます、と頭を下げてから足を進めた。 階段を下りた突き当りに、白い扉が現れる。今、明かりを付ける、と言ってグラウゼがドアを開き、中に入れてくれた。司書室よりやや広いそこに置かれた机や折りたたみ式のテーブルなどを見渡し、サクラの目が輝く。 (地下室……、これだけでもドキドキですっ!) 思わずグラウゼを「司令長官」と呼びたくなるのをこらえ、進められるままに椅子に座ると、目の前にクッキーの入った籠が置かれた。 「いいダージリンの茶葉が入ったんだ。今、淹れよう。くつろいでくれ」 「あ、ありがとうございます」 しばらくすると、穏やかな茶葉の香りが鼻腔をくすぐった。そっとカップを手にして飲めば、程よい暖かさが体に沁みる。サクラは一息ついた所で口を開いた。 「あの、グラウゼさん。『とろとろ』でアルバイトを募集していませんか? できれば2人ほど……」
このライターへメールを送る